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エンドレス・キャンパス  作者: 木眞井啓明
第二部 役  第二章 現出
41/65

登場人物)

 藤本ふじもと かえで

  西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部化学科5年生

  性格は、子供そのものと言える性格である。しかし、それは、喜怒哀楽全てを表現するためであり、20歳として知識・知能が低い訳ではない。


 本藤ほんどう かおり

  西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部物理科5年生

  性格は、母親のように優しく、時には厳しく、しかし、本質としては優しさを多分に持ち合わせている。


 リーツ・フィフナイ・プト

  不明な場所の住人と思われる人物の一人。

  初老の男であること、不明な地の長老を務めている事が分かっている。


 リーツ・シクワン・プト

  不明な場所の住人と思われる人物の一人。

  長老よりかなり若く、楓や薫と同年代と見受けられるが、男女の区別は不明。


舞台)

 不明な地/場所

  日本で行方不明事件の実証実験中に、行方不明の原因と思われる事象によりやってきた場所。

「どうなっているのかしら?」

 楓と薫のいる場所に突如注がれた眩しい光。いきなりの光に目を閉じてしまう楓は、口を開けて声を出さないように必死である。一方で、薫は暗闇に慣れきった目を細め、手で光を遮りながら光の向こうを見ようとしているようである。

「こんな所にいるとは」

「そうですね」

 何者かの声が聞こえてくるも、即座に何者であるか捕らえることが出来なかった二人……。

 徐々に光になれた薫の目に飛び込んできたのは、先程開いたドアと同程度の穴であった。そこに、人影らしき物が浮かんで見えた。

「表の日差し?」

 薫がぼそりと呟くと。

「そうだ。特に眩しくもなかろう」

「長老。暗がりにいたのですから」

「そうだったな」

 表の日差しになれた薫と楓の目に、“ふっ”と微笑んだ初老と思しき男と、その脇にいるのは、女のようでもあるが男のようでもあり、性別の見極めが付きにくい人物が写った。更に言うならば、男女の区別が付かない人物は長老に比べ年がかなり若いように見えた。

