番外編 片想いな誰かの悩み相談
『今度時間がある時、会って話できませんか?』
榎のケータイに、カイからのそんなメールが届いた。
何だろうと不思議に思いつつ、榎はメールに返信し、会って話をする日を取り決めた。
そしてその約束の日。榎は、待ち合わせ場所に決めた公園へと足を運んだ。
公園に置かれているベンチには、既に来ていて榎のことを待っているカイの姿があった。
「カイ君」と榎は声を掛け、駆け足で近寄る。「ごめんね。待った?」
「いや、全然」と立ち上がって答えると、約束の時間より十分以上も前に来ていたカイは、そんなことは感じさせず、しかし取り乱しながら言う。「俺の方こそ、無理言ってすみません。どうしても俺、メールとか電話だと上手く話せなくて。だからって会って話しても上手くいかないと思うんですけど、でも…」
「ううん、いいよ」
榎は、笑顔で応えた。
それまで気持ちが落ち着かず、不安に駆られていたカイは、そこでホッと一息つけた。
「どこか店に入って、そこで話しませんか?」とカイは提案したが、「う~ん、それはちょっと難しいかも」と榎が難色を示したので、二人は公園内にある屋根付き 机付きのベンチに座って話をすることにした。
先にベンチに座っていた榎の所へ、両手に缶飲料を持ったカイが来た。
「ココアとコーヒー、どっちがいいですか?」
カイは、榎に訊いた。公園で話をすることに決まった後、カイは自動販売機へ行って温かい飲み物を買ってきていた。
「あ、ありがと。じゃあ…ココアもらいます」
榎が答えると、カイは「熱いですよ」と一声かけて、榎にココアの入った缶を手渡した。
余った方の缶コーヒーを飲み、一呼吸おいてから、カイは言う。
「あの、今日呼んだのはあの…相談があったからなんです」
どこか落ち着きの無いカイを前にしながらも、榎は冷静に「はい」と答えた。まさか自分が相談相手に選ばれるとは、という驚きはあったが、自分以上に取り乱しているカイを前にしたら、自然と平静を保てた。
「その…相談って言うのは、色恋がらみのことで…」
カイは、言った。
あらまぁ、と興奮するのを抑え、榎は「はい…」と答える。
「あ、いやあの…色恋がらみって言っても、俺のことじゃないですよ」と慌てたカイは、早口で取り繕った。「俺のダチでそういうヤツがいて俺が相談に乗っているんスけど、いかんせん俺もそう言う話になると疎いから、だから女の人に、榎さんに訊こうと思って」
「うん」榎は、取り乱すカイを微笑ましく思いながら、また頼られていることに若干の嬉しさを覚えながら、言った。「それで、その友達がどうしたの?」
「あ、はい。なんかそいつ、好きな人がいて、その人になんかプレゼントしようとしているんすけど、女の人が喜ぶ物って何送ったらいいか分かんなくて」
「プレゼント?」
「はい…。そいつ、好きな人の誕生日とかも知らないんすけど、今度実家の方に帰省するからって、それきっかけに土産ってことで何かプレゼントできないかなって言ってて…」
カイに言われ、榎は考えた。
――私だったら何貰っても嬉しいけど…柊さんは、何貰ったら喜ぶのかな?ていうより、カイ君の好きな人って柊さんであっているのかな?
