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天使に願いを (仮)  作者: タロ
(仮)
29/105

第十三話 天使は何もしないし短いけど一応本編に関わる話だからってことでの十三話

今回は、かねてからやろうと思っていたことをやっています。

ハッキリ言って、物語というよりも説明文です。

それ故に、セリフが長くなっているところが多々ありますし、描写の点でもややテキトーさが目立つかもしれません。

すいません。


事前のお知らせでした。


     集合


 空は快晴。

 こんな日は、子供ならば理由も無く外に飛び出すよね、虫捕りにだって出かけちゃうよ、でも実際に虫なんて捕れなくても良いんだ、リアルな虫を触る勇気は僕には無いから、それに虫ならゲーセンに行けば見られるし戦わせられる、そんな日。

 そんな良き日に、河原にただならぬ空気が漂っていた。

 現在河原には、五人いる。

 浴衣を着ていてアメを舐めている天使、楸。ライフ・リセッターという奇怪な名前を自ら名乗って都市伝説となり、『死の恐怖』を知りたがっていた男、石楠花。ちょっと普通じゃない女の子、榎。この三人が河原にかかる階段に座っている。

 そして、残る二人は、階段に座る三人の見つめるその先に、ダークヒーローになろうと天使の仕事をしている椿と、ひょんなことから椿達と知り合い、たまに天使の仕事を手伝うようになったカイがいる。

 ただならぬ空気を醸し出しているのは、椿とカイの二人だ。

 二人は、ストリートでファイトしているようなファイトを河原でファイトしている。二人ともある特殊な力を持っている為、そのファイトは普通の人がするファイトのレベルを大きく超えるファイトだ。

 そんな二人の様子を、離れた場所で楸や石楠花と一緒に見ている榎は、それほど心配していない。そりゃあ共に全力で闘っているのだから怪我くらいするだろうが、闘い始めた時と違って、今の二人はイキイキしていて楽しそうだからである。ちなみに、石楠花は全くこれっぽっちも心配していないが、一応目を逸らさずに観戦している。楸は、たまに闘っている二人を見ては、あとは殆んどずっと青空を見上げている。

 では、何故こんな事になっているのか、その辺の事情を詳しく知る為にも、少し時間を遡ろう。


     招集、そして実験開始


 空は快晴。

 こんな日は、子供ならば理由も無く外に飛び出すよね、僕はカブトムシやクワガタなら触れるよ、でもカエルとかクモは無理、そんな日。

 そんな良き日に、河原に集められた人が四人、集めた人が一人。

 集めた人、石楠花は、階段に座ったまま、目の前に立ち並んでいる四人を一瞥し、口を開いた。

「え~本日集まってもらったのは他でもない、俺の好奇心がまたそそられちゃったからだ」

「知るか、ボケ!勝手にそそられちゃってろ!」

 と椿は、声を荒げた。

 実は、前日に椿のケータイに石楠花からメールが来ていた。

『ハロー。突然だけど、お願いです。実は俺の中の好奇心がまたウズウズしています。それというのも、お前の持つ〝力″に興味を持っちゃったからです。以前からも噂で力のことは知っていたのですが、丁度良い実験体が身近に出来たことで俺は居ても経っても居られません。ということでお前、三日後河原に来い。俺の実験内になってください。で、もしお前の知り合いで同じような力を持っているヤツがいたら連れて来てください。  追伸。万が一断ったら、有りもしない噂を流すなどの嫌がらせをするかもしれません。そんな事、俺はしたくありません。だから、どうか一つ』

 という、姿勢の低い脅しが最後について。

 これを見た椿は、「っざけんな!」と怒りはしたが、追伸の脅し文句も気になり、そしてそれ以上に、教えてもいない自分のメールアドレスが石楠花に知られている不気味さに困惑した。

 で結局、椿は、石楠花の言う通りに榎とカイの二人に事情を話して、自分と一緒に河原に来てもらっていた。

 楸は、河原への道中に偶然出会い、楸が面白そうだからとついてきた。

 ということで、河原に集まった経緯はこのくらいにして、椿の抗議を聞こう。

「つーか、お前なんで俺のメルアド知ってんだよ!」

「さあ?なんかこんな感じかなぁ~ってテキトーにアドレス入力したら、あんたの所に無事届いた。スゲェ奇跡」

「なワケねぇだろ!あるか、んな奇跡!」

 椿は必死に抗議し、自身のメールアドレスの入手経路を聞こうとしたが、石楠花は自分の興味が無い事は心底どうでもよさそうで、興味がある事を目の前に余計な時間を使いたくないと思っていた。だから、椿の疑問に対しては「ねぇ~、ビックリだよねぇ~」とお茶を濁して終わらせた。

