第二十話 天使不要、悪魔のゲーム(後篇)
鉄製の扉を開け、カイはゴールした。
ゴールの先には、楸と石楠花が待っていた。
「おつかれ、カイ」
「おう」と楸に応えた後、カイは石楠花に「てか お前色々マジかよ?」と詰め寄った。
「言っている意味が分からない」アメを舐めながら、低いテンションで石楠花は言った。「言葉は正しく使え」
「色々は色々だよ。ちゃんと闘って、しかも勝つし、一位でゴールしているし、てっきりギブアップすると思ってたし」
「言っている意味が分からない。よってノーコメント」
そう応えた石楠花に、カイは更に食ってかかった。
だが、石楠花は、どうでもよさそうにアメを舐めている。
その横顔を見ながら、楸は思い出していた。
一番でゴールした石楠花は、微笑を浮かべながら「敵を欺くなら、まず味方からだろ」などとカイと同じような質問をしてきた楸に答えていた。
「何で、ギブアップしなかったの?」
その質問にも、「最初から、する気は全くなかった」と答えた。
「他のヤツらだったら別だと思うが、俺にとってもあいつら、見捨てるには惜しいからな」
その仲間意識を感じさせる石楠花の発言は、楸にとって意外だった。
しかし、目を丸くしていた楸は、笑顔で言った。
「ありがとう」
「………チッ」
その言葉が石楠花の気に障り、彼は今、不機嫌になっている。
そうとも知らずカイは、執拗に石楠花に話しかけていた。
「なんなんだよ、お前?」
「石楠花と言います」
「そういうことじゃねぇよ!あ~じゃあ、あれは?楸がいるから榎さんは大丈夫だって言ったの、あれはどういう意味だ?」
そのカイの疑問は、意外な形で答えが出た。
「あれ?これ、ちゃんと映っているの?」
どこからか、カイの好きな声が聞こえた。
声を探してキョロキョロ辺りを見回してしたら、その人はスクリーンに現れた。
「もういい?」
「はい。大丈夫です…」
スクリーンに現れたのは、全身にダメージを負ってボロボロになって涙目の悪魔と、おそらくボロボロにした張本人だろう柊だった。
「柊さん!」
カイの声には答えず、「あ~、んっ」と咳払いすると柊は言った。
「男共に告ぐ。こっちは大丈夫なので、せいぜい変人の相手をしてな。あと、雷趙。アタシ達これから遊びに行くから、邪魔するようなヤツを寄越さないように釘をさしといて」
そして「もういいよ」と柊が言うと、向こうの慌てた様子が伝わるくらいに画面が激しく揺れ、「どうしたの?柊さん」「ううん。何でも無い。行こっ」と遠くから榎と柊の声が聞こえた後、また真っ黒で無音のスクリーンになった。
「ああいう意味だよ」石楠花は、言った。「浴衣のが来たのは、情報があったから。情報があって、何も対策を立てないのはただのアホだ。相手のやり口は分からないが、考えられる可能性としても高いのは、人質。なら、人質と成り得る人物のそばに番犬を置いておくのは、確信は無いが、まぁ無くは無いと思った」
「なるほど」
楸は、感心した。
高橋から情報を貰っていた楸も、柊の行動は知らなかった。
柊は、高橋から万が一に備えて榎と一緒にいるようにと頼まれていた。そして、もしも悪魔の姿があれば榎を護るように、と。
「よっぽど怖い思いしたんだろうね。悪魔たち、柊に従順だった」
楸は、ほんの少しだけ悪魔に同情した。
「それにしても、椿遅いね」
カイがゴールしてから数分の時が経つが、まだ椿が来ない。
相手を倒しているのであれば、もう来てもおかしくはないくらいに時間は経っている。
「榎さんが無事って分かって、気が抜けたんじゃね?」
