番外編 指先の闘い
「柊!勝負だ!」
と、突然勇ましく決闘を挑んできたのは、楸だった。
「ハ?」
「俺は今日、柊を倒す!」
そう言われても、柊にはイマイチ状況が呑みこめなかった。しかし、それでも柊は「ハッ!」と短く笑うと、言った。
「上等じゃない。アンタがアタシに勝つ?やれるもんならやってみな」柊は、勝負を受けた。「椿と二人だろうが、カイも混ぜて三人だろうが、アンタ等がアタシに勝てると思うな」
「いや…」と楸は首を横に振る。「やるのは、俺一人だ」
楸の言葉に、一瞬呆気に取られたように口をポカンと開けていた柊だが、その言葉を頭で理解すると、ニヤリと口角を上げた。
「ハッ!いい度胸ね」一人で挑んでくる事を舐められたと考え逆上するのではなく無く、柊は、むしろその反対で歓迎していた。その意気やよし、と自分は完全に楸より強いと思っているからこその、柊の言葉だ。「勝負の方法とかは全て、アンタが決めていいよ。どんな勝負でも、アタシがアンタに負けるなんて有り得ないことだから」
「……その余裕、いつまで持つかな」
楸は、静かにそう言った。
この時の柊は、そう言った楸の姿をただの強がりでしかないと思っていた。楸を下に見ていると言うことよりも、自分自身への絶対の信頼、自信があったからだ。自分なら、どんなに不利な勝負でも勝てると思っていたから。
しかしこの後、楸と一対一の勝負で、柊は負ける。
油断はしていないつもりだった。しかし、未知の敵を相手にしたかのように手も足も出せず、気付いたら負けていた。
「そ、そんな…アタシが…負けるなんて」
「はは…ははは…はぁーっはっはっはっはぁ!」楸は、勝利の味に酔いしれ、高笑いした。「これが、俺とお前の力の差なのだよ!」
敗北の悔しさで、柊は、血が滲むほど唇を噛みしめていた。
「椿ぃ。あんたにお客さんよ」
自分の部屋でマンガ本を読んでいた椿は、階下から聞こえる母の呼ぶ声に、顔をしかめた。身に覚えのない来客、それだけで良い予感はしない。だから、成功率の低さを覚悟しながら『居留守』を使おうという考えも一瞬頭をよぎった。が、「居るのは分かっている。早く出て来なさい」と急かす母の声がして、諦めた。
「つーか、俺は立て籠った銀行強盗か何かか?」
そう不満げに言いながら、椿は、母の声がする場所、一階の店に降りて来た。
現在の時刻は、お昼時を過ぎている。この時間帯、店は、定食屋という本来の姿から少し変化し、喫茶店のようになる。と言っても、簡単な軽食やコーヒーなどの飲み物を提供するだけで、しかも来る客と言ったら、他所の定食屋よりも明らかに多く店内に置かれているマンガ本を読みに来る暇な客や、何となく休憩に立ち寄る客がほとんどで、店内には眠くなりそうなまったりとした空気が流れている。厨房では、もう少ししたら椿の父が夜の分の仕込みを始めるのだが、その父も今は、客席の片隅でマンガ本を読みながらコーヒーを飲んで休憩している。
店内は、のんびりとした空気に満ちていた。
その中で、母の姿を見つけるのは容易い。
「銀行強盗って言うより、借金取りに追われる可哀想な男じゃないの?」店の出入り口付近で待っていた椿の母は、不満そうに文句を言いながら来た息子に対し、言った。「つーか、人が来たって言ってるんだから、早く来なさい!」
母の注意は、椿の耳を通り過ぎた。
思ってもいなかった来客に、「客ってこの人?」と口に出す事も出来ず、ただただ目をパチパチとしばたたかせている。
「ごめんね。えーっと……?」
「あ、柊です」
母の傍らに立っていた柊は、そう名乗り、頭を下げた。
「そうそう、柊ちゃん!」と母は、名前を思い出す事が出来、その喜びから一度パンッと手を叩くと、「ごめんなさいね、無愛想な愚息で」と申し訳なさそうな笑みを浮かべながら、言った。
「いえ、アタシの方こそ、事前に何の連絡もなくいきなりお邪魔して、すいません」
「いいのよぅ、そんなこと気にしないで」
