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登場人物)
藤本 楓
西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部化学科5年生
性格は、子供そのものと言える性格である。しかし、それは、喜怒哀楽全てを表現するためであり、20歳として知識・知能が低い訳ではない。
本藤 薫
西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部物理科5年生
性格は、母親のように優しく、時には厳しく、しかし、本質としては優しさを多分に持ち合わせている。
岩間 聖美
西暦2108年08月13日生まれ/専課学校、基底学部物理科5年生
性格は、子供っぽい所もあるが、二〇歳に何とか相応しい女性だが、楓に似た所もあり、類は友を呼ぶを表した友人の一人。
山田 明子
西暦2108年06月21日生まれ/専課学校、基底学部化学科5年生
性格は、長女であるだけにしっかり者で世話好き。だが、おっとりしているわけではない。その辺は弟を持つが故なのかも知れない。
舞台)
関甲越エリア
関東甲信越を短縮したエリアの名称。東西は千葉・神奈川から新潟、南北は群馬・栃木から長野・静岡の一部まであるエリア。
厚木BB
神奈川県西部、厚木を中心とした企業地区。
楓達が通う学校も含まれ、関甲越エリアにある企業ブロックの一つ。
組織・家など)
ATSUBB専課学校
場所は、関甲越エリア、神奈川、厚木にある。基底学部として、化学、物理、自然の学科を持つ専課学校。
ARCC
100年ほど前に設立されたアジア圏の警察部門。
Asia Range Criminal Consultant(アジア圏犯罪顧問)と呼ばれる警察部門の略名。
現在では、規模が縮小され1~5までと、特殊部隊が残るのみである。
メカニカル)
携帯座布団
コンパクト収納型の携帯できる座布団である。日本発祥の製品であり、世界中で販売されている。とは言え、日本以外での利用は未だに低い。
コンパクトに携帯できるが、使用時は小さめの座布団サイズに広がり、クッション性もそこそこある。広げた際は、概ねどのサイズの物でも40㎝四方程になる。
「む~。よく分かんなくなってきた……。楓はどう……、って、楓! 聞いてる?」
「……あに?」
「あ~! あんたは何をしてんの」
「う~ん、話は聞いてるよ。でもね、痛みが減ったんだよ。嬉しくて、嬉しくて」
「あぁ。だめだこりゃ」
「はいはい。話も途切れた訳だから、もう良いわね。これくらいにしておきましょう」
「……そうね。枯れと萌えについての報道も、原因までは流れてないしね。どっちみち、結論なんて畑違いの学生に出せる筈ないんだし」
「そ、それは、そうかもしんないけどさぁ……」
どうやら聖美は納得がいかない様子であるが、薫が話を切り上げたことと明子もある程度納得したようで、この話はうやむやの内に終わらせざる終えないようである。医者ですら、楓に起きている痛みの原因が見つけられていないのである。明子の言うように、畑違いの学生が結びつけることは疎か、そもそも取っ掛かりのない事象の議論は、可能性や仮説を積み重ねるだけで想像の域を超えようがなかった。
木立の中で発生した枯れを、いや落葉を目撃した楓達もその場を後にし、少々気味悪がった生徒達が付近からも離れたおかげで空いた場所に陣取った楓達である。
「それよか、薫と聖美は、午後はどうなってるの?」
「あによ、突然」
「うっ……。だってぇ、帰りにどっか寄りたいんだもん」
「あのねぇ。あたしにだってそれなりに用事って物が……」
「え? そうなの?」
「あら珍しい。聖美に用事があるなんて」
「ちょっと明子。それはないんじゃない、あたしにだってねぇ、いろいろと……」
「ないのね」
「えっと、あのね」
「ないのでしょ?」
「う~。今日は、……用事はない……」
「んじゃ、後は講義か実験かだね」
「今日は、講義よ。化学の方はどうなのかしら?」
「うん。え~と、どうだったけか?」
「もう。今日は講義だけでしょ、楓。本当に、ちゃんと覚えておきなさいよ」
「えへへへ」
「……じニュースをお伝えします」
「わぁ、びっくりした」
「あんで、音量あげるかなぁ」
「二人供、黙りなさい」
「……」
「臨時ニュースが入りましたので、ニュースをお伝えします。
つい先程になりますが、関甲越各地の公道で、野鳥のグランド・バスへの衝突が相次いで発生しました。これにより、グランド・バスの運行に支障が出始めております」
音量を抑えて流していたニュースの音量が突然に上がったのである。大方、学校事務棟で先行情報を受けての措置であろう。とは言え、臨時ニュースであると言うだけではなく通常より大きな音量である。木立側の壁面に限らず各棟内の談話室でも流されている筈で、楓や聖美だけではなくおののく者も多数いたことであろう。
