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登場人物)
岩間 聖美
西暦2108年08月13日生まれ/専課学校、基底学部物理科5年生
性格は、子供っぽい所もあるが、二〇歳に何とか相応しい女性だが、楓に似た所もあり、類は友を呼ぶを表した友人の一人。
山田 明子
西暦2108年06月21日生まれ/専課学校、基底学部化学科5年生
性格は、長女であるだけにしっかり者で世話好き。だが、おっとりしているわけではない。その辺は弟を持つが故なのかも知れない。
藤本 楓
西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部化学科5年生
性格は、子供そのものと言える性格である。しかし、それは、喜怒哀楽全てを表現するためであり、20歳として知識・知能が低い訳ではない。
本藤 薫
西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部物理科5年生
性格は、母親のように優しく、時には厳しく、しかし、本質としては優しさを多分に持ち合わせている。
舞台)
関甲越エリア
関東甲信越を短縮したエリアの名称。東西は千葉・神奈川から新潟、南北は群馬・栃木から長野・静岡の一部まであるエリア。
厚木BB
神奈川県西部、厚木を中心とした企業地区。
楓達が通う学校も含まれ、関甲越エリアにある企業ブロックの一つ。
組織・家など)
ATSUBB専課学校
場所は、関甲越エリア、神奈川、厚木にある。基底学部として、化学、物理、自然の学科を持つ専課学校。
メカニカル)
巨大な物体
突如地球上空に出現した物体。
出現の理由はおろか、地球に対して何の影響も与えていない訳すらわからない。
学校の木立。その中程でいつものメンバーが揃って会話をしているのだが、楓にいつもの元気がないようである。
三日ほど前、利樹に問い詰められ、何かに思い当たってからが顕著のようである。結局その日、逃げるようにその場を離れ、利樹には何も告げられなかったのである。当然、その場にいた薫にも何も告げなかったのであったが、その薫は、いつもと変わらないように振る舞っている。しかし、視線が楓に向いてしまうことから、楓のことが気になっているのが伺える。幾分か、いつも通りとは言いがたい状況に陥っている様子である。
「よぉし。今日の帰り、ケーキバイキングに行こう、楓」
楓を誘う聖美は、楓に元気がない事くらい分かっている。更に言えば、楓に元気がないとつまらないからでもある。じゃれ合いの口喧嘩とは言え、である。
「ほっ?」
「あによぉ、あたしの誘いに乗らないつもり?」
「あ、そうじゃないけど……」
何か気乗りがしないような、いつもの元気な楓からすると歯切れが悪い。やはり、先日の“このままで良いのか”と問われたことが、気になっているのか。あるいは、未だに続く痛みに何かしら疑問でもあるのであろうか。
「んじゃ、あたしの勝ちだ」
「あんで勝ちなのよぉ」
“勝ち”という言葉に反応してしまう楓がおり、乗ってきた楓に聖美はにやけていたのである。
「楓が行かないからに決まってるじゃん」
きっぱりと答える聖美に、なぜか怒りがわき上がる楓は、「行く!」と返答していた。その返答に、更ににやける聖美がいたのである。
「あんでにやけてるのよぉ」
「教えな~い」
これでやっといつもの会話が成立したようで、薫も少々安堵するのであった。
「きゃぁ~」
遠くから、女子生徒の悲鳴が聞こえてきた。条件反射的に、声のする方角である木立の外へと頭を巡らす四人であった。
「な、何だありゃぁ~」
今度は、男子生徒の叫びが聞こえてくる。相次ぐ悲鳴と叫び声に、木立の中にいた生徒達が飛び出していった。その中には楓達の姿もあった。
「な、なんだ、あれ……」
「そ、そんな、馬鹿な……」
