番外編 食事情
『招集』……人を招き集める事。
『強制』……権力や威力によって、その人の意思に関係なく、ある事を無理にさせる事。
『強制招集』……今回、雛罌粟が行った事。無視すれば厳罰の為、実質無視は不可能。
とある場所のとある部屋に、集められたヒトたちがいた。
そのヒトたちを集める為に声掛けした雛罌粟は、みんなの前に立って言う。
「それでは、皆さんの食生活に関する審査結果を発表します」
状況が飲み込めず、不満そうな表情をしているヒトが多い中、雛罌粟は説明を進めた。
「今回の審査にあたって、一部の方には一定期間の食事内容を証拠写真付きで提出していただくように求めました。そのことに関して身に覚えのない方につきましては、信用できないので、私の方で秘密裏に調べさせていただきました。そして、集まったデータをもとにA~Eにランク分けをしました。Aは、文句なしのパーフェクト。Bは、良い。Cは、まぁ問題なし。Dは、若干の忠告した上で観察対象に。Eは、要指導。お分かり頂けましたね?それでは今から、個別に発表していきます」
逆らうことが許されない空気の中、各自の食事情の審査結果が言い渡される事になった。
椿
「えっと…まずは、椿君ね」
クリップでまとめられた紙の資料を読みながら、雛罌粟は言った。
「あ、はい。…つーか、俺もなんか資料とか提出した記憶が無いんスけど…?」
「大丈夫。基本的に今回男性陣は信用していないから」
微笑んで雛罌粟は言うが、椿は「あ、そうっスか」と苦笑いだった。
そんな戸惑う椿を置き去りに、雛罌粟は先を進める。
「椿君は、Aですね」雛罌粟は、柔和な笑みを浮かべて言った。「さすがというか、定食屋さんの息子さんということもあり、バランスのとれた食事をしています。それに、自分で作られる時も、メインの一品だけじゃなく副菜としてのサラダやスープも準備していて、すごく感心しました、私。買い食いや外食ももちろんありますが、それであっても評価はAに値します。……私、椿君は『主人公だ』と自称していると伺っていたので、てっきりハチャメチャな食生活をしていて、こういうイベントでは悪い意味で顔を出してくるタイプなのではないかとヒヤヒヤしていました。が、そんな心配も杞憂だと分かり、良かったです」
「いや、良くないです!」椿は、慌てた様子で口を挟んだ。「食事情を調査するヒナさんとしては良くても、俺の心情として良くないっす!俺的に、このAは受け入れられないっす!」
「そんなことないですよ。しっかりしていて、良かったです」
雛罌粟は、椿を励ますつもりで言った。
が、それは椿にとっては逆効果だった。
「良くないっす!つか、あきらかに後半の要らなかったですよね!『Aで良かったね』だけだったら俺も喜べたのに…もしかして確信犯っすか!」
「はいはい、椿君は優秀ですね。これからも、普通に!健康的でいてくださいね。カッコいいと思って不健康を気取るより、将来を考えたら健康の方がいいんだから。普通でも!ということで、すっこんでて」
いやらしくニヤニヤと笑みを浮かべる楸の頭を、「っせえよ!」と椿は叩いた。
榎
「次は、榎ちゃんですね」
「はい!」
「あら、元気のいい返事ね。…でも、ゴメンなさいね、評価はCなの…」
「あらぁ~」
「ひひっ。若くて元気ある娘に対する嫉妬…評価に個人的感情が入ってやがるな」
五十嵐が茶化すように言うと、すぐに「入ってません!」と雛罌粟の怒声が飛んだ。
咳払いをして気を取り直してから、雛罌粟は続ける。
「えーっとね…榎ちゃんの場合は、判断が難しかったからCということにしました。というのも、見せてもらった献立リストと写真だけじゃ、良く分からない物が多くて…」
榎を傷つけないように、控えめに、言葉を選んで雛罌粟は言った。
だが、当の榎は「え?そうですか?」と自覚が薄い。
そんな榎を見て、雛罌粟は、片手に持った写真を見せながら、榎に訊いた。
「これは何?献立には『野菜炒め丼』って書いてあるけど…?」
