番外編 我に張り者
若干グロテスクな表現がございます。
たぶん15禁的な内容です。
あ、あと、本編の第二十話を読んでいない方は、知らないことがあると思います。
すいませんが、事前に諸々のことをご了承願います。
「こないだなぁ、踊り食いっての観てなぁ」
唐突ではあるが、話の流れとしてはさほど不自然ではない。
朝、学校に登校してきてあいさつもそこそこに「なぁ、昨日のナイター観たかよ?」と楽しそうに話を始める青少年の様だ。
不自然はない。
ただ、ここが緑輝く様な学び舎ではなく、薄気味悪い魔界の森の中である事。そして、話をしているのが溢れんばかりの若さを学生服で包み込んだ少年少女ではなく、悪魔、しかも広大な魔界でもトップクラスの実力者と恐れられる二人の悪魔である事。これらは、周りからは不思議な光景に映るかもしれない。が、当の悪魔二人は、気にも留めない。
あくまで、自然な会話だ。
「ほう」
と、話を振られた方の悪魔・雷趙は、軽く相槌を打った。
雷趙は、あまり話に興味が無いようだ。焚火の前にどっかりと胡坐をかいて座り、リンゴによく似た赤紫色の果実をいくつか串に刺して遠火で焼いていて、そちらの方に意識のほとんどを向けている。
果実を焼いているけど耳だけは向けている、といった感じで話を聞いていた。
だが、話し相手のそんなつれない態度も、もう一人の悪魔は気にしていない。
雷趙に話しかけている悪魔は、線の細い男の悪魔で、見た目は雷趙よりも若く人間でいうところの二十代半ば位、切れ長の目が特徴的だ。だが、切れ長の目なんていう特徴があまりにも小さく霞むほど、目を引くものを彼は持っていた。
それは、鎌。
身の丈ほどもある大きな鎌の柄の先を地面に突き立て、長い柄の部分を抱くように肩にかけ、本人は胡坐をかいて座っている。見ようによっては、三日月のような巨大な刃が、彼を包んでいるようだ。
「ん?踊り食い? なんだそれは、風琳」テキトーに聞くだけのつもりが、『踊り食い』という聞き慣れない単語が引っかかり、雷趙は訊いた。「踊りながら何か食うのか?なんか面白いのか、それは?」
「フハッ!」風琳と呼ばれた悪魔は、吹き出すようにして笑った。「バーカ。踊り食いってのあなぁ、イカとか貝とかを活かしたまま食べることだよ。生きたままだから新鮮なんだと、新鮮」
「ほう」
そっちか、と雷趙は思った。それならあまり面白くないな、と。
しかし、雷趙の関心はそっちのけで、風琳は話を続ける。
「あれぁ、たしかテレビってヤツで見たんだ。暇潰しで何の気なしに人間のトコへ行った時、何処でだったかぁ見てなぁ…アワビって貝を活かしたまま網で焼いててな、踊り食いしてる人間を見たんだよ。その人間、食う前から嬉しそうにはしゃいでたぁ。踊ってるぅ、踊ってるぅってな。それ見て、俺は面白いと思ったねぇ」
「ほう…そんなに面白い踊りなのか?」
「そういう意味じゃねぇよ。ったく、バカとの話は疲れるな」呆れて肩を落とし、深い溜め息を一つ吐いてから、風琳は続ける。「人間は、いろんな生き物を殺して、んで食って、生きている。のくせに、命を奪っているって実感をあまり持たず、しかも犬を殺したりっつぅ一部残虐行為は忌み嫌う。しかし、その一方で嬉々として生かしたままの生物を食らう。な、面白いだろ?」
と、同意を求めるように、風琳は言った。
だが、「そうか?」と雷趙は理解できない。何が面白いのだ、と。元より、あまり興味も無い。そんな面白くない事よりも、むしろ果実の焼き加減の方が気になる。
明らかに「どうでもいい」と雷趙は態度で語っていた。
だが、そんな雷趙相手でも人形や壁に話しかけるよりは幾分マシなのだろう、風琳は話を続ける。
「俺なぁ、デカブツのお前よりも見た目、普通の人間に近いだろ。でも、フハッ…試しに人間に他の家畜を生きたまま食べるよう勧めたら、文字通り、化け物を見るかのような目で見られたぜぇ」
