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天使に願いを (仮)  作者: タロ
春夏秋冬の半分(仮)
3/105

第三話 天使の羽でバドミントン(前篇)

     楸


 俺、楸は 浴衣に下駄といういつもの服装で棒付きのアメを咥え、今日も空に浮いて――。

「…っぷ!やっぱ無理だ!」

 普通になんかやってられないよ。浮かれもしますよね。

 それというのも、今回でなんと俺、初モノローグ!

 そう言って、楸は浮きながら浮かれ、身体全身で喜びを表現するのであった。ぷっぷぅ~、これこれ。これがやりたかったんだよ。あ、やりたかったのであった。

 何故 俺がモノローグなんてものを意識することができているか、気になる方もおいででしょうから一言だけで簡単に説明しよう。それは、俺が天使だからだ。それ以上の理由もそれ以下の説明も不要だ。俺、今楽しいし、難しいことは抜きで行きましょうよ。

 それにしてもやっと来たか、これ。一度やってみたかったんだよな、モノローグって。

 なんか前回までは普通に椿のヤツがモノローグ全部やってるし。しかもあいつ、モノローグで大分俺のことをバカにしたり、自分のことを過大評価したりしてない?一応言っておくけど、アイツのモノローグで言うことが全て本当だとは思わないでくださいね。天使の流儀としてあまり多くはいえないけど、取り敢えず一つ、あいつはバカだということだけは覚えておいてほしい。本物の天才は自分のことを天才なんて言わないでしょ。そもそも、あんな中二病みたいなことにはならないだろうし。まぁでも、そのおかげで〝力″も持っているわけなんだけど。

 そうそう、そういえば前回のアイツ、椿。あれ、なんだよ?

 いや、別に泣いたことをどうこう言いたいわけじゃないよ、俺は。そりゃ誰だって泣くことくらいあるだろうから、それを咎めるほど鬼じゃないよ。むしろ俺、天使よ。

 そこじゃなくて、俺言ったよね。結構カッコイイ感じでさぁ。

「でもさ、そんな俺達でも、残されるヤツになら、してやれることがあるんじゃないか。お前には、できることがあるんじゃないか。なぁ、主人公」って。

 無理して椿の中のアホ設定に合わせて、あいつのことを「主人公」って呼んでやったんだよ。それに、泣いている榎ちゃんのためっていうのもあるけどさ、かなりのナイスパスをしてやれたんじゃないかな?って思ったわけよ、天使としては。

 それなのに、あのチキンバカは。

 ただ泣いている榎の側にいてやることしかできなかった。

 だとよ。

 え、何それ?それでカッコつけてるつもり?

 おかしくない?普通泣いている女の子がいたら抱きしめてあげるとか、せめて肩を寄せて優しく頭をなでてあげるとかするんじゃないの?

 それなのに、あいつは本当に泣いている榎ちゃんの隣に座ってただけだったからね。

 男はオオカミなのよ、気をつけなさい~♪ じゃないらしいよ。羊の皮をかぶったオオカミじゃなく、椿はオオカミの皮をかぶった羊だよ、あれ。

 あんなんだから「彼女いない歴=年齢」のダメ男になるんだよ。人が気まぐれであげたチャンスもモノにできないから。

 それとも、俺 お邪魔だったかな?一応目は背けてたけど、俺の存在が気になっちゃったかな?

 実は本当に椿もオオカミで、ホントはチューとかするつもりだったりして。それはそれで腹が立つな。やっぱり、あの結果でよかったか。椿は羊ということで行こう。

 そう結論付け、俺はまだ浮いていた。ははっ。

 やっぱり楽しいなモノローグ。口うるさい椿もいないし、自由に喋れる。今回はもう全部、俺のモノローグで進行していいんじゃないかな?

 たーのしーいなーたのしいなー、モーノローグはたのしいなー。たーの…



 少し真面目にやります。

 あのままやってたら俺の上司、高橋さんに怒られそうだし。てゆうか、テレパシーで少し注意されたので真面目にやります。できる限り。

 それで、俺は……。えーと、あれ?何やってたんだっけ?

 そう言って、いや、そう思ってか、俺は首をかしげた。真面目にやるとなると難しいな、モノローグって。

 確か…なんかの用があって椿の所に行こうと思ってたんだけど、なんだったっけ?

 あ、そうだ。こんな時のために。

「じゃじゃじゃ~ん。こ~れ~」

 そう言って、俺はダミ声の旧型のネコ型ロボットの真似をしながら、浴衣の袖に手を入れ、そこから紙を一枚取り出した。

 こんなこともあろうかと高橋さんが、俺が今からやることを紙に書いておいてくれたんだった。さすが高橋さん。

 なになに。えーと。

『幼いころの影響から〝願いを叶えやすくする力″を持ち、動物と話すことができるようになった少女、榎と出会った椿と楸。同じく〝願いを叶えやすくする力″を持ち、身体能力などを向上させることができる椿は、幼馴染である榎の飼っているウサギが寿命で死にそうなことを知り、何とかしようとするが、命が無くなることの恐怖から涙を流してしまう。ウサギも死に、意気消沈してダークヒーローになる自信も失くしていた椿に、楸から語られるダークヒーローとして椿が選ばれた理由。それを知った椿は、自分はこのままでもいいと言われ安堵するのであった』

 って、何これ?

 高橋さん、メモを使って前回の回想を軽くやってくれてるじゃん。もしかして、俺よりモノローグっぽいことしてない?ていうか、そもそもモノローグって何やるんだっけ?

 まぁいいや。それで、なになに。

『前回泣いてしまったが、結果として自信を取り戻した椿。これを機に、いい意味で成長してくれたらいいのだが、もし万が一 大人になるようなことがあって力を失ってしまっては元も子もない。まぁ、あのバカに限ってそれもないとは思うが。だから、楸。取り敢えずアイツに直接会って力を失ってないかそれとなく確認して来い。ついでに仕事もしてこいよ。by高橋』

 なるほどなるほど。俺はうなずきながら高橋さんメモを読んだ。

 それで俺は今、椿を探しに行く途中だったんだ。思い出したよ。

 思い出したら、こんなメモを残しておく必要もない。まるで俺がダメなヤツみたいな証拠だからね。そう考え、俺はメモをびりびりに引き裂いて捨てた。

 それにしても、椿なぁ。落ち込んでいるようだったからダークヒーローに選ばれた理由を話したけど、やっぱ不味かったかな? もしもこれで椿が力を失っていたらどうなるんだろ?やっぱ、ダークヒーローにはなれないってことになるのかな?

 せっかく俺の仕事も手伝ってくれる、面白いヤツに会えたと思ったのに、これでお別れは切ないな。んでもまぁ椿のことだし、大丈夫だろ。

 そうして一抹の不安を抱きながら、俺は椿を探すため空を翔るのであった。まぁ羽は出してないから翔けるというより浮いてるようなものだけど。



 それにしても何処にいるんだ、椿は。

 俺は前にあいつが週刊誌を読んでいた公園に行ってみたが、そこには椿の姿はおろか、人っ子ひとりいなかった。

「まぁ今日は平日だし、昼まっからこんなところにいるヤツもいないか」

 そう言いながら、俺は唯一の手掛かりであった公園を後にした。いや、他にも手掛かりがないこともない。喫茶店だ。しかし、あの喫茶店は作戦会議に使う場所だし、アイツ一人で行くのはルール違反だろ。ということで、喫茶店は探さず、街を探し歩いて、間違った、浮いていた。もちろん姿は消して。

 そういえば、椿っていつも何してるんだろ?たしか椿は大学生だったよな。やっぱり学校かバイトに行ったりしてるのかな。それとも家に引きこもっていたりして。

 そんな俺の考えは惜しくも外れていた。公園を出て数分でその答えが出た。

 前方から椿と、何故か榎ちゃんが一緒に歩いていたからだ。

 え、なんでだ?結局あの後、椿と榎ちゃんは付き合うことになったの?羊のくせに。俺ってもしかしてホントに恋のキューピットになってた?