「それは、冷蔵庫の中の(腐りかけの)野菜を強火で一気に炒めて、塩コショウやしょう油で味付けして、白いご飯に乗せたものです」
「えっと…これは?『オムライス』って書いてあるけど、卵使ってないよね?なんか、オレンジ色のご飯にしか私には…?」
「それは、『オムライス』って書いてから生卵が無い事に気付いたので、同じ卵と言うことでタラコをご飯に混ぜて炒めました。味付けは、主にしょう油です」
「…これは?」
「これは、冷蔵庫の中の物を強火で炒めて…」
無邪気な笑顔で答える榎に、雛罌粟は少し呆れていた。
蔑むような気落ちは無いが、驚きに近い感情で呆れている。
何故なら、榎のことを「男の子みたい」と思ったからだ。
「榎ちゃんは今度、弱火で調理することにも挑戦してみましょうね。それから、炒める以外の調理方法にも挑戦してみましょう」
それが、雛罌粟に出来る精一杯のアドバイスだった。
柊
「あれっ? 次、柊? なんか、流れ的に俺じゃないんですか?」
疑問と一緒に言い知れぬ不安を抱いた楸であったが、無視された。
無視して雛罌粟は、話し始める。
「柊ちゃんは、Bね」
「うそっ!Aの間違いでは?」
言った瞬間、楸は、柊に殴られた。
「ヒナさんは、アタシをBだって。で、アンタは何でAと…?」
身も振るえるほどの冷気を放つ柊に脅しを掛けられた楸は、「いや、だって俺、柊姐さんの優秀さを知っているから」と誤魔化したが、「嘘つけ!どうせアンタ、胸の事言いたいんでしょ!」とすぐに見破られ、もう一発殴られた。
「はい、いいですか?」楸と柊のごたごたにも動じることなく、雛罌粟は言う。「柊ちゃんは、必要な栄養素を不足なく補えています。自分で料理して、野菜もしっかり食べているようなので、その辺は高評価です。ですが、いかんせん量が多いですね」
「そ、そうですか…?」
まさか、というような反応をする柊だが、それは下手な演技だった。
自分でも量が多い事は自覚しているのだが、好意を寄せている高橋が同じ場に居合わせているということもあって、違うという反応をしてみせた。
だから、雛罌粟が「そうですね…キャベツ一玉を使ってお好み焼きを作り、それを食べてから三人前の焼きそばを作ってご飯と混ぜてそばメシを作り、食後に菓子パンを食べるのは、一食にしては多過ぎるかな?」と言うと、慌てて止めに入った。
「いやぁー!ちょっ、アレは違います!」椿や楸が引き気味で驚く中、柊は必死に弁解する。「あの時は、少しいつもよりお腹が空いていたし、お好み焼き作ってキャベツも中途半端に余っちゃったからだし、食後にちょっと甘いのを食べたかったから…!」
「何にしても、食い過ぎだろ」と椿は呆れる。「つーか、お好み焼きでキャベツ一玉使ったんなら、余りなんてないはずだろ。何だその、食いしん坊方程式?」
「うっさいバカ!」その一言で椿を黙らせた柊は、「違うんです、高橋さん!この時は、この時だけ、少しのっぴきならない事情があって…」と戸惑いながら高橋に弁解した。
しかし、必死に訴える柊と違い、高橋は「くくっ」と笑った。
「別に恥ずかしがる事じゃない。いっぱい食べて、いっぱい運動する。健康的でむしろ誇っていい事だ」
そう言った高橋に「そうですよ」と同意し、雛罌粟も言う。
「柊ちゃんは、食べた分 動いているから、量そのものには大きな問題は在りません。けど、たくさん食べると、その時の品数が少なければ栄養が偏りがちになります。そうなる可能性がヒトより大きい事を知ってもらいたいという意味を込めて、柊ちゃんの評価はBなのです」雛罌粟は言うと、「それに」と高橋の方を見た。
「美味しそうにたくさんご飯を食べる姿は、それだけで可愛いですよね?高橋さん」
「くくっ。ま、そうかもな…」
高橋は、言った。
その言葉に、柊の嬉しさは爆発しそうになった。直接的でないにしろ、『可愛い』という評価を貰えた気がして、叫びたいほど嬉しくなった。
だが、突然叫び出すわけにもいかないので、喜びの感情を発散させる為、手近にいた楸の背中をバシーンッと平手で思いっきり叩いた。
