番外編 ひねくれ勇者
「あ~、おこたぬくぬく~」
そう言って幸せそうにコタツに入っているのは、楸だった。
十六夜の家に遊びに行くという椿にくっついて来たら、十六夜の部屋にコタツがあり、楸は歓喜の声を上げながらコタツにもぐり込んだ。コタツに入りながらみかんを食べる、その喜びを噛みしめながら、楸は、テレビ画面を見ている。
テレビに映し出されているのは、十六夜と椿がプレイしているテレビゲームの映像だった。本来は一人でやるRPGなのだが、「共に力を合わせて世界に平和を」と十六夜が椿を誘い、面白そうだからと椿もその誘いに乗った。
テレビの前に置かれたコタツ、テレビの正面の席は楸、その両脇の席にそれぞれ椿と十六夜がいる。実際にコントローラーを握り操作しているのは十六夜で、その十六夜の正面から椿が口出ししている。その二人の様とテレビ画面を眺めながら、幸せな気分で楸はみかんを食べていた。
「だからお前、そこは逃げろよ!」
椿は、声を荒げた。
「何故、ホワァイ?」と十六夜は、不満そうに言い返した。「この程度の敵なら勝てますよ。それに町の人も言ってたでしょ、『無茶な闘いは避けるべきだが、逃げてばかりじゃ強くなれないぞ』って」
「今がその『無茶な闘い』だよ!そりゃあ平常時だったら勝てる相手だろうよ!けどな、パーティがボロボロの瀕死状態、一刻も早く最寄りも街に回復しに行こうって時に、闘うバカが何処にいんだよ!」
「男にはね、逃げちゃいけない時ってのがあるんですよ」
と十六夜が言うと、クチャクチャとみかんを食べながら楸が「そうだ」と会話に混ざってきた。
「何時だってそうさ、何か偉大なことを成し遂げようとする時、衆人は『そんなバカな』って笑う。偉人はいつも、嘲笑の中から生まれて来たんだ!」
「っせぇ、バカ天使!」と椿は怒鳴った。「最初のボスにもたどり着けない、通常エンカウントで死にそうなパーティ、誰だって嘲笑するわ!嘲笑で大爆笑だわ!」
この椿の言葉で、十六夜の腹は決まった。
『誰だって嘲笑する』なら、それを乗り越えた時、このパーティは伝説になれる。
逃げ道を断ち、十六夜は闘いを挑んだ。
結果、パーティは全滅した。
「「あれま…」」
その結果に、楸と十六夜は口をあんぐりと開けた。
「何驚いてんだよ」と椿は、呆れた。「至極当然の結果じゃねぇかよ」
「でもほら、セーブしてたからそんなに被害ない」とあっけらかんと言う楸。
「そうですね」と十六夜も笑顔で言う。「こまめにセーブすることを忘れなければ、全滅は怖くない。怖いのは、逃げることに慣れることですよ」
「っせぇよ!」
椿は反対したが、十六夜のパーティは決して逃げなかった。
逃げずに、何度か全滅を繰り返した。
全滅を繰り返しながらも何とか強くなり、最初のボスを倒した後に、十六夜は言った。
「そう言えばさぁ、よく『弱い者から狙いやがって』って勇者側の誰かが敵を非難しますけど、それって普通のことですよね」
十六夜の言葉に、椿は目をパチパチとしばたたかせた。
楸は、みかんを食べた。
「敵が複数いれば、弱いヤツから確実に叩いて、あとはみんなで強そうなの倒しますよね?」
「いや、十六夜…」
「勇者側だってやりますよ。なんなら弱点だって攻めますよ。攻略本で敵を調べ上げて、弱点ばっか狙いますよ!数人のパーティで敵一体を袋叩きにしますよ!」
「おい…」
「勇者だからってことで許されるなら、こっちも悪だからってことで認めましょうよ。何、自分達を棚に上げて悪ばっか非難して!」
「いや、お前の気持ちもわかるけど…」
――分かるんだ…
十六夜と椿の言い争いを傍観していた楸は、無言でツッコミを入れた。
「勝てば官軍とはよく言ったものですよ」と更に熱を入れ、十六夜は言う。「『巨悪を滅ぼす』なんて大義名分があるだけで、民家に不法侵入して室内を漁り、家主に無断で財産を拝借しようとも何も言われない。どっちが悪だかわかりゃしない」
――そこって、ノータッチで行くんじゃないの…?
そう思いながら、楸はみかんを食べた。
「確かにな」と椿。「昔は俺もラスボス倒せば世界が平和になると思ってたけど、大人になって考えてみると、『ホントにそうかな?』って疑問に思うことはある。結局 力で解決しているワケだから、根本的解決じゃねぇんだよ」
――大人になってって、お前 頭ん中は中二じゃん
そう思いながら、楸はみかんを食べた。
「そうですよ」と十六夜。「誰も、悪側の気持ちなんて分かっていないんです。今時、世界征服とか本気で言うヤツいますか?」
――いや、知らないよ
楸は、みかんを食べる。
「いや、違うぞ 十六夜」と椿。「世界征服って言っても、もし達成できてもその後やることなんてねぇだろ。アレはな、今の世の中に絶望して、『自分ならもっと世界をより良い、平和な世の中に出来る』っつー、少し曲がった愛国心ならぬ愛世界心なんだよ」
――少し曲がったって、大分曲がってるけどね。百八十度折れ曲がって、世界を混乱させてるけどね
楸は、みかんを食べる。
「少し曲がったって、大分曲がってますよね、それ」と十六夜。「百八十度折れ曲がって、世界を混乱させてますよね」
――あ、それ今俺思った
楸は、みかんを食べなかった。
椿と十六夜の討論は、テレビゲームそっちのけで続いていた。
「つーかさ、俺がラスボスなら、早々に自分で出向くか圧倒的力の差のあるヤツを送り込むぜ」と椿。「何もわざわざ主人公たちよりチョイ強いヤツを送り込むことはねぇんだよ」
「でもですよ」と十六夜。「敵組織の中で、『こいつらになら勝てる』と思ったヤツが、勇者討伐に立候補するんですよ。少しでも手柄を立てたいですからね」
「いや、俺がボスなら、あんま勝手は許さねぇぞ」
「はぁ~。分かってないですね、椿君は」
「あ?」
「ただ威張り腐っているだけじゃ、頭はやれないんですよ。ある程度 手下の意見も尊重し、『じゃあ、お前やってみろよ』とチャンスを与えてあげないと、若手は育たないんですよ」
「そうやって若手育成を重視し過ぎた結果、ハンパなく強くなった勇者一行が目の前に来たら、ラスボスも泣きたくなるだろうな」
「ははっ、そうですね。『よし、わしが行こう』『いえ、ボス自ら出向く必要はありません。ここは、私めにお任せください』『よし、分かった』。そして勇者一行が来たら、『だから言ったじゃない』って泣き言 言うかもしれませんね」
「だろ?」
「そう思うと、組織体を作っているラスボスは、可愛く思えてきますね」
「なら、たった一人の悪意で動くラスボスは、どうすればいいかな?」
そうして、椿と十六夜は、勇者ではなく悪役目線の話を続けた。
楸は、バカ達の会話につっこむことを早々にやめ、コタツに包まって眠っていた。
「ひねくれ」というか「ただのバカ」?
回復呪文に慣れてしまうと、久しぶりに最初からやった時、回復呪文のありがたみに気付かされます。回復薬だけでは心細いのです。だがしかし、回復薬を重宝しすぎて後半、99個持っていたりします。




