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エンドレス・キャンパス  作者: 木眞井啓明
第一部 息吹  第四章 拒絶
13/65

登場人物)

 藤本ふじもと かえで

  西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部化学科5年生

  性格は、子供そのものと言える性格である。しかし、それは、喜怒哀楽全てを表現するためであり、20歳として知識・知能が低い訳ではない。


 本藤ほんどう かおり

  西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部物理科5年生

  性格は、母親のように優しく、時には厳しく、しかし、本質としては優しさを多分に持ち合わせている。


舞台)

 関甲越かんこうえつエリア

  関東甲信越を短縮したエリアの名称。東西は千葉・神奈川から新潟、南北は群馬・栃木から長野・静岡の一部まであるエリア。


 百合ヶゆりがおかLB

  神奈川県東部、百合ヶ丘を中心にした居住地区。東京都の境も含まれる。

  楓と薫りの家が含まれ、関甲越エリアにある居住ブロックの一つ。


組織・家など)

 藤本家ふじもとけ

  楓と両親が住む家。

  この時代、一戸建ては存在しておらず、全てが集合住宅となっている。

  藤本家は、関甲越エリア、神奈川、向ヶ丘にある、第十住宅と呼ばれる、2階屋タイプ-21階建ての中層集合住宅、14階のW07号室に住んでいる。

「薫ぃ。こっちの方が涼しいよ」

「そんなに慌てなくても、場所は逃げないわよ。…待ちなさい」

──…もう。楓って子は…。ふふふ。今日の所はこれで良いわね。痛みを忘れられるというのなら、思いっきりはしゃぎなさい。

「…こんなに気持ちが良い土曜日も久し振りだものね」

 楓のはしゃぎぶりに、薫にも久し振りの笑顔が零れていた。

 楓の痛みは本人以上に、薫にとっても心配事になっているのも事実で、言葉で言う友人や親友と言う枠に収まらない程に、必要以上に気を遣い続けている。それは行動や言動にも表れており、明子や聖美をして“楓のお母さん”と言わしめるほどである。一方で、聖美が加わったときには、恰も二人の母親ぶりが垣間見えるのもまた事実である。

「ん~…。林の中って、涼しいねぇ」

「そうね。木々の茂る葉が日差しを遮ってくれるからかしらね」

「あ。それって、楓ちゃんに説明してるんじゃないでしょうね」

「あら。そう聞こえたかしら?」

「あ~。ひっど~い。そこまで楓ちゃんは子供かい」

「うふふふ」

「あっ。薫の意地悪ぅ」

 たわいのない話は、あちらこちらへと移ろいで行った。学校の事、新商品の事、家族の事等など、話をしながら林の中を散策する二人がいた。

「…楓? どこに行くのかしら?」

「ほっ?」

「もう、疲れたのかしら?」

 話に夢中になっていたとは言え、楓の足は高層住宅の建物に向いていた。

──…何で?

 きょとんとしたまま立ち尽くす楓は、立ち尽くして首をかしげて何故自宅に向かおうとしたのかと、全く理解できない様子である。

「あれ? おっかしぃなぁ。ちなみに、楓ちゃんはまだ疲れてないよ」

「そうなの? では何故、あなたの足は家に向かおうとしているのかしら?」

「む。また薫の意地悪だ。ぷんぷん」

 気を取り直し、向きを変えようとした時…。

──あっ、そうか…。こっちは…。

「楓? 行くわよ」

「…そう…だった。こっちは…」

「楓? どうしたの?」

 行きかけた薫が、楓の元に戻って肩を掴んで揺するが、楓の心は何処かに行っているかのようで、薫の言葉に反応しない。

「…い…や」

「えっ?」

「いやなの!」

「あっ! 楓!」

 薫の手を振り解いて楓が走り出していた。

「待ちなさい!」

 薫の制止をも振り切り、二人で向かおうとしていた方向とは反対へと…。その場から離れたい一心で走り去っていった。


     *


「はぁはぁ」

──怖い、怖いよぉ。ここは、好きな場所だったのに…。

 何かを思い出した楓。いや、単にその事を忘れようとしていただけなのかもしれない。今日の陽気さはその反動で、本人でさえ気付かぬうちにいつも以上にはしゃいでいたのであろう。

「…あっ。薫は? …置いてきちゃった…。あはは…は…」

 はたと気が付いて辺りを見回すも薫の姿は何処にもなく、顛末を笑い飛ばそうとするのだが、表情は暗くなっていく一方であった。

 どれくらい走って来たのだろうか。辺りには人影はなく誰もいない林の中である。

──…いや。…これも…いや。

 一人ぼっちの恐怖が楓に忍び寄る。認識してしまった楓は途端に身震いする。いつの間にか両手で肩を抱きしめ座り込んでいた。いろいろな思いが、記憶が去来し、思考が定まらなくなっていく。