「いったぁ!」
柊の代わりに、楸が激痛から叫んだ。
梅
「えーっと、カイ君」
「はい」
雛罌粟に名前を呼ばれ、カイは一歩前に出た。
カイには、動揺の色も変に気負った様子もない。
だから雛罌粟は、カイには自覚があるのだと察し、気を使うことなく結果を報告する。
「カイ君は、Cです」
「あ、はい…」
妥当だな、冷静にカイはそう思った。
特に健康に気を使っているワケでもなし、特に料理が出来るワケでもない。その時々で食べたいと思った物、食べようと思った物を食べているカイには、驚きも不満もなかった。
「カイ君は、榎ちゃんと同じで強火力で炒めるのが多いみたいですね」手元の資料を見ながら、雛罌粟は言った。「チャーハンや焼肉丼も悪くはありません。ですが、それ一品ではなく、出来るなら副菜もあった方がいいですね。…あ、たまにカット野菜の詰め合わせと冷凍うどんを使って焼きうどんを作っていますね。野菜を取ろうという姿勢はすごく良いので、買って来たお惣菜やサラダでもいいですから、若い男性の一人暮らしでは不足しがちな野菜を取るようにしてください」
「はい」
雛罌粟の審査結果を、カイは、言葉半分に聞いていた。
鬱陶しがるほどではないが、面倒だという思いは確かにある。
だから、これで自分の番が終わったようだと察したときは、解放感も覚えたものだ。
しかし、そんな油断したカイに、雛罌粟は最後に不意打ちを食らわせる。
「ところで、カイ君はコロッケが好きなのですか?」
「はい?」
「一週間で八回、コンビニやお肉屋さんでコロッケを買って食べたと報告を受けています。別にだからどうと言うというワケではありませんが、少し気になったので…」
そう言った雛罌粟の顔には、微笑みしかなかった。深く追求しようとか、秘密を聞き出そうと企んでいるなんて思惑の無い、単純な好奇心から生まれた疑問を訊いた。
だから、カイも「はい」と一言答えるだけで済むのだが、易々とそれが出来ない事情が彼にはあった。
「えっ……はい…」
カイは、戸惑った。
カイは、コロッケが好きだ。元々好きな食べ物ではあるが、ここ最近ですごく好きな食べ物になった。コロッケの味が、恋の味になったからだ。それと言うのも、カイが初めて柊に出会って一目惚れした時、カイは柊からコロッケを貰って食べた。それから、カイにとって『コロッケ』は初恋の思い出を彩る一つのピースとなり、自然と欲するくらい好きなモノになっていた。
コロッケ万歳。
そう両手を上げて称えたい想いもあるのだが、それでは恥ずかしすぎる。
素直にコロッケが好きと答えるのも、何故か気恥ずかしい。
「いや…あの…、うまいですしね、コロッケ。だから、はい…好きか嫌いかって訊かれたら、どっちかてっと…好き…す」
カイは、言った。
その程度の答えを何故カイは はにかみながら答えたのか、みんな不思議そうだった。
夜
「それじゃあ、十六夜君」
「…はい」
十六夜は、呟く程度に返事した。
その声は、周囲が違和感を覚える位にいつもの十六夜の調子と違い、元気がない。
だから椿が「どうした?」と声を掛けると、十六夜は、伏し目がちに力無く答えた。
「今回の件…僕は何も知りませんでした。食事に関して僕は、ほぼ全て母にやってもらっている状態です。ですから、今回の件に関しては非常に悔しいです」
「ボケられなかったからか?」
椿は、冷ややかに訊いた。
「いや」と十六夜は、首を横に振る。「身内の自慢で恥ずかしいのですが、母は料理が出来る人です。栄養面の配慮も、しっかりとなされているでしょう。だから、その為に僕の評価が椿君と同じになる可能性がある」
「あ?」椿は、眉根を寄せた。
「特に面白味も無く、ただただ良い結果を残す。しかもそれが椿君と同じ!もう何をおいても『椿君と同じ』、それが悔しくて不愉快で、不満なのです!」
そう嘆く十六夜に「ああ」と楸は同意の意を示したのだが、椿は「ああ、じゃねぇよ!つーか、お前も俺と同じになるのを嫌悪し過ぎだろ!つか、こっちから願い下げだわ!」と怒鳴っていた。
