番外編 それぞれの価値
男達四人は、コンビニに来ていた。
コンビニで思い思いの買い物を済ませ、椿、楸、カイ、十六夜の四人は店先で再会する。
そこから、男たちのぬるい討論会が始まった。
「つーか、あんまんってなくね?」と肉まんを頬張る椿。
「なんでさ?あんまんのどこが悪いのよ?」と不満そうに言うあんまんの楸。
「いや、俺もあんまんはないと思うぜ」とカレーまんのカイ。
「何でよ?」と楸は声を高くした。「あんまんいいじゃん。冬の寒い日に、甘い温もりに包まれる、サイコーじゃない」
「それ、食う側じゃなく、あんまんの『あん』の気持ちじゃねぇの」と椿。
「そんなことない!仮にそうだとしても、俺は、女の人の甘くかぐわしい温もりに包まれたい」
「何言ってんだ、お前?つーか、男だったら肉だろ、肉」
「そんな事言ったらカレーの人はどうなのよ?」と楸は、カイを見る。
「おまっ…カレーまんなめんなよ」カイは言った。「最近のカレーまんはな、中にチーズとか混ぜ込んでるやつもあんだぜ。そしたらもう、ピザまんのお株も奪う、最強のまんだろ」
「いや、最強のまんは肉まんだろ」と椿。「所詮お前らは、肉まんから派生した存在だからな。肉まんがなけりゃ、存在すらできないからな」
「なにおぉ!」
そんな椿、楸、カイの言い合いが激化しかけたところに、まぁまぁ、と十六夜が割って入った。
「まぁまぁ、そう熱くなりなさんな 御三方。そんな争い、意味がない、悲しみしか生まない。寒い日に食べるものと言ったら、やっぱこれでしょ」
十六夜は、おでんを食べていた。
今はよく出汁の染みた大根をシャムシャム食べている。
「っせぇよ!」と椿が叫んだ。「つーか、そこはお前、おでんじゃないだろ。お前がピザまん食って、ピザまん派として論争に割って入れよ」
「あぁ~、カラシ付け過ぎた」
そう言って、十六夜は鼻を抑えた。
「話聞けよ、おい!」
四人は、ゆっくり座って話をする為、公園に来た。
公園内の地面に埋め込まれている半円のタイヤにそれぞれ座り、それぞれの主張をする。
まずは、肉まんの椿。
「やはり肉まんが一番だと思う。一番オーソドックスなだけに、一番奥が深い。具材へのこだわりから、細かな味付けへの追求。みんな好きだからとりあえずカレー味にしとけ、なんて安易さもない。あんまんなんて論外だ。あんまん食うなら、黙ってあんパン食ってろ。黙って饅頭レンジでチンしろ。黙って『つぶあん派かこしあん派か』、どっかの隅で議論してろ、このバカ!」
自ら敵を作るような発言をした椿は、敵陣からのブーイングを受けながら主張を終えた。
次は、あんまんの楸。
「俺は、あんまんが一番だと思う。冬になって寒さが身にしみ、温かい物を食べたくなる。でも、それだったら家帰って鍋つつけばいいじゃない。缶コーヒーでもいいじゃない。寒さ厳しい冬の時期、我々が求めるのは『甘さ』です。タイ焼き然り大判焼き然り、寒い季節には温かな甘みが求められるのです。人肌恋しいこの季節、身も心も温めてくれるのはあんまんだけです。男なら肉だ、とか言うバカは、生の豚肉食って食中れ!」
椿からのブーイングを受けながら、楸の主張は終わった。
次は、カレーまんのカイ。
「俺は、カレーまんを推したい。どっかのバカは、カレー味は安易だと批判したが、それは違うと思う。カレー味は、それだけ人々から好かれているんだ。それにさっきも言ったが、カレーまんは、あの大人気ピザまんの長所である『チーズ』を取りこみつつある。しかも、だ。カレーまんとピザまんは、生地に色が付いている。ピザまんは、若干オレンジ。カレーまんは、黄色い。生地にまでこだわって……る!」
あいつ、ホントはピザまん派じゃねぇの? つーか、中身薄くね? 最後、まとめられなかったんだね。 等々いろんな声があがっているなか、カイの主張は終わった。
そして最後、おでん十六夜。
「いや、お前はいいよ」自分の番だ、と思った十六夜がすっと立ちあがると、すかさず椿は言った。「つーか、いつまでおでん食ってんだよ?」
すでにそれぞれのまんを食べ終えた三人とは違い、十六夜はまだおでんを食べていた。
今は、はふはふとがんもどきを頬張っている。
「僕が言いたいことは一つ」椿の制止を無視し、十六夜は言った。「白滝は、低カロリーでそこが売りみたいだけど、僕はあんま好きじゃない。あと、ご家庭のおでんではなかなか牛すじって入らないから、ついコンビニのおでんに入っていると心ときめく。それに、お餅巾着ってビックリだ」
「全然一つじゃねぇじゃねぇか!」椿がつっこんだ。「つーか、お前のは主張っつーより、ただの感想だろ!」
「でもさぁ」と楸。「実際、コンビニのおでんって色々入ってるよね。俺この前、ソーセージ入ってるの見て驚いたもん」
