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天使に願いを (仮)  作者: タロ
(仮)
81/105

番外編 バレンティヌスに祝福を

 二月三日の節分も終わり、「あっ、こんな所にまだ豆あった」と言う声もだんだん少なくなってきた頃。

「あっ、こんな所にまだ豆あった」と楸。

「おい、ここにもあんぞ」とカイ。

「つーか、自分の部屋でどんだけ盛大に豆まきしたんだ、お前?蛍光灯のカバーの中にも入ってんじゃね、あれ?つーか、どうやって入れた?」と椿。

 十六夜の部屋から、大量の豆が見つかっていた。

「なるほど、アレは豆ですね。何か黒い影が見えるなって思ってたんですよ」と十六夜は、笑っていた。「まさかまだこんなに潜んでいたとは、いやはや」

「いやはやじゃねぇよ。何、『敵もあっぱれ』みたいに感心してんだ」

 椿は、冷ややかにツッコミを入れた。


 あらかた豆を片付け終えた四人は、コタツに入ってゲームしている。と言っても、やっているのが双六のようなゲームということもあり、格闘ゲームで対戦しているような白熱感はそれほどなく、会話しながらゲームもしているという感じだ。

「ところで、世間ではバレンタインだ何だとうんにゃらうんにゃら言っておりますが…」

 と十六夜。

「何だ、うんにゃらって?」と椿。

「カイ君って、チョコどれくらい貰える人なの?」

「俺?」とカイ。

「あっ、俺もそれ気になる」と楸も乗ってきた。

梅「何で俺だよ?」

夜「だって、気になるから。椿君はほぼゼロなの知っているし」

椿「っせぇよ!」

梅「いや、俺だって似たようなもんだぜ?」

夜「うっそぉ~。私が女だったら、絶対カイ君のことほっとかないのにぃ」

梅「うぜぇな。てか、女言葉キモい」

夜「うぅ、ヒドイ。ドイヒ~」

椿「悲しさがまるで伝わってこねぇな」

楸「でも、今まで一個も貰ったこと無い、ってこともないでしょ?椿じゃあるまいし」

椿「俺だって貰ったことあるわ!」

梅「まぁ、貰ったことは、ある」

夜「お母さんから?」

梅「いや、そんな椿じゃねぇんだから」

椿「お前ら マジぶっ飛ばすぞ!」

梅「ちゃんと女子から。小学生の高学年の時と、中学の時も、高校でもあったな」

楸「なにさぁ、けっこうちゃんと貰ってるじゃん」

梅「や、貰えたことは嬉しいんだけどさ、何故か全部名前が無いんだよ。下駄箱や机の中に入れられているだけで、相手の手掛かりも無いからお返しも出来なくて…申し訳ない」

椿「カッ。んだそれ?自慢かよ?」

夜「ただいま椿君は、僻んでおります」

椿「っせぇ!」

楸「きっと、カイのことは好きだけどちょっと怖そうだから近付き辛くて、でも自分の想いを込めたチョコだけは渡しておきたい、っていう女の子がいたんだよ」

梅「マジか?」

夜「それじゃあ、楸君は?というよりそもそも、天使にもバレンタインの日にチョコを渡すような風習ってあるの?」

楸「うん。あるよ」

梅「マジかよ!おっ、じゃあ…いや、期待するワケじゃねぇけど…ひ」

楸「俺は恋多き男だからねぇ、毎年チョコは貰っているよ。ビターチョコの苦みが本当の恋の味だって知ったのは、何時だったけなぁ…」

椿「何だそれ?」

楸「甘いだけの恋は、まだまだ甘い。ほろ苦さの後に来るほのかな甘み、それが本当の恋の甘み!」

梅「おぉ!」

椿「甘いのか苦いのか、はっきりしねぇな」

楸「そういう椿は……あ、ゴメン」

椿「何謝ってんだ!」

楸「だってアレでしょ。椿って、バレンタインデーの前までは『お菓子会社の陰謀に、何乗せられてんの?』とか『俺、どうせ甘いの苦手だし』とか悪態つくくせに、いざその日になると、貰えるんじゃないかってソワソワして机の中や下駄箱を必死に見るけど、結局何も無く一日が終わって落ち込む、そんなヤツでしょ?」

