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天使に願いを (仮)  作者: タロ
(仮)
30/105

番外編 その時椿は見た

先に言っておきます。時間は気にしないでください。


 その日、俺はいろいろなものを目撃した。

 そのほとんど、いや全部は望んで見たワケではない。偶然目撃してしまい、何が起こっていたのか謎を残したままにしてしまったので後味が悪い。

 今考えてみても、アレは何だったのだろうと頭を悩ませる。

 そんな俺の半日を、ざっくりと振り返ってみよう。


     短気バカを見つけたよ


 榎から呼び出され、晴れた日の昼下がりに商店街へと向かっている。

 その道中、俺は見た。

「あれ…カイか…?」

 俺の視線の遠く先、道端でカイが子供達に囲まれていた。カイと子供という組み合わせは初めて見たので、その珍しい光景に目を引かれる。

 俺は遠くから、その様子を観察することにした。


     ○


 カイはその日、何をするでもなく目的も無いまま外をぶらついていた。

 そんなカイの耳に、子供の騒ぐ声が飛び込んできた。しかし、辺りを見渡してみても、子供の影はどこにも見当たらない。

 今の声は何だったのだ?気になった暇人のカイは、声の出所を探すことにした。

 先程聞こえた子供の声は、途切れ途切れではあるがカイの耳に届く。だんだん近付いて来るその声を頼りに探していると、小学生三年生くらいの子供を数人見つけた。

「なんだありゃ?遊んでいる…ワケじゃねぇよな?」カイは、子供たちの様子をしばし観察した。最初は何が起こっているのか分からなかったが、次第に理解出来てきた。「いじめ…か?」

 カイの察した通り、それはいじめの現場だった。

 一人の少年が、数人に囲まれている。それは、いわゆるリンチのようなモノではなく、その少年が私物を奪い取られ、投げ回されているソレを必死に取り返そうとしていた。少年は必死だが、周りの少年達は楽しそうに笑っている。少年達にとっては遊びのつもりなのかもしれないが、取り返そうとする少年は今にも泣き出しそうで、充分いじめに該当すると言っていいだろう。

 カイは見ているだけのつもりだったが、だんだんと腹が立ってきた。

「おいガキ!そう言う時はなぁ、物 追わないで投げ手を一人ずつ潰してきゃいいんだよ!」

 思わず、カイは少し的外れなアドバイスをした。

 突如現れた見知らぬ男に、子供たちは動揺する。しかし、いじめている側はすぐに動揺を隠し、不貞腐れて「行こうぜ」と場所を移そうとした。

 カイにとっては、その少年達の態度は気に入らなかった。

「おい、ちょっと待て コラ!そのガキから取ったモン返せ」

「は?なんでアンタに説教されなきゃいけないんですか?」

 少年の一人が、使えない敬語を無理矢理使い、生意気さを漂わせて言い返した。

 その言葉に、カイの怒りのボルテージが徐々に上がっていく。そして、怒りの表情のまま、少年達の方へと歩を進める。

 少年達は、不審者・カイのしてくることに察しがついた。おそらく、目の前に居る男は自分達が取り上げた物を奪い返そうとしてくるだろう。だから、さっきのようにパス回しでかく乱して逃げてしまえばイイ。まさか、子供相手に大人が手を上げる事も無いだろう。そんな甘過ぎる事を考えていた。

「ヘイ、パァス!」

 少年達は、不敵にニヤァと笑い、少年から奪った物を投げ回した。

 しかし、カイにとっては全く問題ない。普通の人はそれでかく乱できるのかもしれないが、とある力で速力が人並み外れているカイは、一瞬で余裕の空中パスカットした。

 カイの予想外の動きに、子供達は呆気に取られる。

 目的の物を奪い返したカイは、少年達の中でリーダー格であろう一人に目を付ける。

「へへっ。残念だったな」と笑みを浮かべるが、すぐに「目上の者に対する態度を学んで来やがれ!」と怒声を上げ、脳天に拳骨を喰らわせた。

「や、ヤバい…逃げろ!」

 手を上げる事はないだろうと踏んでいた少年達は、目の前のカイが『ヤバいヤツ』だと判断し、そのまま一目散に逃げ出した。

 少年達の逃げ惑う様を満足そうに見た後、カイは少年に奪い返した物を返す。

「ほらよ」

「あ、ありがとうございます」

「別に。てか、取り返してやったんだから、もう泣くなよ」

「だ、だって…」

 カイに言われるが、少年の涙は止まらない、

 すると、今度は泣きじゃくる少年に対し、カイは次第にイライラし始めた。

「だから、泣くなって言ってんだろ!」そう強く言い、カイは少年の頭を平手でたたいた。先程の少年に食らわせた拳骨よりは大分軽いとはいえ、少年は驚き、痛みで更に泣く。「うるせぇよ。男だったらな、も少し強くなりやがれ」

