表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天使に願いを (仮)  作者: タロ
(仮)
47/105

番外編 十二時までの魔法をあなたに

冒頭で言い訳がましい説明があります。


 むかしむかし、ある所に、シンデレラという名の女の子が…。

「ねぇ、ちょっといい?」

 はい?どうしました、楸さん。

「その『むかしむかし』っていう始まり方、それであってるの?それって、日本昔話の始まり方なんじゃ…」

 いや、そんなこと言われても…。

「それに、シンデレラって女の子なの?舞踏会行って、最後は王子と結ばれるんでしょ?なら、それなりの年齢なんじゃないの?女の子って…」

 そこは、ほら…昔の話だから、女性の成人とみなされる年齢が、今でいう女の子で通るくらい若かったとか。

「おいクソ天使」

 おや、椿。

「お前、ナレーションっつーか地の文と普通に会話してんじゃねぇよ。つーか、何で俺は呼び捨て?」

「まぁまぁ。いいじゃない」

「はあ?」

 そうですよ。今回は何時だかの『桃太郎』みたいな、特殊な番外編だから。いいじゃない、テキトーで。それに、シンデレラの話ってうろ覚えなんですよ。大体、昔読んだことあるのかないのか、その曖昧な記憶も確かなモノなのか怪しい位なんですから。

「そんな話すんなよ」

 大丈夫。

「何がぁ?」

 大まかなストーリーラインは覚えているつもりだし、原作通りに進むワケ無いし、それにやってみたいっていう意欲作なんだから、出来れば温かい目で見守って欲しい。

「上手い感じで誤魔化してんじゃねぇよ」

 ということで改めて、はじまりはじまり~

「無視すんな、おい!」



 むかしむかし、ある所に、シンデレラという名の女の子が居ました。

 シンデレラは、何らかの事情があって、意地悪な継母とその連れ子である姉たちと一緒に暮らし、彼女等に日々苛められていました。

「いじめられてもへっちゃらだけど、役なので仕方なく、シクシク…」

 下手な泣き真似をしながら柊シンデレラは、山のように押し付けられる家事をこなしていきます。今は、リビングの掃除中です。

 そこへ、一番下の姉・榎が近づいてきました。

「大丈夫、柊さん?何か手伝えないかな?」

「あの、榎ちゃん…。気を遣ってくれるのは嬉しいんだけど、ここは意地悪な姉として接してくれないと…」

 柊シンデレラは、戸惑いの声をあげました。

 そうだった、と自分の役を思い出した榎でしたが、いざ意地悪く接しようと思ったら、どうすればいいのか分からなくなり、黙ってその場から居なくなりました。

 その榎と入れ替わるようにして柊シンデレラの所へ来たのは、榎の姉・篝火でした。

「そうよ…どうせ主役でハッピーエンドが約束されているんだから、今のうちに辛い思いさせるべきでしょ」伏し目がちで暗い雰囲気を纏った篝火は、「はぁ~羨ましい。ガラスの靴、脱げた拍子に粉々にならないかしら」と呟きました。

「陰湿っ!てゆうか、ガラスの靴とか先の展開を持ち出すのやめろ」

 柊シンデレラは、この姉が苦手です。

 だから、さっさと追い出します。

 また、篝火と入れ替わるようにして一番上の姉・雛罌粟が入ってきました。

「あの、すいませんヒナさん」雛罌粟が入ってくるなり、柊シンデレラは「姉って、たしか二人じゃありませんでしたっけ?」と疑問を口にしました。

「えっ?そうなの?私、てっきり三姉妹かと」

 雛罌粟は、戸惑いました。

 柊シンデレラは、もっと戸惑っています。何故なら、「それじゃあ、継母は誰なんですか?」という疑問が一つ、雛罌粟よりも多いからです。

「あんたたち、さっきから何騒いでいるザマス」そこへ、柊の気になっていた人物、継母の十六夜が来ました。「そろそろ舞踏会ザマスよ」

「いや男じゃん」

 柊は、冷たい声ですぐにつっこみました。

 十六夜は、けばけばしく女の化粧を施した男だったのです。でも、ここでは継母です。

「何でアンタが継母やってんのよ」

 継母に対する言葉遣いとは思えません。

 しかし、その口の悪さを咎めることなく、継母は、柊シンデレラの疑問に答えます。

「いいでしょ~。僕、この意地悪な継母役をやってみたかったんですよ」誇らしげにそう言うと、十六夜は、舞踏会用に着ている豪華なドレスのスカートを持ち、小首を傾げ、上品な貴婦人を思わせるような挨拶をしてみせました。「どうザマス?似合うザマショ」