梅「うわぁ、ぽい。それ、椿っぽい」

椿「っせぇよ!俺だって、ちゃんと貰うっつーの」

楸「榎ちゃんから、でしょ?」

椿「んぐっ…そうだよ…」

楸「榎ちゃん優しいから、モテないバカ男に同情してくれるんだよ」

椿「…ぐっ……んなこと言ったら、十六夜だって似たようなもんだぞ!」

夜「一緒にしないで!」

梅「お、おぉ、どうした突然大声出して?」

夜「いや、何となく」

梅「じゃやんな!びっくりしたわ」

夜「でも、椿君と一緒にされるのはひどく心外です」

椿「おお、言ってくれるな、おい!」

夜「確かに僕はポッチャリしていて、顔もかっこいい部類ではありません。ですが、それで僕がモテないと決めつけるのは、やめていただきたい。本編での出番がもっとあれば、もっとかっこいい印象を残せる自信も無くはありませんと言っておきたい気もします」

椿「や、おい、ちょっと何言ってるか分かんねぇけど、少し黙ろうか…本編とか言うな」

夜「いえ、ここで声を出さなければ、何も始まりません。僕にも、書かれていないだけでもっと魅力あふれる部分があることを期待したい」

椿「おい!お前、ちょっと黙れ!」

 椿の声が、冬の青空の下に響いた。



 椿達がキャッキャキャッキャやっている時、同じ青空の下、榎と柊は、デパートに行こうと歩いていた。

 その道中、二人は、前をフラフラ歩く青い髪を見つける。

「篝火さーん」

 榎の呼びかけに反応して、篝火は振り返った。

「あら、お二人さん。ごきげんよう」覇気のない消え入りそうな声で、篝火は言う。「今日は、あれかしら?デート?仲良く、おデート?」

「女の子同士でもデートって言うの?」と柊は、怒気を漲らせて言った。「それとも、どっちか男にでも見えたかなぁ?」

「い、いえ…」

 柊の気迫に怯えた篝火は、小刻みに震えるように首を横に振った。

「ところで篝火さん。具合悪そうだけど、大丈夫?」

 榎は、顔色の悪い篝火にそう訊いた。

「そうなの」篝火は応える。「大丈夫じゃないの。二日酔いなの」

「また?」と呆れる柊。「だったら家でゆっくりしてればいいじゃない」

「そうは言うけどね、柊ちゃんやい。部屋でゆっくりするのもいいんだけど、空気の淀んだあの部屋にずっといると、さらに具合が悪くなりそうで」

「換気しろ、換気!」

「換気じゃどうにもならないような事も…」

「掃除しろ!部屋が汚いんでしょ、どうせ!」

「はぁ~…」声を荒げて注意する柊の言葉を聞き流し、篝火は、深いため息をついた。「新鮮な空気はいいんだけど、でも勢いで出てきたから、下着付けてないの。さっき気付いた」

