番外編 アナザーワールド 円是流高校
椿って大学生の設定なのに、授業受けてないな。
ということで、こんな話です。
登場人物
椿……高校三年生。体育祭や文化祭は、理由も無く面倒くさがっちゃう。知的でクールなイメージに憧れ、図書委員になる。しかし、本を借りに来た女の子と運命的に結ばれるような気配は微塵も無く、ただただ暇な委員会に入ったとを後悔し始めている。月曜日は、登校中にマンガ週刊誌を買っていく為に少し遅れるし、授業中もどこか上の空。怒られるかもと恐々空けた左耳のピアスは、誰にも気付かれていない。
榎……高校三年生。勉強もわりと出来、体質的に動物と会話できることもクラスメイトから「すごい」と言って認めてもらえている。一見すると悩みが無いようにもみえるが、最近、好意を寄せている幼馴染が、「俺、女子高生大っ嫌い」とか言い始めたことが、彼女の最大の悩みとなっている。
楸……高校三年生。生徒手帳を自分の部屋で失くしてしまったからと言い訳をしては、度々校則を破る。別に授業中でなければアメを舐めていてもいいではないか、堅苦しい学ランを脱いでゆったりとしたカーディガンを着てもいいではないか、眠いのだから心地よい音楽を聞きながら眠ってもいいではないか。一部の先生は、成績も良いし、周囲に迷惑を掛けているワケでもないからと、彼に注意することを諦めている。
柊……高校三年生。授業を理解しようとして頭を働かせると、すぐにお腹が減る。早弁をすることを覚えたが、その量・回数は、運動部に所属する男子生徒を遥かに凌ぐ。購買部でパンが売り切れていたりすると、柊が買い占めたのではないかと噂が立つほどだ。最近の悩みは、胸の成長が全く感じられない事と担任でもある社会科の先生へ抱く密かな恋心に苦しんでいること。
カイ……高校三年生。何度かケンカで停学になる。しかし、基本的に売られたケンカを買っているだけで、彼は自分を「不良では決してない」と強く主張している。本名は、「梅花皮」と書いて「かいらぎ」と言うのだが、すっかり「カイ」で定着してしまい、先生を含め誰も彼を本名で呼ぶことはない。「カイ」と呼ばれることに不満は全くないが、ちゃんと本名を知ってくれているのかと不安になることもある。
十六夜……高校三年生。「この学校のてっぺんをとってやる」「俺がこの学校を裏から支配している」、そんなこと言っている人を探しているが、未だに出会えていない。最近、「給食って良かったな」「冷凍ミカン食べたい」とよく思うようになった。
篝火……高校三年生。たまに気まぐれに、食パンをくわえながら「遅刻、遅刻!」と慌てて登校してみるが、何かが起きたためしはない。どれくらい髪を染めたら怒られるのか、ハラハラしながらやってみたが、髪の毛が真っ青になった今でも怒られる気配はない。怒られなくて良かったとも思ったが、少し寂しかったらしい。
レイラ……高校三年生。しかし、小学生高学年の頃から外見に変化はない。クラスの中で誰よりも身長が低いことをコンプレックスに感じた時期も一瞬あったが、今では全く気にする事は無くなった。むしろ、階段を上っている時に前を行く女子のスカートの中が見え易いと、すっかり自分の強みとして捉えている。具合を悪くした女子を偶然保険医不在の保健室に連れ込む、というシチュエーションに憧れて保健委員になったが、みんなが健康のクラスで待っている仕事は、放課後のワックス掛けや冬季の加湿器のメンテナンスだけと知り、絶望している。
高橋……椿達のクラスの担任で、担当科目は社会科の先生。教え子たちのことを、時として問題ある行動でも、遠くから見守っている。基本的に放任主義で、授業以外で何かを積極的に教えようとすることは少ないが、生徒に頼られた時は、それに応えるようにしている。教え子たちと何時か酒を飲み交わすのが、密かな楽しみ。
五十嵐……担当科目は理科の先生。教科書で勉強することより実験を通して学ぶことに意義があると主張しているが、それは単に自分が実験するのが好きなだけ。いつ何時爆発を起こすとも分からない危険な人物でもある為、半ば追いやられる形で職員室よりも理科準備室に居る事が多い。
神崎……担当科目は英語の先生。「言語を理解することは、相手を理解することに繋がる」という持論を持つが、当の本人は、相手の話をあまり聞かず、授業中も身振り手振りが多く、「この人は、言語を無視してコミュニケーションを取れるのでは?もしくは、コミュニケーションを取ることが出来ない人なのでは?」と生徒を不安にさせている。
拳王・ゴリラ……担当科目は体育科の先生。図抜けた運動能力を持っていて、生徒の要望に応える、ということに関しては一番かもしれない。が、体育の授業では、自身と同レベルの常人離れした運動を生徒に求めてしまうことも多々ある。たまに、家庭科の授業に顔を出している。
雛罌粟……保健体育を教える事もある、保険医。生徒の悩み相談もしているが、最近は、自分の悩みも増えてきて困っている。その中でも彼女を悩ませるのは、一部の教師の生活態度が悪いことと、保健室をいやらしい場所だと勘違いしている生徒がいる事、そして自分の婚期についてである。
石楠花……担当科目は国語の先生。基本的にお菓子の類を禁止している校内で平然と駄菓子を食べていたり、自分の好奇心を満たすために平気で生徒を危険な目に遭わせたりする、やや問題のある人物。だが、彼に面接練習・論文添削をしてもらった学生は、一般企業や大学を問わず、広く好成績を収める事が出来るらしい。学校の七不思議が好きで、この学校にある七不思議は定期的に彼によって作られているらしい。
白木……学校長。一癖も二癖もある生徒・教職員を、温かく見守っている。持って生まれた童顔のせいかは分からないが、生徒がフランクに接してくれることを嬉しく思っている。が、最近は、癖者ぞろいの教職員を束ねていけるだけの威厳とカリスマ性が欲しいと思っている。
○
私立 円是流高校。
「円是流」と書いて「エンゼル」と読ませる、まるでヤンキーが考えたかのような学校名だが、別にヤンキー達の巣窟となっている学校というワケではない。少し変な名前の学校というだけのことである。
その学校に通う高校三年生の椿は、朝の気だるさを感じたままの、不機嫌そうな顔をして教室に入ってきた。
そんな椿を出迎えたのは、「やり直し!」と注意する楸の声だった。
聞こえているのに聞こえていないフリをし、椿は自席に向かおうとする。が、「おい。ちょっ、待てよ」と楸がやってきて、通り道を塞いだ。