「確かに」と頷く椿。「えっ、マジか?みたいな新発見はあるな」
「俺も」とカイ。「てか、普通に言うけど白滝なんて家のおでんには入んねぇし、ロールキャベツってもうそれ別料理だろって思ったことある」
「つーか俺、ちくわぶって食ったことないんだけど」
そう椿が言うと、楸も「あ、俺も」と手を上げた。十六夜も、「ちくわはあるんだけどね」と同意見だ。
しかし、カイだけは違った。
「俺、ちくわぶ食ったことあるぜ」
カイが自慢げに言うと、他三名が興味を示した。
「どんな感じなの?」と十六夜。
「どんな感じっていうか、ただひたすら熱かった」その時の記憶を苦々しく思い出しながらカイは言った。「味とか食感よりも先に、とにかく熱かったことだけ覚えてる。俺はアレ食って、あの…なんか、喉元過ぎたら大丈夫ってワザ覚えた」
「技って何だ、技って?ことわざだろ」と椿。「つーかお前、絶対間違って覚えてるだろ?」
「あ?んなことねぇよ!」心外だ、とカイ。「俺がガキの頃だけど親父も言ってた。はふはふと悶え苦しむより、いっそ飲み込んじまえばオールオッケー、って」
「んな熱い料理を食べちゃった時の対処法的な言葉じゃねぇよ」と椿はつっこんだ。
三人は、カイの父親という、カイがバカな理由の根底に触れた気がした。
「熱いつながりで言えば」と楸。「おでんの汁を飲もうとしてちくわをストロー代わりにすると、やたら熱いよね」
「んなことするバカ、お前ぐらいだよ」と椿。
「いや、でも僕も、がんもどきを介して汁を飲もうとして、唇やけどしたことありますよ」
十六夜は言った。
「もっとバカいたよ!」
椿は呆れた。
「じゃあさぁ、おでんで何が好き?」楸が訊いた。「俺は、たまご」
「俺ははんぺんとか、練り物が好きだな」とカイ。
「俺、大根」と椿。
「うっわぁ~、ふつ~」
そう楸にバカにされ、「っせぇ!」と椿が怒鳴る横で、十六夜が手を上げた。
「僕は、おでんそのものも好きだけど、おでんの汁をご飯にかけて食べるのが好き」
「ああ、アレ美味いよな」
と椿も、十六夜の意見に賛同した。
「あ~。なんか話してたら、おでん食べたくなって来た」
楸が言った。
すると、「俺も」「俺も」「僕も」「いや、お前は今食ってるだろ」と言った声が次々と上がった。
「じゃあさぁ、もっかいコンビニ行って、おでん買わね?」椿が提案した。
「えっ、でも…」と難色を示したのは十六夜だ。「僕、さっきもおでん買ったから、店の人に『うわっ、こいつおかわりしに来やがった』って思われるよ」
「思われねぇよ!」
「じゃあさ」と楸がさらに提案した。「それぞれ別のコンビニ行っておでんを二~三品買って来て、あとで食べ比べしてみない?」
楸の提案に、「おっ、いいな」とカイは乗り気だ。
椿も「面倒くせぇな」と口では言うが、まんざらでもない。
「自分で言っておいてアレだけど、俺、コンビニおでん初だから緊張するよ」
ちゃんと買えるかな、と楸は、緊張感と一緒にワクワクする高揚感を見せた。
「僕も、なんか緊張する」
と十六夜は言うが、「いや、お前さっきおでん買っただろ」と椿につっこまれた。「コンビニおでんデビューじゃないくせに、通る見込みゼロの嘘吐くなよ」
「ウソじゃないですよ」と十六夜は強く言い返した。「僕にとって一人でコンビニは、十代後半で初恋男子のうぶな告白ぐらいの緊張感なんですよ。てことでカイ君、一緒に行きましょう」
「行かねぇよ!」とカイは拒んだ。「てか、何でその例えで俺を誘うんだよ!」
仕方がないので、一人での外出にトラウマのある十六夜は、楸と一緒に行動することになった。
三手に別れてそれぞれが好きなおでんを買ってきて、またこの公園に集合し、店ごとの味も比べながらおでんを食べることにした四人。
集合時間や集合場所を決めた後に一度解散するといった間際、楸はふと疑問に思った。
「そう言えば、何でこんなことになったんだっけ?」
「あ?」としかめっ面した椿が答える。「んなもん、こいつがおでん食ってたからだろ」
椿は、十六夜を指差した。
四人の頭の中からは、『最強のまんは何だ?』という議論はすっかり消えていた。
今はもう、『最強のおでん種は何だ?』に心変わりしている。
競争しているワケでもないのに、四人は、徒競走のスタート前のような緊張感を漲らせていた。
四人は、それぞれの『最強おでん種』を求めて、スタートを切った。
しかし、たぶん『最強のおでん種』についてもどうでもよくなるだろう。
基本的にバカな四人はこの後、おでんを味わい、心から冬を満喫する。
この4人の話は、行動がなくセリフばかりになってしまうのが難点…。
子供な私は、ピザまんを神格化してしまう傾向があります。特に優劣はつけていないつもりです。




