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天使に願いを (仮)  作者: タロ
(仮)
57/105

番外編 グラスをくるくるさせて匂いを嗅いでからワインを飲むとカッコいいよね


 十一月の第三木曜日。

 その日、高橋の部屋である催しが開かれた。

「さて、今年のブドウはどんな出来かな?」

 いつも着ている味気ない黒スーツではなく、ドレスコードに従ったかのような小奇麗な服装 (それでもスーツに変わりないのだが)の高橋が言った。

 そして、いつもは白衣だが、スーツを着てめかしこんで来た五十嵐も、高橋の声に反応し、嬉しそうに「ひひっ」と笑った。

 この日は、ボージョレ・ヌーボーの解禁日だった。



 高橋の部屋は、ちょっとした立食パーティ仕様になっていた。といっても、ワインとグラス、そして来客用のテーブルの上にクラッカーやチーズなど、ワインに合いそうな簡単な料理が置かれているだけだが。

 高橋の部屋には現在、スーツでビシッと決めているオッサンコンビの他に二人いた。一人は、浴衣を着ている、自分のデスクで1・5リットルのペットボトルに入った炭酸入りのブドウジュースをワイングラスに注いで飲もうとしている、楸。もう一人は、料理を作って持ってきた、普段通りの服装で大人しく来客用のソファーに腰を沈めている、柊だ。

「今年のブドウはどんな出来かなって、高橋さん達に違いが分かるんですか?」

 そう言って楸は、オッサンコンビに疑いの目を向けた。

 しかし、オッサンコンビは「はぁ~」と盛大な溜め息をつくと、あくまでも上の立場から言い返した。

「分かってないな、楸」高橋は言った。「別に、今までの出来と比べる必要はないんだよ。大切なのは、今 目の前にある今年のこのワインは美味いかのかどうか、それだけだ」

「そうだぜ」と五十嵐も同意した。「比べようなんて思って飲んじまったら、その雑念のせいでワインの味が落ちちまう。これが美味きゃ、それでいんだよ」

「はぁ~、そうなんですか」

 いまいち釈然としなかったが、楸は納得してみせた。

 そうこうしている間に、オッサンコンビはじゃんけんをしていた。柊が訊いた所によると、『どっちがコルクを開けるか、じゃんけん』だそうだ。

 そうして権利を勝ち取った高橋は、左手でワインボトルをしっかり握りながら、右手でコルク抜きを回転させた。充分にコルクに刺さると、それを慎重に、だが力強く引き抜く。

 ワインのボトルから、シュポンとコルクが抜けた。それに合わせて楸は、炭酸入りブドウジュースが入ったペットボトルのキャップをプシュ~と音を立てて開けた。

「高橋さん、それ何しているんですか?」

 楸は、抜いたコルクを鼻に持って行き、それまでワインに触れていた部分の匂いを嗅いでいる高橋に訊ねた。

「いいかぁ、楸」答えたのは五十嵐だった。「酒、主に洋酒がそうだが、香りが大切なんだよ。香りを楽しむんだ」

「へ~」感心した楸は、とりあえずペットボトルのキャップの匂いを嗅いでみた。「うん。よくわからん」

「くくっ。それじゃ、早速頂くとしますかね」

 そう言うと高橋は、ソファーに座る柊の前のテーブルに置いたグラスに最初にワインを注ぎ、次に自分、最後に五十嵐のグラスに注いだ。事前にワインは呑めないと言っていた楸は、自分で自分のワイングラスに炭酸入りブドウジュースを注いだ。

「ん~、スパークリング」

 注がれたブドウジュースが泡立つのを見て、満足そうに楸は呟いた。

「くくっ。全員、グラスを持ったか?」と高橋は確認すると、軽くグラスを持ち上げた。「それじゃあ、乾杯だ」

 その高橋の音頭に合わせ、全員がグラスを合わせることのない乾杯をした。

 そしてすぐ、尻込みする柊以外の者は、ワインを味わった。

 楸は、乾杯してすぐの勢いでブドウジュースを一気に飲み干した。が、その直後にオッサンコンビがまだグラスに口を付けていないことに気付いた。

 オッサン二人は、グラスの細い首の部分を摘まむようにして持ちながら、グラスをゆっくり回転させ、まず匂いを味わっていた。そして、ほんの少しワインを口の中に含み、口の中の空気に溶け込む香りと一緒に、今度こそワインの味を舌で堪能した。

