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天使に願いを (仮)  作者: タロ
(仮)
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番外編 瓶のふたを開けてください


 椿、榎、楸、柊の四人が一緒になって外を歩いていたら、榎が言った。

「あ、石楠花さんだ」

 榎の指差す先には、確かに石楠花の姿があった。

 しかし、道端で知人を見かけたというのに、他の三人の反応は薄い。

「ホントだ」

 そう呟いた柊と同じく、椿も楸も、大した関心は示していない。落ちている1円玉を見付けた時の方が大きいリアクションをするのでは、そのくらいに三人の関心は低い。

 だが、榎だけは違った。

「何してるのかな?なんか困ってるみたいだよ」

 気になった榎は、一人で石楠花の下へと駆け寄った。

 椿達三人が、やれやれといった感じで面倒くさそうに近寄ってくる前に、榎は言った。

「こんにちは、石楠花さん」

「よぉ」榎に声を掛けられ、それまでしていた作業の手を止めて、石楠花は応える。

「何してたんですか?」

 そう訊かれ、榎のあとから来た椿達のことにも気付いた石楠花は、口で説明する前にまず見てもらおうと考え、手に持っていた瓶を掲げて見せた。

 石楠花の左手にあるその瓶は、一リットル位の容量はあろうかというサイズの、見ただけで厚いことが判る、口の広い透明な瓶だった。中には小袋がいくつも入っている。

 椿達の視線が瓶に注がれたことを確認してから、石楠花は涼しい顔して言う。

「この瓶の中には、一つずつ袋に包まれたチョコレートが入っている。だが、そのチョコレートは、見ての通り瓶の中。そして、瓶のふたはかたくて開かない」

 そして、石楠花は「よろしく」と瓶を榎に手渡した。

「開けて欲しいなら、そう言いな!」榎に代わって、柊が文句を言った。

「つーか、ふたも開けれないような瓶に入ったチョコなんて、どうしたんだ?」

 椿の質問に、榎の手にある瓶を指差しながら、「貰ったんだと」と石楠花は答える。

「仕事の謝礼とは別にって。どっかの国のチョコレートらしく、一粒で千円以上すると聞いて喜んだが、いざ食べようと思ってもふたが開かないときた。甘いのかどうか味の確認をする前に、辛く苦い思いをする、試練付きのチョコレートだったわけだ」

 不貞腐れて石楠花は言う。が、四人は「えぇ!」と目を丸くして驚いていた。

 瓶の中にあるチョコレートの数は、十や二十じゃない。つまり、榎の手には今、数万円相当の価値がある瓶がある。そんな高価なチョコレートが何の変哲もない瓶の中にテキトーに詰め込まれていることも、そもそもそんな高価なチョコレートがあることや、それを何でもない当然のことのように石楠花が貰えることにも、驚いていた。

 しかし、それ以上に、「イイ歳をした大人が、チョコレートを食べたくて道端で必死に瓶のふたと格闘していた」ことに、驚いた。

「普段の仕事や今の状況を含めて、何してるの?石楠花…」

 驚きや呆れを覚えながら、楸は訊いた。

 だが、そんな質問は、石楠花にとってどうでもいいことだった。

「俺の全ては、この瓶の中にある。質問の答えを知りたいのなら、さっさと開けてくれ」



 困っているはずなのに偉そうな石楠花の為に真っ先に動いたのは、榎だった。

 最初から瓶を渡されていたということを差し引いても、榎はヤル気に満ちていた。

「任せてよ!私、こう見えても力持ちだよ」

 自信満々に言う榎は、広口のふたにやっと指が届くような小さな手で瓶を持っていた。

 左手で瓶の底を、右手で瓶のふたを持つ。そのどちらも、榎の小さな手には、無理が見える。

 だが、榎はヤル気だ。

「ふんっ!」力を入れて、ふたを捻る。

「ぐぎ…!」歯を食いしばる。

「むぐっ!」ふたではなく、身体ばかりを捻っている。

「ぷはっ…」

 ダメだった。

 固いふたは、びくともせず、ただただ榎を疲弊させた。

「はぁ~。期待ハズレ、だな」溜め息をつくと、石楠花は冷たく言い放った。

 その石楠花の態度に憤慨した柊は、黙って石楠花の背を殴る。

 痛みに顔を歪め、暴力を非難する眼で柊のことを見ていた石楠花は、呆れ顔をしている椿に「つーか、女に頼むこと自体、間違っているだろ」と言われた。

 しかし、石楠花は、何も言い返さない。

 その代わりにとでも言うように、「そうそう」と楸が口を挟んだ。

「こういうのは、男に任せなさいよ」

 榎が開けられなかったふたを開けて、榎にカッコいい所を見せよう。そう企む楸は、得意そうな顔をして、前に出た。

 榎から瓶を受け取り、ふたを開けようと構える。

「おりゃー!」

 気合を入れて、力も入れる。

 しかし、本人の気合とは裏腹に、大方の予想通り、細腕の楸には無理だった。

「あれ?おっかしいなぁ?」

 少しでも自身があっただけに、楸は、出来ない事に気恥しさを感じていた。誰も口を開こうとしない、もしかしたら呆れているのか嘲笑っているのかもしれない、そんな居た堪れない空気の中にいる気がした楸は、その空気を払拭するようにおもむろに口を開いた。