「え?」「は?」

 篝火の突然の告白に、榎と柊は唖然とした。

「どっちも?」

「上だけ付けているワケ無いでしょ」

「下ぁ!」

 顔を赤くし、柊は叫んだ。

 篝火の服装は、前を開けた膝丈のコートを着ていて、その下はワンピースだけだ。そのワンピースもけっして丈の長い物ではない。

 つまり、色々と危うい格好なのだ。

「寒い」と震える篝火。「勢いだけの行動に、激しく後悔」

「だろうね!」と柊。「てゆうか、寒いとかの前に、恥ずかしく無いの?」

「そんなこと気にしていたら、街なんて歩けないわ」

「気にしない方が恥ずかしくて歩けないわよ!何、戦場ではいちいち血を気にしてられない、みたいな感じで言ってんの?」

「柊さん、たとえが怖い」

 榎は、ボソッとこぼした。


 三人は、榎と柊の当初の目的の場所であるデパートに来ていた。「暇だからお供したい」という篝火の事も気遣い、まずはデパート内にある喫茶店でお茶をしている。

 四人掛けのテーブルで一人だけ分かれた篝火が、口を開く。

「なるほど。バレンタインのチョコレートを見に、デパートに来たのね」

 確認するように言う篝火に、榎は「うん」と頷いた。

「買うかどうかは置いといて、とりあえずどういう物があるのか見てみようってことで」

「そう」と榎の隣に座る柊は、榎に同意の意を示す。「手作りにするにしても、とりあえず一回見ておいてもいいかなって。もし良いのがあれば、手作りにこだわることも無いから」

「なるほど」篝火は相槌を打つと、「それじゃあ」と前置きをしてから「じゃらららっちゃら~」とファンファーレを口で言い、「女子トーク、始まるよ」と宣言した。

 そして、力尽きてテーブルに突っ伏した。

「なんなのいきなり!」と柊は、篝火の奇行をうっとうしがるように語気を荒げる。「てゆうか、そういうのってわざわざ宣言して始めるようなものなの?」

「ものなの、ものなの」テーブルに頬を付けたまま、篝火は言う。「それじゃあトークテーマ、『今までどんなバレンタインだった?』。はい、榎ちゃんから」

「え、あ、はい」突然のフリでもそれに応えようと、榎は考えた。「…あの、そんなに面白いことも無いんですけど…。小さい頃から、椿君と十六夜君には毎年あげてます。出来るだけ手作りで頑張ろうとしているのですが、一回明らかな失敗があって。チョコレート買ってきて、それを湯煎して少し手を加えたチョコを成形して固めたら、なんかすごく固い物が出来上がって。椿君に『歯、折れるかと思った』って言われたことあります」

「おお、ほんまにおもんないのぉ」

 と、テーブルに突っ伏したまま大物司会者然として言う篝火の頭を、柊は引っぱたいた。

「アンタの無茶ぶりに必死に応えてくれた榎ちゃんに、なんなのその態度!」

「ちょっ、叩いちゃダメだよ、柊さん」と榎は、柊をなだめる。

「痛ぁ~」篝火は、二日酔いでがんがんする頭に更なるダメージを負った。「でも、私はめげない。次は、柊ちゃん。あなたのバレンタイン、どないやねん?」

「え、アタシ?」

 と柊は、律義に考えた。

 しかし、思い出す事ができる思い出にはロクなものが無いことに、すぐに気付いた。

 高橋に渡そうと思っていた本命チョコを恥ずかしくて渡せず、結局自分で食べたこと。高橋に渡そうと思っていた本命チョコを恥ずかしくて渡せず、そのチョコを、チョコが欲しいとうるさく訴える楸の顔面に「じゃあ、これでも食ってろ」と投げつけたこと。高橋にチョコを渡すことは出来たが、「これ、日頃の感謝の気持ちです」とまるでお中元のようになったこと。高橋のために用意した高価なチョコと、チョコが欲しいとうるさい楸の為に用意した五円玉サイズのチョコを見比べた時、これでは高橋への好意があからさま過ぎると気付いて、恥ずかしさのあまり自分で両方食べたこと。

 思い返してみて語れるようなエピソードが無いことに気付いた柊は、苦肉の策に出た。

「アタシは、別に…。てか、そういうアンタはどうなのさ?」

 無理矢理、篝火に話の矛先を振った。

「私ですかぁ?」テーブルに突っ伏したままの篝火は、しぼんだ風船のように、力の抜け切った声で言う。「私は、良い思い出ないですねぇ。何でか知らないけど、クリスマスやバレンタイン当日によく別れるのよねぇ。チョコあげたらあげたで、『手作りとか、なんか重い…』って言われるしぃ。じゃあ軽くしてやるよってシフォンケーキ作ったら、また『重い』。まぁ、どっちも付き合って日が浅かったっていうのもあると思うすぃ、シフォンケーキの方に至っては自分でも薄々『質量の問題じゃないな』って思っていたすぃ、いいんだけどね。それにほら、あげる人がいなけりゃ、手間もかからない。むしろ楽チン!」