「何だよ、一体?」
面倒くさそうに、椿は言った。
だが、それに対し楸は、平然とした面持ちで「挨拶がなって無い」と言い返す。
「あ?挨拶だ?」
「そう!挨拶は一日の始まりなんだから、ちゃんと明るく元気にやらないと!」
「おっはー。これでいいな」
「ダメ!てゆうか、まさかのチョイス!でも、やるならちゃんとフリ付きでやらないと。明るくもないし、元気も感じられない」
「っせぇな」椿は、面倒だなという思いを強くした。「じゃあ、どうすりゃいいんだよ?」
椿にそう訊かれ、ゴホンッと咳払いをしてから、楸は言った。
「おはよう、みんな!今日はすごくいい天気だ、良い日になりそうだよ!」
「んなヤツいるか!」
ミュージカルのような動作をくわえた挨拶をする楸に、それまでの鬱憤を爆発させるように、椿は怒鳴った。
その時、まるで椿の怒鳴り声を合図にしたかのように、「おはよう!」と爽やかに言う声がした。その声の正体、椿と楸の横をするりと通り抜け、窓に向かって歩みを進めているのは、篝火だった。
「すごく気持ちのいい朝だわ!こんな日は、きっと素敵な一日になるに違いないわ」
若干のウザさを伴う篝火が、窓際の自席へと向かった。しかし、そこまで楸のようにまるでミュージカルのワンシーンのように動き喋っていた篝火だが、席に着くと、そこが限界だとでも言うように、机に突っ伏した。
「もうダメ…」消え入りそうな声で、篝火は言った。「二日酔い、キツイ…」
「おい。さっそく高校生設定無視すんな」
やんわりとツッコム椿。
「さあ、椿。椿も篝火の様に、みんなに挨拶を」と楸。
「しねぇよ!」
「しろよ」
この後、しつこい楸にしびれを切らした椿がついに怒り、二人の言い合いは軽い取っ組み合いのケンカにまで発展した。しかし、それもほぼ毎日教室で見られる光景であるため、誰も仲裁に入ろうとしない。
椿達がケンカしている一方、教室の後ろの方で、別の二人も何やら言い合っている。
何時からだったか、度々教室に迷い込み、気が付くと住みついてしまったリスの為に置かれているケージの前で言い合っているのは、榎とレイラだった。
「ダメだよ、レイラ君!」困ったように怒りながら、榎は言った。「また女の子のスカート覗いてたでしょ!」
しかし、注意される相手が怖さを感じない榎ということもあってか、咎められているというのにレイラに悪びれる様子は無く、榎との温度差を感じさせる。
「そうは言いますけどね、榎さん。見ての通り、俺は背が低いワケですよ。でも、俺は上を向いて生きていきたい。そうしたら自然と、嫌でも、階段で女の子のスカートの中が見えちゃうんですよ」
「でも、私が注意した時レイラ君、少し身を屈めてたでしょ」
「それは……」と一瞬言葉を詰まらせたが、「アマリリスを探していたからですよ」と、ケージの中のリスを指差した。「こいつ、今朝脱走しちゃって。俺が見つけて、ケージに戻したんです」
レイラが言うと、ケージの中でリスが暴れた。
それを見てレイラは「ほら、俺に見付けてもらって喜んでる」と言うが、それが嘘であることは、動物の言葉が分かる榎にとって、明白であった。
「マリーちゃんは、『ウソつけ。このエロガキ』って言ってるよ」
「あれれ?」とレイラはとぼけてみせた。
しかし、「レイラ君!」と凄味を増した榎から、この後厳重注意を受ける。
教室の前では椿と楸が、教室の後ろでは榎とレイラが、それぞれやんややんやとうるさくしている。その一方で、教室の真ん中辺りでも、何やら動きがあった。
椿並に不機嫌そうな顔をして、猫背で姿勢の悪い男・カイが、今日やっと停学が明けて学校に来た。ケンカをして頬に作った傷が、まだ生々しくある。椿に付きっきりになっている為に楸は見過ごしてしまったが、彼もまた、誰にも挨拶せずに教室に入ってきた。
ケンカをしたことでの自宅謹慎処分に対する不満が未だ解消されていないカイは、ドサッと乱雑にカバンを机に置き、ドカッと椅子に腰かけた。
ともすると、このクラス一の問題児の登場のようでもある。もしかしたらこの後、血みどろの乱闘でもあるのか、そう思わせるかもしれない。
だが、そんなことは決してない。
「おはよ、カイ」
隣の席に座る柊が、カイに気付いて挨拶した。
その柊のたった一言で、ピクッと反応したカイは、背筋を伸ばし、照れで頬を赤くした。
「お、おはようございます」
「アンタ、またケンカして停学くらってたの?」
柊に、いきなり痛い所を突かれた。いくらケンカをしたきっかけが、他校の不良にからまれている同校の生徒を助ける為であるからと言っても、ケンカをしたのは事実だ。それが原因で、自宅謹慎処分を受けていたこともまた事実。
だからカイは、「はい…」と力無く答えたあと、続く言葉がなかった。
そんなカイを見て、柊は、「ハッ」と短く笑った。
「ケンカもほどほどにしなよ」
興味無さ気に、柊は言った。
柊のその言葉には、軽蔑や侮蔑といった感じはなかった。もしかすると、風邪を引かないように気を付けてね、と掛ける言葉に似ているかもしれない。ケンカをするのはある程度しょうがない、そう諦めた上での、一応掛ける言葉だ。
しかし、その言葉は、カイの胸に深く突き刺さった。
「はい…」
苦笑したカイは、応えた。
そして、自分が自宅謹慎処分を受けたケンカについての話題は一段落ついた、と察したカイは、ずっと気になっていた「ところで、柊さんはそれ、今朝食ですか?」と訊いた。
カイと話し始める前から柊は、お弁当を開いて食べていた。
だから気になってカイは訊いたのだが、柊は「ううん」と首を横に振った。
「お腹空いたから、ちょっと早弁」
柊は、言った。
まさか登校直後、ショート・ホーム・ルームも始まる前から早弁をしているとは思わなかったが、カイは「そうですか」と頷いた。いくら早弁でも早過ぎるのでは、とは言えなかった。
「食べる?」
柊はそう言って、箸で掴んだ卵焼きをカイに向けた。
柊としては、話の流れから起こした気まぐれでしかなかったが、カイにとっては、棚から降ってきたぼたもちだ。
「えっ、いんすか?」
「うん。ちょっと甘いかもしれないけど、それでよかったら」
「えっ?」カイは、驚いた。「これ、柊さんが作ったんですか?」
カイにとって、喉が渇いたから水道水を飲もうとしたら、コップに入った水を差し出され、しかもそれが何処かの山の雪解け水とかいうミネラルウォーターだった、それとは比較できないほどに意外性ある喜びだった。
