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エンドレス・キャンパス  作者: 木眞井啓明
第一部 息吹  第四章 拒絶
12/65

登場人物)

 藤本ふじもと かえで

  西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部化学科5年生

  性格は、子供そのものと言える性格である。しかし、それは、喜怒哀楽全てを表現するためであり、20歳として知識・知能が低い訳ではない。


舞台)

 百合ヶゆりがおかLB

  神奈川県東部、百合ヶ丘を中心にした居住地区。東京都の境も含まれる。

  楓と薫りの家が含まれ、関甲越エリアにある居住ブロックの一つ。


組織・家など)

 藤本家ふじもとけ

  楓と両親が住む家。

  この時代、一戸建ては存在しておらず、全てが集合住宅となっている。

  藤本家は、関甲越エリア、神奈川、向ヶ丘にある、第十住宅と呼ばれる、2階屋タイプ-21階建ての中層集合住宅、14階のW07号室に住んでいる。

「はぁ~」

──今日は、五月一三日…か…。あれから…。一週間たったんだね…。う~。でも…まさか森里さんが居合わせるとは…。参った参った。

 失神するほどの痛みが楓を襲ってから、ちょうど一週間。公の場で、いつもの四人だけに止まらず、親しいとは言え利樹にまで迷惑を掛けたのである。子供っぽい楓とは言え、今年は二十歳になるのである。相応の考えは持ち合わせている、いや、奇病があるのだからそれ以上に気にしているのであろう。皆に見せている表情とは裏腹に、かなり心に痛手を被っているのがその表情からも伺える。

──…あうあう。まずい~。…これじゃぁ、いつもの楓ちゃんらしくないよ。この緑地公園の木々たちのように元気出さなきゃね。

 生い茂る木々の枝を見上げる楓に、熱気を含んでいるとは言え、まだ心地よい緩やかな早朝の風が吹き抜ける。

──…あぁ、いい風…。あはっ。木々たちが話でもしてるみたいだね。

 風に揺れてこすれ合うかすかな葉音が混じっている。それは、まるで未だ気落ちしがちな楓を、元気付かせようとでもしているかのようである。

 目を閉じて、風を、木々の何かを受け取ってでもいるかのように両手を広げる楓、その表情は幾分か明るくなっていった。

──くっ…また。…ふぅ。今回は、まだ…まし…かな…。

 ふらりと遊歩道を離れ、ほんの少し奥まった場所へと歩いて行く楓であるが、何だかんだと言ってもそれなりに痛みはあるようである。もたれ掛かった木の根元に頽れるように座り込んでしまった事がそれを物語っている。痛みに慣れているとは言え、まだましということは、これまでは一体どれほどの痛みが襲っていたのであろうか。

「ふぅ~」

──…全く。何でこうも痛くなるのかなぁ?

 この独特の言い回しも痛み故なのであろう。ストレスとして感じないように、痛み自体も自分の一部なのだ、とでも思っているであろうか。あるいは、医者ですらさじを投げかけている痛みなのである。今更、どうにかなるものではないと考えているのかもしれない。どちらにしても、ある意味においては悲しいことである…。

「さて、と。痛みも治まったし。…ふん。あぁ~、散歩。続けよっか」

 徐に立ち上がった楓は、足を踏み出して遊歩道へと戻っていく。その表情には、幾分か諦めが滲み出ているように見受けられる。いつ如何なる場所で襲ってくるか分からない痛みに、少々憂鬱になりがちな楓である。それでも、空元気と言われようとも元気を出すのが楓と言える。

──…あ~。林の中って気持ちいいなぁ。もっとゆっくり出来れば更に満足なんだけどなぁ。…そうは言ってもねぇ。流石に、今日は学校もあるし、下草が一杯生えてる林の中へは勘弁…かな? 女性としては、その辺りきちんとしないと…いけない…よねぇ。