「引き続き、中距離の支障ルートです。
関甲越ルートSの丹沢・湯河原。関甲越ルートSSEの相模湖・鵜野森。
引き続き、中距離の支障ルートです……」
その場にいた全ての者がそのニュースに耳を欹てている。一方でそのニュースを聞いた楓は涙ぐんでいた。
「うぅ。両側が駄目なんだ。帰れないよぉ」
「楓ぇ。ちゃんと聞いてる? ルート状で運行支障があるだけだって」
「え~。だってぇ」
「今のところはそうのようね」
「ちょ、ちょっとぉ、薫までぇ。そんなこと言っちゃ駄目だってばぁ」
「あら、ごめんなさい」
「そうねぇ、中距離だけだから何とも言えないわね」
「……短距離路線は次の通りです。
相模湖・宮ヶ瀬路線、宮ヶ瀬・秦野路線。相模湖・八王子路線、宮ヶ瀬・鵜野森路線、秦野・綾瀬路線。上野原・相模湖路線、丹沢・宮ヶ瀬路線、足柄・秦野路線……。」
「あぁ、ほらぁ」
「う~」
「あらあら。大丈夫かしらねぇ」
「現時点で、帰るのは困難かもしれないわね」
「そんなぁ」
「うっそぉ」
「あらま。二人とも泣きべそかいて、まだ帰れない訳じゃないわよ」
「そ、そう?」
「それも、時間の問題かもしれないわね」
「薫ってば、現実的すぎぃ」
「あら、ごめんなさい」
「引き続き、ニュースをお伝えします。
野鳥による運行支障はお伝えした通りですが、別に、公道上を走り回る犬や猫などによるグランド・バス並びに一般公道の支障についてです。三〇分程前の映像ですが、ご覧のように、犬や猫が原因と思われる多重追突事故、あるいは公道壁面への事故も発生しております。ドライバーの方は十分に注意をお願いします」
キャスターがニュースを読むこと中断し、音声を切って傍にある情報パネルを操作している様子が映し出されている。
情報が氾濫し、人が埋もれてしまいそうな時代であっても、この辺りは今も昔も変わりはない。いや、二〇世紀以上に情報の更新が早く、喋っている傍から古くなることもしばしばである。故に、キャスターの傍らには、現場からの情報をいち早く、整理された形で届くようになっている。
「今はいりました情報に寄りますと、ARCC1、及び2が出動したとのことです。
繰り返します。犬や猫の排除に、ARCC1、2の出動要請が出され、受理されて出動したとの情報が入りました。既に事故処理に当たっているARCCも、現場で対応しているとの情報が入っております」
「とうとう、出動したのね」
「いや、とうとうって程じゃないんじゃ」
「アークって……」
「そうよ、Asia Range Criminal Consultantと言って、日本語に訳すと“アジア圏犯罪顧問”と言うことになるわね。所謂公共機関の一つで、二〇世紀風に言えばお巡りさんになるかしらね。通称“ARCC”と呼ばれているわね」
「うん、楓ちゃんは知ってるよ」
「誰だって……」
「今現在は、地球連合に所属する機関の一つで、アジア各国を主要管轄に置いた警察機関よ」
「いや、薫。完全に……」
「起源は……。そう、一〇〇年程前に遡るわね、アジア圏を統括的に見つめる機関として設立されたAPECSの一部門、警察組織を統合した形であり、対象もアジア圏のみに限定されていたそうよ」
「薫!」
「何かしら?」
「あ、あのね。言いにくいんだけど」
「何かしら?」
「完全に解説なんだけど。分かってる?」
「そうだったかしら、楓と聖美が分かっていないのではないかと、心配して説明したのだけれど」
「いや、あたしは……」
「うん。流石は薫! 楓ちゃんはよく分かったよ」
「まぁ、もう一つ、説明しなかったことは見逃そう」
「聖美。何か言ったかしら?」
聖美が、首がもげてしまうのではと言う程に、横に振ったのは言うまでもない。
楓達がARCCで盛り上がりを見せている頃、周囲ではかなりざわついており、ほんの少しだけ離れた場所では……。
「かわいそう……」
「……しょうがないだろ、交通事故になってるんだからさぁ」
「でも、それは動物虐待よ」
「おい。人間への攻撃じゃないのか?」
「何を言ってるの……」
そこかしこで、口論が起こり始めていた。酷い、当然、等々と口論が激しくされているところも出始める。それでも、講義棟壁面には犬や猫を排除する姿の他、交通事故の惨状を伝える映像などがひっきりなしに映し出されている。
小さな激論が起きているかと思えば……。
「何だと? もういっぺん言ってみろ!」
「あぁ、何度でも言ってやるよ!……」
「……あなたは何様のつもり?」
「君は、何故このような事が一斉に起こっているのか分かるのか?」
「犬や猫がかわいそうだと言っているのよ」
「全く、これだから……」
一触即発の激論にまで及んでいるところも出ている一方、男子生徒同士では、既に掴み合いにまで発展しているところも出ていた。中には、周囲の者達が止めに入るも、あおりを食らって殴り合いになっているところさえ出始めており混乱は広がりつつあった。
一方、映像に見入っていた楓達は……。
――くっ! 来た!