 カイは言った。

 これで泣き止むだろうと考えていたカイは、全く泣き止む気配の無い少年に、そこで初めて「お、おい…」と顔に困惑の色を浮かべた。

 何とか泣き止ませようとうろたえるカイの耳に、「あっ!あんた、子供に何してんの!」と非難する声が聞こえた。その声の人物は、明らかに自分に対して言い、こちらに迫って来ている。

「やっべ!」

 このままでは自分が怒られる。いくら少年を助けたとはいえ、その少年に一発食らわせている以上、言い逃れも出来そうにない。一瞬でそう考えたカイは、自分を問い詰めようとしていたおばさんが驚くくらいのスピードで逃げ出した。

 呆気に取られたおばさんは、追う事も出来ず、口をポカンと開けたまま立ち尽くした。


     浴衣のクソ天使と怖い白を見つけたよ


「子供しばき倒して逃げるって、あいつ何したいんだ?」

 一部始終を見ていたワケではなく離れてもいたので、カイが何をしたいのかよく分からなかった。まぁあいつの事だから、意味も無く暴力は振らないと思うが…。

 カイも何処かへと消えてしまったので、その真相を知る事は出来ない。しかし、その真相に特に興味も無いので、俺もこの場を後にし、さっさと榎との待ち合わせ場所へと向かう事にする。



「よぉ榎。待ったか?」

「あ、椿君!ううん、私も今来たとこ」

 ということは、俺はもう少しゆっくり来ても良かった事になるのか。だがまぁ、来てしまったのだから、気にしてもしょうがない。

 気持ちを切り替え、榎と一緒に商店街を歩きだす。

 商店街を歩いていると、不意に榎が俺の腕を引っ張った。

「なんだよ?」

「しっ!」

 榎が口に人差し指を当てて黙れと言うので、俺は黙る。黙るが、要件は聞きたい。だから、榎が俺のことをどの程度黙らせたいのか知らないが、俺の勝手な判断で邪魔にならないだろうという位のボリュームを意識し、榎の耳元で囁くように訊く。

「どうしたんだ?」

 俺が声を掛けると、榎は、驚いたのかビクッと身体を震わせた。だが、すぐに平常に戻り、「あれ」と指差す。

 俺は、榎の指差す方を見た。

 その指差す先には花屋があり、そこに見慣れた顔が二つあった。一つは、浴衣のクソ天使。もう一つは、白く細い堕天使・柊。

 俺と榎は、話し合ったワケではないが、自然な流れで花屋の二人から見えないように物陰に隠れ、二人のことを観察する。

「何してんだ?アイツら」

「さあ?でも、なんか楽しそうだよ」

 榎の言う通り、二人は楽しそうである。柊なんかは花屋を嫌がりそうなものだが、嫌な素振り一つせずに花を見ている。その様は、まるで普通の女の子だ。と思いきや、天使の方は時折嫌そうな顔をする。ムズムズするのか、何度も鼻をこすり、くしゃみなんかもしている。だが、それもたまにで、全体的に見れば楽しそうと言っていいだろう。

 それにしても、だ。まるで二人の様子は仲睦まじいカップルに見えなくもない。いつも「榎ちゃん、榎ちゃん」言っているくせに、あいつはどっちなんだ?

 俺がそんな事を考えていたら、二人に動きがあった。

 柊が、白いバラを一輪 手に取った。

「何かしているよ」

「どうする?テキトーにアテレコでもしてみっか?」

 俺がなんとなく面白いかなって少しだけ思い 提案すると、意外にも榎は乗ってきた。面倒だが言い出しっぺが止める事も出来ないので、俺が天使役、榎が柊役でアテレコをしてみる。



