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登場人物)
藤本 楓
西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部化学科5年生
性格は、子供そのものと言える性格である。しかし、それは、喜怒哀楽全てを表現するためであり、20歳として知識・知能が低い訳ではない。
本藤 薫
西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部物理科5年生
性格は、母親のように優しく、時には厳しく、しかし、本質としては優しさを多分に持ち合わせている。
森里 利樹
西暦2101年09月25日生まれ/国土省環境局
森里家一族の中で、一二を争う穏やかで、優しい心を持っている。
他人を思いやり、自然が大好きな男である。
舞台)
関甲越エリア
関東甲信越を短縮したエリアの名称。東西は千葉・神奈川から新潟、南北は群馬・栃木から長野・静岡の一部まであるエリア。
百合ヶ丘LB
神奈川県東部、百合ヶ丘を中心にした居住地区。東京都の境も含まれる。
楓と薫りの家が含まれ、関甲越エリアにある居住ブロックの一つ。
組織・家など)
藤本家
楓と両親が住む家。
この時代、一戸建ては存在しておらず、全てが集合住宅となっている。
藤本家は、関甲越エリア、神奈川、向ヶ丘にある、第十住宅と呼ばれる、2階屋タイプ-21階建ての中層集合住宅、14階のW07号室に住んでいる。
メカニカル)
iRobo
各家庭には、情報端末ロボットが置かれる。
AIによって学習型会話が可能、家族管理、家族分のiHandを管理等の機能がある。
楓のここ一週間は、前ほどではないにせよ痛みが続いている事に変わりはなかった。時折、周りに気付かせてしまう事はあるが、そんな時はカラ元気を出して心配させまいとしているようである。
「もっと、みんなに心配させないで済めば、良いんだけどな……」
土曜日の昼下がり。自分の部屋で独り呟く楓がいた。悩みは未だに続いており、軽いとは言えその痛みはどこから来るのだろうかと考えているようである。
「はぁ~」
ため息を漏らしつつも何かをするでもなく、ベッドでクッションを抱えて座り込んでいたところ、「ピンポーン」と壁面の液晶からチャイムが鳴った。
どうやら、来客のようでそれを告げるアイコンが点っていた。
「iRobo、誰?」
「薫さんです」
ドタバタと自室を出て階下へ降り、玄関のドアを開けると、「楓」とやや抑えめではあるが笑みを浮かべた薫が立っていた。
楓はドアを開けたまま、びっくりしたような表情で出迎えていた。今日は約束をしていた記憶はないようであり、何故なのかと言ったところなのであろう。だが、約束はしていなくとも、訪れてはいけない道理はない。
「どうしたの?」
「また、随分なことを言うわね。この所、元気ながないようだから、元気付けるために来たのだけれど、問題があるのかしら?」
いつものことと言ってしまえばそれまでだが、楓曰く心配性が出ているのであろうか。それでも一番の友人である。やはり、楓のことが心配で仕方がないのであろう。
──あはは。薫にはばれてたか。
その気持ちをありがたく頂戴することにして、「ありがと。さ、上がって」そう言って中へと招いたのである。
「おじゃまします」
「あ、先に私の部屋に行ってて、なんか飲み物持ってくから。何でも良いよね?」
「楓、良いわよ」
「遠慮しない、遠慮しない」
「そう。それじゃ、頂くわ」
いつものように振る舞っている楓は、飲み物を自身の部屋へと運んでいった。
その後、もう半年もすれば二十歳を迎える二人ではあるが、まだまだ学生を味わっている女性である。誰それがどうしただとか、講義で面白いことがあっただとか、たわいのない話をしたようである。
──楓。今の元気は私が来たからなの?