──……男女の判別が付かない方は、同年代かしら……。

 そう考えながら、薫は未だにくぐもった声を漏らしている楓を庇うように移動した。二人の見知らぬ男達とは真正面で対峙する格好となった。

「ここは何処です。何が目的ですか」

 険しい表情となった薫が質問する。一方、後ろにいる楓は、口をふさいでいない手を握りしめて薫を応援しているようであった。

「そちらの質問に答える前に、こちらから質問してもよろしいですか?」

「何を……」

「いえ、貴方の後ろにいる女性ですが。何故、口を手で覆っておられるのでしょう」

 男とも女とも付かない人物の問いに、更に険しい表情となった薫は答えるべきか思案した。

「……何の関係があるのですか?」

「いえ、素朴な疑問です。そう身構えなくとも取って食いはしませんよ」

「これこれ。もう少し優しい喋り方はできんのか。この場所は、この……方達にとってはまだ見知らぬ場所なのだ。身構えるのも致し方なかろう」

 長老と呼ばれた男が仲裁に入る。しかし、もう一人の人物はその言いように対して……。

「長老と言えど、これは失敬ですね。この方達を評して喋っておりますし、私は、丁寧さを意識しないと不味いのですよ。よくご存じの筈です」

 この若い男とも女とも付かない人物は、薫と楓を評して丁寧に話していると言うことであるが、あまりにも丁寧すぎる言葉は、時として冷たいと受け取られてしまうものである。

「この者の丁寧すぎた言葉遣いは謝ろう。さて、この者の質問に答えてはくれないかな?」

 かなり融和な雰囲気を醸し出す長老と呼ばれた男であるが、薫はどうしたものか思案しっぱなしの様子で、未だに険しい表情を崩していない。

 一向に口を開かない薫だが、背後から左袖が引っ張られたことで顔を向けながら……。

「……楓。何か言いたいの? でも、今の貴方は……」

 その言葉に緩く首を振る楓は、徐に覆っていた手を離し口を開いた。

「ピーピーピー……こ……ピーピーピー……ん……ピーピーピー……な……ピーピーピー……状……ピーピーピー……態……ピーピーピー……で……ピーピーピー……す」

 その場にいる全員が耳をふさぐ程の音量もさることながら、その警報とも言える音が邪魔をして、楓の言葉が殆ど聞き取れない状態であった。

 語り終えたのか、理解して貰えたと感じたのか、楓は笑みを漏らして再び口を閉ざして手で覆った。

「これは溜まらんな。いつからだね」

「つい先程。……そうですね、あなた方が現れる直前ですね」

「長老。一体これは……」

 疑問が疑問を呼んでいるようであるが、楓としては、どうにかして欲しいのであろう。薫が楓を前に出さないように塞いでいる腕を掴んで、潤ませた瞳で訴えかけていた。

「ううう。……何とかなるか分からんが、我々に原因がありそうだ」

 長老は、徐に両手を宙に走らせた。恰も何かを操作でもしているかのような仕草である。

「これでどうかな。声を出してみてくれないか」

 長老の言葉に躊躇する楓。何がどうなったのか分からずも、左手を握りしめて……。

「え~と。おぉ~。直ったぁ。直ったよ~、薫ぃ」

 掴んでいた腕に抱きついて、直ったことを喜ぶ楓。仕舞いには、薫に抱きついて泣き出す始末である。その後しばらくは、薫に頭を撫でられながら泣きじゃくっていた楓である。普通に喋ることが出来るのがそれ程までに嬉しかったのであろう。

「……いろいろありましたが、先程の質問に答えていただけますか?」

 泣き止んだ楓を傍らに、凜と立った薫が既に述べていた質問の回答を求める。傍らにいる楓には、この薫の姿勢が頼もしくもあり怖くも感じているようである。一方、回答を求められた長老ともう一人は、薫の追求に臆する様子を見せていない。

「……そうであったな。では……」

「それは私が……」

 表情を硬くした若い人物は、長老が答えようとしているのを遮った。仮にも長老であろうに、ここには序列と言う物が存在しないのであろうか。

「うむ」

 怒るでもなく窘めるでもなく、長老は若い人物の言い分を肯定した。この口ぶりから判断するに、それなりの序列は存在しているようである。

「では。……ここはあなた方のいた地球ではありません」

「地球ではないと。では何処ですか」

「地球です」

 そう答えた若い人物の表情からも冗談を告げているようには見えなかった。だが、受け取った薫は愕然としていた、いや、からかわれたと感じても不思議ではない。

「ちょっと待って下さい。地球ではないと仰っていませんでしたか?」

「その通り」

「そして地球であるとも……。一体どう言うことです」

「言葉の通りです。あなた方のいた地球ではありませんが、ここは地球です」

 釈然としない薫がそこにいた。傍らにいる楓は、訳が分からないと言った表情をしている。地球ではないが地球とは一体どう言うことなのであろうか。

「もう一度確認しても?」

「何度問われても、あなた方のいた地球ではありませんが、ここは地球です。と答えるしかありません。これは事実です」

「……そうですか。理解出来ませんが、貴方の言い分は分かりました。次の質問です」

 詰め寄ろうとして失敗した雰囲気が漂う薫は、緊張をほぐすためか焦りを払拭するためか、会話を一呼吸置いてから、堂々巡りとなったために質問を変えることとしたようである。

 傍らにいる楓を気にしたのか、ちらりと見た薫は「はぁ」と一つ溜息をついてしまう。何故かと言えば、握りしめた腕が僅かに震えており、やや引き締まった笑みを湛えているのだが力が入っているように見えるからで、どうやら、薫の邪魔をしないよう声に出さないで応援しているようである。

「どうぞ」

 別の質問をすると告げた薫に対してこう答えた若い人物であるが、顔色一つ変えていない。感情というものがあるのか、いや、感情表現が出来るのか疑問を感じずにはいられない。

「ん、んん。いつ帰ることが出来ますか?」

「直ぐには無理でしょう。ですが何れは帰れます」

 またもや曖昧な回答が返ってきた。それに対して薫は……。

「またですか。正確な回答を要求します」

「そう言われても無理なものは無理ですし、我々が帰すと言っても帰れませんよ」

「な……」

 苛立ちを覚えた薫が詰め寄ったのだが、意に介していないのか若い人物は表情一つ変えなかった。投げやりとも感じる言いように、薫は怒り心頭となったのであろう、二の句が継げなかった。

「……ふむ。そこまでですな。貴方の質問は、この者がした以上の回答は不可能なのだ」

「では、この方の回答は正しいと?」

「そうだ。私が答えても同じだよ」

 そう言われてしまえば、いくら理屈で攻められる薫だとしても何の反論も出来よう筈もない。悔しげな表情をする薫なのだが、それが回答なのであれば仕方がないとしか言い様がない。