「いや、気持ち悪い」柊シンデレラは、正直です。御世辞などは使わず、率直な感想を言いました。「その『ザマス』って言うのも、胡散臭いし」

「そうですか?」十六夜は、少しムッとしました。「これでも僕、人一倍みんなより役作りして来たんですけどね」

「それは立派かもだけど、まず大前提として、男が女役やるなって言ってんの」

「……逆宝塚」

 呆れる柊シンデレラを相手にせず、十六夜は、独り言のようにそう呟き、問題を解決してみせました。根本的な問題が何か残っていたとしても、柊シンデレラが文句を言わなくなったので、十六夜としては問題解決なのです。

 柊シンデレラと十六夜が雑談していたら、他の姉達も舞踏会用のドレスに着替え、リビングに集まっていました。

 姉たちを見て、柊シンデレラは、あることを思いました。

「一人多いんだし、ヒナさんが継母やれば…?」

 柊シンデレラは、姉の数に疑問を持っています。二人だったはずなのに一人多い、と。故に、解決したはずの問題をまた持ち出して来て、男の十六夜から女の雛罌粟へと、継母役の交代を進言しました。

「柊ちゃん…」そう静かに言ったのは、継母役を推された雛罌粟です。「それは、私がそれくらい歳いっているってこと?」

 雛罌粟は、顔は笑っていますが、怖いです。ここまでで一番、意地悪とは少し違いますが、意地悪な人物の雰囲気を出せています。つまり、怖いです。

 柊シンデレラは、思わず後ずさりしました。

「いえ…そういうアレで言ったんじゃ…」

 必死に弁解します。

 雛罌粟さんは、難しい御年頃です。年齢の話題なんて、大っきらいです。ですが、根は優しい人なので、自分の誤解だと分かると「そう。ならいいですよ」と柔和な笑みを浮かべました。

「お母様方、そろそろ舞踏会の時間なのでは?」

 柊シンデレラは、早くこの人たちを追い出し、話を進めようと考えました。

「あら、もうこんな時間ザマスか?早く行かないと舞踏会が終わっちゃうザマス」十六夜は時計を見て、少し慌てました。そして「シンデレラ。あなたは家のお掃除諸々、なんかやってんのよ」と柊シンデレラに言いつけ、「ほら行くザマス」と姉たちを急かします。

「それじゃあ柊さん。行ってきます……ザマス」

「榎ちゃん、無理しないで。『ザマス』は要らないよ」

 そう言って、榎を送り出します。

「私の部屋に酒瓶転がっているから、あれ片付けといて」

「……はーい」

 ここに来て意地の悪さを出し始めた篝火の命令にしぶしぶといった感じで返事をし、送り出します。

「私もまだまだイケてるってところ、見せつけて来ますね」

「はい。頑張ってください」

 気合の入れ方が一人だけマジな雛罌粟を、苦笑いを持って送り出します。

「シンデレラ」

「はい?」

「足元に気を付けて帰ってくるザマスよ。ガラスの履物が脱げちゃわないようにザマス」

「早く行け!」

 意味深に微笑む十六夜を、追い出しました。



「何なの、アイツ?」

 継母と姉達を送り出した後、篝火姉さんの部屋の酒瓶を片付けながら、柊シンデレラはブツクサ文句を言っています。原因は、継母の優しくない優しさなどです。

「フツー話の先 持ち出して皮肉言う?それに最後、もう『ザマス』の使い方おかしくなってきてるし。てゆうか酒瓶多いし!」

 部屋には、酒瓶が何本も散乱していました。つい先日も片付けたのにな、そう思いながら柊シンデレラは、酒瓶を次々とゴミ袋の中に入れていきます。そして、酒瓶を片付け終えると、今度は 酒を飲んだまま置いてあったコップを洗います。一回一回片付けてくれれば楽なのに、と恨めしく思うほどに、コップはたまっていました。

 コップを洗い終えると、今度はどうしましょうか。

 リビングはさっき掃除しました。姉達の部屋は、雛罌粟の部屋は手を出しづらいし、篝火の部屋は今やりました、榎の部屋はいつだって綺麗です。榎が自分で片付けますし、柊もつい贔屓してしまい、榎の部屋だけは念入りに掃除してしまうからです。継母の部屋は、ヤル気が起きません。掃除以外にも家事はありますが、それもやったことにしましょう。

「……遅くない?」

 手持無沙汰となった柊シンデレラは、気にしてはいけない事を気にしてしまいました。そろそろ来て然るべき人物が、でもこの時点では来る事を知らないはずの人物が、そんな待ち人が、柊シンデレラにはいるのです。

 そんな待ち人が来ない事にイライラしながら、でも立場上知らないフリをしながら、なんとも言えない微妙な気持ちをぶつけるように、柊シンデレラは、リビングの床を雑巾で拭きます。

 その床を拭くのは、何度目でしょうか。木の床なのですから、あまり水分をしみ込ませるのは良くないのでは? ですが、柊シンデレラには他にやる事がありません。ですから、一心不乱に床を磨きます。

 ここじゃなく榎ちゃんの部屋の床を磨こうかな、柊シンデレラがそう思った時でした。

 ドンドンドンッ!