そんな変にテンションが上がっている母と妙にかしこまっている柊のやり取りを、椿は、立ち尽くしたまま見ていた。
そして、状況が飲み込めなかったが「とりあえず、上がるか?」と柊に声をかけ、それに柊も頷いて応えたので、「じゃ、こっち」と柊を呼んだ。
そのまま、椿が先を歩いて柊を案内する形で、二人は、店内から姿を消した。
二人がいなくなった店内では、上がったテンションが戻らない興奮状態の母が、「ちょっとお父さん!まさか椿のトコに、あんな美人さんが来るなんてね!」「髪の毛白いし、少し目付きもキツイから怖いコかと思ったけど、良いコよねぇ」「あの白髪は地毛かしら?」「肌もすごく白いし、もしかしたら欧米の方の血もあるのかしら?」と、休憩中の父に、矢継ぎ早に話しかけていた。
廊下で柊に「そこが俺の部屋だから」と教えた椿は、「コーヒーでいいか?」と訊いた。
「あ、うん。お願い」
柊を先に部屋に通し、椿は、一度店の方に戻ってコーヒーの準備をする。
コーヒーの入ったマグカップを二つ持った椿は、自室に入るとすぐ、違和感を覚えた。特に柊が奇行をしていたワケではない。初めて入った椿の部屋に若干戸惑い、座るに座れずソワソワして本棚にある大量のマンガ本を眺めているが、それだけだ。
椿が思ったのは、
――俺の部屋に、榎以外の女がいる
という事だった。
その奇妙な感覚は、椿を戸惑わせた。
しかし、「どっかテキトーに座って」と柊に言う自分の声が思いの他 落ち着いていて、その事の後押しもあってか、椿は、いつもの調子になれた。
「コーヒー、ここ置くから」
そう言って椿は、ベッドの縁に背中を付けて座った。
「あ、うん」
テーブルの上に置かれたコーヒー、その前が自分の座る場所だと察した柊は、そこに腰を降ろした。
椿がコーヒーを飲む。それにつられるように、柊も、コーヒーを飲む。
もう一口、コーヒーを飲む。
また、一口。
また……。
――……何か言えよ!
沈黙が気まずくなった二人は、互いにそう思った。互いに、相手の発する一言目から話の糸口を掴み、会話を進めようと考えていた。
それ故に、沈黙が二人を包む。
それ故に、会話が始まる前に、コーヒーが無くなる。
このままじゃダメだ、そう思ったのは、柊だった。
「椿!」
「はい」
「単刀直入に訊くよ!アンタ、楸に何か教えた?」
「……いや」楸に何かを教えた覚えのない椿は、首を横に振った。「えっ?つーか、何?単刀直入に訊かないで」と、唐突な柊の質問に混乱した椿は、「長くていいから、事ここまで来た経緯をちゃんと説明して」と柊に頼んだ。
しかし、ちゃんと説明することは柊にとって、傷口をえぐるようなものだ。出来れば話したくない。が、椿の所を訪れると決めた時点で、ある程度恥をかくことは覚悟していた。だから、躊躇いはあったが、「実はアタシ、楸に負けたの」と柊は話し始めた。
「は…?」
苦い顔して語る柊のその予想外の切り出しに、椿は言葉を失った。
椿の「嘘だろ?」という無言の反応を受け止め、柊は言う。
「つい先日、高橋さんの部屋に一人いたアタシに、楸が勝負を挑んで来た。アイツは、一人でアタシに勝つと言った。その時点でアタシは、これは何か裏があると察していた。けど、ガチの勝負だったら、どんなに卑怯な手を使われても、どんな条件を出されても、最悪両手足を縛られても、楸にだったら勝つ自信があった。だからアタシは、勝負を受けた」
「けど、結果…柊は負けた」
椿の言葉に、柊は、悔しそうに頷く。
そして、その時の悔しさを爆発させ、「だって、まさかテレビゲームの勝負だって思わないんだもん」と声を荒げた。
「…は?テレビゲーム?」
テレビゲームの勝負。その想定外の下らないオチに、椿は顔をしかめた。
しかし、椿とっては下らない事でも、柊は真剣だ。
「つーか、何でゲームの勝負を受けたんだよ?」
と、緊迫感を失ってすっかり呆れてしまった椿は、一応訊いた。
それに対し柊は、決まり悪そうにしながら、しぶしぶ応えた。