「……あの」

「何でしょう」

 場の雰囲気に、恐る恐る声を上げたのは楓である。その表情も縮こまってしまっている。

「そんなに怯えなくてもいいですよ」

──……そんな表情も出来たのね。嫌らしいわね。

 薫が内心で思った通り、楓に向けられた表情は優しさに満ちあふれていた。いや、もっと別の親しみが籠もっているようにも感じられる物であった。

「質問。帰れないんなら、どこに住めば……」

 楓の質問に、はっとする薫。若い人物に対して、何故か冷静ではなかった自分を感じざる終えなかった。

「楓……」

「へへ。帰れないんじゃ、しょうがないじゃん」

「ありがとう」

 薫の表情が穏やかになり、いつもの状態に戻っていくようである。それを見た長老は……。

「うんうん。良かった」

「ちょ、長老。それでは、私が煽ったように聞こえますが?」

「これは済まないな。この場がぴりぴりしすぎていたからな。少しは和んでいいだろう。元より諍いをするつもりなどないのだから」

「それはそうですが……」

 長老の涼しげないいように、若い人物は困惑しているようである。詰まるところ、薫と若い人物の言葉遣いが招いた緊張と言ったところであろうか。

「で、何処……でしょう?」

「あっ、そうでしたね。長老、どうなります?」

「うむ。ここがそうだ」

「……え? えぇ~」

 素っ頓狂な声を上げる楓。傍らにいる薫も目をまん丸にして驚いていた。

「ここって、洞窟じゃないんだ」

「そうなるのかしらね。……そうね。良く考えてみれば、ドアのある洞窟はあり得ないわね。楓の言った、秘密基地でもない限りは」

「おぉ。って、薫ひっど~い」

 合点のいった二人である。確かに、ドアが付いているのであれば、只の洞窟と言うのはあり得ない話である。

「となると……。貴方……、あら、お名前を聞いていませんでしたね」

「おぉ、そうだったな。少々出会いには問題があったが、名を伝えておこう。私は、ここで長老をやっているリーツ・フィフナイ・プトだ」

「遅ればせながら、私は長老の側近をしております、リーツ・シクワン・プトと申します」

「え~と、リーツさん、よろ……。あれ? 二人共リーツさん? えぇ~!」

 再び素っ頓狂な声を上げる楓は、口をあんぐり開けたまま思考が混乱したようである。長老も若い人物もリーツと名乗ったのであるからして当然と言えよう。だが、相変わらず冷静なのは薫である。

「……そう言うことですね。リーツとプト、どちらが名字に当たるのかは分かりませんが、英語圏で言うところのミドルネームが名前と言うことでよろしいでしょうか」

「……フフ。流石と言うべきだな。その通り、私の個人を表すのはフィフナイ。長老と呼んで頂いても構わない」

「……脱帽です。私の個人を表すのはシクワンです。シクワンと呼んで下さい」

「む~」

「楓……、あなたはもう」

「はははは」

「ふふふ」

 説明されても尚、一人悩んでいるのが楓である。何処かに納得がいかない所でもあるのであろう。楓の思考は理解しがたい部分がある。

「……すいません。私達の方は、まだ名乗っていませんでしたね」

「いや。大丈夫だ。貴方は……、今は本藤薫だったかな。で、そちらで悩んでいるのが藤本楓であろう」

「えっ。ご存じなのですか?」

「それもそのうち分かるだろう」

「……分かりました。お聞きするのも無駄のようですね」

「……」

 シクワンと名乗った人物は何を語るでもなく、ふっと息を漏らして薫の物わかりの良さに感心しているようであり、呆れかえっているようでもあった。

「さて、楓……さん」

「……」

 フィフナイと名乗った長老が楓に声を掛けたのもの、楓は、未だに考え悩んでいるのか聞こえていないようである。

「……楓」

「楓! 聞きなさい」

「は、はい。お父さん。……て、あれ?」

 長老の呼び捨てに対して、背筋を伸ばしてしゃんとした楓が、父親と似てでもいたのかとんでもない反応を示した。

「楓……。貴方は……」

「ご、ごめんなさい。間違えました」

「いや、いい。私こそ済まない、呼び捨てにしてしまった」

「いえ。大丈夫です」

「脱線したか……。さて、あなた方二人にはやって貰いたいことがあるのだ。付いてきて欲しい。あぁ、危害を加える訳ではない。専用の場所に行かねばならないのだ安心してくれ」