 尚も怒る椿をなだめ、楸が石楠花に訊く。

「で、大体の話は道すがら聞いたけど、今から何かするの?」

「ああ。ていうか、浴衣の。あんたも力を持っているのか?」

「いや、俺は見学」

 楸がそう言うと、石楠花は「ききっ」とだけ笑った。そして、品定めをするような目つきで楸以外の三人を見る。

「お嬢ちゃん。あんた、バトルはできるの?」

 石楠花は、榎のことを指差して訊いた。

「えっ…いや、私は…」

「出来るワケねぇだろ。榎は女だぞ。それに、榎の力はちょっと普通と違うんだからよぉ」

 口ごもる榎に代わり、椿が答えた。

 椿のその言葉に、石楠花は「違う?」と片眉を上げた。しかし、すぐに「まぁいいか」と言い、これからの指示を出す。

「それじゃあ、浴衣のとお嬢ちゃんはこっち来い」

 石楠花の指示を、不審に思いながらもしぶしぶ了承して二人は動く。

「で、俺らは?」

 取り残された二人の内の一人、カイが言った。

 石楠花は、カイのことをじっくりと見て、指を差して言う。

「あんたは…見るからに動けそうだな」

「おぉ」

「で、力も持っていると」

「おぉ」

「それじゃあ、今からちょっとそこのニット帽と闘ってくれ」

「「はぁ?」」

 石楠花の言い方は、「ちょっと八百屋におつかいに行ってくれ」という位に気軽だ。石楠花の急な指示に椿とカイは驚きの声を上げた。しかし、石楠花は全く気にも留めずに続ける。

「俺は、あんたらの力について知りたいんだよ。それだったら、変な体力測定をチマチマやるより、手っ取り早くバトルしてもらった方がデータも取り易い。それに、見ていてそっちのが面白い」石楠花の話を一応聞いてはいるが、二人とも明らかに不満顔だ。そして、最後に「心配しなくてもいい。一人二枚までだったら、バンソウコウを無料で支給しよう」と石楠花が言うと、その怒りを爆発させた。

