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エンドレス・キャンパス  作者: 木眞井啓明
第一部 息吹  第四章 拒絶
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登場人物)

 藤本ふじもと かえで

  西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部化学科5年生

  性格は、子供そのものと言える性格である。しかし、それは、喜怒哀楽全てを表現するためであり、20歳として知識・知能が低い訳ではない。


 本藤ほんどう かおり

  西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部物理科5年生

  性格は、母親のように優しく、時には厳しく、しかし、本質としては優しさを多分に持ち合わせている。


 岩間いわま 聖美さとみ

  西暦2108年08月13日生まれ/専課学校、基底学部物理科5年生

  性格は、子供っぽい所もあるが、二〇歳に何とか相応しい女性だが、楓に似た所もあり、類は友を呼ぶを表した友人の一人。


 山田やまだ 明子あきこ

  西暦2108年06月21日生まれ/専課学校、基底学部化学科5年生

  性格は、長女であるだけにしっかり者で世話好き。だが、おっとりしているわけではない。その辺は弟を持つが故なのかも知れない。


舞台)

 関甲越かんこうえつエリア

  関東甲信越を短縮したエリアの名称。東西は千葉・神奈川から新潟、南北は群馬・栃木から長野・静岡の一部まであるエリア。


 鵜野森うのもりCB

  鵜野森とは、神奈川県相模原市にあり、東京都町田市との境にある地名。

  楓達が通学の途中にあり、関甲越エリアにある商業地区の一つ。

  飲食から衣料品などまでの店や複合施設、娯楽施設、宿泊施設まで揃っている。


 百合ヶゆりがおかLB

  神奈川県東部、百合ヶ丘を中心にした居住地区。東京都の境も含まれる。

  楓と薫りの家が含まれ、関甲越エリアにある居住ブロックの一つ。


組織・家など)

 藤本家ふじもとけ

  楓と両親が住む家。

  この時代、一戸建ては存在しておらず、全てが集合住宅となっている。

  藤本家は、関甲越エリア、神奈川、向ヶ丘にある、第十住宅と呼ばれる、2階屋タイプ-21階建ての中層集合住宅、14階のW07号室に住んでいる。

「おぉ?」

 呟きを漏らす人物がいた…。「あっ」と更に声を漏らして口を手で押せた事から、どうやら思わず出たと言いたげである。

──うぅ~。またここかい。はぁ…。このところなかったのにぃ~。楓ちゃんに恨みでもあるのかなぁ?

 久し振りとは言え、再三悩まされたのだ、少々立腹したとしても仕方が無いであろう。

「で。また木立ってねぇ。…芸があるんだか無いんだか。…誰かいるんでしょ、出てきてよぉ」

 そう言いつつも心細くなっているのが表情から伺えるだけでなく、徐々にではあるが怯えの色も滲み始めている。

──これは、夢。夢なんだから…大丈夫。

「!」

 次の瞬間。脱兎の如くにその場を走り去っていた楓である。

 楓の中には、どうやら恐怖と呼べる物が確実に芽生え始めたようである。いや、すでに恐怖に取り込まれているようである。その証拠に、楓の足がいつもより敏感に反応し、瞬く間に全速力を出しているであろう事が表情から伺えたからである。

──逃げたくなかったのにぃ。逃げないって決めてたのにぃ。とほほ…。…うぅ~でもぉ。気配がなんか強くなってる気がする。…やっぱ怖いよぉ~。

 頬を伝う滴…。楓は、恐怖からか己の不甲斐なさにか走りながら泣いていた。

 気配は、楓の後ろにも、右にも、左にも感じられた。その気配が微妙に位置を変えるたび、楓の逃走路も変わっていった。それはまるで、どこかに導こうとでもするかのようである…。

──え~ん。薫ぃ。助けてよぉ。はぁはぁ。…えっ? 気配が、大きく感じる。あ、あによぉ。大きくなること…!

 楓は感じたのである。今までは、言ってしまえば遠巻きにして見ていただけであると。あるいは監視していたのかもしれないと言う事を…。

 強く濃くなっていく気配に翻弄される続ける中…。

──えっ? 分裂した? とっとっと。何?

「はぁはぁ…」

──…何が…起こって…。!