「まぁ、悪魔だから、人間からしたら化け物だ」
「フッフッ…」と軽く笑うと、以前のことを思い出し、風琳は言う。「それでなぁ、人間に何か食べさせるのは断られたし、人間を食うことにしてな。生きたままの人間を何匹か捕まえ、両の手足を縛り、そのままの皮つきと皮を剥いで軽く下処理した二種類を網の上で焼いてみた。人間の踊り食いだぁ。苦しみのた打ち回る、いや、踊っている一番活きのいい所を、人間を食いたがっていたヒト型悪魔に食わせてみてなぁ」
「ほぉ」
「それでなぁ、その食事風景を一部始終ビデオカメラに収めてな。食レポってヤツをマネさせて、『ほら、きれいな断面です』『血も滴る肉だ』『うわっ、肉汁が溢れてきた』『内臓は、クセがあるけど美味しい』ってなぁ。そうして出来上がった渾身の一作を、ビデオカメラごと人間の目に留まるような場所に捨ててきた。どうなったと思う?」
雷趙は訊かれたが、特に考えもせずに「さあ?」と応えた。それよりも、そろそろイイ感じに焼けてきた果実の方が気になる。どうなったかな、と確かめる為に恐る恐る口を近付けてみると、ジュッと唇が焼けそうになった。ビックリして、とっさに果実を遠ざける。
果実の表面には、もう十分火が通っていた。
しかし、果実の焼き加減の方こそ、風琳にはどうでもいい。
「見て見ぬふりする人間もいるが、気になって拾う人間もちゃんといてなぁ。やっぱ、最初は不審に思うようだが、ビデオカメラだ、何が収めてあるのか好奇心に負けて見るワケだぁ。すると、フハッ、フフッ…魚や貝はよくても、人間の踊り食いはダメらしい。あるヤツは恐怖し、あるヤツは涙し、その場で嘔吐するヤツもいたなぁ。あれは傑作だったぁ」
話を聞きながら、雷趙は、焼き上がった果実を食べてみた。
フーフーと息を吹きかけて粗熱をとり、一口食べてみる。
ガシュッとした食感、口の中でプシィと弾ける果汁、モギュモギュと噛んで味わう。
うん、と雷趙は頷く。なかなか美味しい、と満足気だ。
「カハッ!」
雷趙は、笑った。
「な、面白いだろ?」
「イイ土産が出来た」
「あ?」
雷趙が笑ったのは自分の話が面白かったからだと思っていたが、どうやらそうではないようで、風琳は不満げに眉をひそめた。
所変わって、魔界ではなく人間の住まう世界のとある喫茶店。
「てな話を聞かされたんだが…」
雷趙は、話のきっかけにと風琳から聞いた話をした。
しかし、うまく会話の糸口を掴み、円滑な会話の場を設けようとした雷趙の想いとは裏腹に、場の空気は悪い。
今の話、誰にも聞かれてないよな? 聞かれていたら、自分も白い目で見られる。ただでさえ二メートルを超える身体の大きい雷趙は目立つのに、人間を食うなんて話を平然としていたら、自分まで化け物扱いされかねない。
周囲を一瞥し、何も問題はなさそうだと男は察する。
そして、一安心した所で盛大に溜め息をつくと、テーブルを挟んで向かいに座る雷趙を見やり、言う。
「どうでもいいが、こんな話の流れで俺を巻き込むな」
石楠花は、眉間に皺を寄せて心底迷惑そうだった。
何でもない日の午後、外をフラフラと歩いていたら目の前に突然雷趙が現れ、「ちょっといいか」と喫茶店まで連れて行かれた。店内奥のテーブル席に座ってからもいきなりのことでまだ状況が呑み込めず、何事かと身構えていると、「そういえばこの間、知り合いの悪魔にこんな話を聞かされてな」と世間話が始まった。話のテーマは、『踊り食い』についてだった。この時から、石楠花の頭の中には「は?」という困惑があった。
そして、本当にただの世間話として一段落つくと、改めて文句を言う。
「あんたらの悪趣味には興味無い。変な会話をして悪目立ちしたくないし、何より不快だ。用が無いなら俺は帰らせてもらうが?」
「まあ待て。まだ何も始まってもいない」