 一瞬、緊張が走った薫に安心するように告げた長老。和やかになったとは言え、まだ信用しきっていないと言うことなのかもしれない。

「薫。ついて行こ」

「……そうね。でも、安心しては駄目よ」

 楓の耳元でささやく薫は、呼び寄せられたのであるからには、何か目的があるのだろうと踏んでいたようだ。“やって貰うこと”それも、薫が聞きたかったことである。

 長老とシクワンに遅れて表に出る楓と薫が見た物は……。

「おぉ。これはすんごい」

「そうね」

 表に出た二人が振り返って見ると、今までいた場所が、確かに土作りの家と言える建物だったことが理解できた。

「う~ん。これって、どっかで見たような……」

「地球でも、大昔の赤道付近に住んでいた民族が似たような作りの建物に住んでいたそうよ」

「ふむふむ。でも、これ土じゃないんだよね?」

「よく知っていますね」

「へへん」

 ちょっと自慢げな楓であるが、その殆どは薫の解説によるものであることをここに付け加えておこう。

「地球の土とは若干成分が違うようですが、ここでは、これを土と呼んでいます」

「地球のこと、お詳しいんですね」

「いえ、まだ知識としてしか知りません」

「まだ?」

「あれ? 間違いですね、まだ、は忘れて下さい」

 シクワンの言葉の揚げ足を取るつもりはなかったのであろうが、つい疑問を呈してしまった薫。それに対し、何故そんな言葉を使ったのか疑問に思いながら訂正するシクワンである。

「でもぉ、ちっちゃいね。それに、ここだけ離れてるの何か寂しいよ。ほら」

 薫とシクワンのやりとりを余所に、小さいことを残念そうにしながら、楓が指さしているのは両隣というか周囲である。

「そ、それはお二方だけの住む場所ですから」

「へ? でも、他にも住んでる人いるんでしょ?」

「おりますが、この辺りは新しい場所ですのでまだいないんですよ」

「それなら、あっちかそっちに近いところでもいいじゃん」

 自分に関わらないことには、楓の方が素早く反応している。楓と薫の絶妙な関係が窺い知れる。方や、シクワンは、まだ先程の言い間違いに対する疑問が残っていたためなのか、矢継ぎ早の楓の質問にてんてこ舞いであった。

「それは、どう言ったら……。長老ぉ……」

 楓の質問攻めに、遂に根を上げたシクワンだが、ここに来て、やや地が出かかっているように見受けられる。そのやりとりを見ていた長老も、やれやれと言ったそぶりで口を開いた。

「楓さん。何故なのかについては、意思によるものとしか言い様はない」

「意思? 誰の?」

「誰、と言うのは少々難しい質問だ。ここのであり、お二人のであるとしか言えない」

「ぶ~。またなんか難しい」

「追々分かってこよう。さて、そろそろ向かいたいのだがよろしいか?」

 不承不承と言ったところではあろうが、楓と薫は長老とシクワンの後に付いていくことにしたようである。

 向かったのは、建物を出て左手の方角である。その道すがらは、先程楓が指摘した通りで左右には何もなく見渡す限りの更地があった。もう一つ、道路と言って良いのか。そこは舗装などはされておらず、剥き出しの地面の上を歩くこととなった、のだが……。

「薫。この地面、何かふわふわだね」

「そのようね。随分柔らかい感触ね。やはり、只の土ではないようね」

「はぁ、そうなんですか。私にはよく分かりません」

「うむ。ここでの土は概ねこんな感触だ。足への負担が少なくなる」

「ほ?」

 楓の率直な感想に薫も頷いており、楓達の住居内でベッドと称した(楓が、ふかふかとまでは言わないと言っている)楓の感覚が証明された格好になる。だが、長老が述べた利点について、楓は即座に理解できなかったようである。

「どうやら説明が必要なようね。そうは言っても簡単に、大ざっぱにするわよ」

「う、うん」

「足を下ろした際には少なくとも体重が足に掛かる、と言うことは、当然足への負荷が相当になるのは分かるわね。では、下ろす先で吸収してくれるのだとするとどうなるか。そう、足への負荷も大分軽減出来ることになるのよ。これで理解はできたかしら?」