「………」「………」

「悲しい…」

 篝火は、涙を流した。

「何なの、こいつ?」と柊。

「誰よ!傷口 えぐるような話始めたのは!」

「アンタよ」「篝火さん」

「うぅ」篝火は、テーブルを濡らした。

「もう…過去は振り返りたくない。精魂込めて作った手作りチョコあげて悲しい思いする位なら、私もカッチカチの失敗チョコあげて笑い話にしたい」

 榎のことをバカにしている、そう察した柊は、篝火を叩いた。

 叩かれた篝火は、涙声で言った。

「うぅ…過去なんて振り返らない。…トークテーマ『今年のバレンタイン』。どうぞ」

「いや、どうぞって言われても…」と柊。

 篝火の作り出した重い空気に、榎と柊は戸惑った。

 だが、黙っていると重い空気に押しつぶされそうになるからと、榎から話し出した。

「私は、椿君と楸さん、十六夜君にカイ君、あと色々お世話になっているから柊さんに頼んで高橋さんにも渡そうかなって」

「アタシも、榎ちゃんと大体同じ。あとは、お世話になっている他の天使に」

「私も、榎ちゃんと大体同じ」と篝火。

「何でアンタも同じなのよ!」

 柊は言った。

 しかし、柊のツッコミを無視して篝火は続ける。

「あとは、う~ん…石楠花さんにでもあげようかな。危険な色気漂う大人な殿方には、お子ちゃまたちとは別に、私製の私型『チョコを塗った私』を」

「黙れ変態!」

 柊に冷たくされても、篝火はめげない。

「あ~、受け取ってもらえるかしら?甘い物とか、苦手だったりしないかしら?」

「大丈夫だと思うよ。石楠花さん、いつもお菓子食べてて、甘いのも結構食べてるみたいだから」

 榎は言った。

 柊も、篝火の発言を大した興味も無く聞いていた。

 だが、二人はこの時、篝火の発言である問題に気付く。

「「あ」」二人は、同時に思った。

「「カイ (君)って、甘いの食べれるの?」」

「「「………」」」

 その答えは、誰も持っていなかった。


「椿君も十六夜君も、甘いのは大丈夫な人だよ」と榎。

「楸も、まぁ見れば分かると思うけど、大丈夫。高橋さんも、普段からチョコは食べてるから大丈夫なはず」と柊。

「お酒好きは甘党が多いっていうものね。ちなみに、私も甘いの好きよ」とピースしながら篝火は言うが、「アンタの情報 今要らない!」と柊に拒絶された。

 三人は今、ちょっとした問題にぶつかっていた。

 しかも、柊に至っては、少しややこしい問題も抱えている。

「てか、なんかカイに渡すのを想像すると、他三匹より緊張するんだけど」

 一応言っておくと、他の三匹とは椿、楸、十六夜のことである。

「そう?」榎は、慌てる柊に同意できずにいた。「私は、みんなと同じく渡せると思うけど」

「いや、でもほら…カイって結構優しいでしょ」と柊は、若干取り乱して言う。「椿や十六夜には、業務連絡の資料を渡すぐらいの感じで渡せると思うの。楸はもう、あれはただのガキだし、池の鯉にエサをやる感じであげれる。でも、カイ 優しいから、もし甘いの苦手だったらと思うと下手に気を使わせるような気がして」

