番外編 ナニ食べ行こう?
サブタイトル、「カニ」ではなく「ナニ」です。
「椿。今日、店 手伝ってちょうだいな」
椿の母は、部屋でマンガを読んでいる息子に、お願いした。
椿は、その母の頼みを快諾しなかった。訝しそうな目つきで部屋の入口に立つ母を見て、訊ねる。
「それって、どっち?」
椿の言う「どっち」とは、厨房なのかホールなのか、どっちを手伝えと言うのだ、そう意味の「どっち」だ。
椿の家は、マンガ喫茶だと両親が言い張る、食堂を経営している。
普段、椿の父が厨房で料理を作り、母はホールで接客に当たる。母は、接客だけでなく厨房の作業も出来るのだが、それは忙しい時に父一人の手では回らない場合のみで、基本的に分担して店を運営している。そして、特に忙しい場合や、父母どちらかが何らかの用事で欠ける場合、椿が店を手伝うことになる。
椿は、一通りのことは出来るように教育された臨時スタッフであり、何を任せても問題無いのだが、本人の問題として「接客が苦手」というのがあった。
苦手と言うか、嫌いだった。
常連で顔なじみの相手なら、全く問題無い。常連でなくとも、基本的には問題ない。問題が生じるのは、初対面の相手、それが椿にとってムカつくヤツだった場合だ。制服を着た女子高生が客だった場合、接客業としては基本の笑顔が、欠片も無くなってしまう。
人間の好き嫌いがある、わがままな椿ならではの問題が、接客する上であった。
母も、一応その辺は理解しているつもりだ。それに、だ。
「大丈夫。あんたにやってもらいたいのは、厨房の方だから」
母は最初っから、椿に接客を任せる気はなかった。
午後三時ごろ。
「雰囲気が大切だから」という両親の方針で用意されてある白いコック服に着替えた椿は、厨房に立ち、食材を切ったり例えば春巻きの具材を包んであとは油で揚げるだけの状態にしたりと、仕込み作業をしていた。
「つーか、俺 手伝う必要あんの?」現在、店は『喫茶店タイム』ということで軽食やコーヒーを提供する時間なのだが、今は客が居ない。それ故に暇になって厨房の息子の様子を見ている母に、椿は訊いた。「つーか、父さんは?」
「お父さんはね、臨時休業」
「息子に仕事押し付けてか?」
「『夜には顔出すかもしれないけど、出過ぎて出せなかったらゴメン』だって」
「パチンコか…」と察した椿は、呆れを見せた。
「いいじゃない。『ビギナーズ・ラックが切れないうちに、たくさん当てるんだ』って息巻いて、お父さんらしいわ」
母は、出掛けに見せた旦那の笑顔を思い出し、頬を染めた。
「あっそ。つーか、ビギナーズ・ラックに有効期限なんてねぇと思うけどな」椿は、呆れた。「まぁ、俺が手伝わされる理由は何となくわかったけどさ、父さん帰って来たら、俺はもう終わりでいいんだろ?」
「いや」母は、首を横に振った。「あんたには、ずっと手伝ってもらうよ」
「は?」意味が分からず、椿は作業する手を止めて、「何で?」と母を問い詰めた。
「あんたの力が必要だからに決まってるじゃない」
「んだよ…。今日、団体の予約でも入ってんの?」
「いや、団体じゃないんだけどね、いっぱい食べそうな人が来るんだって」
「レスラーでも来るのかよ?」
椿は、冗談半分で微笑を浮かべながら言った。
まさか、レスラーや大食いチャンピオンよりも厄介な客が来るとも知らずに。
「あ、予約してた高橋です」
「はい、いらっしゃいませ」
母は、来店した三名の客に笑顔で接客に当たった。
「高橋さん!何で予約したんですか?」
「そうでもしないと、いきなり数十人前食べる客が来たら、対応に困るからでしょ」
