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エンドレス・キャンパス  作者: 木眞井啓明
第一部 息吹  第一章 嫌み
2/65

登場人物)

 藤本ふじもと かえで

  西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部化学科5年生

  性格は、子供そのものと言える性格である。しかし、それは、喜怒哀楽全てを表現するためであり、20歳として知識・知能が低い訳ではない。


 本藤ほんどう かおり

  西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部物理科5年生

  性格は、母親のように優しく、時には厳しく、しかし、本質としては優しさを多分に持ち合わせている。


 岩間いわま 聖美さとみ

  西暦2108年08月13日生まれ/専課学校、基底学部物理科5年生

  性格は、子供っぽい所もあるが、二〇歳に何とか相応しい女性だが、楓に似た所もあり、類は友を呼ぶ、を表した友人の一人。


 山田やまだ 明子あきこ

  西暦2108年06月21日生まれ/専課学校、基底学部化学科5年生

  性格は、長女であるだけに、しっかり者で、世話好き。だが、おっとりしているわけではない。その辺は、弟を持つが故なのかも知れない。


 上埜うえの 弘良ひろよし

  西暦2072年10月22日生まれ/専課学校、化学科の研究講師教授

  性格は、本来は厳しい優しさ持っているが、考え方などは子供のままと言える。但し、研究のこととなると、かなり厳しく指導してしまう。


舞台)

 関甲越エリア(かんこうえつえりあ)

  関東甲信越を短縮したエリアの名称。東西は千葉・神奈川から新潟、南北は群馬・栃木から長野・静岡の一部まであるエリア。


組織・家など)

 ATSUBB専課学校あつびーびーせんかがっこう

  場所は、関甲越エリア、神奈川、厚木にある。基底学部として、化学、物理学、自然の学科を持つ専課学校。

 空には、薄い雲が広がっており、強い日差しを少しだけ遮っている。

 日差しが弱くなっている分、昨日から持ち越した暑さも和らいでる筈なのだが、気温が劇的に下がっている訳でもない。

 暑さもそこそこの屋外だが、人っ子一人見当たらない。

 八:三〇を回ったところである。この時間であれば、登校している学生の殆どは、講義を受けているか、あるいは実験を行っている筈である……。

「教授。まだかなぁ」

 講義の開始が少々遅れているようである。

 周りには、この講義を受講する生徒以外が見当たらないことからも、遅れていることが伺える。

 ここは、コの字型の建物の内の一つで、学生会館寄りに建っている第一講義棟の三階にあるコンパートメントである。

「明子ぉ。講義間違えてないよね?」

 その一つに楓と明子がいた。

 コンパートメントとは、学生が講義を受けるための個室(あるいは小部屋)で、概ね、二人~一〇人ほどの部屋になっている。

 一つのコンパートメントの人数が少なく設定されているのは、人数に依存することなく多くの講義を同時に行えるようしているためである。

 コンパートメントが小さいにも関わらず、他の受講生が見えているのは、ホロ・ストリームが映し出されているからである。

 ホロ・ストリームとは、3D画像(ホログラムと呼ばれている画像)のデータを束ね、コンパートメント間でほぼリアルタイムに送受信を行って表示することである。これにより立体感のある映像が、可能な限りタイムラグなしに見ることが出来る訳である。