「あのさ、楸。今日が何の日だか覚えてる?」とモジモジ言う榎。

「いや、全然」

「えっ?あ、じゃあ……これあげる」

「いきなりだな。まぁいいや。ありがとう 柊」

「べ、別にアンタの為じゃないんだからね」

「ストップ!」



 アテレコを強制終了させた。

 当然だが、花屋の二人はこちらに一切配慮せず、何かしらかの動きを続けている。しかし、そんなの勝手にやればいい。俺達は俺達で問題を解消しなければなるまい。

「なんだよその中途半端ツンデレ。花渡しといてアンタの為じゃないとか、意味不明過ぎるだろ」

「でも、柊さん少し照れてたから、こんな感じかなって」

「つーか、柊はツンデレじゃねぇし。全くデレねぇ、ただのおこりんぼさんよ」

 俺は、榎の芝居に文句を付けた。しかし、榎も反論する。

「そんなこと言ったら椿君だってちゃんとやってよ」

「は?やったし」

「やってません」と榎は、頬を膨らませた。「普通、何の日だか覚えている?って ふったら、誕生日とかの記念日だって察してよ。じゃないと続きが出来ないでしょ」

「いや、それだったら女の柊から花渡すのはおかしいだろ。普通逆だろ?」

「……そっか」

 俺の正論を受け、榎は納得した。

 榎の不手際によって、一度目のアテレコは失敗した。その失敗から学び、何の設定もなくアテレコするのは難しいから、天使の方がめでたい何かをしたという事で、テイク2に入る。

 しかし、「あれ?どっか行っちゃったよ?」と榎が言った。見てみると、確かに花屋に居るはずの二人の姿がそこにはない。

「は?テイク2は?」

 役者が消えた為、テイク2は出来ないようだ。これではどうしようもない。

 物陰から出て、遠ざかる天使達の背中を見送っていると、榎が目を輝かせて言う。

「どうしよっか 椿君。あの二人の真相を解き明かしちゃう?」

「な事して、あれがデートだったらどうする?そんな野暮な事するモンじゃねぇだろ」

「それもそうだね」

「行くぞ」

「え?」

 榎がどうしてもと言うので、俺達は二人の後をつける事にする。俺は嫌々なのだが、榎の意見も尊重してやらないといけない。出足が遅い榎に代わり、二人を見失わないように足早に後をつける。


     狂気な好奇心を見つけたよ


 花屋を後にし、天使達を追っている。

 どちらも手ぶらのところを見ると、花屋では何も買わなかったようだ。

 あいつらの目的が分からないまま後をつけていると、二人は本屋に入った。

「どうしよう椿君。私達も中に入る?」

 榎が言った。

 この本屋はなかなかに大きく、中の様子のほとんどを外からでは窺い知る事は出来ない。だから、榎の言う事は一理あるのだが、「待て!」と俺は止めた。榎は、何事かと俺の顔を見たが、本屋の方に視線を移すと理解したようだ。

 天使達の後に、白衣に身を包んだ長身痩躯の男が本屋に入った。

「あれ、石楠花さんだよね?」

「ああ。つーか、あいつは白衣が普段着なのか?目立つだろ」

 俺が言うと、榎が「どうしよ?」と抽象的すぎる疑問を投げつけて来た。だが、そんなダメな問い掛けでも俺は理解する。おそらく、榎は「石楠花が本屋に入ったよ。天使達も先に入ったから後追っかけたいけど、あの不気味な男に見つかったりしないかな?どうしよ?」とでも言いたいのだろう。

 どうしよ?

 しかし、考えていても始まらない。ここの本屋はそれなりに広いと先程も確認したことだし、本棚に隠れているだけで充分な尾行をできるだろう。

「行くぞ、榎」

「え?あ、うん!」



 本屋に入った。

 入ってすぐに待ち構えられているような事も無く、侵入は大成功なのだが…。

「つーか、あいつら何処行ったよ?」

 そう。何度も確認するが、ここの本屋は無駄にでかい。CDや文房具なんかも置いてやがるから、余計なスペースを持ち過ぎている。おかげで、天使達を探すのも苦労しそうだ。

「椿君、椿君」

「ん?どした?」

 榎が小声で手招きして呼ぶので、本棚に怪しく隠れている榎のもとへ寄る。天使達を見つけたのかと思ったが、榎が「あれ」と指差す先を見ると、そこには石楠花がいた。

「いや、あれは見つけなくていいだろ…」

「でもさ、何読んでいるのか気にならない?」

「……気になるな」

 好奇心の塊の様な石楠花は、その好奇心から自殺教唆までしていた。今では一応その事を悔い改めているらしいが、それでもあいつの好奇心は一向に薄らぐ事はなく、バリバリの現役だ。そんな男の読んでいる本が何なのか、気にならないと言ったらウソになるので、正直に気になると言いました。

 さて、あいつは何を読んでいるのか?