 ドアを叩く音が、柊シンデレラの待ちわびていた音が、鳴りました。

 やっと来た、そう不満に思いながらも、その不満が表に出ないように意識し「はーい」と柊シンデレラは、来客の対応に当たります。

 柊シンデレラが扉を開けると、そこにいた人物は、言いました。

「お困りの様ですね。舞踏会に行きたいのですか?」

「お困りの様ですね。舞踏会行くんだったら、手を貸しますよ」

「柊さんのピンチと聞いて駆けつけました」

「おい、三バカ」

 柊シンデレラは呆れ、冷たい視線を来客に向けました。

 来客のうちの二人は、椿とカイでした。二人は、黒のローブにとんがり帽子、先がカタツムリの殻のような螺旋形をした杖を持った、いかにも魔女という身形をしています。そしてもう一人、真っ先に柊シンデレラに声をかけたのは、楸でした。楸は、浴衣に下駄履き、二人の持っている杖の代わりにとでも言ったように、棒付きのアメを持っています。

「何でアンタ等は女役やりたがんのよ。てゆうか、なんで魔女三人?」

 不満そうな表情を浮かべ、柊シンデレラは訊ねました。

 そうです。たとえ、姉の人数が二人でも三人でも、そこは大差ない事として目をつぶる事は出来ます。しかし、魔女の人数となると、そうはいきません。しかも、です。魔女の役は定員一名だというのに、今 柊シンデレラの前には、魔女が三人もいます。それも、男です。これでは柊シンデレラが怒るのも無理ないでしょう。

 柊シンデレラのご機嫌が斜めなことを察した三人の魔女は、柊シンデレラの疑問、すなわち自分達が魔女を志願した理由を順に話しました。

「俺は…柊さんのピンチだっていうから、助けようと思って…」

 カイは、まるで小学生が自分のした失敗を先生に謝るように、委縮して言いました。

「俺は、他にやりたい役がなかったから」

 椿は、まるで自分に非はないと主張する中学生の様に、ふてぶてしく言いました。

「俺は違うよ。俺は本当に、心から魔女になりたかったんだ」

 楸は、大人が思わず微笑ましく感じてしまうような、まるで可愛い夢を語る幼稚園児の様な純粋な瞳で、そう言いました。

 三人がそれぞれの魔女をやりたい想いを述べると、椿が「だったら魔女の服着ろよ」と楸に言いました。

 椿のそのバカにしたような物言いに、楸はムッとしました。

「そう言うけどね、椿とカイで予備の服まで使うから、俺の分がなかったんだよ」

 楸は、言い返します。魔女の服は二着しか用意されておらず、衣装室に行ったら もう予備も無くなっていて、自分は仕方なく自前衣装での出演なんだぞ、と。しかし、椿は謝りません。申し訳ないという想いをこれっぽっちも見せません。「早い者勝ちだから、遅れたお前が悪いんだ」と楸に言いました。そして、二人はケンカしました。ちなみにこの時カイは、不毛なケンカをする椿と楸のことになんか目もくれず、継ぎはぎが多く、とてもではないが美しいとは言い難い服装をした柊シンデレラを、それもまた素敵だと思いながら、彼女に見惚れていました。

「うるさい!」柊シンデレラの鋭い声が、椿と楸のケンカを止めました。ついでに、カイも妄想の世界から帰ってきました。三人の魔女が自分に注目すると、柊シンデレラは「え、もしかしてアンタ等、役決めで揉めて来るの遅れたの?」と気になった事を訊ねました。

 柊シンデレラのこの質問に、三人は頷きました。はい、かなり揉めました、と。

 柊シンデレラは、もう怒っちゃいたい気分でした。ですが、なんか疲れてしまいました。理由はおそらく、不慣れなつっこみ役をここまで一人で頑張ってきたからでしょう。みんなが好き勝手やって台本通りに進まないから、柊シンデレラは疲れていました。

「はぁ~」少し痛む頭を押え、柊シンデレラは溜め息をつきました。「アタシ、ちょっと中入って休むから、十分以内に魔女を一人に決めな。じゃないとアンタ等、ぶった斬るから」