「ん? その筈だけど……」

 楓の右隣にいる明子は、間にあるコンソールを操作して現在選択している講義の確認をした。

「……うん。大丈夫、間違いないわよ」

「ん?」

「どうしたの?」

「あ。何でもない。大丈夫だよ~」

「いや。遅れて済まない。では、講義を始める」

 そうこうしていると講師教授が映し出された。

 講師教授とは、自分の研究もさることながら、講義を行っている教授のことを指しており、従来の教授を細分化した内の一つである。

 さて、講師教授が今日の講義のあらましの説明を始めるのだが、この講師教授の説明は長く、終わる頃には三〇分ほどが過ぎていた。

 それでも受講生達は慣れたもので、誰一人として居眠りはしていなかった。

 講義は、講師教授の話だけではなく、現物のバーチャル映像や講師教授手作りの3D映像なども含まれ、手近なところでそれらを見ることが出来るのが特徴である。

 更に三〇分が過ぎた頃……。

──ん? き、気のせいだよねぇ。

 楓が体の何処かに違和感を覚え始めたようである。

──……くっ! ま、またぁ。……む、胸が……痛い。

 胸に手を当てる楓だが、隣りにいる明子は、講義に集中しておりまだ気が付いていない。

「あ……き……こ……」

 か細い声で隣の友人を呼ぶが、講師教授の声でその声は届かなかった。

「くっ!」

 楓は、講義中であることに気を遣って声を押し殺していたのだが、とうとう耐えきれず、右手でなんとか明子の左肩を掴んだ。

 びくっと震える明子は、反射的に捕まれた方向に顔を巡らす。

「か、楓」

 とっさに、捕まれたまま左手でコンソールを操作する。

「ふぅ。とりあえず、こっちの映像は数分前に固定が出来たわ」

 このコンパートメントからの送信を、過去の映像で固定したようである。流石に、この状態の楓を皆に見せるのは忍びなかったからであろう。

「あ、あき……こ」

 楓の苦悶の表情に、かなりの痛みが襲っていることが分かった。

「何処が痛いの?」

 その問いに、楓は押さえている左手で服をきつく掴む。

「そう。胸が痛いのね」

 明子はそう言いながら、コンソールを再び操作する。

「ん? ちょっと済まない。待っていてくれ」

 講義中の講師教授の動作が一瞬止まったが、再び動き出した。

「どうした?」

「あ、上埜教授。楓がまた痛みを……」

 上埜と呼ばれた講師教授のホロ・ストリームが、明子の傍にやって来る。

「ん~。ちょっと酷そうだな」

「教授。医療室に運んだ方が良いかもしれません」

 明子の話に、上埜教授は唸り声を上げるだけだった。

「教授! 講義の方も中断し続けるのはどうかと思うんですが?」

 その対応の遅さに、痺れを切らせた明子が少々きつい事を口走る。

 講義の中断もさることながら、楓の事が心配でしょうがないと言ったところであろう。

「ふむ、そうだな。……よし、医療室には連絡した。押っつけ担架が来るだろう。ここは使用中のままにしておく。藤本君が落ち着いたら荷物を取りに来なさい」

「はい」

 明子達から離れた上埜講師教授が、講義を再開したのがコンパートメントに映し出された。待たせている状態を解除したようである。

 しばらくして、看護師と担架が到着。か細い呻き声を上げる楓を乗せ、傍らにはうっすらと涙を浮かべた明子を伴って、担架はコンパートメントを出て行く。


     *


「先生。楓はどうですか?」

 学生会館の一階には医療室があり、楓はその中の内科に運ばれていた。

 診療ベッドが並ぶ中程にあるデスク。そのデスクを挟んで話をしている。

 既に一時限目は終わっている。

 楓が診察をしてる間、明子は、コンパートメントの荷物を取りに戻り、使用中を解除して戻ってきたところである。

「診察結果から言えば、何処にも異常は見つからないわね」

 内科の女医はそう答える。が、この答えは、今までと何ら変わりはなかった。これまでの何れの時も、楓の症状に対する原因は疎か、異常な箇所すら見つかったことがないのである。

「それでも、精神的なモノが原因ではないことは確かね」

 つまりは原因不明の奇病、と言うことになる。

 二二世紀になったとは言え、医療技術が進歩しているとは言え、まだまだ、人類が解明できていない事柄がある、と言うことなのかも知れない。

 明子が説明を受け終わった頃に、走り込んできた者がいた。

「明子! はぁはぁ。か、楓は!」

 薫と聖美である。一時限目が終わるのを見計らって、明子が連絡を入れていた。

「明子ぉ。楓は、大丈夫だよね?」

 正に血相を変えて飛び込んできたのだ、二人の楓に対する心配の度合いが伺える。

 明子は、視線を向かって右端に向け……。

「えぇ。先生の話だと、いつもと同じだそうよ」

「……そ、そう……なんだ。ふぅ~」

 聖美は、それで落ち着いたようである、が……。

「先生。何故、原因が掴めないのですか?」

 落ち着いているのかいないのか、薫は女医に詰め寄る。

「本藤さん、だったかしら? 落ち着いて。あなたが、藤本さんのことを本当に心配しているのはよく分かっています。今日も診てみましたが、痛む部位に異常は見つからなかった。もうしばらくすると、その痛みすら消えてしまう。それが何を意味するのか、今のところ分からないの。ごめんなさい」