 石楠花が今いるのは文庫本サイズの実用書が置いてあるコーナーで、専門書の様な物はないが、その代わり様々な分野の本が揃っている。

「何読んでるんだろ?」

「さあな。ロクな本じゃねぇだろうが…」

 石楠花は、何冊かの本を手に取り、それをパラパラと流し読みしている。時折顎に手を当てて考えるような仕草をしたり、真面目な顔しているかと思えばクスッと笑ったりと、何を読んでいるのか推測することが出来ない。

 石楠花は、読んだ本は棚に戻さず、平積みにされている所に置いている。まとめて購入する為に本を厳選しているのだろう。そう思っていたら、その本をまとめて棚に戻した。

 満足するように頷くと、そのまま石楠花は本屋を出て行った。

「え?結局何も買わないの?」

「何がしたいんだ?あいつ」

 俺達は、石楠花の不可思議な行動に戸惑う。しかし、その不可思議を解き明かすチャンスが残っている。あのマナー違反が本をテキトーに戻したおかげで、だいたいどんな本を読んだのか確認することが出来るのだ。

 俺と榎は、石楠花のいた場所へ行く。そこで、あいつが戻したと思われる本が並ぶ棚に目をやる。

「何これ?『人間の解剖』『罪の意識』『遠くに見つけたハムスター』?」

「『傍若無人な妻』『嘘つき大好き』『ばばぁの駄菓子』『可愛いハムスター』。あいつ、マジで何読んでんだよ?」

「ハムスター好きなのかな?」

「さぁ?つーか、この棚のジャンルが良くわかんねぇんだけど…」

 俺と榎は、顔を見合わせて首をかしげる。

 不可思議を解消しようと思ったのだが、解消するどころか一層不思議が濃くなるだけだった。こんなモヤモヤするくらいだったら、解消しようとしない方がマシだったと思えるくらい、気持ち悪いモヤモヤが俺らの中にある。

 このモヤモヤをどうしてくれようか?歩きながらそんな事を考えていたら、天使達が本屋を出るのを見かけた。ビンタでもされたのか、天使の頬が薄ら赤い。

 このモヤモヤは本屋に置いていこう。持っていても邪魔でしかない。

 そう気持ちを切り替え、天使達の後を再び追う。


     ○


 石楠花は、特に用も無いのだが本屋に入った。

 特に用は無くても、本屋の中をふらふら歩いているだけで面白い本と出会えるかもしれない。そんなことを思いながら店に一歩踏み入れると、石楠花はそこで見知った顔を見つける。

――げっ!浴衣のと白いのがいる

 石楠花は、楸達の姿を見つけると、すぐに彼らに見つからないよう足早に奥に進んだ。楸だけだったら話しかける事もあったかもしれないが、以前殴られたことで苦手意識のある柊が一緒に居たため、逃げるように奥に行く。

 あの二人はどうせすぐに店を出るだろう。そう思いながら本を物色していたら、石楠花は別の事にも気付いた。

――ん?なんか視線を感じるな?

 そう思い、石楠花は本を取るついでに怪しまれないようさり気無く辺りを見る。

――何でかりん糖も居るんだ?と思ったら、ニット帽もいやがる。何だ?また俺のこと尾行してやがるのか?

 本棚に隠れている椿達は、気付かれていないつもりだったのだが、石楠花にしっかりバレていた。

――おいおい…。俺まだ尾行されるようなことしてないんだが…

 椿達の視線に気付き、石楠花は戸惑う。

――てゆうか、あいつらは四人一緒ってワケじゃないのか?二組で別々になんかしているのか?で、なんで俺は監視されているんだ?

 石楠花は、自分を取り巻く今の状況を考える。

――浴衣のと白いのは、先に来ていた。あいつらはちゃんと本屋に本を見に来ている。そして、問題のニット帽とかりん糖だが、あいつらは先には来ていなかったはずだ。それに、本そっちのけで俺を見てやがる。もしかして暇なのか?あの二人は偶然俺を見つけて、俺がどんな本を読むのか気になっているとか、そんなところなのか?