「いや、ひょっとするとまた迷子に…」
楸が言いかけた時だった。
迷路の中から「あー面倒くせぇ!」という椿の怒り混じりの叫び声が聞こえた。
そして、叫び声の後聞こえたのは、ドォン、ガララッ、というような破壊音だった。
破壊音は、確実にゴールに近づいて来た。
そして、破壊音が収まると「おっ、ここだな」と言う椿の声が聞こえた。
鉄の扉を開いて出て来た椿、その背後に見える迷路は、壁が破壊されていた。
「ゴール」
「じゃないよ!」楸は、つっこんだ。「壁壊してゴールって、迷路の基本 無視し過ぎ!」
「っせぇ。つーか、別にルール違反じゃねぇし。迷路の壁の上には乗ってねぇからな」
椿は、ふてぶてしく応えた。
その様子を見ていた雷趙も「カハッ。頑丈に作ったつもりだったんだがなぁ」と笑っていて、お咎めなしとなった。
椿、カイ、石楠花。
ゲームクリア。
椿 Ⅱ
映画館なんかで映画を見る時、二つのタイプに分かれる。エンディングまで見る派と見ない派だ。エンディングの後にも何かがあるかもしれない、エンディングのこの曲を聞く為だけに今までの百二十分があったんだ、そう言って劇場内が明るくなるまで席を立たない人もいれば、もう終わったから出口が混む前に帰ろう、とエンドロールが流れて劇場内が少し明るくなったら席を立つ人もいる。ちなみに俺は、前者だ。
何でこんなことを突然言い出したのかと言うと、ゲームクリア後の悪魔たちのいなくなった観客席を見て、ふと思ったからだ。悪魔には、映画のエンディングを見ないヤツが多いんだろうな、と。
俺達が三人揃ってゲームをクリアすると、観客席は騒然とした。俺達の善戦を称えようという空気はなく、感じるのはハンパないアウェー感だ。
そんな中で雷趙は「うるせぇ」と言った。声を張っているワケでもないのに、地鳴りのような、相変わらず良く通る声で。
「耳障りだ。もうゲームは終わったから、用の無いヤツは帰れ」
その一言を合図に、悪魔たちは逃げるように居なくなった。
つーか、うん。やっぱ最初の映画の話は要らないな。
今こうして静かなスタジアムの中で、俺達四人とVIP席から俺達の所にまで降りて来た雷趙が向かい合っているのは、雷趙が作り出した状況なのだろう。
天使は初めからそうだったが、テレビゲームでいうならラスボスかそれに近い存在であるはずの雷趙を前にして、俺達も不思議と動じなかった。見た目豪快でも実は偉いらしい人を前にする様な、『いまいち緊張のレバーが上がらないな』って感じだ。
「ゲームクリア、おめでとう!」
豪快なおじさんは、両手を開いて賛辞の言葉を述べる。言動まで豪快だ。
俺達は、その実はスゴイらしい豪快おじさんの話を聞いた。
「今更と思うかもしれないが、人質の件に関しては安心していい。筋の通っていない話だし、最初から結果はどうあれ危害を加えさせるつもりはなかった」
「何だよ?あれ、おっさんの指示だろ?」
と訝るカイに対し、雷趙は「いや」と首を振る。
「ああいう細かい演出をするかしないか、またその内容に関して、俺はノータッチだ。色々と他のヤツ等に任せている手前、途中でいちいち首を突っ込むつもりはなかったが、だからと言って知らん顔するつもりもなかったと言いたいだけだ。そもそも、今回のゲームで死ぬかもしれないと天使側に通知したのは、貴様ら三人だけだからなぁ」
その言葉に若干の恐怖を感じ、俺とカイは息を呑んだ。
話も通じないほどメチャクチャするワケではない。けど、確かな残忍さも感じさせる。不気味な恐怖が、雷趙から感じられた。
