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天使に願いを (仮)  作者: タロ
(仮)
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番外編 榎のお願い4


「ダメ……我慢できない…」

 自室で一人、榎は悶えていた。

 湧き上がる欲求を抑えきれず、苦しんでいる。

「また……もう一回…」

 榎は、あの時を思い出していた。

 口が覚えているあの感触、それを思い出しては、切なくなる。

 出来る事ならもう一回、榎は思った。

「椿君のこと、また噛みたいな…」

 榎は、椿に噛みつきたい、という欲求を抑えきれずにいた。

 榎が椿に噛みついたのは、一度だけ。それも、腕を少し噛んだだけだった。本当なら腕よりも、もっと胴体部分を噛みたいと思っているのだが、それが出来ずにいるのが現状だ。

 噛みたい欲求を抑えるため、榎は、毛布や自分の腕などを噛んでみたこともあった。

 しかし、それでは満たされない。

 毛布とかは、なんか違う。自分の腕は、痛いだけ。

 やっぱり噛むなら椿君だよね、それが榎の結論だった。

 しかし、事は容易ではない。

 一度噛みついたという前科がある為、椿の警戒心は強くなっている。しかも、二度も同じことをすれば、前回の反省が無いとみなされて、さらに怒られることも考えられる。

 それに、問題はまだある。

 椿に噛みつきたいという欲求に加え、他の欲求も芽生えているのだ。

 欲求を抑えつけようとしても、理性が負ける。どちらかの欲求を優先しようとしても、どちらも譲るということをしない。

 どちらも、したい。

 そして、榎は一つの結論を出す。

「どっちもしよう」

 拳を固く握りしめ、榎は誓うのであった。



 後日。

 榎は、椿の部屋に潜入することに成功していた。

 潜入することは容易い。『明日、椿君のうちに遊びに行ってもいい?』とメールを送り、椿の事情によっては別日を勧められる事もあるのだが、今回は『いいけど…』という返事をもらえたので、容易く潜入出来た。

 榎が椿の家に行くと、椿が出迎えた。

「いらっしゃい」椿は、不信感を顔に出して出迎えた。「つーか、何の用?」

「ううん。用とかじゃなくてね、ちょっと遊びに行きたいなって」

 警戒心の強い椿であったが、それでなんとか誤魔化した。

 榎は今、椿の部屋に居る。

――あぁ、椿君の匂いがする。落ち着くなぁ

 癒しを感じる榎だが、椿の部屋に来た本来の目的を忘れてはおらず、気を引き締めた。

 しっかりしなければ。今から、史上最大の作戦が始まる。

 そう自分に言い聞かせて、榎は気を引き締めた。

「榎」何やら部屋で立ち往生している榎に違和感を覚えながら、椿は「コーヒーか何か飲むか?」と訊いた。

「あ、うん」榎は、慌てて応えた。「あ、でも、いいや。うん、大丈夫。お構いなくどうぞ」

「……そ」

 挙動不審な榎の態度を怪しく感じながら椿は応え、ベッドに背を預ける形で座った。読みかけのマンガを読み始める。

 榎も、椿から若干の距離を置き、座る。

 二人の間に、沈黙が生まれる。

 だが、この沈黙の空気を放っておいて大きく成長させることほど危険な事は無い、と榎は知っていた。沈黙は、目的を達する為の足枷にすら成り得る存在だ。そう思っている榎は、何とか沈黙の空気を振り払おうと、自ら動き出した。

「あのね、椿君」

「ん?」

「今日は、お願いがあって来ました」

 正座をした榎が、改まって言った。

「お願い?」

 と、椿はマンガを閉じて置き、榎と向き合う。

 何だろうと思いつつ、榎の放つ雰囲気から、何となく椿は理解した。

 詳細は分からないが、椿ははっきりと応える。

「断る」

「えぇ!何で?椿君」

 取りつく島も無い椿の態度に慌てる榎だが、一方で椿は冷静である。

「何でも何も、こういう時のお前の頼みはロクな事じゃない。付き合って痛い目見るのはこっちだからな」

「そんな…」と気落ちしかけた榎だが、「でも、今回のはあんまり痛くないよ」と必死に弁解する。

「あんまりって、どっちにしろやっぱ痛いのかよ!」

「うん、たぶん少し……でも!大丈夫」

「何が?」

「えっ?あ…うん。…大丈夫」

「根拠ゼロか!」

 椿に言い切られ、榎の計画はご破算になった。



 かと思いきや、何とかなった。

「お願い、椿君!これやらないと、なんだろう…たぶん私、何かしらのアレに呪われる。それか、うん…お願い!」

 そんな榎の懇願あって、椿はしぶしぶ折れた。

 折れた椿は今、まだ日も高いというのに、病気でもないのに、ベッドの上で布団にくるまっている。

「何で?」

 椿は、当然の疑問を口にした。


 当然、榎の作戦である。

 榎は今回、『椿に噛みつく』こと以外にも、別の目的を持っている。それは、『寝ている椿のお腹にダイブ』だ。小さい子供が日曜日にいつまでも寝ているパパを起こすようにとママから命令されたとき、しばしば見られるあの技だ。日曜の夜にアニメを見ていたらそういうシーンを見て、「あ、いいな。面白そう」と榎もやってみたくなったのだ。

