第四話 天使と堕天使
この作品はフィクションです。
舞台も架空のものとなっています。
いまさらですが、詳細設定していないことを謝罪します。
あ、あと。季節は今、春です。
楸
やぁ、みなさん。ごきげんよう。楸です。
ご存じの通り私は天使なのだが、最近は人間のパートナー、椿と一緒に、人助けをしたり、悪いことをしている人に罰を与えたりしてる。まぁ、まだ大したことは何もやっていないけど…。
さて、今回も俺のモノローグで始まるわけですが、とある事情から俺のテンションは低い。やる気ない。てことで、終わり。
椿、あと頼むわ。
楸 Ⅱ
終われなかった。
「はぁ~」
「何ため息ついてんだよ!グダグダしてないで早くアタシを連れてけ」
「はいはい」
俺は、俺の隣を飛んでいる女に怒られた。
何を隠そうこの女こそ、今 俺がテンションを低くしている原因だ。まったく、厄介なヤツに見つかっちゃったよ。はぁ~、めんどくさい。
あ、そうだ。やる気はないといってもモノローグをしている以上、愚痴ばっかり言ってないで状況の説明もしないとな。その辺のところは分かっているから。俺はできる男なんで。
俺は今、空を飛んでいる。天使なのだから空を飛んでいても別に不思議ではないだろう。ただ、諸事情から羽を出すことが嫌なので今日も羽は浴衣の中に隠している。羽を出していると引っ張るバカがいるんだよ。だから、俺は羽を出さずに飛んでいるので、どちらかというと宙に浮いているといった感じだ。
ちなみに、隣で飛んでいる女は、羽を出して飛んでいる。よくもまぁ、弱点となる部分を平気で出せるもんだ。
言っておくと、羽を出して飛んでいるが、この女、俺と同じで天使というワケではない。だからと言って悪魔でもないんだけど。まぁ、その辺の説明も後で自分でするんじゃないかな?
「おい、楸。アンタさっきから何一人でぼそくさ言ってんの?」
「いいじゃん、別に。ある意味これも俺の仕事なんだよ」それにお前がいなかったら、もっと楽しくやってるって。
「ハッ。何言ってんのか分かんないけど、アンタが真面目に仕事をやるって?最近はずっとさぼってるって高橋さんから聞いてるよ」
いちいちうるさい女だな。
「それはちょっと前までだろ。最近は割と真面目に仕事するようにはしてるよ」ホントにちょっと前までだけど。
「その、人間のパートナーってヤツと出会ってから?」
「…そうだよ」
こいつは椿のことを知っている。
この間 仕事をした後、高橋さんのところに報告しに行ったらこの女が偶然いて、話を聞かれていた。出来れば聞かれたくない話もあるから、「何をしに来たんだ?」って訊いたら、「高橋さんと話しに来ただけ。アンタこそ何してんだ?」と凄まれた。あれは何で怒られたんだ? で、その時にこの女は、椿に興味を持っちゃったんだよ。あ、一応言っておくけど、男としてじゃないよ。椿のことを聞いて惚れたりする女の子なんて皆無でしょ。こいつも『面白そうなバカがいる』程度の興味を持っただけだから。
それで椿に興味を持ったこいつに、椿のことをいろいろ聞かれたんだ。どんなヤツなのかとか、何で一緒に仕事をしてるのか、とか。
そうして最初は椿のことを話していただけだったんだけど、なんせ椿みたいなつまらない男のことなんて話せるエピソードも少ないから、うっかり榎ちゃんのことも話しちゃったんだよ。楸さんのうっかりミス、てへっ。お前と違って女の子らしくて可愛い子がいるって言ったら、殴られちゃったよ。これはガチのミスだった。まだ腹が痛い。
そんな感じで最初のうちはマズイとも何とも思わなかったから適当に話して終わるつもりだった。でも、脅されてどんどん話しているうちに「アンタの話は分かりづらい。直接会わせろ」って言われた。さんざん言わせといて、それはないよね。
それで今に至るって感じかな。俺は「二人に会わせろ」って脅されてるの。
ホントにごめん榎ちゃん。面倒事に巻き込むことになりそうだ。でも、俺も断ったら何されるか分からないし、こいつも女の子相手に手荒なことはしないはずだから安心して。こいつの興味の対象は主に椿だから。それに、何かあっても榎ちゃんのことは…俺が守るから。俺、今カッコイイ。
椿。お前は犠牲になってくれ。
「なぁ。さっきからただ飛んでる、っていうかアンタは浮いてるけど、もっと簡単にさっくっと会う方法はないの?」
隣の女が口を開いて何か言っている気がする。気のせいだろう。
「ちょっと、何無視してんのよ!聞こえてるんだろ、こらっ!」
何かに耳を引っ張られている気がする。すごく痛いが、これも気のせいだろう。
「ちょ、楸。楸ってば!」
あれっ?今だれか俺の名前呼んだ?何か頭を叩かれてる気もする。
「おい、いい加減にしないと叩っ斬るよ!」
「ちょちょちょ、待ってぇ!謝るから、そんな物騒なモノはしまって。ほらっ、ごめんなさいってば」これぞ、フライング・土下座!大技だ。
まったく。喧嘩っ早いというか、血の気の多い女だ。ホント榎ちゃんとは大違い。
それにしても、宙を彷徨うこと半刻、ついにしびれを切らしたか。
二人に合わせるとは言ったけど、やっぱり申し訳ないとか思って、適当に時間を稼いでいたのに。まぁいつまでも時間稼ぎができるとは思ってないんだけど。
こいつが言っている通り、簡単に会わせる方法はあるよ。テレパシー以外にも前に五十嵐さんからもらったケータイを二人に渡してるから、それ使って呼び出せば一発よ。でも、できればこうして時間を稼いでる時に、偶然、椿か榎ちゃんと遭遇したかった。それで姿を見せて、相手に見つけてもらったことにすれば、この面倒な女を紹介しても俺は不可抗力ってことになるからね。
だからもう少しの間、こうやってプラプラ飛んでいてもらおう。そう思っていたら、話しかけられた。
「おい、楸。今アンタなんて言った?」
「へ?」もしかして怒ってる?
「ケータイを使って簡単に呼び出せるって?それにアタシがめんどくさいって?」あ、やっぱり怒ってるっぽい。ヤバい。
「もしかして、〝読心術″をオンにしてらっしゃったり、しちゃったりします?」
「ああ、ついさっきからね」
「なるほど!それで俺の心の中を声が聞けたんだ。読心術の資格って取るの難しいはずなのに、さすがっすね」
「おだてたって無駄よ!」怒られた。「アンタが今することは、さっさとそのケータイを使って二人を呼び出すか、それともアタシに斬られて二度と飛べない身体になるかを選ぶことだけ。どっちにする?」人を斬るって言ってるのに、ほくそ笑んでる。この殺人鬼!
「分かったよ。呼びますよ。呼べばいいんでしょ」
俺は、半ば自棄になって言った。
ごめん榎ちゃん。あと、俺の体裁。
「なに、不満なの?」
「いいえ!そんなまさか。早く呼び出したくて、俺の親指がプルプル震えてるよ。歓喜の震えかな」いえ、恐怖の震えです。
ったく、めんどくさいな。あ、でもこんなことを考えてるとまた読まれんのかな?どうだろう。どうせ思考を読まれてるなら、こいつを誉めておけばいいんじゃないか?あ、でもこれも読まれていたらどうしよう?
「バカなこと考えてないで、さっさと呼び出せ!」
やっぱり読まれてた。でも一応やっとくか。聞いてね。俺の本心。
あ~なんて美しいんだ。羽を出して空を飛ぶ姿はまさしく女神。ヴィーナスも嫉妬メラメラじゃないかな?ホント、べっぴんさん、べっぴんさん、一つも飛ばないべっぴんさん。こんな感じでどう?
「………」
あれ、ノーリアクション?もしかして読心術をオフにしてる?
んだよぉ!言いたくもないこと言わせやがって。俺があんなこと思うワケ無いじゃん。ヴィーナスなんてお前のこと眼中にもないっつーの。お前なんて一つどころか永遠に無限ループのごとく飛ばされるんだよ。フライ・アウェイOK?UNOやってもずっとスキップされてろ。このブ~ス。オトコ女。白髪頭。ひんにゅ、っぐふ!
「それ以上言ったら、殺す!」女は俺を蹴り飛ばして、脅してきた。めっちゃ怖い。なんか目線だけでも殺されそう。あの目から「ギンッ!」っていう禍々しい効果音が出てる気がする。
「読心術…オンに…してたんだ…」俺は何とか意識を保って、それだけ言った。てゆうか、今のでもう死にそうなんですけど。
もう、嫌だ。
これ以上余計なことをして、殺されるのだけはホントに避けたいので、素直にケータイで二人を呼び出すことにした。
椿
「それでね、なんか最近この辺で放火とかが多いらしいよ。怖いね」
「そうだな」
「もうっ!ちゃんと聞いてるの、椿君」
「聞いてるよ。つーか、あんまでけぇ声出すなよ」まったく。さっきから協力してくれるのはありがたいが、どこかズレてる気がするな。
俺は今日、榎に付き合ってもらって買い物に来ていた。その買い物も終わって今はその帰り道。というか喫茶店に移動中。
前に中学生のバドミントン少年の悩みを解決してあげる時に、トレードマークとしているニット帽が汗で使えなくなりそうになるという大ピンチがあった。ダークヒーローになろうとしている主人公の俺にとって、今やトレードマークは欠かしてはいけない物なのだ。トレードマークの一つもないヒーローや主人公なんて、そんなのあり得ないだろ?
だから、今日はその帽子の予備を買いに来ていた。やっぱりできる男たるもの、もしもの時の備えができていないとな。
そのついでとして、できればもっといいトレードマークが無いものかと探しにも来ていた。帽子という考えは悪くないけど、この先 夏場とかは被っているのがつらい。できればオールシーズン使えるものがいい。実際、そろそろこの帽子もかぶっていて熱いと感じることが多くなってきた。
別のトレードマークを探したいと言った時、榎は「それでいいのに。椿君に似合ってるよ」と言ってくれたが、向上心は常に持っていないといけない。主人公といえども向上心が無いと成長しない。
だから、今回も女性目線ということで榎に付き合ってもらって買い物に来ていた。誘ったらすぐに「いいよ。いつ行く?」と応えてくれた。頼んでいる俺としては助かるが、他に予定はないのか?年頃の娘なんだから彼氏とデートの約束とかは無いのか?
