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登場人物)
藤本 楓
西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部化学科5年生
性格は、子供そのものと言える性格である。しかし、それは、喜怒哀楽全てを表現するためであり、20歳として知識・知能が低い訳ではない。
本藤 薫
西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部物理科5年生
性格は、母親のように優しく、時には厳しく、しかし、本質としては優しさを多分に持ち合わせている。
岩間 聖美
西暦2108年08月13日生まれ/専課学校、基底学部物理科5年生
性格は、子供っぽい所もあるが、二〇歳に何とか相応しい女性だが、楓に似た所もあり、類は友を呼ぶを表した友人の一人。
山田 明子
西暦2108年06月21日生まれ/専課学校、基底学部化学科5年生
性格は、長女であるだけにしっかり者で世話好き。だが、おっとりしているわけではない。その辺は弟を持つが故なのかも知れない。
舞台)
関甲越エリア
関東甲信越を短縮したエリアの名称。東西は千葉・神奈川から新潟、南北は群馬・栃木から長野・静岡の一部まであるエリア。
鵜野森CB
鵜野森とは、神奈川県相模原市にあり、東京都町田市との境にある地名。
楓達が通学の途中にあり、関甲越エリアにある商業地区の一つ。
飲食から衣料品などまでの店や複合施設、娯楽施設、宿泊施設まで揃っている。
「わぁ~い。これ欲しかったんだよねぇ」
一際大きな荷物を抱えるようにして、店から出てきたのは楓である。
ここは、鵜野森CBの“童の心通り”にあるファンシーショップで、版権キャラクターやオリジナルキャラクターなどを使ったグッズを販売している。
先日の痴話騒動から三日。いつも通りの仲良し四人組に戻っていた。
「あんたねぇ。お子様じゃないんだから、そんな大きなの買ってどうすんの」
「いいじゃん。前から欲しかったんだし、子供だって良いもん」
「…」
「あに見てんのよぉ。お子様じゃない聖美は興味ないでしょ」
「…。う~。…もう一回見せてよ」
「や」
既に、二人の中には蟠りはないようである。いや、始めから無かったのかもしれない。聖美とて楓が嫌いな訳ではないのは周知の事実である。本人達がどう思っていようとも、所謂、良い意味でのライバル的な存在でもある訳なのだから。
「で、次は誰の買い物?」
「ブティックだから近いし、あたし」
「何でよぉ。中央に戻れば、どこも近いよ?」
「良いの!」
「ちょっと待ちなさいよぉ。薫や明子だって買い物あるんだよ」
「良いわよ。先に、聖美の買い物を済ませましょう」
「えぇ~。なんか納得いかない」
「ふ~ん。最初に、駄々を捏ねたのは誰だったかなぁ?」
「う~」
「良し。決まり!」
わいわい、ぎゃぁぎゃぁ、と相変わらず二十歳になろうかと言う女性とは思えない会話をしながら、聖美の買い物先へと向かうのであった。
「それじゃ、いくっぞ~! と、ブティックは右…だったかな?」
「そうね。ここからだと右ね」
鵜野森CBの中心地であるグランド・バスのターミナルから、適度な間隔で同心円に通りが配置されている内の一つに、聖美を先頭に入って行く四人である。
「で、聖美は何買うの?」
「何ってねぇ、ボトムを買う」
「ふ~ん」
「楓あんた“ふ~ん”てねぇ。少しはおしゃれ考えなよ」
「ほ? いっつも考えてるよ」
「それのどこが」
「む。聖美こそ、ほいほい買いすぎだよ。もっと服を大切にしないと」
「あ~。この貧乏性が」
「あ、あんですってぇ」
「楓に聖美」
その声に、びくりとする二人が振り返ると、穏やかな表情をしている薫が目に入った。
「じゃれるのは良いのだけれど、通り過ぎてるわよ」
「あっ」
“童の心通り”の一本隣にある、“装い通り”を通り過ぎかけてしまう聖美と楓は、一瞬居心地が悪そうにしたものの慌てふためきながら“装い通り”へと入って行った。しかしそれで終わらないのが二人である。
「楓が認めないから、道間違えたじゃない」
「楓ちゃんの何処が悪いって言うの。聖美の言いがかりだよ」
「あんですってぇ」
「あによぉ」
今度は通り過ぎかけたのがどっちの所為だと騒ぎながら歩いて行ったのである。
さて、お目当てのブティックでは…。
「ねぇねぇ、こっちの方が似合うと思うけどなぁ」
「そうかしら、聖美にはこっちの方が合うと思うのだけれど」
「い~え。断然こっちね」
「じゃぁ聖美、これ履いてみて」
「ちょっとぉ。自分で選ぶってばぁ」
「いいじゃん、ちょっとだけ」
「…しょうがないなぁ」