 いやぁ、やっぱりなんか腹立つな。椿のくせにあんな可愛い彼女ができるなんて。それになんだよ、あのニット帽。前まであんなの被ってなかったじゃん。春が来たくせに頭の上だけまだ冬なんですかぁ?初めて彼女ができて、何かお悩みでハゲちゃったのかなぁ?

 ということで、天使の俺もさすがにムカついちゃったので作戦変更!

 本来の作戦は、クールに椿の前に現れる→それとなくクールに椿の力があるか確認する→微笑みながらこれからも頑張るようにクールに椿を励ます→帰ってこの前見逃したドラマを五十嵐さんに録画してないか確認しに行く→観る→満足して一日の疲れを落とすために風呂に入って寝る。これだった。

 でも作戦変更。姿を消したまま椿に近づく→足を引っ掛けて転ばせる→椿、榎ちゃんの前で赤っ恥→なんとかして椿の力があるか確認する→帰ってこの前見逃したドラマを五十嵐さんに録画してないか確認しに行く→観る→満足して一日の疲れを落とすために風呂に入って寝る。こっちだ。

 いや、天使としては男女の恋愛はむしろ応援して、うまくいくように協力さえするよ。でもさ、俺と椿の仲じゃない。そりゃまだ出会って日は浅いかもしれない。でも俺たちはパートナーとして仕事をしていくと誓った仲だよ。共に過ごした日はまだ二日くらいかな。でも、その短い時間の中でも仲は深まったはずだ。そんな仲であるパートナーの俺を差し置いて、無断で一人だけ幸せになっていいのか。いいや、よくない。これは裏切りだ。もし仮に、相手がパッとしない人だったら応援くらいしたかもしれない。でも榎ちゃん可愛いじゃん。椿に可愛い彼女はもったいない。俺も可愛い彼女欲しい。

 なので、俺たちの今後の仲、そして恋愛にうつつを抜かした椿のせいで仕事に支障が出るかもしれないから、俺はしょうがなく作戦を実行することにした。あぁ、辛い。

 そうと決まれば、レッツ、ゴー!

俺は辛さを隠し、努めて明るく振る舞った。自分の姿が消えているのかを鏡を出して確認(たとえ自分でも天使相手には姿を消すことができないから、普通の鏡を見て確認。鏡に映らなければ人間には見えないよ。)して、椿たちがこちらに来るのを待っていた。

 だんだんと近づく椿たち。確実に転ばせるために俺は地面に伏せて待つ。

 さぁ、来い。裏切り者め。ここがお前の墓場じゃ。盛大に転ばせてやるぜぃ。さぁ来い。もう少しだ。来い、椿!

「あれ?天使さんだ。何してるの?」と足を止め、榎ちゃんは言った。

 ん?

 他にこの辺に天使でも来ているのか?紛らわしいな。 いや、でも榎ちゃん俺のこと見てるな。もしかして姿消えてなかった?

「何言ってんだよ、榎。どこに天使なんかいるってんだ」

同じく墓場の手前で運よく止まった椿は、不機嫌そうに榎ちゃんに訊ねた。

 あれ? 椿には見えてない。やっぱり俺の姿は消えてるんだ。

「いるよ、そこに。地面に寝そべってるじゃん」

 やっぱり榎ちゃんには俺のこと見えてるの?的確に俺のことを指さしてるよ。見えてるとなると、この格好は恥ずかしいな。

「何処にもいねぇじゃねぇか」

相変わらず俺の姿が見えていないらしい椿は、怪訝な顔をして俺の方に近づいてきた。そして、榎ちゃんが指さした俺、椿には見えていないから地面を見ながら右足を少し浮かした。あれ、何するつもりですか、椿君?まさか蹴るつもりじゃないよね?違うよね?ちょっと待てよ!

「っってぇーー!」マジで蹴りやがったこのバカ!しかも、空振り覚悟の強い蹴り。

「うお、天使!お前いたのかよ」

 蹴られた腹があまりにも痛く、姿を消していたのが解けてしまったようで、いきなり姿を現した俺に、椿は驚いた。いや、驚いてるの俺だから。

「いたよ、結構前から!榎ちゃんもいるって言ってたじゃんか。それに楸さんって呼べって言ってるじゃん」

 何とか顔面を蹴られるのは避けられたが、その代わりに蹴られた腹を押さえながら俺は、椿に怒りをぶつけた。

「うるせぇよ。つーか、姿消して、そんなところに寝そべって何するつもりだったんだよ?」

 椿は天使を蹴っておきながら謝りもせず、俺を責めてきた。

「何だっていいだろ」

 俺は蹴られた腹が痛むのをこらえながら、起き上がり、浴衣の乱れを直して汚れを払い落とした。

 あれ、なんで榎ちゃんスカート押さえてるの?いやいや、俺、別にスカートの中を覗こうとしたわけじゃないからね。仮にも俺、天使よ。

 俺は、俺の名誉を守って榎ちゃんの誤解を解くために、椿を転ばせるために伏せて待っていたのだと説明した。そしたら、榎ちゃんは納得して笑ってくれた。やっぱり可愛いな。その説明を横で盗み聞きしていた椿は、一度俺を蹴っているのに、更に殴ってこようとしてきた。

「よせよ椿。お前は加害者でしかないくせに、これ以上罪を重ねようとするのか?」

「そっちが先に転ばせようとしてきたんだろうが」

「例えそうであっても、結果としてはお前が無抵抗の俺に暴力をふるっただけだ。こんなことが許されるのか?それでもお前はダークヒーローになろうとする男なのか?」

「うるせぇよ」

 よく分からないが、椿はご立腹のようだ。デートを邪魔されたからか? へっ、いい気味だ。まぁ、このままこのバカが怒っていると俺が更なる被害を被りそうなので喫茶店にでも行こうかな。

 俺がそう提案したら、榎ちゃんも賛成してくれたので、喫茶店へ行くことにした。



 喫茶店へ移動している時、俺と榎ちゃんは並んで歩き、その数歩後を不機嫌な椿が歩いていた。 彼女を取られたから不機嫌なのか?椿は。 ざまみっ。やっぱり俺の方がいい男なんだよ。

 それはそうと、俺は気になることがあったので、榎ちゃんと椿に訊ねてみることにした。榎ちゃんはともかく、椿は素直に答えてくれるかな。

「ねぇ、榎ちゃん」

「ん、なぁに?」

 俺よりも二十センチ近く身長の低い榎ちゃんは、俺のことを見上げながら首をかしげた。

「さっきさぁ、俺の姿がはっきり見えてたの?」

「うん。なんか道で寝ている変な人がいるなぁと思ったんだけど、近づいて見てみたら浴衣も着てたし、天使さんだってすぐ分かったよ」

「変な人かぁ…」やっぱりそう思われてたんだ。見えてないと思ってやってたから恥ずかしいな。

「それじゃ、椿」と俺は、振り返りながら椿に訊いた。

「んだよ」おぉ怖。

「椿には俺の姿が見えてなかったんだよな?」

「ああ。腹を抱えてうずくまる姿を見せるまでは、何にも見えなかった。俺の脚を引っ掛けようと地面に寝そべって待つアホ天使の姿は」

 あ、鼻で笑いやがった。人の腹を蹴飛ばしておいて。

 まぁここで言い合いをして直りかけているらしい椿の機嫌を悪くするのは得策じゃないよね。だから俺は、大人の余裕を見せて黙ったまま前を向いた。俺って賢い。

 それはさておき、二人の証言と俺の天才的推理から分かったこと。それは、榎ちゃんの力が結構すごいということ。まずあの時、椿には本当に俺の姿が見えていなかったらしいから、姿はちゃんと消えていたということでいいんじゃないかな。でも、榎ちゃんには見えていた。動物と話ができたり妖精が見えたりするという榎ちゃんが言うことを、俺は別に否定はしてないよ。でも、まだ半信半疑なところがあったのも事実。だけど、普通の人間には見えない『姿を消した天使の姿』が見えたということは、榎ちゃんの力は本物と思っていいらしい。もしホントに妖精なんかがいたら、榎ちゃんには見えるんじゃないかな?