「テメェ、それが人にモノ頼む態度か!」

「ざけんな!つーか、バンソウコウ二枚って、どんだけ子供のケンカだよ。足りるかボケ」

 椿のこの発言に、カイが「おい、ちょっと待て」と突っ掛かった。

「あ?」

「お前、誰の心配してやがんだ?もちろん、自分の事だよなぁ?」

「は?なワケねぇだろ。お前だよ、お前。なんだったら、俺の分のバンソウコウもお前にプレゼントしてやるよ」

 カイの挑発に、椿も強気に言い返す。睨み合う二人の間の空気がギスギスしてくる。

 二人の間に散る火花を、榎は心配そうに見つめた。

「つーかお前、前に俺にボロ負けしただろうが」

「何言ってんだ!アレは、テメェが卑怯な手使いやがったから、テメェの反則負けだコラ!」

「なこと言ったら、お前だって素手相手にナイフ持ってただろうが」

 そのまま二人は睨み合い、徐々に火花を大きくしていく。

「「上等だぁコラぁ!」」

 椿とカイは、同時に怒声を上げた。

 河原の端に設置されている階段近くから、河原の真ん中の広い所へと場所を移す。

 榎は止めようと思ったのだが、楸に「大丈夫だよ。ただのバカ同士のじゃれあいだから」と言われ、しぶしぶながらも見守る事にした。

 榎を安心させるように言葉を掛けた後、楸は、石楠花に向く。

「相変わらず口が上手だね」

「ききっ。そう誉められたレベルじゃねぇよ。あの二人、明らかにバカで短気そうだったから、少しプライドを突つければあの通りよ」

 石楠花自身、思い描いていたシナリオ通りの展開になり、少しは驚いていた。まさかこんなに簡単に事が運ぶとは思っていなかったから、拍子抜けもしていた。

 楸は、石楠花の話術に感心しつつ、いいように実験体とされている、しかもそれを気付かぬうちにされている自分の相棒に呆れた。


     力の検証


「へへっ。どうだ、椿。俺の動きを捉えられるか」

「チョロチョロ動きまわってないで、さっさとかかって来いよ」

「くっ……。だったら、これでどうだコラぁ!」

「カッ!軽過ぎてあくびが出るな。おらぁ!」

「へへっ。どんなに一撃に威力があっても、当たんなきゃ意味無いぜ」

 こんな感じで互いにごちゃごちゃ罵りながら、椿とカイは楽しそうに闘っている。

 カイは、動きまわって椿をかく乱し、ヒット・アンド・アウェイを基本に闘っている。椿は、スピードで上回るカイを相手に、カイの攻撃の一瞬を衝いてカウンターを仕掛けようとしている。攻撃を受ける回数だけで言えば椿の方が多く不利にも見えるが、たまにヒットする椿の攻撃は重く、確実にカイを追い詰めている。したがって、戦況は概ね互角と言えよう。

 闘っている椿とカイから離れた場所、階段では、他の三人がその様子を観戦していた。

 石楠花の持って来ていたバックからは、お菓子やら飲み物やらが出てきた。それらを味わいながら観戦しているその様は、闘っている二人から比べると非常に暢気かつ和やかだ。

「しかし、いいのか?お嬢ちゃん」

 石楠花が、かりん糖を食べている榎に話しかける。

「何がですか?」

「俺なんかが出した物を、何の疑いも無く口にしちゃって」

 石楠花は、ついこの間まで人を死に追い込んでいた自分を榎は怖がっているのでは、それか毛嫌いしているのではと思い、冗談ながら脅しを掛けるつもりで言った。

「それ言うなら、俺もおせんべい食べているけど…?」

 楸は、石楠花の考えを察し、榎を安心させるつもりで口を挟んだ。

 榎から楸に視線を移した石楠花は、「別に、全部に何か仕込んでいるワケじゃないからな」と挑発する。そして、「ききっ」と笑い、かりん糖を食べている榎の反応を待つ。

 しかし、榎は石楠花の期待した通りのリアクションをしない。じっと手に持つかりん糖を見つめ、「うん」と笑顔で頷く。

「は?」と石楠花。「うん、って何だよ?あんた、俺の事が怖くないのか?俺のこと、軽蔑しているんじゃないのか?」

「そんなことないよ。確かに、あなたがやっていた事は許されない事だけど、でもそれはもう天使の楸さんが罰を与えたから、あとはあなたが反省してくれたらそれでいいの。だから、いつまでも昔の罪のこととかは気にしません」

 榎は言った。

「ききっ。俺が反省してなかったらどうする?それに、また危険な実験を繰り返すかもしれないぞ」

「……それは、困るけど……つーか、あなた私のことを驚かせたいのかよ?」

 笑顔で椿の口調を真似し、榎は言った。

 榎の言葉は、石楠花の思考を見透かしていた。

 石楠花は、自分のことをどう思っているのか分からない榎を相手に、どう接したらいいか戸惑っていた。だから、敢えて怖がらせるようなことや怒らせるようなことを言い、榎が自分に対してどのような感情を抱いているのか知りたかった。しかし、榎の反応を見て、特に心配する必要もなさそうだとホッとし、満足そうに「ききっ」と笑う。

 そんな石楠花の気持ちを知る由も無い榎は、何故か笑っている石楠花を不思議そうに見ている。

 しかし、楸は違った。

 楸は、榎たちと仲良く一緒に居るとは言え、立場上は天使だ。もし、榎が石楠花のことを憎んでいたり、許せないという気持ちを抱き続けていたりしたらどうしようかという不安を感じていた。だから、榎が自分たちの仕事に対して理解を示し、石楠花を受け入れようとしている事が嬉しかった。せっかく石楠花が改心したとしても、わだかまりを持たれたままでは気の毒だと気にしていたので、榎の態度には楸も救われる。