等などと聖美を除く三人で、あれが良いのこれが良いのととっかえひっかえが始まり、さながらファッションショーが行われた事も付け加えておこう。
「うふふふ」
「聖美が浮かれてるぅ」
「いいじゃん。さっきは楓もそうだったんだし」
店を出た聖美は大分ご満悦のようである。三人の助力もあったのであろう、当初のお目当て以上の物を買うことが出来たようである。
「何で楓ちゃんが出てくるのよ」
「それこそいいじゃん。…うふふ。やっぱこれだよねぇ」
「む~」
「さ、次は私か明子ね」
「あ、私は最後で良いから、薫の買い物しましょ」
「そう?」
「えぇ、どうぞ」
「お言葉に甘えて。次は、アクセサリーショップへ行くわよ」
しばしの移動となるのだが、その間も楓と聖美は…。
「アクセサリーかぁ。薫が買うんだから、こんなのとか、あんなのとか、すんごいのがあるお店に違いない」
「無いわよ」
「また即答で。う~ん」
「楓」
「あに?」
「あんたのその気持ち、分かるよ」
「あにが?」
「何か物足りないんだよね」
「うん」
「二人共、私に何を期待しているのかしら?」
「…え~、あ~。聖美!」
「あんで、あたしに振る!」
「直ぐ済むから適当に物色してなさい。但し! 騒いだら、只では済ませませんよ」
薫のいつも以上の迫力に、楓と聖美は、首がおかしくなるではと言うほどに頷いていたのである。二人が頷いたのを確認した薫は、踵を返しアクセサリーショップへと入っていった。
程なくして、楓と聖美を従えた薫が店を出てくる。
「全く、あれほど騒いでは駄目と言っておいたのに」
「まぁまぁ薫。楓と聖美に、そんなこと言っても無理なのは分かってるじゃない」
明子のその一言に、目を輝かせながら同意する二人がおり、その様子を見た薫が溜息交じりに落胆するのであった。
「…性のない子達ね」
「さて、落ち着いたことだし。最後は私ね」
「明子。何買うの?」
「ちょっと遠いけど、行くわよぉ」
「だから、何買うか教えてよぉ」
明子に食い下がる楓と聖美だが、「お楽しみ」とだけ言い、すたすたと目的地へと歩いていく明子であった。
中央を素通りして、更に“憩いのひととき通り”の一本隣の“職人通り”へと足を踏み入れた。歩くこと一五分が経っていた。
「え~と。ここは何屋さん?」
「見たとおりじゃん。調理器具ってやつだよ、か・え・で」
明子の買い物の目的地に到着したところで、看板があるにも関わらず楓がとぼけた質問をすると、待ってましたばかりに嫌みと挑発をする聖美であった。
「む~。それくらい、楓ちゃんだって知ってるよ!」
「ほぉ~。じゃぁ何で“何屋さん”何て言ったのさ」
「う~」
「二人共、いい加減にしなさい」
背後からの言葉にぶるっと震えて振り返る二人は、怒っているようには見えない表情をしている薫を見る事になったのだが、それがかえって二人をすくみ上がらせ黙らせる事となった。
「それじゃぁ、表でちょっと待っててね。買う物決まってるから直ぐ済むわよ」
「え~」
不満であると言いたげな表情をしながら見事にハモった楓と聖美なのだが、背後から放たれた薫の視線によって硬直するのであった。
「あ~。なんか疲れた」
「それをずっと持ち歩いているからよ」
「うっ」
「だっこしっぱなしだもんね。お子ちゃまママ」
「うるいなぁ。いいじゃん」
じゃれ合う楓と聖美を含む四人は、“憩いのひととき通り”にやってきていた。買い物を終えての休憩である。
「…それはそうと、明子ぉ」
「なぁに?」
「何買ったの? お店に入ってないから見てないし」
「そうねぇ。でも、ここでお店広げる訳に行かないから作る物を教えるわね。お菓子でも作ろうかと思ってね」
その言葉に三人の表情が固まった。楓や聖美はおろか薫までが、その言葉に度肝を抜かれたようである。
「やぁねぇ。違うわよ。作ってみたかったし、みんなで食べたいからよ」
「本当かな?」
「う~ん。もう少し検証が必要じゃない?」
「…明子、あなた…」
「だから違うって言ってるじゃない。それから、そこでぼそぼそ話してる楓に聖美。あなた達といていつそんな時間があるの?」
言い訳をしていた筈の明子の表情が一転、楓と聖美への反撃は笑みを湛えたものへと変わり、最後の一言に…。
「…うっ」
ノックアウトされて撃沈する楓と聖美であった。
確かに、いついかなる時も目が離せず、二十歳にもなろうかという年齢でありながら、薫と明子に迷惑を掛けっぱなしの二人に言い返す言葉はなかった。
「そうだったのね、明子」
「だから違うって言ってるでしょ。…もう、薫ったら全然耳に入ってないし」
「?」
──右足? 何だろ。
不意に右足に違和感を覚えた楓である。
「楓、どうした?」
「ん? 何でもないよぉ」
──まさか。また?
