番外編 ハンバーガー食べよう
「ねぇ。そろそろ昼飯にしない?」
楸が言った。
ちょうど昼時ということもあって、一緒にいる椿やカイに異論はない。
しかし、楸たち三人と偶然道端でばったり出会い、その場に居合わせただけの石楠花は、難色を示していた。
「なら、俺はこの辺で失礼する」
石楠花が言うと、三人は、何で、とでも言いたそうに不思議そうな顔をした。
「なんで? 石楠花も一緒に食おうよ」と楸。
「なあ。おー、急ぎの用も無ぇんだろ?」とカイ。
「急ぎの用はないが、断る」顔をしかめて、石楠花は言った。「あー、どうせお前らアレだろ? 俺にたかったりするつもりなんだろ。この、貧乏学生が」
「んだ、コラ! 学生なめんなよ!ケチケチしねぇで、懐のでかいとこ見せろよ」
「たかるつもり満々じゃねぇか」椿は、カイの頭を叩いた。そして、カイにツッコミ終えると、楸の方を見て「つーか、何にするか決めてんのか、昼?」と訊いた。
「うん」楸は頷く。「俺、今日はハンバーガーの気分なんだよね」
「いいな、それ」とカイは賛同する。「学生の懐にも優しいぜ」
「そうか?店によっては、一番安いメニューでも野口一人は消えるぞ」と石楠花。
「んな本格的なとこじゃねぇよ。もっと手軽なファストフードだ」
「はぁ~、悲しいな」石楠花は、かぶりを振った。「胃袋を満たせばそれで満足という事か」
「うっせぇよ!黙ってついてこい!」そう言うと、カイは先陣切って歩き出した。「アレな、石楠花は可哀想な学生をバカにした罰として、俺等にナゲット奢れ」
「俺はシェイクでもいいよ」と楸も、カイに続く。
「じゃあ、俺は……行ってから決めるわ」と、椿も行く。
「あ、おい!」
石楠花は、戸惑った。
一緒に行きたくない理由はちゃんとあり、それに気づかれること無く相手から「お前、来なくていいよ」という一言を貰いたかったのだが、どうにも上手く行かない。
黙って帰ろう、そう思って逆方向に歩いていたら、後ろからカイに襟首を掴まれた。
「椿。ドライブスルーするの?」
「なんでだよ!めちゃくちゃ徒歩だっつーの」
「でも、この前『俺のハートは常にトップギア』とか言ってなかった?」
「んな恥ずいこと言ってねぇよ!つーか、気持ちの問題じゃねぇし、よしんば言ってたとしても今は徒歩だっつってんだろ、クソ天使」
「でもよぉ、出来るか知りてぇし、やってこいよ、椿」
「っせぇよ!てめぇらでやれ!」
なんて話をしていたら、ハンバーガー屋に着いた。
店内は、学生らしき若者やスーツ姿のサラリーマンなどがいて客は多く、席は満席に近かった。その中から空いている席を見つけ、石楠花がいち早く座る。四人掛けのテーブル席で、二席は椅子が並んで置いてあるが、もう二席は隣の席にまでつながっている長椅子だ。石楠花は、一人掛けの椅子の方を選び、腰掛ける。
「早ぇよ。メニュー決めてから座れよ」
「要らぬ心配だ。何頼むかなら決めている。それに、プレート持ってうろうろするより、先に席取りしていた方が良いだろ」そう言って、それもそうだな、と椿達を納得させると、石楠花は懐から財布を取り出した。「俺の分もお前らで買ってこい」
「りょーかい」
楸が応えると、石楠花は千円札を三人に向けて差し出した。
「釣りはいらない」
「「「マジか!」」」
石楠花のその気前の良さに、三人は驚いた。驚きを勢いに「おい、早く行こうぜ」とレジに向かうカイを先に行かせ、楸と椿は石楠花の注文を受けた。
「で、石楠花は何?」
「アップルパイ五つ、うち三つは持ち帰り。シェイクのバニラ、小さいやつ。あとは、スマイル人数分」
「わかった。だってよ、よろしく椿」
「なんで俺だ?お前でやれよ!」
「だって俺、スマイルの注文なんて恥ずかしくてできない」
「しなくていいんだよ!」
「いや、注文受けたし、ちゃんとやらないと。それに、椿がスマイル受けてるとこ見たい」
「後半が本音だろ!」
「おい、早くしろよ! ナゲットのソース、マスタードでいいよな?」
「お前が少し待てよ!」と、先走るカイに応え、椿は石楠花に向き直った。「つーか、アップルパイばっかでバーガー系は一個も食わねぇのかよ?」
「ん? 気を遣ってくれるのなら、スマイルのついでに『チーズバーガー半分』で」
「んな注文方法ねぇよ。黙って一個食えよ」
「食えるなら食うさ。が、一個は多い」
小食ゆえに一緒に来たくなかった石楠花は面倒くさそうに言い、そんな彼に「女子かっ!」と椿はつっこみ、「どんだけ小食なの…」と楸は呆れた。
「お前ら遅いから、俺もう先に自分の注文したぜ。あ、ソースはバーベキューの方も貰えるらしいから安心しろ」