 石楠花の不器用な接し方に呆れながらも、楸は、二人の会話を満足そうに聞いていた。

「かりん糖、おいしいか?」

「うん」

「こっちの駄菓子も美味いぞ。食うか?」

「うん」

「今日はいい天気だな」

「そうですね」

「あのニット帽のこと好きか?」

「……かりん糖は美味しいです」

 榎は、顔を赤くしてそう答えた。

「ききっ。ま~た失敗か。てゆうか、本当に否定の感覚を奪う事はできるのか?……いや、その前に、かりん糖がニット帽のことを好きじゃなかったのか?」

 石楠花は、榎との会話を楽しんでいた。自分の話術の一つ、肯定の連続による否定の感覚の欠如を試しながら、榎の反応を楽しげに見ている。

 そして、榎の自分に対する苦手意識が無い事を確認し、石楠花は本題に入った。

「質問していいか?」

「…変な事じゃないなら」

「ききっ。安心していい、俺はガキの色恋にはそそられない。真面目な話だ」そう前置きし、石楠花は言う。「かりん糖もあのニット帽達と同じ〝力″を持っているんだよな?」

「かりん糖って私のことですか?それなら、はい、持ってます」

「それは、どんな力だ?」

 石楠花は、顔を引き締めた。

 榎の回答次第で、自分の中にある理論の今後の方向性が決まる。

 榎も、石楠花の表情を見て、石楠花が真剣であることを察した。そして、頭の中で自分の力のことを思い出しながら確認し、それが出来ると口を開いた。

「私も、最初は自覚が無かったんだけど、楸さんや柊さんに教えてもらったんです。私には力があるって」

「自覚が無かった?」と確認するように呟き、「それは具体的には分かるか?」と訊く。

「はい。あの、信じてもらえるか分からないけど、普通の人には見えないモノが見えたり聞こえたり、ざっくり言うとそんな感じで」

 榎の話を聞き、石楠花は考え込む。

「見えないモノ聞こえないモノってのは?」

「姿を隠したはずの天使の姿や声、あと動物の声なんかも」

 そう言われ、石楠花は楸の方を見た。石楠花は、楸が天使である事をこの前の一件で無理矢理にだが理解している。だから、榎の力を確認する方法は思い付いたのだが、それをヤル気になれない。もし実験が成功して榎の力が証明されると、自分の仮説は崩壊するかもしれない。普通の学者ならば検証を重ねて真実に近づいていく事にも価値を見出すのだろうが、石楠花にとっては、その興味に対する答えが出ることが何よりも重要だった。

「ま、いいか」と石楠花は立ち上がり、実験をする事に決めた。「いいか?今から俺が、浴衣のにある言葉を言わせる。もちろん、姿や声を消してもらって。かりん糖はそれを当ててみてくれ。別に間違えても咎めないから気楽に、な」

 榎が頷くのを確認し、石楠花は楸に耳打ちをした。男から耳に息を掛けられることに気持ち悪さを感じた楸は、嫌な顔をする。が、どうせ居合わせたことだし、石楠花の知ろうとしている事に楸自信も興味があるので、石楠花の実験に協力した。

「いいか?」

 石楠花に言われ、楸は頷く。つくづく人の思考を読むことに長けた男だと感心しながら、楸は姿を消した。これで、石楠花を含めた普通の人間には楸の姿は見えないし声も聞こえない。その状態で、楸は石楠花に指示された通りにする。

「終わったのか?」

 再び姿を現した楸に、石楠花は訊いた。

「ああ。俺は結構おっきい声で言ったけど、石楠花には聞こえなかったでしょ?」

「ききっ。全くだ」そう言うと、石楠花はある事に気付く。「ん?あんた、ひょっとして俺にだけ聞こえないよう、それかかりん糖にだけ聞こえるようにしたってことはないよな?」

「そんなことしてないよ。俺だって、石楠花の実験に興味あるし」

「ききっ。あらそ」と、石楠花は楸を信じる事にし、「で、何て言っていたのか分かったか?」と榎に訊いた。

「いえ。あの……何も言っていません」

 榎は自信無く答え、石楠花の次の言葉を待った。

 少し間を開け、石楠花は言う。

「ききっ。正解だ」

「あの、どういう事ですか?」石楠花のしようとしている事の真意が分からず、榎は言う。「今、楸さんは少し浮き上がり、何か言うのかと思ったけど口も開かずに降りて来ました。そしたら、それでもう終わりだって」

 榎の話を聞き、石楠花は満足そうに「ききっ」と笑った。

「姿を消している間のことは知らないが、それで正解だよ。種明かしをしよう。俺は、浴衣のに対してこう言ったんだ。『姿を消した後、何も言うな』ってな。あとは、姿を現した後の反応を指示したくらいだ」

