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天使に願いを (仮)  作者: タロ
(仮)
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番外編 雛罌粟、怒る


 ある日の夕暮れ時。

 雛罌粟は、高橋の部屋を訪れた。

 習慣や日課と言うほど頻繁でもなく不定期で行う、様子見のためだ。

 放っておくとロクなことをしない、酒やたばこにまみれた毎日を送っているだろうおっさんたちを心配する、ナースとしての性だった。

「高橋さん、居ますか?」

 ノックもそこそこに、雛罌粟は扉を開けた。

 そして直後、室内の光景に愕然とし、怒りで眉をピクつかせる。

「本日の営業は終了しました。また後日も来ないでください」

 抑揚のない音声案内のように、高橋は言った。

 本日の営業、つまり仕事が終わったと語る高橋は、来客用のソファーに腰を沈め、テーブルを挟んで五十嵐と一緒にウィスキーを飲みながらポーカーを楽しんでいた。

「ひひっ。ストレートだ」

「くくっ。悪いな、フルハウス」

 雛罌粟のことを無視して遊ぶ二人の間に、バンッとテーブルの上のトランプが浮き上がらんばかりの勢いで、雛罌粟は「あの!」という声とともにテーブルを両手で叩いた。

「話を聞いてください!」

 声に怒りを滲ませる雛罌粟の勢いに負け、オッサンコンビはしぶしぶといった感じでトランプをテーブルの上に乱雑に投げると、ウィスキーの入ったグラスを片手に雛罌粟の話を聞くことにした。

「グラスも置いてください!」

「くくっ。ま、そう怒るな」グラスを持ったまま、高橋は言う。「冷静さを欠いているようだ。ヒトの話を聞いていないのが良い証拠」

「はい?」と、口を曲げる雛罌粟。

「今日は、午前中に柊が来てくれて話を出来た。楸も、夕方に来て仕事の報告をしたから帰ったのかもな、どっか行った。俺も仕事溜まってないし、今日はもう終わりなんだよ。だから、プライベートで何しようと、お前にとやかく言われる筋合いはない」

「何がプライベートですか!職場ですよ!わきまえなさい!」

 雛罌粟に正論を持って怒られると、高橋には言い返す言葉がなかった。

 怒りの熱を冷ますように息を大きく吐き出すと、雛罌粟は言った。

「あれ?私の聞き違いだったでしょうか?」

 雛罌粟が言うと間髪入れず、五十嵐は「そうだな。全く、勘弁してくれ」と迷惑そうに言った。が、「まだ何も細かいこと言っていません!」と雛罌粟は怒る。

「黙って!話を聞くのです!」

 雛罌粟がそう言うと、オッサンコンビは「ぷっ…聞くのです…」と雛罌粟の口調を嘲笑った。しかし、雛罌粟にキッと睨まれたので、話を聞くことにしたのです。

「あなた達、前に言いましたよね?『三月は雛祭りがある。可愛い娘がいるから、祝わなければならない。祝いの席には、酒だ。だから、雛祭り前後の飲酒は見逃してくれ』って」

「記憶にない、少なくとも俺ぁ違うな」と五十嵐。「おそらくだが、可愛い娘ってのぁチャ子のことだろ?あんな凶暴娘のことを祝おうなんざ、これっぽっちも思わねぇな」

「いいえ!あなたも言いました!」と雛罌粟は、声を高くする。「もっとも、『可愛くない子ほど、可愛いもんだ』とか、ワケの分からない事を言ってましたけど!」

 雛罌粟が言うと、高橋は「それで?」と話の先を促した。

「私が言いたいのはですね、毎日毎日お酒を飲み過ぎです、ってことなのです!理由があるならと前はしぶしぶ了承しましたが、雛祭りはとっくに終わりです。少しはお酒を控えてください!」

 雛罌粟は、強く言った。

 すると、聞き分けのない子供を前にするように、高橋は溜め息をついた。

「いいか?」と高橋。「俺達は、今日、久しぶりに、呑んだんだ。お前は、いつも、偶然、俺達が、呑んでいる時に、だけ、来る」

「そんな一言一言ハッキリ言わなくても聞き取れます!」

「いいか?」と今度は五十嵐。「そもそも、今日はちゃんと理由がある。雛祭りの後夜祭だ」

「そんなもの在りません!というか、いつまでもひな人形出しているとお嫁に行けなくなると言いますし、あったとしてもやらない方がいいですよ!」

「おっ、実体験か?」茶化すように五十嵐がそう言うと、目だけで殺そうとするほどの気迫で雛罌粟に睨まれた。これはマズイと察した五十嵐は、高橋に「チャ子を手放すのが惜しいからって、あまり過ぎた事すると気持ち悪ぃぞ」と話し掛けることで、誤魔化した。