 その、女医の説明とも謝罪とも取れる言葉に、薫ですら二の句が継げなかった。

 しばしの沈黙の後……。

「薫」

「何かしら?」

「私が楓を送っていくから、薫は講義に出てね」

「明子はルートが違うでしょ?」

 その薫の表情は、まるで母親のそれであるが、明子もまた、薫とは似て非なる想いがあった。

 お互いの意志が、想いが、見つめ合う内に流れ込み理解していく。

「……分かったわ。明子にまかせるわ」

「え?」

 驚いたのは聖美であった。

「何を驚いているのかしら?」

「だって、ここんとこ、何が何でも楓! くらいだったからぁ……」

 聖美の言う通りで、この所の薫は楓に痛みが発症すると、まるで自分のことであるかの如くに接していたからである。

 明子も表には出していなかったようだが、同じだったと言うことであろう。そう、同じであることを理解したからこそ、薫は明子に譲ったのだ。

「聖美も心配しているのよね?」

「な、な、何を……。し、心配なんて……。……喧嘩相手だから……」

 聖美とてその想いはあると薫は感じていた。しかし、聖美はあまりにも楓に近い感覚、感性を持っているからこそ、お互いにぶつかり合うことになるのだろうとも思っていた。

「うふ」

 三人が落ち着いた頃。

「そろそろ二時限目の時間よ。送っていく人以外は、講義に行ってらっしゃい」

 女医の言葉に、薫と聖美は医療室を後にする。

 二人の退出後しばらくして、右奥の診療ベッドから微かな声が聞こえた。カーテンを開けると、痛みが和らいだのか、楓が押し殺した声で泣いていた。

「お目覚め?」

「……はい」

 多少の涙声で答える楓。

「痛みは?」

「……大分治まりました」

「そう、良かったわ。もう一回スキャンしておきましょう」

 女医は、診療ベッドの傍らのコンソールを操作して全身スキャンを始める。

 スキャンが終わると……。

「特に異常はないわよ。でも、ゆっくり帰るのよ。家に帰り着くまでは、念のために走らないこと。良いわね」

 楓は、ベッドから立ち上がろうとすると蹌踉めいた。

「あん。楓、まだどこか痛むの?」

「ううん。大丈夫って言うか、疲れたかな?」

「だから、ゆっくり帰るのよ」

 そう釘を刺された二人は、女医に礼を述べて医療室を後にする。


     *


「明子ぉ。ありがとね、そいでごめんね」

「何を言ってるの、友達じゃないのよ。それにね……」

 含みがあるのか、言いづらいことなのか、言葉を切った明子。

 言葉少なく医療室を後にした二人は、隣接した学校事務棟の地階、その外に当たる幾分高いこの場所、グランド・バスの停車場までやってきていた。

 グランド・バスとは、路線バスと鉄道の置き換わった交通機関である。

 住宅ブロックを起点として、目的地が概ね企業ブロックと商業ブロックに決まっているため、乗り換えを減らしている。

 停車場は、時間が時間であるだけに二人以外はおらず、昼間とは言え静かな地階である。一人きりであれば、少々遠慮したいところであるかも知れない。

 そんな場所だからなのか、続きを聞きたいからなのか……。

「それに?」

 と、楓の口をついて出た言葉がこれであった。

 それでもまだ続きを語らない明子。その表情は、いつものそれと言うよりは、単純に言いづらいように見受けられた。

「あによぉ。そこで止めちゃうと、聞きたいよぉ~」

 まるでだだっ子のように、明子を揺する楓。

「分かったわよ。揺すらないでぇ」

 ピタリと止める楓。

「友達って言ったけど、どちらかというと、姉として、って言うのが本当かな?」

──う~。お姉さんかぁ。いいなぁ。えへっ。

 楓に姉妹はいない。だからこその憧れがあるのだろう。

──あ~。でもでも、同い年の姉というのはどうなんだろうか?

「あう~」

「どうしたの? いや、だった?」

 “ブンブン”と音がしそうなほど首を横に振る楓。

「じゃぁなぁに?」

「いやぁ。同い年の姉と、更に母を持つってのは、どんなもんだろうかと……」

 その回答に、明子は吹き出して笑いだす。それに釣られて楓も笑い出す。

 ブーン。

 キュキュ。

 プシュー。

「鵜野森CB経由、向ヶ丘第八住宅行きです」

「楓、乗るわよ」

「うん」

 二人を乗せたグランド・バスが学校を後にする。

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