「ききっ。そんなこと、どうでもいい」その声に反応し、俺達は石楠花に視線を集めた。「あんたの目から見て、俺は何点だった?」
「んなこと聞いてどうすんだよ?」とカイ。
「主役はな、端役と違って評価が気になるんだよ」
「むっ」
聞き捨てならない言葉だった。まるで主人公の俺を差し置いて、石楠花が主役だったみたいだ。つーか、そう言った。
だが、俺が何か文句を言う前に「ほう。自分が主役だと、何故思う?」と食い付いた雷趙が質問した。そして、結局俺が口を挟む間もなく、石楠花は応えた。
「違和感を覚えたのは、ルール説明を聞いた時。特に、ギブアップのくだりだ。このゲームは、参加プレーヤーがある程度知り合いで無ければ成立しない。何故なら、見ず知らずの他人といきなり組まされて、味方がいつ裏切るともしれない状況でヤキモキしていたら、とてもじゃないがゲームどころではない。裏切られる前にとにかく生き残る為にも自分がギブアップを、という思考に囚われ、満足に動けなくなるだろう」
「おお、なるほど」とカイは、感心した。「俺達はみんなで生き残りたいから『ギブアップは当然避ける物』と考えていたけど、そうじゃねぇ場合もあるってことだな」
「そうなると、このゲームは俺達の為に作られた、または俺達だからこのゲームにしたということが分かる。と同時、あんたが俺達の関係性をある程度把握していることも分かる」
「それで?」
口角をやや上げて満足そうな笑みを浮かべながら、雷趙は先を促した。
それに応え、石楠花も「では次に、あんたが一番見たいものは何か、だ」と続ける。
「ゲームは、楽しむためにやる。それは、浴衣のの話で確かだと分かった。そして、楽しむためにやるなら、より高いレベルの物を望むはずだ、とも思った。プロ野球より甲子園の方が楽しい、というような感覚もあるのかもしれないが、実の所ははっきりしない。だから俺は、確認してみた」
「なるほど。あれには、そういう意図もあったのか」
雷趙の言う「あれ」とは、石楠花が天使を自分の代役とすることを雷趙に提案したことなのだと、続く石楠花の話を聞いて分かった。
「普通に考えるなら、浴衣のが天使だから、もしくは強過ぎるから参戦を認めない、という理由が妥当だと思うだろう。だが同時に、俺だから、俺が弱過ぎるから辞退を認めない、という理由も可能性としてはゼロじゃない。どちらにしても、プレーヤーの変更が認められなかったことは事実」
石楠花は、まるで本に書いてあることをそのまま読み上げるように喋り続けた。
俺や天使、カイにとっては、その本に書いてあるらしいことが事実なのか分からない。
唯一真偽を知っているだろう雷趙は、微笑を浮かべて黙ったままだ。
「直接的な証拠は無い。だが、プレーヤーへのこだわり、迷路という特殊な戦場、闘わなくとも勝ち抜けられるルール、強力な武器の提供、そして俺とガキ共の関係より深いはずの浴衣のとガキ共の関係性を知らなかったこと。あらゆることから、あんたの目的を推測できる。あんたの目的は、闘えるガキ共と悪魔の戦闘を見る事じゃない。闘って勝つのか、他人に任せて生き残るのか、他人を見捨てて生き残るのか…闘えないヤツがどのようにしてゲームを勝ち抜くか、このゲームの目的は、そこを見て楽しむことにある」
身の丈に合わないレベルの高い講義を聞いている様な、置いてけぼり感があった。
だから、とりあえず先生と生徒のやり取りに注目しているワケだが、先生の方は笑みを浮かべているだけだ。
では、生徒の方は?
