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天使に願いを (仮)  作者: タロ
(仮)
31/105

番外編 鈍感ってどの程度の何を言うのか分からなくなるような男でした


 天使の仕事を終え、椿は真っ直ぐ家路についた。

 その日の仕事は、特に問題も無く、楸と二人でやった。仕事上の問題はなかったが、ケンカはあった。小さい衝突やくだらない口ゲンカを含めると計五回ケンカしていた。いつもならケンカをすると、柊が両成敗という強硬手段で止めたり、榎が言葉で諌めたりしてくれていた。だから、止めてくれる人物がいないだけに、その日のケンカは過剰にヒートアップした。

 仕事は真面目にやったのだが、二人には、仕事に関係の無い疲労と怪我ばかりが残った。

 帰り道、椿はその日を振り返り、思い出したイライラを呟く。

「ったく、あのクソ天使。曇ってきたから から揚げ食べたいとか、コンビニで済むじゃねぇかよ。わざわざファミレスとか…。つーか、今度はラーメン屋に行こうって、俺この前言ったよな?」

 二人のケンカの原因は、いつもくだらない。

 この日のケンカのきっかけは、椿が呟いた通り、楸の発言だった。楸のから揚げが食べたいという強い思いから、昼食にから揚げを食べられる場所を探し続けた。そして見つけたファミレスも、お昼のピークが過ぎているはずなのに混んでいて、昼食がだいぶ遅れた。普段から行列などの待ち時間が嫌いな椿は、だいたいにして、その日はラーメンを食べる気分だっただけに、いつも以上にイライラを募らせた。そして、とどめとなったのは、椿が席を外している間にやった楸の悪戯だった。椿のコーラに少しの刺激を足してやろうと、テーブルに備え付けのタバスコを入れたのだった。

 この一件は、ファミレスを出た後に殴り合いのケンカに発展した。

 ちなみに、そのファミレスで楸が食べたのは、ナポリタンスパゲティだった。



「椿君!」

 椿がイライラしながら歩いていると、背後から声を掛けられた。振り返ると、榎が自分の方に小走りで来た。

 楸とのいざこざを忘れ、椿はいつものトーンで話しかける。

「よぉ、榎。バイト終わりか?」

「うん。椿君も…というか、またケンカしたの?」

 椿の顔の腫れや身体の擦り傷を見て、榎はすぐ、いつもの事だと気付いた。さすがに頻繁にケンカするので、最近はもう心配する事も無くなり、呆れを滲ませながら笑う。

「うるせぇよ」

 忘れようとしたモノを思いだし、椿は不貞腐れて言った。

 榎は、椿達の仲の良さを微笑ましく思った。だが、すぐに咎めるような視線を椿に向けられ、榎は少し顔を引き締める。しかし、やはり笑ってしまう。

「あ、そうだ!」榎は思い出し、「この後、椿君の家に行っていいかな?」と訊いた。

「は?あぁ、別にいいけど…?」

「ほら、前に貸してくれたマンガあったでしょ。あれの続き読みたい」

 榎に言われ、椿は「ああ」と思い出す。以前、全四十巻以上あるマンガを、最初の五巻まで貸していたのだった。そして、たしかに続きを貸してくれと言われていたが、いつも忘れていた事も、ついでに思い出した。

 いつも貸そうと思って忘れてしまう。それならば榎の言う通り、直接家に来てもらった方が早い。椿はそう考えた。

「じゃ、行くか」



「ただいまぁ」

 椿が店の入り口の扉を開けると、テーブルを拭いていた椿の母は顔を上げ、「いらっしゃ…なんだ、あんたか」と不満を滲ませて出迎えた。

「息子が帰って来て、なんだってことはないだろ」

 と椿は、母親の出迎えに文句を言った。

 椿の家は、一階がマンガ喫茶という名の定食屋になっていて、二階に風呂や寝室などの生活空間がある。その為、店の入り口から入ってきた椿を、母はお客だと勘違いし、一瞬ではあったが営業スマイルを向けたのだった。

