番外編 俺の姉貴
「楸。高橋さんが呼んでたよ」
柊が言った。
その日、高橋の部屋を訪れた時、高橋に「もしこの後 楸にあったら、俺の所に来るよう言っといてくれるか」と頼まれた柊は、椿、カイと一緒に通りを歩いている楸を見付けだし、楸に伝えた。
「何で?俺、今日はまだ何も怒られるような事してないよ」
「ハッ。知らないよ」不満そうに口を尖らせる楸に、柊は突き放して言った。「ただ高橋さんからの伝言を伝えただけだかんね、アタシは」
要件を済ませた柊は、羽を広げて飛びあがった。
「ちゃんと行きなさいよ」と、振り返った柊は、念を押す。
「はいは~い。ありがとね~姐さん」
楸は、投げやりに応えた。
「はい」とだけ言えばいいのにと、楸の反応が気に食わない柊は「ちっ」と舌打ちした。が、口ゲンカする気分でもなかったので、不快感を堪え、そのままその場から居なくなった。
突然来てすぐいなくなった柊を見送り、残されたのは男三人。
柊の登場で止められた歩みを再び動かし出すきっかけを掴む前に、一人が口を開いた。
「なぁ、楸」
「ん、何?カイ」
話を切り出したのは、カイだった。
「楸ってよぉ、たまに柊さんの事『ネエさん』って呼ぶだろ」
「うん」
「も、もしかして」とカイは、衝撃の事実に、もしかしたら触れてはいけないパンドラの箱に触れる覚悟で、「柊さんって、楸のお姉さん?」と訊いた。
「…うん」
楸は、平然と頷いた。
――いや、嘘つけよ
呆れた椿は、心の中でつっこんだ。
椿の察する通り、楸は嘘をついた。これと言った理由はないが、何となく面白そうだから、つい嘘をついてしまった。
楸も、まさかそんな嘘が通用するとは思わなかったのだが…。
「マジかよ!」
カイは、信じた。
――えーっ!
椿と楸は、心の中で絶叫した。
「しゅ…あいや、あの、お兄さん」
冷静さを欠いたカイは、しどろもどろに言った。
これはマズイ、と楸は、助けを求めて椿に緊急のテレパシーを繋いだ。
『ちょっと!なんか信じちゃったんだけど』と取り乱す楸。
『知るか!』と取り付く島なく、椿は突き放した。『お前が嘘吐くからだろ』
『だって、信じるなんて思わないじゃん』
『つーか、何であいつはお前の事「お兄さん」って呼ぶんだ?仮にお前が柊と姉弟だったとして、お前は「お兄さん」にならないだろ』
『知らないよ。とりあえず年上だからとか、そんな感じじゃない?てゆうか、楸さんね』
『いや、今それどうでもよくね?』
勝手に窮地に陥った楸に、「お兄さん」と少し照れながらカイは言った。「柊さんって、どんな子供だったんすか?」
「あ~、今とたいして変わんないよ」冷静さを取り繕い、楸は答えた。「昔からガサツで女っ気なかったし、背ばっか伸びて他の所は成長してないってゆうか、うん」
『おい!』椿が、テレパシーで楸の発言を咎めた。『何普通に応えてんだよ?』
『いや、つい』
『つい、じゃねぇよ!嘘だったって白状して謝れよ。つーか、それ以上嘘重ねてっと、柊にばれたら殺されんぞ』
『いやでも、証拠はないけど限りなく真実に近い推測だと思うよ。間違った事は言ってないはず』
『間違ってないから、ってこともあんだろ』
『そんな理不尽な』
『ある意味当然だろ』
楸が愕然としているところに、カイは言った。
「てことは、昔っから可愛かったってことですか?」とカイは興奮した。
『おいおいおい、何か勘違いしたぁ』と気味悪がる楸。
『マジかよ…?』と椿も驚愕する。『どんだけ希望と理想で耳コーティングされてんだよ?』
『どうしよう、椿』
『知るか!』
「あの、しゅ…お兄さん」カイは、言った。「柊さんって、何が好きとか分かりますか?」
「好きなもの?何だろ?牛乳はよく飲んでたよ」
「えっ?あ、じゃあ、す、好きなタイプとか…?」