「だって、一度『どんな勝負でも受ける』って言っちゃったし、ゲームって言っても格闘ゲームで勝負だって言うから、やったこと無くても格闘なら勝てると思ったんだもん」
「何だよ、その自信?つーか、ゲームで負けたって別にいいだろ?」
「良くない!」と柊は、力強く言い返した。「アタシが楸に『負けた』のよ!それがたとえゲームでも、アタシは、アイツに負けた自分を許せない!」
「何その負けず嫌い?」
椿は、呆れた。
だが、「それで、アンタが楸にゲーム教えたの?」と強く責めるような口調で柊に詰め寄られ、軽く受け流すようなことが出来なくなった。
テキトーに受け答えしたら、変に疑われて容疑者扱いされる。そう感じた椿は、「いや、俺は教えてない」と言って、自分の無罪を主張した。
「たぶん、十六夜だ」
「十六夜?」と柊は、突如上がった容疑者候補の名前を、難しい顔して繰り返した。
「ああ」椿は頷く。そして、おもむろに動き出した椿は、テレビの傍らにある棚から一本のゲームソフトを取り出し、それを柊に見せながら、「柊のやったゲーム、もしかしたらコレじゃないか?」と訊いた。
「そう、それ!」と、見覚えのあるパッケージに、柊は声を高くして答えた。
「やっぱりな」そう言うと椿は、以前のことを思い出しながら、「前に十六夜んトコで、俺と十六夜がこのゲームで対決してた時、あいつが妙に興味を示したんだよ。目を輝かせながら『これなら俺も勝てる』とか言ってな」と話した。そして、「だからたぶん…」とその先の自分の推測を話そうとしたら、柊に、勝手に言葉を継がれた。
「ゲームでならアタシに勝てると思ったあのバカは、十六夜の所で練習して、アタシに勝負を挑んで来た」
「……たぶんな」
自分の推測と同じだったため、椿は、そう相槌を打った。
そして、黙った。悔しそうに唇を噛みしめる柊を前に、何か言うことを躊躇ったからだ。
柊も、黙ってしまっている。
楸が自分に勝負を挑んできた経緯は、大体判明した。しかし、そのことを確かめる為だけに、椿の所を訪れたワケではない。他にも理由はある。その『他の理由』と言うのが、柊を今黙らせてしまっている。
敗北の屈辱とプライド、その狭間で柊は揺れている。
しかし、プライドよりも、『負けた悔しさ』が勝った。
「椿!アタシにゲーム教えて!」
椿に教えを乞うことを許さないプライドより、楸に負けたままではいられない、勝って見返したい、そういう想いが勝った。
「……いいけど」
熱のこもった柊とは対照的に、冷めた感じで椿は答えた。
こうして、『打倒 楸!』を誓う柊の、ゲーム特訓が始まった。
柊と楸がやったというゲームは、ゲーム機の進歩とともにハードが移り変わり、何作もシリーズ化している、結構古くからある有名な格闘ゲームだ。対戦ゲームとしてゲームセンターなどに置かれてもいるが、一般家庭でもハードとソフトがあれば遊ぶことが出来、柊と楸がやったのは、家庭用の中の一シリーズだった。二人が使ったハードとソフトは、十六夜から楸が借りたもので、椿の部屋にも同じものがある。椿も十六夜も、コンピュータ相手に腕を磨き、その修行の程を確認し合う為に、同じものを持っていた。
その為、椿に教えを乞うという柊の選択は、なかなかに正解だったと言えるだろう。何故なら、十六夜を師に持つ楸を相手にするのに、十六夜と同レベルのゲーマーである椿を、アドバイスしてくれる味方として隣に置く事が出来るのだ。これは、ゲーム初心者の柊が、ワケも分からないまま手探りで特訓するより、確実にイイ効果をもたらすだろう。
しかし、それで楸に勝てると決まったわけではない。
勝敗は、椿を隣に置いてゲーム画面を注視する柊の、これからの努力による。
「楸の使うヤツ、火を吹いたり腕が伸びたりするんだけど」
と柊は、解決策を求め、椿に言った。
「ああ」椿は、納得したように頷く。
火を吐いて手が伸びるヤツ、それだけの情報で、椿は、楸の使ったキャラクターに目星がついた。