先に出ていた生徒達が見上げる空……。そこには物体が横たわっていた。その場にいる殆どの生徒が、あまりの出来事に立ち尽くしていた。
「……全貌が見えないわね」
冷静さを取り戻した薫が、学校事務棟の方へと走り出した。
「あ、薫ってばぁ」
「薫ぃ」
「しょうがないわねぇ」
おいて行かれた他の面々が、薫の後を追ってゆき、学校事務棟と実験棟の中間付近に達したのだが……。
「……ここでも、まだ見えないわね」
「うぇ~。あにこれぇ」
「長すぎぃ」
「凄いことになってるわねぇ」
四人が驚くのも無理はない。その物体は、上空で南西と北東を結ぶように延びていたからである。そして、南西にも北東にも切れ目は見えない……。
この事態を前にして、その場に立ち尽くす者、恐怖のあまり座り込む者、パニックになる者が多数出ていたが、その中にあっても楓達はまだ冷静な部類のようである。
「職員も、だいぶ混乱しているようね」
「あんで?」
「まだ放送が入っていないわよ」
「おぉ」
そう、学校側でもあまりにも唐突な事態に、対応がとれていないようである。学校事務棟内でもかなり混乱していると想像が出来る。
「それじゃ、独自に情報収集した方が良さそうね」
「……そうね。その方が良いわね」
「うふふ」
「どうしたのかしら?」
「珍しいなと思って」
「そうかしら?」
冷静に見えて薫もこの事態に、物体の巨大さに冷静さを欠いていたと言うことであろう。
「行きましょ」
「えぇ」
明子と薫はそう語り合って、近い第一講義棟へ走り出していた。
「あ、待ってぇ」
叫びながら楓と聖美が後に続いていった。
第一抗議棟に入るや四人は階段を駆け上がり、二階にある一番近いコンパートメントを陣取ったのである。
「始めましょう」
「待って、薫は指示して頂戴」
そう言って、薫が座ろうとするのを制止したのは明子である。
「さぁ、行くわよぉ」
流れるような操作で、世界各国からの速報を表示していく明子であった。
「すごぉい」
「もう、こんなにアップされてる」
「殆ど個人の撮影ね」
「似てるかな?」
「おんなじに見えるよ」
「方角は分からないわね」
「そうねぇ」
四人が各々に感想を呟きながら、明子の検索と閲覧は続いていった。
「情報が錯綜してるわねぇ」
明子が検索しながら呟いたのも無理からぬところであろう。何しろ、個人で撮られた映像の大半は、アップの一番を目指すこと、あるいは、その事象を収めることがほとんどで、方角などは考慮されていないからである。
「明子」
「どれ?」
「中程にある、万里の長城と書いてある映像よ」
「何で、それ?」
「何でって、あんたねぇ」
「む。聖美だって実は分かってないくせに」
「え、え~とぉ」
返答に詰まる聖美は、結局、「あははは」と笑って誤魔化すしかないようである。それを、楓が一瞥してやっぱりと言いたげな表情である。この遣り取りがいつもの二人と言えばいつもの二人である。
「これね」
二人のやりとりの中、明子が要望された動画を再生する。確かに万里の長城から撮られた映像で、ほぼ万里の長城に沿う形で物体が延びているように見えている。言い換えれば、概ね西と東を結んでいると言うことである。
今のところ唯一方角の分かる映像である。
「先ほど見た方角とは違うようね」
「そだった?」
「あんたは何を見てたの」
「あによぉ。聖美だってどうだか」
楓が懐疑心を持ったことに聖美が反応するも、結局にらみ合いとなってしまうのであった。そうは言っても、薫が表で確認した方角とは明らかに違っているようである。
動画からは方角についての確認は出来たものの、出現した物体が意味するところは分からないままである。
明子が更に検索を続けていると……。
「臨時ニュースをお伝えします。
本日一二:〇〇に地球連合より、非常事態が宣言されたと発表がありました。この発表は、一一:四〇頃から発生しております、上空に浮かぶ物体に対してと言うことです」