 ということで、天使の考察終わり。はぁ疲れた。

 頭を使って疲れた脳を癒すために新しいアメを咥えた。素直に答えてくれた榎ちゃんにもアメをプレゼント。天使を鼻で笑った椿にはあげません。



 喫茶店についてコーヒーを三つ注文し、いつも使っている席についた。それにしても今日も空席が多いな、この店。大丈夫か?

 本来するべき話題は椿の力のことだったんだけど、それはコーヒーが来てからでもいいよね。そんなことよりも、もっと訊かなきゃいけないことがあるよね。

「な、なぁ、お二人さんよ。きょ、今日は何でまた二人でいたのかな?もしかしてデ、デートでもしていたのかな?」

 俺は、頬杖したままできる限り自然に、本当は興味無いけどコーヒーが来るまでの暇つぶし程度の感覚で、俺の正面に並んで座っちゃってる二人に訊いてみた。

「はぁ、なんだそりゃ?」と椿。

「ち、違うよ。デートなんかじゃないよ」

 相変わらず女心が分からないのか、ぶっきらぼうに答える椿とは対照的に、明らかに焦っている榎ちゃん。これは怪しいな。

「じゃあ、デートじゃないなら昼間から男女二人で何してたのよ」

「なんでオネェ言葉になってんだ?」

偉そうに腕組みをして椿は言った。はぐらかしているつもりなのか、椿はそれ以上答えない。仕方がないから榎ちゃんの方に訊いてみた。

「あのね、椿君が今被っている帽子を買うためにお店に行ってたの。私は、その付き添いというかアドバイザーな役で」

 テンパってる榎ちゃんも可愛いけど、いまいち良くわからない。というか、今の話だとやっぱりデートなんじゃないのか?

「おい、椿。結局何してたんだよ?」

「は?今榎が言ったろ。この帽子を買いに行ってたんだよ」

「だから、なんで二人で行くんだよ。それに今の時期にニット帽を買いに行くのはおかしいんじゃないのかな、えぇ?」

 俺が問い詰めると、やっと全部白状する気になったようで、椿は「めんどくせぇな」と言ってから、ことの経緯を話し始めた。

「この前言ってただろ、『俺はそのままでいい』って。でもやっぱり、それじゃあいけない気がしたんだ。それで俺、考えたんだよ。俺は主人公でダークヒーローになる男だろ。だったらトレードマークの一つも必要なんじゃないかって。それで何にするか悩んだんだけど、帽子なんかいいんじゃないか、と思ったわけよ。で。女性目線も必要だから榎にも付いて来てもらって、選んで買ったんだよ、この帽子を。でもニット帽だと夏辛いし、また選び直しだなって思ってた時に、お前が来たんだよ」

「楸さんだよ。じゃあ、デートじゃないんだな」

「当たり前だろ。俺がこいつと付き合ってるとでも思ったのか?」

 横にいる榎ちゃんを指さしながら椿は言った。

「んなわけないだろ」そう言いながら、俺は安堵した。

「そ、そうだよ。私別に椿君と付き合ってないよ」赤くなってるよ、榎ちゃん。

 てゆうか、結局デートしてるようなもんじゃん。椿は、鈍感でバカな羊なのか。こんなヤツに付き合わされて榎ちゃん、可哀そう。なんでわざわざ一緒に買い物になんて行ったんだろう。まさか、椿のことが好きなんてことはないよね。赤くなってるけど、あり得ないよね、そんなこと。榎ちゃんが優しいだけだよね。

 あ、そうだ高橋さん。報告です。ちゃんと確認はしてませんが判りました。椿は力を失ってはいません。こいつは予想以上にバカです。前の話を聞いて成長するでもなく、ダークヒーローとしてのトレードマークを探してました。しかも、女の子と一緒に選びに行ったくせに、買った帽子に少し不満気です。

 それでも、一応確認はしておきますか。

「なぁ、椿。〝力″の調子になんか変化はあるか?」

「いや別に。あぁでも、前より少し体が軽くなったっつーか、動きやすくなった気はするなぁ」

 高橋さん、追加報告です。もしかしたら力パワーアップしてるかもしれません。バカに拍車がかかっているようです。高橋さんの言うとおり、心配無用だったようです。

 なんだよ、こいつ。

 榎ちゃんと付き合ってるのかと思いきや全然違うし、人が心配してみりゃ結局バカのままだ。なんかもう疲れたな。

 高橋さんは仕事をして来いって言ってたけど、もうヤル気出ましぇん。

 後は適当に用事を済ませて、モノローグを楽しんだら帰るか。よし、やるぞ!


     椿


 何なんだ、この天使は?

 いきなり現れたかと思えば、人にイタズラする気だったらしいし、俺と榎が付き合ってるとか変な勘違いしてやがった。そしたら今は、「モノローグが…」とか何とか言って落ち込んでやがる。意味が分からん。

 それにしても、トレードマーク何にするかな。ヒーローといえばマントだけど、さすがにそれはナシだろ。かといって帽子をずっと被ってるのもなぁ。また考え直しておくか。

 ま、コーヒーも来たし、本題に入らせてもらうとするか。

「なぁ、天使」

「ここで…終わりかよぅ」

 天使はテーブルに突っ伏したまま、なんかカッコよさ気なことを言っている。

 こいつがいきなり落ち込んだ理由は分からないが、話が進まないし、とっとと現実に戻ってもらうとするか。

「おい、天使」俺はもう一度呼びかけながら天使の頭を叩いた。

「痛っ!なんだよ!」起き上がった天使は、髪を掻きながら文句を言ってきた。「すぐに手を出すなんて最近の若者はキレやすいな、ホント」

「悪かったよ」俺は悪びれることなく謝った。

 それにしても、天使は頭を叩いたことしか言ってこない。どうやら、天使は「お前」と呼ぶと過敏に反応するが、「天使」と呼べばそこまで言い返してこないようだ。何故か。

「それで、何か用か椿?」

「あぁ。なんか榎が天使に訊きたいことがあるんだとさ」

 前に榎ん家で天使と言い合っていた時の話を榎は聞いていたようで、帰り際 俺に「ダークヒーローって何?」って訊いてきた。面倒だったので、その日は適当にはぐらかしたが、それからしつこく訊いてくるので、つい教えてしまった。最初はダークヒーローが何かを教えるだけのつもりだったが、よく考えたら俺も分からないことに気付いた。だから事の顛末をかいつまんで話すつもりが、天使とか悪魔とかいろいろあってうまく説明できず、結局ほとんど話してしまった。榎は全部理解できたのかは判らないが、俺の話を聞いた後、何やら考え込んで、「今度いつ天使さんに会えるかな?」と言ってきた。「俺じゃ駄目なのか?」と訊いたら、「うん、ダメ」と言われた。俺と一緒にいればそのうち天使に会えると思い、ついでに事情を知っている榎にトレードマーク選びを手伝ってもらってたワケだ。

 それで、本当に俺と一緒にいたら天使に会えたということで、俺は話を切り出した。

「え、なになに。榎ちゃんが俺に訊きたいこと?」嬉しそうだが、そんなに浮かれる話題じゃないと思うぞ。

「うん。あのさ、椿君って何か良くないことをしてるから、天使か悪魔に殺されちゃうんだよね?」そんな確定された未来みたいに言うなよ。

「あぁ、そのことね」俺に関する質問と知って勢いを失くした天使だったが、「うん、そうだよ。俺の上司の高橋さんが〝先読み″の資格を持ってて未来を見たんだけど、このままだと天使か悪魔のどっちかに殺されるらしいよ」と、ちゃんと答えた。

 つーか、榎は、それで何が訊きたいんだ?