「おじゃまします」

 そう言い、榎はのれんをくぐる。

「あらぁ~榎ちゃん!こんにちは」と、母は満面の笑顔で榎を歓迎する。「今日はどうしたの?またおばさんの料理が食べたくなっちゃった?」

「こんにちは。あの、今日は椿君にマンガ貸してもらおうと思って」

「あ、そうなの。汚い部屋だけど、ゆっくりしていってね」

「汚くねぇし」と小さくつっこむ椿。

「はい」

「いや、お前も否定しろよ」また小さくつっこむ椿。

 椿のつっこみは、誰の耳にも届かない。仮に届いていても、気にも留められない。

 この定食屋は、椿の両親の趣味が全面に押し出されていて、普通の定食屋と比べると、異常なくらいマンガ本が溢れている。ちなみに、フィギュアなんかも飾っちゃったりなんかもしちゃったりしている。だが、榎の求めているマンガは、椿の私物である為、一階の食堂には置いていない。だから、母親のハイなテンションを鬱陶しく感じた椿は、「早く行こうぜ」と榎を急かす。

「あ、うん」と、先を行く椿の後に続く榎だが、「榎ちゃん」と母に呼び止められた。「なんですか?」

「ウチの愚息をよろしくね」

 そう言われ、榎は一瞬戸惑った。だが、すぐに照れを隠し、笑顔で「はい!」と答える。

「ねぇ椿君」階段を上がりながら、榎が嬉しそうに言う。「よろしく言われちゃった」

「あっそ。つーか、普通バカ息子とかじゃねぇの?愚息って言葉 初めて聞いたんだけど。しかもそれ、俺の目の前で言うんだ…」

 榎とは対照的な戸惑いを、椿は見せていた。



 二人は、椿の部屋の前に来た。

 開けるべきドアが目の前にあるのに、椿はドアノブに手を掛けたまま一時停止する。

「どうしたの?」

 動きの止まった椿に、榎が訊く。

「いや…ちょっと待ってろ」

 椿はそう言い残し、自分一人だけ先に部屋へ入った。

 特に何か問題があったり、隠したい物があったりするワケではないのだが、外出した時の部屋の様子を思いだせず、椿は確認しに行った。そして、床に散らかった雑誌を軽くまとめ、「入っていいよ」と榎を呼ぶ。

「どうしたの?」と、部屋に入りながら、榎はもう一度同じ疑問を口にした。「もしかして、何か見られたくない物でも隠したの?」

 そう茶化すように訊く榎に、椿は、「邪推すんな。ただ少し来客用に片付けただけだ」と答えた。

「ふ~ん。それにしても、相変わらずマンガ多いね」

 榎の言う通り、椿の部屋は、週刊誌やコミックスのようなマンガ本で溢れている。しかもそれだけでなく、テレビやポータブルタイプ どちらのゲーム機もそれなりにあり、子供が一日中飽きることなく遊び続けることが出来そうな部屋だ。

 この自室をかなり気に入っている椿は、榎の言葉を賛辞として受け取る。

「まぁな」と誇らしげに言うと、「テキトーに座って。今マンガ出すから」と本棚に向かった。

 椿に言われ、榎はベッドに寄り掛かって座る。座ったまま、何も言わずに久しぶりの椿の部屋を見回していた。

「ほれ、これだろ?」

 一冊のマンガ本を差し出し、椿は言った。

 椿のその声に、ビクッと身体を震わせて反応した榎は「あ、うん。ありがとう」とマンガ本を受け取った。

 榎は、マンガ本を読み始める。最初こそ落ち着かなかったが、すぐにマンガの世界に引き込まれる。椿も、特にやる事も無いので、別のマンガ本を取り出して読み始めた。



 椿の部屋には、テレビも音楽プレーヤーもある。だが、それらをつけず、二人ともマンガを読みふけっているので、部屋の中は静寂に包まれていた。

 榎は、椿から何冊かまとめてマンガ本を渡されたので、一冊を読み終わるとすぐ次に行ける。だが、椿は、自分の読む本を一冊しか取っていなかったので、次を取る為、一度腰を浮かした。