 柊が言うのを聞いて、榎は、これはもしや、と思った。これはもしや、駄菓子のオマケであるらしいと噂を聞いたことがある、それか?みたいに。

「男の優しさなんて、みんな下心よ」

 と嘆く篝火に、榎は「篝火さん、静かに」と注意してから、「柊さん。カイ君が甘いの大丈夫かどうか、今のうちに確認しておこうよ」と柊に提案した。

「えっ、確認って?」と柊。

「メールか電話で、訊くの」

「えっ、アタシが?」

「うん。だって私、カイ君が甘いの全然食べられなくて、『椿、パス』とか『榎には悪いけど、明日は丁度燃えるごみの日だし』って言われて処分されても、全然平気だから」

「全然平気なの?」と驚愕する柊。「てか、もしカイがそんなことしたら、アタシ、アイツのこと叩っ斬るよ」

「そうならない為にも、ほら、訊いておかないと」

 榎は、柊の恋愛事情をよく知らない。柊が高橋へ向ける好意も、「お父さん、だ~い好き」というような、上司と部下の関係が良好であるだけのことだと思っている。だから榎は、よく分からない柊の恋愛事情より、知っている『柊に好意を向けるカイ』のことを応援することにした。

 榎に半ば無理やり背中を押され、柊はしぶしぶ『いきなりだけど、甘いのとか平気?』とカイにメールを送った。

「もし無理って言われたら、どうしよう?」と柊。

「その時はその時で考えよう」と榎。

「でも、もしこのまま返信来なかったり気を遣って嘘吐いてくれたりしたとして、やっぱり迷惑じゃないかな?」

 榎と柊は、もしものことで話を進めた。

 しかし、いくら待ってもメールが返って来ない。もしもの話だけが勝手に膨らんでいく。

 どうしたものか?

 悩み黙ってしまう榎と柊だったが、そこに篝火が「いいじゃない、別に」と入ってきた。

「嫌がらせするワケじゃないんだし。相手が受け取ってくれるかどうかで悩めるだけ、幸せじゃない。バレンタインに自作のシフォンケーキを泣きながら食べる私に比べたら、十分ハッピーよ。それに、下心溢れる優しい紳士なら、相手の気持ちを無下にするようなことはないんじゃない?少なくとも、私みたいに想いを受け取ってもらうことすらできない、なんてことはないんじゃないかしらね」

 篝火としては、ただの愚痴のつもりだった。榎と柊のことを、僻んでいた。

 しかし、その言葉は「「おぉ…」」と二人を感銘させた。

「そうだね、篝火さん!」と榎。

「えっ…?」

「別にあげることは悪いことじゃないし、『つべこべ言わず貰っとけ!』ってことね。アンタもたまには良いこと言うじゃない」と柊。

「えっ…?」

――なんかポジティブに解釈されている…?

 篝火は、戸惑った。

 が、

――ま、いっか

「そうよ!」

 篝火は、誇らしげに胸を張って言った。

 なんかいい事した気がした、篝火だった。



「父上!」

 拳王・ゴリラは、五十嵐の部屋を訪れた。

「おう、どうした?」

「もうすぐバレンタインだなぁ」

 拳王・ゴリラが言うと、五十嵐はあからさまに嫌そうな顔をした。

 その反応を不審に思う拳王・ゴリラに、五十嵐は言う。

「けっ、バレンタインが何だ?チョコを渡すなんてバカみたいな風習がすっかり定着してやがるが、あんなもん人間の菓子会社が考えた営業戦略だろ。アホらしい。自分を見失ってただ流れに乗ることほど、愚かなことは無いぜ」

「いや、父上…」

「おぉ、おめぇ…間違っても俺にチョコを持ってくんなよ。チャ子のいる高橋やカミさんがいる神崎、人望の厚い白木と比較すると、俺が一番チョコを貰える可能性が低いことくらい自分でも分かってんだ。俺を惨めにさせるな!バレンタインなんてクソ喰らえだ!」

「父上!」ヤケになる五十嵐を、大声を出して拳王・ゴリラはなだめた。「そう卑屈になることは無い。今日は、そんな父上にピッタリの策を持ってきたのだ」

「あ?」

 自暴自棄になっていた五十嵐は、拳王・ゴリラの言葉で落ち着いた。

 落ち着いてソファーに向き合って座ってから、拳王・ゴリラは話し始める。

「実は昨晩、自らをアップデートしてみたのだが…」

 拳王・ゴリラが言うと、「おぉ」と五十嵐は感嘆する声を上げた。

「自分で作っといて言うのも何だが、そういうことを普通にしちゃうわけだ。俺の手を離れて、おめぇは成長していくんだ」五十嵐は、戸惑った。が、「まぁいいや。で、それでどうした?」と話の先を促した。