 その二つの目的を同時に達する為、榎は頭をひねらせた。

 そして、ある作戦を閃いた。

 作戦名『あらあら、寝る前にミートパイをつまみ食い?いけないボウヤ…それがあなたの最後の晩餐よ! 大作戦』

 作戦は、こうだ。

 まず、何とかして椿を床に着かせる。そこに、榎ダイブ (目的一個目、達成)。椿の反応は分からないが、相手の反応がどうであれ、素早く次の行動に出る。その行動とは、椿の頭を抑えつけ、後頭部をベッドから離さないようにすることだ。これで椿は、身体を起き上がらせることができなくなる。そうすれば、椿の行動もかなり制限され、優位に立つことが出来、次の行動をし易くなるだろう。この時、椿の目を覆って視界を遮断することができれば尚いい。そして、そのような状況を作った後、ゆっくりと椿を噛む (二個目にして最大の目的、達成)。あとは、謝る。

 これが、『あらあら、寝る前にミートパイをつまみ食い?いけないボウヤ…それがあなたの最後の晩餐よ! 大作戦』の全貌である。

 アメリカでも凄腕の女殺し屋 (色気ムンムン)が、何日もゆっくり時間を掛けて自然な感じを装って接近したターゲットである年下男性の寝込みを襲おうとした時、殺す間際にベッド横のスタンドライトの下にある皿に置かれた食べかけのミートパイを見て放った一言。

 そんな似ているようで似ていない榎の架空のイメージが、作戦名の由来である。

 名が体を表さない事も、ある。


 女殺し屋になった気分で榎は今、ベッドの上で布団にくるまっている椿を見下ろしている。作戦の出だしは、なかなか好調である。

「つーか、おい。え?俺今から、何されんの?」

 椿の質問に、榎は答えない。

 そんなことに付き合っている余裕、今の榎にはないのだ。

 榎は、ダイブするタイミングを計っている。

――あれ、これいつ 行けばいいの?ベストなタイミングって、この場合存在するの?というより、椿君 布団に入ったのに寝ない!

 シミュレーション時には気にならなかった問題が、榎を悩ませていた。

 ダイブするタイミングを見つけ出せず、苦悩する榎。

 しかし、作戦はもう動き始めている。椿が布団に入った時点で、もう後戻りのできない所まで来ているのだ。ぐずぐずしていたら、このまま何も出来ないまま、グッズグズの展開が待っている。

 そう思った榎は、意を決した。

 助走したりして勢いはつけず、その場で倒れ込むように、椿の腹にダイブした。

「うげっ!」

 突然の腹部へのダメージに、苦しむ椿。

 この椿のひるんだ一瞬を逃さず、榎は、次の行動に移らなければならない。

 しかし、作戦は分かっているはずなのに、それが出来ずにいた。

――椿君の匂い

 シミュレーション時には思いもしなかった鼻から伝わる刺激が、榎の行動を鈍らせた。

 また、それと同時に榎の中に、想定外の感情が生まれた

――は、恥ずかしい!それに…椿君、近いよ!

 榎の頭の中が、恥ずかしさと照れでいっぱいになった。

 作戦を考えた時は、椿を噛むことを第一としていた。その中でもう一つの目的である『椿へのダイブ』も出来るなら、と思っていた。だから、一つの流れの中で二つの目的が達成できる作戦を思い付いた時、榎は感動したものだった。

 しかし、その作戦を思い描いた時、シミュレーションの中でいつも動いていたのは、榎ではなかった。では、誰か?

 それは、架空の女殺し屋・キャスリン (色気ムンムン)だ。

 修羅場をいくつも潜り抜け、何人もの男性を手玉に取ってきただろう彼女なら、楽勝の作戦だっただろう。

 しかし、この作戦、榎には少々荷が重かったようだ。


「おい……おい!」

 想定外の展開に対応できず呆けている榎に、椿は荒っぽく声を掛けた。

「は、はい!何?椿君」

「お前がしたかったことって、これか?」

 言い逃れできないような威圧感を持って、椿は訊いた。

 そのただならぬ雰囲気を察した榎は、首を横に振る。

「これもしたかったことだけど、本命は別です」

「何だよ?」

「あの…椿君……」

 どうしよう、と榎は戸惑った。

 自分はキャスリンではない、榎だ。キャスリンと自分では、色気は天と地ほどの差がある。男を手玉に取った経験なんて、自分は指の一本も必要ない位だ。

 作戦は、完全に失敗。

 今の榎に出来る事は、「椿君の、出来れば肩の辺りを噛みたいのですが、どうでしょう?」と誠心誠意お願いすることであった。

 そして、「イイワケあるか!」と怒鳴る椿に、誠心誠意謝ることだった。

「ゴメンなさい…」   


今回はちゃんと「お願い」しました。まぁ、だから?って話ですけど。


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