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エンドレス・キャンパス  作者: 木眞井啓明
第一部 息吹  第九章 甘受
30/65

登場人物)

 藤本ふじもと かえで

  西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部化学科5年生

  性格は、子供そのものと言える性格である。しかし、それは、喜怒哀楽全てを表現するためであり、20歳として知識・知能が低い訳ではない。


 楓の母

  性格は、優しく、時には厳しく、しかし、本質としては優しさを多分に持ち合わせている。

  食事、食べ物の好き嫌いはないが、ケーキなどの甘い物が好物。


 森里もりさと 利樹としき

  西暦2101年09月25日生まれ/国土省環境局

  森里家一族の中で、一二を争う穏やかで、優しい心を持っている。

  他人を思いやり、自然が大好きな男である。


舞台)

 関甲越かんこうえつエリア

  関東甲信越を短縮したエリアの名称。東西は千葉・神奈川から新潟、南北は群馬・栃木から長野・静岡の一部まであるエリア。


 百合ゆりおかLB

  神奈川県東部、百合ヶ丘を中心にした居住地区。東京都の境も含まれる。

  楓と薫りの家が含まれ、関甲越エリアにある居住ブロックの一つ。


組織・家など)

 藤本家ふじもとけ

  楓と両親が住む家。

  この時代、一戸建ては存在しておらず、全てが集合住宅となっている。

  藤本家は、関甲越エリア、神奈川、向ヶ丘にある、第十住宅と呼ばれる、2階屋タイプ-21階建ての中層集合住宅、14階のW07号室に住んでいる。


メカニカル)

 iRoboあいろぼ

  各家庭には、情報端末ロボットが置かれる。

  AIによって学習型会話が可能、家族管理、家族分のiHandを管理等の機能がある。

――うっ。こ、ここは……。あっ、また……と言うより、この夢も久し振りだね。

 楓の目の前に広がるのは、前にも見た木立の中であり、“またか”と言う表情をしつつも、何故か感動している楓であった。

「と。うわぁ~。……いったぁ~い。あにすんのよ」

 下草に絡まれ転ぶのだが、下草に文句を言う事を忘れない所は、楓と言ったところであろう。そして、藻掻いている間に、四方八方から下草やら何やらが這い寄ってくる。更に追い打ちをかけるように、動物が吼えているような声が近付いてくる。

――えっ。ま、不味い。何とか解かな……。くぅ~。忘れてたよぉ、下草引きはがすと痛みが来るんだった。

 今更ながら思い出したようだが、吼えているような声の接近に急かされるように、慌てていたのである。

「い……た……。た……け……」

 声のような音が聞こえた。

「えっ? ……何、何て言ったの? どこ?」

 下草を解く手が止まり辺りを見回してしまうが、誰かがいる筈もなく、その隙を突かれたかのように……。

「お、おぉ~。痛い、痛い。背中が痛い……。引きずらないでぇ~」

 下草が一斉に楓の足を引っ張ったため、上体も後ろに倒れてしまったのである。更に、そのまま引き摺られ、それなりの早さであった事も手伝って引かれるまま為す術がなかったようである。

「痛いってばぁ。すと~っぷ。とまってぇ~」

「い、た……。……けて……」

 殆ど涙声になっている楓に、とぎれとぎれだが、声が聞こえてくる。

――やっぱり、誰かいるんだ。

「誰! どこ!」

 引きずられながらも叫んでいるが、その目には引き摺られる痛みのためであろう涙が浮かんでいる。背中が相当にいたいようだ。

「あれ? 終点? よっこいしょ……。ふんとに、もう……。これがこうで。あっ、違う。こっちか」

 動き出すのも突然なら、止まるのも突然。呆気にとられながら、独り言を呟きながら、この隙に下草を解きにかかるのであった。

「ふぅ。やっと解けた……」

 安堵するが、茂みが揺れがさごそと音がする。

――うっ。やな予感……。

 その予感は的中し、近くの茂みから動物が数頭ほど出てくる。

「あ、あのね。あたしは、楓ちゃんだよ。お家に帰ろうかな」

 人間。パニックになると、とんでもないことを言うものである。

――な~に言ってんだろう。あたしってば……。

 座ったまま後ずさるが、何かにぶつかる。

「へっ?」

 振り向こうとした時、左の肩口を噛みつかれる。

「いった~い!」

 絶叫するが、噛みついている動物には離す気はないようである。

 一頭が噛みついたことが合図になったのか、周囲にいた動物たちが、一斉に楓に襲いかかる。右腕、左足、いや、それどころではない、楓を中心にして、動物たちの団子ができあがっていた。

 動物に埋もれ、必死に藻掻こうとするが、既に、手足は噛みつかれ動かせず、「痛い。痛い。痛いよぉ~。薫ぃ!」と、情けないか、楓は泣き叫んでいたのである。いや、この状態であれば、もはや誰かに助けを求めるほかないのである。

「何で。どうしたのよぉ。何が言いたいのぉ~」

 そう自分で叫んで、はたと思い出した言葉があった。“このままで良いんですか?”そう利樹に言われたことをである。だが、その時も、その後も、痛くなる事だけが嫌で仕方がなかった。それ以上の事は考えられなかったのである。