榎が黙って考え、カイも黙って榎の言葉を待ったので、二人は沈黙に包まれた。
その状況を見兼ね、ある人…いや、あるリスが動いた。
榎の上着のポケットに入っていたリスのアマリリスは、もぞもぞとポケットから這い出てきて、「えっ?何でポケットからリス?」と不思議がるカイの目を気にも留めず、榎の右肩に乗った。
「どうしたの?マリーちゃん」
榎は、訊いた。
榎に訊かれ、アマリリスは、榎に耳打ちする。一通り言い終わると、カイの方にアゴをしゃくって「言え」と無言の指示を出す。が、すぐに慌てて榎の横髪を引っ張り、また耳打ちをして一言付け加えた。
そして、今度こそ「言え」とまた榎に無言の指示を出す。
「あのね、このコが言っているんだけど…」とアマリリスを指差しながら榎は言った。「あまり考えないで、その人のことを想ってあげたいと思った物を送ればいいだろ、だって。あと、ヘンに変えないでそのまま伝えろ、って」
榎が言うと、アマリリスは、榎の首を軽く蹴った。
「あの…榎さん」リスから攻撃されている榎を見て、控えめにカイは言った。「たぶんすけど、最後のは俺にじゃなく、榎さんに言ったことじゃないですか?てか、そのリス何すか?」
あまりに当然のように出て来たが、カイは、アマリリスのことを黙って容認することは出来なかった。当然のように出てきて、迷いの無い男らしいアドバイスをする、このリスは何者だ? とカイは、どうしても気になった。
「あ、このコはね、マリーちゃんって言うの」榎は、自分に危害を加えるアマリリスを捕まえ、尚も握った手の中で暴れるリスを抑えつけながら、答えた。「私の友達で、少し生意気な所もあるけど、良いコだよ」
「いや、友達なのはいいすけど、なんでポケットの中に居たんスか?」
「あ、それはね、昨日ウチに泊まっていて、私が出掛けるって言ったら付いて行くって言うから。普段は頭の上に乗っかっているんだけど、ポケットの中の方が暖かいからって今日はそっちに」
分かったような分からないような微妙な心境だが、カイは、リスの存在についてそれ以上追及しなかった。そして、リスそのものから気持ちを切り替え、リスの言う事も一理あるな、と理解した上で「榎さんは、どう思いますか?」と榎の意見を求めた。
「う~ん。私だったら何貰っても嬉しいけど…」と自分の意見を示してから、榎は言う。「でももしかしたら、付き合ってもない人にネックレスとかアクセサリーのような身に付けるような物を貰ったら、気まずく思っちゃうのかも」
「なるほど」
「でも、よっぽど嫌な人じゃない限り、何貰っても嬉しいと思うよ」
榎としては、励ますつもりでそう言った。
しかし、カイは不安に思った。自分はよっぽど嫌われているヤツじゃないと言い切れるだろうか、そう思ってしまった。
不安そうなカイの表情から察し、榎は続ける。
「大丈夫。カイ君…の友達も、その人が好きな人も、きっと優しい人だよ。だから、もし万が一貰った物には喜べなくても、その気持ちを喜んでくれるよ」
榎に言われ、カイは、柊のことを頭の中に思い浮かべ、そうだな、と顔を明るくした。
「そうだな」とアマリリスも言う。「ま、俺だったら、最高のドングリに最高の愛の言葉を添えて、女を口説くけどな」
そのアマリリスの言葉は、榎は通訳しなかった。
アマリリスが若干すべった事には気付かず、「ありがとうございました」と榎に礼を言い、榎に相談して良かったと思いながら、カイは帰った。
カイがいなくなり、公園のベンチには、榎とアマリリスがいた。
「……マリーちゃんの最高の愛の言葉って、何?」
「っせぇんだよ!」
逆上したアマリリスからの攻撃を受けながらも、榎は笑っていた。
榎に勇気づけられたカイは、帰省先の駅で土産を探した。
柊にだけ何かを渡すのは不自然だからと、椿や楸などのどうでもいい連中にもテキトーに安いお菓子を買い、榎にもお礼の品を見繕ってから、カイは柊へのプレゼントを探した。
そして、駅の構内を歩きまわったカイは、それを見付けた。
帰省先から戻ってきたカイは、椿達にお土産を渡した。それは、椿、楸、十六夜の三人分を合わせても五百円以内におさめる事が出来る、御当地限定味のソフトキャンディやスナック菓子だった。
椿達は一様に、珍しさは喜べるけど土産としては不服だと訴えた。
しかしそんな声、カイは無視する。バカ共に構っている暇などないのだ。
榎にお礼の意味も込めて地元銘菓を届けた後、カイは、柊を呼ぶことにした。
震える手で、なかなか照準の定まらない指で、一字一字確認しながらメールを打つ。全文打ち終えると、今度は内容を吟味する。そして、いやこうじゃなくこうでいこう、この言い回しはおかしくないか、絵文字が一個もないのは寂しいかな、と何度も文を書き直しながら、やっとこさ完成させたメールを柊に送る。