しかし、色々とうるさく喋っているが、結果はまだ出ていない。
ということで、改めまして。
雛罌粟が、「あの…そろそろいい?」と訊ねると、十六夜は「はい」と背筋を伸ばした。
「良かったね、って言えばいいのかどうなのかわからないけど、十六夜君の評価はBです」
「ホントですかぁ?」
嬉しそうにそう言った十六夜は、「なに喜んでんだよ」と椿に頭を叩かれた。
「あのですね…十六夜君は、食事の栄養面からいえば、確かに椿君と同じ位の評価でもいいと思います。ですが、なにぶん毎日の運動量の少なさや間食の多さが気にかかります」
「あぁ、なるほど」十六夜は、頷いた。
「今回の調査はあくまで食事に関してなのですが、家に籠りがちであまりにも動きが少なく消費カロリーの少ない状況で間食は多いというのは、さすがに見過ごせません」
雛罌粟は言うと、証拠も上がっているのだ、とでも言うように二枚の写真を持ち出した。
雛罌粟の持つ写真、その一枚には、両手の指全てにスナック菓子の『とんがったコーン』をはめている笑顔の十六夜が映っていた。そして二枚目には、その両手の爪と化した『とんがったコーン』を嬉しそうに一気に頬張る十六夜が映っていた。
その写真を見せられ、十六夜は恥ずかしそうに両手で顔を覆った。
「きゃっ!恥ずかしっ!」
「きゃっ、じゃねぇよ。つーか、何やってんだ…?」
冷めた表情の椿に訊かれると、十六夜は強く反発して言い返す。
「何って、普通やりますよね!ただ一個一個摘まんで食べるのでは味気ないから、一回両手の指 全部に装着して、そして食べるのが正しい食べ方ですよ。ね、石楠花さん?」
突然話を振られたのは、我関せずと言った様子で壁に寄り掛かっていた石楠花だった。
何で俺に訊く、そう眼で不満げに訴えている石楠花は、おもむろに口を開いた。
「そんなことするワケ無いだろ。両手って…片手に装着して一個ずつ食べるのが常識だろ」
「するのかよ…!」
火
「篝火さんは…Dです」
「ガビーン…!」
嘘臭いリアクションをする篝火に、動じることなく雛罌粟は言う。
「篝火さんは、基本的に朝食を食べませんね。朝食を抜くのは、一日の活動パフォーマンスを低下させるだけでなく、集中力低下などの悪影響もあります。ですので、極力朝食はとるようにしてください」
「ひゃいーん…」
「あと、一日一食の時もあるようで、これでは必要な栄養が不足しがちになってしまいます。しかも、それが夜にお酒を飲みながらの食事となれば、油っぽいものや高カロリーなものがだけ増えることにつながり、いただけません」
「ガ、ガビーン…!」
「本当ならEでもおかしくないのですが、サラダや野菜スティックで野菜を食べているようですし、フルーツも割と多めに食べているようなのでビタミン面の栄養も問題はなさそうです。ですから、改善すべき面は多いですが、大目に見て今回はD判定で」
「ふぃーん」
「……あの、話ちゃんと聞いてます?」
片眉をピクッと上げ、雛罌粟は言った。
明らかに、不満そうだ。
それもそのはず、ずっと話しかけていた篝火が、どう声をかけても起き上がる様子もなく、うつ伏せのままでいるからだ。
かろうじて言葉を発する時に右手を放る様に挙げるが、どう見てもヒトの話を聞く態度ではない。
「聞いてます。ですが…あの……二日酔いで頭が痛くて…」
死にそうな声で言う篝火に呆れ、雛罌粟は言った。
「やっぱEにしましょうか?」
おじさんたち
「高橋さん達、覚悟した方が良いですよ」
楸が、ニヤニヤしながらそう言った。
言われたのは、高橋、五十嵐、神崎、白木の四人。四人は、雛罌粟から離れた位置でちゃぶ台を囲み、お茶をすすりながらトランプゲームに興じていた。
「まさか楸…お前さん、そんなにイイ手が…?」
深刻な顔をして神崎は言うが、すぐに「いえ、違います」と否定された。
「ポーカーの話じゃありません。てか、俺参加してませんし」
「あ、そうか~」安堵した表情で、神崎は言う。「良かったよ。俺、今回そこそこイイ手だから、勝てる気がしてたんだ」