「アタシ、チャイナ服着た足技使う女を使いたいんだけど、そいつ、火とかビーム出せないのよ。でも、近づかないと攻撃できないから近づこうとすると、アタシの間合いの外から楸が腕伸ばして攻撃してくるし、攻撃する機会を窺おうと離れていたら火が飛んでくるし、アイツ卑怯な手ばっか使ってくるの!」
敗北の悔しさから、柊は語気を荒くした。
しかし、柊とは対照的に、椿は冷静に頭を働かせた。
――柊の性格からいって、キャラを変える気はないだろうな
――十六夜が教えてるってことは、ハメ技も教えてると思った方がいいな
――あの天使のことだ、超必殺技の複雑なコマンド入力までは練習してないだろう
そして、イメージの中で楸に勝つ算段を付けた椿は、ゲーム機を起動させ、実際にプレイする中で柊に指導し始めた。
「柊のヤツだと、他のキャラ以上に間合いを詰めることが重要になる」
「でも、前に進もうとしても、こいつら構えを解かないから移動が遅いんだけど。それに、ただ前に進んでいると、火をモロに食らうしさ」
「だから、ある程度はガードするか、ジャンプでかわすんだよ」
「ジャンプでかわすったって…」
「いや、何で柊まで跳ねてんだよ?指だけで、十時キーの上を押すだけでいいんだよ」
「分かってる!」
「分かってんなら、少し肩の力抜けよ。メチャクチャ肩動いてんぞ」
「うっさい!あのコと一緒の動きして、それで感覚掴むの!てか、ジャンプして、その後どうするのよ?」
「…進行方向と同時に十時キーの上押せば、そっちにジャンプして進めんだろ。そうやって間合い詰めて、で、出来るなら落下しながら攻撃すんだよ。あいつが使うキャラは火を吐いたり腕が伸びたりして厄介に思うかも知んないけど、あいつのは他のキャラよりも動きが鈍いから。その点、柊のキャラは動き速い方だからさ…」
「ハ?何言ってんの?もっかい、ゆっくり説明してよ」
「だから…」
「ところで、このコは必殺技ないの?」
「話聞けよ!……そいつにも、火は吐けないけど、それなりの技はあるよ」
「ホント?じゃ、それ教えて」
「まぁ、簡単なとこから言えば、キックのボタンを連打すれば出せるし」
「キックのボタンを連打……あ、何か出来た!」
「後はたぶん、↓↘→キックでも技出せると思う」
「ハ?……出来ないけど?」
「遅いんだよ。もっと一瞬で、指を滑らせてやんだよ」
「て言うけど、アタシのコントローラー、斜めのボタンなんてないからね!」
「俺のだってねぇよ!斜めってのは、下と横を同時に押すって意味だ。下、下と横、横、キック、それを流れるようにやんだよ」
「流れるようにって言われても、右手で十時ボタン触る余裕ないよ」
「当たり前だ!左手だけで、十時キーは操作すんだよ」
「ハ?そんなこと出来るワケ無いでしょ!」
「何でだよ?親指寝かせば余裕だろ!」
「……椿、教え方下手」
「なんでそうなる!」
柊の特訓は、難航していた。
手を抜いた椿を相手に実際に対戦してみるが、未だ進歩が感じられない。
「ちょっと!ガードしてんのに、何でダメージ受けるのよ!」
「さっき説明しただろ。必殺技の類は、ガードしても若干HP減るって」
「でもさっき、椿が普通の攻撃してきた時アタシガードしてたけど、攻撃受けたよ」
「だから、しゃがんでガードしないと防げない攻撃もあるんだって」
「何でよ?」
「いや、何でよって言われても困るけど…」
「アタシだったら、上半身ガードしててもちゃんと足元のカバーも出来るよ。てか、火なんて斬り払って、一気に蹴りを叩きこめるんだけど」
「しらねぇよ!つーか、なに自分目線で参戦してんだよ!」
柊の特訓は、やはり難航していた。
しかし、『打倒 楸』を掲げた柊は、敗北の悔しさをばねに、特訓し続けた。時間が合う時は椿の所へ通い、慣れないゲームと椿の指導にイライラしながらも、基本操作や必殺技のコマンド入力など、地道な努力を重ねて行く。すると、ワケも分からず混乱してコントローラーをテキトーにグシャグシャ叩く事も、キャラクターをジャンプさせる時に一緒に自分の身体も跳ね上がらせる事も無くなった。