 五十嵐に問い掛けに、拳王・ゴリラは応える。

「アップデートした結果、普段嫌な所が目立っていたとしても、たまに良いことをすると全てが許されるらしいというデータが出た。普段は横暴な描写ばかりだが、たまに『心の友』への情に厚い漢気を見せると、全てが許されるらしい」

「お前それ、ただド〇えもんの映画観ただけじゃねぇか?」五十嵐は、つっこんだ。「それってあれだろ?映画版のジャ〇アンが良いヤツだっていう、不良が捨て犬を気遣っていると優しいヤツに見えるみたいな、そういうギャップだろ?何がアップデートだよ…」

「ホント、ド〇えもんが帰ってきて良かった」

「知らねぇよ!てか、その話だとジャ〇アンは終始嫌なヤツじゃなかったか?」

 五十嵐はつっこむが、「とにかく!」と拳王・ゴリラは無理矢理話を進めた。

「ジャ〇アン映画版の原理は、かなり有効だと思うのだ」

「……で?」

「父上は御存じかどうか知らないが、アメリカではどうやら、バレンタインの日に男から女性へプレゼントすることが慣わしとなっているようだ」

「ほう…」

「だからここはひとつ、バレンタインの日に父上が女性にプレゼントを贈ってはどうか?」

「は?何でそうなる?」

 拳王・ゴリラの言わんとしていることを理解できずに五十嵐は、怪訝な顔をした。

 いまいち理解の悪い五十嵐に、拳王・ゴリラは「だから!」と説明する。

「普段父上は、ヒナさんに怒られてばかりだろう。飲酒に喫煙と生活態度を改めるよう言われている。だが、父上はそれに反発しているから、ヒナさんとの仲は険悪になっている。そこで、目前に迫るバレンタインの日を活かし、この日一日でもヒナさんに好印象を与えておけば、あとは自由になるのではないだろうか?それこそジャ〇アン映画版の原理、バレンタインの日に良くしておけば、あとは許されないだろうか?」

「おぉ…!」

 拳王・ゴリラの話に、五十嵐は目からうろこを落としそうになった。

「それだ!」と五十嵐は、声を高くする。「一年間とはいかなくてもおめぇ、上手く行きゃしばらく小言言われずに済むぞ。やってみる価値大だ!」

 五十嵐に誉められ、拳王・ゴリラは誇らしげだ。

「俺のデータだと、プレゼントには花束が定番らしい。だから当日は、バラの花束を用意しておこうと思っているが、よいか?」

「おお、よいよい。まったく、何から何まですまねぇな」

「何を言うか。父上の為を思えば、何も苦ではない。むしろ、俺にとっても喜びになる」

 良い息子を持った、と五十嵐はしみじみ感じた。

「ひひっ。こりゃあ楽しみになってきた」

 全く興味も無く滅びればいいと思っていたバレンタインが一転、待ち遠しい物へと五十嵐の中で変わった。

 自由を手に入れる日を、五十嵐は心待ちするようになった。



「お、おい!ちょっと待て!」

「なんですか?今更命乞いですか、カイ君?でも、残念ですね。御存じの通り、僕は『2進めるカード』を持っている。今ここでこれを使えば、僕は確実にゴールできる!今度はキミがボンビーと仲良くする番ですよ!」

「ちげぇ、バカ!ゲームの話じゃねぇよ」とカイは語気を荒げ、十六夜に言った。「あ、でも、そのカード使うのもちょっと待てよ。考え直せ」

「それで、何かあったの?」

 話を進めようと、楸は訊いた。

「お、おう」落ち着きがなく、挙動も不審なカイに、みんなはゲームの手を止めて注目した。カイは、ケータイの画面を注視しながら言う。「今、柊さんからメール届いた。『いきなりだけど、甘いのとか平気?』って。こ、これってアレだよな、バレンタインのチョコについて調査してんだよな?」