「ん?」

 その時、椿は妙な違和感を覚えた。いや、違和感と言うより、気配と言った方が近いかもしれない。とりあえず、直感で部屋の外の何かに気付いた。

 足音を立てないよう、椿は、静かに扉に歩み寄る。そして、バッと一気に扉を開いた。

 扉の外には、立て膝をついて部屋の中の様子を探ろうと扉に耳を付けていた、椿の母がいた。

「何やってんだ?母さん」と、怒りで頬を引きつらせ、椿は訊いた。

「ちょっとね。お茶持ってきた」

 椿の母は、動揺が表に出ないように冷静さを意識した。だが、いくら冷静さを保てようとも、そこには手抜かりがある。

「手ぶらでお茶持って来てくれたのか?」

「それは、ほら……偶然?」

「言い訳すんなら、もっと上手いの考えてこいよ」椿達の、いや椿のピリピリした様子に榎も気が付き、マンガ本から顔を上げる。「正直に言え。何やってた?」

「正直に言っても良いけど、怒らない?」

「怒る」

「じゃ言わない」

 そう言うと、母はプイと顔を背ける。その母の態度に、椿はさらにイラッとする。

「じゃあ怒らないから、言え」

「それなら」と笑顔で、母は言う。「盗み聞きしてました。つーかね、あなた達静かすぎなのよ。もう少し会話ないと、盗み聞きのしようが無いでしょ。もお、静かな部屋の中で何やってるのかって、母ハラハラ」

 と、母は先程までと打って変わって、全てをぶっちゃけた。

「開き直り過ぎだよ。つーか、ただマンガ読んでるだけで、別にあんたをハラハラさせるようなやましい事してねぇよ」

 一応怒らないと言う約束はギリギリのところで守り、椿は不満そうに言った。

「あらそ」と、浮かれていた母も、拍子抜けしたのか落ち着きを見せる。そして、「お茶を持って来るから」と部屋から離れる。最後に捨て台詞のように「この意気地無し」と残して。

 椿は、怒鳴ってやりたかったが、我慢した。怒りを堪え、マンガ本を手に、さっき居た位置へ戻る。

 先ほどの「意気地無し」との母の言葉が気になった榎は、赤くなっているかもしれない顔をマンガ本で隠していた。だが、母も居なくなった事だし、冗談のように言えば問題無いだろうと判断して、言う。

「意気地無し」

「な。普通、母親が言う事じゃねぇだろ」

 椿が照れるのでは、何かしらの動揺を見せるのでは、そんな事を思い、榎は言った。だが、椿はそんな榎の気持ちに気付かず、母親への呆れを見せるだけだった。

 その後少しして、母はお茶を持ってきた。その時も「意気地無し。母は父と一緒に店の方に居るから、節度持った行動をね」と余計な事を言うので、椿に追い出された。

 椿と榎は、それぞれ違った理由で顔を赤くした。



 二人は、マンガを読み続ける。

 途中の母の介入で、榎は一度集中力を欠いたが、それでも今は、マンガを楽しめている。椿も、何度も読んだはずのマンガに飽きることなく、まるで初見かのように楽しんでいる。何がこの男をここまで引き付けるのか、そう不思議に思うぐらい、椿はマンガに夢中だ。

 そんな読書タイムの中、二人は不意に顔を上げた。それまで静かだった部屋の中に、音が侵入してきた事に気付いたからだ。

「雨だ」と榎がボソッと呟く。「今日降る予報だったっけ?」

「さぁ?つーか、曇ってたし、少しくらい降るんじゃね?」

 と、椿は素っ気なく答えた。

 椿の言う事を、榎はそのまま受け止めた。しかし、それが油断を招いた。椿が「少しくらい」と言うものだから、榎は、雨はすぐに止むだろうと思った。だが、雨は全く止む気配なく、どんどん雨脚を強めていく。風も強くなり、静かだった部屋の中も今や騒々しい。