――……そっか。あたししか、聞けないんだね……。何。何が言いたいの? あたしで良ければ教えて。

 噛みつかれている痛みはある。しかし、穏やかな気持ちが生まれ、藻掻くのを止め、動物たち、植物たちの訴えを聞こうとする。しかし……。

――……分かんない。まだ、分かんない。……そっか。そうだよね、こんな状態じゃ聞こえないよね。

 何かに気がついたのであろう楓が、噛みついている動物に手首を返してなんとか触れる。すると、噛みついていた動物が徐々にその強さを弱め、仕舞いに噛みつくのを止めたのである。

「そうだ、よね。ごめんね。あっ、でも下草は、絡みつくんだ」

 そう呟きながら、空いた手で触れていくと、次々と噛みつくのを止めていく動物たちであった。一方の下草は、絡みついたままであるが、今までのように締め上げると言うより蔓草が巻き付いているというのが適切であろう。

――……そっか。みんなは、代表なんだ……。


     *


「おはよう。散歩してくる」

「慌ただしいわね。何を急いでいるの?」

「まったく。楓は、困った子ですね」

 元気良く母親に出かける事を告げる楓だが、いつにない行動をしている訳で、母親にぼやかれながら心配され、あげく、iRoboにまで言われる始末である。ややむくれながら、朝の挨拶もそこそこに「良いの! 行ってきま~す」と、元気よく家を飛び出していったのである。

 楓は、高層住宅に隣接する緑地公園の中で枯れが進んでいる場所、遊歩道からやや林の中に入った場所にある一本の幹に手を触れ、「ごめんね」と呟いたのである。

「うっ……。痛かったよね」

 謝罪の言葉を掛ける。すると、幹から流れ込んでくる訳ではないが、久し振りの痛みに一瞬だけ呻いた楓である。だがその痛みを受け入れると、楓が触れた周囲の所々で早送りでも見るかのように枯れていた木々が萌えだしていった。

「あはっ。木が元気になっていくね」

 嬉しそうな楓は、萌えが始まった林をゆっくりと、生い茂る葉を見ながらぶらつき、林の中をのんびりと歩いている、と……。

――お。誰かいる、誰だろう?

「おはよ……」

「あ。藤本さん。おはようございます」

「も、森里さん。お、おはようございます」

 いきなりの来訪に戸惑ったのか、楓は深々とお辞儀をしてしまう。

――そうだ。あの時の答えをした方がいいかな?

 楓が話しかける前に、利樹が先に話し出したのである。

「どうやら、答えを見つけたようですね」

「あ、あの。何故?」

「その辺りは秘密です。それより、答えが出せて良かったですね」

「森里さん。このことを知ってたんじゃないですか?」

「残念ですが、上から釘を刺されてまして、これ以上は……。あ、でも一つだけ。……藤本さんは、希望でもあるんですよ」

 利樹は、指を上に向けながらそう言い切ると、踵を返し、楓に何も言わせないように立ち去っていったのである。一方の楓は、呆気にとられたようで、何も言えず利樹の後ろ姿を見送るだけだったのである。

――また。会えるかな。お礼はその時にしよ。

 立ち尽くしていた楓は気を取り直し、なんとはなしに柔らかい表情で目的地を決めずに歩き始めたのである。


――何? ……これは。犬の吠えている声?

 しばらく歩いていると、どこからか吠えているような声が聞こえてきて、そうする必要はないのだが、何故か楓は走り出していた。下草を踏みしめ全力で駆け、林を抜けたのである。

――犬は……。おぉ? あっちこっちに向いて吠えてる。何で? ……猫もいる、けど……。何やってるんだろう。木に飛びかかってるし……。あっ! 危ない!

 楓はとっさに動けなかった。走り回っている猫同士が激突した。いや、それだけではなかった、木に体当たりしている猫もいた。

 その光景は悪夢である。衝突を止めようとする猫は、一切いなかったからである。

「だめだよ。そんなことしても、痛みはなくならないよぉ」

 楓はその光景に、独り言でも呟くように口を衝いて出ていたのである。しかし、全く気が付いていないようである。

――これが……。これが、あたしが拒絶した現実……。

 泣いていた。ゆっくりと、歩を進めていく楓である。

「ごめんね。ちゃんと聞いてあげられなくて……。ごめんね」

 小さい声で呟きながら両手を出し、近くにいた犬の傍らにしゃがんで、首を抱きしめる楓であった。

「あっ、くっ」

 楓が痛みを受け入れているのであろう、小さくうめき声を上げると、吠え続けていた犬が徐々に吠えるのを止めていった。小さくうなり声を上げる犬の目は穏やかになり、その声に、抱きしめる力を強くする楓がいたのである。

 思いが広がったのか、他の犬や猫も、楓の周囲に集まり始める。

 最初に抱いた犬が、楓の抱擁を解くように動いて顔を楓の顔に近づけると「あ、こら。くすぐったいってばぁ」痛みを取ってくれたお礼なのか、楓の傷みを和らげようとしているのか顔を舐めていた。寄ってきた猫が楓の足に頭をすりつける。

――よかったぁ。みんな戻った。

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