「ひひっ。甘いな、神崎」薄ら笑いを浮かべ、五十嵐は言った。「なにも敵ぁ楸だけじゃねぇ。そこそこの手で勝てるほど、あめぇ勝負じゃねぇぞ」
「何だと? なら勝負だ、五十嵐!それ〝フルハウス″!」
「……で、何か用か?楸」
「五十嵐さん、負けましたね?」
五十嵐を追いつめるつもりで楸は言ったが、とうの五十嵐だけでなく神崎もトランプをちゃぶ台に放り「おお、そうだった!どうかしたのか?」と勝敗への関心を失っていた。
だから楸も、呆れた気持ちをすばやく切り替えた。
四人の視線を集め、楸は口を開く。
「支部長と看守さんは別ですが、高橋さんと五十嵐さんは、普段から散々ヒナさんに怒られていますよね。今回も、また大目玉食らうんじゃないですか?トランプで遊んでる余裕なんてあるんですか?」
楸は、脅しをかけるつもりで言った。
だが、高橋にも五十嵐にも、動じた様子は見られない。
その事を楸が不思議がっていると、高橋が口を開いた。
「くくっ。順番を飛ばされて不安だからって、ヒトの不安を煽ろうとしてるな」
「うっ…!」
高橋に腹の内を読まれ、楸は表情を曇らせた。
だが、楸もまだ、崖っぷちには遠かった。
「そんなこと言って、高橋さん達の評価がイイかなんて分からないじゃないですか!」
「イイか分からないが、ワルイかも分からない」
高橋は、言った。
高橋達には、不思議と自信があった。
そして、楸が、何故高橋達が自信を持っているのかも分からないまま、審判の時が来た。
雛罌粟が、高橋達の方へとやってきた。
だが、評価が下される前なのに、楸には何となく、結果が見えていた。
全ては、雛罌粟の表情が語っていた。
「面倒なので、一気にいきます。高橋さん、五十嵐さん、共にAです」雛罌粟は、不満げに言った。「高橋さんは、お酒だけではなく食への関心も深く、お酒に合った旬の食材を使った物を召し上がっているようです。御自身で料理をなさることはありませんが、外食したり柊ちゃんやゴリ君にお酒のアテを作ってもらったりしているようですね。お酒の量は今回無関係なので、栄養面だけで言えば、不本意ながら高評価に値します。五十嵐さんも、概ね高橋さんと同様です。ただ、あなたの場合は、食に関するデータを持ったゴリ君に完全におんぶにだっこの状態みたいですが…」
雛罌粟ほどではないが、その結果に、楸も納得がいかなかった。
しかし、いくら勝ち誇った笑みを浮かべるオッサンコンビがムカついたとしても、雛罌粟の口から事実として結果は言い渡されている。
なので、楸は「じゃ、じゃあ、看守さんは?」と神崎の評価が悪い事を期待した。
実は何で呼ばれたのか分かっていない神崎は、とりあえず緊張した。胸の前で手をギュッと組み、祈るようにして雛罌粟の言葉を待つ。
「神崎さんは、Aです」
雛罌粟が言った瞬間、神崎はホッと胸を撫でおろした。
オッサンコンビの時とは違い、喜ばしい事を話すような感じで、雛罌粟は言った。
「神崎さんは、奥様がしっかりなさった方で、食事の面で問題は一切ありません。しかも、たまに神崎さんも奥様の為に手料理をなされているようで、私、感動しました」
称賛の眼差しをもって雛罌粟が言うと、その話を面白くなさそうに聞いていた五十嵐が「けっ、ご機嫌取りか?」と神崎に噛みついた。
「ご機嫌取り…そうかもしれんな」神崎は、考えながら答えた。「日頃の感謝のつもりで作った料理も、いつもカミさんが作ってくれる物に比べたら足元にも及ばない。が、それでも喜んでくれる。それが嬉しくて、ご機嫌な顔を見たくてやっている事なのかもしれんな」
顔を洗えば清々しい気分になれる、というくらい自然に言う神崎に、雛罌粟は「素敵です」と好感を持っていたが、五十嵐は「けっ!」と不満げである。
だが、そんな五十嵐よりも不満に思っている男が、いた。
――まさか、看守さんまで…
楸は、危機感を覚えた。
――支部長のことだから、きっと問題は無い。もしかして、悪いのって俺だけ?
