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天使に願いを (仮)  作者: タロ
(仮)
32/105

番外編 桃から生まれるあいつの話

特殊番外編です


登場人物について、あの昔話の役に、本編のキャラクター達を獣人化させるなど、想像力を働かせてお読みください。


 昔々、ある所におじいさんとおばあさんがいました。二人は仲睦まじい夫婦であったのですが、それとも仲睦まじ過ぎる故なのか、とにかく触れてはいけない諸事情があるようで、今は二人で暮らしています。

 おじいさんの名前は、椿と言います。椿おじいさんは、山へ芝刈りに行きます。

「つーか、芝刈りって何すりゃいいんだよ?これって趣味なのか?これが俺の本業だったら、もちょっとマジでやんなきゃいけないよな…」

 と、マジで芝刈りをします。

 おばあさんの名前は、榎と言います。榎おばあさんは、川へ洗濯に行きます。

「さて、今日も頑張るよ。でも、洗剤を川に垂れ流しているけど、環境とかって大丈夫なのかな?」

 と、若干の不安を抱えながらも、榎おばあさんは洗濯をします。

 榎おばあさんが洗濯をしていると、川上から、それはそれは大きな桃が、どんぶらこっこ、どんぶらこっこと流れて来ました。おばあさんは、「おっきい~」と目を丸くして驚きました。

 榎おばあさんは、「これ持って帰ったら、椿君 喜んでくれるかな?」と椿おじいさんの喜ぶ顔を想像し、川の中へ足を踏み入れ、桃へ近寄りました。しかし、持とうとしたのですが、おばあさんの細腕では、その桃は大きくて重過ぎました。

「ふぅ…ちょっとダメだぁ~」

 榎おばあさんは、諦めました。

 大きな桃は、再び川下へと流れて行きました。



 洗濯を終え、榎おばあさんは家へ帰りました。

 庭に洗濯物を干し、特にやる事も無いので、おばあさんらしく編み物なんかに興じながら、おじいさんの帰りを待ちます。

「お~い。今帰った」

「あ、おかえり 椿君」

 椿おじいさんの声が聞こえたので、榎おばあさんは、編んでいた物を置き、おじいさんを迎えに玄関に向かいます。そして、そこでおばあさんは驚きで口を押さえました。なんと、帰ってきたおじいさんの傍らには、昼間見た あの大きな桃があるではありませんか。

「椿君。その桃どうしたの?」

「これなぁ、川に行ったら流れて来たんだよ」

「なんで川に行ったの?椿君、たしか今日は山に芝刈りに行くって言ってたよね?」

「そうなんだけどさぁ…。芝刈ってたら、止めるタイミングが分かんなくなってきてよぉ。だから、ちょっと川にでも行って魚でも獲ってくれば、はっきりした成果が出るし、あ~俺 仕事したな、って気になるかなと思って。まぁ、そしたら魚じゃなく、これが取れたワケなんだが…」

「そうだったんだ。お疲れ様」

 椿おじいさんの説明を、榎おばあさんは聞きました。自分もその桃を見た、などと余計な事を言うと、でかい桃を見つけて喜んでいるおじいさんに水を差すような気がしたので、余計な事は言わずに「お疲れ様」とだけ言って、おじいさんの労をねぎらいます。

 その榎おばあさんの気遣いもあってか、椿おじいさんは満足そうな顔をしています。おじいさんは、「食後にでも喰うか」と言って、桃を家の中へ運び入れました。



 その日の当番は椿おじいさんだったので、夕飯はおじいさんが作りました。

 おじいさんの作った夕飯を食べ終え、いよいよ食後のお楽しみです。

「どうする?椿君」

「う~ん…。この大きさだしな…。冷蔵庫が無い今の時代だと、あんまり保存もきかないだろうから、最初は普通にそのまま食って、あとは保存用にジャムとかにするか?」

 椿おじいさんは、そう提案しました。ですが、榎おばあさんは、それを聞き入れません。心配そうに眉をひそめて、口に手を当て、コソッと言います。

「ねぇ、椿君。冷蔵庫とかジャムって、あんまり口に出さない方がいいんじゃないかな?一応昔話っていう設定は守らないと」

「いや…お前のその発言の方がまずいんじゃねぇか?」

 椿おじいさんは、顔をしかめてツッコミを入れました。

 二人は、互いに世界観を守るようにする事を確認し合いました。

 気を取り直して、目の前の大きな桃を見ます。

「そんじゃあ、何をするにしてもこの大きさだと面倒だから、何個かに切り分けるか」

 椿おじいさんは、そう言いました。台所から大きな包丁を持って来て、それを構えます。

 そして、まるで斧で薪を割るかのように、桃を切るにしては大袈裟すぎるほどに振りかぶります。

 しかし、包丁を入れようとしたその時、桃の中から慌てた声が聞こえました。

「ちょ、待ってぇ!危ないから、危ないからそれ!」

 その声を、二人は気味悪がりません。ですが、椿おじいさんは不満そうな顔をしています。そのおじいさんの顔と この先の展開を危惧した榎おばあさんは、桃にこっそりと耳打ちします。

「ダメだよ、楸さん。椿君に切られて、それで勢いよく出てこないと」

「そんなこと言っても、榎ちゃん。桃の中からこっそり見てたけどさ、あのバカ、中の俺ごとる気だったでしょ。このまま物語を主人公の死で閉めるつもりだったでしょ。あんな切り方されて、勢いよく出るのは俺の血潮よ。いくら今回が特殊な番外編だからって、やっていいことと悪い事があるでしょ。ちなみにこの件は明らかに後者ですからね」

