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天使に願いを (仮)  作者: タロ
(仮)
69/105

番外編 健康意識強化週間

話の中では、十二月になっています。


「と、題しまして!」

「じゃねぇよ、腐れナース」

 勝手に話し始めた雛罌粟に対し、雛罌粟のことを鬱陶しがりながら高橋は言った。

「何なんだよ、一体?」と五十嵐も、高橋と同じように言った。「いきなり人様のことを呼び出しやがってよぉ」

「呼び出しやがってって、呼んだのにあなたたち来ないじゃないですか!」雛罌粟は、強い口調で言い返す。「だからわざわざ私の方から出向いたのです!」

 このやり取りが繰り広げられているのは、五十嵐の部屋だった。

 十数分前、雛罌粟は、高橋と五十嵐の両方に「話があるので、医務室まで来てください」と事前に連絡を入れたのだが、約束の時間を過ぎても二人が来る気配は無く、業を煮やして自ら足を運ぶことにした。しかし、まず先に行った高橋の部屋はもぬけの殻だった。更に怒りを募らせながら五十嵐の部屋へ行ってみると、そこに問題の二人がいた。夕方で人によっては仕事も終わっているだろうから時間としては問題無いが、約束を蹴った二人は洋酒を呑みながらポーカーに興じていた。その二人に対して声を荒げながら「健康意識強化週間と題しまして!」と怒鳴った所から、物語は始まっていた。

「くくっ」と高橋は笑った。「それは悪かった。疲れただろう、帰ってさっさと休め」

「あ、じゃあお言葉に甘えて…って帰るワケ無いでしょ!」

「ひひっ」と五十嵐。「どうしたよ?乗りツッコミまで披露して。えらくテンション高いじゃねぇか。何かイイ事あったか?」

「嬉しくて騒いでいるワケじゃありません!怒っているのです!見ればわかるでしょ!」

「くくっ。何を見たら分かるんだかな?」

 高橋がそう言い、ムキになった雛罌粟が言い返そうとしたら、「まぁまぁ」と言う穏やかな声が割って入った。

「今お茶も淹れるから、ヒナも座って、落ち着いて話しようじゃないか」

「…てか神崎、お前何でいるんだよ?」

 五十嵐の質問を耳に入れながら、神崎はお茶の用意を始めた。

「ヒナにな、頼まれたんだよ」神崎は、手を動かしながら答えた。

「そうです」と雛罌粟も言い、神崎の代わりに説明を始める。「あなた達ゴミカス二匹を一人で相手にできるとは思っていません」

「おい、今さらっとすごい暴言吐いたぞ、この腐れ後輩」と呟く高橋。

「そこで」と雛罌粟は、気にせず続ける。「あなた達と近い世代でちゃんとした方、ホントは支部長が望ましいのですが、こんなくだらないことで御手を煩わせるわけにもいかないので、立会人として神崎さんに来ていただきました。神崎さんには、あくまで中立な立場としてですが、あなた達の耳には痛いでしょう事を言っていただきます」

「そりゃまた随分な話だ」と五十嵐。「まるで俺達の不利がハナっから決まっているように聞こえるな。それに、白木の代わりとか、神崎をバカにしてやいねぇか?」

「そんなことはありません」と雛罌粟は、首を横に振った。

「ひひっ。どうだかな」そう言うと五十嵐は、奥の部屋でお茶の準備を進める神崎に向けて「おい、神崎!おめぇ、困ったフリして付き纏う、性質たちの悪ぃ色欲魔についてったって、カミさんに言うぞ」と大声を飛ばした。

「なに脅し掛けているのですか!」雛罌粟は怒鳴った。「てゆうか、色欲魔って誰のことですか、誰の?」

 その雛罌粟の声に続いて、「そいつは困るなぁ」と言う、神崎の間延びした声がした。「けど、困った人を見捨てたって知れたら、それでも怒られる。どっちにしろどやされんなら、ヒナの頼み聞くぞ、俺は」

 不愉快そうに五十嵐は「ちっ」と舌打ちしたが、雛罌粟は「さすが神崎さん」と称賛の声を上げた。

「それより、ヒナは色欲魔なのか?」神崎は訊いた。

「違います!」

 称賛の言葉を取り消そうかな、と少し思った雛罌粟だった。



 お茶を淹れている神崎は置いといて、雛罌粟は、テーブルの上のトランプや酒を片付けてから高橋と五十嵐を並んで座らせ、その正面に座った。「何か用があって来たんだろう?言うだけ言ってみるか?」と高橋が言うので、怒りをグッと堪え、雛罌粟は言う。

「先程も言いましたが、健康意識強化週間と題しましてお二人にはこの先一週間、たばこやお酒を控えていただきたいと思います」

「却下」高橋は、あっさり言い放った。「話は終わりだな、帰れ」

「帰りません!」雛罌粟は食い下がった。「いいですか?この先 年末に向けて、お酒を呑む機会が増えることでしょう。年を明けても、お正月でまたお酒を呑むでしょうね。普段から注意しても何かに付けて理由を持ち出し、お酒を呑むあなた達のことです。この先まさに、水を得た魚のようにお酒を呑むのでしょう」