楸の中の不安が膨れ上がるなか、白木支部長の評価が言い渡された。
「白木支部長は、Cです」
「えっ?」
楸は、高橋達より下という現実を受け入れられず苦笑しているだけの支部長に代わり、驚いた。
「良妻のいらっしゃる神崎さんや、クズ二人と生活が違うのは、重々承知です。もちろん、お仕事が御忙しいのも」そう前置きをし、雛罌粟は言う。「ですが、それはそれ、これはこれ、ということです。昼食をコーヒーだけで済ませたり、夜も一品モノだけで済ませたりしていては、栄養が不足してしまいます。……もっと、御自愛を」
雛罌粟のその言葉には、白木への気遣いが感じられた。
そのことに気付いているので、白木も「はい」と真摯に受け止める。
楸は、驚いていた。
てっきり、高橋達の足止めの為にトランプの相手役として呼ばれているだけだろうと思った白木の評価が、おっさんたちの中で一番低かった事。そして、その結果に気を良くしたおっさんたちが、大人気なく白木をからかっている事に。
「くくっ。偉くなるってのも大変だな、おい」と高橋。
「そうだね。下についてくれる同期のヒトが不真面目だから、苦労も絶えないよ」
「おい、神崎。おめぇ言われてんぞ」
「五十嵐君もだよ!何、ヒト事みたいに言ってんの」
「なんか、すまないな…」と謝る神崎だったが、ふと閃いた。「そうだ!今度カレーを作ってやろうか?レトルトじゃない、俺特製のヤツだ。カミさんからもなかなかに高評価でな。ただ、出来るまでに時間がかかるから、いつか時間のある時を教えてくれ」
「ありがと。でも、それって作るのに付き合わないとなの?」
「いや、そんなことはない。白木は、コーヒーでも飲んでいてくれれば良い」
「あ、そう…」
だったら自分の予定を気にする必要はないのでは?出来たヤツを持って来てくれれば済む話なのでは?
白木は思ったが、面倒だったので、口には出さなかった。
石楠花
「あら?石楠花さんは?」
さっきまで居たはずの石楠花の姿が見当たらず、雛罌粟は辺りを見渡した。
おかしいな? そう思っていたら石楠花が現れた。
拳王・ゴリラに片手で首根っこを掴まれた、石楠花が。
まるで逃げ出したネコのような掴まれ方をする石楠花に、雛罌粟は「ダメですよ、逃げちゃ。というより、逃げても無駄ですよ」と勝ち誇って言った。
拳王・ゴリラに放された石楠花は、腕を組んでそっぽを向く。
不満げな表情、誰が見ても不貞腐れていると分かる石楠花に、雛罌粟は言う。
「石楠花さんの評価は、Eです」
「……誰も聞いてないがな…」
石楠花は、ボソッと呟いた。
その声は雛罌粟の耳にも届いていたが、気にせず雛罌粟は続ける。
「石楠花さんはお菓子の類しか召し上がっていないようで、これはもう食事がどうこう言うレベルではありません。だからもう…えーっと……普通の食事はお嫌いなのですか?」
「そんなことはない」
「では、何故お菓子ばかりを?」
「美味しいから」
「……健康ということについて、どうお考えですか?」
「これといって特に自分の考えは持ち合わせていない」
「食事をする事については?」
「質問の意図が明確でない為、答えられない」
「…食事をする事の意味について、どうお考えですか!」
「生きる為に、必要な事」
「…では、今の率直な気持ちを」
「すごく帰りたい」
「きーっ!ムカつく!」
雛罌粟は、憤慨した。高橋達とは違うタイプの敵を見つけた、そんな気分だった。
「あなた、私のことからかってますでしょ?」
「ますでしょ(笑)。…いえ、そんなことはありませんでしょ」
「いえ!あなたは絶対、私をバカにしてます!」
