番外編 生命の息吹感じる今日この頃
今回は、後書きを含め読んでやってください。
春の訪れを感じるようになってきたと思うと、あっという間に初夏だ。
寒い冬の時期をずっと寝ていた動物たちも、ウォーミングアップはそろそろ終わって本調子だ、とばかりに元気になる。
楸も、そんな一人だ。
「っかー、やだやだ。冬は寒くて嫌だったけど、暑くなってくると今度はそれが嫌になる。暑くて苦しんだ去年の夏も、寒さ厳しい冬になれば恋しくなるけど、その恋は幻想なんだよね。所詮 恋は幻よ、身勝手さしかない。はぁ~、本当の愛は一体どこにあるんだろ?」
「っせえよ、バカ天使」椿はつっこんだ。
「むぅ~」
「アンタみたいなバカでも呼吸すれば二酸化炭素ってのを出すのよ。その二酸化炭素がなんやかんやあって地球を熱くすんだから、喋んな楸。息もするな」と厳しい柊。
「それ、死ねってこと?」楸は、驚愕した。「うわーん、榎ちゃん!バカ二人が俺をいじめる!特に、骨と皮だけの白い生命体が、俺に死ねって言う!」
「えっ…?」泣きつく楸に、榎は戸惑った。だが、戸惑いの中でひねり出した「……あ、ドンマイ」という言葉を、笑顔で楸に送る。
「ドンマイじゃないッスよ、榎さん!」初夏程度の暑さなんて屁でもない男・カイは、声を大にする。「柊さんの言う通り、二酸化炭素はビニールハウスで温室効果持ってんだよ。だから、なんか増えるとヤバいらしいから、楸は天使らしく、酸素を使うな」
「うろ覚えの知識で、何言ってんだ」椿は一応つっこむが、無視された。
「大丈夫だよ、カイ。俺、天使よ。その神々しさたるや、なんと光合成出来るほど!」
「神々しさ光合成に関係ねぇよ。つーか、光合成出来るお前はやっぱ雑草レベルなんだな」
「うっさいな 椿は!」言い返してから楸は、もう一度カイの方に向いた。「それにね、カイ。カイも、いちいち柊の言うことをフォローしない方がイイ。あのヒンニュー教はタチが悪いから、油断してると金とか肉とか巻き上げられグハッ…!」
言い終わるよりも先に、楸は、ヒンニュー教の教祖・柊に蹴り飛ばされた。
吹っ飛ばされ、地面に転がる楸を氷の眼差しで見下ろし、柊は言う。
「ごめん、なんとなく蹴っちゃったけど、アンタ…全体的に何言ってんの?」
「すいません…金は盗らなかったですね、教祖様」
「まだ言うか!」
柊は、軽口の止まらない楸の首を締めあげた。
その様子を、
「バカじゃね?」と椿。
「仲良いなぁ」と榎。
「いいな、楸」とカイ。
三者三様の思いで見ていた。
ボロボロの傷だらけになった楸を最後尾に引き連れる形で、五人は道を行く。
いわゆる商店街の様に店同士が肩を合わせて立ち並ぶ通りを離れ、少し足元に視線を落とせば生い茂る雑草が見える場所まで来た。
だが、緑を見て心を癒そうとして足元ばかり見ていると、見たくないモノまで目に入る。
「あ、カエルだ」
友人との偶然の出会いに喜ぶみたく、榎は言った。
その瞬間、蛇に睨まれた蛙とはよく言うが、カエルを見つけて委縮する者がいた。
「おっ、ホントっすね」とカイは、何でもない様な反応を見せる。「最近また見るようになりましたね」
「だね~」と呑気さを感じさせて言うのは、楸だ。「あれだね、これから暑い日が増えてくると、地面で干乾びちゃったミミズの死骸よろしく、雨の日の後は車に踏みつぶされた蛙の死骸も多く見ることになるんだろうね~」
「ギャーッ!」悲鳴を上げ、柊は、楸の頬に平手を叩き付けた。「なんでそういう気持ち悪い事言うのよ!バカじゃないの!」