「っせぇよ。黙って切られてろ」と椿おじいさんは、桃に注意します。「ちゃんと寸前で止めてやっからよぉ、さっさとテイク2行くぞ。つーか、桃の中から喋り過ぎなんだよ」

「知ったこっちゃないね。てか、俺は二人の老夫婦設定にも納得してないんだからね」

「だから喋るな、そう言う事。さっき俺達で世界観 守る事を確認したばっかなんだからよ」

 椿おじいさんは、イライラしました。そのイライラをぶつけるように、桃を蹴ります。

「いったぁ!何すんだよ!」

「っせぇ!」

「いいのか?傷口からどんどん痛むぞ?今 椿が蹴った場所からどんどん腐って、すぐに食べられない桃になるぞ?」

「しるか!さっさと腐りやがれ。中のお前ごと腐りやがれ。何だったら今すぐにでも、生ゴミとして処分してやろうか?」

 椿おじいさんは、桃の中の存在とケンカしました。ですが、食べ物は大事にしようという精神から、物理的攻撃は最初の一回のみで、口ゲンカが続きます。



 主人公の誕生シーンがごたつきました。

 このままではマズイと、榎おばあさんは二人のケンカを止めます。

「いい加減にしなさい!桃は私が切るから、ケンカの続きは表でやって」

 榎おばあさんに怒られ、ケンカしていた椿おじいさんと桃は静かになりました。おばあさんは溜め息を吐き、おじいさんから包丁を受け取ると、桃の正面に立ちます。

「いくよ、楸さん」

「うん。俺も、桃の横に張り付いているから、きっかり真ん中を切ってちょうだい」

 桃の中との打ち合わせも終わり、榎おばあさんは、ゆっくり包丁を入れました。そして、包丁が床まで届き、桃は真っ二つに割れます。すると、桃の横に張り付いていた人は、桃と一緒に倒れ、元気よく登場することができませんでした。

 片割れの桃の中から、ゆっくりと起き上がり、その人は言います。

「いってぇ~。誤算だった」

 桃の中の人は、頭を押さえていました。きっと、桃が切れて倒れた拍子に、ぶつけたのでしょう。しかし、椿おじいさんは心配せず、冷ややかな目で桃の中の人を見ます。

「おい。どういうことだ?」

「だから、俺の作戦では、切られた拍子に勢いよくバーンっと出て来るはずだったんだけど、バランス崩しちゃってさ。そのくらい察してよ。てか、そこの文読んでよ」

「そういう事じゃねぇよ。つーか、そこの文とか言うな」

「じゃあ、どういう事よ?」

「お前の服装だよ!」椿おじいさんは、怒鳴りました。おじいさんの指摘したその服装と言うのは、浴衣と下駄です。ついでに、その人は日本一と書かれたのぼりまで背負っています。「普通、生まれて来る時は全裸だろ」

「ちょっ、待ってよ。榎ちゃんもいるし、普通とかテキトーな理由で俺を変態にしないでちょうだい」

 と、軽蔑する眼差しを椿おじいさんに向けました。

「っせぇよ。赤子は生まれて来る時、全裸が普通なんだよ。つーかそもそも、なんで赤子じゃねぇんだよ」

 おじいさんは言いました。おじいさんの言う通り、桃から出て来た人は、見たところ二十歳は超えているだろうといった感じの青年です。

 ですから、ここで一度まとめてみましょう。桃から出て来たのは、浴衣を着て下駄をはいた、齢二十歳は超えているだろう青年でした。その青年は、日本一と書かれたのぼりを背負っています。それら、桃から全裸の赤子が生まれてこない非常識について、おじいさんは怒っています。

「ほらね、椿の言っている事も充分おかしいんだよ。そもそも桃から生まれて来ること自体がおかしいんだから、ちょっとくらい目を瞑ってくれないとさぁ」

「っせぇよ。つーか、ちょっとじゃねぇだろ。ほとんど全てが間違ってんだよ」

「あれま」と、この言い合いが面倒になった青年は、驚く素振りを見せ、この言い合いを終わらせました。そして、「あ、俺のことは桃太郎って呼んで。安直だけど、桃から生まれたんだし、いいよね?」と自己紹介しました。

 椿おじいさんは、「生まれたヤツが、親に自己紹介すんじゃねぇ」とツッコミたかったのですが、それすらも面倒になりました。どうやら自分と桃太郎はウマが合わないかもしれない、生まれた瞬間から もうどうにもならない確執がある、そんなことを感じました。

 ちなみに、桃太郎が入っていた桃は、椿おじいさんが「コイツが入っていた桃なんて、汚くて食う気しねぇ。もし食うなら、しっかりと熱処理しろよ」と言うので、全部ジャムにしました。



 月日は流れました。

 桃太郎は、すくすく育ちました。といっても、生まれた時から成人だったので、見た目は変わりません。だからと言って、中身も成長しません。考え方が妙に大人びている所があるかと思えば、子供らしく椿おじいさんに悪戯を仕掛けたりもします。ですから、すくすく育っていると言うのは嘘です。

 でも、それなりに三人仲良く生活しています。

 椿おじいさんと桃太郎は、しょっちゅう喧嘩をします。時に、それは殴り合いにまで発展します。ですが、仲はいいはずです。榎おばあさんもそう信じているので、毎回毎回 口うるさく注意するようなことはありませんでした。



 そんなある日、椿おじいさんと榎おばあさんは、大事な話があると言って桃太郎を呼び出しました。

 桃太郎は、「何?榎ちゃん」といつもの明るいテンションで部屋に入ったのですが、すぐに二人の神妙な面持ちに気付きます。「どうしたの?もしかして熟年離婚?だったら俺、榎ちゃんの方についてくから」

「ちげぇよ。つーか、黙って座れ」そう言い、椿おじいさんは、桃太郎を自分達の前に座らせました。そして、榎おばあさんの顔を見て、頷き合いました。決意を固め、桃太郎に言います。「単刀直入に言う。鬼退治して来い」

「いやだ」

「即答だな、オイ」

「そんな危なさそうな事、単刀直入に言わないで、もう少し理由を説明してよ」

 桃太郎は、榎おばあさんに質問を投げかけました。その部屋の三人は、すでに神妙モードに疲れて、普段の少しだらけた感じになっています。ですが、その中でも一応真剣さを保とうとしている榎おばあさんは、桃太郎の質問に答えます。

「あのね、私も詳しくは覚えてないんだけど、桃太郎は鬼退治に行くんだよ」

「いや、榎…。それは、ちょっとダメだろ」

 と、椿おじいさんは、呆れ顔でツッコミを入れました。桃太郎も、さすがに今のは無いと思います。ですが、榎おばあさんは別にボケたワケでもなく、桃太郎の質問に真面目に答えようとした結果なので、椿おじいさんの言っている事の意味がわかりません。

