番外編 夢の夢
椿
夢の中の世界で、榎と会った。
「私は、魔法使いです。今から椿君の願い事、一つだけ叶えてあげるよ」
明るくニコッと笑った榎が、そう言った。
蝶の様な羽の生えた、掌サイズに小さい榎がいる。
ここは俺の部屋だが、こんな非現実的な状況、夢に違いない。
しかし、夢だと分かっていても、完全に納得できているワケではない。
「えっと…とりあえず、大丈夫か? 榎」
「なに、その憐みの目は?」榎が、不満そうに頬を膨らませた。「私は至って普通です。心配ご無用、正真正銘、由緒正しき夢の妖精です」
「魔法使いじゃねぇの?」
「あーもう! 椿君、うるさい」怒られた。「どっちでもいいの。今回は『夢に出てきた私たちが、椿君たちの願いを叶える』っていう設定だから、とにかく椿君は願いを言って」
「夢だからかな? なんか、設定とか…聞いちゃいけないような事を聞いてる気がする」
つっこんではみるが、触れてはいけない領域な気がするので、これでやめておく。
それに、あまりウダウダ言っていると、榎の機嫌が悪くなりそうだ。
「願い、ねぇ…」
「うん」榎は、自分の役割を全うできるのが嬉しいのだろう、笑顔で頷いた。「ここは夢の中だから、多少無茶なお願いも聞いちゃうよ。ドンと来い、へい」
「ふーん」
俺は、考えた。
ここが夢の中で、榎の言っている事は本当だと認めよう。その上で、俺は考える。
非現実的な状況で舞い降りたチャンス。これをみすみす逃すことはない。
だが、「この夢って、この場限りだよな?」という不安がある。
「ここであったことは、現実に戻ったら無かったことになる。そう考えていいのか?」
「うん。夢の中のことだからね、椿君は覚えてるかもだけど、それだけだよ。下手な話、この場で世界が終わっても、夢が醒めれば、終わっていない世界に戻れるよ」
それを聞いて、俺は安心した。
ここで起こったことは、誰にも知られないで済む。
「なら、榎。俺の叶えてもらいたいことは一つだ」
「なに?」
ついに願いがかなうかもしれない、そう思うと、それを口に出す事が出来なかった。
喜びの様な期待もあるのだろうが、その領域に足を踏み入れる事の緊張感もある。
しかし、一度飲み込んでしまった願いを、俺は口にする。
「手からビーム出したい」俺は言った。「エネルギー波っつーのか、身体の中で練った〝気″を一気に解き放つ、岩だって何だって砕くビームを出したい」
う~ん、まるでマンガの主人公みたいだ。
必殺技、それを持つことが俺の願い。
「手からビーム? それでいいの?」
理解できないと言ったふうに眉をひそめ、榎は言う。
「ああ」
「もっと…億万長者になりたいとか、その、ほら…好きなコとやりたいことがあるとか…色々選択肢はあると思うよ?」
「いや、ない!」
俺は、断言する。
つーか、願いが叶うっつーなら、「空を飛ぶ」か「ビームを出す」かの二択しかねぇだろ。
それなのに、尚も榎は不思議そうである。
「いいの? 椿君」
「もちろん」
俺が言うと、榎は、どこからか先端に星の付いた杖を取り出し、「えいや」という威勢のいい掛け声とともに、それを振った。すると、杖の先端にある星から、七色の光が飛び出し、俺を包む。
「……これで、俺はついにビームを…」
俺を包んでいたまばゆい光が消えると、自分の身に起きたであろう変化を確かめるように、俺は言った。
見たところ、俺の身体には変化がない。が、榎が気を遣ってくれたのだろう、派手に暴れても大丈夫なようにと、場所が、俺の部屋から岩だけに囲まれた平地へと移っていた。
「さ、椿君。さっさとやっちゃって。私、次があるから忙しいの」
「なんでちょっと不機嫌なんだよ?」
「別に~」
榎が不機嫌になった理由は不明だが、とりあえず無視しよう。
俺は今、ビームを出せるのだ!