「どうしてそんなこと…?」榎は訊いた。

「念のためだよ。俺は、あんたに言ったよな?今から浴衣のに何かを言わせると。これであんたの頭の中には、浴衣のが何か言うのだという準備が出来たはずだ。だが、実際は何も言わなかった。そうするとどうなるか。もし万が一、あんたが自分に力があると偽っているだけなら当てずっぽうで何か言うかもしれない。そりゃあ、何か言うって予告しているんだから、真相を知らなければ何か言ったものだという前提で考えるよな。ま、それで当てられるはずもないが。そして次、もし浴衣がばらした場合。あんたは自分の力がある事を俺に証明でき、その事に安心するだろう。だが、あんたが『何も言っていません』と答えた後、その反応に偽るようなそぶりは無く、俺のした事について素直に疑問を抱いていた」

 石楠花が言うと、楸は「ごめんね、榎ちゃん。試すようなことしちゃって」と謝った。

 しかし、榎は怒ることなく、石楠花の仕掛けた罠に感心していた。

「いいよ、楸さん。それにしても、そんなすごい事仕掛けられていたんだね。てことは、それだけやって確かめて正解出せたんだから、私の力、信じてくれますね?」

 榎は、石楠花に笑顔を向ける。

 榎のことを疑いまくり不必要な罠を仕掛けていた事に後ろめたさを感じ、石楠花は、榎の無垢な笑顔に戸惑う。が、すぐに平静を装う。

「ああ、信じる。それに、あんたの理解が速くて助かるくらいだ。おそらく、あっちのニット帽とかに似たような罠を仕掛けたら、それに引っかからずとも、理解するどころか逆上するんじゃないのか?」

 そう言われ、榎と楸はその様子を思い描く。二人の頭の中には「つーか、意味わかんねぇ。結局、俺の力は証明されたのかよ?」と文句を言う椿が浮かんだ。

「ははっ。そうかも」

「うん。椿君だったら怒ってるね」

「だろ?それじゃあ、正解した事と協力してくれた事のご褒美だ」

 そう言うと、石楠花はカバンからかりん糖の袋を取り出し、榎に与えた。

「ありがとうございます」

「どうも。それにしても……はぁ~」

 かりん糖を貰い喜ぶ榎を見て、石楠花は大きく溜め息をついた。


     おつかれ


 一方その頃、椿とカイの激しい戦いにも終わりが近づいていた。

 両者ズタボロの残りHPギリギリの状態で、最後の一撃を放つ。

 結果、両者相打ちの共倒れ。

 二人の闘いの結末を、石楠花は「あ~りゃりゃ~」と呑気に見ていた。これといった興奮も見せず、倒れた二人を見ても心配せずに座ったまま。楸も心配していないという点では同じだが、榎が心配そうに駆け寄るものだから、その後を追う。

「大丈夫、椿君?」

「カッ。余裕だっつーの」

「でも、バンソウコウ二枚じゃ足りなさそうだね」

 椿もカイも、特に心配するような大怪我をしているワケではなさそうなので、榎は茶化すように言った。

 椿は、「うるせぇよ」と言い、榎の手を借りて立ち上がる。カイも似たように、楸の手を借りて立ち上がる。そして、椿とカイの二人は、互いの激闘を称え合うように拳を合わせた。

 四人は階段に座ったまま一歩も動かない石楠花のもとへゆっくり歩み寄る。

 椿とカイは、激しい闘いで喉が渇いていた。石楠花の方を見ると、階段にお菓子と一緒にお茶のペットボトルなどもあった。だから二人は、石楠花が自分のバッグに手を入れた時、スポーツドリンクのような飲み物を貰えるのでは、と期待した。

