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登場人物)
藤本 楓
西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部化学科5年生
性格は、子供そのものと言える性格である。しかし、それは、喜怒哀楽全てを表現するためであり、20歳として知識・知能が低い訳ではない。
本藤 薫
西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部物理科5年生
性格は、母親のように優しく、時には厳しく、しかし、本質としては優しさを多分に持ち合わせている。
舞台)
不明な地/場所
日本で行方不明事件の実証実験中に、行方不明の原因と思われる事象によりやってきた場所。
「ふんとに! 何処なんだろう」
「まだ怒っているのね。ごめんなさいね、あんな思いをさせて……。でも、いらいらしていると只でさえ暗いのだから、小さい物は見落としてしまうわよ」
「分かってるよ~」
ぶつぶつと文句を言っている楓は、薫に宥め賺されて薄明かりの中で周囲を探っている。
「おっ!」
「楓!」
「大丈夫。何かに躓いただけ。もう! もうちょっと明るいと良いんだけどな」
薄明かりとは言え、どちらかと言えば暗いと言った方が適切といえる程度である。足下の確認にも一苦労しているようである。
「気をつけなさいよ。それと、そう都合良くは行かないわよ」
「ぶ~」
──そう言えば、何故明るくならないのかしら? 先程は思ったとたんに明るくなった筈……。
思いが現実となる、と言う訳ではないようである。それでも薫は先程との違いが何であるのか、疑問が残ったようである。
「薫? 何か問題?」
「あら、ごめんなさいね。ちょっと気になることがあるのよ。それはそうと楓、明かりがあるとは言っても、あまり先が見えないのだから、両手を突き出して前で動かしながら進みなさいよ、何かに……」
「いてっ」
「あぁ、言っている傍から……」
「おでこぶつけたぁ。ぶ~。あんでここだけ下に出っ張ってんの!」
そうぼやいた楓は、八つ当たりに突起を叩いたのだが、結局、「痛いっ」と叫ぶこととなった。相変わらず行動原理がお子様である。
「あによ。この出っ……張り……」
額をぶつけた突起、八つ当たりした突起、そこを手で確認しているようである、が、何かに気が付いたのであろう、怒りが尻切れトンボになってしまっていた。
「う~ん。この感触は……。ねぇ薫」
「どうしたのかしら?」
「ここ触ってみて」
「あまり良く見えないわね。ここ?」
「うひゃひゃひゃひゃ」
「あら、ごめんなさい」
薄明かりの中である。殆ど手探りで薫は楓が指し示しているであろう場所を触った訳だが、どうやら、楓を触ってしまったようである。薫も意地悪をしたつもりはないのであろう。それでもこの状況下においては、恐怖に捕らわれることが一番の問題である。故に、この程度の事故は心の緊張をほぐすのにちょうど良いと言っても過言ではない。
「ひぃ~、そこ脇腹。……う~、薫。楓ちゃんはそんなに小さくないよ。遊んでない?」
「あら、違ったみたいね」
「もう! うんと」
「ちょ、ちょっと楓?」
「あ、ごめん」
埒があかないと判断したのであろう楓が、薫がいるであろう場所に手を向けたようである。もそもそと薫の何処かをまさぐったのであろう、薫が珍しい声を上げたことからも窺い知れる。
「これはぁ、薫の手だよね?」
「そ、そうよ」
「じゃぁ、触って欲しいのはここ」
楓の手で誘導された薫の掌が触れたのは、先程、強かに楓の額をぶつけた突起である。そこに触れた薫の手が、感触を確かめるため楓の介添えを離れ動き始めた。
「土っぽくない?」
「……そうね。この感触は土のようね」
「おし!」
「厳密には土に近いという事よ。分かっているのかしら?」
「ほ?」
「あぁ。土であることと、土のようであることが違うのは分かるかしら?」
薄明かりの中、薫の問いに楓が上を向いた。その違いを考えているようである。
「う~ん。それって、土じゃないかもしれないって事だよね。と言うことは、土の感触はあるけど土じゃない?」