カイは、レジの並びの横に逸れ、注文した品が来るのを待っていた。
それを見て、楸と椿は舌打ちした。だが別に、カイが先に注文したこと自体が気にくわないワケではない。カイが注文を終え、『石楠花の分を注文する人』の候補が減ったことが、二人は不満なのだ。
それと言うのも、レジに来る前に、二人は気付いた。
スマイルを除いても、石楠花の注文は恥ずかしい。
「メシ食いに来てアップルパイだけって、やっぱりおかしくない?」
と眉間に皺を寄せ怪訝そうな表情の楸は、似たような顔をする椿に話しかけた。
「それも五つな」
「おかしいよね? どうする、分担する?俺がシェイク注文するから、椿がアップルパイ」
「分担の仕方おかしいだろ!」
「あ、あとスマイルもね」
「スマイルいらねぇよ!」
結局、じゃんけんで負けた椿がアップルパイ五つを注文することになった。シェイクは、じゃんけんで勝った楸が勝者の余裕を見せつけて引き受け、器の大きさを見せた。
注文の列が進み、椿は、自分の分のハンバーガーやポテト、飲み物と一緒に、躊躇いがちに「あと、あ…ホットアップルパイ五つ…三つは、持ち帰りでください」と注文した。
「おい、椿」カイが、注文中の椿に声をかける。
「んだよ…!」
「石楠花が『ここで食べるやつ、一個はカスタードパイに変更』だとよ」
「あいつ自分でやれよ!」
しかし、本人の居ない所で吠えても、何にもならない。
「すいません。持ち帰りじゃない方、一個はカスタードパイで」
しぶしぶ注文変更する椿だった。
しかし、やたらパイの多い注文を内心不思議に思いながらも、店員は笑顔で対応した。
――スマイル0円だわぁ
傍で見ていた楸は、感心した。
アップルパイの一件で椿の機嫌は悪いままだが、四人は席につき、食事の時間となった。
「いつまでムスッとしてんだよ、おい。機嫌直せよ。ナゲットのソース、ポテトに付けてもうめぇぜ」
カイは、バーベキューソースを椿に差し出したが、突き返された。マスタードソースも、やはり突き返される。おかしいな、美味いのに、そう不思議に思いながら、両方のソースに一本ずつポテトを付けて食べてみる。
――うん、やっぱり美味しい。個人的には、ポテトはバーベキューの方かな…?
ポテトを美味しく味わうカイの横で、「うわっ」と楸は顔をしかめた。
「しまった。ピクルス抜いてもらうの忘れた。……椿、プレゼント」
「いらねぇよ!自分で食え!」
「遠慮すんなって、ほら」
食べかけのバーガーに、無理矢理ピクルスを乗せられた。しかし、椿にとってピクルスはそれほど嫌悪する対象でもない為、不満そうな面持ちではあるが、黙って食べる。
椿の機嫌もやや平常に戻り、食事は続いた。
だが、椿、楸、カイの三人は、食べ始めてからずっと気になっている事があった。
石楠花のことだ。
石楠花は、椿と楸に買って来てもらった物を受け取ると、まずはシェイクを一口すすった。口の中に広がるバニラの甘みを堪能すると、アップルパイに手を伸ばす。この店のアップルパイは揚げたてサックサクのホットアップルパイで、温かな甘みと酸味のバランスが丁度良く、美味しい。アップルパイを食べると、カイがみんなで食べるように買って来たナゲットに手を出す。一口目はそのまま、二口目にマスタードソース、そしてバーベキューソースの付いた三口目でフィニッシュを決めた。ナゲットの後は、みんなのプレートからテキトーに摘まんでポテトを数本食べる。
アップルパイ一個、ナゲット一個、ポテト数本を食べると、石楠花は満腹になるまで食べた後の様にフゥ~と口から息を吐き出した。実際、満腹になったのだ。デザートのカスタードパイを別腹に収めると、いよいよお腹が苦しい。
「ねぇ、石楠花。もしかして、あんまりお腹空いてなかった?」楸は、訊いた。
「いや、それなりに空いてはいた」
石楠花は、答える。
――マジかよ…!
三人は、驚いた。
ハンバーガー一個は多い。石楠花のその発言を冗談だと思っていた椿達は、それが冗談でも何でもない事を知る。もしかしたら一個ならなんとか食べるかもしれないが、食べたらデザートのカスタードパイを食べられなくなるだろう。
――そういえば、F1に出るような車は燃費も悪いしタンクも小さいって聞いたなぁ
石楠花が常にお菓子を携帯して食べている事を思い出し、椿は思った。
食事を終えた石楠花は、頬杖をつきながら興味もなさそうに窓の外に視線をやっている。
その石楠花の横顔を見ながら、ハンバーガーをモリモリ食べる三人は、思った。
――小食っ!
テリヤキってすごい美味しい