 その姿を見た楸は自分の間違いに気付き、急いでブドウジュースを注ぎ直し、二人のマネをしてブドウジュースを味わった。口の中のシュワシュワ感がいつもより心地好く感じた気がした。

 正しいと思われる所作をマネてブドウジュースを飲んだ楸は、オッサンコンビの感想に注目した。

 高橋は、何度か無言で頷いた後、「うまい」とただ一言、しみじみと言った。

「えっ?それだけ?」

「ひひっ。いいかぁ、楸」五十嵐は言った。「何を期待したのか知らんが、俺達ぁ素人だ。食レポしに行った芸能人でもなけりゃ、雑誌記者ってわけでもねぇ。それにそもそもなぁ、ウダウダ品評する必要なんてねぇんだよ。言葉で飾れば飾るだけ、味が落ちる。んなことするなぁ野暮ってもんじゃねぇのか?味の感想なんてそれこそ、『うめぇ』か『まじぃ』のどっちかで充分事足りんだよ」

「……そうですね」

 五十嵐の言っている事はよく分からなかったが、それでも理解を示しとくのが賢明だろうと、楸は判断した。



 一杯目のワインを飲み干した高橋は、二杯目のワインをグラスに注ぐと、来客用テーブルの上に置かれているツマミを取りに行った。そこで、柊がまだワインに手を付けていないことに気付いた。

「柊」

「あ…高橋さん」

「呑まないのか?それとも、柊もワインは苦手だったのか?だったら無理することないぞ」

 柊は、高橋のその気遣いが嬉しかったが、同時に気を遣わせたことに対して申し訳なくも感じていた。だから、「あ、そうじゃないんです」と慌てて取り繕った。

「そうじゃなくて、アタシ、ワインは初めてだから、緊張したっていうか戸惑ったっていうか…そんな感じでまだ気持ちの準備が出来てないだけです」

「そうか…。ま、ダメだったらダメで、無理はするなよ」

 そう言って高橋は、ハムを一切れ口に運ぶと、柊から離れた。

 高橋が離れるのを目で追った柊は、視線を問題のワインに戻した。

 果たしてこれはどんな味がするのか? オシャレなセレブ達が呑んでいるイメージがあるが、自分は呑むのに適した人物なのか? というか、あんまりアルコールが強かったら、すぐに酔っちゃうんだけど。そして、やっぱり気になる、どんな味なのか。

 柊は、香りを楽しむのとは別の目的で匂いを嗅いでみた。

 しかし、よく分からない。

 やっぱり、呑んでみるしかない。

 覚悟を決めた柊は、ゆっくり慎重にグラスを傾け、ほんの少しワインを口に含んだ。

 瞬間、感じたのは『苦み』だった。

「かぺっ」と苦みに耐えかねた柊は、舌を出した。「何これ?苦いって言うのか、やたら渋いんだけど?」

「そう?俺はブドウの甘さをちゃんと感じるよ」と楸は言った。

「アンタのはジュースだからよ!」

「ひひっ」ボージョレ・ヌーボー独特の苦みに取り乱した柊を見て、五十嵐は笑った。そして、柊がキッとキツイ目付きで睨むのを気にせず、むしろそんな柊の反応を楽しみながら五十嵐は「お子ちゃまにはまだ早かったか?」とバカにするように言った。

 このケンカを売っているかのような五十嵐の発言を「ハッ!」といつものように短く笑って笑い飛ばせればいいのだが、こと天敵の五十嵐が相手となると、柊にはそれができなかった。

 無性に悔しくなり、大人だと言い張るかのように、ワインを一気に口の中に流し込んだ。

 そして意地になった柊は、「大丈夫か?」と心配する高橋に、「大丈夫ですよ。呑んでみたら美味しいですもん」と言って、二杯目のワインも呑んだ。そして、三杯目も。そうやって、ビールを喉越しで味わうかのように、柊はワインを飲み続けた。