 そう思い至ると、石楠花はある行動に移る。

――ききっ。意味も無くガキの遊びに付き合う道理もねぇな。少しからかうか

 そして、石楠花は目の前の本棚に目をやる。タイトルを見て、丁度いい本を選んでいく。何冊かを選んで手に取ると、興味も無い本に一冊一冊目を通して行く。時折、読んでいるかのようなリアクションを取りながら。

 全てに目を通すと、本を並べ替え、本棚にまとめて戻す。

――さぁて、あのバカは気付くかな?

 椿達の反応を想像してニヤニヤしながら、石楠花は本屋を出た。

――しかし、あの本棚の陳列はアレでいいのか…?


     浴衣バカたちの真相を見つけたいよ


 モヤモヤの本屋を出た後、天使達の後を追っている。少しでも気を緩めると「俺達、何してんだろ?」という自虐の念が湧いて来てしまう為、真剣に尾行を続ける。

 尾行をしていて気付いたのだが、天使達も明確な目的があるワケでもなさそうだ。「あの店かな?この店は違うな」そんな感じで商店街を歩いている。そして、「この店かな?」と意見が合致したのだろう、服屋に入って行った。

「あいつらが服屋ってのもなんか変な感じするな」

 俺は、独り言のようにボソッと呟いた。

 天使は、いつも浴衣ばかり着ている。それは仕事とかプライベートとか関係なく、本当にいつもなのだ。昔は違ったのだろうが、それでも今のあいつは浴衣を着ている印象しかない。洋服なんて着るのか? 柊は、いつもバカの一つ覚えみたいに浴衣のような決まった服を着ているワケではないが、それでも似たような服ばかり着ている。大概が黒だ。ピンクとか着ないのか?

 とまあ、外で考えていても、そんなことに意味なんてない。それにつまらない。いい加減尾行しているのもアホらしく感じて来たし、ばれても良いから俺達も服屋に突入だ!



 大胆な行動に出ようとしたら榎に咎められ、相も変わらずコソコソ動き、こっそり影から天使達を観察する。完璧な尾行だ。

 服屋に来た目的は服を見る事だろうと察しはついていた。まさか服屋で茶をしばくこともあるまい。だが、予想外だった事もある。てっきり各々好き勝手に行動しているのかと思いきや、二人並んで服を物色していた。まさか柊の服もメンズだとは思わなかった。

「楸さんの服を選んでるのかな?」

「そうなのか?柊は自分の服選んでんじゃねぇの?」

「なんでメンズから選ぶの…」

「それは、ほら…察してやれよ」

 理解できていない榎にそう諭してやろうとしたら、「サイテー」と軽蔑された。だから俺は、「何でだよ。俺は察してやれと言っただけで、そんな軽蔑されるようなことは考えてないけど」と言い返してやった。すると、榎はどもった。

「一応言っとくけどね」と前置きし、立場の悪くなった榎は声を高くする。「柊さん、私と一緒に遊ぶ時はもっと女の子っぽい服 着てるんだからね」

「嘘ぉ?」つーか、その言い方も失礼じゃね?

「ホント。と言っても、恥ずかしいからって嫌がるけど、スカートやピンク色の可愛いヤツも試着してくれた事あるし」

「嘘ぉ?」つーか、試着なんだ。

 榎が柊の弁護をしているが、榎に弁護をさせると柊の立場がどんどん悪くなる気がした。そうすると、後で柊がその事を知った時のことを考えると恐ろしいので、榎の口を閉じさせる。だが、榎の口は開く。

「ほら、やっぱり楸さんの服を選んでるんだよ」

 榎が言うので、天使達の方を見る。

 見てみると、柊が選んだ服を天使が見て、それに対して色々と意見している。浴衣しか着ないヤツにどんなこだわりがあるのか分からないが、一枚も決まらない。しかし柊は、天使の厳しいチェックにイライラすることなく、素直にその意見を受け入れ、次々と候補を探している。

「甲斐甲斐しいねぇ…」これ、柊の頑張りに対する俺の感想。

「ねぇねぇ椿君」と榎が呼ぶので、声のした方を見た。いつの間にか、榎はメンズコーナーの中から自分に合う服を探していた。「これ、どうかな?」

「あーいんじゃね?」これ、榎の自由な行動に対する俺の呆れ。

「ちょっと、ちゃんと見てよ」

「チョーかわいい~」

 俺、何してんだろ?