薫が珍しく取り乱す一方で、楓が感じた違和感はいつもの痛みなのであろうか。荷物を抱えていたための疲れなのか。
──くっ。また来た! ペットが近くに?
痛みを堪えつつも耳を澄ませて辺りを確認する楓だが…。
──近くには、いないみたい…だけど。これは…不味い…かも。
本格的に痛みを感じ始めた楓は、必死に耐えているようである。
「楓、どった?」
「あに?」
「きょろきょろして、なんかあった?」
「う、ううん…」
痛みをごまかしたいのであろうか、聖美の言葉を濁そうとする楓だが…。
──痛みが、増して…来た。
「くぅ」
ついに声を漏らしてしまう楓に聖美が素早く反応する。
「薫! 楓が…」
「また始まったのね…。とりあえずは、このままここにいましょう」
「で、でも…どうしよう」
「聖美。大丈夫よ。しばらくすれば治まるでしょう」
「うん」
「楓。テーブルに伏せていてもいいわよ。人の目を気にしないで済むでしょ」
「う…ん」
──くぅ。痛い。痛いよぉ。
「うぅ…」
聖美の顔がくしゃくしゃになりかけていた。唯一と言っても良い喧嘩友達であり、親友の楓の身にただ事ではない痛みが襲いかかっているのである。いつもは、いろんなことで言い合いしてはいるものの、こう言う時に何も出来ない自分が歯がゆく、もどかしく感じているのであろう。
──いた…い。また、痛みが…増し…。
聖美や薫の気持ちとは別に、楓は必死に痛みと闘っていた。ここは、自分の家でもなければ学校でもないのである。
痛みに耐える楓の脳裏に、不意に思い浮かんだこと…。
──…ま…さか。夢の…痛みって、これ…の…事?
その根拠は全くと言って良い程ない。いや、それどころか、結びつける事自体が正しいのかそれすら怪しいとは言え、楓は予知夢ではないかと考えたようである。
──…い…た…い。今日は、いつ…まで…。
「楓ぇ」
「ほんとにもう。情けない声出して、いつもの強気は何処に行っちゃったのよ」
「だってぇ」
「大丈夫よ。今までもずっと耐えてきたのだから、きっと大丈夫よ」
──こう告げるしかないわね。明子もそうだけれど、聖美にだけは絶対言えないものね。あの件については…。
いつもの薫とは思えない珍しく希望的な言葉である。それは、先日の楓の言葉もあってなのだろう。そう告げる事しか出来ないのである。それでも、ずっと耐えてきたのは紛れもない事実である。だからこそ、これからだって耐えていける筈…。耐え続けて欲しい…。そう願わずにはいられないのである。
「…聖美」
「?」
「しっかり楓を見ていてあげなさい」
「…うん」
「それはそうと明子。先ほどの話、説明してもらえるかしら?」
「え? さっきの話って、まさか…」
「そうよ。何故、お菓子を作りたくなったのかよ」
「だから、それはさっき言ったじゃない」
──…薫の、声だ。…あぁ。まだ、気にして…たんだ。薫…ってば…。はぅ~。また、痛みが…増して…。もう。もう。こんなの、いや。…原因…も、分かんない…ような…痛みは…。いやぁ~!
痛みに対する忍耐の限界点に達した楓…。心の叫びはどこに届くのか…。