まぁ、榎にはそういう予定も無く、俺の買い物に付き合ってくれるということで、最初は予備の帽子を買いに行った。
今 俺が持っているものと同じデザインで色も同じ黒のニット帽は簡単に見つけることができた。前に買った時と同じ店に行ったら同じニット帽があって、しかも在庫処分品としてセールの対象となっていた。しかも二つも。もちろん二つとも買った。三枚もあれば何かあった時も充分に対処できるだろ。
しかし、こうも処分品として残っていると、なんかショックだ。店側としては「こんな帽子を二つも処分してくれて、ありがとうございます」って感じかもしれないが。でも、俺はこの帽子を三枚も持ってるから。 もしかして人気ない?ひょっとしたら、ダサいのか?榎をアドバイザーに選んだのは間違いだったのかもしれない。でも、俺も少し気に入ってるんだけどな。
色んな不安を残すこととなったが、目的としていた帽子の予備は買えた。次は帽子に代わる別のトレードマークを探す買い物だ。行動を起こす前に少し榎と方向性を話し合った。
榎は「ネックレスやブレスレットみたいなアクセサリーは?」と案を出してくれた。俺もそれは考えていた。アクセサリー関係なら季節に関係なく付けることができるし、ちょっとやそっとでは壊れない物を選べば、代えの心配をしないで済む。でも、「アクセサリーだとインパクトに欠けるだろ」ってことで、却下した。実際、俺は今左耳にピアスを二つしているが、誰も何も言わない。髪の毛で隠れているからか? しかも今は帽子でも隠れている。取り敢えず、普通のアクセサリーだと目立たない可能性もあり、トレードマークとしての意味を成さない。そんなものを付けていても意味はない。
次に榎は「ヒーローならマントなんてどう?」と言った。それは無いってことぐらい、お前にも分かるんだろ。笑いながら提案された物を誰が受け入れるってんだよ。
その後もあれこれ考えたが、いい案は出なかった。
考えてばかりいないで実物を見て決めるのはどうかということで街を歩いて服屋に入ったり、雑貨屋に入ったりもしてみたが、これと言って心惹かれるものはなかった。
結局はただ歩き疲れた。でも、一番の目的でもある帽子の予備も買えたことだしと、今日はもう新しいトレードマーク探しは終わりにした。
「今日はありがとな、榎。お礼にこの前行った喫茶店で何か奢るよ」と榎を誘ったら、すぐに「ホントに!ありがと。じゃ、早く行こっ」と榎は嬉しそうに笑みを浮かべ答えた。確か前に行った時に榎はパフェのメニューを見ていた気がしたから、それでいいだろ。
ということで、買い物を終えた俺たちは喫茶店に向かって移動中。
喫茶店に向かって歩いている間、榎が今度はどんな天使の仕事をするのかと訊いてきた。「今度は私も活躍するよ!」と、その積極的な姿勢は仕事熱心というよりも、どうやら前に途中で一人だけ抜けたことが不満だったからのようだ。
しかし、どんな仕事をするのかと俺に訊かれても困る。俺だって、わからない。
基本的に天使の仕事は人助けか悪いことをした人に罰を与えることの二種類で、そのどちらをやるかも、何をするかも天使とその場で適当に決めているのが現状だからだ。
俺がそう答えると、榎は「え~、そんなんじゃダメだよ」と知ったような口を叩く。そして、こんなことをしてはどうか、こういうことをしないか、と次々に提案をしてきた。そんな榎の提案を、俺は今、移動する間の暇つぶしの話題として、適当に聞いていた。
「だからさ、その放火犯を捕まえるのはどうかな?」
「どうかなって、ダメだろ」
「え~なんで?」そんなふくれっ面してると不細工になるぞ。
「なんでって、それだと警察の仕事だろ。そういうでかいのにちょっかい出すと、あとあと面倒だろ?今はまだ潜伏期間だから目立つことは避けたいんだ」
「なにそれ?意味分かんない」おいおい、さらに不細工になってるぞ。
「いいんだよ分かんなくて。それに仕事なら前に使った人形を使って探せばいいんだから、何か一つにこだわる必要もないだろ」
何かにこだわって仕事を探し歩くよりも、前にバドミントン少年を探し当てた『天使を呼べ!叫べ!お前の気持ちをさらけ出しちゃいなよ、君 三号』-(名前あってるかな?)と言う変な名前の人形を使った方が効率いいだろう。それを使えばある範囲内にいる天使に助けを求めるような人間を探すことができる。とは言ってもそれは、天使そのモノを求めているような存在しそうもない人を探す物ではない。その人形は、悩みを持っていたり、ピンチに陥ったりしている人の想いをキャッチして、その人のところに導いてくれるものだ。それを使えば無駄に仕事を探し歩くことをしなくていいだろう。
「そっか。それもそうだね」納得したのか、榎の頬がしぼんで元に戻った。
「だろ。だからその人形を持ってない俺は、あの天使がやる気を出して仕事をするって言い出すのを待ってればいいんだよ」
「それだと椿君は天使さんがいないと何もできないみたいだね」
笑顔でなんて辛辣なことを言うんだ、こいつは。
だが、確かに榎の言う通りだ。人形を使って仕事を探すとなると天使を待たなければならない。それだと俺は天使がいないと何もできない。それはなんか嫌だ。
だとすれば、榎の言うように自分で動いて仕事を探すしかないようだ。それで仕事を見つけてからケータイを使って天使を呼び出せばいい。まったく、ダークヒーローになるには苦労が多いな。
「おい、榎。仕事探すぞ」
「あれ、どうしたの椿君?天使さん待つんじゃなかったの?」俺の気持ちの転換について来れない榎は、驚くことすらできず、顔に笑みを浮かべたまま訊いてきた。
「いいんだよ。アイツなんかいなくたって天使の仕事を探すくらいワケ無いんだよ」別にアイツがいないと何もできないってことが悔しいからではない。
そうと決まれば、困っている人や悪いことをしてるヤツはいないか探さないと。
そう思った矢先、俺のケータイが震えた。普段使っている物ではなく、天使からもらった仕事用のケータイだ。仕事用のケータイってなんか社会人みたいだ。
天使がいなくても仕事を見つけてやると意気込んで行動しようと思ったところでの着信だったので、なんか出るのが嫌だった。無視しようかな。
「椿君、ケータイなってるよ」
「あ、ホントだ」わざわざいらないことにまで気づいてくれてありがとうよ。
榎が俺のケータイが着信していることに気づいてくれたので、ケータイをポケットから取り出し、電話に出た。
「もしもし」
『あ、もしぃ。椿か?俺だよん』
電話の相手は確認しなくても分かる。このケータイには天使と榎しか登録しておらず、その二人からしか連絡が来ない。榎が今俺の隣にいるとなれば、電話の相手は必然的に天使である。それにしても、話す言葉とは裏腹に、声に元気が無い。
「何か用か?用がないなら切るぞ」ホントは用があっても大したことでなければ切りたい。
『用ならあるよ。俺が用も無く椿に電話するわけ無いだろ』俺もそう思うが、こいつに言われると腹が立つ。こいつの用ってのは、俺に喧嘩売ることなのか?
「なんだよ。仕事でもするのか?」
『いや、今日は仕事じゃなんだ』だったらこの電話はすぐに切ってもいいのか。
「切るぞ」
『待てよ!お前まで斬るとか言うなよ。頼むから俺を助けると思って話を聞いてくれ』
「悪い。俺は人間は助けるけど、天使は専門外だ」
『わかった!じゃあ、喫茶店に取り敢えず来てくれ。あのいつもの所。それだけでいいから!』何でこいつはこんなに必死なんだ?ホントになんかあったのか?
「分かった、行くよ」
『マジで!さ~すが椿ぃ。じゃあ俺はこの後、榎ちゃんにも連絡しないとだから切るぞ』
「ちょっと待て。榎なら今一緒にいるぞ」
『はぁあ!何でまた一緒にいるんだよ。俺抜きでデートか?』天使はいきなり怒り出した。電話で大声出すなよ、耳が痛い。
「何でお前と一緒にデートするんだよ。つーか、別にデートでもねぇよ。買い物に付き合ってもらってるだけだ」
『それだって立派なデートじゃん!何だよ椿ばっかり。俺がろくでもない女に引っかかっちゃっていうっ痛ぁ!あ、すんません!冗談です!ごめ…』ぶちっ。つーつー。
切れた。
何だったんだ?最後の方に「話が長い!てか、誰の事言ってんの?」っていう誰かの怒鳴り声がして、突然天使がなんか痛がって電話が切れた。何だったんだ?
よく分からないが、天使は今だれかと一緒にいるようで、俺と榎を喫茶店に呼び出したいらしい。
榎に今の電話の内容を話した。電話をしまって、榎の方を見たら顔をほんのり赤くして少し呆けていたが、「榎」と声をかけるとすぐに元に戻って、話を聞いてくれた。
「え?それって大変なんじゃないの?誰かに襲われてるのかも。早く天使さんの所に行かなきゃ」
話を聞き終わると、榎はそう言ってさっさと歩き始めていた。
榎は大変だと言うが、俺はそうは思えなかった。確かに自分のことを助けろとは言っていたが、デートがどうとかほざく余裕はあるようだった。だから、どうにも気乗りせず、その場に立ち止まっていた。そしたら、榎に「何してるの?早く行こうよ!」と急かされたので、仕方なく歩き始める。
何が待っているか分からない、まぁ確実に一人はあの天使なのだが、取り敢えず喫茶店に向かうことにした。
喫茶店に来た。無駄なことはせずにすぐ来た。
この店は相変わらず人が少ない。
店に入るといつもはすぐにコーヒーだけを頼んで席に着くのだが、今日は榎に何か奢る約束をしていたので注文は後で来てもらうことにする。
天使はすぐに見つかった。いつも座っている窓際の四人席に、入店してきた俺たちと向き合うように座っていた。だが、あれ?その天使の向かい側には、誰かが座っている。入口付近のここからだと顔は見えないが、一つだけ分かる特徴がある。白髪だ。
「ねぇ、椿君。天使さんの前に誰か座ってるよ。なんか凄そうな人」
榎も気付いたようで、俺に耳打ちした。
それに俺は黙って頷いて応える。
「あ、榎ちゃん。こっちこっち」天使は俺たちに、もしかしたら榎だけなのかもしれないが気付き、手をあげて呼ぶ。天使の声は明るいが、どこか気まずそうな顔をしている。天使の向かいに座っている人は振り返りもしない、と思ったら振り返った。あれは…女なのか?取り敢えず天使は自由に動けるようなので、その女に拘束されたりしているわけではないらしい。
俺と榎は、その白髪の女の存在に戸惑い目を合わせたが、ここまで来て帰ることもできないと腹を括り、席に近づく。
天使とその白髪女は向かい合って座っているので、男は男同士、女は女同士ということで、俺は天使の隣に座った。榎は、最初だけ怯えていたが、白髪女に「大丈夫だよ。これのことは気にしないでいいから」と笑顔を向けられると、何に納得したのか、いつものヘラヘラした顔になり、椅子に座ってメニューを見始めた。順応性高いな。つーか、『これ』ってなんだ?白髪のことか?そんなもん、ピンクとか紫とかもっと奇抜な色した頭のヤツがそこらじゅうにいるから、そこまで気にはしないだろ。
「アンタが椿だろ?」白髪女は言った。「取り敢えずアンタも何か頼みなよ」
どうやら俺の名前は知ってるらしい。たぶん榎の名前も知ってるのだろう。
白髪女に言われた通りに注文することにした。俺はいつも通りコーヒーを、榎はチョコレートパフェとミルクティを頼んだ。注文している間も前に座る白髪女に品定めされるような眼で見られていて気持ち悪かった。
天使と白髪女の前には既にコーヒーカップが置かれている。白髪女の前には皿も置かれているので何か食べたらしい。天使は口に棒付きのアメを咥えているのに、カップにもアメの棒が入っている。もう何本も食べた後らしい。
それにしても白い女だ、そう思いながら俺は白髪女を見た。白髪女がコーヒーを飲みこちらから目が外れたので、俺はこの得体のしれない女を少し観察してみる。頭もそうだが、肌も雪の様に白い。腕や脚がほとんど出ている上下黒の服が、余計肌の白さを際立たせる。
ん?
そういえば、こいつは女でいいのか?女ということで進めていいんだよな?髪はセミロングというのか、肩よりちょい下くらいの白髪。腕や脚だけでなく全体的に細身の体型。整った顔立ちで、まぁ美人に入る顔なのかもしれない。だが、それだけだったら最近の技術などでどうとでもなるだろう。男でも中性的なヤツはこんな顔をしている。
俺がこうも疑うのにはちゃんと理由がある。俺の前に座る二人を見比べると、全体的に榎のほうが小さく幼い感じがするのだが、一か所だけ榎の方が大きい部分がある。胸だ。別に榎も大きい方ではないが、白髪女のは小さいというか、無い。山も無い谷も無い、真っ直ぐだ。あんな薄着なのだから着痩せということもないだろう。あれは女としてあり得るのか?痩せ型の中学生男子みたいだぞ。いや、そっちの方がまだ胸囲はありそうだ。しかもだ、肩や太ももなど肌を露出しているというのに、自分がおかしいのかと心配になる位、白髪女からは色気が感じられない。ミロのヴィーナスの方が、圧倒的に色っぽい。
必死に考えている俺のことは無視して、向かいに座る二人は女同士ですでに打ち解け始めているようだ。「それおいしそうだね。アタシにも後で一口ちょうだい」「うん。いいよ」などと、メニューのパフェを見ながら話している。
俺は説明を求めて天使の方を見るが、こいつが俺の視線に気付くことはない。それどころか、咥えていたアメをコーヒーカップに入れ、実はまだ食べ終えていなかったカップに入っていた方のアメを咥えた。気持ち悪いとは思ったが、それにはつっこまず、肘で天使の脇を小突く。それで気付いた天使に目で「あいつは誰なんだ?説明しろよ」と言ってみたが、俺たちの間ではテレパシーを使わなければアイコンタクトなんてできるはずもない。
そう思ったが、天使は「ああ」と了解の返事をした。
しかし、天使の話は始まらない。少し待ってみたが天使はコーヒーをすすり、窓の外を見始めた。
さっきお前は何に了解したんだ?