『渡したい物があるから、少し会えませんか?』
柊とのメールを重ねて待ち合わせにと決めた公園に、カイは来ていた。
約束の時間より三十分以上も前に来ているのに、何時まで経っても心の準備が出来ず、カイはずっとそわそわしていた。
「ごめん。待った?」
そう言いながら来た柊を見て、カイの緊張度は一気に高まった。
「いえ、全然」とカイは、早口に答える。
そして、何度も重ねたシミュレーション通りに、持って来ていた紙袋を柊に差し出した。
「あのこれ、つまらないもんすけど、こないだ地元に帰った時の土産っす」
「あ、なんかわざわざ…ありがと」と恐縮しながら礼を言い、柊は紙袋を受け取った。「ちょっと中見てもイイ?」
「あ、はいぜひ」
カイから了承を貰うと、柊は、紙袋を開いて見た。
柊が中身を確認しているのを確認して、カイは言った。
「そのでっかい方は、中はお菓子になってます」カイの説明を受け、柊は、紙袋を開いた時に真っ先に目を引いた、綺麗に包装紙に包まれている箱を見た。「つまんないもんすけど、よかったら高橋のおっさんとかと一緒に食べてください」
「うん。ありがと」と柊は礼を言いながらも、その興味は既に別の物に向いていた。「ねぇ、カイ。こっちの小さい方の包みは何?」
柊が言うのは、紙袋の底の方にチョコンとある箱のことだ。
カイは、柊への土産は二つ用意していた。お菓子も良いけど、何か形として残る物を送りたい。そう思ったカイは、柊一人にだけ何個もお土産を渡すのは不自然だからと、お菓子の方は高橋達と分け合えるような物を選び、それとは別に、柊へのお土産を買っていた。
そして、その土産の方こそ、カイにとって本命の土産物だった。
「よ、よかったら、開けてみてください」
カイは、飛び出しそうな心臓を抑えながら言った。
「いいの…?」
「はい…」
カイの許可をもらい、柊は、その場で包装紙を開いた。
「何これ?」
包装紙の中から出て来た物を見た柊は、素直な疑問を口にした。
包装紙の中から出て来た物は、何かに分類するなら、置物だった。人形のようなものが台座に立つ、置物。その人形は、それぞれ別の台座に二体いた。一個は、顔の付いた白い楕円形のボディから細長い手足を生やす、金髪と高い鼻が特徴的な人形だ。もう一個は、同じく顔の付いた楕円形のボディから手足を生やし、その手には扇子を持ち、赤い色の着物を着た黒髪の人形だった。どちらも楽しそうな笑みを浮かべるその二体は、人の形をしておらず、どちらかというと手足の生えた白米のような様相をしている。
未知の生物をかたどった置物に戸惑っている柊に、カイは言った。
「あのそれ、米ケル君と米子はんです」
『米ケル君』と『米子はん』。キャラクターの名前を聞いても、何だこれ、という疑問が消えない柊は、置物をいろんな角度からしげしげと眺めた。
「えっ、なんかマンガか何かのキャラクター?」柊は訊いた。
「いえ、たぶん違うと思います。というより、よく分からないキャラなんですよ」
「ハ?」
「俺の地元だけで人気が出つつあるキャラで、誰が作ったとか、どういう設定のキャラなのかとか、あんま知られて無いんす」
カイが説明すると、「へー」とだけ言いながら、柊は置物を眺め続けた。
柊の反応がイマイチで不安に思ったカイは、たまらず「あの…お気に召さなかったですか?」と訊いた。
嫌がられたらどうしよう、と強まる不安感を抱きながら、カイは柊の反応を待った。
「ハハッ」と柊は、笑った。「ううん、そんなことない。……何これ、変なの。良く分かんないけど、なんか可愛いね」
「あ、はい」
とカイは、さっきまで感じていた不安をすっかり忘れ、柊の笑う顔に見惚れていた。
「ありがと、カイ。大切にするね」
柊にそう言われ、カイは天にも昇る気持だった。が、天に昇る前に、「これ、二匹いるけど、二匹ともアタシが貰っていいの?」と柊に訊かれ、我に帰る。
「あ、よかったらなんですけど、二個あるから一個は柊さんに。で、もう一個は……榎さんに渡してください。二人にそれぞれセットで買えたら良かったんですけど、物がなかったんで」
「うん、わかった」
「じゃ、俺の用はこれだけなんで、失礼します」
そう言うと、カイはすぐに柊に背を向け、帰路についた。
土産を渡せたのはいいが、最後だけシミュレーションと違う結果になり、ちょっと肩を落とした。本当は、一つずつ共有したかったのだ。
「俺のヘタレ…」
後日。
柊は、榎の所へ向かって飛んでいた。カイからもらった『米ケル君』と『米子はん』を持ち、榎と相談をしてからどちらかを渡す為、榎の家に向かって飛んでいた。
その途中、柊は、グダグダと歩いている椿と楸のことを見付けた。
もしかしたら、そう思った柊は「椿」と声をかけ、二人の下へ降り立った。