石楠花は、笑みを浮かべながら自信満々に「答えはこれだ」と宣言するように言った。
「お前の目的は、俺だろ?」
俺達は、息を呑んだ。
俺に限って言えば、どんだけ自意識過剰だよと不満に思い、間違っていたら恥ずかしいなと期待していた。
だが、現実は俺にやさしく無い。
「良く分かったな」
気付いてもらったことを喜ぶように、雷趙は言った。
石楠花も、やっぱりな、というような満足そうな笑みを浮かべて、雷趙の話を聞いた。
「何度もゲームをしている中で、人間が予想を超えて強くなる瞬間があることを知った。それは、何かを護る時。実際、そこの二人が見せてくれたように、大切な何かを護りたいと思った時の動きは、こちらの想像を超えるモノだった」雷趙は、俺とカイの方を見て、言った。そして今度は、石楠花だけを見て言う。「護るべきモノがある者は、強い。そうでない者は、弱い。ならば、護りたかった大切なモノを失った者は?」
「ん?それが…石楠花?」
黙ったままの石楠花に代わり、カイが言った。
俺達は、石楠花についてほとんど何も知らない。『死の恐怖』を知りたがっていた、やたら頭の切れる、変人。その程度だ。
だから、雷趙の言っている事の意味は、俺達には分からない。
だから、いつも薄ら笑っている石楠花が何故今、静かな怒りを顔に浮かべているのか分からない。
「俺のことだけは詳しく調べたようだな」石楠花は言った。「知ったのなら、それはもういい。だが、それ以上何か言うのは野暮ってもんだし、俺も俺の世界を他人にこれ以上汚されるのは許せない。バカなマネでも何でもしてやる、そんな気持ちになりそうだ」
見ず知らずのヤツが隣で怒っている、そう思えた方が自然な位、石楠花の放つ雰囲気がいつもと違った。
だからかもしれない、雷趙が「すまない。そんなつもりはない」と非を詫びたことで石楠花の雰囲気がいつも通りの平常に戻った時、俺は安堵した。
ピリついた空気を払拭するように「ききっ」といつもの甲高い笑い声を出した後、石楠花は「俺は、お前の期待に応えるだけの事はしたつもりだ。改めて訊く。俺は、何点だ?」と尋ねた。
「……まぁ、九十点ってところだな」雷趙は答えた。「死に場所を見付けた、とゲームクリアを諦める事も無かった。予想通り、生き残った。悪魔を自らの手で倒した。ゲームの真相に気付いたことは見事だった。その全ては、称賛に値する」
「高評価ありがとう、と言いたいところだが…あとの十点は?」
石楠花は、訊いた。
「予想以上だった。だが、想像を遥かに上回る様なことが無かったのも、また事実。あとの十点は、そこにある」
「ききっ。厳しい判定だな」
「期待値が大き過ぎたこともある。それに、貴様ら人間の可能性を期待する上でも、この程度で満点は出せんな」
「あっそ」
そう投げやりに言うと石楠花は、雷趙に背を向け、俺達の間を横切り、俺達から離れて迷路の外壁に背を預けるように寄り掛かった。自分の関心事はもうなくなったのか、アメを舐めながらぼんやりと空を見上げていた。
「変わった男だ」
可笑しそうに雷趙は言ったが、すぐ「お前が言うな」と天使に言われた。
「では、これでゲームは終わりだ」雷趙は、言った。「帰りは、俺様が責任持って送り届ける。あと、貴様らの勝ち金については、後日届けるからな」
「あ、そうだった!」カイは、思い出す。
俺もそうだが、賭けについて忘れていた。
「結局いくらになるの?」
興奮を抑え、天使は雷趙に訊いた。
その答えを、俺らは期待して待つ。
「そうだな…」雷趙は、アゴに手をやり、思い出すようにしながら考えた。「貴様ら三人で、少し色も付けて三十万でどうだ?ちなみに、あっちの男には三百万位だな」
「「「おお!」」」
石楠花の話を聞くとがっかりもするが、それを聞かぬふりをすれば喜びしかない。
予想外の臨時収入だ。
俺とカイが身の丈に合わぬ大金に興奮していると、雷趙が「楸」と声をかけた。
「暇じゃなかったか?なんなら、今からでも俺と遊ぶか?」
雷趙が言うと、俺たちの間に緊張が走った。
雷趙の『遊ぶ』は、命を懸けて『闘う』ということを意味していると、俺達も気付くようになった。だから、大金のことが一気に頭から消えた俺とカイは、天使に注視した。
なんて答えるのか?
天使は、口を開いた。
「やだよ」
「そうか。では、いつかまた遊ぼう」
雷趙は、答えた。
俺は、えっ?と拍子抜けした。
緊迫感はあったはずなのに、まるで学生が週末に遊びに誘ってあっけなく断られたような流れで、二人のやり取りは終わった。
これでいいのか?