榎には、きっかけを作ってもらった。それだけでいい。ビームの出し方をいちいち聞くようなマネはしない。つーか、なんとなくは知ってるし。こう、体中のエネルギーが手に集まるように集中して、あとは竹筒の水鉄砲を発射するようなイメージで力を解放する。
俺は、長年のイメージトレーニングの成果を発揮するべく、開いた右の掌を前に突き出す。そして、一度目を閉じて力を集中し、目を見開くと同時に力を解放する。
「ハァッ!」
瞬間、目の前が眼も開けられない程に眩しく光った。
そして、ドォーンッというけたたましい音とともに、一軒家ほどの大きさであったはずの岩山が砕け、崩れ落ちる。
手が熱いと感じたのは、随分後になってからだった。そんなことよりも、俺の中に流れ込む感情は、喜びだった。
「おおぉ!マジで?マジか! おい、榎! 俺、ビーム覚えた!」
興奮を隠すことなく、ビームを出せるようになった俺は言った。
しかし、先人達と同じステージに立てた俺とは対照的に、榎は冷めていた。
「……バッカみたい…」
呆れるようにそう言うと、榎は消えた。
梅
「よう」
俺の前に、蝶の様な羽の生えた、掌サイズに小さい柊さんが現れた。
――なんかよくわかんねぇけど、ミニサイズの柊さんもいいなぁ
状況を飲み込めずにうっとりしている俺に、柊さんは言った。
「一回しか言わないから、良く聞け。ここは、アンタの夢の中の世界で、アタシはアンタの願いを叶える為に出て来ました。はい、願いを言って」
「えっ! いきなりですか?」
「だって、アタシも忙しいし、夢ってこういうもんじゃない?」
「あぁ、たしかに」
分かったような 分からないような微妙な感じだが、柊さんがそう言うからにはそうなのだろう。
夢って、こういうもんだ。夢の中の展開は、いつだっていきなりだ。
てことで、俺は、願いを考える。
「……えっ! ちょ、待ってください。柊さんが、願いを叶えてくれんスか?」
良く考えたら、それはとんでもないことだ。メジャーリーガーがボランティアで地元の少年野球チームの監督をするより、とんでもなく恐れ多い。
本当にイイのか、と俺は恐縮してしまう。
「うん」柊さんは、頷く。「だから、早く願い言いな」
「マジッすか?」
「マジよ。しつこいわね」
そう言い、柊さんは面倒くさそうに顔をしかめる。
これはもう、この状況を素直に受け入れるべきだろう。柊さんは、ここを夢の中の世界だと言った。夢なのだから、こんな普通なら有り得ない幸せだって、あっていいはずだ。
折角舞い降りたこのチャンス、無駄には出来ない。
俺は、この間 大学の授業でやった小テストとは比べ物にならない程に頭を働かせる。
そして、これを考えた自分の脳みそが怖くなるような事を、思い付いてしまった。
「あの…柊さん…」
「ん?なに、決まった?」
「はい…」
俺は、恐る恐る声を出す。
柊さんがどんな反応を示すのか、考えると迷いも生じるが、思い切って声を押し出す。
「俺、オムライス食いたいス」
「……ハッ!」一瞬キョトンとしたが、柊さんは吹き出すように笑った。「アンタ、そんなんでいいの? どうせここ夢だし、世界を変えたいとか、もっとめちゃくちゃなヤツでもいいんだよ?」
「えっ、あの…はい。えっ…柊さんが作ってくれんスよね?」
「もちろん。その程度、お安い御用」
メジャーリーガーも、サインを求めるファンに応える事もあるし、野球少年のバッティングフォームを見てあげる事もある。それと同じで、俺みたいにちっぽけな人間の願いくらい、ワールドクラスの柊さんは訳無いらしい。
元々何処に居たのか曖昧だったのだが、急な場面転換で場所を移したことによって、いよいよここが何処か分からなくなった。だが、どうやら特に変わったところの無い、アパートなどの普通の部屋ではあるようだ。ワンルームの居間で、俺は床に座っている。そして、柊さんはというと、「オムライスを作るのにこのサイズだと不便ね」と言って普段サイズの柊さんになり、玄関入ってすぐの台所に立っている。
俺の所からも見える柊さんの姿。髪をポニーテールの様に結い上げ、エプロンを付けている。いつもノースリーブの服装の柊さんが、その上からエプロンを付けているその姿は、うん、ヤバい。なんか、少しエロい。
しかもこのシチュエーション、新婚とまでは言わないが、同棲しているカップル見たいだ。なんかもう、変な想像ばかり浮かんでしまう。
あーもう、幸せすぎる!