そうこうしているうちに注文していた物が来た。榎の前にチョコレートパフェとミルクティが置かれ、俺の前にはコーヒーだけが置かれた。
榎はおいしそうに何口か食べ、白髪女にも食べさせている。俺もパフェに刺さっているポッキーを貰おうかと思ったところで、口の端にクリームを付けた白髪女が話し始める。
「んじゃ、飲み物もそろったし、そろそろ自己紹介でもしようか」
「やっとかよ」俺はポッキーに伸びそうになった手を止め、頬杖をついて言った。
てっきり俺は、この女だけが自己紹介するのかと思っていたら、「どうする?誰からやる?」とノリノリの天使が身を乗り出してきた。
「誰からというより、そこの女だけがするんじゃないのか?」
と言う俺の疑問を無視して「じゃあ、アナタからね」と白髪女は榎をご指名。何故お前からじゃない?
「あ、はい。あのはじめまして。私は榎って言います」指名された榎は何の疑いも無く名乗り、「よろしくおねがいします」と頭を下げた。つーか、今これ何やってんの?
「んじゃ、次はアンタ」次のご指名は俺だ。つーか、さっきお前、俺の名前呼んでたよな。知ってるんだったら自己紹介なんかしなくていいだろ。
俺が黙っていると天使が「どうしたんだい?自己紹介もできないとクラスになじめないよ。最初が肝心なんだから」とアドバイスをしてきた。
「うるせぇよ」クラスってなんだよ?
だが、確かに最初が肝心ではある。ここで中途半端にビビった挨拶をしたらこの白髪女になめられるかも知れない。それはなんか嫌だ。
あまりだらだら長い自己紹介してもカッコ悪いので短くハッキリ言ってやろうと思ったら、「俺は椿。ダークヒーローになる男だ」と、どこか別の主人公のような自己紹介になってしまった。失敗だ。
「ハッ!」白髪女は短く笑った。「楸。アンタが言ってた通り面白いヤツだね、コイツ」
「だろ」
たった今 自己紹介した本人を目の前に、ネタの採点みたいなことをされた。採点の結果、白髪女にはウケたらしいが、俺にとっては屈辱だ。
屈辱感に打ちのめされている俺を置いて、自己紹介の流れは止まらずに進む。
「じゃあ、次は楸。アンタね」いや、コイツはもういいだろ。
「やだよ。俺はトリをやりたい」やる気満々かよ。
「バーカ!トリはアタシがやんだよ」お前は早くやれよ。お前がバカだろ。いや、どっちもバカか。つーか、俺は何でこんなにつっこんでるんだ?
結局、天使の方が言い負かされた。
「はじめまして、楸です。職業は天使をしています」
合コンのノリで自己紹介を始めた天使とは対照的に周りの反応は冷たい。この場で唯一、全員が天使のことは知っているので最初からコイツの自己紹介なんていらないのだ。それに気付かない天使は、好きな食べ物など、誰も興味の無いことを話そうとしていた。しかし、話し始める前に白髪女によって強制終了された。よくわからないが、テーブルの下で脚を蹴られたらしい。天使が脛を押さえて痛がっている。
「じゃあ、最後はアタシだね」
無表情で天使のことを蹴ったくせに、微笑して自己紹介を始める。やっとコイツの番か。
「アタシの名前は柊。今はフリーで天使の仕事をしている、聖なる堕天使よ」
「……え?」
なんだって?今なんて言ったんだ?聖なる…何?何なる堕天使?
「聖なる堕天使って何?」混乱している俺の疑問を榎が代弁してくれた。やっぱり「聖なる堕天使」と言っていたんだ。何だ、その矛盾した存在。
「ああ。アタシ、前は楸と一緒で、高橋さんの下で天使の仕事をしてたんだ。でも辞めちゃったから天使堕ち。けど今は、何でも屋みたいな形でフリーに天使の仕事のようなことをしてるの。だから、天使でもある。複雑よね…」全然複雑じゃねぇよ。お前がバカなだけだろ。
「何で天使の仕事辞めちゃったの?」
また榎が訊いた。榎は順応性が高いというか、相手の言うことを一度受け入れてから、それで分からないところを質問しているようだ。俺も榎を見習って、いきなり否定したり、黙って聞いてないで積極的に質問した方がいいのかもしれない。
「天使の仕事はノルマがどうとか、いろいろめんどくさいから辞めたの。高橋さんはいい人なんだけど、他の上のヤツ等はうるさいし」
「フリーで天使の仕事ってどうしてんだ?その前に羽もないし、お前はホントに天使なのか?」最近引っ込みがちだった俺の好奇心を無理矢理起こし、訊いた。そしたら、「お前って言うな」と柊に睨まれた。睨みだけで小動物を気絶させる様な、そんな迫力だ。そんな態度をとられたら、また俺の好奇心が奥に引っ込んじゃうだろ。だが、睨んだ目が怖かったので何も言わない。こいつは目で何かを殺す資格でも持ってるのかもしれない。
「フリーで天使の仕事ってどうしてんだ?あと、柊さんは本当に天使なのか?」
俺は言い直した。天使が笑っているが、俺とは別のことだろう。
もともと俺の隣の天使もフリーのような感じがするので、どこが違うのか分からない。それに、俺は喫茶店に入った時に見たが、柊の背中には羽らしきものが見えなかった。椅子の背もたれで隠れているワケでも、天使のように服の中に隠しているワケでもなさそうだ。ひょっとしたら、聖なる堕天使様には羽が無いのか?
「フリーって言っても基本的にはおんなじ。ただ、ノルマっていう制約がない代わりに安定した報酬もなくて、報酬は依頼主と交渉して直接貰うのよ。だから、依頼主が頼んだことに見合うだけの報酬を仕事の度に直接貰う。楸との違いはそれくらい」さっきまで榎の質問には優しく答えていたのに、なんか冷たい。俺はそう感じた。自己紹介までしたのに、まだ俺のことは認めてくれてないような冷たさだ。
「あと、羽は隠してるだけよ。普通の天使は〝視覚防壁″っていうのを張れるから、それでいろいろ隠せんの」
「あれっ?それって自分の姿だけじゃないのか?」
前に天使が、天使の基本能力として姿や声は自由に消せる、というか特定の人間以外には認知できなくさせられるとは言っていた。だが、柊の言い方だと、まだ別に消すことができそうだ
「まぁ基本は。あぁ、そういえば楸はこれ下手だったね」
「俺は隠しごとが苦手なんだよ」下手クソが何か言って入ってきたが無視する。
「アンタ、楸から『この能力は別に資格とかは要らないけど、自分の姿や声を消せる』ってだけ聞いてるんだろ?楸はそれしかできないから。でもアタシみたいに上達すれば羽だけとか一部分を隠すことや、自分に触れている物も消せるのよ。やっぱりそれも天使同士だと意味無いけど」
「それで、今は羽だけを隠してるってことか?」
「羽だけじゃないけどね」柊は意味深にそう言って微笑する。もしかして、胸も隠しているのか?俺はそう思って見てみるが、どんなに目を凝らしてもやっぱり無い。この能力は普通の人間に対して認知できなくさせるモノのようで、消す、隠すとは言っても実際は存在している。だから服の膨らみが全くない柊の胸は消されていない。本当に無いのだ。
「ちょっと失礼」
柊が急に席を立った。別に俺が柊のことを凝視していたから逃げるわけではない。俺はそんなに見ていない。何だと思っていたら、デリカシーの無い天使が「何処に行くんだ?」と訊いた。柊は「いちいち訊くな。デリカシーの無いヤツめ」と言って、トイレの方に行った。
榎は、パフェを食べている。すでに半分近く無くなっていて、残念ながらポッキーももう無い。
俺は、都合よく柊がいなくなったので、本人よりは訊きやすい天使に質問することにした。気にする必要はないのかもしれないが、一応榎には聞こえないように小声で話す。
「なぁ、フリーの天使なんてあり得るのか?つーか、お前もフリーみたいなもんだから、あいつも辞める必要はないんじゃないのか?」
俺が訊くと、天使は咥えていたアメをコーヒーカップに入れ、答える。
「誰がフリーだよ。楸さんは、れっきとした優秀な天使だよ」
「天使は認めてもいいが、優秀ではないだろ」
「優秀なの!」と天使はムキになって言う。「ったく。でもまぁ椿の言う通り、俺たち天使の仕事は割と個人の裁量に任されてるから自由に見えるかもな」
天使は、俺の質問の真意を察したようだ。
俺は「それで?」と先を促す。
「あぁ、柊は、持ってる資格というか能力が原因で、上の連中に目を付けられてたんだよ。柊も、別にその能力を得たことを後悔はしてないようだけど、そんな状況が嫌になって自分から天使のライセンスを捨てたんだよ」
天使の事情は分からないが、「それって認められることなのか?」と訊いたら、天使は首を横に振った。やはり、普通のことではないようだ。
「上の連中には柊をフリーにさせるのにも反対したヤツもいたらしい。天使の持つ資格や能力ってのは簡単には消せないから、それを持ったままの柊を野放しにはできないって。でも、フリーになった柊のしていることを見て、自分ら天使に有益だってことで見逃されてるらしい。椿たちとは規律が違うから分かんないかもしれないけど、アイツは一歩間違えれば犯罪者なんだよ」
笑ってそう言うが、元同僚という立場からなのか、そう言った天使の表情はどこか悲しそうだった。
もしかしたら、柊にも過去に負った心の傷みたいなのがあるのかもしれない。それを勝手に聞いてはいけない。そう思ったが、柊の辞めた原因がどうしても気になった。
「持っているだけで目を付けられるって、柊の持ってる資格や能力って、何なんだ?」
人の心に土足で踏み込むことは承知で、俺はその痛みを受け入れる覚悟をして訊いた。
しかし、天使は笑って言う。
「そんな辛そうな顔すんなよ、椿。さっきも言っただろ。柊は別に後悔してないって。それに、アイツが自分で決めたことなんだから」
「別にそんな顔してねぇよ」
俺がそう言うと、天使はフッと息を吐き出し微笑した。
さっきの天使の悲しそうな表情も俺の見間違いか、勘違いの取り越し苦労だろう。
そう気持ちを切り替えて、天使の話を聞く。
「あいつは、柊は、天使の資格に関しては一級こそ無いらしいが千里眼や読心術、いろいろ持ってるぞ。気を付けろよ。あいつが読心術をオンにしている時に変なことを考えていたらばれるぞ」
どこか説得力のある注意を受けた。おそらくこいつも何か変なことを考えていて、読心術で読まれた経験があるのかもしれない。
「読心術ってオン・オフで切り替えるもんなのか?」
そう訊いた俺は、知らないうちに死線を乗り越えていたような、ドキドキが残る安心を感じていた。さっきかなり失礼な事を考えていたような気がするから。
「当たり前だろ。切り替えられなかったら四六時中うるさくってしょうがない」
そう言う天使は、読心術を持ってないくせに分かった風だ。
「それで、上の人に目を付けられたっていう能力ってなんだ?」
「ああ。あいつはな、天使のくせに天使の資格ではない〝悪魔の能力″を持ってるんだ」
「え?」天使なのに? あ、だから堕天使か?
