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登場人物)
藤本 楓
西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部化学科5年生
性格は、子供そのものと言える性格である。しかし、それは、喜怒哀楽全てを表現するためであり、20歳として知識・知能が低い訳ではない。
本藤 薫
西暦2108年12月25日生まれ/専課学校、基底学部物理科5年生
性格は、母親のように優しく、時には厳しく、しかし、本質としては優しさを多分に持ち合わせている。
岩間 聖美
西暦2108年08月13日生まれ/専課学校、基底学部物理科5年生
性格は、子供っぽい所もあるが、二〇歳に何とか相応しい女性だが、楓に似た所もあり、類は友を呼ぶ、を表した友人の一人。
山田 明子
西暦2108年06月21日生まれ/専課学校、基底学部化学科5年生
性格は、長女であるだけに、しっかり者で、世話好き。だが、おっとりしているわけではない。その辺は、弟を持つが故なのかも知れない。
枯下 貴人
西暦2104年11月20日生まれ/専課学校、化学科の研究員
枯下家の血筋の所為か、物事、事象を理論的に考える事が多く、事象に対しては原因が必ずある、そこから考える。故に、冷徹、と言われるほど冷たい態度を取る。
舞台)
関甲越エリア(かんこうえつえりあ)
関東甲信越を短縮したエリアの名称。東西は千葉・神奈川から新潟、南北は群馬・栃木から長野・静岡の一部まであるエリア。
組織・家など)
ATSUBB専課学校
場所は、関甲越エリア、神奈川、厚木にある。基底学部として、化学、物理学、自然の学科を持つ専課学校。
空には、見渡す限り雲一つ無い青空が広がっている。
晴天と言って良い空の下では、既に、五月蠅いくらいに蝉の声が聞こえている。その声は、林と呼ぶには小さい木立からであり、そこそこ大きな敷地の一角にあった。
蝉の声に混じって、人の声も負けない程度で聞こえている。
「西暦二一二八年四月五日、月曜日。お昼のニュースです。
それでは、本日これまでのニュース・ダイジェストと、最新のニュースをお伝えします……」
どうやら人の声は、テレビから流れてくるキャスターの声であったようだ。
この敷地内で一番高い建物であり、木立側が開いたコの字型に建てられた内の北側に面した建物の壁面からである。だが、それを聞く人の姿が、木立にも周辺にも見当たらない。
「それでは、現在のお天気をお伝えします。関甲越エリアでは雲一つなく晴天ですが、気温が三〇度、湿度が八〇%に達しており……」
天然のサウナになりつつあるようだ。これでは、屋外にいようとはなかなか思わないであろう。では、一体どこにいるのか。
木立に隣接し、ニュースを流している建物群の斜向かいにある背の引く建物に詰めかけているのが、屋外との出入り口に見て取れる。
出入り口の上には、「学生会館」と書かれた看板が掲げてある。
そう、ここは学校である。ATSUBB専課学校と呼ばれている学校なのである。
”ATSU”とは、神奈川の厚木から由来し、”BB”とはBusiness Blockの略語で、企業を集中させたブロックのことである。専課学校とは略称であり、正式には専門課程学校である。読んで字の如く、専門的な学問を学ぶ場所である。
「痛っ!」
学生会館内、二階に上がる階段の踊り場、そこで足を押さえて、やや大きい声で叫んで蹲った女性がいた。
「楓! しっかりしなさい!」
「楓!」
楓は、苦悶の表情を浮かべ必死に耐えている。
周りで呼び掛けてはいるものの、今の楓に聞こえているのか、それほどに表情は険しい。
楓と呼ばれた女性。藤本楓、一九歳。
目は大きめで、目尻が僅かに垂れているようにも見える。鼻は小さい方で、鼻筋が見えにくいためちょこんと乗ったように見える。輪郭は、丸顔を少しだけ細面にした顔立ちである。