一人勝手に舞い上がるカイを気にすることなく、柊は「うん」と平然と頷く
「他はほとんど冷食だけどね。卵焼きぐらいは自分で作れるよ。それにほら、アタシみたいに何回もご飯食べてたら、それだけで食費もバカにならないでしょ。だから、少しでも節約するために、お弁当の方がいいのよ」
その言葉のほとんどは、カイの耳には入って来なかった。
柊お手製の卵焼きを食べられる、それだけで胸がいっぱいになった。
これを食べたら、もしかしたら自分は死ぬのではないか。大袈裟かもしれないが、カイは、そう思う位幸せだった。
しかも、だ。
卵焼きを自分の口元にまで運んでもらい、柊に「はい」と食べさせてもらったりしたものだから、カイの幸せ許容ゲージは、一気に溢れ返った。
――学校には、こんな幸せがあるんだ
そう思ったカイは、ケンカをして停学にならないようにすることを、強く心に誓った。
教室内が、騒がしくなってきた。
その中でも一際うるさいのは、やはり教室の前方でケンカを続けている椿と楸だろう。
誰も止めに入る者がいないから、ケンカの熱はどんどん増していく。
しかし、そんな二人のケンカを止める者が現れた。
「朝っぱらからうるせぇよ」
そう言ったのは、高橋だ。
高橋は、出席簿で椿と楸の頭を叩いてケンカを止め、「ほら、腐れガキ共。さっさと席つけ」とクラス中に通る声で言った。
高橋の登場と号令に、朝のショート・ホーム・ルームが始まるのだと察した椿を含む生徒たちは、各自の席に座った。そう、楸以外は。
楸は、出席簿で叩かれた頭をさすりながら、「ねぇ、高橋さん」と話しかけた。
「『腐れ』って言葉、教職者としていいんですか?」
「どういう意味だ?」高橋は訊いた。
「だってほら、結構有名なセリフで、先生が生徒に『お前らは腐ったミカンじゃない』的なことを言うヤツがあるじゃないですか。先生の高橋さんが、生徒に『腐れ』って言うの、まずいんじゃないですか?」
責めようとしているのではなく、気になったからという理由で、楸は訊いた。
その質問に対する高橋の答えは、「いいんだよ」だった。
「俺は別に、『腐ったミカン』とは言って無いだろ?それに、だ。お前らは、ミカンじゃない、人だ。俺から言わせてもらえば、生徒を果物に例えて話をすることの方が、教師として如何なものかと思うがね」
「それも、ちょっとまずいんじゃないですか?」
とある有名な先生を否定するような高橋の発言に、楸は眉をひそめた。
しかし、「くくっ」と笑いながら高橋が「いいんだよ」と言い切るものだから、楸は「いいんですか…」とそれ以上は何も言えず、黙って席に着いた。
楸が席に着くと、高橋は出席を取り始めた。
一人一人の名前を呼びながら、出席を確認していく。
「十六夜は休みか?」
高橋がそう言うのと、ほぼ同時だった。
教室後方の引き戸がガラガラっと音を立て、開いた。
そこから飛び込むように入ってきたのは、丁度今 名前が挙がっていた十六夜だった。
「寝坊しました」
走ってきたのだろう、十六夜は息を切らしている。
「寝坊か?」と高橋。
「いや、寝坊って言ったじゃん」
と椿は呆れて言ったが、「いえ!」と十六夜が首を振って強く否定すると、今度は「違ぇのかよ!」と声を高くした。
そんな椿のシャウトを無視し、十六夜は、遅刻の理由を説明し始めた。
「あのですね、まず、今日はいつもより少し遅く目が覚めたのですよ。そしたら、『あぁ、今朝はゆっくりご飯を食べてる暇ないな』と思って、せめてパンの一枚でも食べながら学校に行こうと思ったワケです。しかし!そこで、問題が起きました。なんと、トースターの調子が悪く、パンが焼けないのです。でも、僕の口はもうパンの口になっていたから、何とかならないものかと、トースターの修理を試みていたのです。そしたらこのザマですよ」
「つーか、所々で余裕があったように感じるのは俺だけか?」
そんな椿の嫌みは、十六夜に届かなかった。十六夜の耳に届いたのは、「それは大変だったな」という高橋の労いだった。
「それで、パンは食べられたのか?」高橋は訊いた。
「はい!」十六夜は、ニカッと笑みを浮かべて答えた。「何とかトースターも直せまして、その後、あのパキッと折って二種類の調味料が出せるヤツ、あれをチョコ&マーガリンにするかハチミツ&マーガリンにするかで悩みましたけど、やっぱり基本に立ち返ってイチゴジャム&マーガリンにして正解でした」
「お前、絶対もっと余裕あっただろ!」
そう責めるように椿は言うが、担任教師である高橋は「くくっ。それは良かったな」と笑っていて、結局、十六夜の遅刻は不問となった。
そして、全員揃っていると出席を取り終わり、特に連絡事項も無いからと、授業に入る。
一時限目は、理科である。
いきなりの教室移動に、「理科室まで行くの面倒くさい」「教室でやればいいじゃん」「もう、ここから近いし、美術室で良くないかしら?」「それだったら、ちょっと遠いけど保健室は?」「何でだよ!」「理科室でやるのって、先生がその隣の理科準備室に住んでるからだろ?」「相変わらずのカスっぷりだな、五十嵐は」などなどと、生徒たちの口からは、不満が漏れ聞こえる。ちなみに、最後のは柊。
しかし、文句は言うものの、生徒たちは理科室にちゃんと来た。
天板が黒い数人掛けの机に、各班に分かれて座る。座って待っていると、黒板の横にある、隣の理科準備室と繋がっている扉から、白衣に身を包んだ理科担当教師の五十嵐が出て来た。
授業開始のチャイムと共に号令し、生徒が席に座ると、五十嵐は言った。
「はい。今日は、爆弾を作る実験をしまーす」
「ちょっとすんません!」食い気味で反応したのは、椿だ。「爆弾って、授業でそんなもん作っていいんスか?つーか、ダメだろ」
「先生!俺も反対です」そう言って勢いよく手を上げたのは、レイラだ。「爆弾なんかより、透明人間になれる薬とか服だけを溶かすスライムとか、そういうものを作って欲しいです」
「ただのエロ要求じゃねぇか!」とツッコム椿。
「先生!」次に手を上げたのは、篝火だった。「透明になったら、やっぱり服は脱がないとですよね?それって…」
言いながらその状況をイメージした篝火は、薄っすら頬を赤らめた。
「なに照れてんだ、気持ち悪ぃ!」とツッコム椿。「つーか、変態共は黙ってろ!」
「先生」次に手を上げたのは、楸だった。「昨日のドラマ、俺見逃しちゃったんだけど、録画とかしてませんかね?」