「調査って…」と呆れる椿。

「あぁ、カイだけは甘いの平気かどうか分からないから、確認のメールが来たんだね」

 楸は、事態を理解した。

「おい!じゃあ、期待しちゃっていいのか?いいのか、おい!」

 一人盛り上がるカイ。

 だが、そこに水を差す人がいた。

「そうとも限らないんじゃない?」

 と十六夜が、思案顔で言った。

「あ?どういうことだよ?」

「メールをよく見て。甘いの『とか』って書いてある。こうやって質問をぼかしたってことは、他にも何か訊きたいことがあるんじゃないかな?」

 見た目は子供でも頭脳が大人な名探偵が警察にヒントを与えるかのように、若干声のトーンを上げた十六夜が言った。

――いや、特に意味は無いと思う

 椿と楸はそう思い、十六夜の発言はただの悪ふざけだと察した。

 だが、「おお、なるほど」とカイが十六夜の言葉を否定しなかったので、面白そうだから、二人も悪ふざけに興じることにした。

「甘いの反対だと、辛いじゃない?」

 そう意見を投げる楸に対して十六夜が「でも、辛さは味覚じゃなく痛覚だよ」と否定的な意見をぶつけたが、椿が「今そういう情報要らない」と道を塞ごうとする障害物を除いたので、楸は続けた。

「甘いのとか、辛いのは大丈夫って訊きたいんじゃないかな?ほら、柊って、ガム噛んだり俺がアメなめたりする感覚で、唐辛子噛むでしょ?」

「うそ!」と驚愕のカイ。「マジかよ?」

「マジマジ。いつも有り得ない辛さのカレー食べてるから、普通のカレー食べた時に『何これ?ティラミス?』って言うような女だよ。だからたぶん、そのメールも『甘いカレーもあるにはあるけど、激辛カレーがお勧めの店があるの。一緒にどうかなって思うんだけど、甘いのとか平気?』っていう意味だと思うよ」

「辛いのか…レトルトの辛口だったら食えるんだけど…」真剣に悩んだカイは、一つの答えを出した。「うん。なんとかなるだろ。大丈夫だ」

「つーか、別に辛いのとは決まって無くね?」と椿は、割って入った。「甘いのと一緒に食べる物って考えると、しょっぱいものだろ」

「しょっぱいの?」とカイ。

「ほら、甘いのを食べると今度はしょっぱいのを食べたくなって、でまた今度は甘いのをって、そういうループってあるだろ」

「それで?」と楸。

「……そういうこと」

「しょっぱいのは椿の意見でしょ」

「っせぇクソ天使!」

 恥ずかしさを払拭するように、椿は怒鳴った。

 このままでは椿と楸がケンカする、そんな空気が「甘いのが食べ物のこととは限らないんじゃない?」という十六夜の一言で、静まり返った。

「おぉ…」

 盲点を突かれた、というような驚きがカイの中に生じた。

「甘いの…たとえばそう、経験や展開とか!」

「なるほど、それだ!」

 と十六夜の意見に同意する楸は、手を叩いた。

「どういうことだよ?」とカイ。

「いいですか?」十六夜は、説明を始めた。「ひーさんは、ひーちゃんには優しいけど、僕たちには厳しく接します。意図的なのかつい強がってしまうだけなのかは分からないけど、ひーさんにも『そうしてしまっている』という自覚はあって、『何で普通に出来ないんだろう?』って悩んでいます。これが、苦みです」

「俺は、別に苦くねぇけど…?」

 カイの疑問を置き去りに、十六夜の言葉を継いで神妙な語り口で、楸は言う。

「素直になれない自分に感じる、苦み。相手に与えてしまっているだろう、辛味のような攻撃的な刺激。でも、本当の自分は甘い所もあるから、そこを知って欲しい。 では、どうすれば? 突然態度を豹変させたら、相手が戸惑うだけだ。だから、自分が変わるつもりなのだと相手に事前に知っていて欲しい。『苦い思いをさせたこともあったね、刺激的な辛味のように攻撃的な態度をしちゃったこともあったね。でも、今やっと、本当の自分を見せる決意が出来た気がするの。だから、答えて。甘いのとか、平気?』」

「「そう!」」

 楸と十六夜は、声を合わせて言った。

「「甘いのとかとは、甘酸っぱいことを意味していたんだ!」」

――いや、ねぇだろ!