慌てもせずに雷趙は、ただ待つよう指示を出した。
雷趙は、風琳の話の事については、なかったことにするつもりらしい。「今のは忘れてくれ」というと、場を仕切り直す為に、注文したコーヒーを一口すする。
二人の間に少しの沈黙が流れる中、テーブルに視線を落としてコーヒーを飲む雷趙の様子を見て、石楠花は薄く笑った。
「しかし、あんたが現れた時は肝を冷やしたよ、実際」石楠花は、口元に笑みを浮かべたまま言う。「以前の一件、あれで仕返しに来たのではないか、とな」
「そんなことはない」雷趙は、断言した。石楠花の言う以前の一件とは、雷趙の主催するゲームに石楠花がプレーヤーとして参加させられた際、貸し出された武器に細工を施して雷趙に攻撃を仕掛けたことだ。が、そのことの仕返しではないと雷趙は言う。そして、「むしろ感動したものだ。久しぶりに愉しい思いを出来たと、感謝すらしている」との言葉に違わず、顔に喜びを浮かべた。
「なら、何しに来た? まさか、わざわざ感謝の言葉を伝えに来たということもあるまい」
疑いの眼差しを向け、石楠花は言った。
その眼差しに、雷趙はフッと笑って応える。そして、身をかがめ、持参して足下に置いていた紙袋の中に手を伸ばす。不思議そうに見つめる石楠花の視線を浴びながら、雷趙はソレをテーブルの上にドカッと置いた。
「なんだ、それは?」
「手土産だ。遠慮せず受け取れ」
雷趙のいう手土産とは、リンゴによく似た果実の焼いたものだった。木製の丸い器に数個入れられ、差し出されたそれは、この為に用意された雷趙お手製の土産物だ。
スーッと器ごと差し出されたが、石楠花は、それを睨むように見つめるだけで、頬杖をつく右手もテーブルの下にある左手も出さない。
考えているのだ。
黙って、考えている。この状況を理解し、先を推測し、どうするべきか考えている。
そして、短い思考の時を終えると、石楠花は口を開いた。
「要件を言え」
「遊ぼう、俺と」
雷趙は、答えた。
だが、雷趙は遊ぼうと気楽に言うが、その『遊ぶ』という言葉がどういうことを意味するか、石楠花は知っている。雷趙のいう遊びは、テレビゲームやかけっこといった類のものではない、と。
そんな生易しい物ではなく、文字通り命を懸けた『遊び』なのだ。
予想通りの要求を突き付けられ苦い顔をしている石楠花に、雷趙は続けた。
「貴様はこの俺に傷を負わせた初めての人間だ。石楠花と言ったな、貴様は面白い。力はなくとも、貴様は確かな強さを有している。絶対に命までは取らんと約束するし、貴様の指定する条件は最大限のむと誓う。だから、俺と遊ぼう」
雷趙は、出来る限り言葉を尽くして誘った。
しかし、それでもなお、石楠花の答えは素っ気ない。
「いやだ」
もう少し考えてもいいのでは、と誰かが見ていたら思うくらいあっさりと却下した。
「何故だ?」
「メリットが無い」
「俺は楽しめる」
「知るか」石楠花は、吐き捨てるようにそう言うと、椅子に寄り掛かって雷趙と僅かながら距離をとり、さらに続けた。「それに、どう思っているか知らないが、あんたの俺に対する評価は、過剰評価だ。俺は弱い、それは絶対だ。あの時は、あんたが俺に最大限有利になるように条件を整えてくれただけだ。あの時みたく狡いやり方が通用するならまだしも、ガチで闘うとなれば、それはもう俺の専門外。メジャーリーガーがその運動神経を買われ、ではサッカーのワールドカップでもチームを勝利に導く活躍をしてくれと言われるよりも、畑違いな話だ。あんたは、何の気なくアリを踏みつぶして歩くみたいに、なんも愉しいと感じないだろう」
「いくらでも貴様に有利となる条件を用意しよう」
と、雷趙は食い下がるが、石楠花の考えは変わらない。
「だから、それじゃあ無理なんだよ。あんたも前回 下調べして知っていると思うが、俺は、いわゆる暗殺を生業としている人間だ」