 そう脅し、柊シンデレラは暫しの休憩をとる為、家の中に入りました。

 さあ、困ったのは外に残された魔女三人です。

 すっかり怯えてブルブルと震えながら柊シンデレラが室内に入るのを見届けると、慌てて話し合います。しかし、初めこそ「どうする」「どうする」の連続でしたが、簡単に解決しそうですよ。

「ねえ。カイはお城の王子になった方が、舞踏会で柊と踊れるし、その後 結ばれるんだから、そっちの方がいいんじゃない?」

 楸がそう説得すると、カイは、自分の事ばかり考えているようであるし、自分が柊シンデレラを助ける事が出来ないからと悩みました。しかし、柊との甘い展開を送るチャンスを見過ごす事が出来ず、欲望に負け、魔女の役を降りました。

「じゃあ俺、城行くわ。どろん!」

 呪文を唱え、白煙に包まれたカイは、猛ダッシュでお城へと走り出しました。

 一瞬で小さくなったカイの背中を見送り、椿は言いました。

「ま、俺も別に拘りないし、王にでもなって愚民共を見下ろすか。どろん!」

 そう言って、白煙に包まれた椿も、お城へと歩き出しました。

 ゆっくりと遠ざかる椿の背中を見送り、見事魔女の役をものにした楸は、小さくガッツポーズしました。それだけ、彼は魔女に憧れていました。



 改めて魔女となった楸は、扉をノックしました。

「なに、決まったの?」

 と、尚も不機嫌そうな柊シンデレラが、出て来ました。

「うん」

 楸は、そう一言だけ返事をし、細かい説明は省きました。柊シンデレラも、それで構いません。魔女の役決めの経緯なんて、興味もありません。

 二人は、家から少し離れました。玄関先には変わりありませんが、それでも家の扉のまん前というのは如何なものかということで、二人は移動し、そこで向かい合いました。

「それじゃあ早速、魔法をかけよう」念願の魔女役で、楸の気持ちは高ぶっていました。ノリノリでそう前置きすると、呪文を唱えます。「アバダカダっ……ごほんっ!……アブダカバっ…あれ?……アダバダブっ……あれれ?」

「滑舌悪っ!」

 楸は、呪文が言えません。実は、滑舌が悪いだけでなく、呪文をうろ覚えだったのです。

 あれれ、と戸惑いながら何度も挑戦するのですが、一向に成功する気配はありません。見兼ねた柊シンデレラは、楸に助言します。

「そもそも、呪文は『ビビデバビデブー』じゃなかったっけ?そっちの方が言い易いんじゃない?」

 このアドバイスで、楸の顔がパァッと晴れました。それだ、と目からうろこが落ちる気分です。

「では、早速」早速とはさっきも言いましたが、気を取り直す為です。

 楸は、一度咳払いをし、軽く深呼吸し、呪文を唱えます。

「ビビデバビデブー」

 呪文を唱えると、楸の持っていた棒付きアメの先端から、こんぺいとうのようなキラキラと様々な色に瞬く輝きを混ぜた白い煙が出て来て、柊シンデレラを包みこみました。

 白煙があまりに煙たく、柊シンデレラは咳き込みました。少し、眼にも染みます。

「ちょっと楸…」

 さらに文句を言おうとしたその時です。

 柊シンデレラが眼を開くと、さっきまで自分が着ていた小汚い服が、非常に薄い綺麗な青、ほんのりと青みがかった純白に近い美しいドレスに変わっていたのです。頭にはさっきまでなかった重み、ティアラもあります。

「うん…まぁ楸にしては上出来かな」

 充分に満足しているのに、柊シンデレラは、喜びを表に出しません。ですが、さっきまでと違い、口元には薄い笑みがあります。

 美しく着飾られた自分の姿を見ていたら、柊シンデレラは、あることに気が付きました。

「あれ、ガラスの靴は?」

 そう、シンデレラたるべく重要なファクターであるガラスの靴がないのです。他は魔法によって綺麗に変化しているのに、靴だけは小汚いままです。

「ああ、それね」楸は、平然としていました。別に忘れていたワケではないのだよ、と。「柊、何で魔法が解けてもガラスの靴は消えないと思う?」

 唐突な質問に、確かにそういえばそうだな、と柊シンデレラは思いながら、考えました。何でだろう、と。しかし、これといった答えが思い付きませんでした。

「なんで?」

「それはね、ガラスの靴だけは魔女の、つまり俺の私物だからなんだって」

 そう言って楸は、浴衣の袖口からガラスの靴を取り出しました。

「はい」

「ありがとう」

 ちゃんとお礼を言って、柊シンデレラはガラスの靴を受け取ります。それを履いて、これで完璧なドレスアップです。柊シンデレラも、満足気に頷きました。

「それでね、覚えていて欲しいんだけど」と神妙な顔で語り出した楸に、何だろうと疑問を抱いた柊シンデレラは、黙って話を聞きます。「この後の展開的に、柊はガラスの靴を落っことしちゃうじゃない」