楓の妙な元気が気になる薫である。ふと、楓からの会話が途切れると……。
「楓。痛みが出たの?」
「やだなぁ、ちょっと喉が乾いただけだよ。心配性なんだからぁ」
などと言われてしまうが、果たして本当なのか……。
再び楓の会話が止まると、どうしても心配してしまう薫に対して……。
「……もう。大丈夫だってばぁ」
その刹那、垣間見えた表情に、耐えているのだと分かった薫の表情が曇りがちになる。流石に、楓もその表情を見て、「薫ぃ。大丈夫だってばぁ」と返すのが精一杯なようであった。
楓は、はしゃいでいるように見せて薫を安心させようとしているのであろう。
──楓。あなたって人は、私を……。
薫の心は痛み、悲しくなる。それでも、その意図を汲み取って、何とかいつも通りに接し続ける薫であった。
その後も、お互いに痛みに対して気を遣いながらの会話が続いていた。しかし、楓が前屈みになると、「楓!」ひときわ大きく叫んでいた薫である。
「だ、大丈夫……」
そう言いながらも、支えられた薫の手を握り返している楓がいた。
「本当に……」
リーン。リーン。と、会話を遮るかのように、壁面の液晶からベルが鳴った。
「つ、通話だ。誰からだろう……。iRobo、通話相手……確認」
痛みを堪えながら、通話の主を確認するように指示を出す楓である。
発信の主は、利樹であった。
「……音声のみなんて、都合が良いな……」
「楓、無理じゃないの?」
「大丈……夫」
「通話……許可」
「藤本さん。突然で申し訳ないです。今は大丈夫ですか?」
状態が状態だけに、気が気ではない様子の薫であるが、楓は……。
「今、薫が来てるんですけど……」
少々語尾が弱くなるものの、薫が来ていることを告げて、あるいは、それで断ることができるかもしれないと期待を抱いたようである。
「そうでしたか。……では、私の方はかまわないですから、お二人で下の緑地公園に来て頂けますか?」
利樹の返答に、楓の期待は儚く潰えてしまったのである。
痛みに耐えながら、仕方がないと判断した楓は、「薫、……どうする?」と薫に確認することは忘れていないようである。薫としても聞きたいことが山ほどある。それに、利樹の言葉に感じた緊張感から何かあると推測した薫は了承する。
数分後。楓と薫は、利樹を捜して緑地公園にいた。
緑地公園の中で、隣接する高層住宅と行き来できない場所。つまり、公道に近い場所に利樹はいたのであった。
「突然、呼び出して申し訳ないです」
「いえ。大丈夫です」
「楓、痛みはどうしたの?」
「そう言えば、……治まったみたい」
「そう……」
痛みがないように感じた薫は、楓に耳打ちして確認すると、今気がついたかのように返す楓であった。
二人の内緒話が終わるのを見計らって……。
「さて、もう一つ突然なんですが。……藤本さん。このままで良いのですか?」
「ほっ?」
何のことを言っているのか戸惑う楓と、その傍らにいた薫でさえ、利樹の言いたいことが分かりかねているのが二人の表情から読み取れる。その一方で、この期を逃してはならない、と言う思いも薫の中で募っているようである。
「森里さん。木々の枯れと萌え、動物たちの異常行動、その全ては楓の痛みに繋がっているのですか? 答えを聞かせて頂けますか」
「……もう一度聞きますよ。このままで良いのですか?」
薫の質問には答えず、再度、楓に質問を投げかけている利樹であった。
「森里さん、楓の答えがでるまでの間、私の質問に答えて頂けませんか」
薫もまた、再度同じ質問を投げかけるが、答えようとしない利樹がいた。
「森里さん!」
薫はなんとしても答えを聞き出そうとする。しかし、答えを知っているであろう利樹は、薫ではなく楓を見詰めたままである。
「……あの。私も聞きたいです。木々の枯れと萌えと動物たちの異常行動、全てが私の痛みに繋がってるんですか?」
突然であり、理解しがたい質問を浴びせられた楓が、唐突に薫の援護射撃をするかのように問いかけたのである。しかし、投げかけられた問いに答える者はなく、三人が口を閉ざし、三竦みになってしまったようである。
利樹は、こんな状況にもかかわらず口を開こうとはせず、ひたすら楓の答えを待っているかのようである。
薫には、意地でも答えてもらおうという気持ちが、視線に表れていた。
楓は、先に出された利樹からの質問の意味が分からず困惑している様子であり、薫の問いに答えて欲しそうでもある。
──森里さんは、何のこと言ってんだろうか。う~ん。このままで良いのか、ねぇ。はて。このままで良い、何がこのままで……。まさか! え~と、どう答えれば……。
利樹の問いに思い当たり、視線を泳がせてしまう楓であった。