「そうなのか?」
初耳だ、と雷趙は驚いた。
「なんだ、知らなかったのか?」意外そうに言うが、「まぁいい」と石楠花は続ける。「暗殺をするのに、力は要らない。ターゲットを殺す隙を窺う為に、殺意を隠す、ただそれだけだ。だから、今の様にターゲットが俺の殺意を勘付くような状況にあっては、俺は限りなく無力だ。分かるか? あんたが俺と闘いと願った時点で、俺の勝ち目がゼロとなったことはもちろん、俺は〝力″を封じられて完璧無力の雑魚野郎となったワケだ」
「むぅ…」
雷趙は、唸った。
石楠花の語る理屈を理解できない程、雷趙はバカではない。
が、素直に受け入れられない事もまた、事実だ。
だから、散々悩んで出したのは「そうか…いや、だが何か考えてまた来る」という、諦めないことだった。
「貴様が十二分に力を発揮できて、この俺を殺し得る遊びを考え、また来る」
「……勝手にしろ」
その雷趙の強情さに、石楠花は呆れた。
雷趙の用事は終わった。
けして満足のいく結果ではないが、もうすることはない。
だからこの場はこれでお開きとなるのだが、それでも、手ぶらで帰ろうとする石楠花を見て「おぉ、待て」と声をかけずにはいられなかった。
「ん?」
「これは持っていけ」雷趙は、持ってきた果実を指差し、言った。「先程も言ったが、これは土産だ。話を断ったからといって遠慮することはない」
雷趙にそう言われ、帰りかけていた石楠花は、再び席に着いた。
そして、土産だという果実をしげしげと見つめ、試しに一つを手に取る。手にした果実をまたよく観察すると、それを器に戻し、「すいません」と石楠花は手を上げた。
石楠花のその声に反応し、「はい」と喫茶店の店員が来た。
何事かと、店員の動作や石楠花の方などへと目線をウロウロさせる雷趙を尻目に、石楠花は、やってきた店員に対し、物腰柔らかく言った。
「すいません。あの、ハサミかカッターをお借りできますか? あ、いえ、彼が持ってきた雑誌の一部を切り抜きたいと言い出すもので…」
友人の我儘に付き合わされている、という設定で困った様な柔和な笑みを浮かべ、石楠花は言った。
そして、石楠花のその演技を疑うことなく「はい、かしこまりました」と店員はビジネススマイルで対応し、ハサミを持ってきた。
「すいません、ありがとうございます」
こうして、石楠花は難なくハサミを手に入れた。
「なぜ、そんな物を?」
ウロウロさせていた視線を石楠花に集中させ、雷趙は訊いた。
「あんたの土産物、得体のしれないこれが何なのか知りたくてな」
他所向けの顔を一瞬にしていつもの表情に切り替え、そう言いながら、石楠花は、開いたハサミの刃を果実に突き立てた。
「何故わざわざハサミなんか借りる?」
「いきなりナイフを貸してくれと言ったら不審に思われるだろ。それが、持ち込んだ果実を切る為だと正直に言っても、やはり猜疑心を与えかねない」
「違う」
「ん?」
「果実を切るのに、刃物など不要だ」
そう言うと、雷趙は、おもむろに果実を一つ手に取った。
リンゴの様な形をした果実は、リンゴ並に固い。リンゴなら焼けば多少なり柔らかくなりそうなもので、実際焼き立ては少し柔らかったこの果実だが、冷めた今は固さを取り戻していた。
――だが、それでもこの男なら、化け物じみた握力で砕く事が出来るのだろう
しかし、石楠花のその予想は、見事に外れる。
雷趙は、空手チョップの要領で果実を真っ二つに切った。コツは、ピンと張った掌を真っ直ぐ速く振り降ろすことなのだそうだ。
やったことは解っても、石楠花は、理解に苦しむといったふうに苦い顔を見せた。
「どれ、そっちも切ろうか?」
「いや、一つで充分だ」
他の果実にも手を伸ばそうとする雷趙を制し、石楠花は、雷趙が切った果実を手にとって、今度は断面を観察する。
そして、腐った食べ物を見るかのような嫌そうな顔をすると、言った。