「どうしよう?」

 と榎は、帰りの心配をした。多少の雨だけだったら、椿に傘を貸してもらって帰れると思ったのだが、傘程度でどうにかなる状況でもなくなってきた。

 しかし、そんな不安を抱える榎と違い、自宅に居て帰り道の心配が無いヤツは冷静そのものだ。

「降るモンは仕方ねぇだろ。もう少しゆっくりしてってさ、それでも止まないようだったら車で送っから」

 と、椿が言うと、その言葉に安心して、榎は頷いた。

 そして、二人はまた各々のマンガの世界へと入った。



 だが、二人はまたすぐに、現実へと引き戻される。

 雨が止まない。弱まらない。

 情報を得ようと、椿はテレビをつける。そして、そこで初めて知る。今 降っている雨は、けっこうおっきいから大変だよ、どっかで被害も出ているよ、ってことに。

 天気予報に注意していなかった事を、榎は後悔した。

 そして、すっかり外も暗くなった頃、母が部屋に来た。

「榎ちゃん。なんか外 大変みたいだから、良かったら夕飯食べていきなさいな」

「え…あ…じゃあ、はい。お言葉に甘えて」

「そうしなさい」と母はニコッと笑う。そして、「明日って何か用事ある?」と質問した。

「いえ、明日は特に何も」

「だったら、泊って行きなさいな」

「「はい?」」

 母の発言に、椿と榎は、声を揃えて驚く。

「予報だと今夜中 雨は止まないらしいし、いいでしょ」そう勝手に決め、母は「それじゃあ、もう少ししたら夕飯持って来てあげるから」と言い、出て行った。

 母が出て行った後、動揺を隠しきれない榎は、「いいの?」と椿に訊いた。

「いや、俺は別にいいけど…」と、勝手に決めた母に対する呆れを滲ませながら、椿も戸惑っている。「榎はいいのか?」

「あ、うん。私は、別に」

「あっそ。じゃ、いんじゃね」



 雨が止まないので、母の言った通り、二人は椿の部屋で一緒に夕飯を食べた。ちなみに、お盆に乗ったそれは、店で出すような定食で、椿の父が作った物だった。

「椿君のご両親は、夕飯どうするの?」

「あ?あぁ、今日金曜だろ。だから、八時過ぎ頃から居酒屋っぽいモードに店が変わるから、客と一緒にツマミでも食うだろ」

 椿は、そう答えた。

 椿の家の店は、結構いい加減だ。開店時間は昼前と決まっていて、その時間帯は定食屋となる。お昼時が過ぎると、客も少なくなり、ゆったりとした喫茶店風な店になる。この時間は、父も母も気を抜いていて、どちらかが居ない事もある。ちなみに、この日、椿達が来たのはこの時間帯だ。そして、夕方になると、もう一度定食屋になる。夜九時前にはラストオーダーとなるのだが、それでも馴染の客がいたり、週末に酒を出していたりすると、営業時間外とは言え、自然と店に明かりが点いている時間が長くなる。この辺のさじ加減は、父のその日の気分によって変わる。メニューだけでなく、色々な部分に店主である父の気まぐれが見え隠れする、そんな店なのだ。

