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天使に願いを (仮)  作者: タロ
(仮)
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第十六話 天使VSライフ・リセッター再び?(前篇)

そういえば、キャラクターの名前について大丈夫でしょうか?

ひさぎしゅう石楠花しゃくなげ

当て字だったり作者もパソコンでなければ書けないような名前なのに、初登場時以降はルビを振らないから、少し不安になりました。



     椿


「石楠花さん 知らない?」

 榎が言った。

 それは、俺と天使、榎の三人が天使の仕事をしようと集まり、でもすることが何も無く終わろうとしていた時のことだった。公園に集まり、仕事を探したが見つからず、仕方が無いのでほとんどの時間を喫茶店で過ごしていた。結局集まった意味が無かったが、誰もそれには触れず、何時になったら解散しようか、とも誰も言わず、ただただ雑談をしていたら、夕方になっていた。

「ねえ椿。ポッキー食べる時にさ、一本くらいチョコの部分全部舐め取ってから食べたりしない?」

「しねえなぁ。チョコの部分を歯でひっかいて剥がす事はあるけど」

「うわっ、変なの」

「っせえな」

 こういった とりとめの無い会話をしていたら、榎が急に黙った。

 四人掛けのテーブル席で、榎は俺達二人の正面に座っている。だからもちろん、異変には気付いた。何と言うか、俯いて落ち込んだというワケではないのだが、ソワソワしている感じがした。俺達の会話に交じっているように、時折頷いたり相槌打ったりするのだが、心ここにあらずで、たぶんだが、何か言いたいことがあるのだろう、話を切り出すタイミングを窺っている気がする。

 だから、俺と天使は、くだらない話を続けて榎が話を切り出し易いよう、場を作った。

「じゃあさ、ポッキーの持つ所、ビスケットだけの部分を残したりは?」

「しねえなぁ。そこだけ先に食べた事はあるけど」

 ここで一度会話が途切れ、場に沈黙が流れた。

 すると案の定、榎が口を開いた。

「石楠花さん 知らない?」

 どうやら、タイミングを計るあまり、発言にまで気が回らなかったのだろう。

「知らないって、何をだよ?」

「石楠花っていう存在だけなら知ってるけど…」

 天使が言うと、榎は「いや、そうじゃなくて」と否定した。存在の話じゃないらしい。

「じゃあなんだよ?」

「えっと…」榎は、少し考え「居場所、とか…?」と曖昧にぼかして言った。

「居場所って、今この瞬間?」

 天使が言うと、榎は「いや、別に 今この瞬間ってことじゃなくてもいいんだけど」と歯切れ悪く言った。

 榎が何を言おうとしているのか、現時点ではさっぱりだ。

「つーか、そもそも石楠花に何の用だよ?」

「いや、用って程の事じゃないの」

 質問しても榎の答えがコレでは、やっぱりさっぱりだ。

「そういや 椿」天使が何かに気付き、俺に話しかけた。「前に石楠花とメールしてなかったっけ?居場所なら直接訊けばいいんじゃないの?」

 天使のその提案に、俺は、不快感から苦い顔をした。

 事情を知らない二人が不思議そうな顔をしているので、俺の不快感の理由を教えよう。

「確かに、石楠花とはメールしたよ。けど、メルアドを交換したワケでもねぇのに、あっちから突然メールが来ただけなんだよ。しかも、後日 俺のメルアドを知ってた理由を問い詰めようとした時には、すでにあいつのメルアドは変更されてて届かなかった」

「へーそうなの」

 天使が、たいして関心もなさそうなリアクションをした。俺は、その天使のリアクションに、どこか違和感を覚えた。違和感と言うには余りに小さく、直感的に気付いたと言っても良い。

「ひょっとして、俺のアド教えたの、お前か?」

「…………正解!」

 某クイズ番組の司会者の様にたっぷり間を取り、天使は、声を張って答えた。

 俺は、疑問が解決した事の爽快感や喜びよりも、天使への怒りの方が大きく、「ざけんな!」と声を大にした。本当ならもっと罵ってやろうと思ったのだが、天使には初めから勝算があったようだ、こちらを睨んでいる眼光鋭い店のマスターを指差した。

「ぐっ…」

 にやにやといやらしく笑う天使は憎いが、マスターは怖い。無言でこちらを睨むマスターは、目つきが鋭く、背後にはどす黒いオーラを漂わせているような気さえする。繰り返す事になるが、つまり、怖い。

 俺は、ぐっと怒りを堪えた。

 その俺の様子を見た天使は、安全だと分かると、話を元に戻した。

「俺も、石楠花には椿のアドを教えただけだから、石楠花の連絡先は知らない。てことは、直接会いに行くしかないワケだ」

「……まあ、そうなるな」

 天使に同意すると、榎も「そうだね」と気落ちした声で言った。

 榎が石楠花に会いたい理由は依然としてさっぱりだ。が、俯き考え込んでしまった榎を前に、俺と天使は、顔を見合わせた。

「おい、お前 明日も暇か?」

「楸さんは、偶然明日は空いてる。椿は、明日も暇でしょ」

「決めつけんなよ!」

 そう言ってはみたが、明日は何も予定が無い。

 俺と天使が明日の予定について確認し合っていると、榎が「えっ?」と戸惑いの声をあげた。

「榎。お前、明日大丈夫か?」

「えっ…あ、うん」

 よし、と俺と天使は頷く。

「それじゃあ、明日は『電撃!石楠花のお宅訪問ツアー』でもやろうか」

 と天使が、明るい声で言った。それに俺も「んな楽しいもんにはならないだろうけどな」と続ける。

 そこで、ぽかんとしていた榎が「どういうこと」と、俺達が何を言っているのか訊ねた。

「今日はもう遅いから、石楠花のとこに行くのは明日にするって言ってんだよ」

「そ、そうじゃなくて」榎が、じれったそうに言った。

 これ以上説明するのが面倒なので、俺は天使にパスする。水滴を振り払うように手を振り、天使にパスすると、天使は一瞬嫌そうな顔をしたが、パスは通った。

「榎ちゃんの用が何なのかは分からないけど、もし迷惑じゃないなら、俺達も一緒に行こうかなって思って。ダメかな?」

「ダメ…じゃないけど…」

「そう?良かった」天使は安堵の表情を浮かべると、説明を続けた。「ほら、前に一度だけ石楠花ん家に行ったでしょ。なら、道分かってるヤツが一人でも多い方が良いだろうし、もしトラブルなら、力になりたいからさ」