「せっかくだが、得体の知れないモノは受け取れない」
「心配いらん、ちゃんと食える物だ。俺も食った」
「あんたに食えても、人間の俺が食えるかは別だ」
そう言われ、雷趙は納得した。人間は食べられるが、犬にとって玉ねぎは毒である。それと同じことなのかもしれないと、納得せざるを得なかった。
「そうか…」
若干眉尻の下がった雷趙は、残念そうであった。
そして、これで今度こそ、本当に用事は無くなった。
受け取りを拒否された果実を器ごと紙袋に戻し、それを持って雷趙は席を立つ。
帰り際、ニヤッと口元に笑みを浮かべた石楠花に「ま、気持ちだけは貰っといてやるよ」と言われ、気を良くした雷趙は「なら、遊ぼう」と誘ってみたが、「そっちは断固拒否する」とにべもなく断られた。
魔界の森へ帰って来た雷趙は、持っていた袋をひっくり返し、中にあった果実を落とした。地面に転がる果実を一か所に集め、それを前にしてどっかりと地面に腰を下ろす。
「せっかくだから食うか」
わし掴みに持った果実を、一口かじる。
ガシッとした歯応え、あまじょっぱさの中にほのかに感じる酸味。
うん、美味い。
もう一個、と手を伸ばし、また勢いよく噛り付く。
しかし、今度の果実は、一味違った。
「んっ!」
突然のことに、雷趙は顔を歪める。
味覚ではなく痛覚にうったえてくるモノがあった。
魚の小骨をとるみたいに、口の中に刺さった何かを手に取る。
血の付いた指で摘まむソレは、針。極細の針が、果実の中に入っていた。
「……?」
もちろん、この果実には種は在っても針は無い。
では、どうして?
思い返してみて、すぐに雷趙は、その答えに行きついた。
考えてみれば、初めから受け取る気が無いのなら中身を確認する必要はない。また、果実を切るのに、やはりハサミというのはおかしい。もし初めからナイフを求めたら自分が切ってやるとすぐに提案しただろう。それでは不都合があったのだ。アレは、ハサミを求めるフリをして第三者をその場に呼び、自分の目を逸らさせることが目的だったのだから。
「またあの男にしてやられたというワケか…」
自分の目を盗んで隠し持っていた針をこっそり果実に差し込む石楠花。
その光景が、雷趙の頭の中に一瞬で浮かんだ。
「カハッ」
笑うと口から血がピッと飛び出るが、それでも笑わずにはいられなかった。
石楠花は、まだ喫茶店にいた。
注文したチョコレートサンデーについて来た首の長いスプーンをフラフラさせながら、今頃どうしているかな、と先に帰った雷趙のことを考える。
実を言うと、雷趙が仕返しに自分を殺しに来たのではない事を、石楠花は初めから知っていた。高橋や楸から以前に聞いた話で、百パーセントではないが、それはないと知っていたのだ。そして、大方の予想通り『遊び』の交渉であることを、手土産と称した果実が出た時点で確信する。その時から、石楠花は考えていた。「くだらない『遊び』の誘いは『イヤだ』と言えば断れるらしいが、それだけでつまらない。この面倒な男を消せればベストだが、それは無理だろうから、せめてこの状況を利用して俺も遊ばせてもらおう」と。
そして思い付いたのが、果実への(常に携帯している)針混入だった。
「手土産を貶すだけではなく、最後に一応のフォローを入れた。これで不要になったとしても自棄を起こして捨てる事もあるまい。たぶん今頃、『せっかくだから食うか』とか言ってかじりついているだろうな」
口から血を流す雷趙の姿を思うと、「ききっ」と笑いが零れた。
しかし、それと同時に、少々心配事もあった。
「……余計な事をしたかな?」
石楠花の不安は的中し、雷趙のテンションと一緒に石楠花の株は上がっていた。
「カハッ…ハッハ…やはり、あの男は面白い!」
石楠花は、ますます雷趙に気に入られました。
ちなみに、雷趙は、「らいちょう」です。