「そりゃあ、慣用表現として合っているのか?」と五十嵐。「どっちかっていうと、酒を得た俺達、だろ?」

「どっちでも構いません!」雛罌粟は、声を荒げた。「とにかく、私も年末年始の楽しい席で酒を呑むなと言うつもりはありません。けど、この先いつも以上にお酒を呑むだろうあなた達に、今 少しだけでも身体をいたわる日を作ったらどうかと提案しているワケです、こっちは!」

「言いたいことは良く分かった」と納得して頷く高橋。「しかし、非常に残念だが、お前の気持ちも汲んだ上で俺達が話し合って出した結論として、その意見は却下だ。話は終わりだな、帰れ」

「帰りません!てゆうか、今の一瞬で、いつ話し合ったんですか!」

 高橋達の態度に腹を立て、雛罌粟は立ち上がりながら怒鳴った。

 しかし、またしてもそこに「まぁまぁ」と神崎が割って入った。

「そうカリカリせず、一度お茶飲んで落ち着けよ。ほら、おせんべいもあるぞ」

 そう言いながら神崎は、それぞれの前に熱いお茶の入った湯呑を置き、テーブルの中央におせんべいの入ったお盆を置いた。そして、少し迷った挙句に、何となく三人の横顔が見える席に腰を降ろした。

 お茶を一口ズズッとすすると、神崎は言った。

「それで、何の話をするんだ?」

「そっからかよ!」と五十嵐がつっこんだ。

「いやぁ、他所ん所でお茶を淹れるのに、あんなに戸惑うと思わなくてなぁ。すっかりそっちに夢中になっていたから」

「それにしてもその前、茶の準備に入る前に少しぐらい話聞いてただろ?」

「いやぁ、五十嵐の部屋に入ろうとした時、そういえばおせんべい買っていたと思い出してな、取りに戻ってたんだ。遠慮せず、食ってくれ」

「それじゃあ、お前は何時どのタイミングでここに来たんだ?」と高橋は訊いた。

「俺が来たのは、ヒナが謎の乗りツッコミを披露した頃だ」

「あれは忘れてください!」雛罌粟は、余計な事をしたと後悔すると、神崎に言った。「あのですね、これから先一週間、健康意識強化週間というのを始めようと思いまして」

「ほぅ。そんなのが今度から始まるのか」

「いえ、神崎さんは該当しません。この二人だけです」

「なんだ、そうなのか」そう言うと、神崎は笑いだした。「あっはっはっはっは。特別待遇じゃないか、高橋も五十嵐も」

「羨ましいなら代わってやるぞ」

「お?そうか?」と神崎は、五十嵐の提案に意外と乗り気だ。「これから年末年始、何かと酒を呑む機会も増えるのに、運動する機会はほとんどない。気休めかもしれんが、今のうちに健康に気を遣うのもイイかもしれんな」

「よし!そうと決まれば…」と五十嵐は膝を叩いた。が…。

「代役は利きません!」雛罌粟は、五十嵐の言葉を遮った。「神崎さんも、健康に気を遣うのは非常に素晴らしい事ですが、今は少し黙ってください。話が進みません」

「怒られちゃったよぉ」

 と神崎は、恥ずかしそうに頭をかいた。

 ふぅ、と息をつき、雛罌粟は言う。

「健康意識強化週間と題しまして、高橋さんと五十嵐さんにはこの先一週間、お酒もたばこもやめていただきます。その約束を取り付ける為、私はこれから、この二人を説得します。神崎さんには、この場に立ち会っていただき、あくまで中立の立場として忌憚の無いご意見をいただきたいのです」

「なるほど。よし、わかった」神崎は、快諾した。

 立会人の扱いに思いがけず手こずった雛罌粟は、改めて問題のオッサンコンビと向き合った。そして、まずはどう攻めようか、考えた結果「お二人は基本的に、お酒を呑み過ぎです」とオッサンコンビの問題点を浮き彫りにし、神崎を味方にする作戦に出た。

「多少なら構いませんが、たくさん、それも毎日飲んでいては、いつか身体を壊します」

 雛罌粟が言うと、「そりゃあそうだな」と神崎が神妙な顔して頷いた。

 思惑通りの展開に、雛罌粟は思わずニヤリと口角を上げた。

 しかし、その態度をオッサンコンビは見逃さなかった。雛罌粟の作戦を一瞬のうちに看破し、神崎を味方に付ければ有利だ、と何の根拠もない突破口を見出した。

「だが…」と五十嵐は言う。「酒は、百害あって一利なしと断罪出来る物でもあるめぇ」

「まったくだ」と高橋も同意した。「酒は百薬の長とも言われている通り、呑めば言い事づくしだ。ストレスの発散に対人関係の潤滑油、体内からのアルコール消毒も出来るとあれば、呑まない方がどうかしている」