「後にしろ!つーか、雑談タイムじゃねぇよ!」
「はい。ツッコミご苦労」次のボケが出ないようにタイミングを見計らって、五十嵐が言った。「最初の『爆弾を作ってもいいのか?』という椿の質問だが、問題無い。今からお前らに作ってもらうのは…」
五十嵐がそこまで説明した所で、教室内にボンッという爆発音が響いた。
爆発音の出所は、カイのいる所だった。
カイは、事前に各自の前に置かれていた薬品を、五十嵐の説明を待たずに混ぜてしまった。その結果、ビーカー内の薬品は爆発し、黒こげになったカイが黒煙を吐いた。
その様を見て五十嵐は、一切動じることなく「あんな感じの爆弾だ」と説明を再開した。
「マンガやコントとかによく出てくる、見た目派手だが身体は無事、という爆弾を作ってもらう。各自の前に必要な薬品は置いたが、分量はテキトーだ。見事完璧な分量を見抜いてアフロ頭の黒こげになれた者には、期末試験の結果に十点プラスしよう」
「プラスしよう、じゃねぇよ!」と椿。「結局、爆弾は爆弾だろ?危ねぇじゃねぇかよ!」
「大丈夫だ。どんな調合をしても、大怪我することは無いようにした」
「軽傷だったら有り得るのかよ?」
その椿の質問に五十嵐は、ノーコメントという対応をした。
「おい!」と、尚も詰問しようとした椿だったが、「ハッ!」という柊の笑う声を聞いて、黙って柊の方を見る。
「五十嵐」
「『先生』を付けろ」
そんな五十嵐の注意を無視し、柊は言う。
「百歩譲って、爆弾を作ることは認めてやるよ」
「ひひっ。千歩譲って俺も、その横柄な態度を認めてやるよ。で、何だ?チャ子」
その呼び名にカチンときた柊だが、そこは堪えて続ける。
「爆弾を作ってもいいが、ビーカー内で爆発して被害を受けるのは許し難い。だから、何かボール状の物に爆発を収める方法を教えな。そしたら、もう少し危険度が高い物であったとしても、作っていい」
柊からの提案だった。が、五十嵐は、それを「却下」の一言で一蹴した。
「そんな方法を教えるとな、それを例えば、先生に向けて使おうとかいう不届きな輩が現れる。だから、絶対教えられない」
「チッ!」
柊は、舌打ちした。
五十嵐の言う通り、まさに柊は、少しでも殺傷能力の高い爆弾を作って、それを五十嵐にお見舞いしようと企んでいた。しかし、その企みも五十嵐に看破され、悔しがっている。
先生を亡き者にしようと企む同級生に唖然とする椿は、ふと、視線を別の所に向けた。
そこには、白衣を着て、牛乳ビンの底の様に分厚いレンズの丸眼鏡を掛けた二人の姿があった。
「では、実験を始めるぞ、榎君」
「はい、十六夜博士」
十六夜博士は、薬品の調合を始めた。いろんなビーカーの中の薬品を、一つの丸底フラスコの中で混ぜ合わせる。よく混ざるようにとフラスコを振っていると、突如として爆発は起きた。十六夜と榎の二人を巻き込むような、大きな爆発だった。
爆煙が晴れると、そこには、アフロ頭になった榎と十六夜の姿があった。
「何博士ごっこしてんだよ?」
呆れながら、椿は言った。
「違うよ、椿君」口から煙を吐き出しながら、ダメージを受けて弱々しくなった十六夜は言う。「博士は、僕。ひーちゃんは、助手だよ」
「楽しそうだからって…油断した…」
榎は、言った。
爆発によって倒れた十六夜と榎であったが、二人は、どこか満足そうであった。
事実、五十嵐の課題を見事クリアしたのは、この二人だけであった。
二時限目は、英語である。
先生は、何故かは分からないが、勝手に楽しそうな雰囲気のある神崎だ。
「ところでな」授業が始まるとすぐ、教科書も開かずに神崎は言った。「俺は、お前らに英語を、勉強の為にではなく、将来使えるコミュニケーションツールとして学んで欲しいと思っている。がしかし、今のままではそれが不十分であることに気付いた」
いきなりの神崎の語りに、生徒たちは頭にハテナを浮かべる。
そんな生徒たちの反応をいちいち気に止めることなく、神崎は続ける。
「何故なら!」と神崎は、声を高くした。「発音って難しいよね、ということに気付いたからだ」
「発音?」椿は、眉をひそめた。
「そう、発音だ!例えば、『R』と『L』の発音の違い、これがなかなか難しい。『右』を意味する『Right』と、『光』を意味する『Light』とが混合してしまっているのが現状だ。だから、今日は急遽、発音のトレーニングをする」
神崎がそう言った以上、もう何を言っても無駄だ、と生徒たちは、この流れを止める事を最初から諦めていた。しかし、先生のきまぐれに付き合うことに決めたとしても、意見を言っておきたい生徒もいる。
そんな生徒が一人、「はい!」と手を上げた。
手を上げたのは、レイラだった。
「先生。どうせ発音のトレーニングをするなら、手本になる女教師を呼んでいただけませんか?金髪ボインの美女とは言いません。が、舌の動きが艶めかしい色気漂う女教師希望です」
そのレイラの意見に、「はい」と篝火が手を上げた。
「先生。私、発音に自信はありませんが、さくらんぼのヘタを舌で結ぶことができます。どうでしょう?」
「どうでしょう、じゃねぇよ!」と声を荒げたのは、やはり椿だ。「つーか、黙ってろって言ったよな?変態コンビ!」
「まぁまぁ、椿」と発言権を求めて手を上げたのは、先生の神崎だった。
「いや、アンタは挙手しなくていいよ…」
呆れながら言う椿に、神崎は「そうか…」と応えた。
「それじゃあ、早速発音トレーニングを始めるぞ」神崎は、言った。「まずは、榎」
「はい」榎は、背筋を伸ばした。
「ライト、ライト」と手本を見せてから、神崎は、「はい」と榎にふった。
「ライト。ライト」
「うん、イイ感じだ。次は、楸。ライト、ライト。はい」
「ライト、ライト」
「うん、悪くないな。じゃあ次は、十六夜。ライト、ライト。はい」
「ルァイト、ライト」
「う~ん。少し舌を巻き過ぎかもな。それじゃあ次は、柊。ライト、ライト。はい」
「ラ……ちょっとカイ、あんまり見ないでよ。やりづらいでしょ」
「あ、すみません」
「じゃ改めて…ライト、ライト」
「グレイト!」
「ちょっ、すんません!」授業の流れを断ち切って、椿が言った。どうしたんだ、そんな神崎の視線を受けながら、椿は「あの…あんまこういうこと言いたくないんですけど…」と躊躇いながら、言った。
「文字だけで何やってるか分かり辛い!」
椿の激しいツッコミに、神崎は応えた。
「……All right」
それは見事な「R」の発音であったという。