 仕方が無いので、椿おじいさんは代わりに説明をしようとします。ですが、実を言うと、椿おじいさんも明確な理由は知りません。榎おばあさんと同じような答えしか出来そうにありません。なので、それらしき理由を探そうと、目をキョロキョロと泳がせました。すると、桃太郎が生まれた時に持っていたのぼりが目に入りました。

「ほれ、アレ見てみろ」と、椿おじいさんは、部屋の隅に置かれたのぼりを指差します。「アレに書いてある文字、読めるだろ?」

「バカにしないでよ。日本一、でしょ」

「そうだ!」と、一際声を大きくし、椿おじいさんは言います。「アレは、お前が生まれた時に持ってきたのぼりだ。つーことは、アレはお前の目標ってことだろ。だったら、鬼でも退治して日本一になって来いよってハナシだよ」

 椿おじいさんは、これこそ完璧だ、会心の理由付けだ、と微笑を浮かべました。ですが、桃太郎は、その理由では納得いかないようです。

「いやだよ。てか、あの日本一って文字、書いたの俺じゃないからね。もっと言うなら、あののぼり自体、俺は知らない」

「は?そうなのかよ?」

「うん。なんか良く分かんないけど、アレ持って行けって言われてさ」

 そこで、閃いた榎おばあさんが口を挟みます。

「それってさ、この後出て行く時に持って行くヤツだったんじゃないのかな?」

 榎おばあさんのその言葉を、椿おじいさんと桃太郎は考えます。そして、そういえばそうだよな、という共通の答えに行きつきます。旅立ちの時のアイテムを先に持ち出していた事やその事実に今まで気付けなかった事、それらのことに気付くと、今までもグダグダだったはずなのに、一層恥ずかしくなってしまいます。何故なら、二人は、旅立ち等の節目節目くらいはきっちりカッコ良くやりたいと思っていたからです。

「椿…ごめん。俺、もう理由はどうでも良くなっちゃった」

「あぁ。俺も」

 桃太郎の旅立ちが決まりました。



 桃太郎が旅立ちを決意してから一夜明け、今日は旅立ちの支度をします。

「ねぇ。今更なんだけどさ、鬼ってどんな感じなの?」

 と、桃太郎は、台所に立つ二人に訊きました。

「鬼って言うからには、やっぱ怖いんじゃないのかな?すごく強そうで、マッチョで、アフロで、黄色と黒のシマ模様のパンツはいてて、金棒持ってて…」

 と、榎おばあさんは一生懸命想像しながら答えました。ですが、桃太郎は満足していません。椿おじいさんに視線を向け、意見を求めます。

「赤い」

 椿おじいさんは、それだけ言いました。

「なんだよぉ~。結局分からずじまいか」と桃太郎はうな垂れました。

「いや、榎は結構具体的なイメージ伝えてたぞ…」

「元悪役レスラーで今は怖い奥さんみたいな人が出て来ても、俺 勝てる気しないんだけど」

「いや、それは鬼嫁だろ。つーか、あの人より強い鬼なんていねぇから、安心しろ」

 椿おじいさんは、ある夫婦を頭に思い浮かべながらつっこみました。

 暫らく桃太郎は黙っていたのですが、旅立ちを前にしてなのか、落ち着きがありません。ソワソワして、台所に立つ二人にまた話しかけます。

「てゆうか、二人は何作っているの?」

「ん?きび団子だよ」と、榎おばあさんは答えます。その手には、不恰好に丸められた団子があります。「ほら、結構上手に出来たでしょ?」

「あ、うん…そうだね、榎ちゃん」

「ハッキリ言えよ。きび団子なんか食ったことないし、見た目も上手そうじゃない、って」

 そう言うと、椿おじいさんは、榎おばあさんに肘で脇腹を突かれました。おじいさんが「おふっ」となっている所に、桃太郎が言います。

「そんなこと微塵も思ってないよ。それより、椿は何作っているの?」

「あ?俺はアレだよ、きびなごのから揚げ。きびなごは、きび団子に名前似てるし、こっちの方がいいだろ」

「……いいの?」



 そして、翌日。桃太郎の旅立ちの日。

 榎おばあさんは、目に涙を浮かべ言います。

「気をつけてね、楸さん」

「あ、ここは桃太郎でお願い、榎ちゃん」

「あ、ごめん。……気をつけてね、桃太郎」

「うん。ありがと、榎ちゃん」

 椿おじいさんは「だったら、お前も俺らのことをおじいさん、おばあさんって呼べよな」と心の中で今更なツッコミを入れながら、二人のことを冷ややかな目で見ています。

 榎おばあさんは、「これ、きび団子ときびなご。使い方は……わかるよね?」と危ういことを言い、それらが入った袋を桃太郎に渡します。桃太郎は、渡された袋を受け取りながら、「うん。お供を増やす時の交渉材料なんだよね」と確認しました。

「そうだよ。でも、お腹減ったら桃太郎もお食べね」

「うん。ありがと、榎ちゃん。俺、絶対 鬼倒して帰ってくるよ」

 そう言うと、桃太郎は、榎おばあさんと別れの抱擁をしようとしました。ですが、榎おばあさんは、旦那の目の前と言う事もあり、抱き合う事を躊躇います。悩んだ結果、握手を交わしました。

 桃太郎は、若干不満そうです。ですが、握手でも嬉しいと前向きにとらえました。

「ねぇ椿」

「ん?」

「鬼ヶ島ってどんな所なの?てか、何処に行けばいいの?」桃太郎は訊きました。

「さぁな。テキトーに進めば着くだろ。今回は認めたくないが、お前が主人公なんだ。お前がテキトーに進んだ道は、正しい道になるんだよ。自信持て。あと、鬼ヶ島って場所は、行けば分かる。つーか、文字で表現できないから何となく分かれ」