「それもそうだな」

 と神崎は納得しかけたが、「いや、おかしいでしょ!」と雛罌粟に待ったを掛けられた。

「それはあくまで、適度な量の飲酒ならです。あなた達の場合は、適度な量を遥かに超えています。それに、お酒のアルコール消毒なんて言って、バカじゃないですか!今呑んでいるお酒の度数御存じですよね?」

「「知らん」」

「四十度オーバーです!」雛罌粟は、怒鳴った。「そんなに強いお酒、水で割らずにロックで呑んでいたら、喉への負担もハンパないのですよ」

「っていう説もあるよな」

 そう五十嵐が冗談めかして言うと、雛罌粟にキッと鋭い眼光で睨まれた。

 素直に話を聞かないオッサンコンビは、雛罌粟がキレないギリギリのラインを楽しんでいる。よって、雛罌粟のキレそうな今、このままのペースは本意ではなかった。

 だから、雛罌粟を直接の話し相手にするのではなく、神崎を一時の話し相手に選び、雛罌粟の怒りゲージが下がるのを待つことにした。

「神崎は、呑み過ぎて怒られることとかないのか?」

 五十嵐は訊いた。

「俺か?俺は、あんま無いな」と神崎。

「奥さんに体調の管理厳しくされているとか?」と高橋。

「いや、そういうワケでもないが…あぁでも、うん。基本夜は家で食べることにしているから、そうとも言えるのか」

「外で呑んで帰ったりとかは?」と高橋。

「それもあまりないな。付き合いで行く事もたまにはあるが、連絡せずに夜遅く帰って怒られたことあったから。まぁ、俺が連絡入れればいいだけのことなんだが…」

 そう神崎が言うのを、オッサンコンビは苦い顔して聞いていた。

「おめぇ、それって息苦しくないか?」

 神妙な顔して、五十嵐は訊いた。高橋も、五十嵐と同じ事を思い、頷いている。

「そぉんなことはないぞ」神崎は、あっけらかんとした笑顔を絶やすことなく、答えた。「確かに、一人の時より自由が利かないのは事実だが、息苦しいってことは無い。さっきも言ったが、連絡さえ入れて心配掛けなければ、外に呑みに行く事も許してくれる。なんなら、今でも妻を誘って外食に行くことだってある。いつまでだってラブラブだ。その幸せに比べたら、多少の不自由なんて気にならない。サイッコーの幸せだ。あっはっはっは」

 強がりとか見栄とかじゃない、ホントの想いの神崎の言葉に、オッサンコンビはただただ息を呑んだ。雛罌粟ですら、一瞬目体を忘れ、神崎の言葉に聞き入ったほどだ。

 しかし、自身の言葉に圧倒された者たちの放つ空気に気付かず、神崎は笑みを浮かべながら「いいぞ、結婚は」と言い出した。

「誰かが自分を待っていてくれる幸せ。誰かが自分を想ってくれる幸せ。素敵な事だらけだ。どうだ、五十嵐もそろそろ身を固めてもいいんじゃないのか?」

「いやぁ、そうは言っても相手がいないんじゃ…」

「ストッォープ!」雛罌粟が叫び、場は静まり返った。「神崎さんの結婚話は素敵でした。けどですよ…けど……話を元に戻せぇ!」

 雛罌粟の怒りを一旦静めるつもりのオッサンコンビの作戦は、完全に失敗した。

 まったく別の話をしてしまい、ただの雑談と化してしまっている。これでは火に油を注いだだけだ、とオッサンコンビは悟った。

「いや待て、ヒナ」と慌てて五十嵐が、弁解した。「俺は悪くない。神崎の野郎が、結婚がどうの言いやがるからよぉ」

「ちょ、ちょっと待て、ヒナ」と状況がイマイチ飲み込めていないながらも、自分の責任にされてはたまらぬと、神崎も弁解した。「結婚の話になったのはだな、高橋が妻のことを話に出してきたからなんだ」

 高橋の所に『雛罌粟が怒った責任』という、今にも爆発しそうな爆弾が回ってきた。

 その爆弾を手にした時、その瞬間に高橋は諦めた。

――いや、だってこれもう、何処で爆発しようがこんなでかい爆弾、俺達全員爆発の被害に巻き込まれるぜ

 諦める覚悟を決めた高橋は、「くくっ」と笑った。

「そんなこと言い出したら、元はと言ったら責任は、酒やら何やら生活態度を改めろとか言う、どっかの腐れナースのせいだろ」

 おい、やめろ。 そんな制止もむなしく、高橋は爆弾を落とした。

 直後、オッサントリオは、怒り狂ったナースの爆発により、ボロ雑巾のようになって動けなくなるほどの多大な被害を受けた。

 倒れたオッサンコンビは、無理やり、健康意識強化週間をすることを命じられた。


健康って素晴らしい。

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