「よぉ柊」と椿。
「ちょっとアンタ、これ知ってる?」
そう言いながら、柊は米ケル君と米子はんを椿に見せた。
「俺は知らないなぁ」楸は言った。「てか、何このテキトーさ全開のキャラクター」
「うっさい楸。あんたには訊いて無い」と楸にキツく対応すると、柊は椿の方を向いて「で、椿。アンタ、これ知ってる?」ともう一度 訊いた。
柊は、「マンガとかよく読む椿なら、もしかしたら」という、宝くじを買う時よりも薄い期待を持って、椿に訊いた。だから、嫌なモノでも見るかのように渋い顔をしている椿が「ああ」と答えると、「えっ?」と大きな声で驚いた。
「米ケル君と米子はんだろ?」と椿がキャラクターの名前を当てると、柊はさらに驚いた。カイの地元でも人気が出かけているだけのキャラクターを、そこの地元民ではない椿が知っている事に、少し恐怖も感じていた。だが、「つーか、そのキャラ作ったの、俺の親父だし」と椿が言うと、「ハァ?」と一際大きな声で驚いた。
「つーか、マジだったんだな」と椿も若干驚きながら、言った。「それな、父さんと母さんがどっかに旅行に行った時、何かの企画で一般公募されていたキャラクターのデザインとして出したキャラらしいんだよ。父さんが考えて、母さんが絵にしたキャラ。ホラだと思ってたけど、マジだったんだな。どこで手に入れたんだ?」
椿に訊かれ、「カイから、地元の土産だって貰った」と答えると、今度は柊が「…えっ、で、どういうキャラクターなの?」と訊いた。
「えっとたしか…米ケル君は、日本とアメリカのハーフで、アメリカ生まれの日本育ち。古風な雰囲気に引かれて京都に移り住み、そこでひょんなことから米子はんと出会い、一目惚れする。米子はんは、芸子になることを夢見て、舞子として稽古に励む日々を送る。そんな中で米子はんも、ふとした拍子に米ケル君の存在を知る。自分のことを陰ながら見守ってくれる米ケル君に、いつしか米子はんも淡い恋心を抱くようになった。しかし、そんな二人の間には、大き過ぎる障害が立ちはだかった。芸子になるための修行をしている身で、米子はんは色恋に走ることは出来ない。それに、国際化が進んではいるが、相手は見た目バリバリの外国人。古き良き日本を重んじる京都で、しかも自分は舞子として生きている。周りからの理解を得る事が難しいと分かっていながらも、抑える事が出来ない恋心。猛る恋心を抑えるのが辛いのは、米子はんだけじゃない、米ケル君もだ。彼も、米子はんと同様の悩みを抱えていた。しかも、国という壁を超えられたとしても、彼女は夢に向かって邁進している。米ケル君はいつしか、彼女の夢を応援する為に、自らの恋心を押し殺し、彼女の前から消えようとした。その時、米子はんの下した決断とは…。恋と身分、恋と夢、いろんな壁に挟まれながらも強く生きていこうとする二人らしいよ」
「知らないよ!」耐え切れず、柊は叫んだ。「自分から訊いといて何だけど、この二匹にそんな重い現実が圧し掛かっていたの?もっと平凡な暮らしを送る、明るさだけが取り柄のバカ二匹じゃないの?」
「見た目からはそう捉えられても仕方ないな」と椿は冷静に言う。「親父も言ってたよ。募集されていたのがデザインだけで、詳細設定を書き込む欄が無くて歯痒く思った、って」
椿はこの後、「デザインが採用されている事も、商品化されている事も初めて知ったよ。で、これ持って柊は何処行くんだ?」と柊に訊いた。
「……榎ちゃんの所…」
柊は、そうとだけ答えた。
二匹の抱えている辛い現実を知る由もなかった柊は、椿の話を聞いて、悩んでいた。
榎の所に行っても、抱えているモヤモヤは晴れない。
このまま二匹を別れさせても良いのか? と、そればかり考えている。
だから柊は、その人形がカイから自分たち二人への土産だと榎に伝えた上で、椿から聞いた二匹の運命を話した。
柊としては、二匹を離れ離れにしてはいけないというのが、率直な想いだ。
榎は、カイの土産がコレかと不思議に思いながら、変な所でミラクルを起こす椿の両親に驚きを通り越して呆れていた。
二人は、特に議論を重ねることなく、この二匹を離れ離れにするべきではないという結論に達した。そして、その二匹の所有権は、榎の勧めもあり、柊に決まった。
柊の部屋に、新しく置かれた二体の置物。
「これからは、ずっと二人一緒だよ」
柔和な笑みを浮かべた柊は、二体の置物に向かって、そう言った。
カイの想いとは少し異なるが、柊は、二体の置物を大切にしたそうだ。
芸子の世界について特に詳しくもないのに書いてしまいました。
偏見を持った見方で書いてしまい、すいません。
『米ケルくん』と『米子はん』について。
いわゆる、ゆるキャラです。もし実在のモノと被っていたら、それは奇跡的偶然です。