髪型はストレートのショートカットで、色は黒である。
以上のように、一見すると子供と間違えそうな顔立ちの楓は、身長がこの時代では低い一六五㎝であることも手伝って、その印象に拍車をかけている。
全体がこぢんまりしているため、元々大きめであるヒップが強調されているのは内緒である。
本日の服装はと言えば、トップは、白地に淡い緑の細い縦ストライプのシャツ。ボトムは、深緑のキュロットスカート。シューズは動きやすさで選んだのであろう、茶系がベースのパンプス風のスニーカーを履いている。
キュム、キュム。
楓を含めた数人が、登ろうとしていた階段を、数人の男達が降りてくる。
「……おや。誰が座り込んでいるのかと思えば、また君ですか」
その声に、友人の一人が視線を向ける。
「あなたには関係のないことです。素通りしていただいて結構です」
「薫、ちょっと……」
少々攻撃的にも聞こえる言葉を発したのは、薫と呼ばれた女性。
本藤薫、一九歳。
目は、細い部類で目尻は垂れてはいない。鼻は小さめで、鼻筋が通っている。輪郭は、丸顔よりは細面に近い顔立ちである。
髪型はストレートで肩より長く、色は黒である。
年齢より、幾分か上に見られそうな顔立ちの薫なのだが、身長は楓と同様に低く一六七㎝で、大きめのヒップが、やはり、身長のせいで強調されている。
本日の服装はと言えば、トップは、淡いオレンジに茶系の刺繍の入ったブラウス。ボトムは、赤茶のフレアスカート。シューズは、ヒールの低いブラウンのパンプスを履いている。
「ちょっと、枯下さんねぇ……」
見下したような視線に、別の友人が語気を強めて訴えかけているが、言葉だけではなく、目も”あなたは何様だ”と訴えているように見える。
「聖美。止めなさい」
薫が口を挟んで言葉の続きを止めさせたのは、そのまま言い続けさせると危険と判断したからのようである。
「……ふん。そうするつもりだ。だが、通行の邪魔だとは思わないか?」
薫の物言いに若干臆しながら、更に、難癖を付けてくる枯下と呼ばれた男性。
枯下貴人、二三歳。
目は、垂れ目でもなく釣り目でもなく細い。鼻は小振りだが、鼻筋はやや高い。輪郭は、面長の顔立ちである。
身長は、標準的な一七五・四㎝で痩せめの体格である。面長の顔立ちも手伝って、見た目以上にひょろっとした印象を与えている。
服装はと言えば、白衣の前を開けて羽織っており、そこから紺のポロシャツと濃紺のデニムが覗いている。シューズもありきたりなスニーカーである。どうやら服装には、あまり気を遣う男ではないようである。
「……あによ。楓と同じ科の研究員のくせに。しかも先輩だってのに……」
聖美は、薫に止めさせられたためなのであろう、小さな声でぶつぶつと文句を呟いている。
研究員(二〇~二一世紀半ば頃の大学院生に相当)であると言うことは、この学校を卒業したと言うことである、つまりは、楓の先輩に当たると言うことである。
面識があるのは、貴人が化学科の講義実験で助手を勤めているためである。只、薫や聖美が知っているのはある意味において間接的である。いつの頃からであろうか、楓のこのような状態に出くわす度、嫌み、難癖を付けるようになった事からである。
それでも、たとえそれが先輩に当たる人物であろうとも、このような仕打ちを受けている限り、強い態度に出ざる終えなかった。
薫は、更に目を細め睨み付ける。
「……緊急事態ですのでお構いなく。素通りするおつもりなら、どうぞお通り下さい」
すっくと立ち上がった薫は、楓を背に左手を階下へ向ける。
貴人には癇に障ったのであろう。”チッ”っと小さく漏らし、その場を立ち去って行く。
貴人が立ち去ると、薫は周囲の野次馬に会釈をする。
集まっていた学生は、騒動が終わったと感じたのであろう。一人また一人と、その場を離れて行った。
「う~」
「あっ。楓ぇ、大丈夫?」
「聖美、う……ん。あたたた……」
台詞だけであると、楓との区別が付きにくい、聖美と呼ばれた女性。