誰がどう見ても、今の柊は取り乱している。
だから、もしやと思い、カイは「柊さん、もしかしてカエル苦手っすか?」と訊いた。
「ハッ!誰が? あんな両生類、アタシが本気を出せばチョチョイと真っ二つに…」
そう言う柊は、顔に冷や汗を浮かべていて、誰が見ても「あぁ、カエル怖いんだ」という結論に至る程だった。
カエルを怖がる柊さんも可愛いな、と恍惚の表情を浮かべるカイの横で、「あれ?」と榎は思った。
「そういえば、椿君もカエル苦手だったよね?」
何気ない榎のその発言に、椿はビクッと身体を強張らせた。
その反応を、楸が見逃すはずもなかった。
「えっ、なに? 椿もカエル怖いの?」
面白そうなおもちゃを見つけた子供に邪気を足したような笑みを浮かべ、楸は言った。
「は? 別に怖くも何ともねぇし。たかがアマガエルだろ?」
へっちゃらだという笑みを作るが、その言葉とは裏腹に、小刻み震える椿からは余裕というものが微塵も感じられなかった。
これは楽しく遊べる、そう確信した楸は、嬉々としてそこに飛び付いた。
「えっ? もしかして椿くんは、男のくせにカエルに触れないの?」
「あ? ヨユーだよ、そんなん」
「じゃあ、このカエルちゃんを楽しませてあげて」手近なカエルを一匹捕まえ、それを椿の方に突き出して楸は言った。「お腹をさするとリラックスするみたいよ、ほれ」
「うあっ! やめろ、バカ!」椿は、カエルから逃げた。
「じゃあ、柊…」
「うぎゃっ! ふざけんな、こら!こっち来んな!」
椿と柊は、カエルが苦手だった。苦手と言うより、怖かった。
「なんで怖がるの? ほら、こんなに可愛いのに」
即席のいじめっ子となった楸は、カエルを掌に乗せて椿と柊を追いかけた。
いつも威張り散らす二人が無様に逃げる、それがどうしようもなく面白く、楸は執拗に二人を追いかける。
「来んな、バカ!」
「覚えてろよ、楸!アンタなんてカエルが無ければ、ただのゴミカスなんだからな!」
「うぁっ、ショック! こうなったらカエルくんと一緒に俺の魅力をプレゼンしないと」
「「ああぁぁぁぁあ!」」
このまま暫らく、おいかけっこは続いた。
おいかけっこが終わったのは、「カエルを怖がる柊さんも可愛いな」とうっとりしていたカイが、「って、よく考えたらコレ、柊さんのピンチじゃねぇか!」と気付いて楸を捕まえたからだった。
楸は、カイに羽交い締めにされて身動きが取れない。
しかし、その右手にはカエルさんが居るから、椿と柊は下手に近付けない。
「ハァ…ハア…よし、カイ…そのままカエルごと、楸を潰してちょうだい」
「了解です、柊さん」
「ギャーッ!ちょっ、待って!」取り乱し、楸は言う。「潰すとか有り得ないし!それにカイ、さっきも言ったでしょ!あの教祖の言うこと聞いてると、ロクなことにならないよ!」
「よし、カイ…そいつからカエルを引き剝がして、アタシにちょうだい」
柊は、自分の手で楸をボッコボコにすることを望んだ。
「おい、楸!カエル放せ」
「やだ! 俺にはまだカエルさんの力が必要なの!」
「遠慮すること無いよ、カイ! 手首へし折っても、アタシが後で気がむいた時 治すから」
「了解ッス」
「了解すんなぁ!それもう、ただの傷害事件よ!」
ギャーギャー騒ぐ三人のことを、椿は、傍から静観していた。
――これで俺の身の危険はなくなった。あとは勝手にバカ騒ぎして遊んでいろ、バカ共!