──あれと、一緒…。

「うぅ。すん。すん。…あっ」

「…で。…えで」

 微かに聞こえる誰かを呼ぶ声。誰かが誰かを探している声が聞こえてきた。

「か…。楓」

「…あっ。か…おり?」

 次第に鮮明になる声は間違いなく楓を探している声、薫の声であった。

「か…楓…」

「うん」

「一体…。いいわ」

「うん」

 楓の表情を見て察したのであろう、薫はそっと楓の肩を抱きしめる。その暖かさに身も心も安らぐ楓がそこにいた。


「落ち着いたかしら?」

「…うん。…あのね」

「何かしら?」

「あ、ありがとう。薫」

「いいのよ」

 木を背にして寄り添うように携帯座布団を広げ、下草の上に座り込んでいる薫と楓が微妙な笑みを浮かべつつ二言三言会話をする。

 楓が、思い出したくない出来事があった場所から逃げ出してから一〇分程が経っていた。高層住宅の建物からは大分離れた緑地公園内の林で一番深い場所にいた。

「そいでね。ごめん」

「良いって言っているでしょうに。もう、楓は」

「あは、あはは」

「うふ。それで。何があったのか言ってご覧なさい」

「うっ」

 言葉に詰まり目が泳ぎだしてしまう楓に、薫はまるで母親が問いただすときのように、穏やかな表情で見詰めている。楓は、それを知っているからなのであろうか、目を合わせようとはしない。明らかに、何か思い当たるところがあると薫は直感したようである。

「何でも良いから、私に話してご覧なさい。少しは、すっきりするんじゃないかしら?」

「…うん、分かった…。あのね。三日前…」

 楓は三日前に起こった出来事を、事細かに話し始める。

 痛みが何度か襲ったこと。その痛みが続く中、ふらふらと足がある場所に向かっていたこと。更に、近付くに連れて犬が吠えていることが分かったが、それに伴って痛みが増していったこと。

 そして…。

「…は…林…の…切れ…目? はぁ。はぁ」

「…めだよ。何で、吠えてるの。…ひぃ」

 ザッ、と音をさせ林から出て来た楓に、ちょうど楓の正面にいた男の子は、一瞬ぎょっとしたようである。

「はぁ~。びっくりしたぁ」

 女性ではあったのだが自分より年上の人が現れたことで、安堵したことが表情から伺える。

「お…お姉さん。助けて、僕の犬が…」

「…この…犬…だった…ん…だ…」

 遊歩道に出たところで痛みに耐えきれなくなったのか、いやそれだけではあるまい、ここまで耐えてきた気力が尽きたのであろう。楓は崩れるようにその場に倒れ込んでしまった。

 どれくらい意識を失っていたのであろうか。頬に触れている何かの感触からか楓は目を覚ます。

「…ん? ここは…」

「お姉さん…。大丈夫?」

「あっ、ぼく…」

「…よか…ったぁ」

「ぼく…。あん。ちょ、ちょっとぉ」

 楓が目を覚ました事に嬉しくなったのか、男の子の犬がいっそう激しく楓の頬をなめ回し始めた。

「…止めてよぉ。分かったってばぁ。止めて!」

 楓のそのきつい一言で、ぴたりと舐めるのを止める犬。辺りには、男の子以外はおらず、その男の子の目が赤くなっていた。ペットの暴走と現れた楓がいきなり倒れたりと、二つの出来事が一度に起こった事で動揺し、何をどうして良いのか分からずべそをかいたのであろう。

「…ごめんね。驚かせちゃったね」

「ううん。お姉さんが気が付いてよかった」

「ありがとう。そう言えばこの犬、吠えてないね」

「うん。お姉さんが倒れてからすぐ、かな、吠えるの止めたよ」

「そうなんだ…。おっと時間…。げっ!」

 男の子の話をぼんやりとしながら受け流してしまう楓である。あれほど気にしていたのにである。直後には、薫が傍にいたのなら小言を言われかねない言葉を発し、別れの言葉もそこそこに、楓は走ってその場を後にした。


「そう…」

 顛末を語り終えた楓に、何とも言い難い感情を抱いた薫が相づちを打った。

「うん。…でも、いや」

「どうしたのかしら?」

「うん。もういやなの。痛みに、耐えるのが…」

「楓…」

 楓の胸の内を知る事となった訳だが、己の無力さも知っている薫は、そっと抱きしめることしかできなかった。

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