「……最後の最後で、椿が一番世界観をブチ壊すようなこと言ったね」

 桃太郎は、呆れました。椿おじいさんは、「っせぇよ」と不服そうに口を曲げます。ですがその後、互いに顔を見合わせ、何も言わずに頷きました。

 そして旅立ちの時、二人は固い握手をしました。

「行って来い」

「うん。またね」

 桃太郎は、旅立ちました。浴衣に下駄、持ちモノはきび団子ときびなごが入った袋だけという、不安だらけのいでたちですが、旅立ちました。

 椿おじいさんと榎おばあさんは、桃太郎の姿が見えなくなるまで見送りました。姿が見えなくなってからも、しばらくは家に入りません。二人とも口には出さなかったけど、不安なのです。そんな不安が、口を衝いて出て来ました。

「つーか、俺の出番ってこれで終わりなのか?」

「そんなこと無いと思うよ、椿君。楸さんが帰って来た時にもう一回、私たちの出番あるはずだし」

「そんな後かよ。んじゃあそれまで、ここで榎と二人暮らしか?」

 榎おばあさんは、頬を赤らめます。設定上、久しぶりの夫婦水入らずに照れているのでしょう。ですが、そんなことに気を揉む榎おばあさんとは違い、自分の出番の心配ばかりする椿おじいさんなのであった。



 桃太郎は、鬼ヶ島に向けて旅を続けています。鬼ヶ島が何処にあるのか、どういう島なのか、不明確な事が多いけれども、椿おじいさんの言う事を信じて進みます。

「てゆうか、あのまま おばあさんと桃太郎の禁断の恋の物語でも良かったんだけどね、俺は。てか、そっちの方が大歓迎、みたいな」

 桃太郎は、愚痴りました。旅立ちを決意したとはいえ、未だ釈然としない事もあるようです。

 そんな桃太郎の前に、一匹の犬が現れました。

「よぉ、桃太郎」

「ちょっと、俺まだ名乗ってないよ」

「細かい事は気にしなくていいでしょ。てか、詳細設定が思い出せないからさ、さっさときび団子ちょうだい。お供してやるよ」そんなカツアゲの様な横暴さを見せているのは、白い犬です。名前は、柊と言います。メス犬だけど、少しメスっぽくない、すらっと細い男勝りな二足歩行の犬です。その柊犬は、手をチョイチョイと動かし、きび団子を要求しています。「てゆうか、アンタ等がグダグダやってるから、待ちくたびれたし、お腹も空いてるの。だから、ほら」

「いいけどさ…。俺、お前とは正しい主従関係を構築する自信無いよ」

 きび団子を渡し、桃太郎はうな垂れました。

 そんな桃太郎のことなんか気にも留めず、よっぽどお腹が空いていたのでしょう、柊犬は、むしゃむしゃと勢いよくきび団子にがっつきます。最初の勢いは衰えることなく、袋の中にあったきび団子を全て平らげました。

「ふぅ~。おいしかった。榎ちゃんが作っただけの事はある」

「なんでお前が榎ちゃんの事知ってるんだよ?てか、全部食べないでよぉ。この後の交渉材料が無くなっちゃったじゃん」

 桃太郎は、愕然としました。最初のお供になる犬が、予想以上に厄介そうになる事もですが、この先の不安も大きく圧し掛かり、桃太郎は旅を止めたい気持ちでいっぱいです。

「気にすんな。アタシが、全部ぶっ倒してあげるから」

 柊犬が、口の横についたきび団子を舐め取りながら言いました。桃太郎は、柊犬のその言葉を、不思議と信用できました。何故でしょうか?この犬の持つただならぬ威圧感が、その強さを暗に示しているのでしょう。

「あぁ、じゃ…お願い」

「はいよ。それじゃあ、早速武器屋に行こっ」

「え?」と桃太郎は耳を疑います。「犬って武器使うの?」

「当たり前でしょ。そりゃ、素手でも戦えるけど、出来れば剣のような武器が欲しいな」

 柊犬にそう言われ、桃太郎は困ってしまいました。

「そんなこと言われても、俺まだモンスター的なモノも倒してないし、所持金無いんだよね。だから、武器って言われても……。噛み付くとかでいいんじゃないの?」

 桃太郎は、そう提案してみました。ですが、柊犬も女の子です。見知らぬモンスターや鬼に噛み付くなんて出来ません。それくらいの恥じらいは持っています。だから、恥ずかしさから「アンタの喉笛を?」と桃太郎を威嚇しました。

 桃太郎は、ゾッとしました。

「何で俺だよ…?モンスター倒してお金 入ったら考えなくもないから、今は素手でお願い。だからさ、そのキバ剥き出してくるの、怖いから止めて」

 桃太郎のこの説得に、柊犬はしぶしぶ了承しました。キバも引っ込めます。

 そんなこんなで、柊犬が仲間に加わりました。



 桃太郎と柊犬は旅を続けています。すると、桃太郎は妙な感覚を覚えました。それが何なのか考えていた桃太郎は、辺りを見回し、その答えを見つけました。

「ねぇ柊。俺達、つけられてる」

 桃太郎がそう言うと、柊犬は一瞬驚きました。もしかしたら敵に狙われているのかもしれない、そんな不安を抱きながら、持ち前の嗅覚を研ぎ澄ませます。

「もしかして、アレじゃない?」と柊が指を差します。「あの猿」

「あ~言われてみればそうかも。なんか、あんな茶色い物体が視界の端にうろついていた気もする」

 桃太郎も、その猿の姿を視界の端にではなく、しっかりと視界の中心に捕えました。

 あの猿は敵ではないようだと察し、二人は警戒を解きました。

 二人に見られ、猿は慌てた様子でした。お尻だけでなく、顔も赤らめています。そんな猿が、手招きをします。その手は、桃太郎に向けられていました。

「ん?俺?」

 桃太郎は、不審に思いましたが、それでも猿に呼ばれたようだからと、猿に近付きます。

「あのよぉ、桃太郎?」

「なんで知ってんの?」と桃太郎は呆れました。が、お構いなしに猿は話を続けます。

「あそこの犬って、お前の彼女?」

「なんでだよ?見た目は人っぽくても、一応人間と犬よ。そんなワケ無いじゃない」

 桃太郎がそう言うと、猿の顔がパアッと晴れました。

「だよな、だよな!」そう言い、猿は暫し考えます。そして、唾を飲み込み、決意を固めます。「あのさ、鬼ヶ島行くんだろ?」

「だから、何で知ってんの?まぁいいや……行くよ」

「だろ。だからさ、俺もその旅について行っていいかな?」

「いいけど……」桃太郎の言葉には、躊躇いがありました。「きび団子、もう無いよ?」

「いいって。その代わり…」そこで一度言葉を区切ると、猿は顔を一層赤くして、モジモジしました。どもりながらも、「あの…そのさ…。もしよかったら…あの犬に……デッ…デート誘ったりしてもいいか…?」と一生懸命に言いました。