「好きなタイプって、さすがに姉弟でもそんな話はしないよ。でも、結構面食いなところとかあるかも」
『おい!』と椿はまた、テレパシーで楸の発言を咎めた。『いい加減にしろよ、お前!いい加減過ちを認めろよ。で、早く謝れ』
『でも、事ここまで来たら、さすがの楸さんも引けないって言うか…』
『事ここまで進めた原因は、全部お前だけどな』
『そんな冷たいこと言わないでよぉ、相棒ぅ~』
『知るかぁ!泣き付くな!』
「じゃあさぁ」質問を重ねたことで勝手に落ち込んでしまったカイは、力無く言った。「もし…もしもっすよ!もし柊さんに何かプレゼントする機会があったとして、何あげたら喜ぶかな?」
「う~ん……乳牛?」
そう答えた瞬間、楸は後頭部に強い衝撃を感じた。
その強い衝撃の正体、楸の後頭部を蹴り飛ばしたのは、柊だった。
「ハッ!気になって来てみたら、まだこんな所で油売ってたよ、このバカ」柊は言った。「で、何でアタシは乳牛貰って喜ぶの?その根拠は?」
笑顔が怖い柊に質問され、楸は本当の窮地に立たされた。
『助けて、椿』と楸は、切に助けを求めた。
『無理。ゴメン』
『そんな事言わずに』
『無理。ゴメン。さようなら』
『見捨てないでぇ』
椿にも見放された楸は、覚悟した。
――こうなったらヤケクソスピリットだぁ!
「姐さんにとって乳牛は、憧れの的だと思って。しかもほら、その乳を飲めば、万が一にもひょっとしたら…」
最後まで言えず、楸はぶっ飛ばされた。もちろん、柊に。
星にはなれなかったが、楸は、空高くぶっ飛ばされ、流星のような勢いで地面にぶつかった。
椿は、勇敢に最期まで闘い抜いたバカな相棒の下へ駆け寄った。
「あの、柊さん」柊と二人っきりになれたカイは、たった今 生じた違和感を解消したく、「楸って、柊さんの弟だったりしませんか?」と訊ねた。
弟を容赦なく殴り飛ばした姉に対し、カイは、『柊と楸は姉弟』ということに対し、疑問を抱いた。
だから、訊いた。
「ハ?楸がアタシの弟?」柊は、心底意外な問い掛けに呆気にとられた。「そんなワケ無いでしょ」
「えっ?そうなんですか?」
「そうなんですか、って何?アンタ、何でアイツとアタシが姉弟だって思ってたのよ?」
「えっ、だって楸が…」
カイの反応から、柊は、大体の事情を理解した。
そして、呆れた。
「アイツの言う事なんて、いちいち真に受けないでよ」
「じゃ、じゃあ、柊さんと楸は、御姉弟じゃないんすね?」
「当たり前でしょ。もしホントにアレが弟だったら、あんなバカにならないようにちゃんと教育するから」
「あ、そうなんですか」
柊に言われ、カイは安堵した。
もちろん、嘘をついた楸に対して怒りを覚えなかったワケではない。何で無意味な嘘をつくのか、と僅かながら心の中で憤った事だろう。しかし、それ以上に、ホッと胸をなでおろす安堵の気持ちが勝った。
良かった、とカイは心から思った。
――もし柊さんが乳牛を欲しかったとしても、そんなもん俺 買えねぇし
楸の言った事が嘘でホント良かった、カイはそう思った。
凶悪犯罪者を連行するかのように、柊は、楸の首根っこ掴んで高橋の所へ連れて行った。
楸を高橋の所へ置いた後、柊は思った。
――そう言えば、何でカイはアタシの欲しい物を知ろうとしたんだろ?
途中から隠れて会話を聞いていた柊は、疑問に思った。
もしかして、と柊は気付いた。
――アタシ、カイになんか気を遣わせるような事言ったっけ?
カイは優しい、良いヤツ。
そんな認識がある柊は、カイの恋心に気付くことなく、もしかしたら気を遣わせるような申し訳ない事をした、という可能性を感じ、頭を悩ませた。
姐さんではなく、姐さんです。
サブタイトルに偽りありです。