「まぁ…」

 だから先の事を言うな、という怒りを抑え、柊シンデレラは相槌を打ちました。

「ピッタリなはずの靴が脱げるのとか、階段を下りている時に靴なんて脱げたらシンデレラは階段を転げ落ちて、ちょっとした騒ぎになるんじゃないのとか、疑問はあるけどそれは置いておこう。俺が言いたいのは、落としたら拾えってことよね」

「はあ…」

 気のない返事をする柊シンデレラとは対照的に、楸は、一段と熱くなりました。

「そりゃあ十二時のタイムリミットが迫っているのは分かるけど、借り物の靴をだよ、そのまま置いて帰るっていうのは如何なものでしょ?」

「それは…」言われっぱなしは癪なので、柊シンデレラは「ほら、ガラスの靴は貰った物だったからとか」と思い付いた事を口にし、反論を試みます。

「いや、それにしてもだよ。貰った物なら大切にしなさいってことよ。それを何?玉の輿目当てなのか、下心が見え隠れする演技なんかしちゃってさ。それにだよ…」

「ああ、もういい!」

 本当は殴りたい所を、せっかく上品なドレスを着ているのだからということでグッと堪え、柊シンデレラは、大声を出して楸の愚痴にも似た語りを止めました。

「もう行くから、あの~…馬車!馬車出して」

 ここでコイツと話をしていると話が進まないと判断した柊シンデレラは、多少不躾な物言いで、移動手段を出すよう要求しました。

 しかし、楸は「えっ?馬車要る?」と乗り気ではありません。それは、柊シンデレラの頼み方が気に食わなかったとか、そんな大人げない理由ではありません。本当に、楸は馬車を必要だと感じていないのです。

「だってさ、馬車って確かカボチャでしょ?カボチャの馬車って、せっかくのドレスが黄ばんだらどうするよ。仮に黄ばまないような内装になっていたとしても、やっぱカボチャって無くない?俺、カボチャはてんぷら以外、食卓にあがる事を認めないから」

「いやアンタの食の好みなんてしらないし」

「それにさ、馬車って、魔法で馬に変えたネズミに引かせるんだよ。それもどうなのよって話だよ。ネズミにだってネズミとしての矜持があるかもしれないのに、それを蔑ろにして、馬に変えるんだ。いいの、それ?人間の都合で変えられたネズミはたまったモンじゃないよね」

 楸は、ひとしきり文句を言いました。

 楸が言い終わった頃合いを見て、柊シンデレラは、冷めた目で冷めた声を出します。

「アンタ、魔女になりたいって言ってたくせに、どんだけ魔女に不満たらたらなのよ」

「違うよ」楸は、すぐに否定しました。「俺は、魔女が好きだけど、好きだからこそあえて、みたいな?好きだからこそアラが見えちゃうし、好きだからこそ心を鬼にして苦言を呈したい時っていうのがあるんだよ」

 熱を持って語る楸に、柊シンデレラは、もう呆れるしかありません。ですが、馬車がないと困ることには変わりありません。なので、「それじゃあ、移動はどうすればいいの?」と訊ねました。

「それなら大丈夫」楸は、自信を持って答えます。「そのドレス、背中のところに羽を出す為の穴があるから。ちょっとセクシーに、柊じゃ無理だけど、ちょっとセクシーに、背中が開いたデザインになっているから」

 楸の説明を聞き、柊シンデレラは、ピクッと片眉を上げました。頬は、少し震えています。怒っているのです。ですが、ここで怒ってはいけない、と自分を抑えます。

「それじゃあ、アタシもう行くから」

 怒りを堪え、バサッと羽を開くと、柊シンデレラは言いました。ここから離れさえずれば、舞踏会に行きさえすれば、こんな不快な気分を忘れる事が出来るだろう、そう考えたのです。

 しかし、今にも飛び去ろうとした柊シンデレラを、「あ、ちょっと待って」と楸は呼び止めました。

「何?」

「最後に一つ。御存じとは思うけど、これだけは言っておかないといけないから」

「だから、何?」

「魔法は、十二時になったら解けるから、気を付けてね」何だ そんな事か、柊シンデレラはそう思いました。だったら知っているから、と聞き流そうと思ったのですが、楸はまだ何か言う事があるようです。