そして、二週間という時間が流れる。
柊は、少しずつ着実に強くなっていた。
そして、自分でも強くなったことを実感し始めた柊は、「椿は本気でやってくれないし、コンピュータ相手じゃつまんない。誰か、このゲーム出来る人いないの?」と対戦相手を求め出した。
十六夜と楸は、敵陣営だから本番までお預け。榎は、バイト。篝火は、二日酔いで「めまぐるしく動くゲーム画面なんて見たら、たぶん吐く」と言うので、だめ。
結局、柊のスパーリング相手として白羽の矢が立ったのは、ゲーム未経験ながら暇していたカイになった。しかし、やはりと言うべきかゲーム未経験のカイでは、今の柊の相手をするには荷が重く、スパーリングで得られるものはほぼ皆無だった。
どんどん強くなる柊。
そしてある日、確かな自信を付けた柊は「今度こそ楸に勝つ!」と拳を固く握りしめた。
いよいよ、楸にリベンジする日が来た。
対戦会場は、椿の部屋になった。
会場には、不本意ながら対戦会場を提供する椿と、観覧希望で来たカイ、そして本日の対戦カードを組まれた主役である楸と柊、その四名が集まっていた。
ベッドの上に座るギャラリーの二人、今回の対戦に関心の薄い椿と無言で柊を応援しているカイの視線の先に、コントローラーを握った楸と柊の姿がある。
火花散りそうなほどに熱い視線をぶつけ合う中、まず柊が言った。
「楸!前回はいきなりでアレだったけど、今度はそうはいかない!」
「アレって何よ?」と楸も言い返す。「はっきり『負けた』って言いなよ。前回俺にボロ負けして悔しいから、今回はもう少し善戦できるように精一杯頑張ります、って。ま、そうは言っても、俺との力の差は歴然としていて、今回もボロ負け確実だと思うけどね」
そう挑発してくる楸に、柊は、睨みで応えた。
ゲーム起動中ながら、二人の放つ空気で、早くも会場は白熱している。
ゲームが起動すると、両者の間に会話の無いまま、楸の操作で1P VS 2Pの対戦モードに移った。二人は、前回と同じキャラクターを選択する。
「あれれ?」柊がチャイナ服を着た女キャラを選んだのを見て、楸は言った。「そいつじゃ俺のヨガの力に勝てないって、前回で学ばなかった?いくら巨乳に憧れるからって、それ使っても柊は貧乳のまま…うぎゃっ!」
そこまで言いかけて、楸は、柊に殴られた。
対戦前の挑発行為はしばしば見られることだとしても、ここが柊の我慢の限界だった。
まさかの場外乱闘に、「ちょっ、ストップ!柊、抑えて!」と椿が止めに入った。
椿が間に割って入り、楸と柊は、若干の距離を置いた。
幸い、楸には、試合に影響するような怪我は無い。
だが、それでは気が収まらない柊は、肩でしていた息が整うと、「楸。この試合、賭けない?」と提案した。
「賭け?」楸は聞き返した。
「そう。負けた方は、勝った方の言うことを一つだけ聞くの。どう?」
「いいね、面白い!」楸は、ニヤッと笑った。「王者の俺としては、何の見返りも無く敗者からの再戦を受けるのはつまらない。何でも言うこと聞くってなら、柊が負けたら、一日俺に敬語で接しろよ」
「うわっ、ちっさ!」
そんなギャラリーの声を無視し、楸は「じゃあ、もし万が一柊が勝ったら、俺はどうすればいい?」と訊いた。
「……サンドバック」ボソッと、柊は答えた。
「何?サンドバック?欲しいの?」
「アンタが、アタシのサンドバックになるの」
残虐という言葉を表すかのような柊の発言に、楸だけでなく椿も凍りついた。
しかし、楸は、大丈夫だ、と自分に言い聞かせて怯えて浮足立った心を落ち着かせる。
――大丈夫。どの程度練習したか知らないけど、素人に毛が生えたレベルだろう。それに、俺だって十六夜から足元を責めたりする戦法を新たに授かって来たんだ。前みたいに楽勝とはいかないかもだけど、負けるなんてことは無いだろう
そう自分に言い聞かせて落ち着きを取り戻した楸は、「上等だ!」と声を高くして言い返し、柊の申し出を受けた。
