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天使に願いを (仮)  作者: タロ
(仮)
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番外編 榎のお願い3

季節は冬。


 思いやりのない 冷たい冬将軍が近くまで来ていることもあり、本格的な冬の訪れを前にして越冬できるか心配になる今日この頃。

 榎は、椿の家に来ていた。

 榎が、椿から借りていたマンガを読み終えたと連絡を入れると、椿が、じゃあ返しに来て、ということになった。榎にマンガを貸す時は、「重いから」と言って榎の家まで運んであげた椿だが、その日は「寒いから」と言って手を貸さず、部屋の中に閉じこもっていた。榎も、借りた立場だから当然のことだと不満に思うことなく、文句の一つも言わずに重たいマンガ本の入った紙袋を持ち、寒空の下を椿の家 目指して歩いた。

 椿の家に着くと、椿の母が笑顔で出迎えてくれた。

「あら、榎ちゃん。いらっしゃい」

「こんにちは」

「今日はどうしたの?おばさんに会いに来てくれた?」

「いえ、今日は椿君に借りていた本を返しに」

 そう言うと、榎は持っていた紙袋を掲げて見せた。

 すると、途端に椿の母の表情が曇った。

「あら、やだよぉ。そんな重たいの持ってきたの?ひとこと言ってくれれば、あのバカ迎えに行かせたのに」

「いいんです」と榎は、心配かけぬように笑って見せた。「私が借りたものだし、こう見えて私、力持ちですから」

「ははっ。そうねぇ」椿の母は、そう可笑しそうに笑った。「やだ、こんな所で立ち話もなんよねぇ。椿なら部屋でグータレてると思うから、上がって 上がって」

「はい、お邪魔します」



「おじゃまします」

 榎が椿の部屋に入ると、温かい暖房の空気に少し遅れ、「よぉ。おつかれ」と言う椿の出迎える声がした。

「寒かったろ、外」

 椿の母の言う通り、ベッドの上に横になってマンガ本に囲まれている、だらけた姿の椿が言った。

「うん。もう少ししたら雪降るかもね」榎はそう答え、椿に「これ、ありがと」と持って来たマンガ本を返した。「面白かったよ」

「そ」とだけ榎に応えると、椿はベッドから起き上がった。「何か飲むだろ?ココアでいいか?」

「あ、うん。お願いする」

 椿の部屋から、主が消えた。

 主の居なくなった部屋に残された榎は、おもむろに動き出す。借りて来たマンガ本を、本棚の元あった場所に戻していく。番号順がずれていたり、上下にずれたりしてカバーがきっちり掛かっていなかったりすると椿が嫌がるから、丁寧にマンガ本を戻す作業をする。

 何かして動いていないと落ち着かない理由が、榎にはあった。

 榎はこの日、マンガを返す以外の目的を持って、椿の部屋を訪れていたのだ。

――大丈夫

 榎は、心の中で自分に言い聞かせていた。

――椿君怒るかもだけど、きっと大丈夫。もし怒っても、誠心誠意謝れば赦してくれるよ

 リスクを覚悟してでもやりたいことが、榎にはあった。

――大丈夫だよ。少しだけだもん。歯だって、ちゃんと磨いて来たし



「はい、お待たせ」

 ココアの入ったマグカップを二つ載せたお盆を持つ椿が、部屋に戻って来た。

「あ、ありがと。椿君」

「ん。熱いから気を付けろ」

 そう言われて渡されたココアを、榎は飲んだ。

 口の中に広がる温かな甘みは、外の寒さを忘れさせるには十分な効果を持っていた。

 ココアに落ち着きを貰った榎だが、すぐに重大なミスに気付いた。

――はっ!せっかく歯磨いたのに、ココア飲んじゃった!