「気付いていると思うけど、ドレスに見合うようにってことで、Aもない柊の胸を、魔法で最大限努力して何とかB位にはしといたから。それも十二時になると元のぺったんこに戻るから、今のうちに堪能して。あと、慣れないだろうから色々気を付けて、肩コリとか」

 もう我慢できませんでした。

 楸が言い終わるが早いか、柊は、楸を蹴り飛ばしました。今まで蓄積された怒りも一気に爆発させ、それを一手に受けた楸は、もう虫の息です。ですが、気絶しても魔法が消えないのは、楸が優秀な魔女だからでしょう。でも、柊シンデレラには、そんなこと関係ありません。いくら高等な魔法をかけてもらっても、その感謝の気持ちを上回るくらい、楸の自分に対する侮辱発言に怒っていました。

 肩でしていた息を整え、柊シンデレラは、改めてお城へと文字通り飛んで行きました。



 お城へ向かう道中、柊シンデレラは、先程までの怒りをすっかり忘れ、期待に胸を躍らせていました。王子様は誰だろう、ここまで登場していないから あの人の可能性も充分に高いだろう。緊張しすぎて踊れなかったらどうしよう、クライマックスはどうなるんだろう。不安もありますが、期待の方が大きく、柊シンデレラはお城への道を急ぎます。

 お城が遠くに見えました。柊シンデレラは、不安に胸を貫かれる想いもありましたが、やはり期待の方が勝ります。さらに速度を上げ、お城まで一気に飛んで行きます。

「ふぅ。着いた」

 地面に降り立ち羽を閉じると、柊シンデレラは一息つきました。

 さあ、いよいよ舞踏会、見せ場です。

 今までのごたごたを忘れ、心の底から思いっきり楽しめることでしょう。柊シンデレラは、緊張を確かに感じながら、それでも笑顔で、お城へと歩みを進めます。次第に歩みは速くなり、いつの間にか走り出していました。それほど気持ちを抑えられなかったのでしょう、慣れないスカートの裾を持ち上げ、走りました。

 お城は、今日の舞踏会の為にでしょう、侵入者を恐れることなく、来るものを一切拒まないと言っているかのように、門が全開になっていました。門をくぐった先、お城の入口の大扉には、さすがに両脇に警備の者・衛兵が立っています。しかし彼らは、身形から相手の身分を判断し、いちいち声をかけて足を止めさせるようなマネは、失礼にあたるだろうとからと、していません。万が一 不審な者が来た場合、その時には一声かけ、場合によっては力ずくで追い出すでしょう。しかし、今のシンデレラの姿は、彼らの警戒の内に入りません。何て美しい人だろうと視界には入るでしょうが、声はかけてこないでしょう。

 だから、柊シンデレラは、迷うことなくお城の中へと入って行けるのです。

 しかし、柊シンデレラは、門をくぐった所で、ピタと足を止めてしまいました。彼女の目に、黒のローブにとんがり帽、つまりさっきの魔女の姿をした者が一人、あれは椿でしょう、彼の姿が飛びこんできました。

 椿は、お城から出て来たところのようです。

「何やってんのよ?アンタ」

 柊シンデレラは、訊ねました。

「いや、俺 魔女は諦めて、この国の王になろうと思ったんだよ」

 椿は、答えました。彼の顔からは不満が見て取れますし、何より魔女の姿のまま出て来たのだから、王にはなれなかったのだろう、と柊シンデレラは察しました。

「何で?王なんてやる事もないだろうし、そんなほぼモブ役、やろうと思えば出来たんじゃない?」

「そうなんだよ」椿は、答えました。「俺も、誰もやらない空き役だと思って来たんだけど、もう既に高橋さんがやってたんだよ」

「ええっ?」

 その名前は王ではなく王子のはず、と期待を裏切られた柊シンデレラは、驚きました。

「高橋さんが既に王の座にいて、譲ってくれなかった」と椿は、おもちゃを貸してくれなかったと拗ねる子供のように、文句を言いました。「どうすっかな?暇だし、中に戻れば食いモンもあるだろうから、着替えて、榎あたりと踊っかな」

 ショックを受ける柊シンデレラを気にも留めず、椿は、自身のこれからの予定を立てました。

 椿の予定なんて、柊シンデレラはこれっぽっちも興味ありません。高橋が王子をやる可能性は、それは確かに低いかもしれないが、それでも期待していただけに、気持ちの回復が必要なのです。

 ですが、次の椿の一言で、柊シンデレラの心は、完璧に折れます。

「そうだ、そろそろ十二時になるぞ」

 そう言って椿は、ケータイの時計表示を柊シンデレラに見せました。

 ここまで叙述トリックみたいな感じで、あえて触れて来なかったのですが、家での継母たちとのやり取りの時間、男三人が魔女の役決めで揉める時間、そして楸と話をしている時間、つまりここまでの時間は、けっこう長かったのです。それはもう、魔法が解ける十二時まであと数分の猶予しかないくらいに。