いよいよ、全三ラウンドで2KO先取した方が勝者となる勝負が始まる。
勝負開始とともに、楸は間合いを開けた。間合いを開け、離れた位置から炎を飛ばして攻撃する。柊が近付いて来たら、伸びる腕のリーチを活かし、柊の間合いの外から攻撃する。もっと近づいて来たら、身の丈ほどある壁のような炎で、対応する。
しかし、その戦法で勝てるのは、前までの柊だった。
椿との特訓を終えた柊は、以前とはまるで別人だった。飛んできた炎をジャンプでかわしつつ、間合いを詰める。伸びる腕で攻撃されても、その腕を狙って攻撃するか、ガードして凌ぐ。炎の技と違い、通常攻撃である伸びる腕のパンチは、ガードすれば全くダメージを受けない。間合いが詰まれば、一気に怒涛の攻撃を仕掛ける。ガードしても若干のダメージを与えられる必殺技を織り交ぜながら、ガードを崩す為の投げ技も使い、楸を追い詰めていく。
追い込まれた楸は、何とか攻撃しようとするが、全て柊にガード、もしくはかわされた。十六夜に教わった足元への攻撃も、ちゃんとしゃがんでガードする柊には通用しない。
混乱の中に居る楸を嘲笑うかのように、柊は、攻撃を続ける。
椿は言っていた。「キャラの相性だけで言うと、柊の方が有利になれるはずだから」と。その言葉を、柊はこの時、初めて実感していた。
それほどまでに圧倒的に、柊は勝った。第三ラウンドを待つこと無く、二ラウンドで勝負は決まった。
とどめの一撃となった蹴りが決まった瞬間、楸は青ざめた。
「やったぁ!椿、アタシ勝った!」
柊は、喜んだ。
たとえゲームの勝負ではあっても、「楸に負けた」と心底悔しがっていた柊は、その屈辱を晴らす為に努力し続けた。そしてこの瞬間、その努力が報われたのだ。喜ばないワケが無い。
しかし、その喜びがアダとなった。
柊の頭の中は、勝利の喜びで満ちている。しかし、楸の頭の中は、「やばい」という危機感で満ちていた。
勝利の喜びと敗北によって訪れる命の危機。この差が、この後の事態を生む。
「バイビー」
部屋の窓を開けて、楸は外に逃げ出した。
このままではサンドバックにされる、その恐怖から逃げる楸の動きは、それはもう速い。
喜びの中に居る柊は、その一瞬の楸の行動に、完全に反応し遅れた。
楸の逃走に気付いた柊が腰を浮かした時には、すでに楸は空を飛んでいた。
「待て!サンドバック、コラ!」
そう言って、柊は楸を追いかけ、外に飛び出した。
「ヤダ!絶対ヤダ!」
「逃げたらもっと痛い目にあわすよ!」
「ヤダ!絶対ヤダ!絶対捕まらない!」
テレビゲームの勝負から、(楸の)命を掛けた鬼ごっこへと勝負が変更した。
逃走した楸を追いかけて柊もいなくなり、椿とカイは残された。
窓を開けっ放しにしては冬の寒い空気が入って来るからと、すぐに椿は窓を閉めた。
「椿」と神妙な面持ちで、カイは椿に声を掛けた。
「あ?」
「そのゲーム、俺も出来るようなれば、柊さんともっと仲良くなれんのかな?」
真面目な顔して訊くカイだが、椿は呆れ顔で言った。
「さあ?仲良くなれるかは知らねぇけど、柊、かなりの負けず嫌いだから、下手に勝つとたぶん、今度は柊が勝つまで付き合わされんぞ」
「てことは、俺が勝ち続ければ、ずっと柊さんと一緒ってことじゃねぇかよ、おい!」
嬉しそうな明るい顔したカイは、声を高くして言った。
「随分ポジティブに解釈したな…」
「椿!俺にもそのゲーム、教えてくれ!」
「教えるっつーか、貸すから。もう勝手にしてくれ」
なんかすごい疲労感を、椿は感じていた。
椿は終始ヤル気がありませんでした。
作中のゲームは、『ストリートファイター』です。最新のものは知らないので、友達の家でやったプレステのやつを参考に、書いています。なので、実際とは異なるかもしれませんが、ご了承ください。
私も友達の家に遊びに行った際、ちゃんと練習せずにコントローラーをぐしゃぐしゃして超必殺技を出していました。