三時限目は、国語・現代文である。
教壇に立つのは、「それって教職者としてどうなの?」と間違いなくその資質を問われることだろう、常に駄菓子を白衣のポケットに入れて携帯している石楠花。
しかし、そんな先生でも、一応授業はちゃんとやっている。
今日は、前回までの続きだ。
教科書に載っている話を指名された生徒が起立して音読し、その読まれた部分の内容について「先生と一緒に考えてみよう」的な、そんな感じの授業だ。
今、柊が読み終えたところだ。
「はい、そこまででいい」教壇の横に椅子を置き、そこに足を組んで座り、興味無さ気に柊が読むのを聞いていた石楠花は、張りのない声で言った。「もう少し漢字覚えろよ」
石楠花にそう指摘され、自分の不出来に悔しさを感じながら柊は、席に座った。
「それじゃあ、次は…浴衣の」
石楠花は、教科書から目も上げずに言った。
すると、『浴衣の』と指名された楸が、「先生」と挙手した。
「俺、こっちの世界では浴衣着てないよ。今はカーディガン」
「チッ」と舌打ちし、石楠花は露骨に嫌そうな顔をした。
「じゃ、お前ナシ」そう言って石楠花は、生徒達を見渡した。「ニット帽もニット帽被ってないし、数少ない個性を失ってるな」
「余計な御世話だ!」と椿。「つーか、名前呼べよ、名前」
「無理。だって知らないもん」あっさりとそう言い、石楠花は、また生徒たちの顔を見渡した。「ネコ猿は、平仮名すら危うそうだしな」
「どんだけバカにしてんだ!平仮名くらい余裕だ!」
カイは、語気を荒げて反論した。
「当たり前だ。自慢するな」とカイを軽くあしらい、石楠花は「じゃ、そこのぽっちゃり。ぽっちゃん」と十六夜を指名した。
「はい」
十六夜は、元気よく返事をして立ち上がった。
教科書を手に、一度軽く深呼吸し、十六夜は音読し始める。
「スイミーは…」
「ストップ」
十六夜が読み始めるとすぐ、石楠花は止めた。
はぁ、と溜め息つく石楠花に代わり、椿が「何で『スイミー』読んでんだよ?小学生かっ!つーか、いつもの教科書どうした?」とつっこんだ。
「そう言えば、昨日基礎からやり直そうと思って、小学校の教科書 読んだんだった。入れ間違えた」
盲点を突かれた、そんな顔をして十六夜は言った。
「じゃ、お前もナシ」そう言うと石楠花は、今度は「ちび助」とレイラを指名した。
「えっ、俺?」
レイラは、慌てた。
まるで居眠りをしていて授業を聞いていなかった、そんな慌てぶりだ。しかし、レイラは授業中ずっと起きていたのを石楠花は知っている。教科書を持ち、ずっと黙読していた位だ。だから、レイラの慌てぶりには、違和感があった。
しかし、それも次のレイラの一言で、解決した。
「ちょっと待ってください。このページ、写真しかないから」
「おい。お前、何見てんの?」
冷めた声で言う椿だが、その声は、レイラには届いていなかった。
レイラは、慌てて文字が書いてあるページを探している。
「あ、あった」レイラは言った。「えっと…青空の下、ビーチではしゃぐピチピチの水着ギャルが…」
「おい!」
「えっ?」
椿の怒気をはらんだ声に気付き、レイラは、教科書の影に隠したグラビア写真集を読むのをやめた。
「いいか?」そう前置きし、椿は言った。「今やってんのは『羅生門』なんだよ!スイミーやピチピチの水着ギャルが、どこに出てくるってんだよ!」
怒鳴った椿は、肩で息をしていた。
先生が、「ごくろう。後で菓子を、美味いと評判のあの棒をプレゼントしよう」と呑気な事を言っている石楠花なため、ツッコミ役に回らなければならない椿の苦労は絶えない。
どれくらい椿が大変そうかというと、榎が『ジャックと豆の木』の絵本を、篝火が『般若心経』を記した巻物をこっそり机の中にしまうという、二人がボケることを中断する位、椿は大変そうだったらしい。
四時限目は、保健体育である。
担当教員である雛罌粟が来る頃には全員席に着いていた生徒たちの、みんなの疑問を含んだ視線は、一か所に集中していた。
みんなの視線は、教壇の横に向いていた。
そこには、それまで無かった机といすが二組置かれている。
四時限目からいきなり転校生が来るなんて話は、まったくなかった。しかし、その席には確かに二人、いる。転校生ではないその二人は、そもそも生徒でもない。
「何しやがんだ!」
「こんなことして、PTAが黙っちゃいねぇぞ!」
そう怒鳴り声を上げ、教壇の横という教師からの特別招待席に座っている、というか、両手両足を縛られた上に椅子に縛り付けられているのは、教師である高橋と五十嵐だった。
そんな二人の特別生徒を無視して、雛罌粟は授業を始めた。
「はい。今日は、飲酒と喫煙についての授業をします。特別に招いた生徒もいますが、皆さんは気にしないでくださいね」
気にするなと言われた生徒たちだが、どうしても気になってしまう。
「休憩中、茶に一服盛りやがったこの女!こんなヤツから教わることなんてねぇぞテメェら!」
「驚愕!教師を縛る保険医」
「人に何か教える前に、てめぇがもっぺん道徳学びやがれ!」
「またも学校で不祥事。今度は保険医か」
生徒たちの前にいる うるさい先生二人に対し、我慢しきれなくなった雛罌粟は「うるさいですよ!」と語気を荒くした。
「健康面での乱れが顕著なあなた達二人に、もう一回教育し直そうっていう善意ですよ!てか、高橋さんのそれは、新聞の見出しか何かですか?どうでもいいけど、うるさいです!」
「現況、誰が一番騒いでいるのか、って話だけどな」と五十嵐。
「今日正午前、とある私立高校にて、保険医が授業の妨害をするという事件が発生しました。その保険医は、『今の腐れ切った学校教育に風穴を開けてやる、これは善意だ』と主張を繰り返しています」と高橋。
その二人の悪ふざけ以外の何物でもない発言は、雛罌粟の堪忍袋の緒を引きちぎった。
怒った雛罌粟は、黒板消しを二人に投げつけた。それも、通常の片手サイズの倍はあろうかという、広範囲を消すための長めの黒板消しを、だ。
その投げつけられた黒板消しは、チョークなんかとは比較にならないほどの攻撃力を秘めていた。どれくらい強力かというと、攻撃をオデコに喰らったオッサンコンビが戦闘不能状態で何も言えなくなり、ほとんどの生徒が青ざめて授業に真剣に取り組もうと思い、隙あらば「そんな授業より性教育がいいです」と言おうとしたレイラが黙るほどであった。
結局、高橋と五十嵐は、聞きたくもない飲酒と喫煙についての授業を聞かされる羽目になった。