「うっさい楸!高橋さん、アタシ確かに食べる方ですけど、普通の子より少しだけですよ」
「普通の女の子は、牛一頭食べないよ」
「黙れ楸!」
「ほれほれ、あんま騒ぐと店の迷惑になるだろ」
「全くだ。帰れ、クソ天使」
嫌な客が来た事を察した椿は、厨房から出てきて最悪の接客挨拶をした。
夕食を食べに来た客は、高橋と柊、それと楸だった。
クソ天使が来るなんて聞いてない、と椿は母を問い詰めたかったが、問答無用で母に厨房に戻るように言われ、しぶしぶ調理に戻った。
数日前。高橋の部屋に、高橋と柊と楸の三人が揃っていた時。
「久しぶりに、どっかメシ食い行くか?」高橋は言った。
「あ、はい!行きたいです」と声を弾ませる柊。
「やったー」楸も、賛成の意を示した。「高橋さん、太っ腹ぁ!」
「くくっ。楸だけは自腹な」と冗談めかし、高橋は「それじゃあ、何処がいい?リクエストあったら聞くぞ」と二人に訊いた。
「あ、アタシはどこでもいいですよ」
そう柊が言うのを聞き、自腹と言われてブーブー言っていた楸が、声を高くした。
「あ。俺、椿のトコ行きたいです!」
「あぁ、そういや椿の家は、定食屋か何かだったな」高橋は、楸の意見を聞き入れた。元から自分の意見を持っていなかっただけに、高橋は、楸の意見を採用することに何ら抵抗なかった。「俺はいいが、柊もそれでいいか?」
「あ、はい」
楸抜きで二人きりならもっといいです、そんな気持ちを押し殺し、柊は返事した。
二人の賛同を得た高橋は、あることを考えていた。
――定食屋なら、特に予約なしでも行けるな。が、柊もいるし、一応事前に言っておいた方が良いかもしれないな。それに、話通しておけば、椿に作らせる事も出来るかもしれないし、その方がたぶん楸も嬉しいだろ
という経緯があり、予約客として高橋様御一行が椿の家の店を訪れていた。
テーブル席に通された高橋達は、母から説明を受けていた。
「今日はウチのバカ息子が料理の方を作るんだけど、メニューに載ってないのでも言っていいからね。言えば、もしかしたら出来るかもしれないからさぁ。でも、材料とかの関係もあるから、あんまり突飛なのは控えてくださいね」
そう言うと、母は引っ込んだ。
楸達は、椿と違って愛想の良い、エネルギッシュな母の背中を見送ってから、メニューを開いた。
楸達から離れた母は、息子のいる厨房に来ていた。
「あの高橋って人、見た目怖そうだけどカッコいいわね」
「そっすね」フライパンを振りながら、椿は無愛想に応えた。
「あの髪の白い美人さんは、何さんっていうの?」
「柊」
「柊さん? へ~、お母さん知らなかったわ~。あんたに、あんな綺麗な女の子の知り合い居たなんて」
「そ」
「ところで、高橋さんが『けっこう食べるヤツがいる』っておっしゃってたからあんたに多めに仕込みとかさせたワケなんだけど、楸君ってそんなに食べるの?見た感じ、随分ほっそりしてるわよね?」
「良く食うのは、柊の方」
「柊ちゃん?ホントに!あんな細い身体して、そんなに食べるの? はぁ~、いいわねぇ、いっぱい食べても痩せてるって」
「つーか、母さん」
「ん?」
「うっせぇよ、さっきから!」椿の我慢が、限界に達した。「何興奮してんだよ!つーか、あんたよく働いてる息子相手にして雑談に熱中できるな!」
「なんだい、きっかんぼうに」
母は、物怖じすることなく、不満そうに言った。
しかし、「暇なら、厨房手伝えよ」と椿に言われると、黙ってホールに出て行った。
「それでは、ご注文は特に繰り返しませんが…」
「いや、繰り返せよ」と厨房でツッコム椿の声は届かず、母は言った。
「これだけで足りますか?」