 天使の説明を聞くと、榎は、不安そうな顔で俺の方を見た。

「椿君も、いいの?」

「あ?ああ。つーか、中途半端に隠される方が迷惑だから」

「えっ?」

「榎個人の問題ってなら、俺も首突っ込まねぇけど、どうせ違うんだろ?お前も、何かに首突っ込もうとしている。違うか?」そう追求したら、榎は、黙って頷いた。「なら、何かあってからだと余計面倒くせぇし、最初っからついてくよ。つーか、こいつも言ってたけど、石楠花んトコに行くなら、道知ってるヤツが要るだろ。最初はなから、お前一人じゃ無理なんだよ」

 俺が、親指で隣に座る天使を差していたら、天使が「榎ちゃんのお供は、俺だけでいいってことか」と意味分かんねえことを言った。

「何でそうなんだよ?」

「だって椿、どうせ道分かんないでしょ?方向音痴だし」

「だれが方向音痴だよ!誰が!」

「椿」

「はっきり言い直してんじゃねぇよ!」

 俺と天使が言い合っていたら、そこに「えへへ」という、榎の笑い声が割って入ってきた。俺達は口を閉じ、榎を見る。

「じゃあ、二人に甘えちゃいます。明日は、よろしくお願いします」

 榎は、軽く頭を下げた。

「はい」「おう」

 俺達は、榎の抱えている問題が何か分からないまま、協力することにした。

 その後は、明日何時に何処に集まるとか、そういう事を決め、榎の抱えている問題については、明日詳しく聞くという事にし、解散した。



 翌日の土曜日。

 昼過ぎに、俺達は公園に集まった。

 とくに持ち物の指定はしていなかったので、俺は手ぶらで来たし、榎も肩から小さなカバンを下げているだけだし、天使はいつも通り、口の中に棒付きのアメを入れているだけで、持ち物は特にない。石楠花に手土産の一つでも持って行こうと思ったヤツは、一人もいなかった。

 公園に集まると、すぐ公園からは出た。ただ待ち合わせ場所として利用しただけだから、すぐに石楠花の家へと向かう。

 石楠花の家は、たしか、人の多い市街地から外れ、閑静な住宅街を更に閑静な方へと一キロも満たない程度 進んだ場所にあった、と記憶している。周囲の家々はどこにやったの、と思うくらい、石楠花の住んでいるアパートは孤立している。まるで、不気味な男が住む屋代を、周囲が意図的に避けたようにすら思える。

 俺達は今、その石楠花の住むアパートと住宅街の間の、特別面白い店もなく、次第に建物すらも無くなっていく、良く言えば静かな、悪く言えば殺風景な道を歩いている。

 昨日、喫茶店で有耶無耶のうちに終わってしまった、榎が抱えている問題について聞くのは、今だ。別にやましい話をするワケではないのだが、人通りも少ない殺風景なこの道は、退屈を紛らわす意味でも、話をするのに丁度良かった。

「で、榎。石楠花に会って、何する気なんだ?」俺は、訊いた。

 すると、榎の顔から急に笑顔が消え、神妙な面持ちとなった。

 榎は、言い難そうに、けど、確かに言った。

「あのね…ただの噂だと思うんだけど、またライフ・リセッターが出たらしいの」

「「はいぃ?」」

 驚きから、俺と天使は 眉根を寄せた。

 俺達の驚きを見て、榎は言葉が足りなかったと慌て、説明を補足した。

「ちゃんと言うとね、ライフ・リセッターが復活したかもしれない、って噂が流れているらしいの」

「復活って…いなくなっていた事自体、公にはなってないだろ?」

 俺は、感じた疑問を口にした。

 そもそもライフ・リセッターとは、石楠花が意図して作った、一種の都市伝説だ。都市伝説という性質上、確かな説明に当たるモノはないが、ライフ・リセッターとは「時間を渡り歩く化け物」だそうだ。作った本人が、わざと明確な目的などを持った存在としなかったため、この程度の説明だけになる。

 以前、狂気なる好奇心から『死の恐怖を知りたい』と言っていた石楠花は、巧みな話術で人を自殺に追いやり、死ぬ瞬間の声を、感情を探求していた。その時、不確定かつ不気味な、それこそ都市伝説の様な存在が実際に目の前に現れたら、少しでも死を望んでいる人は、目の前の非現実的なモノを信じ易くなり、事を運ぶのに都合よくあるかもしれないからと石楠花は考え、ライフ・リセッターという存在を作ったらしい。更に、もしもの場合、その名前は隠れ蓑にもなると言っていた。と言っても、実際は、石楠花の話術のみでも充分に人を自殺に追い込む事は可能だったらしいし、隠れ蓑としての役割も果たしてはいない。しかも、石楠花自身「ライフ・リセッターは遊びで作った存在」と言い切っていた。

 つまり、ライフ・リセッターとは石楠花自身のことであると言っても間違いではなく、その石楠花も、目的を達成させた今、ライフ・リセッターという存在に用は無くなった。

 だから、ライフ・リセッターは消えたと言えるのだが、それは俺達、事情を知っている当事者しか知らないはずだ。

 俺の疑問に答えたのは、天使だった。

「公にはなっていなくてもさ、石楠花が何も情報を発信しなくなって、話題自体も下火になれば、消えたってことになるんじゃない?」

「そういうもんなのか?」

 良く分からない。が、天使は、お構いなしに話を進めた。

「榎ちゃん。復活したってことは、それ相応の事態があったってことなんだよね?」

「うん。でも、それも良く分かんないらしいの」曖昧な事に戸惑うように、榎は言った。「私が聞いたのは、『ライフ・リセッターが復活したらしい』ってことと『それが最近頻発している失踪事件と関係があるらしい』ってことだけだから」

 榎にも不明なことが多いようだ。

 榎が言っている『失踪事件』とは、この近辺での失踪者が多いという話だ。あまり大事にはなっておらず、夕方の地方ニュースにおいて、最近の話題のような形で一度だけ特集を組まれ、主に若者の失踪者が多い、と取り上げられていた。しかし、失踪者と言っても、それも家出のような紹介の仕方であり、素行不良が目立つという事で話がまとめられていた。俺も、マンガを読みながら見ていたニュースなだけに、詳しい事は知らない。

 だが、どうやら、行方不明となった者はライフ・リセッターが連れ去った、という作り話があるようだな。

「あと、自殺報道が二件、わりと続けてあったでしょ。だから…」

「なるほど。それで榎ちゃんは、石楠花本人に確認を取ろうと思ったワケだ」

 合点がいった、という感じで天使が言った。

「うん。無関係だとは思うけど、やっぱり気になるから。石楠花さん本人は関係なくても、噂が本当ならほっとけない。石楠花さんなら何か知っている事があるかもしれないし、話を聞くだけなら私一人でも、って思ったの」

 そう言うと、榎は少し顔を伏せた。隠そうとしていた事に罪悪感のような後ろめたさがあるのかもしれない。

「そうかもしんねぇけど、話を聞いた結果どうするかによっては、お前一人じゃ荷が重過ぎんだろ」俺は、お節介でワケのわからない責任感を持っているバカの頭を掴み、言ってやった。「俺達を頼ればいんだよ」