 遊歩道に戻った楓の足下からは時折、砂利が奏でる心地の良い音が聞こえてくる。のだが、その歩調が幾分か不規則になっており、楓の視線は林の中に向いている。

 小砂利が敷き詰められた人工的な遊歩道は、定期的な整備がなされているのであろう、雑草一つはえていない。対照的に、その左右にある林の中は天然の絨毯のように下草が茂り、場所によっては蔓草が樹木に巻き付いている場所もある。人が入ってはいけない決まりはない。ないが…。如何な楓とて時と場合による判断は出来る筈で、所謂女性としての嗜みは心得ているようであるのだが、先程から視線が怪しくなってきているようである。

 しばらく木々を愛でそよ風と戯れながら、歩調が怪しくなりながらも散策を続けていると…。

──くっ…。

「う…うっそぉ~。朝っぱら…から…二回目?」

 楓はその場に立ち止まって顰めっ面になって耐えているようである。表情から察するに、先ほどより痛みが激しいと言う事なのであろう。

 楓は何とか、近くの木へと向かっていくのだが痛みの為であろう、時折ぴくりと体を震わせているように見え、足下が覚束無くなりかけていた。

──そんなに…時間は、経って…ない…のに…。…そっか。そう…だね。…定期的…じゃ…ないん…だもん…ね。

 辿り着いた木の根元に頽れ座り込んでしまう。その息遣いは、痛みのためか多少荒くなっていた。

 二度目の痛みと共に、楓の耳に何かが飛び込んでくる。

──…。何の音? つっ! 音…じゃない、声? …でも…、何でだろう。行かなきゃ…いけない…気がする。

 痛みに耐えつつも、何故か気になるその声…。

「…あれ? あたし、何で歩いてるの?」

 先ほどと同じように、痛みが去るのを待つつもりであったようだが、いつの間にか歩き出していた。それはまるで声と思しき音に導かれているかのようで、林の奥へと分け入っていく。その足取りは、痛みに耐えているせいなのか朧気で、友達を見つけたときにする挨拶代わりに叩くと言う行為だけでも倒れそうなほどであった。

──…この声は。犬? 吠えてる? …う…そ。痛みが、増して…来た…。

 しばらく、林の中をさまよう楓は、痛みにさいなまれる中ふと気が付いたようである。まだ、思考が出来る程度にはしっかりしているようである。

「だ、駄目! こ、これ以上…先に…進みたく…ない…」

 先程から思いが口をついて出ている楓だが、その事に気が付いているのか…。しかし、口にした思いとは裏腹に、どうやら楓の歩みが止まる事はないようである。

「嘘…。な、何でよ! 行きたくないのに…。痛くなるから行きたくないのに…」

 思いが募り、また、口をついて出る言葉…。語気が強くなっているのは、楓の苛立ちであるのかもしれない。それだけではなく、動揺が激しいと言うことなのであろうか。

 何故なのか…。痛みを抱える中、思考は徐々に乱れていった。

──! 痛み…が、増し…て…。

 襲う痛みに、これまでのように蹲るなどの行動を取ろうとしない楓。いや、それより動物の吠えている声の方に無意識に引かれているのであろう。

 痛み、疑問、恐怖などが綯い交ぜとなって、思考と行動に混乱を招いているようである。それでも、歩いているのは紛う事なく楓自身なのである。

──…くぅ~。なんで…よ。足を…止め…たいのに…。…犬の…吠えてる…声が…大きく…。

「くっ!」

──いた…い…よぉ~。…行っちゃ…駄目。絶対…まずい…気が…する…。

 動き続ける足を止めようと藻掻く楓は、次第に増していく痛みに、とうとう唸り声を上げ苦悶の表情を浮かべている。

 今起こっている全てが混乱を呼び、その混乱とも葛藤している楓。心のどこかにある何かが、この乖離した現象を引き起こしているのであろうか…。しかし、痛みを抱えて半ばパニックに陥っている状態では、それを探そうとすることも、それ自体に気がつくことも出来ないでいた。

──…ほんとに…もう。駄目…なんだ…よ…楓…ちゃんの…足。…お願い…だから…言うこと…きいてよぉ…。

 その思いはとは裏腹に、ひたすら声のする方角へと歩を進めていくのであった。

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