「そうね」
「で、結局は、何?」
「分からないわよ」
「え~」
薫の回答に、納得がいかない様子の楓である。自分がこうではないかと考えていた物が、そうではないかもしれないと言われれば、直ぐに納得のいくものではない。厳密には、専門家であろうとも詳細に調査をしない限り断定など出来よう筈もない。そう言う意味においては、専門家もいなければ調査機器もないのである。こういう結果にならざる終えないのも当然と言えた。
「それと、楓は気にならないかしら?」
「あにに」
涼しげに質問を投げかける薫に対して、楓の返答するその調子には苛立ちが垣間見える。ある意味手柄がなかったことになりそうであるのだから致し方がないであろう。
「何故、ここに突起があるかという事よ」
「そんなのぉ……。何で?」
「その通りよ。何故ここが飛び出しているのか。それが知りたいわね」
「え~。……おっと、そうじゃないよぉ、薫。最初の目的忘れてる~」
「あら、そうだったわね。ここが何処か、だったわね」
「そうそう」
「それじゃ、突起にも注意しながら再開しましょう」
「うん」
楓の若干の怒りも何処へやら。良い返事をしてこの場所の調査を再開する。だが、足下だけではなく頭上の突起にも注意をしなければならなくなったのである。しばらく周囲を手で触り、時には顔を近づけて確認していった。
「あぁ、疲れたぁ」
「概ね見て回れたかしらね」
「そだね。結局、周りは土っぽい壁があるだけだったね」
「そうなると、答えは?」
「洞窟、かもしれないって事で良いの?」
「そう言うことになるわね」
「ま、目が覚めた時点で暗かったし、そうじゃないかとは思ってたんだけど」
「ひとまず、小休止しましょうか」
休憩と言われた楓は、「あぁ」と声を漏らして腰を下ろすのではなくごろりと仰向けに寝っ転がった。
「楓。またそんなはしたない格好になって……。捲れても知らないわよ」
「えぇ~。誰もいないんだし、いいじゃん」
まぁ、パンツでも履いていればまだ良かったのかもしれないが、本日の楓はスカートである。この辺りも一九歳とは言いがたい所以である。
「あっ」
何かを思い出したのであろう楓は、ぽんと手を打った。
「何かしら?」
「そう言えば、あの機械ってどうなった?」
「機械……。あ。波長を打ち消す装置ね。あたしと楓の間に残骸があったわよ」
「ありゃりゃ、壊れちゃったんだ」
そう呟く楓は、あまり困ったようには見えず、他人事のような表情をしている。まぁ、装着することに不安を覚えていたこともあり、冷めていると非難することも出来ない。
「そうね」
「あ~でもでも、帰った時に怒られないかなぁ」
こう語った楓の表情が一転。怯える子供のようになっていた。まるで、やってしまったことに対して、親や先生に怒られるのではいかという状況と同じであろう。
「そうねぇ。でも、場合が場合だけに大丈夫ではないかしら」
「そっか。じゃぁいいや。……そう言えば、このぉ……地面……で良いのかな。ごつごつした感じがなくて良いよぉ。ふかふかとは言わないけど、ベッドで寝てるみたい」
波長を消す装置に関しては、薫の返答に安心したようである。楓の声の調子からもそれが伺える。
「ふふふふ。面白いわね」
「えぇ~。ホントだってばぁ」
楓が地面と称した物の感想に対する薫の返答に、楓はごろりと回転し肘をついて上体を起こした状態で食って掛かっている。この状況下で、なんとも微笑ましい光景であろうか。
「そろそろ。再開しましょう」
「え~。もう~」
ぼやく楓は、いつもの通りでまるで子供のようである。
「はいはい。ここが何処か調べないといけないでしょ」
「ぶ~。そうなんだけどさぁ」
そうぼやきながらも、「よっこいしょ」と掛け声を漏らした楓は、重い腰を上げるのであった。何処までも子供のような態度を示す楓には困ったものである。
「あぁ、楓。そんな言葉を使って、貴方はいくつなの?」
「えぇ、いいじゃん。何歳だろうと、掛け声は必要!」
「もう。しょうのない子ね。うふふふ」
「あ~、笑わなくてもいいじゃん。もう。……で、どう調べるの?」