凄いヤツなんじゃないのか?雷趙。
いろいろ疑問に思うが、まぁいいのだろう。
「高橋にも言っておいてくれ。いつか遊ぼう、と」
「自分で言えよ。高橋さん、『終わる頃に迎えに行く』って言ってたから、そろそろ来るよ」
天使がそう言うと、噂をすれば影とでもいうように「くくっ」という高橋さんの笑い声が聞こえた。その声に振り返ってみると、天使と同じく選手入場口の方から歩いて来る高橋さんの姿があった。
俺達の方に来て「無事で何より」と一言微笑みかけると、高橋さんは雷趙に向いた。
「せっかくのお誘いだが、遠慮する」
「なんだぁ、付き合い悪いな」と雷趙は、残念そうに微笑した。
「くくっ。とりあえず今日は、だ。今日はこいつらのこと迎えに来ただけだから、面倒はごめんだ」
高橋さんがいつか遊んでくれる、それを聞いて雷趙は「カハッ。やはり、貴様はイイ」と口角を思いっきり上げて笑った。
悦ぶ雷趙に、微笑を浮かべた高橋さんは「くくっ。変人が」と吐き捨てると踵を返した。
「帰るぞ」
先を行く高橋さんの後に、俺達は続いた。
だが、石楠花だけは、「あんたも一緒に送るが、いいか?」という高橋さんの問い掛けに「ああ、よろしく頼む」と答えたにも関わらず、迷路の外壁から背を離すと、俺達の間を通り抜けて雷趙の前に立った。
何をするのか、と不思議に思って見ていると、石楠花はコートの内ポケットから拳銃を取り出した。
「これ、返し忘れていた」と石楠花から差し出された拳銃を、雷趙は受け取った。「全く役に立たなかったがな」
まだ虫の居所が悪いのか、悪態をついてそう言う石楠花は、バッと振り返って雷趙に背を向け、俺達の方に歩き始めた。
こいつは何に怒っているのだろう、そう疑問を抱いたのだが、雷趙に背を向けて歩いて来る石楠花の口元が、若干笑っているように見えた。
う~ん、よく分からん。
スタジアムの出口へ通じる薄暗い通路の途中、石楠花が口を開いた。
「なぁ。ところで、俺達はこれから平穏無事に暮らせるのか?」一番後ろを歩く石楠花に、俺達全員は注目した。「あいつらからの報復とか、そういうのはないのか?」
「まずないな」高橋さんが答えた。「今回の件でお前らは、あいつに少なからず気に入られたはずだ。勝手にあいつのお気に入りに手を出すことは、死よりも恐ろしい恐怖を自ら進んで受けるということだ。雷趙を知る悪魔は、誰もそんなことはしない。普通に生活していて悪魔から何らかの被害を受ける可能性なんてのは元から低いが、今回のことでより低くなったと思っていい」
「やり過ぎたとしても?」
その石楠花の言葉に「確かに」と悪戯っぽく笑うカイも同調した。「なんだかんだで石楠花が一番相手を怒らせたからな。報復も有り得るぜ」
「いや、無いな」高橋さんは、断言した。「『やり過ぎ=雷趙を喜ばせること』だから、より待遇は良くなる」
「俺や高橋さんが良い例だよ」と天使は、補足の説明を加えた。「あいつにケンカ売って傷つけても、それが喜ばれる。あいつからの鬱陶しい遊びの誘いと引き換えに、あいつの監視下では悪魔からもVIP扱いだ」
天使の言葉を聞いて、石楠花は満足そうに微笑した。
「それを聞いて、安心した」
○
観客もプレーヤーもいなくなったスタジアムに一人、雷趙はいた。
雷趙にはこれから、戦場となった迷路の片付けが待っている。
迷路の設計・建設は、雷趙が一人で行った。これからここで行われるゲームのことを想像し、期待に胸ふくらませながら、迷路を作りあげていった。
片付けも、同じだ。
ここで行われたゲームのことを思い出し、損傷箇所があればそこを撫でて感慨に浸り、感謝と労をねぎらう気持ちとを持って、様々な事をしみじみと感じながら迷路を片付ける。
労はあるが、苦はない。
むしろ楽しむべきことが、この後の雷趙には待っていた。
しかし、まだ作業にかからずにいる。
雷趙は、楸たちのことを見送った後、自分の手にある拳銃を眺めていた。石楠花から返された、自分を楽しませるのに一役買ってくれた、拳銃を。
「『全く役に立たなかった』? カハッ!笑わせてくれる。最初から最後まで、存分に活用してからに」
機嫌を損ねてしまった石楠花からの、ある種の嫌味なのだと雷趙は思った。と同時に、今回一番の収穫でもある『石楠花という男 (お気に入り)』に嫌われてしまったのでは、と少し気をもんだ。
「ん?」雷趙は、何の気なく拳銃から弾倉を取り出し、気付いた。
「なんだ、まだ一発残っているではないか。最後まで使いもせず、役に立たないと決めつけるか。あのような捨て身の一撃に出る前に、この一発で勝てたかもしれないというのに」
弾倉を戻し、雷趙は、迷路の壁に向けて拳銃を構えた。
「まぁ、俺様としてはアレで十分楽しませてもらったが…!」
そう言うと雷趙は、引き金を引いた。
バァンッ!