「〝悪魔の力″を資格って呼ぶのか分かんないから〝能力″って呼んでるんだけど…。どうやったか詳しくは知らないけど、柊は〝悪魔の能力″を身に付けていて、それが原因で上の連中に目を付けられた。その〝悪魔の能力″ってのはな…」
「アタシがいない時に何話してんの…?」
柊が戻ってきた。勝手に自分の話をしていた俺たちを咎める様な、冷たい目をしている。
俺はもっと他に訊きたいことがあったが、あとのコトは柊に直接訊くしかないようだ。
しかし、勝手に柊のことを聞いたことの後ろめたさもあって、次に柊が何か言い出すまでは黙っていた。
榎はパフェを完食した。途中からは柊と一緒に食べていた。結局俺は一口も味見できなかった。
パフェを嬉しそうに食べている柊の顔を見ると、さっき俺と天使が勝手に話していたことはそこまで怒っていないらしい。
それぞれのカップからコーヒーやミルクティが無くなり、柊も特になにを言い出す雰囲気も感じられないので、俺から話を切り出すことにした。
「ところで、何で俺たちを呼び出したんだ?何か用があったんじゃないのか?」
本当は最初にこれを訊きたかったのだが、聖なる堕天使だとかが変なことを言い出すから忘れていた。
俺は、天使と柊のどちらにでもなく尋ねた。おそらく用があるのは柊の方だとは思うが、もしかしたら天使が自分の足を蹴るような凶暴な堕天使を退治してくれとか言い出すのかもしれない。
「ああ、用があるのはアタシよ。楸に言って二人を呼んでもらったの」
「無理やり、脅してね」
天使がそう付け足したら、またテーブルの下でガッと音が鳴り、天使がうずくまる。
「んで、用ってなんだよ?」
「いや、別に用ってほどでもないんだけどさ。楸から話を聞いてアンタたち二人に興味があったのよ」
「私たち?」紙ナプキンで口を拭いた榎が言う。
「そ。なんでも、二人は変な〝力″を持ってるんだってね。まぁ、この子の力はもう確認できたからいいけど」と、柊は榎の頭をポンポンたたいて言う。
柊が言ったように、俺と榎には普通の人は持っていない〝力″がある。その力とは〝願いを叶えやすくする力″だ。まぁ、世界規模で見れば他にも持っているヤツはいるんだろうが、主人公の俺ほどの〝力″じゃないだろう。
俺の〝力″は、主に自分の身体能力を向上させるものだ。どうなりたいかイメージし、願うことで、普段はできないような事を可能にする。それにも限界や筋肉痛などの副作用もあるが、大抵のことはできるようになる。と思う。
榎の〝力″は俺のとは違い、身体能力は一切変わらない。俺も少しは信じ始めているのだが、なんでも、動物と話ができたり妖精とかが見えたり、普通の人の感覚では出来ないことができるらしい。実際、榎には、姿を消した天使の姿も見える。
それにしても、確認出来たって、柊はいつ榎の力を確認したんだ?
「それじゃあ、もう柊の用は済んだのか?」俺は訊いた。
「何でよ?まだアンタの力を見てないっつーの」
やっぱり。面倒事を避けられるかもしれないからと訊いてみたのだが、どうやら避けることは出来ないらしい。
「んじゃあ、どうすんだよ?」
「そうだね。お茶も飲んだし、そろそろ広い所に行くか」
また、公園か?本当に俺たちの行く場所って、この店か公園がほとんどだな。
俺がそう思っていたら、柊が席を立った。榎もそれに続いて行く。
天使はまだ脛を押さえていたので、俺は榎のパフェ代として五百円だけ置いて席を立つ。他は天使に払ってもらおう。柊も自分の分を払う気はないようだし。
先に出て行った女子チームを、店のコとマスターは笑顔で「ありがとうございました」と見送った。店のコはいつも通りだが、マスターの笑顔は初めて見た。
俺は驚きながら、もしかしたらこれは俺たちが常連となってきたから、マスターの愛想も良くなったんじゃないかと考えた。接客業としてそれはいいのか、とは考えない。
しかし、それだとしたら柊は初めてのくせに俺たちのお陰で、貴重とも思えていたマスターの笑顔を見れたことになる。まぁ、俺は男としての器がでかいから、そんな事にいちいち目くじらは立てない。
早速、俺もマスターに笑顔で見送ってもらうとするか。
しかし、店のコだけがいつもの笑顔で見送ってくれただけで、マスターはまたいつもの無表情に戻って、グラスを拭く作業に没頭している。
あれ、マスター。まだ客がいたんだけど…
おい、ふざけんなよ!なんで柊と榎だけなんだよ。
店の前で天使が支払いするのを待つ間に柊に何処に行くのか尋ねたら、案の定 公園に行くらしい。
公園への道中、天使はわざとらしく足を引きずり、柊に何か抗議している。足を引きずって歩く割に、「うっさい!」と足早に進む柊に遅れることなくついて行く。
俺は榎と並んで、前を歩く天使と堕天使の後を歩いた。
隣を歩く榎は今、何を考えているんだろう。
俺は今まではなんとなく避けていたが、さっき柊が〝力″がどうとか言ったおかげで、避けていても意味無いと思い、意を決し訊いてみた。
「なぁ。榎は、自分に〝力″があるって知っていたのか?」
榎は前を向いたまま人差し指をあごに当て、「う~ん」と何かを考えるようにした後「なんとなくね」と言った。
俺は、榎が知っていたことよりも、〝力″を持っているという事実に動揺していないことの方が意外だった。
「なんでだ?」
「だって、前からそういう〝力″を持っている人がいることは知ってたし、椿君も持ってるでしょ。なんかフツーのとは違うみたいだし、まさかとは思ったけど、でもなんとなく」
確かに、普通この力を持ってるヤツは身体能力が変化することがほとんどだ。だから、榎のような力は珍しい。はずだ。
「じゃあ、なんで自分に〝力″があるって分かったんだ?」
「えっとね、前に天使さんが言ってたんだ。私も〝力″を持ってるよ、って」
あのバカ、余計なことを。俺は、前にいるまだ足を引きずる天使を睨んだ。
「それじゃあ、副作用もあるのか?」
俺は一番知りたかったことを訊いた。
「椿君の筋肉痛みたいなの?ないよ。私のは椿君と違って小さい力だから」榎は笑ってそう言うが、たぶん違う。こいつの力にも副作用はあるはずだ。
少し前から、榎にも力があると知ってから、考えた。榎の力の副作用。それはたぶん、周りからの「中傷」や「孤独」。
ここからは、俺の想像。
榎は幼いころ、孤独だった寂しさから友達が欲しいと願い〝力″を得た。が、それと同時に周りのヤツ等は、動物と話せるという榎のことを変人として扱った。人には見えないものが見えると言う変なヤツ、と。人には聞こえないものが聞こえると言うヤツ。そうして普通じゃない榎を、周りはバカにして遠ざけた。榎は孤独から逃れたくて〝力″を得たが、〝力″を得たことで更なる孤独にさらされた。
前を歩く天使のように榎のことを理解してくれるヤツが今までいなかったから、榎はずっと苦しんでいたはずだ。『自分の普通』と『周りの普通』が違うから。そしてたぶん、これからも榎を理解してくれるヤツばかりじゃない、むしろ少ないだろうから、その度に榎は苦しむかもしれない。それこそ、俺の筋肉痛なんかとは比べ物にならないほどに。
事実俺も、榎に〝力″があることを認めず、他のヤツと同じように榎をバカにしていたから、副作用が無いと笑っている榎を見るのは辛かった。
「なぁ、〝力″が無くなればいいとは思わなかったのか?」
そう訊いても、榎は笑顔のままで答える。
「思わないよ。だって、この〝力″があれば椿君や天使さんの仕事の手助けができるかもしれないでしょ」
「そんな理由かよ…」
呆れたフリをする俺とは対照的に、榎は本気だ。
「そんなじゃないよ。私思うんだけど、椿君がいなかったら、この〝力″のせいでずっと一人ぼっちのままだったと思うんだ。動物とお話できても、人間の友達が一人もいなかったらやっぱり寂しいし」
「…は?」
「それに最近だとほら、天使さんとも友達になれた。だから、この〝力″も役に立てばって、二人の力になれたらいいなって思うようもなったよ」
「何で俺もなんだよ?俺もお前をバカにしてただろ」
いっそ責めてくれた方が楽なのに、そう思った俺に、榎は微笑みかけた。
「でも、椿君は一緒にいてくれたでしょ」
「……なんだそれ?」それだけだろ?それだけでお前は孤独じゃなかったっていうのか?
「天使さんから聞いたんだけど、この力のことを〝願いを叶えやすくする力″って呼んでるんだよね。だから、私も二人の力になりたいって願ってるから、きっと私の力はこれからも無くならないよ。それに」
「それに…なんだよ?」
「天使さんとは友達になれたけど、まだ妖精さんとは友達になってないし」
「……やっぱりお前はバカだよ」
別に、全く、全然、俺は誉めていないのに、榎は「えへへ」と笑った。
榎は、俺のおかげで副作用が無かったと言ってくれた。
俺も、榎のおかげで副作用がなくて済んだ。筋肉痛よりも厄介で、俺の強い想像力のせいで生じる「恐怖」がなくなった。
榎に〝力″があると知ってから、俺は、俺も周りのヤツ等と同じで榎を理解しようとせず、ずっとバカにしていたことに気づいた。それが榎を孤独にさせていたとも気付かずに。
それなのに榎は、そんな俺でも、一緒にいてくれただけでイイと言ってくれた。
相変わらず弱いままで臆病な俺の心は、榎を傷つけてしまったのではないかと不安で怯えてた。だから、もしかしたらそんな弱くて臆病な俺に気を遣ってくれただけかもしれない榎の言葉でも、作ったものかもしれない榎の笑う顔でも、俺の心はだいぶ楽になった。俺は、今まで思いもしなかったが、結構単純なのかもしれない。
「榎」
「ん?なに」
「天使の仕事すんなら、しっかりな」
俺は、ホントは謝りたかったし礼も言いたかった。でも、榎には何のことか分からないだろうし、それに、恥ずかしい。
「うん。頑張るね」
だから、代わりにこう言おう。
「これからも、よろしく」
楸 Ⅲ
これからも、よろしく。
って何、あれ?
今回はあんな湿っぽいのは無しじゃなかったの?
途中から後ろ二人の怪しい雰囲気を察してチラ見&聞き耳を立ててたのさ!隣の凶暴女はそっちのけで。だいたい榎ちゃんが「ん~なんとなくね」って言ったあたりからかな。ああいう仕草って可愛いよね。ちょっとぶりっ子みたいだけど、可愛い子がやれば、全然OK!
俺は二人の様子を見てたから、ちゃんと知ってるよ。最後の椿の言葉が告白でも何でもない、ただのヘタレ発言だってのを。お礼ぐらいちゃんと言えよ。
それより、やっぱり椿は副作用のことを訊いたか。あいつは自分のガラスのハートを守るのに必死だからな。榎ちゃんは優しいから椿を責めるようなことは言わないけど、普通なら椿のハートは今頃ブロークンよ。
てゆうかほんと、今回ってあんな湿っぽい感じになる予定だったっけ?
だとしても、何で椿ばっかりあんなにイイ雰囲気でおいしい役なの?もともとは俺が榎ちゃんに〝力″があることを教えたんだよ?