 しかし、石楠花は「ごくろう。あんた達の献身的な暴れっぷりに敬意を払い、美味しい棒をやろう」と言って、うまいと評判のスナック菓子を差し出した。

 当然、椿とカイはキレる。

「いるかぁ!こちとら喉渇いてんだよ!なのに何で逆に水分奪うような菓子出すんだよ!」

「つーか、ただの嫌がらせだろ!」

 椿のつっこみに、石楠花は笑いながら応える。

「ききっ。嫌がらせじゃなかったら何だよ?」

「「開き直んなぁ!」」

 椿とカイが声を揃えて怒鳴っても、石楠花は怯まない。が、ちゃんと持って来てはいたので、二人にスポーツドリンクとバンソウコウ二枚、美味しい棒を一本ずつ与えた。


     質疑応答、思案


 椿とカイも階段に座って休憩し、呼吸を整え終わった。階段に座る五人のなかで、一番上に座っている石楠花が言う。

「それじゃあ、そろそろ真面目な話に入ろう」そう前置きをされ、みんなは石楠花の方を注目した。「簡単な質問を二~三個するだけだから、それに答えてくれ」

 石楠花の興味の対象の〝力″を持っていない楸以外の三人は、頷いた。

「ではまず、あんた達の持つ力が、何かを成し遂げたいとか、そういう気持ちが大きく働いた時に発動するっていうのは、たしかか?」

 石楠花に訊かれ、あまり自分の力について自覚のない榎とカイは困った表情を浮かべた。だから、この中では一番 力を使用し、一定の理解を得ている椿が答える。

「ああ。その時々で違うが、したい事をイメージして願う。俺はそれで力を使えると思っている」

「ききっ。やっぱそんな感じか。やっぱり実際に力を持っているヤツは違うなぁ。俺がこの辺の理解に至るまでにどれだけかかったか…」と石楠花はぼやいた。が、すぐに気持ちを切り替えて目の前の実験体たちに集中する。「それじゃあ、その力の質が個人個人違うのは?」と質問した。

 この質問には椿も自信無く「なんとなくは…」としか答えられなかった。

 その椿の態度を見て、石楠花は考え、次の質問をする。

「なら、あんた達二人、自分の力についてはどう認識している?」

 その質問に、まずカイが答える。

「俺は、基本的には脚力が上昇すると思っている。怒りで感情が爆発した時は特に」

 次に椿。

「俺は、オールマイティに何でも出来る。イメージした通りの行動や力を、願いの強さに比例して出せるものだと」

 二人の回答を聞き、石楠花は思案顔で考え込む。頭をポリポリ掻き、たまに榎のことをチラッと見ながら、自分の頭の中の理論を構築していく。そして、頭の中のピースが全部ハマった。最後の一つは、無理やりねじ込んだ。

「よし。それじゃあ、俺 帰るわ」

「「「いやいやいや、待ておい!」」」

 帰ろうと立ち上がる石楠花を、椿と楸とカイは呼び止めた。

「ん?なんだ?」

「なんだじゃねぇよ!お前だけ納得するな」と椿。

「といっても、俺の勝手な推測だけだから確証もまだ無いし、あんた達は興味無いだろ?」

「なくねぇよ!今の段階でいいから、お前の理論を聞かせろよ」

 椿に言われ、石楠花は嫌々座り直した。そして、今度は説明できるように理論を明確に形作って行く。最後に残った部分は、見て見ぬふりをして片付けた。


     分かりづらいロマンの時間


「結果報告。ドンドンパフパフ~」

 ふざけた発言とは裏腹に、石楠花は、ヤル気の無い気だるい声で言った。

 榎だけは拍手したが、椿に止められた。

「ここからはお勉強の時間、って言うとあんた達は嫌がるだろうから、興味そそられるロマンの時間だ」椿とカイは疲れていて、いちいちつっこむ気力も無かった。そんな二人を満足そうに見て、石楠花は続ける。「これから、簡単な所からあんた達の力に対する俺の出した一つの可能性を話そう」

 全員、石楠花に注目する。

「まず、最初は力が出るきっかけだ。俺が色々調べたところ、最初のきっかけは案外単純で、ちっぽけなことでもいいらしい。何でもいい、特に変わった事じゃなく、普通の生活の中で願う気持ちが強くなった時、稀に目覚める。あんた達のきっかけについては、プライバシーに関わることで言いたくないだろうから、敢えて訊かない。で、このきっかけまでならそう難しい話じゃない。しかし、その先、今のあんた達がいる段階となると、話は別だ」

 そう言われ、力を持つ三人は驚く。自分達の持っている力に、そういう段階のようなものが存在しているとは思ってもみなかったからだ。椿達の反応に、石楠花は「なんだ、段階があるのを知らなかったのか?」と意外そうに言った。