 しかし、一生懸命な猿と違い、桃太郎の反応は非常に冷たいです。冷ややかな目で猿を見ています。これは別に、お供の柊犬を取られる事に嫉妬してではありません。

「いいけどさ…。途中で色恋沙汰で揉めたくは無いから、告白とかは鬼を退治してからにしてよね」

「おう!てか、俺もそんなすぐには告白しねぇよ。もっとお互いをゆっくり知ってから、俺の心の準備も万端になった頃を見計らってだな……」

 猿は、その後も色々ウダウダ言っていましたが、桃太郎は無視しました。

 何はともあれ、カイと言う名前の猿が仲間に加わりました。



 お供が二匹に増え、鬼相手に動物で大丈夫か、という不安はさておき、あと一匹くらい飛行系の動物がお供に欲しいな、と桃太郎は思っていました。

 そんな桃太郎一行の前に、一羽の鳥が降り立ちます。

 その鳥は、至って普通の鳥で、前二匹のように人間のようなビジュアルからは程遠い、ただの鳥です。しかし、そんな鳥の脚に何かが巻き付けられている事に、桃太郎は気付きました。

「なんだこれ?」と言いながら、桃太郎はその足に巻かれた紙を解きます。「手紙、か?」

 桃太郎が取った紙は、彼の察した通り手紙です。誰宛の手紙なのかとか、プライバシーとかを気にしない一行は、その手紙を読みました。

『桃太郎さんへ』

「だから、なんでみんな俺の事知ってんの?」と出だしからツッコミを入れる桃太郎。

『桃太郎さん。僕は、あなたのお供のキジです。細かい事は触れない方向で聞いて欲しいんだけど、僕はあなたの仲間です。でも、本当にごめん。行けなくなっちゃった(てへっ)。キミにも救う世界があるように、僕にも救わなければいけない世界があります。そっちの世界では、僕はお供のキジじゃなく、僕が勇者なんです。あまり多くは聞かず、黙って受け止めるのもキミの良い所でしたね。とまぁなんやかんやで、僕は鬼退治には行けません。きび団子も、今回は要りません。だけど、これだけは覚えておいて。僕はいつでもキミ達の味方です。陰ながら応援させてもらいます。もし苦しい事があったら連絡ください。相談位なら、いつでも喜んで乗りますから。では、頑張ってね。

P・S せっかくだからP・Sを付けたけど、特に何もありません。 十六夜より』

 手紙を読み終わり、桃太郎一行は微妙な空気に包まれました。

 このまま手紙を引き裂いて見なかった事にしてもイイのですが、一応 仲間一匹が欠ける事態になったようだということは認識できているので、一つ一つ確認し合います。

「結局、キジは仲間に入らないの?」と桃太郎。

「そうみたいね。てか、この途中の(てへっ)がムカつくんだけど」と柊犬。

「てか、あのバカ、ぜってぇテレビゲームやってるぜ。RPGに夢中で、鬼退治すっぽかしやがった」とカイ猿。

「俺、出会ったコト無い設定のキジに 勝手に長所見付けられてるんだけど…?」と桃太郎。

「ハッ。きび団子ならアタシが全部食べたけどね」と柊犬。

「そんなとこで張り合うなよ。てゆうか、ケータイも無いこの時代に、どうやって連絡すればいいの?まさか、この鳥使って?」と桃太郎。

「その鳥な、今逃げたぞ」とカイ猿。

 飛び去る鳥を見送り、三人は顔を見合せます。手紙を持っていた桃太郎は、それをビリビリに引き裂きました。それでも、今のこの空気は変えられません。

 十六夜に怒りを抱く者、どうでもいいと考える者、仲間集めまでグダグダで嘆く者、それぞれの思いを抱えたまま、再び旅路を行きます。

「あの…この三人でも鬼退治行けるよね?」

「ハッ。余裕」「おうよ!」

 桃太郎は、頼りになる仲間に恵まれました。



 桃太郎一行の鬼ヶ島を目指す旅は順調です。

 何故なら、鬼ヶ島にもう着いたからです。一行は今、島の入り口っぽい所に居ます。

「椿が、鬼ヶ島は行けば分かるって言ったけど、たぶんここだよな。なんとなくわかるもん」

 桃太郎は、確認するように呟きました。

「なぁ、桃太郎」柊犬が声を掛けます。「アタシ等、なんだかんだで手ぶらなんだけど。武器とかって無くても大丈夫?」

「大丈夫じゃない?」桃太郎は答えます。「てゆうか、途中に武器屋も無いし、宝箱も落ちてなかったじゃない。だから、手ぶらでもしゃーねぇーよ。そういうRPGもあるって」

 桃太郎の言葉に、腑に落ちない所もありましたが、柊犬とカイ猿は納得しました。納得できるだけ、この二匹は素手での戦闘も充分に強かったのです。ただ、桃太郎は違います。彼だけは、素手では何もできず、旅立った時の弱いままです。レベルも上がっていません。ですから、このパーティで最弱は誰かと問われると、悩む間もなく桃太郎が指差されます。