 榎が俺の方を睨んでいるのが解る。ま、無視だな。

 しかし、これで榎が石楠花に会いたがっていたことに合点がいった。

 榎の言っていた通り、話を聞くだけになるかもしれないし、それに榎が気になるだけの事だから、自分だけで動こうとしていたんだ。

 それは分かったが…。

「つーか、誰情報だよ?」

 そもそもの話として、情報の信憑性が問われる。ただの噂と言う可能性が多分にあるし、情報の出所が気になった。

 榎は、頭を掴んでいる俺の手を振り払い、その時を思い出すようにして言った。

「バイト先でね、小耳に挟んだんだ。『俺の兄貴のツレが言ってた』って言ってたから、正確な情報先は分かんない」

「またソレかよ!」

 静かな道で、俺の声は良く通った。



 余計な言葉を重ねれば重ねるほど、どこか言葉の端に違和感を覚えた石楠花に警戒心を与え、煙に巻かれる可能性がある。だから、ここは単刀直入に訊こう。

 そう確認し合ったところで、石楠花の住むアパートの前にまで来た。

 もしかしたら、また敵として石楠花と衝突するかもしれない。覚悟を決め、石楠花の家である二階の一番奥の部屋のインターフォンを押す。念のため、もう一度押す。もっかい。

 はやる鼓動を抑え、充分な心構えをして待っていたら、扉が開いた。隣の。

「そこの部屋の人ならね、もういないよ」

 それは、俺らと同い年くらいの男だった。インターフォンの音を迷惑に思ったのか、嫌悪感を顔に出し、俺達に教えた。

 予想外の事態に拍子抜けしたが、俺は「どこに行ったかわかりますか?」と訊けた。

「さあ?どういう人だったのかも知らないし」

 男は言うと、これで自分の出番は終わりとでも言うように、部屋に下がった。

 石楠花が御近所付き合いをしているとも思えないし、他の住人に訊いてもたぶん、同じだろう。

 石楠花という目的を見失った俺達は、アパートを離れた。

「椿ぃ~道間違ったでしょ。やっぱ方向音痴は置いてくれば良かったよ」

 来た道を戻っていたら、天使が、呆れと後悔を滲ませた。

「っせぇよ!」俺達は、一度足を止め、議論を交わす。「つーか、全員一致の足取りでここ来ただろうが。俺が方向音痴だとすっと、お前らもだぞ」

「俺らは違うよ。俺らは、椿が自信持って歩くから、それに付いて来ただけだもん」

「責任押し付けてんじゃねえよ!」

「違う。これ、事実」

「あぁ!」

 俺が天使に詰め寄り、ケンカの火花が一気に燃え上がろうとした時、榎が「ストップぅ!」と大声で割って入った。

「ここであってるはずだよ。石楠花さん、引っ越したんだ」

 俺達にもそうしろと言わんばかりに、榎は冷静な口調で分析をする。

「つーか姿くらますとか、ますます怪しいな、あいつ」

「そうかもだけど、とにかく、どうする?」

 俺達は考え、今後の取っ掛かりとなるような意見を出し合った。

「石楠花って、仕事は何してんだ?」

「趣味とかあるのかな?」

「この世の存在だったの?」

「真面目に考えろ、クソ天使!」

「何処に行けば会えるのかな?」

 が、何も分からない。

 仕方ないと言えばそれまでだが、石楠花のプライベートに関する話を聞いた事が無い。わかるワケが無いんだ。

 打つ手なし。

 これはもしや、俺と天使の中で禁じ手とした『柊にお願い』を使わなくてはならないのか?

 石楠花について考える事を止め、禁じ手を使うかどうかで葛藤していたら、感心にもまだ石楠花について考えていた榎が、パンと手を合わせた。

「そういえば、前に本屋さんで見かけなかった?」

「………ああ」思い出した。確かに以前、俺と榎で商店街を歩いていたら、その中にある本屋で石楠花を見かけた。「そういえばそうだったな」

「もし石楠花さんが読書家だったら、あそこの本屋さんおっきいから、行けば会えるかもしれない」

 榎の考えも一理あるが、可能性としてはかなり低いだろう。が、他に心当たりもないし、『柊にお願い』を使うのは、ホントの最後の手段にしたい。

「それじゃあ、とりあえず行ってみる?」

 天使が言うと、俺達はまた歩き出した。



 商店街の大通りに面してある本屋は、本だけではなくCDやDVD、文房具なども幅広く取り揃えてあり、それに対応するように、店構えも大きい。近くに他の書店が無い事もないが、それでも品揃えの豊富さなどを考えると、本屋に用のある人はまずここに来ると言っても過言ではないだろう。ちなみに言うと、俺はあまりここを利用しない。俺の欲しい本は、最寄りの小さな本屋でも手に入るからだ。が、ほとんどの人は、ここを利用するはずだ。

 ここで前に石楠花を見かけたから、もしかしたら今日も来るかもしれない。そういう一縷の望みを持って、俺達は、店の前に張り込んでいる。大っぴらに張り込みをすれば怪しまれるから、男女三人が雑談しながらたむろしているだけ、という雰囲気作りも欠かさない。

 張り込みとしては完璧だと思う。一度、じゃんけんで負けた天使が店内をくまなく探し、石楠花が来ていない事も確認済みだし、入口を見張っておけば、石楠花が来たらすぐわかる。

 しかし、だ。

 肝心の石楠花がくる気配が、これっぽっちもしない。張り込みは忍耐だ、と聞いた事があるが、俺は終わりの見えない長距離走は苦手なタイプだ。

「来ないね」

 榎のこの一言で、俺達の緩く張った緊張の糸が、さらに緩くなった。もしかしたら腐り落ちたのかもしれない。それくらい、気が抜けた。

「つーか、来ないんじゃないか?」

「そうかもね」天使も、気の抜けた声を出す。「あ~あ。誰だよ、本屋に行けば石楠花に会えるって言ったのは」

 そう言った天使の眼は、明らかに俺を責めている。

 そして、榎も俺を見て「あ~あ、椿君…」と非難するような声を出した。

「いや、俺のせいじゃねえだろ!」すかさず、俺は反論する。「つーか、俺は一言も本屋に行こうなんて言ってねぇし。思い出せよ、おい。榎が、『本屋に行けば会えるかも』つって、クソ天使が『じゃあ行こう』つったんだよ。俺は、何も言ってねぇよ」

