3
登場人物)
藤本 楓
西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部化学科5年生
性格は、子供そのものと言える性格である。しかし、それは、喜怒哀楽全てを表現するためであり、20歳として知識・知能が低い訳ではない。
本藤 薫
西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部物理科5年生
性格は、母親のように優しく、時には厳しく、しかし、本質としては優しさを多分に持ち合わせている。
岩間 聖美
西暦2108年08月13日生まれ/専課学校、基底学部物理科5年生
性格は、子供っぽい所もあるが、二〇歳に何とか相応しい女性だが、楓に似た所もあり、類は友を呼ぶ、を表した友人の一人。
山田 明子
西暦2108年06月21日生まれ/専課学校、基底学部化学科5年生
性格は、長女であるだけに、しっかり者で、世話好き。だが、おっとりしているわけではない。その辺は、弟を持つが故なのかも知れない。
舞台)
関甲越エリア(かんこうえつえりあ)
関東甲信越を短縮したエリアの名称。東西は千葉・神奈川から新潟、南北は群馬・栃木から長野・静岡の一部まであるエリア。
組織・家など)
ATSUBB専課学校
場所は、関甲越エリア、神奈川、厚木にある。基底学部として、化学、物理学、自然の学科を持つ専課学校。
どんより、とまではいってはいないものの、やや厚い雲に覆われた空。ともすれば、今にも泣き出しそうな空ではある。
日差しが遮られている事から、前日より幾分か低い気温ではあるが……。
「日が出てない分、ましだけど。あちぃ」
「聖美。言葉遣いが悪いわよ」
「え~。いいじゃん」
聖美は暑がりなのであろうが、言葉遣いに関しては、これまでの言動から推察するに、口癖になっているようである。
確かに、日差しが雲に遮られて三〇度を下回ったとは言え、それほど下がってはいないのだ、暑い事に変わりはない。
「木立の中だから、まだましだよ」
今はお昼の休憩時間に入っており、楓達四人は昼食前に木立の中で携帯座布団を広げ、腰を下ろして各々にくつろいでいるところのようである。
携帯座布団とは、屋外で使用することを主な目的とし、携行する際の最小サイズはクレジットカード型で、他に数種類存在する。この小ささであるが故に持ち運びが楽に出来、広げると小さめの座布団サイズ(四〇センチメートル四方程)になる優れものである。また、広げた際に膨らんでクッション性を上げ、座り心地が良くなるようになっている。
「それはそうと、楓。もう大丈夫なのかしら?」
「ほっ?」
「昨日の痛みよ」
「おっと、そう言えばそうだった。
えっと~。……昨日は心配させてごめん。そいで、ありがとう。でも、もう大丈夫だよ」
「そう。良かったわ」
「昨日は、じゃない。昨日もだって」
「あによ~」
相変わらず楓の事を心配している薫である。楓の痛みが気がかりでしょうがないと言ったところであろうか。とは言え、原因すら特定できていないのだ。端が心配したところで何も出来ない事は、薫とて重々承知している筈である。
「あ~あ。楓ちゃんも出たかったよ」
溜息とも受け取れる言葉を、心底残念そうに漏らす楓。一体、何に出たかったのか。
「怪しい雲行きなのに、楓も怪しい雲行きね」
「あによぉ~、薫。ひっど~い。楓ちゃんは、天気予報じゃないよ」
「ぷぷっ」
楓の言葉に、吹きだした聖美。
聖美ではなくとも、楓の言いようには吹き出したくもなろう。どの辺りが天気予報なのか……。
「聖美。そこ、笑うとこ?」
「え~。だって、怪しい雲行きが天気予報って。おかしいじゃん」
「ふえっ?」
何がおかしいのかと、訝しんでいる楓。
薫が、天候と楓の状態を結びつけたところから来ているのであろう。だが、受けを狙ったつもりではないのだろうが、もう少しセンスが欲しいところである。