「いやぁ~、ダメだったよ。俺で無理だったんだから、椿にも無理だな、うん。てことで、ここはひとつ、最強の男にお願いしたい」

 そう言われ、瓶を受け取った柊は、お返しに楸の顔面を殴った。

 怒りは一発殴ったことで収め、柊は、気持ちを瓶に向ける。

「ハッ」柊は、短く笑った。柊の気持ちは今、ふたを開けることよりも、それによって力を誇示できることにある。「アンタらみたく、男のくせにモヤシみたいな雑魚共は、そこで指をくわえて見てな」

「……自分が一番モヤシみたいな身体のくせに」

 ボソッと言ったはずが柊の耳に届き、言葉の代わりに、楸の腹に柊の拳が届いた。

 楸を殴ったことでウォーミングアップを済ませた柊は、ふたを開けようと力を入れる。

「んっ!」力を入れる。

「んっ!」力を入れる。

「ふんぎっ!」

 しかし、どんなに力を入れても、ふたは開かなかった。

「ダメだ、コレ」柊は、投げやりに言った。「どっか壊れてんじゃない?それか、嫌がらせで開かないように溶接されてるとか?」

「自分の無力さを認めようとしないとは…どうりで成長しないはずだ…胸も」

 この日三回目、楸は殴られた。

「どうしても開けたいって言うなら、斬ってでも開けてやるよ? ちょうど、要らない事ばかり言うヤツの口も斬り落としてやろうと思っていたトコだし」

 柊が言うと、危機感を覚えた楸は、急いで口を手で隠した。そして、そのままの状態で「何してんの、椿?か弱いレディたちがふたを開けられないって言ってんだ。この状況で何もしないなんて許されないよ。お前は、開かないふたを開ける為に生れてきた男なんだろ?」と椿に発破掛けた。

「っせぇよクソ天使!何だその、しょぼい存在理由!」

 と怒鳴ってはいるが、椿もヤル気が無いわけではなかった。

 むしろ、一番最後に出番が回ってきたことで「真打登場」感を味わっている。

 内心「柊でも無理だったし、ここで開けられたカッコいいな、俺」とか思っていた。

「ほら、やれるもんならやってみな」

 柊から椿に、問題の瓶が手渡された。

 瓶を手にした椿は、ふたを開けようと構える。

「頑張って、椿君!」「アンタに出来るの?」「お前なら、どんな瓶も開けられる」「これまで開けてきた瓶のふたのことを思い出せ。どれも一筋縄じゃない、手強いヤツらばかりだったはずだ」「無理しないでね」「いや、手が壊れてでも開けろ」「開けれなくても、恥じる事は無いよ。負けたってことは、アンタが逃げずに闘ったってことだかんね」「それとも、敗北を悲しまない為に逃げるか?」「最悪、お前の頭にぶつけて瓶を割るって手段もあるぞ」

「っせんだよ!」

 応援の言葉を投げかけるみんなに対し、椿は怒鳴った。

 みんなの声で集中出来ず、構えただけでまだ何も出来ないでいたのだ。

 だが、今度こそ、みんなが静まり返ったことで瓶に集中できる。

 集中した椿は、横に持った瓶を膝の近くで持ち、精一杯の力でふたを捻った

 その結果、それまでテコでも動きそうになかった頑固なふたが、パカッと開いた。

 同時に、中身が零れ落ちた。

「あ~あ、やると思った」と石楠花は非難の声を上げる。「横にしたら開いた時、零れるに決まってんだろ。これだから、後先考えられないバカは…」

「っせぇよ!つーか、お前はまず礼を言えよ!」

 失敗の恥ずかしさを隠すように、椿は声を大にして反論した。が、「お前こそ、さっさと謝って拾え」と石楠花に言い返され、個別に包みに入っているとはいえ落としたのが高級チョコレートだと思いだした椿は、しぶしぶ石楠花に従ってチョコレートを拾った。



「ききっ。なにはともあれ、御苦労だった。これは褒美だ」

 ふたの開いた瓶を抱えてチョコレートをモギュモギュ食べている石楠花から、椿達にチョコレートが配られた。

「おい」と椿は不満げに言う。「開けたの、俺だよな?なんで俺が何の役にも立たなかったクソ天使達と同じで一個なのに、榎だけ二個なんだよ」

「はぁ~、卑しいガキだな」と、溜め息吐く石楠花。「考えてみろ。確かに、結果として開けたのはお前だが、開けるきっかけとなったのは、そもそもかりんとうが俺に声をかけたからだ。アレが全ての始まりだから、そこに敬意を払うのは当然だろ。それに、均等に配るより差別したほうが不平不満も生じて面白いだろ?」

「明らかに後者の理由メインだろうが!」

 怒鳴っても、石楠花は「ききっ」と笑うだけであった。

 そして、そのまま石楠花は、四人の下から立ち去る。

 石楠花が居なくなった場所に、四人は立ち尽くす。

 色々と腑に落ちない所は在るが、四人の関心はすでに高級チョコレートに向いていた。

 示し合わせたワケでもないのに、誰もが恐る恐る包みを開け、チョコを口に運ぶ。

「「「「うまっ!」」」」

 四人の口の中に、甘い衝撃が走った。

 その美味さに、椿ですら心の中で石楠花に感謝したとかしないとか。


私は昨年末の最終戦、敗北しました。

手が痛かった…。

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