「ええーっ!」

 柊シンデレラの声は、お城の敷地内に響き渡りました。警戒心の少ない衛兵が思わず気を引き締める位、不審な声だったと言います。



 お城の外に、舞踏会には相応しくない小汚い服装、でも靴だけは美しいガラス製という、不釣り合いな身形をした娘・柊シンデレラがいました。

 柊シンデレラは、お城の塀に背を向け、しょんぼりと膝を抱えてうずくまっています。ガラにもなく白馬に乗った王子様が来る事を期待してしまっていただけに、少し泣きそうです。

 結局イイ事がありませんでした。自分は何をしていたのだろうという暗い疑問が、柊シンデレラを襲っています。魔法が解けた今、美しい服は元の小汚い物に戻り、胸も元のぺったんこです。しかし、それなのにガラスの靴はありました。足下でキラキラ光るガラスの靴は、まるでみすぼらしくなった自分を嘲笑っているように、そんなふうに見えてしまいます。

 柊シンデレラは、自分からガラスの靴を脱ぎました。

 裸足になった柊シンデレラは、そのままその場にうずくまりました。もうちょっとこのまま休ませて。気持ちが回復したら、裸足で帰って、ガラスの靴を楸に叩きつけて壊すから。柊シンデレラは、誰にでもなく、心の中で動かないことの言い訳をしました。

 まるで怒っているかのように目に力を入れないと、涙が出てきてしまいそうです。涙が出なくても、鼻水が出て来ました。鼻をすすりましょう。

 もう泣いた方がスッキリするのでは、そう思うかもしれませんが、柊シンデレラは意地っ張りなのです。そんな簡単には泣けません。

 でも、そろそろ…自分でもそう思いながら、これで何度目かになる鼻水が垂れるのを阻止した時でした。

「くくっ。王だからって好き勝手 酒呑んでいいワケでもないんだな」

 聞き覚えのある笑い声と愚痴る声に、柊シンデレラは、顔を上げました。

 そこには、本当ならば舞踏会場で王として参加しているはずの、高橋の姿がありました。

「た、高橋さん」柊シンデレラは、その人の登場に驚きました。が、まずはまだ流れていない涙を拭きます。情けない顔は、見られたくありません。「どうしてここに?」

「くくっ。やっぱ俺に王は向いてないようだからな、人の上に立つことに慣れているヤツに任せて来た」

 高橋は、答えました。

 着替えて来たのでしょう、王様の服というよりは、借金の取り立てに行く怖い人のような、ノーネクタイの黒いシャツに黒のスーツです。

「舞踏会、行かなかったのか?」

 高橋は、訊ねました。

「はい…」柊シンデレラの返事には、元気がありません。「見ての通りです。アタシ、舞踏会に参加できませんでした」

「そうか…」

「あ、でも」と、柊シンデレラは、から元気を出します。「アタシ、別に舞踏会に行きたかったワケじゃないし、全然いいんです。むしろ、堅苦しい場所は苦手ですから。これで良かった、みたいな」

 柊の精一杯の作り笑いを見て、高橋は微笑しました。

「くくっ。良くは無いだろ」

「えっ?」

 高橋の言葉の真意が掴めず、柊シンデレラは戸惑いました。

 高橋は「物語の最後だ。ビシッと締めないでどうするよ」と言うと、柊シンデレラの前に立ち、右手を差し出しました。それは「立て」という意味なのでしょう、柊シンデレラは戸惑いながら、その差し出された手を掴み、引っ張られるようにして立ち上がりました。柊シンデレラが立ちあがると、高橋は、彼女が裸足である事に気が付きました。そして同時に、それまで柊シンデレラの影に隠れて見えない所にあった、彼女の傍らに脱ぎ捨ててあるガラスの靴にも気が付きました。

「裸足のままじゃ危ないからな」

 そう言うと、高橋はガラスの靴を拾いました。そして、立ち上がった柊シンデレラの前に跪き、彼女の足に着いた汚れを軽く払い、ガラスの靴を履かせます。

 柊シンデレラは、何が何だか頭がついていかず、ただ恥ずかしく、されるがままになっています。でも、ガラスの靴を履かせてもらった瞬間、確かにその胸にあった感情は、喜びでした。原作や台本とはまるで違うけど、好きな人が自分を見つけてくれ、ガラスの靴を履かせてくれたのです。気分はもう本当のシンデレラを超えるのでは、というほどの喜びが、柊シンデレラの胸にありました。