「そうやって、いらない事ばっかり覚えてるのって、椿の悪いところだよ。バカのくせに」

「いちいち責任の所在を明確にしてチームワークを壊そうとするのも悪いところだよ、椿君。バカのくせに」

「っせえ!バカはお前らだ!」

 何故か俺だけが悪者扱いされた。しかも、二対一では不利だ。けらけらと笑っている、調子に乗った榎を懲らしめようと手を伸ばしても、クソ天使が邪魔をする。

 結局、俺が大人になって、怒りを鎮めるしかない。

 俺は、冷静になり、次の手をどうするか考えようと提案した。

 そして、バカ共が油断した隙に、榎の頭にチョップした。

「いった~い!」

「うわっ、椿サイテー。女の子に手あげた」

「っせえ」

 とりあえずこれでチャラだ。もう一度、次の手をどうするかと思案した。榎も、榎の頭を撫でているクソ天使も、気持ちを切り替えた。本屋というアテが外れたようだと分かった今、ここで無駄な時間を過ごす事の無意味さを理解しているのだろう。

 が、気持ちとは裏腹に、石楠花の居場所について何も思い浮かばない。

 沈黙が流れた。各々のシンキングタイムだ。

 数分後、この沈黙を破ったのは、榎だった。

「そういえば石楠花さん、駄菓子食べてたよね。もしかしたら好きなのかも」

 榎の考えは、概ね正しいように思われる。が…。

「三十近い男が駄菓子かよ」俺は、難色を示した。「つーか、駄菓子をヒントに捜すにしても、何処行けばいいんだよ?駄菓子なんて、コンビニやスーパー、いろんなとこで売ってんぞ」

 そう。ヒントがあまりにも乏し過ぎるのだ。

 仮に石楠花が 駄菓子が死ぬほど大好物だとしても、そのヒントだけでは、捜す場所を絞れない。

 しかし、榎はあくまでも『駄菓子』というヒントの可能性を主張した。

「でも、石楠花さんの持っていた駄菓子の中に、珍しい物があったの。私が見たこと無いだけかもしれないけど、コンビニとかでは売ってない物だと思う」

「……じゃあ、駄菓子の専門店、駄菓子屋にでも行ってみる?」

 榎の発言を受け、天使が言った。

 二人とも、根拠や自信があっての発言ではない。しかし、ここで時間を無駄にするよりは、賭けてみる価値のある可能性でもある。だから、俺は、二人の考えに同意した。

 けど、一つだけ、どうしても先に言っておきたい。

「駄菓子屋ってアイディアは、お前ら二人のだからな。全くの見当外れだった時は、覚えてろよ」

 こうでも言っておかないと、またアテが外れた場合、さっきみたいに俺が理不尽に責められる。俺は、同じような轍を踏むほどマヌケじゃない。

 それでは、アテが外れた場合、二人にどんな罰を与えようか。『駄菓子』なんてヒントだけで、都市伝説もどきを捕まえられるわけがない。ならば、今のうちから罰を考えておいても、早くはないだろう。



「いた!」

 商店街のメイン通りを横に抜けた所には、良く言えば古風な雰囲気漂う昔ながらの駄菓子屋がある。そこに探し人、石楠花が居た。

 嬉しそうな顔をした榎は、駄菓子屋の中にいる石楠花を指差した。

「……マジかよ…」と、俺は唖然とする。

「ねえ椿。俺達、何を覚えておけばよかったんだっけ?忘れちゃったから教えて」

「っせえよ」

 性根の腐った天使がこちらを嘲る目付きで見ているが、相手にしない。

 俺達はまだ、駄菓子屋の外から石楠花の姿を確認したに過ぎない。あいつが買い物を終えて、店を出るその時まで油断は禁物だ。

 しかし、もしかしたら一瞬でも目を離せば見失うんじゃないかとすら不安視していたのに、案に相違して、石楠花は消えなかった。駄菓子の入った紙袋を抱え、普通に出て来た。

 そして、榎が普通に接触した。

「こんにちは、石楠花さん」

「ん?……よう」

 俺と天使のこともチラッと見てから、石楠花は気の無い返事をした。

 つーか、別に天使たちの予想が当たって悔しいと思うワケじゃないが、何でこいつ駄菓子屋にいんだよ? 今日は白衣を着ておらず、ジーンズに黒のタートルネックというラフな格好をしている。長身痩躯な体型もあって、かなり若々しい感じはするが、それでも三十近い男が駄菓子屋に行くか?

 気にはなるが、今は気にしている場合ではない。

「石楠花。いきなりで悪いが、ライフ・リセッターが復活したのを知っているか?」

 気を引き締めた俺は、事前に決めていた通りに訊いた。

 これで、石楠花の反応を見るのだ。少しでも怪しい反応をしたら、疑いを濃厚にする。

 石楠花は、一瞬眉をピクリと動かしただけで、まだ何も言わない。

 が、もしもの時は…。

 最悪の場合にも対処できるように覚悟して待っていると、石楠花が口を開いた。

「その話なら、俺も知っている」と神妙に話し出した。「一つ言っておくが、それは俺じゃない。俺も気になって調べたが、偽物だ」

「やっぱし?良かったぁ」榎は、安堵し、笑顔になった。

「それなら話は早い。わかってる事があったら教えてくれ。つーか、手ぇ貸してくれ」

 榎ほどではないが俺も安心し、すぐに石楠花に協力を申し出た。

 しかし、そこで石楠花の顔が曇った。不満そうだ。

「何ですぐ信じるんだよ。『根拠は?』とか、疑えよ」

「…なんで?」

 と榎は、不思議そうに聞き返した。

 石楠花は、榎を黙って見ている。二人は、黙って見合った。

 そして、やや間を空けてから、石楠花の笑いが聞こえた。

「ききっ。ダマシ甲斐の無いヤツだ」

 石楠花の言っている事が何なのか、良く分からない。が、「何でもいいから、とにかく判っている事あったら教えてくれよ」と俺は、話を急かした。

「ききっ。俺は、何も知らねえよ」

「は?」

「あんたらの表情から、どうやら俺を疑っているみたいだったから、とりあえず、それを否定させてもらった。ついでに、あんたらの疑いがどの程度か、何を企んで来たのか、その辺に探り入れさせてもらっただけだ」

 石楠花にまた一杯食わされ気がして、俺は「バカにしてんのか!」と怒りをぶつけた。が、石楠花は涼しい顔で、榎に「ほら、あんたもこうやって食ってかかって来いよ。じゃないと面白くない」と文句を言っていた。これでは、俺のただの怒り損だ。