「あのね、それなんだけど。未来って変えられるものなのかなぁ?」

……あ、そうだった。

 人によっては『運命は決まっているもの』だとか言ってやがる。信じたくないが、もしそうだとしたら俺がどんなに足掻いても結局は天使か悪魔かに殺されるんじゃないか?今やっていることが無意味になるのか?

「どうなんだよ、天使?」

「なんだよ、椿までいきなり。まさか、今まで疑問にすら思わなかったのか?」

 と天使は、焦る俺を見て嬉しそうだ。

「いいから、どうなんだよ?」

「大丈夫だよ」天使は答えた。「高橋さんの持ってる資格も二級だし、仮に一級だとしても百パーセント未来を当てることはできないよ。あれは、その時に最も可能性の高い未来が見えるだけらしいし、それにさ…」

「それに、何だよ?」

「未来は決まっているから変えられないじゃ、つまんないだろ」

「…うん、そうだね」

 榎は納得したようで微笑んでいるが、いいのか? 最後のはこいつの願望だろ。悪くない願望ではあるが。

「良かったね、椿君」

 …うーん。まぁいいか。取り敢えず今は、高橋さんの予知が外れることを願いながら未来を変えるために足掻いてみるか。

「できそうにないから、やらない、ってのはカッコ悪いしな」

 安心した俺を見て、ニヤニヤしながら天使が言った。

「うるせぇよ」

 さっき焦ってしまったことが急に恥ずかしくなり、俺は窓の外に視線を外した。



 榎の質問は、なかなか価値のあるものだった。こいつのことだからてっきり、「どうやって空を飛ぶの?」だとか「未来では私も飛べるのかな?」とか、くだらないことを訊くんだと思っていた。

 だが実際は、俺に関係するかなり重要だが、俺でも気付けない些細な疑問を訊いてくれた。バカにしていたが、もしかしたら榎はそこそこ頭がいいのかもしれない。

 まぁ、結局は榎の杞憂で終わってくれたことだから、俺は今後もこのまま頑張って行くということで、この話題は終わりでいいだろう。

 次は俺の用事に入らせてもらうぞ。

 本来なら榎にはここで帰ってほしかったんだが、ナイス質問をしてくれたし、このまま帰らせるのも悪い気がする。どうしようか悩んだが、それはこの後の榎の反応に任せることにするか。できればそのままメニューにあるパフェに夢中でいてくれ。お利口さんにしてたら奢ってやるから。

「なぁ、天使」

 と、コーヒーに砂糖を入れ、それを咥えていたアメでかき混ぜている天使に言った。

「さっきから思ってたんだが、楸さんって呼べよ。なんだよ、天使って」

「今度は俺の用なんだけどさ、前に言ってた連絡手段ってどうなったんだ?」

 そう訊くと、天使も思い出したように「そうだった。それを渡す用事もあったんだよ」と、浴衣の袖口に手を入れて何かを探し始めた。

「なんだ?何かくれるのか?」

 連絡手段っていったらやっぱりケータイかな。それとも天使特有の無線とか、なんかハイテク機器とかかな?

「え?なになに?」

 興味を持つな、榎。パフェ見てなさい。

「じゃじゃじゃ~ん。こ~れ~」

また何かのモノマネなのか変なダミ声で、天使は、黒い何かを取りだした。

「なんだよ、それ?」

「知らないのか、椿?ケータイだよ」そう言って、天使は手に持った物を突き出してきた。

 いや、ケータイは分かる。だが、少しでも珍しい物を出してくれるのではと期待していたのに、出したのが普通のケータイじゃ疑いたくもなるだろ。「おい、間違って別の出したんじゃないか」と言いたいくらいだ。それに最近主流のタッチパネル型じゃなく、一昔前の折りたたみ式ケータイじゃないか。何でこいつは期待を裏切る時、悪い方にしかできないんだ。

「これ、普通のケータイだよな?」俺は、差し出されたケータイを受け取って訊いてみた。

「何言ってるんだよ。五十嵐さんお手製の特注品だぞ」

「五十嵐さんの?」

 そう聞いて、俺は、この手にある特注品のケータイに不安を感じた。

 五十嵐さんは、天使たちの仕事に役立つアイテムとかを作る開発課に属する天使らしい。人助けなどの天使の仕事は一切せず、アイテムの研究、開発ばかりしている人なんだと。それだけ聞けば凄い人にも聞こえる。が、この人が発明するものは、役立つかどうかも分からないような変なアイテムや、作っても没にされるような物ばかりらしい。つまり、そんな変な人が作ったケータイを、俺は嬉々として受け取ることができないわけだ。

「聞いて驚くなよ」と天使は、驚かせようという魂胆が見え見え なくらいに不敵な笑みを浮かべた。「このケータイはな、折りたたんでいるだけで勝手に充電されて、バッテリーの交換等も不要な優れものだぞ。しかも完全タダ」

「は!スゲェじゃんかよ」

 俺は、驚いた。

 何だよ、五十嵐さん。そんなすごい物も作れるんですね。これなら俺が今使っているケータイより、これをメインに使った方が得じゃないか。

「ただな、このケータイにも欠点がある。それは五十嵐さんが登録した人としか通話、メールができないんだよ」

「…え?」それ、欠点でかすぎないか?

 俺がショックでフリーズしていたら、黙って聞いていた榎が入ってきた。

「何それ、私も欲しい」今の説明聞いて、なんで欲しがるんだ?

「お前は必要ないだろ、榎」俺の頭は天使と違い、フリーズは一瞬で解決した。

「必要だよ。だって椿君、天使さんと一緒にお仕事するんでしょ。私も天使のお仕事したいから、ケータイ必要だよ」何だその理屈。

 はぁ。だから嫌だったんだ、こいつの前で話をするのは。前に話した時から天使の仕事に興味を示していたようだったが、何も言い出さないから油断してた。もしかして俺の前で言っても断られるから、少しでも可能性を上げるために天使といる時をねらっていたのか。こいつ、実は策士か?パフェはお預けだ。

「お前は天使の仕事する必要ないだろ。それに、お前の分のケータイはないんだよ」

「え~~」睨んでもダメだ。

「いや、榎ちゃんの分もあるよ」

 そう言って、天使は浴衣の袖口からもう一つ、オレンジ色のケータイを取りだした。

「え?」あるんだ?

「ホント、天使さん。ありがとぉ」

 榎は嬉しそうにケータイを受け取ると、天使にお礼を言った。

「なんで榎の分までケータイ用意してるんだよ」

「逆に、なんで用意してないと思ったんだよ?椿は」

「なんでって…」

 そう言われて理由を考えてみたが、よく分からない。俺の仕事だからだというプライドかと思ったが、そもそも天使の仕事は天使のものだ。だとすると、俺と天使の間の約束だったから二人分だとでも思ったのか?気持ち悪い。

「いいじゃん。これから俺たち男二人で仕事するよりも女の子一人でもいたほうが。職場に花は必要だろ」

「そうだよ椿君。私は花だよ」

「自分で言うなよ」

「それに、ケータイには俺たち三人がもう登録されてあるから、榎ちゃんにあげなかったら無駄になるだろ」

「いや、お前が五十嵐さんに頼んで、俺たち三人分を登録して作ってもらったんだろ」

「楸さんだって」

「っせぇよ!」

 はぁ、もういいや。

 天使の言うとおり、こいつとずっと顔を突き合わせているよりは、榎でもいないよりはいいだろう。それに榎も〝力″を持ってるらしいし、なんか役に立つことがあるかもしれない。そう自分を納得させよう。ということで、榎がパーティーに加わりました!