夢みてぇ! いや、夢だっつーの!柊さん、言ってただろ。なーんて、一人ツッコミしちまうくらい幸せ!
「……………」
バカみてぇにテンション上がっていたが、少し落ち着いてきた。
というか、少し緊張してきた。
今からこの後、恐れ多くも柊さんが作ってくれたオムライスを食べれる。その身に余る光栄に、ソワソワしちまう。嬉しさという期待はあるのだが、同時にそれが来ることが怖くもあるという不思議な心境に達している。
「………ケチャップ、何模様だろ?」
ふと、そんな疑問が頭をよぎった。オムライスの上にかけるケチャップが何模様になるのだろうか、と。
まさか! まさか、ハートってこともあるまい!いくら夢だからって、それは高望みしすぎだ。身の程知らずもいいとこだ。だが、ハートじゃないとして、何模様でくるのだろう。「自分でケチャップ付けて」と言われて何も書いていない可能性もあるが、これは夢なのだから、それはナシでいこう。
一番ポピュラーで描き易い波線だろうか? それか、俺の名前で『カイ』とでも書いてくれるだろうか? それとも意表をついて、動物とかの簡単なイラストで来るだろうか? いや、ハートマークも、冗談半分って意味で、なくはねーんじゃねぇかな?
考えれば考えるほど、期待と緊張は大きくなった。
そして、その時が来る。
「はい、お待たせ」
柊さんが、オムライスの乗った皿を持ってきた。
俺の前のテーブルの上に置かれたオムライスを見て、俺は叫ぶ。
「まさかのデミグラス!」
オムライスにはケチャップではなく、洋食屋みたいにデミグラスソースがかかっていた。
「えっ、デミグラスソース苦手だった?」
「いえ、そんなことはありません!」
これはつまり、デミグラスソースまで作ってくれた柊さんの気持ちが、心が、ハートがかかっているオムライスだ!
俺の為に、わざわざデミグラスまで作ってくれた。
それはもう、ただのハートより数倍価値がある。
いくら夢だからって、幸せすぎる!
「いただきます!」
俺は、この幸せを黙って受け入れることにした。
夢だとしても、どんなに信じられない位 幸せな状況だとしても、特大の幸せが目の前にある。なら、四の五の言わず、黙って幸せにかぶりつけ!