 柊シンデレラの両足にガラスの靴がはまると、高橋は言いました。

「それじゃあ、踊るか」

「えっ?」

「少々おかしな話だが、それでもシンデレラの踊るシーンくらいはなきゃな。それとも、やっぱこんなおっさんとじゃ嫌か?」

「そ、そんなことは」

 本心です。願ってもありません。高橋と踊る事、これをどんなに柊シンデレラは心待ちにしていたでしょうか。

「くくっ。なら」高橋は、右手を腹に左手を背中に回し、気取ったお辞儀をしました。そして、ダンスに誘うように、右手を差し出します。

「シャル・ウィー・ダンス?」



 お城の外で、互いに舞踏会の正装とは言い難い服装で、柊シンデレラと高橋は踊っています。優雅に、とはいかず、どこかぎこちなさを感じさせる動きではありますが、それでもダンスには変わりありません。

 柊シンデレラは、恥ずかしさから、時折高橋の顔から視線を外します。その時にチラッと見えた、キラリと光り輝くガラスの靴は、今度は祝福してくれているように、彼女には見えました。

「くくっ。どっちかと言うと、『シンデレラ』と言うより『美女と野獣』みたいになったな」

 高橋は、言いました。

「そんな、アタシ美女じゃないですよ」柊シンデレラは、慌てて否定します。

「くくっ。俺だって、おっさんだが野獣じゃねぇよ」

 高橋にそう言われ、「あ、すいません」と柊シンデレラは、謝りました。

「くくっ。別にイイよ。…と、それより、やっと笑ったな」

「えっ?」

 柊シンデレラは、その時、薄っすらとではありますが、確かに笑っていたのです。高橋と会話することで、気持ちが弾んだのかもしれません、もしかしたら、ただの照れ笑いだったのかもしれません。恥ずかしさを隠す為、無意識に浮かべた笑顔という可能性もあります。理由はともあれ、確かに笑ったのです。

 しかし、高橋に指摘され、柊シンデレラは笑顔を隠してしまいました。

「くくっ。おい、笑っていろよ」高橋は、言いました。「どんなに綺麗に着飾っていても笑わないヤツより、どんなに小汚くても笑っているヤツの方が万倍も素敵だと、俺は思うぞ」

 高橋に言われ、隠れた笑みが、再び柊の顔に戻ってきました。

「それでいい」

 柊シンデレラと高橋は、しばらく踊り続けました。

 そこは、美しい装飾で飾られたダンスホールでもないし、ティーポット夫人もいません。二人を照らしてくれるのは、頭上の月だけです。ですが、柊シンデレラは、高橋がいるだけ、それだけで心が満たされました。これ以上、他には何もいりません。

 柊シンデレラは、最高に幸せになれましたとさ。


     いっぽうその頃


「柊さん来ねぇ~」

 王子になったカイは、舞台袖で待ちぼうけを食らっていた。


「ちょっと椿君。せっかくなんだから踊ろうよ」

 榎は、舞踏会場の傍らに置かれている、立食形式の食べ物を食べてばかりの椿に不満を洩らした。

「いや、ちょっと待てよ。けっこう上手いぞ、ここの料理。お前もまず食ってみろよ」

「ホントだ!この春巻き美味しい~」

 その後二人は一切踊ることなく、食事を楽しんだ。


「あ~あ。王様って結構暇なんだな」

 高橋に無理やり王座に着かされた支部長は、溜め息を洩らし、高い位置から楽しそうに舞踏会を楽しむ人々を見下ろしていた。

「僕も春巻き食べたい……」


「こんなに人いて、何で誰も私に声掛けて来ないの?」

 雛罌粟は、途中から酒が入り、荒れていた。それ故に、自ら声をかけづらい空気を作っているとも知らず、不満を口にしていた。

「なにこれ、春巻き?おいしいわね」


「ねぇジェシー?」

「何だい、キャメロン?」

「このお城の財宝、どこにあるのかしら?」

 ジェシーこと十六夜と、キャメロンこと篝火は、舞踏会そっちのけでお城の隠し財宝を探していた。いつの間にかドレスからライダースーツへと服装も変わっている。

 後に、衛兵に見つかり、摘まみ出される。


「あ~、春巻き食べたいな~」どこかで、楸は言った。  


『シンデレラ』という話をまともに読んだ記憶もないのに、こんな話を書いてみました。『シンデレラ』に関する知識は某ゲームから来ていますが、ネズミまで出す余裕はありませんでした。


設定の間違った部分 (しかないかもしれませんが)については、目をつむっていただけると助かります。



どうでもいいことですが、門番は神崎がやっているというイメージで書きました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