「それじゃあ、石楠花」

「ん?」

「石楠花は、どこまで知っているの?大前提として、ホントに今回は無関係?」

 天使が真剣な面持ちで、答えを求めた。

 その天使の表情を、薄く口元に笑みを浮かべながら見ていた石楠花は、その口を開いた。

「ききっ。俺が無関係なのは本当だ。が、それだけ。後は嘘だ。本当に、何も知らない」

「……信じるよ?」

「後悔したいなら、ご自由に」

 そう言うと、石楠花はまた不気味に「ききっ」と笑った。そして、そのまま何処かへ行こうと俺達の横を通り過ぎ、俺達に背を見せた。

「石楠花さん」榎に声を掛けられ、石楠花は振り返った。「改めてお願いします。手を貸してくれませんか」

 そう言うと、榎は頭を下げた。

 石楠花は踵を返し、榎の下へ歩み寄ると、榎の頭に手を置いた。

 顔をあげた榎には、石楠花の無表情な顔が見えただろう。

「一つ勘違いしているようだが、俺はあんたらのお仲間じゃない」

 石楠花に言われ、榎は顔を曇らせた。が、次の石楠花の言葉で、また笑顔に戻る。

「話…聞くだけだからな」



 石楠花のヤル気がどの程度あるか分からないし、もともと好奇心を糧に動くヤツだから、話を聞くだけに終わるかもしれない。しかし、それでも興味を持ってくれればと思い、大体の事情を説明した。榎がライフ・リセッター復活の噂を聞いた事、それがもしかしたら最近増えている失踪事件や自殺と何らかの関係があるかもしれないという事、もしかしたらまた石楠花の仕業かもしれないと疑い、石楠花を探していた事、大まかに言うとこの三つを説明した。

 石楠花を探している時、石楠花への疑いを濃厚にしかけた事があったので、説明の途中に「つーか、引っ越しなんかして、姿くらましたのかと疑い強くしたんだぞ」と言った。非難するつもりで言ったのだが、それもどこ吹く風で石楠花に「そんな怒るなよ。ただ、前々から引っ越しは考えていたし、あんたらに住処ばれて気持ち悪かったから、丁度良かっただけだ」と言われた。

「どう?石楠花の意見が聞きたいな」

 大体の説明が終わると、天使が言った。

 石楠花が思考し終えるのを、俺達は黙って待った。石楠花は、観察力や洞察力がずば抜けて高い。今の段階に置いて観察力は要らないだろうが、それでも石楠花の未来でも見通すかのような洞察力に期待だ。

 石楠花は、特に頭を悩ませている風ではなかった。ただ、時折眉毛をポリポリと掻くだけで、あとは何処かに視線を飛ばしている。それでも、頭の中はちゃんと回転していた。「なるほどね」石楠花は、一度ニヤッと口角を上げると、自分の解釈を述べた。

「偽物が現れたってのは、あながちただのデマってことはないだろう。また、その偽物さんが失踪事件、そうでなくとも何らかの事件を引き起こす可能性ってのも、そう低い話じゃない」

「そう思える根拠は?」俺は訊いた。

「まず、偽物の出現については、俺がそう仕向けたと言っても良い」

「はっ?」

「いや、だからと言って、俺が今回の件に関与していると言っているワケじゃない」と自らの関与を否定しておいてから、石楠花は続ける。「正確に言うと、ライフ・リセッターという存在の性質上、偽物の出現は最初っから有り得る話だったってことだ」

「わかんねぇよ。ちゃんと説明してくれ」

「はぁ~」石楠花は溜め息をつき、あからさまに俺をバカにしたような、そんな呆れを見せた。「いいか。ライフ・リセッターを作る時、俺は、本来の目的を達成させ易くする以外の目的を持っていた」

「隠れ蓑?」

 榎が自信無さ気に言うと、石楠花は頷いた。

「そう。あえて情報を制限し、俺はライフ・リセッターという存在の正体を有耶無耶にした。すると、だ。ライフ・リセッターが若い都市伝説だという事も手伝い、自分もライフ・リセッターになろうとする者が出現する。悪ふざけ半分、模倣犯みたいな心理だと思えばイイ。ライフ・リセッターの名前を利用するだけの、俺とは目的の違う存在も出てくる。自分こそがライフ・リセッターだ、と理解に苦しむ見栄を張る者も出るだろう。俺としては、こういうヤツらが出る事を見越し、万が一にはそいつらに罪をなすり付けられるから、そういう意味での隠れ蓑的存在としてライフ・リセッターを作っていたワケだ」

「なるほど…」良く分からないが…。「わかった」

「ききっ。ニット帽は理解してないようだが、続けるぞ」

「なっ…!」

 本当に、俺を置き去りに講義は続いた。

「ライフ・リセッターの偽物が出現する説明ともダブるが、偽物が出た場合、そいつはまず間違いなく良からぬ事をするだろうな。理由は、ライフ・リセッターが元々 良いヤツじゃないからだ」

「……それだけ?」

「それだけ」いきなり理由が弱くなったが、本当にそれだけらしい。「というか、品行方正な青少年が社会の為を思って何かをしようとする際、わざわざ都市伝説になりすます理由なんてないだろ」

「……それもそうか」

 なるほど、と俺達は納得した。

 ここまでの石楠花の説明を聞く限りだと、偽物の出現は充分に有り得る。俺達は、優れた頭脳を持つ石楠花への感心を強め、その一方で偽ライフ・リセッターへの恐怖も、現実味が増した事で強くした。半信半疑で今までどこか暇つぶしの感覚もあったのだが、気を引き締めなければならないと思うほどに。

 俺達の顔に深刻な色が浮かんだからか、石楠花は「だから、もし偽物の正体を知りたいなら、テキトーにネットの噂でも探せばいい。偽物がいる場合、名前を使う理由は、そいつの目的を実現させえる為の武器としての『脅し』の可能性が高いから、ライフ・リセッターの恐怖を煽るような書き込みがあれば、それを辿って正体を掴めるかもしれない」と協力的な助言をしてくれた。最後に、「ま、それもライフ・リセッターの世間への浸透具合にもよるがな」と付け足して。

「じゃあな」

 石楠花は、再び帰ろうとした。これでもう自分の役目は終わったという事なのだろう。

 しかし、また榎が、「あの…偽物を止める方法ってありませんか?」と焦りで上擦った声を出し、石楠花の脚を止めた。

 石楠花は、振り返った。

 しかし、その顔には先程まで頻繁に現れた笑みはなく、まるで榎の事をたしなめるような、眼に力がこもっていた。

「それは、あんたのお節介か?それとも、誰かの仇打ちみたいなもんか?」

 急変した石楠花の雰囲気に、榎はたじろいだ。が、「お、お節介です」と応える。

「なら、やめとけ」石楠花は、食い気味で言った。

「え…?」

「中途半端な正義感は、逆に危険だ。最悪なケースとして、生半可な怪我じゃ済まない事もある。命懸けるくらいの覚悟が無いんなら、これ以上は首突っ込まないで、とっとと忘れることだ」

 石楠花の強い口調に、榎がどう思ったのかは分からない。けど、少なくとも俺は、石楠花の言う事ももっともだと思う。もしかしたらと思うと、少し怖くもある。

「榎。アレだったら、俺らだけでも偽物を追うから…」

 素直に「うん」と言って欲しかった。

 けど、榎は、俺の期待を裏切る。

「覚悟なら、ちゃんとあります。偽物のしている事によっては、見過ごすことはできません」

 そこで、榎と石楠花は視線をぶつけ合った。

 また沈黙が流れ、また沈黙を破ったのは、あの不気味な笑い声だ。

「ききっ。ならいい」

「それじゃあ、協力…」

「ああ。俺も、ほんの少しだけだが、興味が出て来た。もう少し、付き合ってやるよ」

 石楠花は、榎の頼みを承諾した。

 石楠花のいきなりの態度の変化に、俺と天使は顔をしかめ、その顔を見合わせた。石楠花は何を企んでいる、と心のどこかで疑ってしまうのは、何故だろうか?