そう心の中で悪態つきながら、椿は、走り回った為に出た汗がアゴから垂れ落ちそうになっていたので拭った。
――ったく、あのクソ天使…カエルに触れるからって何だってんだ。あんなもん、半分以上エイリアンだろうが。むしろ触るヤツの神経を疑うわ
そんなことを思う余裕があるのは、椿が恐怖から解放されたからだった。
つまり、椿は今、安心しきっている。
だから、「椿君!」とまるで宝物を見付けたかのように声を弾ませる榎に、何の疑いも持たなかった。
「ん?」
椿は、声のする方を振り返った。
まさか、振り返ったその先に〝蛇〟がいるなんて予想だにしなかっただろう。
榎は、白地にオレンジ色の斑点模様を持った体長一メートル以上の蛇を、お洒落アイテムの一つとしてスカーフを巻くかのような自然さで、首に乗せていた。
「椿君! こんなの居たよ!」
「うわぉっ!」あまりの衝撃に、身体をのけぞらせた椿はバランスを崩して尻もちついた。「お前…どっから拾って来た、それ!どこのジャングル土産だ!」
「そこで拾った」
「捨て犬みたいに言うな! んなの、その辺に居てたまるか!」
取り乱して叫ぶ椿の声に、他の三人も異変に気付いた。
「うおっ! 榎さん、イカスの持ってますね」と感心するカイ。
「イヤアアァ! 榎ちゃんが…榎ちゃんがぁ…!」と叫ぶ柊の目には、どうやら榎が蛇に首を絞められているように映っているようだ。「楸! アンタどうにかしろ!」
「無茶言うな、俺もアレは怖いっての!」楸も、蛇と距離を取ろうと上半身が引き気味になっている。「てか、大丈夫なの?榎ちゃん」
「うん! 大人しいし、危険は無いよ。ちょっと重いけど…」
「いや、問題は重さじゃねぇよ」と椿。
「そう? 結構重いんだよ。椿君も巻いてみる?」
「要らん!」
「椿。榎ちゃんの折角の厚意だ、受け取れよ」
「っせぇよ、クソ天使!」
「大丈夫だよ、椿君。椿君が変に怯えるとニョロロにも恐怖が伝わっちゃうから、怖がらないで。穏やかな気持ちで、優しく接してあげて」
「なにレクチャー始めてんだ? どんなに言ってもやらないからな、俺は!」
「そうだよ、榎ちゃん」と柊は、誰よりも蛇から距離を置いた場所で言う。「『ニョロロ』なんて、名前付けると離れ難くなるんだから、愛着がわく前に元居た場所に戻しておいで」
「だから、捨て犬じゃねぇってば」楸はつっこんだ。
「榎さん。どっかにやる前に、少し触ってみてもいっすか?」
カイは、少年の様な好奇心溢れるワクワク笑顔でそう言った。
――榎 (ちゃん)もだけど、お前も大概だな
大蛇と戯れるカイと榎を見て、椿達三人は呆れる以上に感心した。
蛇は、榎とカイを満足させ、どこかへ帰った。
蛇が居なくなると、まるで選手交代のように、代わりに十六夜が現れた。
「さっ、今回は『カエルが嫌い』などという面で個人差が感じられましたね」
「おい、どっから湧いて出た、お前? つーか、どこに向かって喋ってる?俺らと喋ってるっつースタンスでいいんだよな、おい?」
「何やら椿君の声が遠くに聞こえますが、そんなの無視して…もう少しその辺を掘り下げてみましょう。題して、『十六夜君の質問コーナー』!」
「おい、こら!なに勝手にコーナー始めてんだ!」
そんな椿の声は宙に消え、十六夜の質問タイムとなった。
「という文が出たので、僕も安心して始められるのであった」
「おい!」
「さて、まずはカイ君。カム・ヒアァ!」
「………おう」
「カイ君は、どの程度虫 大丈夫なの?」
「ざっくりした質問だな…。まぁ、俺は、ガキの頃からその辺の野山が遊び場みたいなところもあったから、たいていの動物や虫は平気だな。椿みたいに『触るのもイヤだ』って拒むこともほとんどないな。けど、好奇心旺盛だったガキの頃、親父に『毒を持っている動植物もあるから、下手したら死ぬぞ』って言われてからは、派手過ぎるモノには触らないようにしたし、口に入れる事もしなくなったぜ」