自分自身に檄を飛ばし、俺は、何人前かもわからない巨大オムライスの完食に挑む。
夜
僕の夢の中に、小さな妖精となったひーちゃんがやってきた。
「私、魔法使いです」
「ありゃま! 失礼、僕はてっきり妖精かと…」
「あ、いいよいいよ。そこはどっちでも」
いいらしい。
魔法使いとしての力も持った妖精のひーちゃんの言うことにゃ、この夢の中の世界で何か一つ、ひーちゃんが僕の願いを叶えてくれるらしい。
せっかくなのでお言葉に甘え、話のテンポを良くする為にも、さっそくお願いする。
「じゃあ、ガンマンになりたい。西部劇のガンマンみたいになって、椿君を倒したい」
「オッケー」
ひーちゃんは、快諾してくれた。
最近あのスカタンとの間に何かあったのか、夢の中の事だとしても、一切心配する様子が無い。むしろ、ひーちゃん自身、どこか楽しそうである。
まぁ、ここで心配して気を揉まれても萎えるし、話のテンポも悪くなるから、僕としては好都合なのだ。
場面が変わった。
乾いた風が土煙を起こす、広い荒野。街は見えないが、ちゃんとサボテンはある。
僕は、カウボーイさながらの格好をしていた。黄土色のテンガロンハットをかぶり、首にはスカーフを巻き、かかと部分にクルクル回る丸ノコ状の装飾品が付いたブーツを履き、腰のホルスターにはリボルバー式の銃が差し込まれている。
全ては、ひーちゃんの魔法のおかげなのだろう。
クオリティーの高いコスプレにひーちゃんへ無言の感謝をする僕の前に、エネミー出現。
「十六夜! 勝負だ!」
テンガロンハットではなくニット帽をかぶり世界観をブチ壊す、宿敵・椿君が吠えた。
どうやらここに居る椿君は、状況を理解しているらしい。「決闘のルールは分かっているな。背中合わせの状況から1・2と一歩ずつ歩き、3で撃つ。早撃ち勝負だ」と勝手に話を進めた。
僕は、「いいぜ」とテンガロンハットのツバを人差し指でチョイと上げ、不敵な笑みを見せる。
僕たちは、決闘の見届け人となったひーちゃんを間に挟み、向かい合う。
「じゃあ、いくよ…」
ひーちゃんが、確認するように言う。
僕たちは、頷く代わりに、互いに背を向けた。
決闘が始まる、その緊張感が辺りを支配した。
「いち!」
ひーちゃんの掛け声に合わせ、僕たちは一歩、歩を進める。
「に!」
ひーちゃんの掛け声に合わせ、僕たちは振り返り、銃を構えた。
「……おいおい、十六夜…どういうことだ、これは?」
「さん」まで待つというルールを堂々と破った椿君が、頬を引きつらせ、言った。
「どういうことって、ヒトが悪いみたいに言わないで。 椿君もルール破ったのよ」
「あ? 俺はオメー、お前がルールを破るだろうなって予測しての行動だよ」
「へぇ~。てことは、僕がルール破らなかったら、椿君は一人ルールを破って振り返り、恥ずかしい思いをしたワケだ。罪悪感に苛まれることになってたかもしれないんだ。ほら、じゃあ期待通り動いた僕に感謝して」
「ありがとうございます……って、言うワケ無いだろ!ルール違反しといて、どんだけ開き直る気だよ!」
額に青筋を立て、椿君はワーワー騒いだ。
ということで、椿君の抗議に応じ…というよりもノリツッコミまでした椿君の頑張りに免じ、泣きのもう一勝負とあいなった。
もう一度僕たちは、背中合わせで立った。
どちらが真のガンマンか白黒はっきりさせる為、勝負の時を、ひーちゃんの声を待つ。
「いち……に……さん!」
銃を構えて振り返る椿君。
その眉間には、銃口が突き付けられていた。
「何してんだ、お前?」
「何って…なに?」
「不思議そうにすんな! んな純粋に疑問を感じるワケ無いだろ、この腹黒野郎!」
「あ、ひっどいんだ!」
椿君の辛辣な言葉に、僕は傷ついた。
でも、まあいい。アホな椿君にも分かるよう、ちゃんと説明せねばなるんめぇ。
つまり、「いち」の合図で僕は回れ右をし、「に」の合図で椿君と同じ方向に大きく一歩前進し、「さん」の合図で椿君の眉間に銃口を突き付けた。
「はい、こういうことでござんした」
「あ~そう」椿君は明らかに怒っていた。だって、頬をふるふると振るわせていたもの。声に怒りが入らないよう、無理に抑えているもの。「お前、ルール分かってる?『いち・に』と逆方向に離れて歩き、『さん』の合図で振り返って撃ち合うんだぞ」
「知ってらい。それくらい」
「あ?」
「だから、『さん』までは待ったよ、引き金ひくの」
「ざけんな!」堪え切れず、椿君は吠えた。「一部じゃ意味ねんだよ!ルールは全部守れ!」
椿君は、色々吠える。
なんかもう、面倒になるくらい、僕にお説教してくる。
なので、仕方なく僕は、椿君の額に狙いを定め、引き金を引いた。
これで目の前の椿君は消えるかな、そう思ったけど銃口から飛び出したのは鉛ではなくコルクの弾であった。殺傷力は低く、持っている効果は『火に油を注ぐ』だ。
「あちゃちゃ」
よく考えたら、椿君が怪我するような物を、ひーちゃんが出すはずもなかった。
でも、僕も椿君を本気で殺す気はないけど、この状況、気絶するくらいの威力は欲しかったなぁ。
「てんめぇ~、覚悟あんだろうな!」
「きゃーっ!」
僕は、必死に抵抗しようとコルク球を乱射したが、椿君は倒れなかった。
楠
ふー。
この状況、どうすればいい?