 椿は、心の中でつっこんだ。

 だが、二人の話に衝撃を受けたカイは、真剣に考えている。

 甘い…甘える柊を。

――あのね、カイ……アタシ…

「うおぉっ!」妄想開始二秒で、カイは現実に戻った。「ハァ…ダメだろ、そんな…!俺はまず、『目を見て普通に会話する』をクリアしねぇとなんねぇのに」

「どんな妄想したのか知んねぇけど、動揺し過ぎだろ。つーか、クリアするべき目標低っ」

 呆れる椿に、カイは、「うっせぇ!」と語気を荒げて言い返した。

「てゆうか、『大丈夫です』ってだけ返事しようと思ってたのに、お前らのせいでなんて返事すりゃあいいのか分かんなくなったんだけど!」

 悩むカイの為に、楸と十六夜も一緒に悩んだ。

「『もっと質問を明確にして』って送ったら?」と十六夜。

「十分明確だろ!お前らが余計な事言うから、だから俺は悩まされてんだよ!」

「じゃあ、『全てを甘んじて受け入れます』とかは?」と楸。

「俺 何か悪いことしたか?懺悔みたいになってんだろ、それ!」

 楸と十六夜の意見は、見事とも言える位にあっけなくカイに拒否された。

 残る希望は椿に、そんな視線を三人は送る。

 期待に応えなくては、その想いが椿の脳を活性化させた。

「……ばっ…ばっちょこーい…」

「「「はぁっ……!」」」

 椿の答えに、三人は、開いた口がふさがらないほど驚いた。

「超つまらない」「バレンタインのチョコと野球の掛け声をかけたつもりかもしれないけど、ひど過ぎる」「何、今の?」「本気で言ったのだとしたら、精神科医への受診を勧める」「ホントもう、橋から崖下に落ちて、実は生きていた系のフラグを漂わせるフリして、二度と出て来ないで欲しい」「ゲロ出る」

 非難の声が集中する椿は、真っ向から対立するように「っせんだよ!」と言い放った。

「つーか、もう返事とかどうでもいいだろ!」

 椿はそう言うが、カイにとってはどうでもよくない、重大な問題だ。

 だからカイは、答えが出ないまま四人が分かれた後も一人、真剣に考えていた。

 春が近付いているとはいえ、未だ少しでも長く暗闇をと世界が求めているような時間の中、カイは、柊への返信メールを打った。



 柊が自宅で座って雑誌を読んでくつろいでいたら、ケータイの着信音が鳴った。

「あ、カイからだ」

――随分時間があいたけど、今日忙しかったのかな?

 そう思いながらケータイを手にし、メールを開く。

『遅れてすみません』

 その件名の下の本文を読んだ柊は、頭に「?」を浮かべた。

『甘いのとか大丈夫です。全てを甘んじて受け入れます』

「…何これ?懺悔?アイツ、何か勘違いしてる?」

 柊は不思議に思ったが、「ま、いっか。甘いの大丈夫って言ってるし」と気にしない事にした。


一応言っておきますけど、柊、唐辛子を噛んだりしませんから。


私事ですが、昔、二月十三日の放課後に友人の忘れ物に気付き、それを翌日に届けたことがあります。その時、ただで返しても喜ばれないだろうからと、お節介ながら、きれいにラッピングしました。もちろん、それだけでは愛がないからと、手近に合ったおせんべいの乾燥剤も一緒に包んで。

翌日にそれを見つけた時、すごく友達が不機嫌になりました。



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