ちゃららっちゃっちゃ~♪

 無理矢理納得した俺は、渡されたケータイをいじってみた。細かい部分は分からんが、どうやら普通のケータイと違いはないようだ。ただし、登録されているのは天使と榎だけ。まぁ少しでも役に立つ連絡手段を手に入れたんだし、俺も素直に喜ぶか。

 ただ、「遠慮せずどんどん連絡ちょうだいね、榎ちゃん」「うん。天使さんもメールしてね。あ、でもあんまり夜遅いと私寝てるかも」「いいよ。俺も夜はすぐ寝る派だし」「私と一緒だ」と言って、はしゃいでいるこのバカ二人ほどは喜べないが。



「それで、今日はどうすんだ?」

 コーヒーも飲み終わったので、天使に訊いてみた。

 天使のコーヒーも無くなってはいたが、カップが空というワケではなかった。アメの棒が三本も入っている。

「どうするって、何がぁ?」

 天使は頬杖をついて覇気もなく訊き返す。糖分を摂っているのに頭は働かないのか。

「何がって、今日はなんの仕事をするんだって訊いてるんだよ」

「ああ、そっちね」そっちって、他に何があるんだ?

 天使は何かを考えているのか、唸りながら天井を見上げた。こいつが良いアイディアを出すとは思えないが、俺は何も言わずに黙って待つ。俺の隣で待つ榎は、期待しているのかワクワクが溢れだしている。榎、期待しても無駄だぞ。

 天使は短いシンキングタイムを終え、天井を見たまま、「いや、今日はよそう」と言った。

「え~」と、榎は不満を漏らす。だから期待しても無駄なんだよ、榎。

「今日はそれぞれ用事があって、みんな果たせたんだよね。俺の作戦もだいぶ変わっちゃったし、今日はもう仕事しなくてもいいんじゃないかな」

天使は、これは名案だ、とでも言いたそうだ。つーか、作戦ってなんだよ。

 俺もトレードマークを考え直したので天使の案に乗ってもよかったが、夕飯までまだ時間もあるし、仕事をしてもいいと少しは思っていたから一応訊いてみた。

「そんなんでいいのかよ?高橋さんに仕事しろって言われてないのか?」

「何で椿が知ってるんだよ?」まさかの当たり?

「ほら、やっぱりお仕事しようよ」新入りの榎は、やる気満々で身を乗り出して言う。

「う~ん。榎ちゃんが言うならするか。新しいアイテムも持ってきてるし」

「ホントに!」

 榎は、天使の仕事をすることを喜んでいるが、俺は別に仕事をしてもしなくてもどっちでもよかったので何も言わない。それよりも新しいアイテムというのが気になる。またロクでもない物を持ってきたのか?

「そうと決まれば行くか」天使は立ち上がりながら言った。

「行くって、どこにだよ?」

「取り敢えず外だな。このアイテムは店の中だとまずいから」

 と、天使は浴衣の袖口を叩きながら言う。何でもそこに入ってるんだな。

 天使に続いて榎も元気よく立ちあがり、俺もそれに続いていく。

 三人分のコーヒー代は天使が気前良く支払ってくれた。まぁ、こいつが払っても手当てがつくらしいから、こいつに奢ってもらうワケではない。

 会計を済ませ、さっさと天使は店を出た。店のコは「ありがとうございました」と笑顔で送ってくれたが、相変わらずマスターはニコリともせず無言だ。

 榎は「ごちそうさまでした」と言って店を出た。店のコはやはり「ありがとうございました」と笑顔で送る。そしてその時、なんとマスターも笑顔ではなかったが「ありがとうございました」と言った。どうやらこちらが礼を言えばマスターも応えてくれるらしい。

 だから俺も「ご馳走さんでした」と言って店を出た。店のコは律義に三人に笑顔で「ありがとうございました」と言ってくれた。が、マスターはニコリともせず、さらに無言だ。

 あれ、マスター?俺、出て行くよ…。



 店の中だとまずいというアイテムを使うために外に出た俺たちは、黙って先頭を行く天使の後をついて歩いた。どこに行くのか訊いてみたら、「公園かな」と天使は答えた。また公園かよ。 思えば、天使と行く場所ってほとんど喫茶店か公園だな。

 良く分からないが、どうやら今から使おうというアイテムは店や住宅街のような場所は避けるべき物らしい。だから、少しでも広い公園を選んだんだろう。

平日の公園は人が少ない。子供を連れて遊びに来ている主婦も、学校帰りの小学生も遊んでいない。俺たちだけだ。いつもなら少なからず人はいるはずなので珍しいとは思ったが、今から目立つアイテムを使うらしいから好都合だろう。

「それで、こんなところまで来て何を使うんだよ?」

 まさか遊ぶために来たわけじゃないだろう、と若干不安に思いながら、俺は訊いた。

「ふっふっふ、椿。お前、前に仕事を探すために千里眼の資格を取れって言ったよな」

「ああ。まさか、資格を取ったのか?」マジか?

「そんなわけないだろ。あれ取るのどんだけ難しいと思ってんだ」知らねぇよ!

「じゃあ、何しに来たんだよ」

「千里眼なんてなくてもな、仕事を探すことができるアイテムを持ってきたんだよ」そんな便利なアイテムがあるなら、何故最初から持ってこない。

 天使は、浴衣の袖口に手を入れ何かを探し始めた。天使は「あれ、ないな」とか言っているが、その中にどれだけの物が入るっていうんだ。

 しばらく探してようやく見つけたらしい天使は、また謎のモノマネをしながら人形を出した。全長三十センチくらいの、青い色で人の形をした、うな垂れている人形だ。

「なんだそれ。気色悪っ」と俺。

「なぁに、それ?カワイイ」嘘だろ。

「これはね、『天使を呼べ!叫べ!お前の気持ちをさらけ出しちゃいなよ、君 3号』だ」

 手の平にのせた人形を高らかに掲げ、天使は、声を張って言った。まさか、お前が大声を出すためにここまで来た、なんてことはないよな。つーか、

「なんだって?」

「一度で聞けよな、椿。これは、『叫べ!天使を呼んで!お前の気持ちをさらけ出しちゃいなよ、君 3号』だ」さっきと変ってないか?つーか、どっちにしろ変な名前だ。

「それってなんなの?天使さん」

と榎が、『天使を呼べ!叫べ!お前の気持ちをさらけ出しちゃいなよ、君 3号』を指さして訊いた。名前はこれであってるのか?

「良く訊いてくれたね、榎ちゃん」いや、普通訊くだろ。

「えへへ」お前も喜ぶなよ。

 ごほんっ、と咳払いしてから天使は、『叫べ!天使を…』めんどくさい、人形の説明を始めた。

「これは、天使に助けを求めている人間を探すことができる人形なのだよ。設定した範囲内に困っている人や悩んでいる人がいたら、その想いが一番強い人の感情をこの人形がキャッチ、表現してくれるんだ。そして、その人がいる方に向かって歩き出す。それがこれ、『天使を呼べ!叫べ!お前の気持ちをさらけ出しちゃいなよ、君 3号』だ」

 良く分かったような、分からなかったような。

「ねぇねぇ、なんで3号なの?」

 榎は理解できているのか、優先順位の低そうな質問をした。でも、確かに気にはなる。

「ああ。それには悲しい歴史があるんだ…」

そう言って掲げていた人形をおろし、人形の頭をなでながら低いトーンで、天使は話し始めた。

「1号はね、音量の設定ができないヤツで、範囲内にピンチに陥っている人がいた時に人形が騒ぎすぎてうるさいってことで廃止されたんだ。で、音量の設定を付けた2号は、一番強い想いを感知するっていう機能を付けていなかったから、四方八方の想いをキャッチしてしまい、人形が叫びながら右往左往して首がもげるっていうことがあったから廃止になったんだよ。ぐすっ」泣くところか?