 散々悩んだ末、俺が今 している事は尾行だと言う事が分かった。

 そして、天使達も散々悩んだ末、ポロシャツ一枚を買って出て行った。

「なぁ榎。腹減らね?」

「え?私は別に…」

「つーか、尾行飽きた」

「……そうだね。どっかでお茶しよっか」

 榎も笑顔で承諾してくれたので、消化不良ではあるが尾行はここまでとする。つーか、友達のことを軽々しく尾行するモンじゃないよね。

 俺は、また一つ賢くなった。


     ネガティブブルーを見つけたよ


「結局、俺達が一番何したかったんだ?」

 お茶をしている時に榎に訊いたら、榎は、「……楽しかったね」と満面の笑顔で答えた。おそらく、榎も尾行しているうちに当初の目的を忘れたのだろう。

「うん。チョーたのしかった~」

 俺はテキトーに相槌うった。それまでの疲れがドッと来た。こういう時は甘い物だな。そう思ったら、目の前にパフェ発見!

「ちょっと!また勝手にポッキー取る」

「仕方ないだろ」

「食べたいんだったら…はい、あ~ん」

「もういい。ポッキーで満足」

「あっそ!」



 お茶をした後、榎と別れた。

 なんでか知らないが、榎は途中で不機嫌になった。よっぽどポッキーを取られたのが悔しかったらしい。そんな食い意地の張った榎に、ポッキーの代わりにパフェに刺さっていたウエハースを食べさせた。そしたら、一瞬驚いた風だったが、「えへへ」とご機嫌になった。意味が分からない。

 きっと榎は疲れているのだろう。あまり遅くまで出歩かない方がイイ。

 そんなことを考えながら帰り道を歩いていたら、河原に見知った青い髪を見つけた。

 見間違えるはずもないその青い髪は、篝火だ。

 河原で一人、何をしているのだろう。気になったので見ていたら、突如動き出した。

 篝火は、夕日に向かって「バカヤロー」と叫び、夕日に向かって走り出した。が、十メートルも走ると失速し、ぜぇぜぇと膝をついて息を整えていた。

 一日の最後に一番変なモノを見てしまった。今更だが、見て見ぬふりして帰ろう。

 真っ直ぐお家へ帰ろう。

 あ…?ちょっと待て!今日ってまさか…?


     ○


 椿は帰路の途中で気付き、商店街へと引き返す。

 彼が何に気が付いたのかと言うと、その日の日付だ。

 その日は、六月の第三日曜日だった。父の日だ。

 そう!実は、楸と柊の二人はこの日、高橋へのプレゼントを探していたのだ。元は楸が、自分達の父の様な存在の高橋にプレゼントしよう、と言い出したことで、二人は数年前から父の日は上司の高橋にプレゼントを贈っていた。柊としては、最初は「父」ということに若干納得いかなかったが、それでもプレゼントを贈る事自体はやぶさかでなく、楸と一緒にプレゼントを選ぶ事にしている。

 花屋では、母の日のカーネーションのように、父の日は白いバラだという助言を店員からもらったので、それを渡す所をシミュレーションしていたのだ。しかし、柊が想像で照れてしまい、楸も高橋に花を贈ると言う事にしっくりこなかったので、花は止めた。

 本屋では、音楽や菜園のような趣味に関する本が置いてあるコーナーに居た。そこで、高橋の好きそうな本を探していた。しかし、高橋の一番好きな物と言ったら二人の頭に真っ先に浮かんだのは「酒」で、それに関する本は贈らなくてもいいような気がした。そこで、楸が妙案としてグラビアなどの写真集はどうかと提案したのだが、柊が不機嫌になったので、本は止めた。

 そして服屋にて、ああでもないこうでもないと選び、高橋へのプレゼントは決まった。


「はい、高橋さん」

 柊が綺麗にラッピングされた袋を渡す。楸は、「今年は服にしました」と中身を説明した。

「……そうか、この日か。くくっ。ありがとよ。俺は、幸せモンだな」

 高橋に喜んでもらい、楸と柊も笑顔になった。  


消化できなかった部分をここで。


石楠花がやったこと。

本を並べ替え、その頭文字で「につとぼうばか」→「ニット帽バカ」というメッセージを残しました。


楸が本屋でやったこと。

「柊と違ってボン、キュッ、ボンな女の子がいっぱいの写真集でよくない」と言った直後、ビンタされる。


篝火がやったこと。

夕日に向かってダッシュ。きっとフラれたのでしょう。




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