「いいですか?あなたたちは……」

 雛罌粟は、話し続けた。

 のれんに腕押し、蛙の面に小便。そんなこととは分かっていても、過度の飲酒による身体への悪影響について、オッサンコンビに話して聞かせた。

 話の内容の十分の一でも理解してくれたら大成功、そう思っていたのだが…。

「くどくどと…腐れ説教は聞き飽きた。俺らはな、干渉されると反抗したくなるタチなんだよ。ほっとかれた方が、むしろちゃんと自己管理出来る」

 と高橋が、面倒くさそうに言った。

 その時、雛罌粟の中で、何かが変わった。

「あ~、そーですかー」

 怒っているのとも少し違う感じで、雛罌粟は言った。

 いつもと様子がおかしいと戸惑うオッサンコンビを置き去りに、雛罌粟は続ける。

「じゃーもーいーですよー。私、もー何も言いませんから。お酒なり煙草なり好き勝手やって、勝手にくたばってください」

 一息でそうまくしたてると、雛罌粟は「ふんだ!」とドアを叩きつけるように閉め、高橋の部屋から出ていった。

 愛想を尽かされたオッサンコンビは、呆然としていた。



 高橋の部屋を出た後、雛罌粟は、医務室の一角にある自分の席に戻っていた。

 自席で椅子に座っている今の雛罌粟は、オッサンコンビを前にした時と表情が違った。先程までは怒りに分類される感情が顔に表れていたのだが、今は、明らかに笑っている。微笑を浮かべているのだ。

 雛罌粟の笑いには、もちろん理由があった。

 雛罌粟は、高橋達の所へ行く前に、白木支部長と偶然会っていた。そこで、白木に「高橋さんと五十嵐さんに対して、効果的な脅しを教えてください」と教えを請うた。そして、白木から帰ってきた答えが、「もし、二人がごちゃごちゃと屁理屈こねるようなら、一旦 無視してみて。怒って愛想尽かしたように見せれば、少しは効果があるかもしれない」というものだった。

 そして、白木の言う通りにしてみての、今だ。

 口には出さないながら、雛罌粟が部屋を出る時の「えっ?」と戸惑うオッサンコンビの表情。それを思い出すと、出し抜いてやった気が、勝った気がして、自然と笑みが零れた。

 しかし、雛罌粟は、表情を引き締める。

 オッサンコンビが、訪ねてきたからだ。



 いつものプリプリ怒っている感じと違い、もう嫌だと冷たく突き放すような怒りを意識して、雛罌粟は背を向けたまま「何ですか?」とオッサンコンビを迎えた。

 オッサンコンビには、いつもの強気な様子は無く、しおらしさすらあった。

「あ~、あれだ…悪かったな」と高橋。

「オメェが俺等んこと心配してくれてんのぁ、分ぁってるつもりだ」と五十嵐も続く。「普通のヤツならすぐ見放すような俺等にも、オメェはその負けん気の強さで接してくる」

「…それが嬉しいんだよ」

「だからつい、オメェを茶化すような言動をしちまう。…悪かった」

 悪戯っ子の様に不貞腐れながらも、オッサンコンビは謝罪した。

 オッサンコンビの謝罪を背中で聞いていた雛罌粟は、思わず噴き出しそうになった。

 思惑通りに行き過ぎていて笑いそうになるが、必死に堪える。

「私の忠告、少しは分かって頂けましたか?」

 雛罌粟は、静かに言った。

 雛罌粟の問い掛けに、オッサンコンビは「ああ」と答える。

 だが、言葉とは裏腹にオッサンコンビの理解が浅いだろうことは、雛罌粟も悟っていた。しかし、それでも雛罌粟は満足だった。

 二人が謝っていること、それは雛罌粟にとって勝利であり、何よりも喜びとなっていた。

 声を上げて笑いたい雛罌粟。

 だが、ここで甘やかしては二人の為にならないからと、緩みそうになる表情を必死に引き締める。

「いいですよ。許してあげます」

 二人の方を振り向き、雛罌粟は言った。

――今回のことが薬になれば、少しはお酒を控えてもらえるかな

 雛罌粟はそう思うと、堪えていたはずの笑みが自然とこぼれた。

 だが、

「よし。じゃあ、仲直りということで、飲みに行くか」

「ま、しゃーねぇから、奢ってやるよ」

 と五十嵐と高橋は、嬉しそうに言った。

 反省の色が微塵も感じられない二人を前に、プルプル震える雛罌粟は、叫んだ。

「反省しなさーい!」

 それを聞いたオッサンコンビは、笑っていた。



 高橋と五十嵐の友人である白木は、二人の性格を知っていた。

 オッサンコンビの雛罌粟に対する態度についても、理解しているつもりだ。

 二人は、雛罌粟に怒られることについてはどうでもよく、怒っている雛罌粟を見て楽しんでいる。だから、白木のアドバイスの真意は「相手にするとロクな事がないから、ほっといて、二人の関心を無くせば良い」ということだった。

 白木の理解は、正しかった。

 アドバイスも、概ね正しい。

 だが、

「ホントもう!あなた達は、なんなのですか?バカですか?バカですね!バーカ!」

 と怒り狂う雛罌粟を見て、そうそうこれこれ、とオッサンコンビは楽しんだ。

 一方で、我慢できずに怒り叫ぶ今の雛罌粟の姿も予想できていただけに、白木は、申し訳ないことをしたかな、と反省していた。

 オッサンコンビに苦労させられる雛罌粟は、今日も怒る。  


オッサンコンビと雛罌粟の戦いは、たぶん永遠に続くのでしょう…。

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