「私は、夢の妖精・篝火です。今日は石楠花さん、あなたの願いを一つ叶えに来ました」
宙に浮かぶ掌サイズの真っ青な髪をした女が、そう言った。
夢の妖精? なんだそれ? てゆうか、夢の妖精、具合でも悪いのか顔も真っ青だぞ。
俺の願いを叶える? なら、帰ってくれ。ゆっくりと眠らせてくれ。
「あれ?どうしたんですか、石楠花さん? 黙っちゃって」
「いや、少々混乱しているだけだ…」
「そんな、混乱することなんてありませんよ。何故なら、ここは夢の中の世界なのです。テキトーに、思いのままに動いて頂いて構いません。何でもいいので願いを言っていただいて、私がそれを不思議な力で叶える。そうすれば、話はそれでおしまいです」
「……ああそう」
よく分からないが、この状況を早く終わらせるにはこの青い妖精に従うのがよさそうだ。
二日酔いなのか、青い妖精は「えい」と先端に星の付いた杖を振り、何処からともなく出した液キャベを飲んでいる。さらっと魔法の様な光景を見せられたし、そもそも青い妖精が浮いているし、こんなデタラメな状況も受け入れよう。
しかし、願いか…。
「あれ? もしかして、いきなり願いを言えとか言われても、すぐに思い付きません?」
魔法で出した液キャベはよほど効くらしい、元気になった青い妖精は、さっきまでより倍近くテンションが高い。
「ああ」もう早く静かに寝たい、そう思いながら俺は頷く。
「なら、私から一つ、こんなのはどうっていう提案があります」
「いや、遠慮する」
「私と石楠花さん、二人のスイートハウスを出すというのはどうでしょ?」
「あれ? 俺、遠慮したはずだけど?」
だが、その言葉すら青い妖精には届いていないようだ。
ふー。
さて、どうしようか?