 単純だが効果絶大で強力な罠にはまった榎は、自分のうかつさを責めようとした。が、ここでパニックに落ちてしまうのが一番避けるべきことであると、自分を落ち着かせる。

――大丈夫よ、私。飲んだのはココアでしょ。生魚だったら絶望的だったかもしれないけど、ココアなら全然平気。うん、何の問題も無い

 自分にそう言い聞かせた榎は、一度大きく息を吐き出した。

「榎」榎が本棚に戻したマンガ本を、パッと見て至らない所が無いか確認した椿は、「続き読むか?それとも、何か別なのがいいか?」と訊いた。

「あ、じゃあ続き貸して」

 普通に応えられたことで、自分が冷静であると気付けた榎は、とりあえずホッとした。



 榎は、椅子に座る様にベッドに座る形でマンガを読んでいた。榎が腰掛けるベッドに寝転がることはしない椿は、床にそのまま胡坐をかいて座り、マンガを読んでいる。

 二人は、マンガ本を読んでいる。が、榎の頭は、マンガどころではなかった。

 マンガを見ているつもりでも、榎の目は自然と、椿の背中に向いていた。

――椿君は今、マンガに夢中。今なら、チャンスかも

 そう思いはしても、榎は、したいことをするのに踏み切れずにいた。

 だが、いつまでも行動に移さずジッとしているワケにはいかない。椿がいつ別のことをし始めるか分からない。ケータイゲームでもされたら極端にチャンスは減る気がするし、悠長に構えても居られない。

 榎は、覚悟を決めた。

 一度大きく深呼吸すると、読んだふりをしていたマンガ本を音も立てずにそっと傍らに置く。行動を起こしていると椿に気取られないように、慎重に、ベッドから降りて立て膝を突き、上半身を伸ばして椿に近づく。

――い、いくぞ!

 自分に勢いをつけ、榎は行った。



 榎は、椿の左腕の上腕部分を、カプリと噛んだ。

 突然感じた痛みに、椿はびくりと身体を強張らせた。が、痛みの正体を知ると、榎を冷めた目で見た。

「何してんだ、お前?」

「き、キューキュー」

「んだそれ?コウモリのつもりか?」

「キュー」

「……そう」と椿は言った。榎は、椿の反応をおっかなびっくり待っていた。しかし、てっきりもっと語気を荒げるかと思っていた椿の反応は、意外にも薄かった。「や、他人ひとに噛まれたのは初めての経験だったもんで、どうすればいいか戸惑っている。とりあえず、噛むのをやめろ」

「はい…」

 椿に言われ、しぶしぶ榎は椿の腕から口を離した。

「痛くはねぇんだが、意味わかんねぇし、なんかムカつく」

「でも、歯は磨いて来たよ」

「そういう問題じゃねぇよ!」榎の返答が気にくわなかったようで、椿は語気を荒げた。「つーか、お前さっきココア飲んだだろ?」

「うん。椿君の優しい罠にはまって」と榎はシュンとして応えた。

「何ヒトのせいみたいにしてんだ!つーか、お前、俺が歯を清潔に保っているからって、それで噛まれて納得できるか?」

「うん。噛みたかったなら」

「あ、じゃあ話し合うのは無理だわ。諦める。つーか、俺はどうすりゃいいんだ?このどうしようもないモヤモヤ、どうすりゃいんだ?榎を噛み返せばいいのか?」

「えっ、やだ」

 椿の発言に、椿は引いた。

「ワガママか!つーか、何でお前は、俺を噛んだ?」

「噛みたかったから」

「シンプルな理由だな、おい!」

「あの、あのね、椿君」このタイミングなら、そう思った榎は、恥ずかしそうにモジモジしながら「もっと首の近くを噛んでもイイかな?」とお願いしてみた。

 しかし、

「ざけんな!」

 と椿に怒られてしまった。



 その後、榎は、椿にコンビニでガムを買ってもらったが、「そういうことじゃないんだなぁ」と言って、椿にまた怒鳴られることとなる。 


ひとを噛んでみたい、誰でも一度は思ったことがあるはずです。力を入れずに、じゃれあう子犬の様に。え、ない?

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