虚を突かれたかのような楓は、左の脹ら脛を押さえながら蹲る。
――わ、忘れてた、まだ……痛みは、来るんだった……。
「……楓! ここに座りなさい」
いち早く気が付いた薫は、自分の携帯座布団を近くの木の根本に広げ、楓を抱えて座らせる。
「……ん」
「体を私に預けなさい」
そう言うや、薫が携帯座布団を操作すると、背もたれが高さ方向に広がり空気で膨らんでいった。それを待って、楓は薫から携帯座布団に身を委ねていった。
携帯座布団には座ったものの、左の脹ら脛を押さえてるため上体が起きがちとなりながらも耐えているようである。
「大丈夫かしら?」
薫はそう言いながら、楓から携帯座布団を受け取って傍らに広げて座る。その表情は、母親がするそれでありいつもと何ら変わる所はなかった。
いつもなら即答する筈の楓は、何も言わず何故か俯いたままであった。痛みがこの混乱に繋がっていると考えているからなのか、あるいは痛みに必死に耐えているからなのであろうか。そしてもう一つ考えられることは、こんな時の薫の表情が分かっているから心配させまいと表情を見せたくないからなのか。
「……うわっ、酷いことに……。か、楓?」
傍らにいた筈の楓に声を掛けようとし、いないことに気が付く聖美である。
「か、楓ぇ……。大丈夫?」
「う、うん。だ、大丈夫。痛みは……だいぶ引いたよ。でも、どったの聖美? その表情」
「え、あ、いや。何でもない……」
「うふふ」
「……帰りは、問題になりそうね」
やっかいそうな表情で、薫の隣に携帯座布団を広げて座る明子が呟いた。
「そう言えば、薫は論争に入んないの?」
「何故かしら?」
「え? だって、理論は得意だし、理屈だって分かってるし」
「そうね。だけれど、これは結論が必要な事かしら?」
「う~ん。分かんないよ」
「そうね。それが正解かもしれないわね」
「ねぇ、それってどういう意味?」
「あら、そのままの意味よ」
「む~」
「難しいご託はおいておくとしても、結論なんて出ないでしょ」
「そう、なの?」
「そうね」
聖美が投げかけた些細な疑問であったが、薫の告げた言葉によって小難しい話となってしまい、聖美自身が腕を組んで唸ってしまうこととなった訳である。
「……それはそれとして、帰りは本当に問題よね」
「そうね。運行していたとして、出くわさないとは限らないのですものね」
「え~。犬とか猫とか引くバスには乗りたくない」
「いつもの行いが良ければ、出くわさないのではないかしら?」
「それはそうねぇ。でも、楓と聖美は……」
「……楓ちゃんは、大丈夫だよ」
「あたしは大丈夫に決まってるじゃない」
話題が移った頃には、楓の痛みも大分落ち着いたようで、明子の問いかけにもほぼ同時に答えた二人は見つめ合って、いや睨み合える程に納まったようである。
「楓が大丈夫? うそうそ」
「あ、ひっど~い。聖美の方こそ嘘っぽい」
「あんですって。あたしを誰だと思ってるの」
「う~んと、聖美」
「そうでしょ」
「だから、怪しい」
「ん? もういっぺん言ってみなさいよ」
いつ果てるともなく続く口喧嘩は、一連の騒動の中にあって、なんとも微笑ましい出来事である。