恐怖で支配された四時限目が終われば、次はお昼時間だ。
「椿って、自分で弁当作ってるの?」「ん、まぁな」「マジかよ!」「男子が作る弁当だからと言って、チャーハンやドライカレー一品というワケでもない。更に言えば、冷凍食品の詰め合わせというワケでもないし、野菜もあって栄養面への配慮も感じられる。冷食は最小限に留め、出来る限りは自分の手で作る、なんとレベルの高い弁当だろうか!」「っせぇな。十六夜…」「ということで、俺、卵焼きもらい」「ということで、俺ウィンナーもらい」「ということで、僕きんぴらごぼうもらい」「ということで俺、何か貰う」
「ざけんな、てめぇら!おいっ、ヒトの取んな!」
椿の弁当に群がる男子たちと離れて、女子も弁当タイムをしている。
ちなみに、このとき柊が食べているのは、本日五個目の弁当だった。
五時限目は、体育である。
校庭に集合だと言うので、体操着に着替えて校庭に来てみれば、そこには身長二メートルを超す筋骨隆々の男、拳王・ゴリラが、まるで目印のように立っていた。
「それじゃあ、今日はマラソンでもするか!」
拳王・ゴリラは言った。
すると、すぐに意見を述べようと手を上げる生徒がいた。楸だ。
「先生。食後すぐの運動で、それは辛いです」
楸がそう言うと、「むっ、そうか…?」と拳王・ゴリラは考えた。
「ならば、ハーフマラソンでどうだ?」
「先生」と十六夜が言った。「それでも、やっぱお腹がキュゥってなる気がします」
「むっ、そうか…?」
「いや、え?つーか、もしかして最初のって、フルマラソンのことだったの?たかが一時間弱の授業時間で、フルマラソン走らせようとしてたの?」
椿が、戸惑いながら言った。
しかし、他の生徒にとっては、さして気にするようなことではないらしい。
「ならば、百メートルでどうだ?」
「まだ長いですね」と楸。「てゆうか、走るのやめにしませんか?球技にしません?」
「むっ、ならば…ドッチボールでどうだ?」
「…まぁ、いいでしょう」
「何様だ、お前!つーか、それでいいのかよ!小学生か!」
納得いかないといった様子で椿は言った。
しかし、他の者にとっては、さして気にするようなことではないらしい。
みんな、すんなり体育館へ移動した。
ということで五時限目の体育は、ドッチボールをする。
チーム分けの結果、椿だけが他のメンバーと離れた。しかし、いくら話の上で触れられることのないクラスメイトが椿のチームに居ようと、クラスの人数が元から奇数である為、均等に分かれることは無く、椿がいるチームは一人少ない状態になってしまう。そこで、椿のチームには、子供のケンカにプロレスラーが加担するようではあるが、拳王・ゴリラが加わることとなった。
均等にチーム分けも出来たところで、ゲームスタートである。
椿とカイによるジャンプボールの結果、椿の居るチームにボールがある状態でゲームは始まった。
ボールを持つのは、拳王・ゴリラ。
バレーボール大のボールを、まるで野球のボールを握るように持っている。
「いけぇ、先生!」「やっちゃえ!」そんな生徒たちの声援を背中に浴びた拳王・ゴリラは、気持ちが高ぶった。期待に応えなくては、そんな想いが彼の中に芽生えた。
そして、豪快なスイングと共に放たれたボールは、まるで大砲の砲弾のように、冗談のような速さでカイに当たった。
「ぐはっぁ…!」
腹部に球が命中したカイは、捕球すること叶わず、ボールの勢いに身体を持って行かれ、体育館の壁に激突した。
カイ、アウトである。ついでに、気絶である。
「すげぇ…」と息を飲んだのは、楸だ。「ボールで人が吹っ飛ぶなんて、マンガだけだと思ってた…」
そのほとんどが恐怖に青ざめた楸チームであるが、残念なことに、カイをぶっ飛ばしたボールは、カイと共に外野へと落ちている。つまり、外野から内野へとパスが通り、拳王・ゴリラの攻撃が続く。
この事態を受け、「楸君!レイラ君!」と十六夜が、声を張り上げた。
「合体だ!」
その十六夜の声に、「おう!」「よし!」とすぐさま二人は反応した。
三人は一か所に集まり、並び立った。まず、レイラが先頭に立ち、ボールをキャッチする係となる。メンバーの中で一番体重のある十六夜は、レイラと背中合わせに立ち、ブレーキの役をする。そして、一番後ろに立った楸は、レイラのキャッチを手伝うらしい。
「何だそれ…?」呆れながら、椿は言った。「お前ら如きが、ハンターのつもりか?」
そんな椿の横で、ボールを持った拳王・ゴリラは不敵な笑みを浮かべながら言った。
「久々に、いい感じだぜ」
「あんたもノルのかよ!」
椿のツッコミを無視して、拳王・ゴリラは動く。
ボールをひょいと上に放り、まるでバレーのスパイクの様に打つ拳王・ゴリラに対するは、合体した三人。その対決の様は、まるで某人気漫画の様である。が、一つ決定的に違うことは、主人公側のマネをした方が破れるということである。つまり、楸、十六夜、レイラの三人が、三人一緒にボールの勢いに押されて体育館の壁に激突した。
「うぎゃっ!」「ぐへっ!」「ひでぶっ!」
本来ならばボールが当たったレイラのみがアウトなのだが、三人一体ということで、楸と十六夜もアウト。三人は、外野へ行った。
三人は、威力が三等分されているのか、カイと違ってまだ元気である。自分等に当たって自陣の内野まで跳ね返ったボールを、外野から要求した。
まずパスを受けたのは、楸である。楸は、十六夜にパスした。そして、十六夜はレイラに。レイラは楸に。楸から、またレイラに。敵陣の内野を囲うように三角形を作って分かれた三人の巧みなパスワークは、相手チームを翻弄した。
そして、一瞬のチャンスをものにしようと、楸が動いた。
「喰らえ、椿ぃ!」
完全に虚を衝かれ、背後から攻撃される椿。
しかし、間一髪のところで楸の攻撃を避けた。
だが、避けたところで、また次の攻撃が椿を襲う。今度は、十六夜からだ。が、それも避ける。そして、続く連続攻撃、レイラからの攻撃も、なんとか避けた。
畳み掛けるような集中砲火だ。狙われることに主人公としての宿命を勝手に感じている椿は、それも仕方ないと割り切るが、どうしても割り切れない事もある。
「おい!さっきから顔面狙ってんじゃねぇよ!」
三人の攻撃は、ドッチボールの定石である足元への攻撃を覆すような、しつこいまでの顔面攻めであった。
「ちなみにだが」拳王・ゴリラは、三対一の戦場に向けて言った。「顔面に当たったとしても、それはセーフだぞ」