 そんなパワーバランスもあって、鬼ヶ島に着いてから、一行の先頭を歩くのは、最も強い柊犬です。ちなみに、島へ渡る時の小舟も、桃太郎が一人で漕ぎました。

 先頭を歩く柊犬は、早速敵を見つけました。「アンタ等、少し伏せな」と二人に指示を出し、まだ離れた位置に居る鬼を観察します。「アレが鬼?なんか弱そうだね」

 柊犬の言う鬼は、青鬼です。榎おばあさんの言っていた鬼のイメージとは少し異なり、腰まで伸びた青いストレートヘアーで、青白い肌、顔には覇気の欠片も無いのですが、強そうな角が生えています。あと、引きずっていますが、金棒も装備しています。

 そんな雌の青鬼が居ました。

 最初に遭遇した鬼があまりにも弱そうな事に、桃太郎は、余裕の笑みを浮かべました。

「あれなら俺でも余裕かも」

「油断すんなって。仮にも鬼だぜ」

「そうね。アレに手こずってる間に仲間呼ばれても面倒だし、一瞬で倒して情報を引き出す方がイイかもね」

 そう言い、柊犬は戦闘の構えをとります。

 カイ猿も手助けしようと思ったのですが、そんなカイ猿が何かする前に、柊犬は突撃していました。そんなカイ猿と違い、最初から何もする気のなかった桃太郎は、しっかりと柊犬の動向を見ていました。だから、柊犬の異変にもすぐに気付きます。

「あれ、攻撃止めた?」

 桃太郎の言うように、柊犬は殴りかかった手を、鬼に当てることなく降ろしました。それと言うのも、柊が襲いかかった時、その鬼が敵だとしても可哀想になるほどに怯えたからです。頭を抱え、丸くなって震えています。さすがの柊犬も、それに同情してしまい、攻撃を止めたのでした。

 桃太郎とカイ猿は、柊犬と青鬼のもとへ駆け寄ります。

「どうしたの?柊」

「いや…それが。ちょっと…」

 柊犬が説明に困っていると、当の青鬼が口を開きました。

「あの…あなたが桃太郎?」

「もういいや。うん、そうだよ」と、桃太郎は、何で知っているのかと言うツッコミは止め、話の先を促します。

「私は、篝火。見ての通り、青鬼です。だけど聞いて。私はね、あなたに退治されるような悪い事、何もしてないの。てゆうか、出来ないの。私、昔から何をやってもダメで、ダメな私は鬼の様な事をやろうにもダメ。ダメだけど、見た目はそれなりに人間に近いから、人として暮らそうにも迫害されてやっぱりダメ。人間としての生活を諦めて、もう一度鬼の様になろうにも、これもダメ。ダメダメのダメで、ダメだからダメだったのよ。そんなダメがダメだなって落ち込んでいる時に、いきなり攻撃してくるとかダメじゃない」

 篝火鬼のいきなりの説明に、桃太郎一行は「え、何?ダメ?」と困惑しました。

「どういうことだ?」

「いや、アタシにもコイツがダメってことしか…」

「でもさ、コイツの言い方だと、それに攻撃しようとした柊が一番ダメじゃない?」

 そう言ったら、桃太郎は柊犬に殴られました。

 桃太郎一行が篝火鬼の扱いに困っていると、篝火鬼は勝手に喋り出しました。

「てゆうか私ね、本当はキジの役をやりたかったの。キジになれば、もう一度飛べるかもって。だけど、キジ役は既に決まってたから、私は髪の色が青いってだけで青鬼よ。いいの、そんなことで?」

 そう訴える篝火の声には、薄くはありますが怒りがこもっていました。

「いや、詳しい事は知らないけどさ、あんまり役とか言わないで。グダグダな話になったとはいえ、鬼ヶ島でくらいは真面目な感じで進めたいから」

 苦い顔をして、桃太郎は言いました。

 ですが、そんな桃太郎の忠告を聞き入れず、マイペースな篝火鬼は続けます。

「それが何よ。見れば、あなた達のパーティにキジいないじゃない。だったら、私が鬼やる必要もなかったじゃない。今からでもキジやらせなさいよ。あなた達が望むなら、語尾を『キジ』に変えるくらいやってもいいのよ」

「いや、意味わかんないし。何、ひがんでるの?どんだけキジやりたいの?てゆうか、キジの鳴き声は『ケンケン』だから。『キジ』じゃないから」

「……キジやりたいけん」

「なんか方言みたいになったんだけど…」桃太郎は、つっこむ事に疲れました。なので、話をまとめる為に、一応鬼のプライドとかにも気を遣い「それで、篝火はどうしたいの?」と結論を求めました。

「キジになりたい」

「あっそ。てゆうか、鬼としての体裁とかこの微妙な話の流れとか、そういうのはいいの?」

「いいんじゃない?ラスボス一歩手前で、新たな仲間がパーティに加わるだけよ。それに、敵方が寝返る事なんてよくあるじゃない。もっと大きな敵を目の前に、仕方なく手を組んだように見せかけて、いつの間にかほんとに仲間に、みたいな。だから大丈夫よ」

 言いながら、篝火は茂みに入って着替えました。今までの中途半端な鬼の恰好から、角などを外し、代わりに嘴や羽を着けたキジの姿になりました。

 こうまでされて、桃太郎一行は、断る事が出来ませんでした。

「私がボスのとこまで案内してあげるケン。ついて来るといいケン」

 篝火キジは、勝手に先を行きます。念願のキジになれたからでしょう、彼女の足は軽やかです。ですが、篝火のテンションについていけず、他の三人は遅れて、ゆっくりと付いて行くのでした。

 すると、唐突に先を行くキジが、後ろを振り返りました。てっきり、みんなのヤル気が無い事を叱咤するのかと思ったら、「ちなみに、私みたいな下っ端がなんでボスの居所を知っているのかとか、細かい事は言いっこなしねケン」と言いました。

「……言わないよ」

 浮かれている篝火と違い、テンション低く桃太郎は答えました。



 新たに篝火キジを仲間に加えた一行は、ボス鬼の所へと向かいます。

 新たな仲間、篝火キジは、最初こそ意気揚々としていて元気だったのですが、すぐにいつもの暗い顔になりました。暗いと言うより、怯えた顔です。

 彼女は、敵側に寝返ったので、今や鬼達の敵です。それに、さっき着替えた為、今や鬼だった頃の面影はありません。今の彼女は、桃太郎の仲間のキジなのです。

 だからでしょう。いや、そうじゃなくてもなんでしょうか?鬼に出会うと、彼女の顔は真っ青になります。敵に遭遇しただけで、完全に戦意喪失してしまいます。それまで、一行の中で最も弱かったのは桃太郎でしたが、今は篝火キジが最も弱く、守られる存在となっています。