暗がりではあるものの、笑われた楓がばつが悪そうに喋っているのが分かる。
さて、現状の確認を再開した二人は、ひとまずは壁面を辿ることにしたようである。今までは周囲に何があるのかに重点を置いていたようであるが、壁面を辿っていけば、今いる場所の広さもおおよそ把握できる上、通路のような物も発見できると踏んだようである。
「ふむ。さっき土って言ったけど、やっぱ、違う気がする」
「そうでしょ。さっき、土のようであると言ったことが理解できて良かったわ」
「む~。何か馬鹿にされている気がする」
「うふ。そんなことないわよ。理解するのが早い人もいれば遅い人もいる。人それぞれですものね。それと、馬鹿にされていると思うのは、自分がそう思っている、と言う考えもあるわよ。気をつけなさい」
触り続けたことで、自分なりの結論に達した楓であるが、どうも他人との差を意識しすぎているのかもしれない。薫の言う通り、早い遅いだけで片付けて良い物ではないのかもしれない。
「それにしても変ね」
「あにが?」
「同じ所を回っているように感じないかしら?」
「う~ん。どうかな……。そんな気もするようなしないような」
「はっきりしないわね」
薫が珍しく苛立っている様子。言葉の端々からもそれが伺える。
「薫?」
「何かしら?」
「ちょっといらついてる?」
「……そうね」
そう言った薫は何を思ったのか歩みを止めた。
「痛っ! もう、急に止まんないでよぉ」
「あら、ごめんなさい。楓に苛立っているのか聞かれたから、考えてしまったわ」
「まぁ、こんな所に閉じ込められてるんだし、出口も見えないし、あたしだって怒ってるんだよ」
「まぁ、そうだったのね。ごめんなさいね」
「あ~、ひっどっ~い。楓ちゃんだってね、こんなことされれば怒るんだよ」
頬を膨らませて怒りを露わにする楓に、薫は吹きだしてしまう。笑っている内に薫の表情が和らいでいった。どうやら苛立ちが治まったようである。この何気ない楓の態度が、時として清涼剤になるのも楓の良いところである。
「あ~、そこ笑うとこじゃない~。……ま、いつもの薫に戻ったみたいだし、良しとしよう。でさ、一カ所触ってるだけでいいの?」
「どう言うことかしら?」
「う~んとね。ドラマなんかで良くあるじゃん。壁に隠されているスイッチとか。だから、少し手の届く範囲で触ってみるとか?」
「そうね。現実的かどうかには疑問があるのだけれど。確かに、それも一理あるわね。でも、それだと時間が掛かるわよ」
薫の“時間が掛かる”というフレーズに、楓の表情が硬くなった。地道な作業を苦手とする楓には耐えがたいのであろう。とは言え、現状をどうにかしなければいけないのは事実である。
「……でもでも、それで何か見つかれば、ううん。見つけないとずっとこのままだし」
楓の目の色が変わった。苦手意識を変えようというものではないようであるが、現状を打破する別の手立てでもある。
「……そうね。楓がそう言うのであれば、やってみましょう」
「おう!」
景気のいい掛け声を一人上げ、楓は手の届く範囲で壁面を触り始めた。
「……おっ?」
「どうしたの、楓」
開始早々、ご都合主義と言われかねないスピードで、楓が何かを見つけたようである。
「ここ、何か浮いているような気がする」
「ちょっといいかしら?」
「うん」
場所を入れ替わった薫が、楓の触っていた場所をまさぐり始めた。その手つきは、押し込まないよう的確に、そして繊細な動きであった。
「……確かに、ここだけ壁面に遊びがあるわね」
「でしょ。じゃぁ早速」
「ま、待ち……」
と薫が止めるまもなく楓が押し込んでしまう。が、辺りには何も起きる気配がない。
「あれ?」
「もう、楓。いきなり押さないで頂戴」
「え~。……でも、このスイッチ何?」
「分からないわよ」
「あぁもう。あんで言うこと聞かないの!」
スイッチと思っていた場所が、そうではないと分かると今度は楓が苛立ち始めてしまう。そろそろ楓に忍耐の限界が訪れたのかもしれない。
「はぁ~」
長い溜息を漏らした楓は、そのスイッチの場所に手をついた。すると、スッと何かが開いたような音が聞こえた。
「ほ?」