どうやら、ウキウキが溢れている青い妖精を見るに、俺の願いは『家を出してもらう』ことに固まってしまいそうだ。
「あ~、キッチンはカウンター式が良いかしら?そしたら、私、料理覚えなきゃ。それと、うふふ、ベッドはもちろん一緒よね」
嬉しそうに妄想を膨らませる妖精相手に、今更別の願いを言って怒らせるのは、非常に危険な気がする。何しろ、相手は魔法じみたヘンテコな力を持っている。いくら夢の中の出来事とは言え、俺に危険が及ぶ可能性があるのは好ましくない。
では、どうするか。
簡単だ。家を出してもらえばいい。
「では、青い妖精。俺の願いを言うぞ」
「はい。なんなりと」
家を出す気満々で期待している妖精に、俺は言う。
「家を…お菓子の家を出してくれ」
「えっ? お菓子の家?」
青い妖精は、肩透かしをくらった様である。
その反応を見る限り、上手くいったようだ。
例えば、『家を出す』ということとは全く違う願いを言えば、青い妖精は不満に思うだろう。だが、『家を出す』という相手の願いを尊重すれば、『どんな家』にするかは俺に決定権があるはずだ。元々俺の願いを叶えるということが前提であるし、相手の意見も聞き入れている。しかも、『お菓子の家を出してくれ』というガキの様な願いを聞かされれば、相手も呆れ、どうでもいいという気持ちになるはずだ。
それに、お菓子の家に一度住んでみたいし。
「お菓子の家で、いいんですね?」
「ああ」
「わかりました」
今一つ納得できないといったふうではあるが、青い妖精は頷いた。
そして、杖を振り、本当にお菓子の家を出した。
「おお」
チョコレートの屋根瓦にクッキーの壁、ドアノブは飴細工で出来ている。もうほんと、至る所がお菓子なお菓子の家が、憧れの家が、目の前にあった。
中も見たい、そうはやる気持ちを抑えきれず、俺はお菓子の家に入った。
中も、なかなかスゴイ事になっている。
座れるのか不安になるビスケットの椅子に、帆船の絵が描いてあるチョコの面とダイジェスティブビスケットの面をリバーシブルで使えるテーブル、とろとろと小さな炎で周りが溶けているチョコレートの暖炉。ベッドは、綿アメだ。
俺は、綿アメのベッドにダイブした。
雲の上の様な寝心地とはまさにこの事だ、そう思っていると、何故か人間サイズになっている青い妖精も俺の隣にダイブしてきた。
「ああ、これもれっきとしたスイートハウスですね」
青い妖精が、嬉しそうに言った。
この綿アメ 千切れないのか、もったいないが、俺は本気で考えた。
高橋?
高橋の夢に出るはずの妖精が、いた。
柊だ。
「高橋さん、まだ寝ないのかな?」
柊は今回、高橋の夢の中に入って願いを一つ叶える事となっているのだが、肝心の高橋がいつまで経っても眠りにつく気配が無く、その為入るべき夢がまだ現れていないので、待ちぼうけを食らっている。
だが、そのただ待っているだけの時間も、柊は嬉しそうだった。
「てか、アタシ、高橋さんの夢に出ちゃっていいのかな?」
良からぬことをするのではという罪悪感もある反面、やはり楽しみという思いが強い。
「というか高橋さん、どんなお願いするんだろ? もし、在り得ないかもだけどもしもの万が一、『お嫁さんが欲しい』とか言われちゃったら、アタシどうすればいいの! なっちゃう?叶えちゃう?」
一人暴走し、『お嫁さんが欲しいと言われた場合』という設定の妄想ワールドにも足を踏み入れ、柊は楽しそうに待ち時間を潰していた。
しかし、草木も眠る丑三つ時となっても、高橋の夢が現れる気配が無い。このままでは、草木と一緒に柊も眠ってしまう。
このままではマズイということで柊は、夢の妖精のままで現実世界の高橋の様子を見に行くことにした。
「高橋さん、明日も仕事のはずなのに寝なくて大丈夫なのかな?」
と、高橋の身体のことも心配になり、仕事が忙しくてまだ職場に居るのかもしれないらしいと予想し、とりあえず高橋の部屋へ行く。
「もし仕事が忙しい様だったら、妖精らしく手伝おっ」