 息を切らせながらも足を止めた楓は、呼吸を整えつつも周囲を警戒する。しかし、落ち着いても見えるその表情には、やはり怯えが滲み出ていた。

「ちょっとぉ、いい加減にしてよ。夢ん中だからってねぇ、いつまでも楓ちゃんを虐めないでよね」

 言葉を口にすることで、強い意志を保とうとでもしているのだろう。それは、夢だから恐怖に屈しても大丈夫と言う思いと、夢であっても負けたくないと言う思い。そう言う類の葛藤が楓の中にあるのが伝わってくる。

──…何で答えないのよぉ。…お願いだから、なんか答えてよぉ。

 一転して表情が曇り始める楓である。

 どう呼び掛けようとも、いっこうに答えが返ってこない相手である。言葉で相手をするつもりがないのか、弄んでいるだけなのか。

──だめ…。やだ…。

「あっ…」

 バランスを崩したのか、前のめりにしかも勢いよく倒れ込んだ楓は、顔の防御もままならず強かに顔面を打ち付けたようである。

──…いったぁ~い。

「あたたたた。もう。楓ちゃんの小さな鼻が痛いじゃない。これ以上小さくなったらどうするのよ。よっこいせ…。あっ…。またぁ。…このぉ~。いつの間に絡みついてたのよぉ。ふんとにも~」

 ぶつくさと文句を言いつつも、絡み付いた蔓草を無造作に解こうとすると…。

「はぅ! …つぅ。忘れてた。蔓草解くと痛みが来るんだっけか」

──! 何?

「誰! …? 誰も居るわけ無かったんだっけか。けど、気配が近くなってる…気が…」

 背中を駆け上がる怖気に身震いする楓は…。

「! やだぁ、ぞくっと来たぁ。…うっ? ひぃ! そこいら中から気配が…近付いてくるよぉ。うぇ~ん」

 四方八方から迫る気配に蔓草を解く手が止まり、初めての出来事に戸惑いを隠せなくなった楓は、暢気な悲鳴を上げるのであった。それでも、押し寄せる気配に対して周囲を見回し続ける事は忘れていないようである。

 そして…。

「きゃぁ~。何? 何? 背中に感触が…。あっ、足にも…」

 何かの感触を感じているのだが、右足には依然として蔓草が絡みついたままで、身動きが取れない楓は身を捩る事しか出来なかったのである。

──…触れられている筈なのに、何で、姿が見えないの?

 楓の目には何も写っていない、そうであるにも関わらず未だに気配は感じられたのである。手とも足とも判然としないが、確かに触れられているのを感じ取っていた。更には、気配そのものは以前より確実に濃さを増していた。

「イタッ! ウ…ソ。引っ掻かれた? 痛い、痛い! あっちこっち引っ掻かないでぇ~」

 その痛みは、引っ掻かれた程度のものであるようだが、それが無数に行われたのでは堪ったものではない。

「痛い、痛いよぉ~。誰かぁ、助けてぇ~」


「ん? 部屋?」

 朦朧とする中で周囲を見渡した楓は、ベッドの上で上体を起こしている自分に気が付いた。

「…うん、間違いない。楓ちゃんの部屋だ。良かったぁ。…あっ! 傷!」

 タオルケットを剥ぎ取って、腕を、足を確認する楓は…。

「…よしよし。 傷がない! やっぱ、夢…か」


     *


「ふんとに、むぉう。はぐ。はぐ」

「楓。食べながら愚痴るのやめなさいよ」

「らってぇ~」

 その光景を見ていた薫が、くすりと笑う。

「あっ。薫ぃ。ひま、わらっふぁでひょう」

「そうね。きれいな夕焼けを見ていたら、あなたとのコントラストがおかしかったからかしら?」

「あぁ、なんてこと言うかなぁ、薫はぁ」

「そうねぇ。言われてみれば、夕焼けをバックにやけ食いする女ってのはどうかと思うわ」

「や~い。怒られた」

「む。聖美だって一緒じゃん」

「あんですって。どこが一緒よ」

 ここは、鵜野森CB“憩いのひととき通り”にある和菓子屋のウッドデッキである。そこは恰もタイムスリップでもしたかのように、木製のベンチに朱色の布が張ってあり、ベンチに合わせた高さのテーブル代わりのベンチも同様である。極めつけは、朱色の番傘が広げられており日差しを和らげてくれている。

 空は抜けるように青く、そこには綿菓子のように浮かぶ雲があった。今はそのどれもが一様に茜色に染まっており幻想的と言っても良いのかもしれない。そんな情景の中でのやけ食いとはなんとももったいない話である。