母は、高橋達が三人前しか注文しない事に、疑問を感じていた。
「そうだよ、柊」と楸も言う。「前菜のつもりかもしれないけど、コース料理じゃないんだから、一気に頼んだ方が良いよ」
「うっさい、楸!」と楸に怒鳴った柊は、母に「ホント、これで大丈夫です。アタシそんなに大食いじゃないし、そんなに今お腹空いてないし」と言った。
柊がそう言った直後だった。
ぐぅ~。
柊の腹が鳴った。
――ベタだな
高橋は冷静に、そう思った。
――ぷっ!食いしん坊、丸出しじゃん
楸は、笑った。
――可愛い娘ねぇ
母は、微笑ましく感じた。
顔を真っ赤にした柊は、一番反応が気にくわなかった楸に掴みかかった。
「ま、落ち着け 柊」と高橋は、柊をなだめた。「しかしそうなると、申し訳ない事したな」
「いえ、ウチとしては全然構いませんよ」
と母は言うが、高橋は、柊なら十人前は軽く食べるだろうと思って事前に話を通していたので、責任を感じていた。
「すいません」高橋は言った。「もう何人か呼んで、席を作ってもらう事はできますか?」
「はい、できますよ」
テーブルをくっつければ、そう考えた母が答えると、高橋はニヤッと笑った。
「楸」
「何です?」
「嬢ちゃん達も呼ぶか。みんなでメシ食おうや」
高橋の呼び掛けに、榎、カイ、篝火、五十嵐、雛罌粟の五人が集まった。
そして結局、三人だけの食事会のつもりが、宴会のようになってしまった。
「はい。お酌しますよ」と日本酒の一升瓶を持って母は言うが、「いいですよ。この人たちにはあまりお酒を勧めないでください」と雛罌粟に止められた。が、「んな小娘の言うこたぁ気にしねぇで、女将さん。パァーッといきゃしょうや」と五十嵐は酒を呑んだ。
「そうですよ。呑める時に呑んで、ね。呑みましょう」とハイテンションの篝火。
「篝火は、少し控えた方がいいと思うよ」と心配して楸は言った。
――アタシのわがままで、高橋さんに迷惑掛けちゃった
そう責任を感じた柊は、酒を呑みながら、本人としてはつまむ程度のつもりで何人前もの料理を平らげていった。
その柊の姿を見るだけで、カイは、お腹いっぱいになった。
「椿君、大丈夫?」
厨房に顔を出し、榎は訊いた。
「カッ!なめんなよ」と言いつつも、目が回るような忙しさに椿は憔悴した顔をしていた。
「くくっ」と高橋は、みんなの様子を見て笑った。
そんな高橋に気付き、母は「はい、高橋さん」と高橋の空いたグラスに日本酒を注いだ。
「あの、ありがとうございます」母は言った。「ウチの息子、いつもブスッとしてるでしょ。でも、あれでも楸君と出会ってから、嬉しそうに笑う事が増えたんですよ」
「そうですか。でも、それならお互い様です。ウチのガキ、楸の方ですが、椿に会えて良かったですよ。もし出会えなかったら、今でもあいつは、腐ってたかもしれません」
「……ふふっ」母は、一瞬意外そうな顔をしたが、笑った。「そうですか。良かったですか」
「はい。決して仲が良いとは言えませんが、良いコンビでやってますよ」
「椿ぃ!俺の春巻きまだ?」
楸は、厨房にいる椿に声を飛ばした。
「っせぇ!おめぇのなんか後回しだ。つーか、誰だ!七面鳥とか頼んだヤツ!ねぇよ!」
「あ、俺 俺」
「やっぱお前か、クソ天使!」
そんな椿と楸のケンカのような楽しそうなやり取りを見て、母は笑って言った。
「仲良いみたいですよ」
椿の家はそういえば定食屋だったという話です。
メニューに載っていなくても提供できる料理は「カレーチャーハン」「シェフの気まぐれ」「カレーピラフ」「シェフのおすすめ」「~みたいなやつってできる?」などです。客からアイデアを貰っています。