「そうだったんだ…」なんで榎まで落ち込んでるんだ?

 落ち込んでいるバカ二人は置いといて、俺は、人形を天使から拝借し観察してみた。特にこれといって変わったところのない青い人形だ。どうやら公園に来たのは、こいつが騒ぐ可能性もあるかららしい。口のないこの人形はどうやって叫ぶんだ?

 観察していた俺から人形を奪い返し、天使は人形の頭をなでた。そしてまた人形を高く掲げ、「先代の欠点を補ったこの3号こそ無敵だ。って、五十嵐さんが言ってた」と追加の説明をした。

「それも五十嵐さんの作品なのか?」だいたい見当はついていたが。

「もちろん。名付け親も五十嵐さんだ」五十嵐さん、ネーミングセンスないんですね。

「天使さん。その人形かして」と言って榎は、天使から人形を受け取り、頭をなでている。何でお前らはその人形をそんなに可愛がっているんだ?

 まぁ人形の名前や可愛さは置いておこう。とりあえず、これは仕事を探す上では役に立ちそうだ。毎回仕事を探すためだけに歩きまわっていては、仕事をする前に疲れてしまう。ホント、何でこれを初めから持ってこなかったんだ、天使は。

 何はともあれ、さっそく使ってみるか。

 可愛がる榎から人形を取り上げ、天使に投げて渡した。そしたら二人に「乱暴だ!」と怒られた。俺はそんなことを気にせず、天使に人形を起動するように指示する。さっき人形を観察した時は、何処にもスイッチはなかったが、どうやって起動するんだ?

 しぶしぶと言った感じで了解した天使は、人形を地面に座らせ、「えいっ」と人形にデコピンした。どうやらそれが起動方法らしい。可愛がっていたくせに、乱暴な起こし方だな。

 デコピンされた人形は地面に倒れ、ピクリともしない。

設定した範囲がどれくらいか知らないが、範囲内に対象となる人間はいないのか?そう思った時、ゆっくりと起き上がり、人形のくせに大きく伸びをして息を吐き出す。

 もしかしたら大声で騒ぐのでは、と俺は身構えていたが、人形は「はぁ~~」と大きなため息を出すだけだった。

「何だ、これ?」

「なにって、仕事を見つけてくれたんだよ」

「ホントかよ。なんか疲れが取れないまま起床しただけみたいだったぞ」

「それは五十嵐さんのこだわりで付いている起動動作だよ。一回息を吐き出した後に、人間の想いをキャッチしたんだ。大きく溜息を吐いたってことは、何か悩んでいる人がいるんだろ」

 俺が天使の話を聞いている間に、すでに人形は歩き始めていた。何度もため息をついてうな垂れながら、重い足取りで歩いている。ほっておくと人形なのに自殺しそうな雰囲気を醸し出す真っ青な人形を心配してか、榎は俺たちを置いて人形の後を追っていた。といっても、まだ数メートルしか進んでいない。天使も人形の後を追い、心配そうにその足取りを見ている。どうしたものか悩んだが、俺もすぐに後を追った。すぐに追いついた。



 俺は人形を見守る天使と榎の数歩後ろをついて歩いていた。しかし、その速度は非常に遅い。公園を出るだけでも十分かかった。このままだと目的地にたどり着くまでに日が暮れてしまいそうだ。

「なぁ、そいつはもっと速く歩けないのか?」

「何言ってるの、椿君。こんなに落ち込んでるのに、一生懸命歩いてるじゃん」いや、お前が何言ってるの?

 俺を非難する榎を「まぁまぁ」となだめ、天使は俺の方を振り返ると「速くは歩けないけど持ってあげれば導いてくれるぞ」と言った。できるんなら早くやれ。

 速く移動したい俺は、人形の頭をつかんで持ち上げた。そしたら榎に叩かれた。何でこいつはこの人形をこんなに可愛がってるんだ?

 結局人形を持つ役は、榎になった。榎は人形の脇を両手で持つ。俺は不適格ということで、また数歩後ろに下がる。

 天使が持ち運んでも人形は導いてくれると言っていたので、どうするのかと思い見ていたら、人形はうな垂れて溜息を吐いたまま力なく腕を上げて道案内を始めた。どういう構造なのかは分からないが、曲がり角に来ると腕を向ける方向を変え、俺達を導いてくれた。

 そうしてしばらく人形の案内に従い歩いていたら、中学校に着いた。

「あれ?ここ、私と椿君の通ってた学校だよ」

 確かにここは、俺と榎の母校だ。何でこんな所に、とは思ったが、人形はまだ案内を続けているので仕方なく校門を通り敷地内に入った。それから少しして気付いたのだが、どうやら人形は、体育館を目指しているらしい。

 案の定 体育館の前にまで来たら、人形は力尽きたのか動かなくなった。道案内はここまでらしい。榎は「お疲れ様」と労をねぎらうように頭をなで、天使に人形を返した。

「どうやら、この中に天使に助けを求める子羊がいるらしいな」

 天使は、人形を浴衣の袖口に入れながら言った。

「ねぇねぇ、椿君」と榎が、俺の服を引っ張ってきた。

「なんだよ。服伸びるから引っ張るな」

「あ、ごめん。あのさ、私たちってここの卒業生だけど、今って一応部外者だよね。まずくないかな?」

 と榎は、不安を顔に浮かべていった。

 確かに、特に天使は完璧部外者だ。それに昨今は安全対策とかで、部外者の出入りにはうるさい。誰かに見つかったら謝っても、かなり厄介なことになるのは確かだ。

 まぁ、そんなの俺には関係ないが。

「大丈夫、俺は主人公だから。主人公にとって立ち入り禁止の場所は、むしろ入るべき場所なんだよ」

「何言ってんだ、椿? まぁ俺もなんかあったら姿消せるから大丈夫か」と天使。

「え!私は?」

「榎ちゃんも大丈夫だよ。椿なんかと違って普通に卒業生として歓迎されるよ」

「いや、俺らが生徒の時の教員はもういないだろ。私立でもあるまいし」

「そうだよ」

「じゃあ、俺が榎ちゃんを連れて飛んで行こうか?」

「え、いいの?」

「いや、ダメだろ。しょうがねぇ。俺が榎を担いで逃げるからいいよ」

「え!椿君が…私を?」

「ダメ!絶対」

「じゃあどうするんだよ!」

 その後も、何故か榎は途中から赤くなり黙ってしまったので、俺と天使で逃げる方法について討論した。しかし結局まとまらなかったので、何かがあった時にその場で判断することにした。何もないことを祈る。



 俺らが人形に導かれて着いたのは、校舎とつながっている第一体育館ではなく、少し離れた場所に位置する第二体育館だ。

 時間的には授業も終わり、部活動の時間なはずだ。実際、体育館の中からはドタドタと運動部が練習に励んでいる音が聞こえる。

「さて、どうするか?」

 人形のおかげでここまでは簡単に着いたが、ここからはどうしよう。入口から中を覗くと目立ちすぎる。この体育館には足元に小さい窓はあるのだが、今は閉められている。つまり中の様子を知ることができないワケで、俺たちが今回助けるべき相手も分からないままになる。

「どうするって、何がだ?椿」

「何がって、中の様子が分からないと、これからどう動けばいいか分かんないだろ」

「そんなの、俺が姿を消して見てくればいいだろ」

 ああ、なるほど。どうやら今日は、俺の頭はなかなか働かないようだ。休暇でも取ったのか?