 しかし、協力してくれるのは正直ありがたい。きっと、偽物がどういうヤツなのか、とか、偽物の目的が何なのか、とかに興味を持ったのだろう。

 思いがけないことだが、石楠花を味方の出来たのは大きい。

 石楠花の態度の変化は、偶然のラッキーだと思うことにしよう。

「ききっ。それじゃあ、まずは情報収集だな」


     楸


 初めて、ネットカフェという所に来た。

 なんか、ワクワクする。

 まだ駄菓子屋の前にいた時、石楠花は、情報収集の手段としてインターネットを選択した。その時、「この中でネットに繋げるパソコンを持ってるヤツいるか?」と訊いたが、俺はもちろん榎ちゃんも、椿は若干怪しかったが、全員首を横に振った。

「本当か?ニット帽」

 と、石楠花も疑っていた。でも、椿は、頑なに「持ってない」と主張した。

「つーか、石楠花はどうなんだよ?」

「俺?俺は持っているが、ウチが散らかっていて恥ずかしい」

「女子かっ!」

 繊細な石楠花と、たぶん持っているパソコンがエロサイトの閲覧履歴でいっぱいの椿は、パソコンの提供を拒んだ。

 その結果、石楠花のしぶしぶの提案により、俺達はネットカフェに来た。

 ここのネットカフェは、他所もそうなのか、個室が設けられていて、俺達四人位なら余裕はないが窮屈を感じない程度に入れた。俺としては、せっかく設置されているドリンクバーなどにも興味があり、その辺に触れることも必要に思えたが、椿に「ウロチョロすんな!」と個室に押し込まれた。

 パソコンの操作は、「私やりたい」という榎ちゃんの積極性を尊重し、榎ちゃんに一任した。でも、榎ちゃんが率先してやろうとしなくとも、石楠花は部屋に入ると早々に壁に寄りかかり、買ってきた駄菓子を食べ始めていたし、椿も出入り口の扉を塞ぐように立ったから、榎ちゃんが操作するのは必然の流れでもあった。

 榎ちゃんは、長時間座ってもお尻に負担が少なそうな、なかなかに立派な肘掛け椅子に座り、パソコンを起動させた。俺は、榎ちゃんが座る椅子の背もたれに手を掛け、ゆっくり目覚めるパソコンの画面を見る。

 榎ちゃんは、「えーっと」と迷いの見られる不慣れな手つきでマウスを操作し、インターネットの画面を出した。ここまでは順調だった榎ちゃんの手は、そこで一度止まった。

「石楠花さん」

「ん?」

 俺ごと椅子を回転させて石楠花の方を見ると、榎ちゃんは照れ臭そうに頭を掻きながら「何て調べれば良いんですか?」と訊いた。

 上半身を持って行かれた俺も、石楠花に疑問の視線を送る。

 榎ちゃんに尋ねられ、石楠花は口に含んでいた菓子を飲み込み、「そのまま、『ライフ・リセッター』でいいんじゃないか?」とぶっきらぼうに答えた。

「あ、そうか」

 納得すると、榎ちゃんは、また俺ごと椅子を回転させ、パソコンに向いた。人差し指を駆使して『ライフ・リセッター』と打ち込むと、エンターキーを勢い良く弾いた。

 パソコンは、その性能をいかんなく発揮し、俺達に情報を与える。ライフ・リセッターが地域限定的な都市伝説であっても、僅かな痕跡を嗅ぎつけ、『出来ませんでした』なんて弱気な発言はしない。たとえ一番上に来た検索結果が『都市伝説集』なる胡散臭いものだとしても、俺達に不満はない。

 良くやったと誉める気持ちをグッと堪え、これこそが労いだとでも言うように、榎ちゃんは特に躊躇せず、一番上の『都市伝説集』をクリックした。

 画面は、それまでの白バックと青文字から一変し、黒の背景に紫の文字で『都市伝説集』と書かれた おどろおどろしいページになる。このサイトを管理する者の気遣いなのか、トップページには、最近話題沸騰中の都市伝説の名前が挙がっていた。が、そこに「ライフ・リセッター」の名前はない。画面を下へスクロールさせると、使い勝手を考慮した上でそうなったのだろう、都市伝説の頭文字一時から調べられるようになっていた。

 当然、榎ちゃんはラ行の部分をクリックする。

 変わった画面には、ラ行から始まる都市伝説名が辞書の並びの様に上がっていた。そして、ライフ・リセッターは、その一番上にあった。

「押しますね」

 ここまで躊躇わずに進んできた榎ちゃんは、そこで確認するように言った。本来ならば、石楠花が指揮を取るべきなのだろうが、石楠花は何も言わず、口に駄菓子を入れている。だから、俺が代行して「ゴー、榎ちゃん」と背中を押した。

 榎ちゃんは、『ライフ・リセッター』と書かれた文字をクリックした。

 画面には、ライフ・リセッターの基本情報が載っていた。主に噂されている地域としては、この街周辺が挙げられ、あと、大体の概要として一言二言の説明が添えられている。ライフ・リセッターの概要には、「時空を渡り、人生の重要な分かれ道へと人をいざなう」とある。俺らは、それが違うと分かるが、噂をただ聞いただけの人や作った本人の石楠花としては、あながち間違いではないのかもしれない。

 画面を進めると、ライフ・リセッターについて、掲示板の様な形で書き込みが出来るスレッドがあるのを見つけた。スレッドは、ライフ・リセッターについてという縛りはあるが、「ライフ・リセッターの行動」「ライフ・リセッターの真相」「ライフ・リセッターに出会った事がある人、集まれ!」のように個人で自由にスレッドを立てることができ、色々と話が出来るようだ。

 書き込みが多く賑わっているスレッドや、立ててあるだけで実質は何も無いスレッドもあり、書かれている内容も多種多様であろうことが推察される。榎ちゃんは、そのスレッドの行列とでも呼ぶべき一覧を眺めると、「石楠花さん。どれ見ればイイと思いますか?」と助けを求めた。