「何か聞こえなかったかしら?」
「うん、ちっちゃかったけど。……だぁ~。お、おぉ~」
「楓!」
手をついた直ぐ傍の壁面に、背を預けようとした楓が後ろ向きに倒れた。
「いった~い」
「楓はまったく……。怪我はしてないわね」
「……あたたた。多分……。で、ここは? 相変わらず暗いし」
薫の手に掴まって立ち上がった楓は、暗い中を首を巡らせているようである。そうは言っても暗がりであり辺りの全てが見える筈もないのだが、この状況下にいる所為か、既に条件反射となっているようである。
「あれは……。ドア、だったのかしら……。とすると……」
「薫?」
「あら、ごめんなさい。開いたのがドアではないかと考えてしまったわ」
「おぉ~、なるほど。……って言うことは、ここは何かの施設?」
「そう考えるのが妥当ね。でも、土のような壁面はどう説明すれば……」
新たな情報が得られたのだが、土のような壁面とドア。ここから想像されるのは何かと言えば……。
「あっ。もしかして、何者かの秘密基地、とか?」
「あぁ、楓。いくら何でも、それはテレビの見過ぎね」
「あう~。そんなかわいそうな顔で言わないでぇ~」
「あら、ごめんなさいね。そんなつもりはないのよ、ちょっと呆れているだけだから、ね」
「う~。あんまかわんない~。ぶ~」
膨れる楓に宥め賺す薫。いつもの光景がこの見知らぬ場所で、尚かつ暗がりで行われいる。少しずつではあるのかもしれないが、いつもの二人に戻りつつあるようである。
しばらく薫に宥められていた楓が、機嫌を直した頃……。
「さて。どうした物かしら……」
「もう一回、壁を伝っていく?」
「そうねぇ……。そうだわ、楓には言い忘れていたけれど、もう一つ手があるわよ」
「何?」
楓が身を乗り出すかのように声に張りを持たせて薫に聞き返している。
「ちょっと待ってなさい」
──もう少し明るく。いえ、明るさが欲しいわね。
薫が無口になったことを疑問に思いつつ、口が開くのを待っている楓の表情は、何かを期待してワクワクしているのが明らかである。
「あら。おかしいわね」
「あにが?」
「これで、良い筈なのだけれど」
「だから、あにが」
「……そうだったわね、説明が必要ね」
「ぜひ」
「楓が目覚める前は周りが何も見えず、それこそ真の闇と言っても良かったのよ。そこで、もう少し明るければと考えたのよ。すると、今の薄暗がりになったという訳なのよ」
「で?」
「それだけよ」
「うぇ~。まったく分かんない」
薫の説明に、狐にでもつままれた思いの楓である。
「……な、何かしら。その疑惑に満ちた顔は」
「ふ~ん。薫がそんなことを言うなんて、と言う表情。……でもまぁ、薫が滅多なこと言わないの知ってるし、今回は失敗ってとこ?」
薫は、少々慌てた表情を戻しつつ……。
「そ、そのようね」
「さて、どうしようか」
「……そうね。代案としては、左右に分かれて伝っていくのはどうかしら?」
薫は、今思いついたような単純な案を提示する。そう語る薫の表情は、明るくならなかったための焦りを引き摺っているのかやや引きつり気味である。
「じゃぁ……ピッ。ほ? ピッ」
「楓。遊んでる場合じゃないわよ」
「違……ピッ……うよ。楓……ピッ……ちゃん……ピッ……が喋……ピッ……ってるん……ピッ……じゃ……ピッ……ない~ピー」
「本当に。今の状況は分かっているの……」
「ピー……だか……ピー……ら、……ピー……勝手……ピー……に声……ピー……が出……ピー……てる……ピー……だけ……ピー……だっ……ピーピー……て。酷く……ピーピー……なっ……ピーピー……て……ピーピー……る……」
あまりのひどさに、楓はとうとう口を手で押さえてしまう。しかし、口を閉じて手で押さえても尚、くぐもった声として漏れ出てくる。
「……どうやら、冗談ではないようね」
薫がようやく理解してくれたことに、涙を浮かべ肯き続ける楓である。
「……楓のその状態だと、会話は出来ないわね」
くぐもった声を漏らしながら、再度頷く楓は完全に涙目となっていた。そこに追い打ちを掛けるかのように、楓と薫のいる場所に……。
「眩しい。何が起きたのかしら?」
「ん?」