 結果、酔っ払った。

 柊は、酔い易いだけで呑めないワケではない。呑もうと思えば相当量 呑む事も出来るということもあり、大分酔っ払っている。いつの間にか靴を脱いで、ソファーの上に膝を内側に折り曲げてペタンと座る女子特有の座り方で座っていた。色白の顔をほんのり赤くし、眠そうな潤んだ瞳で、何かを捜しているかのように辺りをキョロキョロと見回している。

「あれ、何しているんですか?」

「さあ?」

 楸と五十嵐は、猛獣の奇行をおっかなびっくり見ていた。

 そこに、猛獣の生態を知り尽くしたかのような余裕を感じさせる高橋が、「たぶん、これだろ」と何処からかふっくらと膨らんだ ふわふわクッションを取り出して「眠くなったけど、抱きつくモノが何も無いから探してんだよ」と言った。そして高橋は、「これ渡してやれ」と楸にクッションを投げて渡した。

「はい」クッションを受け取った楸は、上司から課せられたミッションを遂行しようと、ビクビク怯えながら猛獣に近付いた。猛獣の前に立ち、「ほら」とクッションを手渡そうとした。が、猛獣はソファーの反発力を利用して楸に飛び掛かり、ビンタした。 

 ビンタの威力は強力で、楸は横に吹き飛ばされた。

 吹き飛んだ楸を見て、柊は満足そうにキャッキャと笑っていた。

「何やってんだ、楸」と呆れた五十嵐は、楸が落としたクッションを拾った。「真正面から突っ込むのは危険だろ。こういうのは、背後から落とせばいんだよ」

 その言葉通り、五十嵐はソファーの背もたれ側から回り込み、クッションを落として猛獣に渡そうとした。が、ソファーの反発力を使いこなす猛獣は、背後から迫る相手にも対応してみせ、五十嵐のことをグーパンチで殴り飛ばした。

「何で俺はグー?」

 そう叫びながら五十嵐は殴り飛ばされ、床に転がった。

 その五十嵐の姿を見て、やはり柊は嬉しそうにキャッキャと笑った。

「おい、高橋!」立ち上がった五十嵐は、怒りの形相で叫んだ。「てめぇんトコのガキはどうなってんだ!」

「ホントですよ!」楸も便乗して、高橋に怒鳴りかかった。「人のことぶっ飛ばしといて、無邪気に笑ってましたよ。どんな教育してんですか!」

「うるせぇよ、てめぇら」

 高橋は、面倒くさそうに言い返した。「柊はもちろん、俺は何も悪くねぇ」そう言うと、ぶーぶー苦情を言う楸と五十嵐を無視して高橋は、おもむろに動き出した。まず五十嵐の落としたクッションを拾い、それを持って猛獣の前に立つ。「ほら」と猛獣にクッションを手渡した。猛獣は、潤んだ目で嬉しそうにクッションを受け取ると、それを胸の所に持って行き、力強く抱きしめた。その姿を見た高橋は、微笑を浮かべながら猛獣の頭をなでた。すると、猛獣は気絶したかのようにバタンとソファーに倒れ、眠りについた。

「わかったか?」高橋は言った。「お前らみたいにビビっていると、その恐怖が動物の方にも伝わって、それで襲いかかってくるんだ。だから、毅然とした態度で好意を示しながら接すれば、何も危険はない」

「「ほぉ~」」

 楸と五十嵐は、猛獣の調教師のタメになる話を聞いて、感心した。

 では早速、と楸は寝ている猛獣の頭をなでようとした。

 が、本能的に反応した猛獣は、寝たまま楸の脇腹に蹴りを入れた。

「ぐふっ!」

 話が違う、痛みで涙目の楸からそう言う目線を向けられた高橋は、平然と「ま、柊は猛獣じゃないから」と言い返した。



 猛獣と言われた柊が寝静まった後も、オッサンコンビはワインを飲み続け、三本目のボトルに手をつけていた。楸も飲み続けているが、炭酸がキツイらしく、ブドウジュースはまだ半分以上あった。だから、気分が変わるかもしれないし、チャレンジ精神を失ってはいけないという事で、楸はワインにチャレンジしてみた。けど、やっぱりダメで、ワインの渋みに顔をしかめた。

 夜はすっかり更け込んだし、柊を一人部屋に残すのも、また気持ちよさそうに寝ているから起こすのも忍びない。誰とも言わず、今日はこのままここで夜を明かそう、そう考え始めていた。