本来の俺の作戦。~夕焼けがきれいな丘の上にて~
榎ちゃんには椿と同じで〝願いを叶えやすくする力″ってのがあるんだよ。→「えっ、ホント?」→ああ。それで、それを知った上で、まだ俺たちの仕事の手伝いをしてくれる気があるのか考えてほしい。もしかしたら、危険なこともあるかもしれないから、自分で選んでくれ。→「ううん、大丈夫。私は二人の、楸の力になりたい」→榎ちゃん。ありがとう。俺が絶対、榎ちゃんを守るから。→「楸…」→ギュッと抱きしめる。
これだったのに。
でも実際は。~夕日が見えそうで見えない公園にて~
榎ちゃんには椿と同じで〝願いを叶えやすくする力″ってのがあるんだよ。→「えっ、ホント?」→ああ。それで、→「だから動物とお話しできたり、天使さんが見えるんだ」→うん。そうだと思うよ。それで、→「何で私にそんな力があるんだろ。うーん、まぁいっか。教えてくれてありがとね、天使さん。私にも特別な力があるって分かって自信出たよ。これで、二人のお仕事の手伝いがちゃんとできそう」→あ、ホントに。それは良かった。→「うん。あ、私そろそろ帰るね。ありがと、天使さん。またね」→うん、またね。→ポツーン。
あの時の寂しさときたら、危なく俺のハートがブロークンするところだったよ。
俺のことも友達だって言ってくれたのは嬉しいけど、できればそれは俺の前で二人きりの時に言ってほしかったなぁ。
椿の腐れ野郎…。何で俺の横にいるのは凶暴で貧乳なオトコ女なんだよ。あぁ腹立つ!この腹にある黒い物を取り除かなければなるまい。じゃないと俺が天使じゃなくなるよ。
「なぁ柊」
「なんだよ。もう脛から派生した全身の複雑骨折はいいのか?」
柊は、俺を突きながら言う。
「あんなの冗談だよ。たとえ弁慶が泣こうが、俺は脛を蹴られたくらいじゃ全然涙も出ないの。むしろ乾くぐらい。ドライアイだから」
「それって、ドライアイじゃないだろ」
「何でもいいだろ」まったく、細かい女だ。
「それで、なんなの?」首をかしげ、柊が訊く。
「ああ、そうだった。この後はどうするつもりなんだ?椿の力を確認するんだろ?」
俺がそう訊くと、特に何も考えてないくせに、柊は人差し指をあごに当て、何かを考えるように「う~ん」と唸った。お前がやっても可愛くないな。
「そのことね。そうだな。高くジャンプしてもらったり、強い腕力を見せてくれたりすればいいかな。人並み以上にできれば、力ってのを認めようかな」
ハァ~。やっぱりダメだ、この女は。でも、これはチャンスだ!
「ハァ~。それじゃあダメだよ。ダメダメのダメ」
「ぶった斬ってほしいの?」
「いやいや!そんなことはないっす。ただ、それだと椿の力が分かりにくいんじゃないかなと思って」 俺は慌てて弁解した。
「…なんか考えがあるっての?」
と柊は、目を細め、疑うように俺に訊いた。
「あるっての。ちょい聞け」
後ろの椿に聞こえないように、柊を人差し指でチョイチョイと呼び寄せ、小声で言う。
ごにょごにょで、ごにょ。
「…ハッ。面白そうだね、それ」
俺のナイスアイディアを聞いて柊はニィッと笑った。
「でしょ」
面白くなってきた。
頑張れよ、椿。めったに経験できない修業を付けてやるよ。
俺ってば、パートナー思いだな。
椿 Ⅱ
公園に来た。今日も人はほとんどいない。都合がいいことこの上ない。
公園に来る途中、俺が榎と話した後、前を歩く天使と柊は何かを話していた。ほとんどは天使が話しているようだったので、どうせくだらないことなんだと思い、気にも留めなかった。
俺たちは今、公園の中央にいる。公園と言うより広場と言った方がいいのか、遊具がないので解放感がある。天使と柊、そして柊が〝力″を確認できたと認める榎も、俺と向き合うようにして立っている。天使と榎はこの場では脇役で、俺と柊の行動を見届けられるよう、柊の斜め後方 少し離れた場所にいた。
柊が「俺の力を確認したい」ということで公園にまで来たので、主役は俺のようだ。まぁ俺はいつでも主人公ではあるが。
柊は、後ろ髪を高い位置で結んでいた。それにしてもいざ向きあってみると、柊の身長が結構高いことが分かる、百七十はありそうだ。もしかしたらやっぱり、女じゃないのか?
ま、それはいいか。
さて、何をするんだ?そろそろ訊いてもいいよな。
「わざわざここまで来て、一体何すんだよ?」
「その前に一つ、アンタに見せておくモノがある」
髪をポニーテールの様に結んだ柊が、一歩前に、俺の方に近づいて言う。
やはり天使は何もせず見学らしい。榎と呑気にアメを食べている。
「見せておくモノってなんだ?」
「さっき、アンタはアタシの羽が見えないことを気にしてたね」
そう言うと、柊は一瞬、うずくまるように身体を少し前に傾け、直後、両手を広げて背筋を伸ばすと同時にバサッと白い羽を広げて見せた。白い羽が、左右それぞれ一メートルちょっと広がっている。一度天使のを見ているが、その幻想的で美しくもある羽は、やっぱスゲーな、と圧倒される。
「すごーい。柊さんカッコイイ~」
柊の後ろから榎のはしゃぐ声が聞こえた。
柊の羽に隠れて見えないがたぶん、初めて見る天使の羽 (柊は堕天使だが)に興奮しているのだろう。柊もまんざらじゃないのか、若干の照れを見せながら、振り返って手をあげ、「ありがと」と応えた。
…あれ?
「喫茶店にいた時、あの時もう榎には羽が見えてたんじゃないのか?」
俺は、感じた疑問を口にした。榎の力であれば、視覚防壁だかで隠していても見えるはずで、実際に以前、姿を隠していた天使が見えていた。
「ああ、あの子にはたぶん羽は見えてなかったよ。羽は縮めていて、椅子の背もたれと別のモノで隠れていたはずだし」俺からは羽に隠れて見えない榎に代わって、柊が答えた。
「別のモノってなんだ?」
「見たい?ん~でも、それは後のお楽しみにするか。今からやるゲームにアンタが勝ったら見せてあげるよ」
どうやら『お楽しみ』は柊の背中にあるようで、自分の背中を親指で指している。
「ゲーム?」
俺が訊くと、柊は羽をバサバサ動かし言う。
「そ。アンタって天使の羽を引っ張るのが好きらしいね」なんだそれ?俺も初耳だ。
「あっちの天使の羽ならすごく引っ張りたいがな」
俺は柊の羽の向こう側にいるはずの天使を指さして言う。ムカつく天使の弱点が羽を引っ張ることなので、柊の羽を引っ張っても意味がない。
俺がそう説明すると、「あっそうなの?」と柊は意外そうな顔をした。「誰でもいいんじゃないの?」
「誰でもいいから羽を引っ張りたいって、んなの頭おかしいだろ」
「なんだよ、楸のヤツ。テキトー言いやがって」
こいつの今の発言とリアクションから察すると、天使が柊に適当なことを言って、この今からやるというゲームを提案したのだろう。
「ま、いっか。それじゃあ、アンタがゲームに勝ったら賞品をプラスしてやるよ。アタシが楸の羽を引っ張る手伝いをしてやる」
柊は、新しく別にゲームと称した俺の力を確認する方法を考えるのが面倒だったのか、賞品の上乗せを提案してきた。
「乗った!」
俺は、間髪入れずに応えた。願っても無い好条件だ。今からやるゲームが何かは分からないが、そんなことはどうでもいい。
もう来ないと思っていた『天使の羽を引っ張るチャンス』がこんな形で再び訪れようとは。何としてもこのゲーム勝つ!絶対に負けられない戦いが、ここにもあった。
「いい度胸だ」柊はそう言うと不敵に微笑した。何を指していい度胸というのかは分からない。
「それで。そのゲームってのは何をするんだ?」
俺は、勝利の後に待っている賞品への衝動を抑えられず、早速ゲームを始めるよう柊に先を促す。
俺が訊くと、柊は顔に笑みを浮かべたままでルール説明を始めた。
「簡単よ。アタシがアンタの力ってのを見るためにやるゲーム。ルールは、『アタシの羽を引っ張れたら引っ張ってみな。それができたらアンタの勝ち』ってするつもりだったんだけど、ちょっと変更するよ」
「変更?」
「そ。アンタのやる気を出すために羽を引っ張ることを勝利条件にしてあげたんだけど、アンタは別にアタシの羽には興味無いんでしょ?」自分の羽をバサバサ動かしてアピールしながら言う。
「興味って…。まぁそうだな。俺はあっちの天使の羽を引っ張りたい」
俺がそう言うと、「イイねぇ」とさらに笑って柊はルール説明を続ける。
「だから、アタシに一撃当てたらアンタの勝ちでいいよ。拳でも蹴りでも何でもいい。とにかくアタシに一発当ててみな!あ、もちろんアタシにガードされたのはノーカウント」
「俺の負けは?」あり得ないことだが一応訊いておく。
「そうだねぇ。アンタの負けはギブアップだけでいいよ」
「それが、今からやるゲームってことか」上等だ!
「そ。もちろん、アタシもガードだけじゃなく攻撃もするから、全力で力を使って来な」
柊は、手の平を上に向けた右手をチョイチョイと動かし、手招きしている。「かかって来い」ということだろう。まぁ、とりあえずこれでルール説明は終わったようだ。
なるほど。俺は柊の言った短いルールを振り返る。
柊はゲームって言うが、これはただのバトルだ。聖なる堕天使を自称する柊がどれほど強いのかは知らないが、俺が一撃入れただけで勝てる、俺の方がかなり有利なバトル。
柊も攻撃してくるから、俺がゲームに乗った時「いい度胸だ」と言われたのかもしれない。それを言うなら、主人公でダークヒーローになる俺にこんな不利な勝負を自分から挑む柊の方が、いい度胸だ。
俺としても、のどから手が出るほど欲しい賞品がかかっているこのゲームをいまさら降りるつもりも、ましてや負ける気も無い。しかし、
「なぁ。ホントにこのルールでやるのか?」
と、俺は少し尻込みした。
「ハ?どういう意味よ?いまさら怖気づいた?」んなわけあるか。
「このルールだと、俺が柊のことを殴るんだろ?俺は、できれば女は殴りたくないんだ。柊だって一応女なんだろ?」
「一応って、何…」
柊がそう言った時、空気が凍りつくような感じがした。正確に言えば、本当に寒さを感じ、空気が凍る気がした。柊の顔から笑みが消えたからだろうか?
でもそれは気のせいだと思い、たいして気にすることはなかった。
ゲームをする上でも、ずっと気になっていたことの方を口にしよう。
「え?やっぱり違うのか?最初から気になってたんだよ」
「なにが?」
「だって胸ねぇじゃん」
ブチッ!
あれ?今なんか音しなかった?ブランコの紐でも切れたか?
「おーい、椿ぃ」
何故かプルプルと小刻みに震えている柊の後ろから、天使の声が聞こえた。
「あ。何だよ?」今からバトルするってのに、賞品は黙ってろ。
「先に謝っとく。あと、死ぬなよ」
「はぁ?」謝ってねぇじゃねぇか。あと……え、死ぬな?
どういうことだ?
俺のその疑問答えは、目の前にあった。
「つばきぃ…アンタァ……ぶっ殺す!」
咆哮にも似た声を出すと、柊はカッと目を見開いた。そして一足飛びで、つーか本当に飛んで、俺に飛びかかる。俺と柊の間には5メートル弱の間隔があったのに一瞬で間合いを詰められた。
俺は、柊のただならぬ殺気を感じ、とっさの判断で横に飛んだ。
柊は、俺が一瞬前までいた場所に、腕を振り降ろした。そしたら、地面が砕け、…いや……切れた!
「なんだぁ?」
柊の手には何もない。さっきの攻撃も、ただの手刀に見えた。だが、この地面の切れ方は手じゃない本物の刀とかの刃物で切ったヤツだ。マンガとかで見たことがある。
柊は素手でこれをやったのか?まさか、悪魔の能力とやらで手からカマイタチでも出せるのか?
なんにせよ、やべぇ!
俺の全細胞が全員一致で、やべえ、という結論を出した。
「逃げるなぁ!つばきぃ!」
「頑張れよ、椿。死ぬなぁ」
戦略的撤退をしている俺の後ろから、怒り狂った柊の声と、こんな状況の俺を見ても呑気さを感じさせる天使の声が聞こえた。榎の慌てた声も聞こえた気がするが、何を言ってるかまでは分からない。
とりあえず、今は逃げろ!逃げろ!
自分を急かすように頭の中で唱えながら、必死に足を動かす。
殺されるぅ!
なんだこれは?