「ガンバってね、天使さん」

 榎の励ましを受け、「はい。じゃあ行ってきます」と敬礼し、天使は姿を消した。

 天使がどう動いているのか、俺にまで見えないように姿を消されたので判らないので、こうなったら報告を待つしかない。どう暇を潰すか考えようとしたら、おでこに衝撃があった。どうやら天使にデコピンされたらしい。

「いって。くだらないことしてないで早く行けよ!」

 俺の反撃の手は、空を切った。

「はいは~い。行ってくるよん」姿は消えているが、天使がバカ面しているのが分かる。

 今度こそ体育館に向かったらしい。自動なわけがない古びた体育館の戸がひとりでに開いて閉まるのは少し不気味だ。

 さて、アイツが戻ってくるまでどうするか。何かしたいが、下手に動き回って誰かに見つかるのも避けたい。黙ってここにいるしかないか。

「椿君、天使さんにデコピンされてたね」と榎が笑いながら言う。

「うるせぇよ」

 やっぱりデコピンされてたのか。……ん?なんかおかしい。なんだ?

 おい、そろそろ休暇も終わりだ。働け、俺の頭。

 ………ピーン!そうか。わかった。よくやった、俺の頭。

「なぁ、榎。さっき天使のこと見えてたのか?」

「うん。天使さんが言ってたんだけど、姿を消しても私には見えるみたい」

 なんだ、それ。確か、天使が姿を消したら意図して見せようと思った人間以外には見えないんじゃなかったか。それなのに見えていたってことは、榎にはホントに〝力″があって、その力は結構スゴいのか?

「つーか、見えてるんだったら止めろよ」

「だって天使さんに『言わないで』ってお願いされたんだもん」

 あいつ、戻ってきたら何とかして羽を引っ張ってやる。

 それから特に話題もなく、榎と体育館の壁に寄り掛かるようにして座り、天使が戻ってくるのを待った。

 天使は、数分で戻ってきた。今度は見ていなかったが、そう何度も扉が自動で開閉していたとしたら誰か気づくんじゃないか。そんな俺の心配も伝わってなのか、姿を見せた天使の顔は青かった。

「おい、椿。何だあれは?」

「あれってなんだよ?」

「たぶんスポーツなんだと思うが、みんな羽をテニスラケットみたいなので打っていた」

「…ああ。バドミントンか」

「ばどみんとん?良く分からないが、羽を持つ生き物として自分の羽が打たれている気がして怖かったよ。背中がゾワゾワした」実際に打たれれば良かったのに。

 つーか、こいつはテニスは知っているのにバドミントンは知らないのか?

「それで、どうだったんだ?」

「すごく怖かったです」お前の感想を聞いてるんじゃねぇよ。

「天使に助けを求めているヤツがどいつなのかは分かったのかって訊いてるんだよ…!」

「ああ、そっちか。それなら一瞬で分かったよ。一人だけ暗い顔してるやつがいたからな。たぶんあいつだろ」

 その後の天使の話は、いかにバドミントンが怖かったかというもので、今回助けるべき相手の情報はなかった。まぁ、こいつに元々期待はしていないから怒りはしない。天使だけでも相手を見たということで充分だろう。

 そもそも部活中に乱入することは不可能だろうから、部活が終わるのを待つしかないのだ。部活後にその相手に接触して何をするかを決めるという方法がベターだということは、俺の頭が休暇を取っている時から分かっていた。だから、部活終了後に学生が出てきた時、天使だけでも相手を特定することができるようになれば、今の段階では充分なのだ。



 ということで、部活終了。

 空も赤くなり、中学生たちも帰るヤツがちらほら見える。長い時間、天使と榎が無駄話をするのに付き合いながら待っていたので、俺の疲労は結構溜まっていた。つーか、仕事を早く見つけて疲れを軽減することができると期待を掛けた人形を使ったのに、前以上に時間もかかっているし疲れているってのは、どういうことだ?

 バトミントン部がいるという体育館からは、激しい足音や羽を打つ音が聞こえなくなっていたから、今頃は片付けでもしているのだろう。そう思っていた数分後、数名の中学生が談笑しながら体育館から出てきた。それに気付いた俺達は、入口とは反対側に隠れたまま顔だけを出す。

「おい、天使。あの中にいるのか?」

 念のため声をひそめ、俺は、横にいる天使に訊いた。

「いや、ターゲットはいないようだぜ」ターゲットって言うなよ。それに何で手をピストルみたいにしてるんだ?

「ボス、今回のターゲットはどいつですか?」榎も殺し屋ごっこに参加したようだ。手をピストルにしている。

「焦るな、榎ちゃん。まだヤツは出てこない」

「私のピストルが火を吹くぜぃ」それピストルじゃなく火炎放射気じゃないのか。

「遊んでんじゃねぇよ!」ノリノリで遊ぶ二人に注意をしたら、思ったほど楽しくなかったのか、意外にもすぐやめた。

「怒るなよ、椿。暇なんだからしょうがないだろ。ターゲットはまだ出てこないし。てゆうか、何で出てこないんだ?」

「それは、あれだろ。そいつは下級生だから片付けでもしてるんじゃないのか?」

「いや、さっき出てったヤツ等を除いたら、この中にはターゲット一人よ。ちゃんと数は数えたから間違いない」天使が体育館の壁を叩いて言う。

「それを早く言えよ!」俺は、呆れてつい声を高くした。「だったらこんな所に隠れてないで、中に入って直接会えばいいだろうが」

「それもそうだな。よし、行くか。ついて来い、榎ちゃん。決戦じゃ」

「へい、親分」ボスじゃなかったのか?

 まだ殺し屋ごっこに未練があったらしい。俺を残して、殺し屋コンビは走って体育館の中に入って行った。ターゲットの命が取られる心配はなかったが、あのままだと不審者でしかない。余計なトラブルは未然に防ぎたかったので、急いで俺も後を追った。



「やあ、少年。私は天使なんだが」

 天使は、殺し屋と名乗るよりもある意味タチの悪い自己紹介を始めていた。

「だ、誰だよ、あなたたち?」

 少年は、突然現れた天使を名乗る男と、まだ殺し屋気取りの女に怯えていた。

「だから、てんっ、ったぁ!何するんだよ、椿」

「うるせぇよ」話がこじれる前に天使のあいさつを強引に止めた。「榎もいいかげんに止めろ、それ」

「えへへ、ごめんね」

 そう言って榎は、ありもしない腰のホルスターにピストルをしまった。

 バカ二人のせいで予定が狂ったが、俺はあらかじめ考えていた自己紹介をする。

「悪いな、少年。俺たちはこの学校の卒業生なんだが、用があって職員室に顔を出してきたんだよ。んで、帰る前に体育館にでも寄ってみるかってことで来たんだ」

「椿…その設定無理がないか。なんで離れてる方の体育館に寄ってみようってなるんだよ?」と天使は、先ほど俺が蹴った尻をなでながら言う。

「黙ってろよ。いいだろ、別に。俺たちはこの体育館により思い出があるってことで」

「でも、椿君。部活以外だとこっちは授業でもめったに使わないよ」

「じゃあ、部活で使ったってことでいいだろ。邪魔すんなよ」

 こいつらは協力する気はないのか? ほら、少年もいきなり現れて喧嘩してる俺たちを見て驚いているだろ。

 俺は気を取り直して、少年の方に向き直った。

「ゴホンッ、取り敢えず俺たちは思い出深いこの体育館に寄ったわけだが…」

「嘘つけ」

「黙って聞けよ、クソガキ!」何なんだ、どいつもこいつも!