 そのためでしょう。いや、そうじゃなくてもですね。ボス鬼の所までの道は、柊犬がほとんど一人で切り開いてくれています。一行の中の戦力としては、カイ猿も居るのですが、彼は援護だけで事足りるほど、柊犬の力は圧倒的でした。出会う鬼出会う鬼をバッタバッタとなぎ倒し、中ボスっぽかった鬼までも、一瞬のうちに片付けてしまいました。

 途中、柊犬は「アンタ、さっき金棒持ってなかった?」と篝火キジに尋ねていました。篝火キジは、それに対し申し訳なさそうに「ごめんケン。さっき着替えた時に置いて来ちゃったケン。だって、重くて腕プルルンなんだもんケン」と答えました。「なによ。金棒でもいいから武器があれば、もっと楽に進めるのに」と、柊犬は愚痴っていました。ですが、彼女に金棒を持たせてしまっては、余計な被害者が出てしまうだろう、まさに鬼に金棒になるだろう、と桃太郎は敵に対する同情を禁じ得ないのでした。



 そんな柊犬の大活躍もあり、一行は、最後の決戦の場であるボス鬼の部屋の前にまで来ました。

「いい、みんな?」

「ハッ!」「おう!」「ちょま…あれ、もしもの時の豆忘れたケン。あの怪我も一瞬で治るヤツケン。昨日のピーナッツがポケットにあったけど、これじゃあ…」

 桃太郎が決戦に向けた意思を確認すると、みんなは力強く答えました。約一名、うだうだ言っていましたが、それでも覚悟は決めたようです。みんなの本気の覚悟に、桃太郎も引くに引けなくなりました。

 そして、決戦の場へ―――。



 ボス鬼は、大きくて高級そうな革のソファに座っていました。その鬼は、黒いシャツと上下黒のスーツを着ていて、目つきも鋭く、鬼と言うよりもヤクザみたいです。部屋の前に掛かっていたプレートに『高橋』と書かれていたから、このボス鬼の名前は高橋と言うようです。

 その高橋鬼は、桃太郎一行が入って来ても物怖じ一つせず、冷静に立ち上がると、一行の方へと少し歩み寄りました。

「くくっ。よく来たな、桃太郎」

「あ、やっぱあなたも知っているんですね」

「くくっ。まぁな。で、今日はどうした?まさか、俺のことを倒しに来たとか、腐れたコトぬかすんじゃねぇだろうな?」

 そう言うと、高橋鬼は、サングラスを掛けました。戦闘モードに入ったようです。その戦闘モードに入った高橋からは、ただならぬオーラが出ています。特に声を張ったワケでもないのに、高橋鬼の言葉は一行を威圧し、彼らは恐怖を感じて後ずさりました。

「おい、柊」と、桃太郎は隣に居る柊犬に声を掛けます。桃太郎にとって、彼女が頼みの綱なのです。「あの人さ、さっさとやっつけちゃってよ。マジ怖い。今までのヤツらみたいにさ、けちょんけちょんにしちゃって」

 桃太郎は、そう言いました。ですが、柊犬からは返事がありません。おかしいと思い、桃太郎は彼女の肩を揺さぶりました。すると、ボーっとしていた彼女は、我に返りました。

「どうしたの?柊。 しっかりしてよ」

「あ、ごめん。あの、その…アタシ、あの人には勝てる気がしない」

「は?」それまではさながら戦闘鬼のような活躍をみせていた柊犬のまさかの弱気な発言に、桃太郎は驚きました。「どうしてさ?」

「あ…アタシ、あの人のことを、あ…甘噛みなんて…」

「いや、甘噛みじゃなく噛み千切る勢いで噛み付いてよ。何、甘噛みって?やらしさだけで、攻撃力なさそうなんだけど」

「う、うるさい!」

 桃太郎は、柊犬のことを奮い立たせようと思ったのですが、彼女は顔を赤くして戦意喪失してしまいました。どうやら、彼女は高橋鬼に一目ぼれしてしまったようです。

 桃太郎は困っていると、高橋鬼に指を差されました。

「どうすんだ?桃太郎。 やんのか?やんねぇのか?」

「まさかのご指名かよ…」

 桃太郎は、たじろぎました。

 ですが、どうにも逃げる事は出来そうもありません。

 覚悟を決め、高橋鬼と向き合います。そんな桃太郎の頭の中には、RPGの戦闘シーンのような場景と音楽が流れています。覚悟を決めたとはいえ、追い込まれて必死なのです。

――どうしよう。『こうげき』っていっても、俺の攻撃力なんかじゃ、会心の一撃を千発 与えても、アレは倒せそうにないよ。『まほう』も覚えてないしなぁ。てか、覚えたら俺でも使えたのかよ? どうすんだよ!アイテムだって、ロクな店も無いから何にも…あ!

 その時、桃太郎は、ある物を見つけました。

 それは、椿おじいさんが旅立つ時、きび団子に名前が似ているからという鬱陶しいボケをする為だけにつくってくれた『きびなごのから揚げ』でした。

 しかし、それは武器ではありません。装備することなんてできません。

――あのクソじじい!もっとマシなのよこせよな!