そう意気込んで、柊は高橋の部屋へ向かう。
しかし、そこには誰もいなかった。
もしや、と若干不満を感じながら五十嵐の部屋へ行くと、案の定、高橋はそこに居た。
そして、室内の光景に、柊は言葉を失う。
「ねぇ、五十嵐君。もうこんな時間だし、いい加減お開きにしない?」白木は言った。
「バーロー、何言ってやがる!こっからだろうが!」と口は悪いが、機嫌は良い五十嵐。
「勝手気ままなお前と違って、俺も、特にこいつは忙しいんだよ」と、柊の探し人である高橋は、迷惑そうに言った。「久しぶりに納得のいく発明が出来ただか何だか知らないが、お前の勝手に付き合わされる俺達の身にもなれ」
「とか言って高橋よぉおい、俺の買って来た酒、ほとんどオメェが空けんだろうが!」
「あっはっはっは。まぁまぁ、ドンマイ、ドンマイ」と大口開けて笑う神崎は、とにかく楽しそうだった。「嬉しい気持ちを分かち合おうっていう五十嵐の考え、俺は好きだぞ。てことで、俺も感動を分かち合いたいから、これから『ベイブ』観ないか?さっきDVD借りてきた」
「観ねぇよ!」
と、五十嵐は、神崎の提案を一蹴した。
五十嵐の部屋で、高橋をはじめとする五十嵐、白木、神崎の四人のおっさんは宴会していた。しかも、宴会はまだ終わりそうにない。五十嵐はああ言ったが、結局「まぁまぁ、BGMだと思って」と神崎がDVDを再生した為、興味無さそうにしていた面々も何の気なしに映画を見始め、いつの間にか見入り、酒を飲みながらの映画鑑賞会が始まった。
このままでは、高橋は何時まで経っても眠りそうにない。
「ここでもまた、あのクズがアタシの邪魔をするのか…!」
己が身を焦がしそうになるくらい熱い五十嵐への怒りを、柊は感じた。
高橋が眠らない以上、柊の出番はない。
仕方なく、身を切られる思いではあるが、柊は、高橋の夢に入ることを断念した。
「牧羊豚として生きる事がどんなに素晴らしいか、今度あのクズを家畜の如くミンチにし、本当の感動をプレゼントしてやる」
怒りの炎の中で微笑む柊は、そう決意した。
楸
素敵な夢を見た。
「私は、夢の妖精です」
掌サイズに小さくてカワイイ榎ちゃんが、そう言った。
こんなこと言うと問題あるかもしれないけど、何となく、俺の夢に出てくるのはあの貧乳だと思っていた。
だから、そうじゃないだけで嬉しい。
だから、榎ちゃんが夢に出てきてくれて、最高にハッピーだ。
「楸さん?」
「……ん?なに?」
「ちゃんと話聞いてた?」
榎ちゃんは、戸惑い半分、注意する気持ち半分といった感じで、そう言った。
どうやら俺は、榎ちゃんが夢に出てくれたというだけで、上の空になっていたようだ。
「あ、うん。願いを一つ叶えてくれるんだよね」
俺が言うと、榎ちゃんは「うん」と笑顔で頷いた。
その笑顔が可愛くて、もう満足。
そう言いたくなる位、ちょっと困ったことになった。
「榎ちゃんがこうして夢に出てくれただけで俺は嬉しいし、願いを叶えてくれるって言われても、特に思い付かないかなぁ」
「そう?」
「う~ん。……あ、じゃあ参考までに、榎ちゃんだったらこういう場合、どういう願いを叶えてもらいたいか教えてよ」
俺の突然のフリに、「えっ?」と一瞬驚いた様ではあったが、榎ちゃんは考え始めた。
俺も、その間を利用し、自分なりの答えを考える。
「えーっとね……」色々考えたのだろう、さんざん悩み抜いて出した答えを、榎ちゃんは言ってくれた。
「私も、ちょっとわかんないかな」
悩み抜いた末に困った様な笑顔と一緒に出したのは、俺の出した答えと一緒だった。
けど、同じ答えだけど、そこに行きつく過程は違うのだろう。
俺も榎ちゃんも、今までがちょっと、ちょっとだけ辛くて、今がすごく幸せだから。以前の自分が見たら羨むような現実を、夢のような今を、生きている。だから、今更夢の中で夢を語れと言われても、答えに窮してしまう。
もちろん、願いが全く無いわけではない。
でも、
「今がずっと続きますように、かな」