「あっ!」そこに、帰り支度をした後、帰る前に酒を呑んでいるかもしれない高橋の様子をチェックしに行こう、そう考えた雛罌粟が来た。「何呑んでいるのですか?」

 雛罌粟は、咎めるような口調でそう訊ねた。

「何呑んでいるんですか、じゃねぇよ 腐れ小娘」高橋は、不満気に言い返す。「何度も注意しているはずだが。部屋に入る前はノックをしろ、と」

「私も何度も注意しているはずですけどね。お酒を控えろ、と」

 毅然とした態度で、雛罌粟は言い返す。

「あ~、わかった。気を付ける。それじゃあ、帰れ。今度来る時までにノックを覚えろよ」

 そう言われ、雛罌粟はムッとした。が、何も言い返すことなく、部屋を出た。そうしてから、今度はノックをして「失礼します」と断ってから再度部屋に入って来た。

「失礼だ。帰れ」

「ちょっとぉ!私のこと どんだけ毛嫌いするのですか、もう!」

 そう怒る雛罌粟を、高橋は楽しそうに「くくっ」と笑って見ていた。

 ふぅ、と一息ついて落ち着いた雛罌粟は、部屋の中の様子を見て状況を判断した。

「今年のボージョレですか、それ?」

「はい」

 苦い顔をした楸が返事した。

「へ~」

 雛罌粟は、興味を示した。

 高橋達の飲酒行為に対して注意はするが、雛罌粟もお酒が嫌いなワケではない。むしろ、どちらかと言えば好きな方だ。ワインももちろん嗜む。だから、目の前にある本日解禁のボージョレ・ヌーボーを見て見ぬふりは出来なかった。

「今年のはどうですか?」と雛罌粟は訊いた。

「今年のだぁ?」それまで静観していた五十嵐が、しかめっ面して言った。「んなつまんねぇこと言ってるから、お前はダメなんだよ」

「はあ?」

「まぁ、そう言ってやるなよ」高橋が、五十嵐のことをなだめる様に言った。「無粋なヤツには言葉で飾ってやらないと。誰かの評価がないと味わえないような可哀そうなヤツだっているんだよ」

 雛罌粟のことをバカにするように好き勝手なことを言って、オッサンコンビは笑った。

 が、雛罌粟は屈しない。

「で、どんな味だったのです?」冷たい目で見ながら、氷のように冷え固まった質問をオッサンコンビにぶつけた。「表現してみなさいよ」

「「……………」」

 オッサンコンビは、困惑した。言葉に詰まり、何も言えずにいる。

 現状出来る事は、お前が先に言えよ、と互いに相手を肘で小突くことだけだ。

 だが、そうしているだけでも雛罌粟の冷たい眼差しが二人を襲う。

「……フルーティだった」と高橋。

「……ブドウが、生きていた」と五十嵐。

「あとは?」

「……美味かった」と高橋。

「ああ、美味かった。そりゃあもう、美味かった」と五十嵐。

 オッサンコンビの感想を聞いて、雛罌粟は「ハンッ」と鼻で笑った。

「所詮あなた達の味覚なんてそんなものなのですよ。ただただお酒を飲みたいだけの人に、ワインを深く楽しむことなんてできないのです」

 そう言うと雛罌粟は、部屋の奥に進み、柊が使っていたグラスを持った。

 注ぎなさいよ、雛罌粟から発せられるそんな空気を察し、高橋はワインを注いだ。

 注がれたワインを、グラスをくるくる回して匂いを嗅いだ後、雛罌粟は口に含んだ。

 どんな感想を言うのだろう、どういうふうに味を表現して人の心を動かすのだろう、そんな楸達の関心を引いた雛罌粟が、口を開いた。

「ん。おいし」

「「「えっ、浅っ!」」」

 雛罌粟の感想は、オッサンコンビと同レベルだった。

 その後は楽しく、楸と柊を除く三人で次々とボトルを開けていった。だが、楸は最後まで、1・5リットルのブドウジュースを飲み切ることは出来なかった。 


ワインに関する表現が稚拙なのは、私が飲めないからです。所作についても、自信がありません。「ボジョレー」なのか「ボージョレ」なのか、どちらが正しいのかも知りません。ですが、サブタイトルのような願望を持っているため、この話が出来上がりました。




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