「おぉ。なるほど。この地面は凄いんだね」

 そんな話をしながらゆったりと進んでいく楓達である。そんな一行が、住宅街にさしかかるとシクワンが徐に口を開いた。

「あっ、長老。一つ忘れてます」

「おぉ、そうだった」

「今度は何ですか?」

「そう邪険にするものではない。あなた方にも重要なことだ。こっちだ」

 そう言った長老は今いる通りを右に折れ、やや細い通りへと入って行った。

「何処行くんだろ」

「分からないわね」

 腹をくくったのか、薫の相づちはあきらめにも似た抑揚を伴っていた。

 長老が目指したのは元の通りからほど近い場所にあった。そこは、この辺りの住居が三つ程の敷地に建っていた。

「ここだ」

「ここ?」

「ここは、いわば食堂と言って良いであろう」

「えっでも、ご飯はお家で食べるんじゃ」

「そうか。だが、ここでは住居に食事を作る設備がないのだ。いや、作ってもなくなってしまうのでな」

「はい? そんなことある訳……」

「あるんですよ。既に実証済みです」

「そう……。そう言う話を聞かされると、ここは確かに地球ではないようね」

 不思議そうに、呆れた表情で受け答えしている楓に、真顔でシクワンが応対している。その一方で、薫は、もはやここが地球ではないと確信した様子である。

「もう一つ言っておこうか。この食堂は優れていて、一人一人の状態、つまりは体調などを考慮した食事が取れるのだ。今日の夕食でよく分かるだろう」

 長老のこの説明に歓声を上げ、感心しきりの楓に対してやや冷めている薫がいた。

「さてと。本来の場所に向かおう」

 そう言った長老は、食堂内の説明をすることなくその場を離れていくのだが、食べ物につられやすい楓が、あまりにも離れなかったために薫の雷が落ち、渋々その場を離れたことを付け加えておく。

 元の道に戻った一行は、長老を先頭に当初の目的地へと向かって住宅街を歩いていた。

「そろそろだな」

「そうですね」

 長老とシクワンがそろそろと言っていると、確かに、住宅街の様相が一本の道を挟んで変わった。住宅街より広い敷地面積を持った建物が乱立していた。ちなみに、住宅街の建物は全て平屋であるが、こちらは様々であった。

「こっちだ」

 そう言った長老は、横切る道を渡って左に曲がっていく。

 しばらくそのまま進んで行った。進んだ距離としては、先の食堂に向かった分を軽く超えていた。

「ここだ」

 長老の止まった場所、ここにも建物が建ってはいるのだが、周囲とは違って敷地一杯を使ってはいなかった。それでも建物の建築様式などは周囲と同じであり、外観は楓達の家とされた建物と同じ土作りである。

「何かちっこい。しかも、あんで一階だけ?」

「そうね。地球でなら、余っている部分には別のビルが建っていそうね」

「そうですか。ここでは、必要な量の敷地が割り当てられますので、増加は用意ですよ」

「増加? 人?」

「いえ。建物です」

「へ? 建物が増加? 増築って事?」

「え、え~と。はい、そうなるかと思います」

「む~」

 またまた、頭脳を惑わせる言葉に楓は唸ってしまう。方や薫は無言のままでいる。質問に対して、欲しい回答が得られないと判断したようである。

「入れるか?」

「お二人もおりますし、入れると思います」

「そうか。薫さんに楓さん。その入り口の右脇にある窪みに右手を当ててくれないか」

「何でですか」

 やや恐れを含んだ表情をしている楓。その脇をスッと抜けて、薫は長老が指し示した場所に右手の掌を宛がった。

「……」

 何かがあったのか、小さく薫が声を漏らした。すると窪みが青色に光った。だが入り口は開きもせず反応もしなかった。次は楓の番であるが続かなかった。どうやら薫の様子を見てかなり怯えてしまったようで腰が引けていた。