それを夢の中で唱えてもどうしようもないことを、俺達はきっと無意識のうちに知っている。
だから、夢の中で夢を語ることに、戸惑ってしまう。
夢の中には、幸せはない。
現実にある、今が幸せ。
でも、それを口に出すのがなんかいやな事も、たぶん同じだろう。
「そう」
そう一言だけ呟くように、俺は言った。
少しだけ、センチな気分になった。
だけど、すぐその気分を打ち消すように、これはせっかくの夢なんだ、楽しまなくては、という気持ちが働いた。
「ねぇ、榎ちゃん。もしかして、他の人の所にも同じように行ったりしてる?もしそうなら、その時の話を聞かせてよ。それが、俺のお願い」
俺が手を合わせて頼むと、最初は「う~ん。でも、守秘義務が働くから」と固い事を言って渋っていた榎ちゃんだったが、最後には「椿君のだけだったら良いよ」と、願っても無い条件で了承してくれた。
「むしろ椿のが一番聞きたいよ。あのバカ、夢だからってどんなアホな事を言うのか」
そして、面白くなかった過去を微笑ましく感じながら、榎ちゃんは言う。
「あのね、―――――」
椿 Ⅱ
「ハァ…ハァッ…」
鉛のリストバンドを付けているのではと思う程に、腕が重い。全身を襲う疲労感も、吐き気がするほどに気持ち悪い。
しかし、手を膝にやって休憩するのもここまで、気合で上半身を起こす。
すると、目の前に夢の魔法使いだか妖精だかが居る事に気が付いた。
「また来たよ」
榎が、また来たよ。
つーか、何でそう何度も人の夢に来るかな?
とまぁ、いつもなら不満に思うだろうが、今は気分がイイ。さっきから練習しているエネルギー波を、まだ自由自在とまではいかないが、そこそこ使えるようになってきたからだ。威力の強弱も調節できるようになってきたし、今の全力を使えば100mダッシュする何倍も疲れる事が分かった。
なんだか素敵な修行をし、それで成果も上がっている。
当然疲れはするが、これだけ素晴らしい状況だ、上機嫌になるに決まっている。
「なんだ?榎」
俺は、訊いた。
「あのね、特別にもう一回だけ願いを叶えてあげる」
「ほぉ、気前がいいな」
「えへへ、まぁね」
榎は、誇らしげに胸を張った。
さて、とお言葉に甘えて俺は、考える。
榎の不思議パワーは、この夢の中にあっては確かなものだと実証された。現に、現実世界ではどうやっても出せなかったエネルギー波を、榎のお陰で、俺は使えるようになった。
榎の力は本物だ、どんな願いでも叶えてくれる。
そう信頼する俺は、思い付いた。
本当なら自分の力で叶えたいのだが、それではいつのことになるか分からないし、この機会を逃す手はない。これは夢で、醒めればなかったことになる。なら、デモンストレーションではないが、ここで一度経験しておくのも悪くないはずだ。
「榎、決まったぞ」
俺が言うと、榎は「なに?」と願いを言われることを心待ちにした。
ついに、そう思うと言葉が出なかった。
だが、ここで一歩踏み出さなければ、何も変わらない。
俺は、自分を変える。
その想いで、俺は言葉を押し出す。
「空を飛びたい!」
言った!
とうとう言った。
しかし、俺が言った瞬間、榎はどこか苦い顔になった。
もしかして無理を言い過ぎたかもしれない、そう思っていたら、榎は「はいはい…」と例の星付きの杖を振った。
すると、足下から風が起こるのを俺は感じた。
その風は次第に大きくなり、俺の身体がフワッと浮き上がった。
来た!
そう思った瞬間、風は爆発的に大きくなり、竜巻にまで急成長した。
「うおっ!……わっ、ヤベっ!」
横殴りの強い風にあおられ、俺はバランスを崩した。
そして、そのまま風に持ち上げられ、空を飛んだ。
つーか、空まで吹っ飛ばされた。
イメージした空を飛ぶのとは違う、そう言いたかったが、榎がどんどん遠く離れていった。
「ばか…」
俺が居なくなった地上で、一言つぶやき、榎は消えた。
夢の中の世界だからこそ望むことってありませんか?
ていう、話です。