「もう、画面取り過ぎよね、っと」
明子が、臨時ニュースの画面サイズを小さくしていると、この放送が、遅ればせながら全棟に流され始めた。
「もう一つお伝えします。地球連合は、各国に対し連合軍の出動を要請した模様です」
「えぇ~」
「日本のは軍隊だっけ?」
「どうだったかしらねぇ」
「地連軍に所属する以上、その部隊としては軍隊になるかしら」
「なるほど、奥が深い」
楓は、出動する事態であるのかと素直に驚いた様子で、聖美は、出動という言葉からの疑問なのであろうが、明子と薫の説明で、腕を組んで納得したようである。
雑談のような会話をしながらも検索を続け、気になる情報があれば閲覧を繰り返していった。しかし、個人の動画が殆どであるため、未だ、上空に鎮座する物体の方角が一定していない。いや、方角すら分からない映像が殆どである。
「でも、今日は天気が良くてラッキーだよね」
楓が、今更であはるが気が付いたように呟いていた。
「あんでよ」
「だって曇ってたら見えなかったかも」
「おぉ」
聖美が、感心しながら手を打つと、「それよ!」と突然に目を輝かせた薫が、「大声ぇ」、「か、薫?」などと悲鳴を上げる楓と聖美を余所にコンパートメントから飛び出していった。薫にしてはかなり珍しい行動である。
数少ない窓から、空や地面を見回している薫に、背後から「危ないじゃない薫」と楓と聖美を押しのけた事への苦情を告げているようであるが、当の薫は、窓の外を眺めて何かを探す事に集中しているためなのか、その苦情は聞こえていないようである。
徐に向きを変え、再び楓を押し退けて階段へと向かう薫によろめく楓がいた。
「おっと、危ない。……じゃない! ちょっと、薫!」
のんきな反応を見せる楓が、すかさず後を追っていった。
ぶつくさと文句を言いながら薫のいる場所へと到着すると、未だに、覆い被さるように鎮座している物体を見つめている薫がいた。
「風は穏やか……よね」
薫が、誰かに問うように呟いていた。
「えっ? そ、そうだね」
突然の言葉に、楓は少々戸惑いながら辺りを見回して答えている。
「雨も、雷もなく、気象は正常よね」
「どう見ても」
楓は、何のことやらと、分かりかねると言った様子で、“当たり前でしょ”といった表情で相づちを打っている。
「地面も揺れていない……わよね」
「どう言うこと?」
後から追いかけてきた聖美が楓は顔を見合わせている。
「そう、あれだけの物体が肉眼で確認できるのに、地球上には、何の影響も現れていない。おかしいと思わない?」
誰かへの質問、と言うよりは、確信を疑問系にしているようである。
「あんでよ。影響がないのは良いことじゃん」
「そうね。……見える限りにおいて、あの物体は、地球と同じ大きさと考えるべき。隕石だって大きくなれば、衝突した際の破壊力が、すさまじいものなのは知っているわよね」
声を出すことなく頷く二人だが、今ひとつピンと来ていないようである。
「上空にいる物体は、物理法則を無視して地球上空で止まっているように見えるわ。自転する惑星には引力が発生するのだから、落ちてこない筈がないのよ。いえそれ以前に、少なくとも同程度の大きさの惑星が接近した際には、見える前から磁場がみだれて大気も乱れる筈なのよ。それの何れも起こっていないでしょ。更に言えば、ここまでの接近を地上から無事に見る事は出来ない筈……」
「おぉ」
「あ、そっか」
やっと気が付く楓に聖美である。
「ぶつかっていないってこと?」
「あり得ないことだけれど、そうなるのかしらね」
「でも……」
「そう、そんなことは、現在のあらゆる学問から考察しても考えられないこと」
薫の言葉に、怯える楓と聖美であった。
「じゃぁ、いったい……」
怯えと恐怖を地球上にまき散らし、一介の学生にはあざ笑うかのように、物体は、上空に鎮座し続けていた。