 助けを求められたというのに、石楠花は面倒くさそうな緩慢な動きで、まずは壁から背を離し、パソコンの方へと近づいた。椅子の背もたれから俺の手を払いのけ、椅子を九十度回転させると、「しっしっ」と手を払い、榎ちゃんを椅子から下ろした。石楠花は、食べていたお菓子の袋をキーボードの横に置くと、椅子に腰を下ろした。

 石楠花は、興味無さそうに頬杖をつきながら、画面をスクロールさせてスレッドの行列を眺めた。その中から一つ、「ライフ・リセッターの真実」というスレッドに入った。そこには、最新のものから順に、たまに書き込みの無い日もあるが、それでも頻繁に情報が寄せられている。常連さん達による挨拶や雑談もままあるが、それでも大半は『都市伝説 ライフ・リセッター』の真実に近づこうと、それぞれの解釈や考察など、熱い意見をぶつけ合う書き込みがほとんどだ。

 書き込みを流し読みしていた石楠花は、ある程度まで書き込みを遡ると「ここじゃないな」と呟き、スレッドを出た。

 そして、次に入る。次は、「ライフ・リセッターの目的」だ。が、ここも流し読みし、次の「ライフ・リセッターと事件」へと移った。そして、最後に「ライフ・リセッターと出会った事がある人、集まれ!」を読むと、マウスから手を離した。

「カッ。ろくな情報ねぇじゃねぇかよ」

 いつの間にか、俺達の後ろでパソコン画面を見ていた椿が、嘲るように言った。人の苦労を嘲る椿のように口には出さないが、俺も同じ感想を抱いた。きっと、榎ちゃんも諦めに近い感情を持ったに違いない。

 けど、石楠花だけは違った。

 石楠花は何も言わずに、傍らに置いた駄菓子を食べた。それはもう、一つ一つではあるが、飲み込むとすぐに次に手を出し、休むことなく食べた。時折、咀嚼の間に榎ちゃんの口に駄菓子を運んだ。無表情且つ無言で渡された菓子を、榎ちゃんは何の疑いもなく口にする。良く見ると、石楠花の食べている菓子は、かりんとうだった。…だから、何だ?

 石楠花は、ただ菓子を食べているように見えて、その実、様々な事を考えていた。

「ききっ。なるほどな」

 考察を終え、石楠花は不敵に笑った。

「やっぱり、偽物はただの噂なのか?」石楠花の反応を見て、椿が訊いた。

「いや。そうかもしれないが、偽物はいるという前提で、俺は考える」石楠花は、椅子を半回転させて俺達三人のことを視界に捉え、説明した。「ライフ・リセッターが浸透していなかったら偽物の可能性は格段に低くなるが、このサイトを見る限りだと、そこそこ知れ渡っているようだから、偽物もいるとして、考える」

「でも…」と榎ちゃんが、不安そうな声を出した。「ここには、これといった情報はなかったですよ」

「ききっ」石楠花は、何故か楽しそうに笑った。「情報が無い事も、情報なんだよ」

「「は?」」「え?」

「順に説明する。まず、このサイトに『ライフ・リセッター』の項目を立てたのは、俺だ」

「はぁ?なんで?」と椿が疑問をぶつけた。

「都市伝説の類を検索しようとすると、高確率でこのサイトが引っかかるからだ。俺としては人の口を伝うのが理想だが、ある程度都市伝説の体を成した段階まできたら、ネットもライフ・リセッターを成長させる手段の一つとしたんだ。ここならライフ・リセッターについての概要を広く知ってもらう事が出来るからと、まぁ大した期待はせず、ここに種をまいた。その種が運良く開花して大勢に知れ渡ればいいな、程度の感じでな。で、種をまくと同時に、俺は真偽入り混じった情報も流した」

「それで…つまり何がわかったんだ?」首をかしげ、椿は訊いた。

「ききっ。判ったのは、ここのライフ・リセッターが、まだ俺の手元にあるってことだ。まだ、他のヤツの手に染まった感じはしない」

 石楠花の言っている事の意味が、椿でなくとも分からなくなった。

「いいか」俺達の反応がイマイチであると見て、石楠花は噛み砕いた説明をする。「ライフ・リセッターの名を語る偽物が現れたとして、そいつが、自分がライフ・リセッターに成り変わろうとするようなヤツだった場合、何らかのアピールをする。それこそ、人目に付く位派手で、自己主張の強いやつを。けど、サイトを見る限り、それはない。サイトは、本当は匿名性ではないんだが、一応は匿名性を保っていて、自由に書き込みが出来る。だとすると、自分が伝説になろうとするくらいに自己主張が強いヤツが偽物だった場合、それまでのライフ・リセッターの危険性を煽るような書き込みがあるはずなんだ。しかし、それはほとんどと言っていいほどなかった。あっても、単発的な根も葉もないデマだ。よって、今言った可能性は無いと思っていい」

「「「ほう…」」」

「次に、偽物がライフ・リセッターという名前を利用しようとしているだけの場合。俺は今回のケースがそうだと睨んでいるのだが、そいつは、自分の欲望を満たす為、ライフ・リセッターという名前を利用している可能性が高い」

「ん?どういうこと?」俺は訊いた。

「先にも言ったが、ライフ・リセッターは良いモンじゃない。まぁ、一部勘違いしている奴もいるようだが…。それを利用するってことは、その用途も当然悪用だろう。おそらく、噂が広まっているのをいいことに、脅しの手段や隠れ蓑として、そいつはライフ・リセッターを利用している。恐怖は人の脚を鈍らせ、その恐怖を解明しようにも、それは雲の様に掴みどころが無い、ってことだ」

「それで…?」

 俺が結論を求めると、石楠花は、開いた手の指を一本ずつ折り曲げながら説明を続けた。

「それで導き出される可能性として。まず、ライフ・リセッターという既存の名前を使うことから、他のモノに縋ろうという、そいつ自身の自分に対する自信の無さが窺える。次に、目撃情報や活動情報の無さから、そいつが極めて慎重に事を運ばせる性格、つまり臆病であることが分かる。最後に、これは確認を取る必要があるが、そいつの目的が、ただの殺人である事がわかる」

「…何で、目的が殺人だって分かるの?」

「簡単だよ。それは、ライフ・リセッターという名前から推理して、人生をやり直す、つまり生まれ変わるという意味を汲み取る事ができるからだ。実際、『ライフ・リセッターの目的』のスレッドでも可能性の一つとして触れられていたが、人生をやり直す為には、今の自分を消さなければならない、つまり死ななければならないとあった。つまり、ライフ・リセッターは、人生をやり直させる為に自分を消しに来る存在とも解釈される。ライフ・リセッターの噂がある程度浸透した状態なら、その名を出すだけでも、場合によっては充分に脅しとしての成果を上げるだろう」