 そう心の中で悪態をつきましたが、何もしないよりはマシだ、もしかしたら食べるとパワーアップするかもしれない、とそんな奇跡を信じ、桃太郎はきびなごを取り出します。そして、それを口に運ぼうとしたら、「おい、ちょっと待て」と止められました。

 誰に?高橋鬼に です。

「何?」

「それ、きびなごか?」

「うん、そう」

 桃太郎が答えると、高橋鬼は何かを考え始めました。どうやら、状況が変わってきたようです。桃太郎の頭の中に流れていたBGMも止まります。

 そして、考えをまとめた高橋鬼が言います。

「闘い止めね?」

「「「「え?」」」」

「ていうかよぉ、俺達、別に何もしてねぇだろうが。お前らと闘う理由なんてねぇぞ」

「だが実際、テメェらの中には、悪さするヤツだっていんだろうがぁ」

 と、カイ猿は噛み付きました。ですが、高橋鬼は気にしません。平然と、「だから、それも一部のヤツだけだって。何だったら、俺からきつく説教しとくからよぉ」と言い、掛けていたサングラスも外しました。どうやら、戦闘モードすらも解いたようです。「俺だって、闘うのは面倒だからヤなんだよ。あれだったら、俺ら鬼の力を人間達に貸してやっても良いから、ここは手を引いてくれや。平和的に行こうぜ」

 まさかの鬼からの平和協定に、桃太郎は戸惑います。

 何かあるのではと疑い、「何を企んでいるの?」と訊きました。

「何もねぇよ。ま、しいて言うなら、お前の持ってるきびなごだな」

「え?」

「それな、酒の肴にピッタリなんだよ。から揚げだったら、日本酒にも合う。だからよ、酒でも呑んで宴会して、仲良くやろうぜ」

 高橋鬼は、そう言うと、桃太郎達にニッと笑いかけました。その顔には、悪意などは無く、本当に酒が飲みたいだけのようでした。そのことを桃太郎も察し、笑いました。

「ははっ。いいね。これ、俺のじいちゃんが作ったヤツだからさ、ウチ来てよ。ウチでみんなで楽しく宴会でもしよう」

「くくっ。話の分かるヤツで良かったよ。そうしよう」

「そうだ、高橋さん。約束は守ってよ」

「おう。俺達鬼は、人間に危害は加えない。力は貸す。だから、お前らも俺達に酒を与え、たまには一緒に呑め」そう言うと、高橋鬼は不敵に笑いました。「俺は、約束は守る方だから、安心しろ」

 桃太郎は、仲間から危険は無いか等の忠告を受けましたが、それでも鬼を信じる事にしました。それを伝えると、仲間たちは納得し、特に柊犬なんかは喜びました。

 こうして、人間と鬼の平和協定が結ばれました。



 桃太郎は、仲間達や鬼達と一緒に、家へ帰りました。

 帰路の途中、鬼が島の財宝を使って、酒やら食べ物やらを買いました。それらを持って、帰ります。

 ですが、いきなり大勢で押し掛けると迷惑かも知れないと思い、まずは桃太郎一人で家に入ります。

「ただいまぁ」

「んだよ、もう帰って来たのか」家に入ると、早速 椿おじいさんの嫌味がとんで来ました。「せっかく久々の夫婦水入らずってことで、榎とイチャコラやってたっつーのによ」

「イチャコラはやって無いでしょ!テキトーなこと言うの止めてよ!」と、顔を赤くして怒った榎おばあさんも、奥から出迎えにやってきました。椿おじいさんは「カッ」と顔をしかめて奥に行ってしまったので、榎おばあさんは、桃太郎に「あんな態度とってるけどね、椿君も心配していたんだよ。毎日、まだかまだかって言ってたんだから」とフォローするように耳打ちしました。

 榎おばあさんに笑顔を向けられ、桃太郎は戸惑います。家に帰ってきた実感もそこそこに、椿おじいさんの優しさに照れているのです。

 ですが、いつまでもそうしてはおれません。

「榎ちゃん。あのさ、お願いがあるんだけど――」



 その日の晩、椿おじいさんの家では、宴会が開かれました。

 そこには人間も動物も鬼も、みんなが笑顔で楽しんでいます。

「つーか、大量に連れて来すぎだよ。お前、鬼退治に行ったんだよな?鬼と仲良くなってどうすんだ?アレか、お前は日本一のバカなのか?」

「うるさいな。いいじゃない。みんないいヤツらなんだし」

「ん、まぁ…さっき屋根直してもらったけどよぉ」

 と、椿おじいさんと桃太郎は楽しくケンカしています。

「高橋さん、あの…お、お注ぎします」

「おう。悪いな、柊。ま、お前も呑めよ」

 と、赤くなった白い柊犬といくら酒を呑んでも赤くならない高橋鬼。

「やっぱね、いくら羽を付けても、それは偽物なのよケン。私はもう、空も飛べないケン」

「大丈夫だよ。僕でも空を飛べたんだから。……嘘だけど」

「てか、なんでお前がいるんだよ!お前、鬼退治の旅すっぽかしたよな!」

 と、泣く篝火キジ、笑う十六夜キジ、怒るカイ猿。

 色んなヤツがいて、いろんな話に花を咲かせながら、それぞれが楽しく過ごしています。

 宴会は、まだまだ続きそうです。

「榎ちゃ~ん。アタシのお腹、モフモフよ、モフモフ。犬だもん。モフモフしていいよ」

「わぁ~ホントだ。気持ちいい」

「でしょ。ははっ、くすぐった~い」

 と、酔っ払い始めて榎おばあさんに絡む柊犬と甘噛みされた榎おばあさん。

「俺も、甘噛み…」

「してあげよっか、僕が」

 と、変態カイ猿と空気を読まなくて殴られた十六夜キジ。

「私、今度こそ空を飛ぶケン。さぁみんな、やっちゃって!」

「「「おぉ!」」」

 と、空への憧れを捨てられない篝火キジとそんなキジをお空に飛ばす力自慢の鬼の方々。

「よぉ、お前の作ったきびなごのから揚げ、なかなか美味かったぞ」

「ホントすか?どうも」

「ホント、あんなつまらないギャグで作った物が戦いを止めるきっかけになるとか、茶番も良いトコだよね」

「っせぇな!」

「くくっ。仲良くやんな」

「「…ふんっ」」

 と、この後も呑み続ける高橋鬼と、この後もケンカを続ける椿おじいさんと桃太郎。

 みんなの宴会は、まだまだ続き、みんなの笑顔も、どんどん広がるのでした。

 めでたし、めでたし。 


グッダグダな話になってしまいました。


ちなみに、二日酔いに苦しんでいなければ、篝火はそこそこ元気です。

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