岩間聖美、一九歳。
目は大きい方で、垂れ目でも釣り目でもない。鼻は、少々大きめであるが鼻筋が通っているために目立っていない。輪郭は、やや鰓の張ったホームベースに近い顔立ちである。
髪型は、ややウェーブが掛かったセミロングで、色はやや茶である。
身長はこの時代の標準である一七〇㎝であるが、小さめのヒップであるためスレンダーと言える。
本日の服装はと言えば、トップは、淡い赤系でチェック柄のシャツ。ボトムは、トップより濃い赤の八分丈の綿パン。シューズはベージュのスニーカーを履いている。
「大丈夫じゃないし。全く楓ってば」
楓は、自力で立ち上がろうとするが……。
「えへ。ま……いつも……よりは……ね。おっと」
「あぁ、もう。無理だってぇ。ほら」
「あ、あんがと。聖美」
立ち上がり掛けたものの蹌踉めいてしまい、聖美に支えられて立ち上がった。
「いいってば」
その場に残っていた数人は、聖美に支えられてそこそこ回復した楓を伴って、ゆっくりと階段を上がっていった。
*
「まっふぁふ、わにお。あのおとふぉ」
「聖美。口に食べ物を入れたまま喋っちゃだめでしょ」
学生会館の二階にあるオープン食堂・喫茶の一角に席を取って、楓達は、やっと昼食にありついていた。
聖美は、依然として貴人のことを怒っているようなのだが、聖美の正面に座る楓は……。
「あ~、でもでも、枯下さんだって何か理由が……」
「む。あによ楓ったら。あんで枯下さんの肩持つわけぇ?」
楓の言い分に、納得のいかない聖美が言い返している。その傍らでは、意に介しているのかいないのか、黙々と食事をしている薫ともう一人の友人がいた。
「う~。そう言う訳じゃぁ……」
「あ~。じゃぁどう言う訳だとぉ」
「う~」
確かに、何かがあってと言う訳ではないのであろう。只、何となく何かがあるのかな? と言った程度であるようだ。故に、眉をしかめて口をとんがらせて唸り声を上げ、握りしめた両手をテーブルの上でわなわなと振るわせるだけで、答えに詰まるしかなかったのである。
「ヨッしゃぁ! あたしの勝ちぃ!」
少々大きな声で小さくガッツポーズをして勝ち名乗りを上げる聖美を、憎らしそうに見詰める楓である。
「う~」
楓は呻いた後、中断していた昼食を豪快に食べ始める。
ぱくぱく。
ごくん。
ごくごく。
まさしく憂さ晴らしである。貴人の嫌みに、と言うより、聖美に言い返せなかったことに対してなのであろう。
その食べっぷりを見ていた聖美は、張り合おうとするかのように豪快に食べ始めた。
「ふぅ~」
「ホント。この二人を見てると飽きないわよねぇ」
そう言って、楓と聖美のじゃれ合いを楽しそうに眺めていたのは、もう一人の友人で、少々のんびりした口調をしている女性。
山田明子、一九歳。
目は細めで、鋭い印象がある。鼻は小さめで、鼻筋が通っている。輪郭は、細面の顔立ちである。
髪型は、腰まで届くストレートで、色は少々茶の入った黒である。
身長は、この時代の標準的な一七二㎝で、小さいヒップでスレンダーと言える。
本日の服装はと言えば、トップは、薄いグレーのブラウス。ボトムは、薄い青で丈の長いフレアスカート。シューズは、パステル・ブルーが基調のスニーカーである。
「そうね。似たもの同士ですものね」
「あに?」
手を止めた楓が聞き直す。
「楓ちゃんと、誰が似てるって?」
「それはね。聖美、よ」
「あぁ。明子はなんて事言うかなぁ」
呆れながら、目の前の聖美を睨む。
「あによぉ。あたしだってねぇ、楓と一緒は、い、や、だ、よぉ」
「あんですってぇ~」
今にもつかみ合いそうな二人なのだが……。
「楓! 聖美! いい加減になさい!」
とうとう薫の雷が落ちた。
箸の落ちる音が小さく聞こえた。どうやら、剣幕にびっくりした楓が取り落としたようである。
聖美も大差ないのだが、かなり縮こまっている。
「だってぇ、聖美がぁ」
「うっそぉ。楓が悪いぃ」
正に火花が散る勢いで睨む二人を余所に、薫がすっと立ち上がって、その場を無言で立ち去ってしまった。