火薬が破裂し、銃口から勢いよく飛び出した鉛の玉は、迷路の壁にぶつかった。
いや、ぶつかるはずだった。
鉛の玉は、壁にぶつかっていない。どこにも当たっていない。そもそも、銃口から出てもいない。では、不発だった?いや、確かに火薬の爆発音はした。
答えは、黒煙に包まれる雷趙が知っていた。
「カハッ!暴発…だと…?」
疑問と痺れに身体を支配された雷趙は、何とか痺れる身体を動かして銃口を見た。
銃口には、異物が詰まっていた。
その異物とは、先ほどのゲーム中に石楠花がなめていたアメの棒だった。
アメの棒が、何本もぎっしりと詰まっている。隙間が出来そうな部分には、噛んで形を整形した棒が押し詰められていた。
それを見た時、雷趙は、身体の底から笑いがこみあげて来た。
「カハッ…ッハッハッハッハッハ!」
雷趙は、気付いた。
石楠花が、ルールを聞いて自分が一番の標的だと知った時から、今のこの状況を作ろうとしていた事。わざと一発だけ残し、言葉で誘導するかの如く自分を操ったこと。
おそらく仕草や発言でまだ布石を打ってあるのだろうが、細かい事はどうでも良かった。
「百点だ!」
久しぶりに心から満足した雷趙は、暫らく笑いを抑える事が出来なかった。
「いやはや、俺に攻撃を当てるような者、悪魔でも何人といるだろうか?それを、カハッ…天使でもなく、ただの人間がやってのけるとは」
少しずつ冷静さを取り戻す雷趙は、ちょっとした問題を抱えていた。
外傷は、全く無い。
だが、
「いやぁ~身体が痺れる」
ということが問題だった。
「流石はと言うべきか、俺様が作っただけのことはある武器だ。身体が痺れて、思うように動けんわ」
可笑しく愉快な事だが、笑ってばかりもいられない。
「さて。片付けを、どうするか…?」
悩む雷趙は、一つの決断をする。
「よし!寝よう」
そう決めると、雷趙はバタンと倒れて、そのまま寝た。
きっと良い夢を見る事ができるだろう、と喜びに包まれた雷趙は、眠った。
色々と問題のある第二十話ですが、お読みいただきありがとうございます。
椿が主人公っぽくない、というのは触れないでください。こういう小説の形でこういうゲームをしようとすると、私の力量では椿は動かしづらく、どちらかというと石楠花メインの方がやりやすいのです。それに、石楠花メインで番外編じゃない形で書きたかったし。
以前に触れましたが、石楠花は、レベルの高い敵キャラという作者のイメージ(大富豪の『3』だけどあの手この手で革命を狙うようなやつ)があったので、今回のような全てを手玉に取った形で彼が活躍できたのは、書いていて満足いくものとなりました。
雷趙という作中最強のキャラクターも登場させました。石楠花同様、若干の変人タイプ(自分を殺そうとするものを気にいる)ですが、変に暴れさせる予定もありません、よろしくお願いします。
そういえば、中篇の最後の方で「石楠花が手品をかじっている」という設定が出てきましたが、番外編の方にて一応の伏線というか、そういう設定について触れています。いきなり手品とか…、と思われた方は、第五十六部の番外編をご覧ください。
では、ちょこちょこ書き進めている最終編が書き終わるまでまたユルッユルの番外編が続くと思いますが、よろしかったらお付き合いください。