「大丈夫です」と楸。「ルール上はセーフでも、必ずや椿を内野から排除してやります」
「何する気だ テメェら!」と椿はいきり立つが、「上等だ!やってみろよ!」とヤル気はあるようだ。
楸、十六夜、レイラの三人のコンビネーション攻撃は続いた。
標的に隙がないと判断するやいなや、攻撃ではなくパスでけん制する構えを取り、三人は、確実に椿をアウトにする機会を窺った。
そして、その時が来た。
「喰らえ!」
レイラからの、渾身の一撃である。
しかし、椿はその攻撃を難無く凌いだ。避けるのではなくボールをキャッチしたのだ。
「バカが!」椿は、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。「いくらパスで撹乱しようがな、狙う場所が顔だって分かってたら、守るのなんて動作もねぇんだよ」
椿の勝利だ。
ほとんどの人がそう思っただろうし、椿本人も勝利を確信した。
が、その時。
「ぐがっ!」
椿は攻撃を食らった。
全くの無防備な背後からの、後頭部への強烈な一撃が、椿に炸裂した。
「ボールが一つだと思うなよ」
そう言ったのは、隠し玉である二つ目のボールを椿にヒットさせた楸だ。
楸は、不敵な笑みを浮かべていた。
「なるほど」と感心しているのは、拳王・ゴリラ。「ボールは一個だという認識。そして、攻撃を防いだ後に生じる一瞬の油断。それらを利用した、見事な一撃だ!」
「っざけんな!」怒りにふるえる椿は、ボールを床にたたき付けた。「ボールは一個だろうが!つーか、クソ天使!てめぇ、内野戻りやがれ!俺が直々にぶっ飛ばしてやるよ!」
「落ち着け、椿。顔面セーフ、首から上はセーフだから、お前はまだセーフだ」
拳王・ゴリラはそう言って椿をなだめ、なんとか場外乱闘を防いだ。
椿と楸達、内野と外野のケンカ、それはいまだ静かに続いているが、拳王・ゴリラは勝負に戻った。ドッチボールの勝負。拳王・ゴリラは、椿が床に叩き付けたボールを手に取り、相手チームから標的を選ぶ。
拳王・ゴリラの目にとまったのは、一人の女生徒だった。
逃げる体勢を整えるでも、ましてや諦めるでもない。その瞳に闘志を宿し、悠然と構えているのは、柊だった。
拳王・ゴリラVS柊。
拳王・ゴリラは、豪快にスイングする。その姿に、試合開始早々に吹っ飛ばされたカイと柊を重ねた者もいるだろう。実際、拳王・ゴリラから放たれた球は、カイの時と同じか、それ以上の勢いで、柊に襲いかかった。
柊は、カイの二の舞になる。誰もが、そう思った。
しかし、柊は「ハッ!」と不敵に笑った。
拳王・ゴリラの一撃を、カイのことを吹っ飛ばした程の威力のある一撃を、それを柊は止めた。それも、片手で。右腕をまっすぐに伸ばし、足を踏ん張り、吹き飛ばされる事無く真正面から受け止めた。
「先生ぇ!」勝ち誇った風でもなく、むしろ不満げに、柊は言った。「なめているんですか?アタシが女だからですか?もっと全力で、真剣に向かって来てください!」
もっと血湧き肉躍るような死闘を望む柊。
だが、
「柊…アウトだぞ」
椿は言った。
「えっ?」
全くの予想外、呆気に取られたような声を出す柊だが、椿の言うことは事実である。
柊は、たしかに拳王・ゴリラの一撃を止めた。が、止めただけだ。キャッチしたワケではない。冗談のような速度の球に力負けすること無くそれを受け止めたが、それだけだ。柊の掌で回転を続けていた球は、次第に勢いを失い、床にぽとりと落ちた。
つまり、いくら受け止めようが、それでは椿の言う通りアウトなのだ。
「くそっ!」悔しそうに、柊は言った。「こんな終わり方…。ルールの裏をかかれた!」
「いや、基本ルールだよ…」
「まぁ、ドッチボールのルールブックがあったら、表紙の〝裏″にでっかく書かれているルールではあろうけどね」
楸がそう嫌味ったらしく言うと、柊から楸への勢いのいいパスが渡った。ただ、そのパスは楸の顔面に当たって相手陣内へと転がってしまったが。
思わぬ形でボールを手にした椿は、「そういえば」と思った。
「相手チームにはたしか、榎もいたよな…」
そう言いながら、椿は相手コートを見渡した。
「いい、榎ちゃん」と小声で喋る篝火。「私たちは、正面から勝負しても勝てる見込みなんてほとんどないわ。だから、ボールをキャッチしたり投げたりして相手を倒すことより、私たちは、最後まで生き残る、そんな闘いをしましょう」
「了解であります!」と榎。「作戦名『私たちは、あなた達の味方ですよ。外野ですよ。だから攻撃しないでね、大作戦』でありますね」
勝負の序盤でそんなやり取りがあり、榎と篝火は、常にコートの隅に居た。そして、相手チームの攻撃対象から外れるように動き続けた二人は、いまだに生き残っている。
だが、椿は気付いている。
――あのコートの端でちょろちょろ動く二人、あれ敵だよな…
しかし、気付いていても椿は攻撃しなかった。敵に情けをかけたのだ。味方の外野にパスを出して、そいつが攻撃するなら仕方ない、そういう他人任せのスタンスに出た。
その結果、榎と篝火の二人は、最後まで生き残った。そしてまさか、たった一人の差で、椿のいるチームは負けたのだ。攻撃対象から常に逃れ続けた榎と篝火が、味方チームの勝利に貢献している事は誰の目にも明白であった。
「こっちチームの目は、どいつもこいつも節穴かっ!」
椿は言ったが、時すでに遅し、であった。
授業の本筋とは別の所で疲れた椿は、授業が終わって教室に戻る途中、石楠花に会った。
「よぉ。さっきの約束だ、これやるよ」
石楠花はそう言って、スナック菓子を椿に渡した。
「疲れた時にこれって、嫌がらせ以外の何物でもねぇだろ!口の水分、全部失うわ!」
椿は、声を大にして言った。
飲み物が欲しい、そんな時に口の中の水分を奪う様なスナック菓子を渡されたのだ。椿の怒りも、もっともである。
が、石楠花は「ききっ」と笑っていた。
確信犯だった。
六時限目は、ホームルームである。
食後の五時限目の体育を終えた後の生徒たちよりも気だるそうに、担任の高橋は言った。
「今日のホームルームは、特にやることがない。そんなスーパーなホームルーム、略してSHR。おや?ショート・ホーム・ルームだ。ちゃっちゃとやって、さっさと帰ろう」
「いや、ダメでしょ」
椿は、控えめにそう言った。
「そう言うがなぁ、椿」と高橋。「実際問題やること無いんだよ。だったらもう、『少し』『羽を伸ばして』『リラックスする時間』、略してSHRでいいんじゃないか?」