 楓達は、四時限目が休講となったこともあり、学校を終えた後に楓のやけ食いに付き合うため一六:〇〇過ぎからここにいるのである。

「あたしは楓とは違うの」

「どこが違うのよぉ」

「ふん。分かり切ったことよ。変な夢なんか見なし」

「あ、ひっどぉ~。見たくて見てるんじゃないんだからね」

「ホントかなぁ」

「むぅ~」

 返す言葉がなかったのであろう楓は、目の前のお皿を睨み付け、お皿に残っている和菓子を一気に、それも豪快に食べる。

「あ~。全く、すごい食べ方ね。二人共いいかげ…ん…。…何?」

 明子が止めようとすると、四つの燃える瞳に見据えられた。

「…分かったから、思う存分続けて良いわよ。ね、薫。…ん? 薫」

「何かしら?」

「いつもなら真っ先に止めるのに、今日はどうしたのよ?」

「別に、これと言って何もないのだけれど。どうかしたかしら?」

「ふ~ん。薫が、楓を叱らない…か。…ふふふふ」

「明子。その笑い方は止めて」

 そんなやり取りをしている中でも、楓と聖美の言い合いは続いていた。

「夢ん中でまで痛い思いするなんて。どっか壊れてるよ、楓は」

「む。酷い! それはあまりにも酷いよ、聖美!」

 楓は、テーブルがひっくり返るのではないかと言うほどに両手を叩き付けた。周囲の視線が楓達に注がれているのだが、当の楓はかなりのご立腹の様子である。

 痛みに関して悶々としている上に、いつもの口喧嘩のつもりがいつも以上に言われてしまっては、楓とは言え、虫の居所が悪くなろうというものである。

「か…楓。大丈夫よ。聖美だって、本心で言ってるんじゃないんだから。ね、聖美…」

「ふん。どうかなぁ?」

 徐に立ち上がった楓は聖美を睨み付ける。

「か、楓? …薫、何とかしてよ」

「…」

 立ち尽くしたままの楓に対して、聖美はその楓を見ようとはせずに黙々と和菓子を頬張っている。薫は楓を見ているように見えるのだが、その楓に小言を一つも言っていない。何故、いつもと違う行動を取るのであろうか。楓のまるで子供染みた癇癪に、何かを感じているからなのだろうか。そして、その狭間にいる明子は、端から見てもかなり心配しているのが分かる程である。

「うぅ…」

 小さく嗚咽を漏らして、楓が唐突に走り出してしまった。

「楓!」

 楓が走り去った後、食べていた手を止める聖美。どこに焦点が合っているのか、呆然としているようにも見受けられる薫。楓の去った方角を唯々見つめている明子。周囲では、この騒動に時が止まってしまったかのように、しんと静まり返っていた。そんな半ば静寂の中で口を開いたのは…。

「…薫。このままで良いの? 聖美も…」

 何も、語らない二人。いや、聖美については、言い出せないだけなのかもしれない。いつもよりきつい口調で楓を攻めてしまったのだ、心中穏やかではない筈である。一方の小言を一切言わなかった薫は、まだ何も語らない。そして、本当の姉妹を労ろうとでもするかのような明子が、二人からの言葉を待っていた。

「…そうね。この状況はまずいわね」

「…薫。まだそんなことを…」

「…明子ぉ。あのさぁ。あたしはね、いっつも楓と軽い口喧嘩ばっかしてるけど、今日の楓は…小さな…動物だよ…」

「えっ?」

「でもさ、ちょっときつすぎたかもって、今は思ってる」

「…そうね。きっと、今頃、どこかでわんわん泣いてるかもしれないわね」

「…あのね、二人共。だから、私が…」

「分かっているわよ…。さ。楓を探しに行きましょ」

 ピンと張った空気が和むように、止まった流れが動き出したかのようにざわめきが戻ってくる。

 薫、明子、聖美は、忘れていった楓の鞄を持って和菓子屋を後にした。

 その痴話騒動に一区切りがついた頃、CB内の全店舗の壁面に一斉にニュースが流された。

「…臨時ニュースをお伝えします。つい先ほど、一八:〇〇頃になりますが、専課学校芸術学部の学生に、登下校時の注意勧告が出されました。

 繰り返し、お伝えします。本日、二一二八年五月一九日…」

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