最初は、俺が有利なバトルゲームかと思った。
だが、今やっているのは柊メインで行われる、一方的な俺いじめゲームじゃないか!こんなのはテレビゲームだけにしてくれよ。
公園から出ても柊は追いかけてくる。天使と榎も追いかけて来ているのかもしれないが、俺たちのスピードにはついてきていないだろうし、そんなことを気にする余裕も俺には無い。
柊は、元から俺にだけ姿が見えるようにしていたのか、数少ない街の通行人は、百メートル走で十秒の壁を超えるくらいの猛ダッシュで駆け抜ける俺のことしか見ていない。その眼は、隠れた逸材に期待を寄せるものではけしてなく、あいつは何故あんなに必死に走っているのか、という変人を見る目だ。その眼を、誰も空を飛んで俺を襲う堕天使には向けていない。
俺は、走る。死にたくないと、本当に心から強く、マジで強く願っているから、結構な速さで走れている。油断していると柊にマジで斬られる。
さっき、何とか柊の一撃をかわし、一発殴って気絶でもさせて終わらせようと思ったが、失敗した。街路樹を背にして待ち構えてみたが、見えない柊の攻撃はただただ恐怖でしかなく、避けられる気がしないので逃げた。逃げなければ、俺が一時背を預けていた、あの街路樹のように真っ二つにされていた。道をふさいでしまい、ドライバーの皆様、ホントすんません!
くそ!俺にも榎みたいな目があったら、もっと楽勝だったのに。
いやでも、カマイタチは結局風だから見えないか。
柊は、怒り狂ってはいるが、元天使として無意識に街をメチャクチャにするのは避けてるのか、公園での一撃と、さっき斬った木以外、無駄な攻撃はしてこない。それが救いではあるのだが、相変わらず殺気満々で追いかけてくるから、俺の体力が尽きたら確実に斬られる。つーか、元でも天使が人を斬っていいのかよ! あ、だから堕天使なのか。
いや、くだらないことに納得していないで逃げろ、俺!
俺は結構な速さで走ってる。それに、曲がり角を駆使して何とか撒こうとしてるのに、なんで追ってこれるんだよ、あの貧乳女!
「また言ったなぁ!よっぽど斬られたいらしいね、つ~ば~きぃ~!」
やべぇ〝読心術″!だ。それで、俺の動きを読んでたのか。だから追ってこれたのか。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
「いまさら謝ったって遅いよ!」
うわぁー!たぁすけてぇ!
俺は走る足を止めた。別に逃げるのを諦めたからではない。
柊も羽をとじ、地面立っている。俺を斬ることをやめて、俺と並んで立っている。
バカなゲームをしている場合じゃない。ゲームというか、一方的に俺が殺されかけていただけなのだが、取りあえずゲームは一時中断だ。
緊急事態だ!
楸 Ⅳ
おいおい、勘弁してよ。なに勝手に俺の羽を勝負の景品にしてくれちゃってるの?
それに、元は椿と凶暴女・柊の両方を痛めつけられるかもって提案したゲームなのに、なに勝手にルール変更してんの。
そのゲームだと椿のハードルが低いし、柊が椿の力を確認するためにやるんだから椿の方が有利というか、負けは無いんじゃないの?
ヤバいな。今のうちに逃げよっかな。
俺が身の危険を感じてエスケープを考えていると、椿が何か言った。
「柊だって一応女なんだろ?」
あれ?椿、何言おうとしてる?なんか寒気がするんだけど。
「え?やっぱり違うのか?最初から気になってたんだよ」
おいおい、まさか。やめとけよ。
「だって胸ねぇじゃん」
ブチッ!
あ、柊キレた。
あ~あ。言っちゃったよ。これで、柊の負けは無いかもしれないけど、今度は椿の命が危ないな。 ま、俺としては自分の羽の安全が保障されたようなものだけど。
「おーい、椿ぃ」
俺は、怒り震えている柊の後ろから、命知らずのバカに声をかけた。
「あぁ!何だよ?」
「先に謝っとく。あと、死ぬなよ」バトルするように仕向けたのは俺だし、一応ね。
「はぁ?」
あの反応だと自分がとんでも無い地雷を踏んでいることに気づいてないな。早く逃げないと爆発するよ、それ。
「つばきぃ…アンタァ……ぶっ殺す!」
マジでヤバい!
柊のヤツ、ブチ切れてアレまで使ったか。それに、椿の反応を見たところ、視覚防壁解いてないな、たぶん。
椿にはアレが見えてないとなると、ゲームどころじゃないな。一方的なバトルというか処刑になる。
「逃げるなぁ!つばきぃ!」
俺のせいかもしれないけど、ああなった柊を止めるのは骨が折れるし、止める役は自称主人公の椿に任せるか。
「頑張れよ、椿。死ぬなぁ」
応援ぐらいはしてやろう。
あ~あ。行っちゃったよ。
てゆうか、どんなスピードで逃げるんだよ、椿は。必死だな。
それより、これってチャンスじゃない?今は邪魔者もいない、榎ちゃんと二人っきりだ。
「どうする、榎ちゃん。バカ二人はどっか行っちゃったし、俺たちもどっか遊びに行く?」
「ダメだよ!追っかけよ、天使さん」
一瞬で断られた。ちょっとショック。
それに、追いかけるの?
「え~」めんどくさいな。
不満を漏らした俺は、あれ、と榎ちゃんの異変に気付いた。
あれ?榎ちゃん、ちょっと怒ってる?まさか、俺が仕向けたことだってバレてる?
「ど、どうしたの、榎ちゃん?」
「まさか、椿君があそこまでデリカシーないこと言う人だとは思わなかった!柊さんも怒って当然だよ」
あ、そっちか。よかったぁ、俺じゃなくて。でも、椿を擁護するワケじゃないけど、あれ、怒るっていうレベルをだいぶ超えてない?
「だから、ひと言椿君にガツって言ってやらなきゃ」
榎ちゃんが言うのを聞いて、俺は、あれ、と閃いた。
あれ?これってもしかして別のチャンス到来?榎ちゃんの中の椿の株を下げることができるんじゃないの?
それなら、話は別だ!
「よし、行こう。早く二人を追って、椿のバカに説教してやろう、榎ちゃん」
「うん!」
レッツ・ゴー!
待ってろよ、椿。榎ちゃんに呆れられ、怒られるまでは死なずに待ってろ。
「おいおい、柊のヤツ、暴れすぎじゃない?」
二人の後を追っていて、俺は、驚愕を通り越して呆れた。
木が道路をふさいじゃってるよ。どうすんの、あれ?
それにしても相変わらずスゴイ斬れ味だな。幅一メートル弱の太さの木を真っ二つかよ。
それより、何処に行ったんだ、あの二人は?椿は結構な速さで逃げ出してたし、もうこの街から出てたりする?
あ~走りづらい。やっぱり下駄で走るのには無理があるな。いっそ飛んじゃえば楽なんだけど、榎ちゃんは走ってるしな。俺もちゃんと走らないと申し訳ない気がする。
「はぁ、ねぇ。何処に行ったんだろ、二人とも」
榎ちゃんも疲れてきたのか、息を切らして立ち止まった。助かった。俺ももう走るのはしんどい。さっさと二人を見つけないと、俺の体力がもう無いよ。
あ、そうだ。
「榎ちゃん。これがあった」そう言って、俺は浴衣の袖口に手を入れ、白い人型の人形を取りだす。
そう!これこそ、五十嵐さん作『天使を呼べ!叫べ!お前の気持ちをさらけ出しちゃいなよ、君 4号』だ。
「あれ?前の青い子とは違うね」
さすが榎ちゃん。するどい。まさかその違いに一瞬で気付くとは。
「そう。これは『天使を呼べ!叫べ!お前の気持ちをさらけ出しちゃいなよ、君 3号』を超える、その名も『天使を呼べ!叫べ!お前の気持ちをさらけ出しちゃいなよ、君 4号』だ。前の3号は最初から青色だったけど、コイツはキャッチした人間の思いに合わせて色が変わるの」
榎ちゃんは俺の説明を聞くと、俺から人形を受け取り観察している。「へ~」と興味深そうに…あ、抱きしめた?人形のくせに生意気な!
ふー、落ち着け、俺。
人形なんかに嫉妬するなんてカッコ悪いぞ。落ち着いて人形の説明を続けよう。でも、なんか榎ちゃんは説明に興味なさそうだな。
しょうがない。モノローグで済まそう。
説明しよう。この人形は、前3号と違って色が変わるという新機能が付いた。起動の仕方など、操作方法などに変化はない。コイツはキャッチした人間の想いに合わせて色を変える。例えば、青色に変化したら落ち込んでいる。緑色に変化したら身体の不調などで苦しんでいる。ピンク色なら色恋沙汰で悩んでいる。こんな感じだ。この機能が付いたことで、相手の感情がどういった状態にあるかが分かりやすくなったし、面白い。そう五十嵐さんからもらった説明書には書いてある。なるほどね。
どう考えても、この辺で今一番天使の、つまり俺の助けを必要としているのは椿でしょ。だから、今この人形を起動させれば、椿はピンチの真っただ中にいるはずだから人形が黄色になって憐れな子羊の所に導いてくれるはずだ。
じゃあさっそく使おうな。
そう思って榎ちゃんに人形を返してもらった時、「うわぁー!」という椿の叫び声が聞こえた。
「天使さん。椿君意外と近くにいるよ。こっち」
そう言って榎ちゃんはまた走り始めた。
確かに近くにいるみたいだ。この辺をグルグル逃げ回ってたのか、椿は?
椿がいる場所が分かったとなると、これの出番はないな。出番も無く、紹介しただけで『天使を呼べ!叫べ!お前の気持ちをさらけ出しちゃいなよ、君 4号』をまた浴衣の袖の中にしまった。
ヤバッ。榎ちゃん、もう先に行っちゃってるよ。
待って。俺、下駄で走りづらいんだよ。
下駄履きでも何とか走って、榎ちゃんに追いついた。
そして、一緒に走っていると、すぐに椿と柊の二人の姿を見つけた。
街通りから逸れる様にして建つアパートの前に、いた。
ゲームが終わったのか、二人は並んで立っている。椿が生きてるところを見ると、柊が負けたのか?
いや、違うな。まだ勝負はついてないんだ。一時中断しているだけだ。
緊急事態だ!
火事だ!
椿 Ⅲ
怒り狂う柊から逃げていたら、火事の現場に来てしまった。
二階建ての古い木造アパートの一階部分から火の手が上がっている。まだ、火が着いてから時間は経っていないらしく火の勢いはそこまで強くはないが、黒い煙がもうもうと上がっている。この建物の住人と思われる人々も自分の家が燃えていることに気づけたようで次々と外に出てきた。
俺たちは、アパートの入口に当たる部分と反対側、窓から中の様子が窺える裏側にいる。
火を見てビビったのか、エサを前に興奮する動物のように暴れていた柊も、冷静さを取り戻していた。
「椿君。これって、もしかして…放火?」
いつの間にか天使と一緒に俺たちの横に立っていた榎が、そう訊いた。
「放火?何で放火だって分かるの、榎ちゃん」
火を見てうろたえる天使に、榎に代わって俺が答える。榎には消防に連絡するよう指示を出した。
「最近この辺で多いんだとよ。こんな感じの古い建物を狙った放火ってのが」
冷静であろうとは思ったが、つい早口になった。
「でも、このぐらいだったら消防が早く来れば、被害も小さくて済むんじゃないか?」
天使がそう言うのを聞いて、俺は、嫌な予感がした。
冷静に考えろ!この街の消防署はどこにある。そこから、ここへの最短ルートはどうなる。その間になんかあるだろ。
そして、俺の頭は、眼を逸らしたくなるような答えを導き出した。
俺たち、というか柊が倒した木だ!