 その為、金曜の今日は、客と一緒に呑み始めるかもしれない、そう椿は察するのだ。

「そうなんだ」

「そうなの。だから、下がうるさくなるかもしれないし、別に気を遣う必要とかも無いから」

 そんな会話をしながら、二人は食べた食器を下げる。

 自分が洗うと榎は主張したのだが、母が「いいから、置いといて」というので、厚意に甘えた。



 食後、椿と榎は、椿の部屋でまったりとくつろいでいる。

「榎」と椿は声を掛ける。「風呂はどうする?」

「えっ…お、お風呂…?」

 榎は、動揺でそれ以上何も言えない。が、椿はそれを気にすることなく続ける。

「もし入るんだったら、それなりにタオルとか出すし。つーか、寝巻になんか服貸そうか?」

 椿としては、幼馴染に親切のつもりで言ったのだが、榎はそれを断る。

「いや、いいよ。てゆうか、お母さんはああ言ってたけど、雨が弱くなったら帰るし。やっぱ、ほら…悪いし」

「別に遠慮しなくてもいいよ」

「いやでも、うん。それよりさ、何かテレビ見よ?」

 と、榎は、照れを隠すためにも話題の転換を図った。

 榎のその態度に榎は違和感を覚えるが、それ以上追及するようなこと無く、榎の提案をのむ事にする。リモコンを手に取り、電源を付けると「特に観たいの無いから、榎 テキトーにチャンネル回して」とリモコンを渡した。

 しかし、リモコンを受け取りはしたものの、榎も何か見たい番組があるから言ったワケではない。だから、一通りチャンネルを回す。そして、野球中継、医学番組、旅番組と回していき、「あ、これがいい」と決めた。

「マジ…」椿は、榎の選んだ番組に凍りつく。その榎が選んだ番組とは、心霊的な物を取り扱い、観る人を恐怖させる類の物だった。そして、その類の番組が嫌いな椿は、顔を引きつらせながら「え…榎、マジでこれ?」と確認した。

 榎も多少怖いと思いはするが、椿のように拒絶することはなく、怖い事を楽しめるので笑顔で「うん」と頷く。

「いやいや…なんかもっと楽しいヤツあると思うぞ。もっかいチャンネル回してみ」

「いやいや…これでしょ」と、榎は引き下がらない。それどころか、「つーか、怖いの?椿君」と挑発までする。

「は?なにが?全然怖くねぇし」と、椿は必死に強がる。「つーか、榎が怖いんじゃねぇかなと思って、うん。俺は別に余裕だけど」

 椿が早口にそう言うと、榎は「私なら大丈夫」と答え、椿もそれ以上何も言えず、その番組を観る事にした。しかし、特に怖くも無い冒頭の番組説明の段階で、椿は音楽プレーヤーに繋がったイヤホンを耳にした。が、すぐに榎に奪われる。

「あっ…」

「それだと聞こえないでしょ」

 音楽プレーヤーを奪われた椿は、せめて視覚情報だけでもシャットアウトしようと思ったのだが、すでに榎によってマンガ本は片付けられていた。

 抵抗することを諦め、椿も固く腕を組んで、テレビの方を見た。



 二時間にも及ぶ特番に、椿は耐え切った。叫びそうになるのを堪え、ジッとしていた。

 榎は、怖くなかったと言えば嘘になるが、それでも自分以上に怖がる人がいたので、必要以上の恐怖は感じず、いつも強がる椿が怯えていることを微笑ましく感じていた。

 番組のエンドロールが流れている最中、部屋のドアがノックされた。椿はビクッと身体を強張らせ、過敏に反応したが、ノックの主が母親だと知ると、ホッと胸をなでおろす。そんな息子の反応を不思議に思ったが、母は部屋に来た用件を伝える。

「榎ちゃん。雨も小降りになったし、店の方も大分落ち着いたから、今なら車で送って行けるけど、どうする?」

 その母の問い掛けに、榎よりも早く椿が答える。

「あぁ。榎ね、今日泊ってくって」そう勝手に決める椿に、榎は「えっ」と戸惑った。だが、気にせず、椿は続ける。「この後、九十九年設定で桃鉄やるし」

「あらそう。それじゃあ、椿の布団は居間に敷いとくから」

「なんで俺が居間だよ?」

「なんでって、榎ちゃんを居間で寝かせるワケにはいかないでしょ」

「しるかよ。つーか、今から九十九年始まるから、寝てる暇なんてねぇんだよ。もし眠くなっても、最悪 榎がベッド、俺 床でいいから。だから、ここに布団運んでくんね?」

 いつもと違う椿の様子に、母は違和感を覚えた。だが、変に深入りすることもないなと判断し、「それじゃあ、そうしますよ」と承諾の意思を伝えた。そして、椿から榎へと視線を移し、母は言う。「お風呂はどうする?」

