番外編 コタツ・ラブ
高橋の部屋に、震える男がいた。
「高橋さん、寒いです」
ガクガクと震える声でそう言ったのは、震える男・楸だった。
楸は震えながら、高橋のデスクの前に立っていた。そこから、書類整理中の高橋に向けて強く主張している。
「くくっ。そりゃあ寒いだろ、冬だもの」
「冬だもの、じゃないですよ!高橋さん」室内の暖房によって少し回復した楸は、声を高くする。「今にそんな悠長なこと言っていられなくなりますよ。俺がここに来るまで、何度凍死しかけたか」
「ハッ!」と、楸が騒ぐ様を自席に座って見ていた柊が、短く笑った。「そりゃアンタ、年がら年中 浴衣だからじゃない。いくら上にどてら着ても、そんな胸元開けて浴衣ん中に何も着なかったら寒いでしょ」
全くの正論である柊のその言葉に、楸は不満そうに唇を尖らせた。
「うるさいよ。胸元開いた服も着られないヤツが」
そう陰口の様にコソッと洩らした瞬間、楸は身の危険を感じ、さっと身を翻した。あと一瞬でも遅れたら、ボウガンのような勢いで放たれた、今は壁に突き刺さっている柊の投げたボールペンが、自身の体を貫くところだった。
「ほら、ケンカしない」
と、高橋の仲裁が入り、柊は怒りを収めるが。
「いや、ケンカって言うような和やかなレベルじゃないですよ、アレ!」と楸は、柊を指差しながら自らの命の危機を訴える。「下手したらここ、殺人現場になってましたからね」
「ま、それはいいとして」高橋は、話を切り替えた。
「よくありませんよ!」
「楸。寒いんだろ?」
「あっ、そうでした」と楸は、怒りを鎮めた。
「で、何か言う事あるのか?」
「はい。この部屋にも、おこた出しましょう」
楸は、コタツを出すことを提案した。
「ダメだ」
楸の提案は、あっさり却下された。
「何でですか?」楸は、食い下がった。
「そりゃあ、俺だってコタツは欲しいさ」そう一定の理解を示した上で、高橋は「だがな、コタツは危険なんだよ」と拒否する理由を言った。
「大丈夫です。俺、おこたの中で衣服を温めたりしません」
「いや、そういう火災の心配じゃなくな、コタツは魔の暖房器具だってことだ」
「暖かいからって油断してると、皮膚を痛めるってことですか?」
「いいや、低温やけどの話でもない。いいか、コタツはな、人心を惑わすんだ」
そう語る高橋の神妙な口ぶりに、楸はごくりと喉を鳴らした。
「人心を…惑わす…?」
「そうだ。思い出してみろ。コタツの中に入ると何をするにも億劫になる。生理現象のはずのトイレですら、面倒に思う。ひとたび寝てしまえば事態は更に深刻化する。頭の近くに置いたケータイも、次 使う時には何処に置いたか捜しだせない。テーブルの上の物を取ろうにも、起き上がるのも面倒だからと寝たまま手を伸ばし、あげく飲もうと思って持ってきたのに飲まずに置いていた冷めたコーヒーをひっくり返す始末」
「大丈夫です。俺、そんなことくらいじゃおこたを嫌いになりません」
「違うんだよ、楸。これは、好きとか嫌いとかの次元の話じゃない」
「えっ……?」
「俺達がコタツを愛すれば愛するだけ、俺達はダメになる。そんなことになったら楸、コタツも悲しむんじゃないか?」
「おこたが…悲しむ…?」
高橋の力説に、楸は悲しみと罪悪感を覚えた。と同時に、感動もした。
が、高橋の言いたいことは一つ。
「ま、色々言ってはみたが、職場にコタツがあったら仕事がままならないだろ」
それまでの深刻な雰囲気から一転、高橋はコタツ不許可の理由をあっさりと言い放った。
高橋の部屋にコタツを置けないとなり、暖を求める楸は「ここなら」と思い、五十嵐の部屋を訪ねた。しかし、テレビや冷蔵庫、寝床の役割までこなすソファーもあって生活感が溢れる五十嵐の部屋にも、コタツはなかった。
五十嵐ですら、コタツの魔力に恐れ慄き、出すことを断念していた。
途方に暮れた楸は、とぼとぼと元気なく歩いていると、柊と再開した。
高橋と一緒の空間に居て元気を蓄え、これ以上充電すると容量オーバーすると危機感を覚えた柊は、高橋の部屋から帰るところだった。
「ねぇ柊。柊の家には、おこたある?」楸は、訊いた。
「あるけど、アンタは絶対入れないよ」
「うわっ、けちんぼ」
「ケチじゃないでしょ」
「はぁ~、おこたいいよね。俺も買おうかな?おこたに入ってミカン食べるんでしょ?」