頭の中の地図に、ここと消防署を結ぶルートに、バツマークが記された。
あれが、あの木があるせいで、消防車はここへ来るのに時間がかかるんだ。
天使もそのことに気づいたようで、柊のことを見た。当の本人は、この街の地理には詳しくないのか、まるで気付く様子も無く、焦りも浮かべず何かを考えている。
せめて住人が逃げ出してくれたことが救いだと思っていたその時、俺たちの頭上から声が降ってきた。
「たすけてー」
「おい、椿!今、声…」
アパート二階、どこかの部屋から子供の声が聞こえた。表側の逃げ出せた住民の喧騒にかき消されそうだったが、確かに聞こえた。
天使もそれに気付き、青い顔をしている。
子供は、逃げ遅れたのか助けを求めている。いや、逃げ遅れてるんじゃなく、きっと怖くて動けないんだ。
やべぇ!消防が遅れるってのに、子供が残ってるのかよ。
子供は助けを求めるのに必死で、窓を閉めるといった火事の対策はしていないようだ。そのお陰で子供の声が聞こえたというのもあるが、そういう部屋はいくつかあるし、火が回ったら最後、一気に炎の勢いが増して子供の命が危ない。
「だれか、たすけてぇ」
また、声が聞こえた。やはり、気のせいなんかではない。
俺のせいだ。俺のせいで消防が遅れるんだ。
俺が何とかしなくちゃ!
「ちょうどいいね」
俺が自分の失敗を悔いて、子供を助ける方法を考えていた時、柊の声が聞こえた。
「ちょうどいい、だって?」何言ってんだ、こいつ?
「そ。アンタは全然攻撃してこないで逃げてるだけだし、またルールを変えて、その放火犯を捕まえた方が勝ちってのはどう?この燃え方なら、おそらく犯人もまだ近くに…」
「ふざけんなぁ!ちょうどいいってなんだよ!」俺は柊に掴みかかりこそしなかったが、怒鳴った。「下らねぇゲームやってる場合じゃねぇんだ!」
「じゃあ、どうするってのさ」柊は声を荒げないが、強い目で俺を見つめ返し、言う。
「俺が…助ける…」
「ハッ。あの火が見えないの?じきにもっと広がって、入って行ったアンタもおっ死ぬよ。消防が来るのを黙って待った方が…」
「うるせぇ!」柊の声を自分の中の不安と一緒に消すように、俺は叫んだ。「なんもしねぇなら、引っ込んでろネギ女!」
何なんだよ?堕天使でも天使だろ。人を救う気はねぇのか。
「おい、椿」
失望感を覚え、覚悟を決めるというよりは自棄に近い感情のまま燃える建物に入ろうとする俺を、天使が呼び止めた。
「なんだよ!止めたって行くぞ俺は」
「止めないよ。ただ、帽子は取ってけ。燃えるぞ」
たしかに、新しく予備は買ったとはいえ、せっかくのトレードマークを灰にしてしまう。それに、帽子から頭に燃え移ったらシャレにならん。
「……持ってろ」
「はいよ。代わりにこれ」
俺が天使に帽子を投げて渡すと、天使からペットボトルが投げ返ってきた。中には水と思われる透明な液体が入っていて、『天使の天然水』と明らかに手書きのラベルが貼ってある。
「高橋さんが持たせてくれてたんだ。水が入ってる。気休めかもしれないが、無いよりはいいだろ」
まさか、高橋さんはこの事態も予知してくれてたのか?
「サンキュ」
俺は受け取った水を頭からかぶった。火の中に入る時はこうするんだろ?
さてと…行くか!
楸 Ⅴ
行ったか、椿は。
最悪、多少不自然でも俺が窓から助け出してやるから、変な所で力尽きなければいいよ。
それにしても、とんでも無いコト言ってたな。ネギ女って。あれって柊の肌が白いことと、柊の体型が 胸が無くてほっそりしてることをかけてるんだよな。きっと。
プッ、ネギ女って。じわじわキタ。椿にしてはイイこと言うな。
それより、ブチ切れるかと思ったけど、柊も立ち尽くしてるだけで、何も言い返さなかった。
「うわぁあ!」
突然、火の勢いが増した。
おいおい、こりゃグズグズしてたら椿でもヤバいんじゃないのか?榎ちゃんも心配そうに見てるけど、「あんまり近づくと危ないよ」と俺は、下がるように言った。
「おい、楸!」
立ち尽くしたまま椿の背中を見送り、炎を見ていた柊が、そのままの姿勢で俺を呼んだ。
「ん、どうした?」ネギ女。
「アイツ…椿って何なの?」
声の感じからして怒っているワケでもないようだ。ただ、疑問が解けないことを不快に感じているような声だ。いったい何を聞きたいんだ?
「椿はああいうヤツだよ」
「男のくせに半ベソかいて怒るヤツなの?」
なんだよ。また椿のヤツはビビってんのか。あれほど泣くなって前に言ったのに。
「それはたぶん、自分たちが暴れたせいで消防車が遅れると思って、それで子供が死ぬんじゃないかって怖くなったからだね」
「ハッ。それって結局、自分が可愛いからかよ!」
「そうかもな。でも、もし自分の責任とは関係ない所で人が死にかけていたとしても、あいつは行くと思うよ」
「…なんで」
「椿は、臆病だから。たとえ他人でも人が死ぬことを受け入れるのが怖くて、嫌で、だからなんとかして助けられないかって足掻くようなバカなんだよ。たぶん」俺も椿とは会ったばっかりに近いから正しくは言えないけど、何となくそう思った。
自分で言っておいてアレだけど、なんか照れるな。なんか別の愉快な理由でもつけて明るくしたい。シリアスもいいけど、お茶目な楸さんでいたい。うーん。…あ、そうだ。
「それに、椿はダークヒーローになる男だ。ヒーローがピンチの人を見て見ぬふりはしないだろ」と言ってニィッと柊の方に笑って見せる俺。これでいいだろ。
「バカだね。アンタも…椿も」おい!俺と椿を一緒にするな、ネギ女。
せっかく笑いかけてやったのに振り返りもせず、ネギ女は羽を広げた。椿を助けに行く気なんだろう。こいつもバカだから。
「五回」
柊は、唐突にそう言った。
「…は?何の回数?」
「アンタがアタシを『ネギ女』って言った回数。あとで覚えてな!」
〝読心術″オンにしてらっしゃった!
俺にそう言い残し、柊様は飛びあがると、窓から子供がいる部屋を探しに行った。
俺は、その勇敢な御姿を見送る。頑張れ柊様!
てゆうか、こんなお茶目は嫌だ!あいつが帰ってきたら俺が殺される。逃げなきゃ。
いっそ焼きネギにでもなっちまえ!
椿 Ⅳ
俺は天使からもらった水を頭からかぶり、アパートの表側に回った。そこには燃える建物から逃げ出せた住人や野次馬がいた。
あの子供がいる部屋へはアパートの横に取り付けられている階段を上って二階へ行くしかない。
燃えるアパートに向かって走る俺を見て住人なのか野次馬なのか分からないが誰かが止まるように叫んだ気がした。もしかしたら人助けに向かうダークヒーローに対する声援だったのかもしれないが、今はそれに応えてやれる余裕はない。
幸い階段はまだその役目を果たしてくれるようで、俺は階段を駆け上がりながら、一瞬で簡単にイメージした。
こういう場合は、時間との勝負だ。早く子供を見つけて、建物が崩れたり、炎に周りを包まれたりする前に脱出する。つまりスピードがモノを言う。
急ごうと思い、脚に力を入れたら階段の最後の段が崩れ、つまずいた。驚きはしたが、転ぶことも、転落することも無かった。
あの階段は俺が帰る時も残っていてくれるかな?なかなかガッツのありそうな階段だし、心配しなくとも最後までヒーローの道でいてくれるだろう。階段に言葉を持たせたら、あの階段はきっと「俺のことはいいから、先へ行け!」とでも言ってくれるはずだ。俺もいつかそういうセリフを言ってみたい。
熱さからか、バカなことを考えているうちに部屋の前に着いた。
こんな非常事態の時はてっきり開いているものだと思っていたのに、扉は俺の入室を拒む。そんな悪い扉はぶち破る!入口のドアがなくなったので部屋に急いで入ったが、そこに子供はいなかった。
すぐに気付く。部屋を間違った。ここじゃないらしい。
急いで隣の部屋へと意識を切り替える。この扉も一筋縄じゃいかず、ドアノブを持ったら高温になっていて俺を拒んだ。熱かったが扉に鍵はかかっておらず、何とか開けた。あけた扉のその先には、煙に包まれる子供の姿が見えた。子供だけで家にいるのに、戸締りもしないなんて不用心だとは思ったが気にしない。あの熱いドアノブはなかなかの防犯になる。火事の時、限定で。
この家はアメリカンスタイルであることを願い、土足のままでお邪魔します。
あいさつもしたので急いで家に上がり、子供のいる部屋に近づく。
その時、予想外の事態発生。いや、発生はしていない。
ただ、子供が二人だった。
幼稚園児と小学二年生くらいの、どちらも男の兄弟。
幼稚園児の方は意識を失っているようで倒れていて、もう一人の子供が咳き込みながら必死に「がんばれ」「もうちょっとの辛抱だ」と声をかけている。俺が「大丈夫か?」と声をかけると、それだけで安心してしまったのかもう一人の子供も気を失った。
俺は、子供が二人いるという予期していなかったことに、いまさらながら強い危機感を覚えた。自分の手には負えないのではないか、と弱気な思考が頭をよぎる。
だが、余計な事を考えている暇は無い。できるかどうかを考えるよりも、俺は動いた。
駆け寄って二人の生死を確認してみる。弱っているけど、ちゃんと息をしている。かろうじてなのかもしれないが。
これはマジで急がないとマズいな、と俺が、早速二人を担いで逃げようとした時だった。
ピピーッ! とタイムオーバーを知らせるホイッスルが鳴った気がした。
それはやはり気がしただけで、まだ時間切れではない。だが、状況は一気に最悪だ。炎が勢いを増して部屋を包むように燃えた。逃げ道が無くなってしまった。
「おいおい、マジかよ…!」
ここまで来たら、あとは逃げて終わりでいいだろ。逃げるシーンはカットで炎から俺が出て行って皆が迎えてくれればいいだろ!俺が見たマンガはそうだった!
どうする?こんな時はどうしたらいい?
逃げ道はふさがれた。残る道は一つしかない。窓からの脱出だ。だが、できるのか?
俺一人ならできる。絶対出来る。三階くらいまでの高さならたぶんできる。そしてここは二階だ。
だが、今は子供二人を担いでいる。一人ならおぶるなりして衝撃を減らしてあげられるが、二人を肩に担いだ状態じゃ無理だ。弱っているこの二人が飛び降りる衝撃に耐えられるとは限らない。
迷っていたら炎が急かしてきた。
どうやら迷っている時間はないらしい。覚悟を決めて飛ぶしかない。あとは運に任せる。
俺の肩には今、二つの命が乗っている。
近づく炎と窓を交互に見る。
…ホントに……行けるのか…?
「なっさけない顔だね。さっきの勢いはどうした」
俺が尻込みしていたら、窓の外から柊の声がした。そして、炎の動きがピタッと止まった。今の言葉は俺に向けられたのか?違うな。何故か今は揺らぐことも無くピタリと止まった炎に言ったのだ。炎のさっきの勢いはどうしたんだ。
「バーカ!アンタに言ったんだよ。さっきの勢いはどこに行ったんだって」
そう言いながら、柊は、ガラスの無くなった窓から部屋に入ってきた。
「よ、よう、柊。何しに来たんだ?」
俺は二階にあるこの部屋に堕天使がどうやって来たのかとか、そういうくだらないことで驚きはしなかった。気を遣うように黙った炎の方が驚きだったし、さっきネギ女と言ってしまったことで柊が怒っているんじゃないかと思っただけだ。
柊は、微笑を浮かべて答える。
「ハッ!何しに来たって?アタシが来なきゃアンタは焼死か転落死、運が良くても大けがだってのに」
「なんだよ。今頃助けてくれるってのか?」
「ハッ。今頃って。じゃあ聞くけど、その炎はどうして止まったんでしょ~か?」
堕天使とはいえ元天使の柊が来てくれて安心したのか、俺はだいぶ冷静になっていた。その冷静になった頭で考える。
「どうしてって…ミラクル?」
「バーカ!アンタ、楸から訊いてるんだろ?アタシには天使の資格以外に〝悪魔の能力″があるって」
「じゃ…これ、柊が?」
「そ。」柊が、ない胸を張っていった。「アタシの悪魔の能力の一つ〝空間凍結″。炎ごとこの部屋の空間を凍らせたんだよ」
マジかよ。悪魔の能力ってこんなにスゴイのか?