「怒るなよ、椿。ほら、少年も謝れ。ぶっとばされるぞ」

 天使は、笑いながら俺の邪魔をして言った。

 榎も「どうどう」と、俺をなだめた。



 少年は反省し、正座して俺の話を聞く体勢になった。なかなか素直なガキだ。最初からそういう態度なら話も早く進むんだ。天使と榎は一安心したのか、それともただ遊びたいのか、離れた所でバドミントンし始めていた。

「ゴホンッ、取り敢えず俺たちは思い出深いこの体育館に寄ったわけだが、少年、お前は一人で何してるんだ?」

 ビクッと身動ぎし、少年は俺の質問に答えた。

「いや、あの僕、今度の大会でレギュラーに選ばれたんだけど、最近なんか調子悪くて、それで一人で残って練習を…」

「一人でって、バドミントンは一人じゃできないんじゃないか?」

「だから、走って体力をつけたり、フットワークとか素振りの基本をやってるかんじで…」

「それにしても、同級生や先輩が付き合ってくれてもいいだろ」

「最初は付き合ってくれてたんだけど、僕はちっとも調子が戻らないし悪いからって断ったんです。それで、みんな気を利かせてくれたんだと思う」

 そう言われて周りを見てみたら、三面は張れるくらいに広い体育館なのに一面しかコートは張って無く、他にも最小限の物だけを残して後はきれいに片づけられていた。たぶん、一人にさせてやるために他の部員はさっさと片付けて帰ったんだろう。まぁ、その片づけたラケットや羽を出して散らかしているヤツ等がいるのだが。

 さて、どうしたものか。

 俺がこれからのどうするか考えていたら、バドミントンを切り上げた天使と榎が戻ってきた。

「いやぁ、やっぱダメだ。なんか背中がゾクッとするよ。ところで、椿。この少年はなんだって?」

「ああ。まあスランプに陥ってる感じだな」

「なるほど、すらんぷね。すらんぷは大変だ」こいつスランプの意味分かってないな。

「どうしようね?」

 俺たち三人は、いい案がないかと考えた。三人寄れば文殊の知恵とは言うが、天使が一人いて、そいつがバカだと文殊の知恵とはいかないらしい。

「あの、いいですか…」

「ん、何だ?」

 ずっと正座していた少年が、恐る恐る挙手をして発言権を求めてきた。ずっと板張りの体育館に正座させておくのは申し訳ないと思ったので立ってから話すように促した。

「あの、結局あなたたちは何なんですか?」今更めんどくさいことを訊くな、このガキは。

できれば無視したかった不安要素が出てきた。普通に考えて、「お前を助けてやるよ」と見ず知らずの人に言われ、「ありがとうございます。助かります」とはいかないだろう。

少年の質問に答えようと、天使が口を開いた。

「ん?何って、てんっったいな!何で蹴るんだよ、椿」

「黙れ」天使って名乗って信じるわけないだろ。それに、天使はお前だけだ。「俺たちは、あれだ…仕事で人助けしてるんだ。だから、お前の悩みも解決してやるよ」

「なんだよ、それ。結局天使と変んないじゃん」と不満顔の天使。

「そうだよ。それにそれだとこの少年からお金を貰うことになるよ、椿君」

「いいんだよ。それに今は無料キャンペーンってことにすりゃいいだろ」

「それだと怪しい感じにならないか?」

「はい、怪しいです」

 黙って聞いているかと思えば、少年も口を挟んできた。

「うるせぇよ!いいか、少年。俺たちはとても親切だから、無償でお前の悩みを解決してやる。俺たちには別に上司がいて、その人から報酬が出るから俺たちも損はない。全く怪しい集団とかではないから心配するな。そして他人にも言うな。いいか?」

「は、はい」

 素直な少年は納得してくれた。

「おい、椿。少年を脅すなよ」

……素直な少年は納得してくれた!

 不安要素も排除できた。これで天使の仕事をするのに支障は出ないだろう。だが、それで仕事が進展していくのとは話が別で、何一つやることは決まっていない。

「改めて、これからどうする?」

 天使の案。

「やっぱり、作戦会議をするために喫茶店に行くか?」却下。そんな時間ない。

 榎の案。

「励ます」却下。もっと具体的なやつ。

 俺の案。

「地獄のトレーニング」天使に「何だ、それ」と鼻で笑われ、却下された。

 その後も、少年の自主トレを邪魔しないように体育館の隅に座り、俺達の作戦会議は続いた。しかし出てくるのは、「羽を取れば空気抵抗が無くなり、半端なく速い球になる」「もっと大きいラケットを使う」「限界を超える」といったように、まともな案は一つも出てこなかった。

 そして、時間は無限ではない事を知る。

 少年も帰り支度をするということで、今日の分の仕事は終了せざるを得なくなった。今後どうするかは各自の宿題として持ち帰ることにして、今日の所は解散することにした。

「なぁ、少年。バドミントンの試合のDⅤDとかあるか?」収穫がないまま帰るのもどうかと思い、一応ということで俺は少年に訊いてみた。

「はい。参考にしたり、いいイメージを持つためにということで部室に何枚かありますよ」

「それ、一枚借りてもいいか?」

「たぶん、はい。すぐに返してくれるなら大丈夫だと思います」

「じゃあ、貸してくれ」

 俺が頼んだら「ちょっと待っててください」と言って、少年は部室にDⅤDを取りに行った。

「DⅤDなんかどうするんだよ、椿」

俺と少年のやりとりに気づいていたようで、榎と話をしていたはずの天使が俺に訊いてきた。

「少年は一人で練習するって言ってたけど、一応相手ができるヤツがいた方がいいだろ」

「椿、バドミントンできるのか?」

「いや、できない。だから今日帰って、最低限のルールを覚えてからDⅤDを見る。俺の〝力″があればそれで十分プレーできるだろ」

「ホントかよ?」と天使は、疑いの眼差しを俺に向けてきた。「てゆうか、二人は中学生の時に部活やってたの?」

「あ? 俺は帰宅部だった」

「私も」

「それは、やってたって言わないだろ…」

「いいんだよ。俺なんて帰宅部の部長でエースだったんだぜ」

「私は帰宅部のマネージャー」

「聞いたことねぇよ、そんなの…」

 榎も俺と同じ部活だったからか、天使は強くバカにすることもなく、ただ呆れていた。まぁ、俺としては呆れられるのも心外である。帰宅部でも、真剣に取り組み、プライドを持って活動していた。チャイムが鳴ったら即ダッシュ。自由という名の不自由のもとで必死に羽を広げ、青春という荒野を飛び回っていた。

 そのことを天使に教えてやろうと思ったら、少年がDⅤDを持って戻ってきた。

「はい、これです」

「おお、サンキュー」

 少年からDⅤDを受け取り、礼を言う。

 貰うものも貰ったし早く帰ろうと思ったが、天使と榎が遊んだせいで散らかった羽を片付けるためにモップをかけ、コートを片付ける少年を手伝ってから、体育館を出た。少年は、明日も今日のように残って練習するつもりだと言っていたので、また明日来ることを約束した。少年は断ろうとしたのだが、人の親切は素直に受け取るものだと説得した。それに、一度始めた仕事は最後までやるものだ。

 少年が体育館の鍵を職員室に返しに行くというので、体育館を出て、その場で少年とは別れた。俺たちも素早く校門を出て、また明日会うことを約束し、今日は別れた。

 まさか天使の仕事を日をまたいでまでやるとは思わなかった。

 バカ二人には期待できないし、明日で仕事を片付けるために俺も帰ってできることをするか、と帰り道 静かに気合を入れた。


40000字という制限に引っかかるので、後篇へ続けます

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