「入らねぇ」と即答する椿。

「あんたじゃない。榎ちゃんに言ってんの」

「あ、あの私は…」と榎が答えようとしたのだが、椿が「榎も、入る時は入る」と割り込んだ。「つーか、俺がテキトーにやっとくから、母さんは店 戻れよ」

「……はいはい」

 と、母は納得いかない所もあったが、それでも椿の言う通りにしようと、部屋を出て店の方に戻る。

 母が居なくなった後、榎は、椿に尋ねる。

「あの…私、泊るの?」

「あぁ」

「お風呂は?」

「入りたいなら入って。俺は、いつも朝入ってるから」

「一緒の部屋で寝るの?」

「あぁ。つーか、桃鉄やって、もし眠かったら寝る感じで」

 テンポよく続く榎に質問に、椿は即答した。

 榎のことに構っていられるほどの余裕は、今の椿には無い。一人っ子である為、怖くても頼る兄弟がいない。いつも風呂には夜 入るが、怖くてシャンプー出来そうもない。誰もいない、でももしかしたら目には映らないモノがいるかもしれない、一人なのかどうかも分からない部屋では、とても眠れそうにない。それほどまでに、この男はビビっている。

 そんな椿に、榎は幻滅することはない。むしろ、椿が弱い事は知っているので、いつもは強がって見せてくれないその弱い部分を見せてくれる事が、少し嬉しかった。が、突然のお泊りにビビっていると言えばビビっている。

 要するに、お互いビビっている。

 ビビって手の震えている男は、現実から目を背ける為に、震える指でプレステを起動させた。



 九十九年は、とても長い。

 途方も無い旅の途中、榎を睡魔が襲った。

 日付もとっくに変わっていて、これ以上無茶させるわけにもいかない、と遅まきながら気付いた椿は、風呂に入りに行く榎にTシャツなどの服を貸し、自身も寝る支度を整えた。

 母に言った通り、榎がベッドで寝て、その下で椿が寝る。だが、椿の眼は冴える。

「榎、寝た?」

「ううん、まだ」

「つーかさ、トイレとか大丈夫?アレだったらついて行くけど…?」

「じゃ、お願い」

 榎は、椿の気持ちを察し、椿のトイレに付き合った。

 そして、また布団に入る。

「榎、寝た?」

「ううん、まだ」

「あっそ」

 そう言うと、椿は寝返りを打った。いつもより床が固いから寝づらいのだと自分に言い聞かせながら、榎の方を、つまりベッドの方を向く。

 そして、思う。もしかしたら、このベッドの下に悪霊が居て、上に寝ている榎を刀的な物で刺し殺そうとしていたり、自分をベッドの下から繋がる何処か異空間へと連れ去ろうとしていたりするのではないかと。そんな余計な事を考え、すぐにまた寝返りを打つ。恐怖を生み出すベッド下に背を向けた。

「椿君。もしかして、怖くて眠れない?」

「は?なワケねぇだろ」

「アレだったら、手握ってあげようか?それとも、一緒に寝る?」

「榎がそうしたいんなら、俺は別に」

「私も別に」



 二人は手を繋いで寝ていたのだが、椿に引っ張られる形で、榎は床に落ちた。

 翌朝、二人仲良く寄り添って寝ているところを目撃され、母に邪推される事になるのだが、椿はそれどころではなかった。

冒頭の話は、曇っているよ、ということを伝えるためだけなので、かなりテキトーになっています。


この話は、椿が鈍感、椿がビビり、椿がヘタレ、そういう部分を強調してみました。

ちなみに、椿の母の「よろしくね」には深い意味はありません。お友達としてうちの息子よろしく程度です。

椿の母は、榎のことを非常に気に入っています。


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