「いやでも…何かしらやったほうがいいんじゃないですか?」
椿に指摘されて「そうか…」と一瞬考え込んだ高橋は、一人の生徒に声を掛けた。
「あっちでは一番高校生に近いカイ。こんな時、お前の学校ではどうしてた?」
「『あっち』とか言うなよ」
椿のツッコミを聞き流し、カイは、そうか、レイラを除けば俺が一番下なのか、と少し驚いていた。
「どうなんすかね?HRはちょっとさぼりがちだったんで、よくわかんないっす」
カイは言った。
「さぼんなよ 不良」
「不良じゃねぇよ」と不機嫌そうに、カイは椿に言い返した。「ただ、寝てたら先生に『廊下に立ってろ』っつわれて、『寒いからやだ』っつったら、『だったら起きてろ。それか帰れ』っつわれて、ムカついたから帰ったことあったんだよ。担任との折り合いが悪かったから、それでHRの出席率が下がっただけだ」
「知らなかったよ、HRに出席率があったなんて。つーか、きっかけはお前じゃねぇかよ」
「うっせぇな、わぁってるよ。今は反省してるけど、あん時はムカついたんだよ」
椿とカイが言い合っていると、「はいはい」と高橋が割って入った。
「別の世界の話に花を咲かせないように」
「いや、そもそもはあんただろ!」
椿のツッコミを無視し、高橋は続ける。
「やることもないのに何かしろってことだから、自習にでもするか」
高橋の自習発言に真っ先に反応したのは、楸だった。
「椿!ドッチボールの続きだ!」
「自習は教室内でな」と高橋。
「椿!ドッチボールの続きだ!」
「体育の自習は禁止とする」
高橋が言うと、楸はムッとした顔をして、高橋のことを見た。
「それじゃあ高橋さん。高橋さんは、俺達が自習している間 何するんですか?」
「俺か?俺は、お前らが質問するかもしれない時に備えて、座って待機だ」
「モノは言い様じゃないですか。それって、高橋さんだけさぼってません?」
「まぁな」と高橋は、あっさり認めた。「俺だって今日は聞きたくも無い話聞かされて疲れてんだよ。それにほれ、何か作業していて話しかけ難い空気作るより、暇そうにしている方が話しかけ易いんじゃないか?」
もっともっぽいことを言われ、楸も、しぶしぶ納得した。
ということで、六時限目は自習時間となった。やっていることは人それぞれだが、授業で出された課題を片付けようとしている者が多いようだ。
体育を禁止された楸は、十六夜やレイラ、篝火と一緒に、英語の勉強をしていた。
「それじゃあ、『I love you』をどう訳すか?」
「はい」と十六夜。「きみの瞳にすい込まれたい」
「はい」とレイラ。「きみの唇を奪いたい」
「はい」と楸。「俺が、きみの特別になってもいいかな?」
「はい」と篝火。「私を束縛して」
「はい」とレイラ。「僕は、きみの恋泥棒」
「はい」と十六夜。「やっぱ好っきゃねん」
「はい」と篝火。「朝のおみそ汁は、豆腐でいいかな?」
「はい」と楸。「マジラブ」
「はい」と篝火。「もっとあなたを感じさせて」
「はい」とレイラ。「めちゃくちゃにしちゃうよ?」
「はい」と十六夜。「僕の隣をあったかくして」
「はい」と楸。「俺で、いい?」
「は…「うるさい」
高橋は、「てか、聞いてて恥ずかしい」と注意し、四人の頭を赤本で軽く叩いていった。
四人が黙ったところで、さて、と教卓に戻ろうとした高橋だが、「先生」と榎に声を掛けられた。
「どうした?」
榎の机の横に、高橋は来た。
「すいません。数学なんですけど、ここの所がよく分からなくて…」
榎は、教科書を指差した。
「ああ、これな…」
高橋の担当教科は、本来は社会である。しかしそれでも、生徒からの質問に応えられるだけの知識は持っていた。
腰を曲げて榎のノートを指差しながら、「ここはな、これをこっちに代入するんだ。それで一回やってみろ。ダメだったら、また呼べ」と簡単ながら教えた。
「あっ、はい。やってみます。ありがとうございました」
「くくっ。他にも分かんないとこあったら、遠慮なく声掛けろ」
先生としての役を果たすと、高橋は教卓に戻って椅子に座った。
この時、榎と高橋の様子を見ている生徒が一人いた。
柊だ。
――なるほど!
頬をうっすら赤らめながら、柊は思った。
――榎ちゃんみたいに分かんない所を教えてもらえば、高橋さんと自然に近づける!
ならば、と数学や英語の教科書とにらめっこを始める柊だが、すぐに問題にぶつかった。
――分からない所だらけだとっ?
得意科目は体育の、柊であった。
六時限目が終わり、SHRも終わると、放課後である。
部活動も無く、学校に残って勉強しようという勤勉な生徒もおらず、帰る生徒がほとんどである。
そんな帰って行く生徒達を見送っている人物がいた。
昇降口付近の花壇に水をやっている、校長の白木だ。
「校長先生。さようなら」「はい、さようなら」「校長先生、またね」「また明日ね」「校長先生、気分は?」「ぜっこうちょう」「さよなら」「さよなら。気を付けて帰ってね」
そうやって生徒とコミュニケーションを取っていると、白木は、一人の生徒に目がとまった。不機嫌そうに唇をニュイっと曲げている、椿に、だ。
「椿君」白木は、椿に声を掛けた。「どうしたの?何か、面白くない事でもあった?」
「…はい」と椿は頷く。「クラスメイトはふざけるヤツが多いし、先生もいい加減な人が多いしで、かなり疲れます」
「そう…」
申し訳ないな、白木はそう感じながら苦笑した。
だから、というワケではない。そのまま話を終わらせて、訊かなくても良かったことかもしれない。
だが、白木はどうしても訊きたくなった。
「学校、つまらない?」
白木のその質問に、一瞬呆気に取られたようにポカンとした椿だが、フッと笑った。
「いえ。疲れて嫌んなるくらい、毎日が楽しいです」
「そう。よかった」
そう言って、白木は笑みを浮かべた。
「椿みっけ!一緒に帰ろうぜ」そう言いながら、楸が椿に飛び掛かった。
「っせぇな!一人で帰れよ。つーか、邪魔だ」
「そんな冷たいこと言うなよ」
椿と楸、二人の楽しそうに帰る背中を、白木は微笑みながら見送った。
椿一人に授業をやらせるより、いっそ舞台を高校にして、アナザーワールドということで一話書いてみました。なんかわっちゃわっちゃしてしまいました。
漫画やドラマのパロディーは、どの程度やっていいのか判断できませんが、書いてしまいました。意味あるかわかりませんが、とりあえず謝罪します。