「そう感じたのなら、それは謝る」口ではそう言うが、顔は笑っていた。「だが、俺はあんたをバカにしようという気は、これっぽっちもない。ひょっとすると、自分でも思う所があるから、そう感じるのではないか?」
「きーっ!やっぱりムカつきます!」
「ききっ」怒りで取り乱す雛罌粟を見て、石楠花は楽しげに微笑した。
本気で起こる雛罌粟と、それをからかって楽しんでいる石楠花。そんな二人のやり取りを見ていた椿達は、こう思った。
――小学生かっ
楸
「石楠花さんは、もう知りません」
怒っていた雛罌粟だが、気持ちを切り替える。
次がまだ控えているからだ。しかし、次と言っても最後。逃げようとして石楠花の様に拳王・ゴリラに掴まった楸を残すのみだ。
脱走に失敗した楸に、雛罌粟からの評価が言い渡される。
「楸君は、Eです」
予想通りの結果に、楸は落ち込んだ。
そして、雛罌粟が言った瞬間、椿を始め、柊やカイ、高橋達からも歓声が上がった。
「うるさいな!」
不満げに楸は言うが、それでは歓声はやまない。
うるさいほどの歓声がやむのは、雛罌粟が、楸の評価について語りだした時だった。
「楸君。キミは、あきらかに野菜不足です」雛罌粟は、言った。「これは、以前にも注意したはずです。『野菜ジュースでもいいから、野菜の栄養を取るように』と。ですが、そう言った時、キミはどうしましたか?」
「えっと……?どうしましたっけ?」考えたが、楸は思い出せなかった。
「楸君は、野菜ジュースを飲むと言って、炭酸のブドウジュースを買って飲みました」
「えっ!そんな、まさか?」
「本当の事です。私、見ましたから」
「そーですか…」
「はい。とにかく楸君は、野菜嫌いがひどすぎます。ラーメンを食べる時、上に乗っている野菜はどうしますか?」
「極力乗ってないのを注文しますが、もしあったら、食べてもらいたいので椿にあげます」
「では、牛丼を食べる時、サラダは?」
「頼みません」
「ハンバーガー屋さんでは?」
「えっ?ハンバーガー屋に、野菜のメニューって在りましたっけ?」
「出先で出された食事に野菜があったら?」
「箸で少し触って動かし、食べた感を出します」
「はい。野菜嫌いでE判定です」
「そんなあ!」
楸は、突きつけられた結果を嘆いた。
後日、石楠花と楸には、雛罌粟からノルマが課された。
石楠花のノルマは、普通の食事をする事。一週間、雛罌粟監視の下、一般的な成人男性に必要なカロリーでの健康的な食生活が義務付けられた。
しかし、細身の石楠花は見た目通り食が細く、一人前の食事を完食することも困難であった。さらに、決まった時間に座って食事をする習慣もない為、生活リズムが一変した。
その結果、石楠花は体調を崩したらしい。
楸のノルマは、野菜を食べる事。普段食べない野菜、それを様々な種類食べる事が義務付けられた。
玉ねぎやキャベツなんかは、まだ良かった。肉と一緒に食べてもよいということなので、一緒に炒めたり付け合わせで食べたりすることが出来た。しかし、ニンジンやピーマン、ナスやブロッコリー、トマトなどになってくると、とたんに楸の顔色が曇った。サラダで出てくる生野菜は、食べられない。蒸し野菜は、野菜の湯気が先行して口の中に入ってくるのが気持ち悪い。味を付けて炒めても、野菜の苦みが残っている。
ノルマを課せられたが、野菜嫌いを克服できそうにない。
そう悟った楸は、逃げた。
後で怒られてもいいから、目の前にある野菜が襲いかかって来る現実から逃げたかった。
その結果、雛罌粟に見付かり、怒られた。
段ボール箱に入った野菜を渡され、ノルマが増えただけに終わった。
自分で言うのもアレですが、疑問が残る評価になっている気がします。