「それで。何に出たかったのかしら?」
「へっ?」
聖美と言い合っているところを、本題に引き戻された楓は、素っ頓狂な声を出した。
「何に出たかったのかよ」
明子が、きちんと聞いていなかった楓にフォローを入れる。
この辺り、気配りの効く明子ではあるのだが、その裏には、楓の答えが聞きたいという思惑が見え隠れしている。
「明子。あんがと。……え~と。入学式だよ」
「はぁ?」
「あによ、聖美」
素っ頓狂な声を上げたのは聖美で、即座に反応したのは楓である。また良からぬことを言われる前に釘を刺した、と言ったところであろうか。
「そう」
「あっ、だって今日。四月七日は、新一年生の入学式だよ」
「えぇ、そうね」
「祝ってあげないと」
「なるほど……。だけれども、その役割は新二年生と新四年生が受け持っているのよ。楓も私達も、去年がその年だった筈よね」
「うっ」
専課学校での入学式には、新二年生と新四年生が在校生を代表して、新一年生を迎えるのが慣例となっている。よって、それ以外の学年の生徒は通常通りの講義を受ける事になっていて、お休みにはならないのである。
「はは~ん。さては楓は、抗議サボりたいんだ」
「……あ、あんてこと言うかな聖美は。あ、あたしは、サボりたい訳じゃ……」
「そうなのね」
「ひっ」
楓は、言葉を最後まで言わせてもらえず、更に、薫の鋭い視線を浴びた。
「うっ。えっと。そ、それだけじゃなくて、新一年生も見たかったし。……あっ」
結局、全てではないにせよ、それも口実にしたかった事が判明した訳である。
「やはり、そうだったのね……」
「な~んだ、楓も一緒じゃん。……あっ」
二人揃って言わなくても良い事を口走ってしまう。いつもの事と言えばそれまでであるが、やはりこの二人、上級生の自覚が足りていないのかもしれない。
「あ、え~と、ね。講義の時間、まだかなぁ」
「そ、そだね」
「お昼休みは始まったばかりよ。お昼もまだ食べてないのに。二人共、言い訳が大変ね」
涼しい顔で楓と聖美、それに薫の会話を楽しんでいる明子であった。
「ちょっと、明子。ずっこいよ」
「そうね。これでは、私が二人をいじめているように見られてしまうわよ」
「そうだそうだ! 明子が悪い」
どさくさに紛れて、聖美がもの凄い事を口走った。
それを聞き逃すほど明子は甘くなく……。
「ちょっと、聖美。今なんて言ったの?」
「えっ? あははは」
笑ってがまかす聖美だが……。
「聖美のその曲がった性根、叩き直さないといけないわね」
「ちょ、ちょっと。明子、ごめん。悪かったって、ついうっかり……」
びくりと反応した聖美は、恐る恐る別の方に視線を巡らせると……。
「ひぃ~」
「薫ぃ。やり過ぎだってばぁ。明子も」
いつにない明子の凄みに、薫の刺すような鋭い視線、その双方の攻めにより震えが止まらなくなっている聖美であった。
「あら。聖美ぃ、ごめんねぇ。やり過ぎちゃったわ」
「しょうがないわね。今日の所はこの辺にしておきましょう」
この状況にも関わらず、相変わらず厳しい薫である。
「聖美。聖美。返ってきてよ」
お灸が効きすぎた聖美は、薫の視線が治まっても尚、青ざめた顔をして両手で膝を抱えたまま震えていた。
「そろそろ、学生会館に行くわよ」
「え~。聖美、置いてっちゃうの」
「まだ、早くない?」
等などと会話を始めた三人。
「今日の限定メニュー、食べるんでしょ、楓」
「そ、そだった。食べるよ。聖美もだよね」
ガサッ。っと音を立てて何かが動いた。
「食べる!」
「聖美が、復活した」
「ふっ」
「あっ、薫ぃ」
薫の的確な言葉によって、震え、怯えていた聖美が立ち上がっていた。見事に復活を果たしたのである。
「行こう!」
「あっ、聖美。待ってよぉ」
聖美の号令で、座ったままでいた三人も立ち上がって歩き出した。