「脅して、逃げる気力を奪った上で、殺すの?」

「たぶん、な」

 俺達の理解がついていっているか、石楠花は判断に苦しむだろう。少なくとも、無表情でいる椿は、考える事を放棄している。だから、あえてなのか、それともこれ以上無いのか、まとめるとな、と石楠花は細かい説明を終えた。

「まとめるとな、偽物は、ライフ・リセッターに成り変わろうとするような者ではなく、ただ名前を利用するだけのヤツ。特に事件として騒がれてもいない事から、自己顕示欲は無く、そいつの目的、おそらく〝殺し″のみを重視している。が、名前を脅しの手段として語るにしては、その名を増強する気配もない。むしろ、神経質なまでに情報を隠している感じさえする。普通、他の名を語って何かを成した場合、それに達成感を感じれば感じるほど、『友人に聞いた』『偶然目撃した』などと無関係を装い、アピールするだろうからな。よって、偽物は、ありものの名前に縋るような卑怯で臆病、しかし臆病が故に慎重に物事を運ぶタイプ、だと考えられる」

「『優秀なリーダーや軍師は、誰よりも臆病だ』ってこと?」

「ま、そんなところだ」

 だとすると、かなり厄介だと思った。常に陰で動き続け、ここぞという時を辛抱強く待ち、人の目には全く触れる事が無いかもしれない。それでは、捜す術がない。まぁ、高橋さんに頼めば余裕だと思うが。

 石楠花の考察により、偽物の実態が少し掴めたというのに、俺達の間に流れる空気は重い。興味を持ってひっくり返した石の裏に、想像以上に虫がたくさんいて後悔するのと、似ている気がする。知ってしまった事で、気が重くなってしまったのだ。

「と言っても、これはおくまで、俺の推理だ」俺たちを励まそうとしているのか、石楠花は言った。「情報が無い状況での推理だから、無根拠極まりない。一番有り得るだろう可能性として言ってはみたが、当たっている確率は二割もないだろう」

「それじゃあ、どうすればいいんだよ?」

 考えられない男・椿は、結論ばかり求める。

「あとは、俺が調べといてやるよ」

「「えっ?」」「あ?」

 石楠花のまさかの積極的かつ協力的な姿勢に、俺達は疑う事もせず、ただただ驚いた。

「さっきの推測があっている確率は二割程度だが、偽物の出現する可能性だけで考えれば、それは決して低くない。だから、偽物がいるかどうかも含め、細かい事は俺が調べといてやる」

「それは、どうやって?」

 俺は、訊いた。

「ネットは、真実よりも嘘が多い。ネットで探すのは、情報が無いってことぐらいまでで、あとは街をうろついて、足で探す」

「それで、大丈夫なんですか?」榎ちゃんが、心配そうに訊ねた。

「ききっ。大丈夫もクソも、ネットの中で真実を捜す方が苦労だよ」

 と、石楠花は自信ありげに応えた。その様を見ていると、『足で探す』という草の根を分けるような根性論ではなく、汗もかかずスマートに真実を突き止めてくる気さえする。

 ヤル気を出した石楠花は、言葉や態度に弱さが見られず、また、理論的で決して大げさに自分を誇示しようという感じもしないので、不思議と頼り甲斐がある。こいつなら大丈夫だ、と安心してしまいそうになる。

 けど、「何で、急にヤル気を出したんだ?」と、椿が疑問を投げかけた。それは、俺も気になっていた。

「……ききっ」石楠花は、一瞬の間を空け、不敵な笑みを見せた。「なぁに。ライフ・リセッターの名を語るバカがどんなヤツなのか、だんだんそそられてきただけだ」

 やっぱり、理由は好奇心だった。

 石楠花は、もうお前の出番は終わった、とパソコンを眠らせた。また別の駄菓子の袋を開け、椅子を回転させて、俺達の顔を見ながら駄菓子を食べ始めた。

 暗に「質問は?」と、問いかけられている気がした。

「俺達は、何をすればいい?」

 石楠花が調べてくれるというが、元は自分たちの持ち出した問題だから、と椿は責任感を見せた。

 しかし、石楠花の態度は素っ気なく、「別に、何もしなくていい」と答えた。

「何でだよ?」

「一言で言うと、邪魔だから、だ。あんたらが勝手に何かやっても良いが、それで偽物の警戒心を強めると厄介だ。かと言って、俺に手伝いは要らない。邪魔だから、何もせず、大人しく、俺からの連絡を待ってろ」

 教え諭すように、ゆっくりと一言ずつはっきり、石楠花は椿に言った。

 石楠花の物言いに、椿は怒りを見せた。が、当の石楠花は椿に目もくれず、ヒナ鳥にエサやりする母鳥の様に、榎ちゃんに駄菓子を食べさせていた。その態度に、更に椿は怒りを燃やしたが、ここで騒がれるとうるさいし、話も逸れる。だから、俺はすかさず、「次はいつ?」と質問をした。

 榎ちゃんに餌付けする手を止め、石楠花は答えた。

「どうすっかな…。月曜が理想な気もするが、今日が土曜で次の月曜となると時間も少ないし、俺もその日は別件の予定がある。だから、早くて次の金曜かな」

 調べるのは石楠花だ。それに掛かる時間がどれほどなのか、そもそもどうやって調べるのか詳しい事を教えてもらっていない俺達には、見当もつかない。次の金曜が早いのか、それすらも判らない。

 俺達に出来るのは、「はい」という生返事だけだった。

「それじゃあ、偽物がいる確信を得た場合、次の金曜にまた集合な」

 と、さながらリーダーの様に、石楠花は指示した。

「浴衣の」

「ん?なに?」

「次の時の詳細連絡、もし偽物がいないと判明した場合はそれもだが、とにかくあんたらへの連絡先が要る」

「だから?」

「あんたのアドレス教えろ」

「いいけど」俺はケータイを取り出し、メールアドレスなどの個人情報を画面に出した。連絡先を教えるのは構わないけど、「前に、椿の教えなかった?」と気になった。

「あれは、あの時使ったきり、必要性も感じなかったから登録すらしていない」

「なるほど」

「いや、なるほどじゃねぇよ!」

 椿は怒ったが、赤外線を遮る事は出来ない。

 俺は、てっきり連絡先を『交換』するのだと思ったが、石楠花は、自分のを教えてくれなかった。代わりになのか、駄菓子を貰った。きびだんごだった。…だから何だ?


ネットカフェという場所に行ったことがないので、少し実際と違うカンジで書いてしまったかもしれません。


石楠花というキャラクターの性質上、セリフも多いし理屈っぽい話になってしまいますが、よければ後篇までお付き合いください。

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