「ほぅ、けっこうな野性児だったのですね。ワンパクな少年時代を誇らしげに語る野性児も、今を生きていられるのは運が良かったからだけなのだ……考えさせられますね」
「ひーちゃんは、結構何でもオッケーでしょ?」
「うん! お陰さまでね。外国の人とかと話をする時、言葉が通じないからって戸惑うことも多いでしょ。相手が何を思って、それを伝えようとする言葉が何を意味するのか、そういうのが分からないから困っちゃうみたいな。でも、私の場合は〝不思議な力″を持っているおかげで普通の人よりもコミュニケーションの壁をいくつか取り除けるから、そういう面では楽かな? 普通の人には分からない動物の言葉も、私には分かるから」
「でも、言葉が通じちゃう分、普通の動物よりあのバカには四苦八苦させられるでしょ」
「……う~ん。言葉が通じなくても分かる事がある様に、特にあのおバカさんとは、言葉が通じても分からない事が多いから、困っちゃうことも多いかな…」
「心中お察しします…としか言えませんね」
「楸君は…どうなんざんしょ?」
「俺は普通だと思うよ。カエルとかミミズは触れるけど、蛇って誰だってビビるじゃない。それが大蛇となれば尚更でしょ。榎ちゃんやカイは、特殊な方だよ。 いや、別に榎ちゃんが変だって言いたいワケじゃなくてね。てゆうか、むしろ女の子の方が好き嫌い両極端って言うか、大丈夫な人は大丈夫なんじゃないの? つまりだよ、俺が言いたいのは、俺はカエルやミミズみたいな日常に潜む虫や動物は平気だけど、ゴキブリや足がいっぱいの気持ち悪い系、大蛇みたく非日常感を出してくる生物は苦手ってこと」
「分かる気がするよ。男には、認めたくない意地ってのがあるもんね」
「……そういう事、言わないでくれる?」
「あ~…ひーさんは、こういうことがある度に弱点を露呈していく感じですね?」
「…ハッ? 意味分かんない?」
「だってひーさんって『椿君+楸君のコンビよりも優秀である』が故に、なるたけ弱点を多くしようと設定されてるんですよね?だからスタイルの面で少々コンプレックスがあるし、今回みたいなことでは弱さを露呈しちゃうんですよね?」
「ハッ?意味分かんない!アタシに弱点なんかないし、今回のことも榎ちゃんが危ないんじゃないかって思っての事だし!本気で闘えばアタシ、カエルも蛇も一刀両断よ、ホントうん!アタシは最強レベルで強い。外見は、これからもっと爆発的に成長する。もっとこう…ボン、キュッ、ボンッのイイ女になるんだから!バカ!」
「……悲しくなってきたので、終了します。なんか、すいません」
「椿君は、かなりヘタレですね。カエルはもちろんミミズも嫌がりますし、カマキリとかカッコいいヤツも嫌がります。あと、足が多くて長い虫は、本気で嫌がって逃げます。殺虫剤を作った人は天才だ、と心底感謝しています。『俺、クワガタだったら平気』と自信満々に言っていましたが、それも真偽のほどは怪しいし、それで威張るなって話ですよね」
「おい! 何で俺だけ質問形式じゃねえんだよ!」
「だって椿君、見栄張って嘘しか言わないでしょ」
「ぐっ…っせぇよ!つーか、俺のは本当の事じゃねぇからいいけど、柊!あれ、いいのか?なんか、設定とか妙なこと口走ってただろ、お前」
「椿君のことは確かな筋の情報だから本当だよ」
「俺のことはいいっつってんだろ!柊だよ!」
「ひーさんには、本当に悪い事をしました。最後、涙目だったもの」
「『だったもの』じゃねぇよ」
「椿君の設定資料を集めていたら偶然目に付いたものだから、ついうっかりんりん」
「反省の色ゼロかっ!」