「あらまぁ。薫、怒っちゃったみたいね。……ふふん。ま、でも、大丈夫じゃない、かな?」
「え?」
「あ?」
明子は笑みを浮かべつつ、楓と聖美の慌て振りを楽しんでいた。
その一方で、慌てながら残りの昼食を平らげる二人がいた。
*
日差しの色は変わり始めたものの、まだ暑さが残る一七:三〇を回った頃……。
楓達四人はいつも寄り道をする、鵜野森CBにあるハンバーガー・ショップにいた。
鵜野森とは、神奈川の相模原にあり、東京の町田との境にある地名であり、"CB"とは"Commerce Block"の略で商業ブロックに当たる。
「楓はねぇ……人が……よすぎ!」
ハンバーガーを頬張りながら、楓に文句を告げている聖美に対して、それを受ける楓は……。
「そう……かなぁ。……枯下さん……にだって……いろいろ……考えが……あるんじゃない……かなぁ」
対抗意識からなのであろう、楓も同じように頬張りながら異を唱える。
詰まるところこの二人は、お互いをライバル視していると言うことである。
「二人共。食べながら喋るの止めなさいよ」
二人の姿勢に呆れかえった明子が、小言にも聞こえるように呟いたのだが、果たして、どれほどの効果があるのやら。
「良し! 次行くよ!」
先に平らげた聖美は、トレーを持って席を離れる。
すると……。
「あ、ちょっと、ずっこい」
楓も負けじと、追い掛けるように席を離れていく。
「全く、あの二人は……。いつまで子供でいるつもりかしらね」
今までもこのようであったのであろう。
楓も聖美も一九歳とは言い難い行動、言動が目立っており、つまりは、子供っぽいと言う比喩ではなくそのままなのである。
「まったくね。でも薫。そんなこと言ってると、また、楓におばさん扱いされるわよ」
「明子、あなたまでそう言うことを言うのね」
しまったという表情をする明子だが、どちらからともなく笑いがこぼれる。
「何笑ってるの~?」
「楓のことに決まってるじゃん」
戻ってくる早々、再び火花を散らす勢いで睨み合いを始めてしまうのだ、薫ではなくとも、小言を言いたくなろうというものである。
「あ~ら。また始まった」
「ふぁえでが、わふい」
「さふぉみの、ふぉうだよ」
席に着くや否や、豪快に食べ始める二人なのだが、薫の眉がひくついている事に気が付かないまま、二人はしばし食べながら喋り続ける。
「楓に聖美……」
二人は明子に視線を向け、人差し指の向けられた方向に顔を巡らせると……。
「……あ、え~、か、薫?」
「……いや、だからね。」
しどろもどろになる楓と聖美。結局、おとなしく残りをゆっくりと食べる事にしたようだ。
薫が何かを語った訳ではない。明らかに、その表情から危険を察知した結果である。
そして、楓と聖美が満足した頃……。
「楓。今のところは、痛みはないみたいね」
「うん、ないよ。どったの?」
先ほどとは打って変わった薫に戸惑う楓。
「うふっ。薫の心配性が始まったわね。……あっ。そうよね。楓の一番の不思議だものね」
薫の怒りを避けるように楓を話題にする明子。どうやら、明子であっても薫の怒りは怖いようである。
「あによ、その言い方わぁ」
「あら、だってそうじゃない。只でさえ楓が不思議なのに、その中で一番の不思議でしょ。何処にも異常がないんだから、ね」
「ね、ってねぇ……。まぁ、確かにそうだけどぉ。けど、楓ちゃんはまっとうな人なんだよ」
その言葉に、聖美が反応を示してにやつくと、センサーでも付けているかの如くに、素早く反応して楓が睨み返している。
その光景に、結局、頭を痛める薫と明子であった。
「この二人を、引き合わせなければ良かったかしら」
「薫がいなくても、何れ出会ったんじゃない? 類友だからねぇ」
明子の最後の部分に反応を示す二人。
「あらやだ」
「ほら、二人共いい加減にしなさい。やけ食いは終わったんでしょ、帰るわよ」
薫と明子が徐に席を立った事に、慌てた楓と聖美も後に続いた。