「まぁ、食べるね」
「何箱?」
「単位がおかしい!」柊はツッコんだ。「一回に何箱も食べない」
「じゃあ、何百個?」
「それも有り得ないでしょ!せいぜい十個くらいよ!」
「いや、十個も結構多いと思うよ」と自分で言っておきながらも相変わらずの柊の食欲に驚いた楸は、「そういえば、冬におこたに入ってごろごろし過ぎたって、太ったって話は良く聞くけど、柊は太んないね。ちゃんとごろごろしてるの?」と訊いた。
「ちゃんとごろごろって何よ?」と意味分からないといった呆れを見せてから、柊は応える。「まあ、寒いからコタツから出たくないって思う事はあるし、暖かい物が美味しくてついつい食べ過ぎちゃうこともあるけど、あんま体重は変わらないかな?」
「柊の『つい食べ過ぎちゃう』量って、常人の何十人前だよ…」と恐怖にも似た驚きを感じながら、楸は言う。「もっとちゃんとごろごろしたほうが良いよ。ただでさえ肉の無い身体してるんだから、おこたパワーを借りて肉付けなきゃ」
そう言った直後、高橋の所でフル充電を終えた柊に、「余計なお世話よ!」と楸は殴り飛ばされた。
柊にぶっ飛ばされて一時的に気を失っていた楸は、神崎に介抱されて目を覚ました。
「大丈夫か、楸?何があった?」
そう言った神崎の口ぶりは、不意の敵襲を食らった味方兵を心配するような、そんな危機感を伴っていた。が、楸が「いや、ちょっと柊をからかっていたらやられました」と説明すると、「なんだぁ、良かったよぉ」と顔に安堵の色を浮かべ、ホッと胸をなでおろした。
「時に楸、お前さん何やってたんだ?」
立ち上がった後、そう神崎に質問された楸は、「特に何も」と素直に応えた。
「寒いからおこた求めてうろついているだけです」
「なんだ、コタツ捜してたのか。あっはっはっはっは」神崎は笑った。「コタツはいいよな。俺もコタツとは長い付き合いだが、あれはいい」
「看守さんも、おこた好きですか?」
「おお、大好きだ。座っていると背中が寒くなる。横になると、寝返り打った時に腰が天板にぶつかり、思うように動けない。脚を伸ばしたら、小さいコタツだとはみ出る。誰か複数と一緒に入れば、『この脚、誰?』ってはしゃぐ。コタツの中で、自然と始まる陣地争奪戦。コタツに入ってみかんを食べ、指が黄色くなってワクワクする。コタツほど自然と笑みが零れる、あんな楽しい物は他にないな」
「今の全部楽しいエピソードだったんですか?」
この人はやっぱどっか違う、そう思った楸だった。
楸が神崎の相手をしている頃、柊は自宅に着いていた。
楸の恋焦がれていたコタツに入り、みかんを食べている。
一個目のみかんは、皮を剥いてそのまま一口で食べた。口の中に広がる程良い酸味が心地いい。二個目は、小さく小分けにしてゆっくり味わう。三個目は、気まぐれに白い筋を取ってみた。白い筋が綺麗に取られたみかんを満足げに見て、眼で楽しんだら、後は舌で楽しむ。
色々食べ方や剥き方を変えて、気分も変えながら食べていたら、コタツの上がみかんの皮だらけになった。これはマズイ、と柊は、みかんの皮をゴミ箱に捨てた。最近ではもっぱら『みかんの皮捨て場』のようになっているゴミ箱に、また新たに大量のみかんの皮が追加された。
コタツのそばに置いたみかんの箱から、また何個かを取ってコタツの天板の上に置き、それを食べながら柊はふと思った。
「高橋さんと一緒にコタツに入ったら、どうなるんだろ?」
ほわんほわんほわ~ん (柊、妄想に入る)
「柊」
「はい、何ですか高橋さん?」
「背中、寒くないか?」
そう言うと高橋は、柊の背後に回り、柊を抱きしめるように座った。
逆だったら?
「あ、あの高橋さん…背中の方、寒くないですか?」
「ん?ああ、確かに寒いな」
柊は、高橋の背中にピッタリ張り付くように、後ろから高橋に寄り添った。
「はい、高橋さん。みかん剥けましたよ」
「おお、悪いな」
「はい、あ~ん」
「柊…」
「あぁっ…高橋さん…」
「っなぁぁぁああああ!」
恥ずかし過ぎる妄想から、柊は帰って来た。
火照った体を覚ます為、コタツの温度を下げ、十二個目のみかんに手を伸ばした。
「はぁ…はぁ……」肩で息をしながら、「コタツ、危険…」そう思った柊だった。
好きです、コタツ。