「楓さんもやってくれないかね。そうしないといつまで経ってもドアが開かないのだよ」

 怯えている楓に業を煮やしたのか、長老が少々きつく促している。それでも楓は……。

「え~、そんなこと言われてもぉ」

「……大丈夫だったわよ。ほら、手には特に何もないでしょ」

 怯える楓に宛がった掌を見せる薫。そうまでされてしまえば、楓も覚悟が決まったようで恐る恐る入り口の横に近付き窪みに右の掌を宛がった。

「うひゃっ。な、何?」

「駄目よ」

 楓の声に反応した薫が、とっさに楓の掌を離さないように掴んだ。

「うぇ~ん。ひっ!」

 唸ったものの、薫の表情に硬直したようで掌を窪みから離すことはなく、薫の時と同じように青色が光った。すると……。

「……あ、開いた」

 引きつり気味だった楓がぼそりと呟いた。だが、開いたドアから見えるのは暗闇であった。

 薫から解放され、顔だけを覗かせて中を見ていた楓の腕が急に掴まれた。

「ちょ、ちょっと薫ぃ。何? いやぁ、引っ張らないでぇ」

 涙声になりながら、薫に引っ張られるようにして建物内に入っていた。

「暗いわね。明かりが欲しいわ」

 言うが早いか建物内が明るくなった。何処に光源があるのか、いや、そもそもスイッチを押していないにも関わらず明かりが灯ったことになる。

 さて、明るくなったことで、建物の中を見て取ることが出来るようになった訳だが、内装が施されておらず剥き出しのままである。更には、調度品の類が見当たらなないどころか、テーブル一つすら置かれていないのである。

 最大の特徴と言って良いのか、出入り口を入ったこの場所は非常に狭く、受付目的の空間と言って差し支えない程度である。それを裏付けるかのように、入り口を背にした右手奥の壁面に切れ目のような物が見て取れた。

 薫がこの場の確認している間に、只でさえ怯えていた楓は、薫の腕にしがみつくほどになってしまっていた。

「薫ぃ。誰かいるんじゃ」

「いないと思うわよ。家と言われた場所でのことを思い出しなさい」

 怯える楓の手に触れて、子供を諭すかのように優しく問いかける薫なのだが、当の楓は唸り続けている。どうやらまだ怯えているためであろう、なかなか思い出せないようである。

「薄暗かったのは何故?」

「……う~ん。……あぁ、そっか。でも、待て待て……」

 唸り続ける楓を余所に長老が薫の後ろから……。

「流石だ。そこまで理解しているとは」

「理解している訳ではありません。珍しいことですが、直感……と言った方がいいでしょう。それで、ここで何をさせたいのですか?」

「直球ですな」

「いけませんか?」

 褒め称えていた筈が、一瞬にして緊張感を強いられる展開に変わってしまった。薫が、未だにここと長老とシクワンを認めていないと言うことなのであろう。

「あ、あの。二人共止めて下さい。さっきの和やかさは何処に行ったのです」

「まだ目的を聞いていませんので、それを問うているだけですよ」

「いや、薫さん。そんなとげとげしく言わなくとも……。ひっ!」

 今度は穏便にしようとしているシクワンが息をのんだ。それほどまでに薫の目には力が籠もっていたと言うことであろう。

「……。お? どったの?」

「楓さぁん。薫さんに何か言って下さいよぉ」

「へ? 何を?」

「あぁ」

 とっさに楓に助け船を求めたシクワンは、楓の反応に途方に暮れたのであった。しかも、シクワンの地が大分出始めているようなのだが、本人は気が付いていない。

「色を作って欲しい」

 緊張感の中、長老が口を開いて語った色を作るとは、一体どう言うことなのであろうか。そう語った長老の表情は真剣そのもので、冗談ではないようである。だが、内容があまりにも常識離れしすぎているため、薫も楓も一瞬己の耳を疑ったようで、互いの顔を見やっている。

「色? 色って青、赤、黄、とかの色?」

「そうだ」

「色鉛筆とか絵の具とか作れって事?」

「いいや違う。色そのものをだ」

 更に、長老の言葉に耳を疑う二人である。楓はもはや何のことだかさっぱりと言った表情をしている。方や薫は、右手で額を覆って何やら考えているようである。

 しばし無言が続いたが……。

「……色の原料を作って欲しいと言うことでよろしいですか」

「そう言っても良いかもしれんな」

「ふむ。ここでは色が不足してる?」

「そうだ」

「何故、私達が作るのですか」

 長老は口をつぐんでしまった。質問に対する答えを待つ薫の視線に、力が宿ってくるのを長老の傍にいたシクワンが感じ取って……。

「長老? どうしました。何故、何も言わないのです。返事を……」

「……あぁ、そうだな。お二人には、ここで色を作って欲しい。どうしたらよいのか私は知らないのだが、作って貰わないとならないのだ」

 どうにも要領を得ない説明に、薫は長老に向けていた視線を外す。悔しい、理解できないその蟠りをどうすれば良いのか困っている表情で俯いてしまった。

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