とにかく助かった。とりあえずは。
「じゃあ、柊。こいつら降ろしてやってくれよ」
俺一人なら窓から飛び降りられるから、この二人を柊に任せればいいと思って頼んだ。
しかし、柊にはあっさり断られた。
「バーカ。アタシが担いで飛び降りたら目立つだろ」
「は?」
「アタシは、人間の姿は消せないから、目立つってんの」
「じゃあ、どうすんだよ?」結局、逃げ道は無しか?
「だから、アンタが逃げる道を作ってやるよ」
柊は、動きが止まって今は壁のようになっている、炎がふさいでいる出口の方を指さして言った。俺は、回れ右をして、柊が指さす炎の壁を蹴ってみるが、足が突き抜けることも炎の壁が壊れることも無かった。
「いや、炎が固まってて先に行けないんだけど…」
と非難するように言って、俺は柊の方を振り返る。すると、柊は何処から出したのか、柊の身の丈ほどはある大剣を右手に持ち、肩に担いでいた。
「お、おい。なんだよ、その剣?」
「これが、アンタが勝った時に見せるって言ってたモノよ。悪魔の能力の一つ〝悪魔の剣″アタシのお気に入り。」
そう言うと、柊は大剣に軽く口付けした。
俺はその大剣を見て、説明を聞いて、今日感じていた疑問が解けた。
柊はずっと視覚防壁とやらで大剣を隠していた。喫茶店に行った時も背負っていたか椅子に立てかけていたんだろう。榎はその大剣を見て怯えていたんだ。そして、俺や普通の人間には見ることができないはずの大剣が榎には見えていたことで、柊は榎の力を確認した。柊が俺を攻撃していた時もこの大剣を使ったんだろう。カマイタチなんかじゃなかったんだ。つーか、隠したまま斬りかかるなんてフェアじゃないだろ。
「どいてな、椿」
俺が疑問の清算をし終わると、柊は俺を押し退けて前に出た。
そして、炎の壁の前に立つと、柊は大剣を右手一本で一振りし、炎の壁を切り崩し、道を切り開いてくれた。その細腕のどこにそんな力があるんだ?余計なとこだけ発達して胸は育たなかったんだな。
「なに?アンタも斬られたいの?」
柊は、俺に大剣の切っ先を向け、言った。
え、今も〝読心術″オンにしてる?そんなでけぇ剣で斬られるのなんてごめんだ。たとえ小さくても斬られたくはない。
「嘘だって。ほら、早く道を作ってくれ」
俺から切っ先を外し、柊は、次々と立ちはだかる炎の壁、ついでにこの家の扉も斬ってくれた。俺は、子供二人を担ぎ、柊の後に続いて炎の壁の斬られた残骸を乗り越えて行き、部屋を出た。
外に出て気づいたが、微かに何か冷たいモノが当たるのを感じる。アパートの前を見ると赤い車がいた。俺が思ったよりも早く消防車は来たらしい。今も全力で消火活動をしている。早く来て良かったが、俺の周囲はまだ良くない。
「おいおい、こりゃヤバいんじゃないか!」
俺たちの目の前、というか周り全部はまだ炎に囲まれていた。今いた部屋とは比べ物にならないほど燃えている。来る時に通った通路も燃えて所々砕け落ち始めている。
「何がヤバいって?」
柊がそう言って左手を前に出すと、炎も、崩れかけていた通路もピタリと動きが止まった。〝空間凍結″ってやつを使ったらしい。
「ははっ。野次馬が増えるんじゃないかなって…」
俺がそう言うと、柊は「ハッ」とだけ笑って、また道を切り開き始める。
柊は、自らの姿は消して飛びながら、集まる野次馬など周りからは不自然に見えないように最小限の〝空間凍結″を繰り返し、立ちはだかる炎を斬って進む。俺もそれに続いていく。見ると足元が不安定な場所がほとんどだが、柊が〝空間凍結″で凍らせてくれた空中に浮かぶ足場を跳んで渡って進む。
来る時に俺を支え、役目をしっかりと果たしてくれた階段も無残な姿になっていたが、柊が凍らせてくれたおかげで空中に留まっている部分がまだあったから、なんとか段跳びで駆け下りることができた。
「ここまで来ればもういいか。あとはがっつり怒られてきな!」
俺が階段を跳び下り、無事脱出できると、柊はそう言った。柊に礼を言いたかったが、柊はさっさと飛び去ってしまった。まぁ天使たちの方に戻っただけだろうから後でちゃんと言えばいいか。
炎は何とか鎮火した。普通なら全焼してもおかしくないほどの状況だったそうだが、消防が頑張ったようで、ほとんど燃えたが全焼だけは避けられた。羽を生やした女が炎を斬ったことなど、誰も話題にしていない。
俺は子供二人を担いだまま、消防官やアパートの住人、増えている野次馬のところへ歩いていく。そこには、外出していて今戻って来たらしい二人の子供の母親がいた。二人の子供は救急車で運ばれた。あまり煙を吸い込んでいないようだが念のためで、助かるとのことだ。柊が煙ごと凍らせてくれたおかげだと思うが、おそらくそれが見せないヤスリのようになっていたのだろう、俺には身に覚えのない傷があちこちにあって、痛い。母親には何度も頭を下げられお礼を言われたが、俺だけの力ではないし、照れ臭かったので適当にあしらった。
その後は柊が言った通り、「無謀すぎる!」「無事だったからいいものの、いや、やっぱりよくない!」「死にたいのか!」と消防官に怒られた。子供を二人も救ったダークヒーローに何を言うんだとは思ったが、しょうがなく聞いた。「子供を助けたのは立派だが、やはり無謀すぎる。助かったのが奇跡だ」とのことだ。確かに、堕天使が助けてくれたんだから奇跡といっていいのかもしれない。
ひとしきり怒られたところで、俺は、消防官に「早く来られたのですね」と言った。消防官は「日々鍛えているんだから当たり前だ」と言う。途中で木が倒れていて最短とはいかなかったが、ひとつ道を手前で曲がるなりすれば何ら問題なかったと今回の手際の良さを誇っていた。
つまり、柊は、俺と天使なんかよりも地理に詳しく自分たちがやるべきことを冷静に判断できていた、ということになる。天使が助けると目立って問題になるから、ここは人間の消防に任せて自分たちは問題の根源である放火犯を捕まえようということだった。でも、結果として俺は人を救ったんだし、いいだろ。
これ以上この場に留まって面倒事に巻き込まれるのは避けたい。
今はまだ潜伏期間であるはずなのに目立ちすぎた。俺は別に悪いことはしていないのに、人目を避けてその場から急いで立ち去った。天使たちがいる所へ行こう。
アパートの裏に来た。野次馬は賑やかな所に集まるようで、消防車があって消火活動をしている表には多くいたが、この辺にはほとんどいない。
てっきり三人で迎えてくれるのだと思ったのだが、天使の姿はそこには無かった。
「よ、おつかれ」
俺は、特に何事もなかったかのように、二人のとこへ行く。
すると、俺に気づいた榎が、目に涙を浮かべて駆け寄ってきた。抱きつかれると、満身創痍の俺は痛みによろけた。俺の手はどこに行くべきか悩んだが、榎の頭上においた。
「おいっ、なに泣いてんだよ?」
俺は笑って言うが、榎は泣いたままだ。
「だって…つばきくん…怖かった……あんまり危ないことしないでよ」
「…ああ。心配掛けて悪かった」とりあえず離れてくれ。身体が痛いし鼻水も付く、それに、柊には無いモノが当たってる。
榎を引きはがし、天使はどこに行ったのかを訊ねると、「さっきまではここにいたんだけど、柊さんが戻って来たら急いでどっかに飛んで行っちゃった」とのことだ。あいつは今日何をしていたんだ?
ポニーテールにしていた髪をほどき、ぐったりとして地面に座っている柊のもとに行こうとしたら、どっかに飛んでいったらしい天使の怒鳴り声が、頭の中に響いた。
『おい!なにお前、榎ちゃんに抱きしめられてんだよ!』
テレパシーか。今の様子を見ていたということは、まだ近くにいるらしい。
「うるせぇよ」俺は、どこにでもなく怒鳴り返した。「つーか、お前は何してんだよ!」
『楸さんは今、逃げてます』天使の声が平常時のふざけたものに戻った。
「は?」
『ちょっとしたピンチってヤツだよ。俺は常に危険と隣り合わせの男だから』
「意味わかんねぇ」
『そうだ、椿。ご苦労ついでに柊のことよろしくな』
「そういえば、どうしたんだ?柊、疲労困憊のようだが…」つーか、普通に会話できるんなら姿見せろよ。
『柊は今日、『読心術』に『悪魔の剣』、『空間凍結』も使ったのか? とりあえず力の使い過ぎでバテバテなんだよ。しばらく休まないと歩けもしないだろ。椿に責任があるんだからよろしくな。じゃな』
そう言うとテレパシーが切れ、天使の声は聞こえなくなった。
俺たちの前に姿を見せず離れたとこからテレパシーを使ったのはたぶん、柊という危険から逃げないといけない理由があるのだろう。
さて、天使の言う通りなら、柊が疲れきっているのは俺を助けてくれたからということになる。天使の言うことに誤りがあっても、柊に助けられたのは事実だ。
「柊、大丈夫か?あと、ありがとな」座っている柊の上から声をかける。
「ハッ。いいよ、別に。それより、早く回復して楸のヤツ、ぶった斬る」元気そうだ。
「ははっ。そん時は手伝うよ」やっぱりあいつ、なんかしたな。
この後どうするか悩んだが、とおりあえずこの場からは立ち去りたい。
柊には悪いが、休む場所を移してもらおう。
「キャッ!」俺が柊の手首を掴んで起き上がらせ、そのままの勢いでおんぶすると、柊は短い悲鳴を上げた。「おい!なにすんのよ。降ろせ、椿!」
柊が喚いて暴れる。「キャッ」だってよ、似合わねぇ。
それにしても意外と重いな。その大剣のせいか?
「さっきいた公園に行くぞ。あそこに今日買った帽子置き忘れた」
「勝手に行けよ!アタシを降ろせ!」
「いいだろ。柊もそこで休めよ。んで、少し休んだら俺のトレードマークを選ぶの手伝ってくれ。榎以外の女性目線が必要なんだ」歩きながらそう説明した。
泣きやんだ榎も付いてきて、「うん。一緒に行こう」と笑った。
「…ハッ。超カッコいいヤツを選んでやるよ」
そう言うと、柊は大人しくなった。
それにしても、榎と違ってやっぱり柊の胸は当たらないな。そう思っていたら、柊に後頭部を殴られた。早く休めよ。
前三話を読んでくださった方は、薄々予想できていたかもしれません。
柊、という名前のキャラクターが登場しました。
ということで、とりあえずの主要人物がそろいました。
椿:自称「主人公」の主人公らしくない主人公。大学生兼 ヒーローの卵。
楸:浴衣を着た天使。くせっ毛。痩せ型。
榎:椿の幼馴染の女の子。頭がフルユワ系。一人暮らしをしているので、いちおうしっかりした面もある。
柊:「聖なる堕天使」を自称する天使の女。細身。勝気。貧乳。
身長は、椿と楸がほとんど一緒で、高いです。二人よりやや小さく柊、榎が一番小柄です。どうでもいいかもしれませんが、いちおう。
前書きでも触れましたが、架空の世界をぼんやりとさせたまま書いています。なので、話によって街の見え方が変わるかもしれません。
表現を敢えて省いているという部分も、本当に一部はあるのですが、それ以外は私の実力不足によるものです。なので、読んでくださる方には、寛大な心と、私の実力不足を補っていただくための想像力を求めることになるかもしれません。もちろん私自身精進する所存ではありますが、何卒よろしくお願いします。