「つーか、色々調べたって、どうやって調べたんだよ?」と椿。

「色々は色々だよ。俺がライフ・リセッターとして活動していた時、力を持つ人間にも興味があったから、ついでにアンケートと称して力について聞くとか、そんな感じの諸々だ」

「あっそ」

「話が逸れたな、戻そう。俺の見たところ、あんた達の力は、既に次の段階に進化している。進化方法は、まだ正確には判っていないが並々ならぬ強い感情がきっかけである可能性が一番高い。それで、この段階では、それまでの力の中から、ある一点が特化されて強力な力を出せるようになる。そこのネコ猿がいい例だな」

 と、石楠花は、カイのことを指差した。カイは、「誰がネコ猿だ!」と怒ったが、他の三人は、カイの身軽で素早い動きから名付けたのだと察し、妙に納得した。

「そいつは自分の力を脚力と言っていたが、正確にいえば速力+跳躍力だろう。もし脚力全体が上がっていたら、力を解放した状態でそこのニット帽にキックで競り負ける事はないはずだからな」

 石楠花にそう言われ、椿とカイは驚いた。石楠花がテキトーに自分達の闘いを見ているのかと思っていたら、ちゃんと観察していたからだ。確かに先ほどの闘いの中、二人は同時にキックし、互いのキック力が概ね互角な事を把握していた。それなのに、素早さと言う一点に置いて、椿はカイの足元にも及ばなかった。

 石楠花は説明を続ける。

「だからな、ニット帽の言うオールマイティな能力っていうのは、いわゆる最初の段階なんだよ。この段階は、まだどの方向にでも力を磨く事ができる。それ故、どんな力でも引き出す事が出来る。と言っても、この段階の力っていうのは微弱で高が知れるがな」

「ちょっと待てよ」と椿は口を挟み、話を止めた。「俺の力はどうなるんだ?俺のはカイのと違って、何か一点に特化されてないぞ?大概の事はイメージすりゃできる。これはオールマイティな力と言っていいだろ?」

 その椿の抗議に、石楠花は動じることなく言い返す。

「ききっ。だからだよ。俺が悩んだ一つの原因は、ニット帽の力の本質が掴めなかったからだ。最初に出会った時、あんたに力がある可能性を知った。屋上の時と俺の財布をスった時、あんたは力を使ったはずだ。違うか?」

「ああ、そうだ」

「だろ。だから、そこから俺が推測した力では、あんたはまだ最初の段階に居るのかと思っていた。もしくは、それに近い何かに特化された力。それを確かめたくて、俺はあんた達を闘わせた。するとどうだ、あんたは想定していた力では出せない力を出していた。ただのオールマイティじゃ、ネコ猿にボロ負けしていただろうし」

 石楠花は、そこまで言うと言葉を切った。何かを思案している。

 そして、業を煮やした椿が声を掛けようとした時、石楠花は再び口を開く。

「あんた、闘う時にどういうイメージを持っている?イメージじゃなく願いでもいい」

 石楠花に訊かれ、椿は考える。闘う時だけじゃなく、自分が力を使う時のことを。

「俺は、強い自分とか、足が速い自分をイメージしてそうなりたいと願う。で、もし具体的なイメージがあれば、それを参考にしている」

 椿がそう言うと、石楠花が食いついてきた。

「参考って、それは、何を参考にしているんだ?」

 石楠花の普段は見せない熱意に圧倒されたが、椿は「…マンガやアニメ」と答えた。

 石楠花は、ニヤァと笑い「やっぱり。これで決まりだ」と膝を叩いた。

「それじゃあ改めてまとめよう。簡単な所からってことで…ネコ猿からだな」

「そのネコ猿ってのヤメロ」と怒るカイ。

「あんたの力は、さっきも少し触れたが、速力+跳躍力だ。それに元々持っていたのだろう卓越した運動神経があわさっている」

「何でそこは力じゃなく運動神経なんだ?」と椿は、疑問を投げつけた。

「力だったら、もっと腕力やキック力も向上しているだろ?脚力が全体的に向上していたら、あんたはキック勝負で歯が立たないはずだ。思うに、ネコ猿は最初の段階だった時期が短い。さっき自分でも言っていたが、怒りで力を爆発させるようなヤツだ。簡単に次に段階に来てもおかしくない。そのため、力の幅は狭い」

「……で、結局?」と、カイは自分の力の結論を求める。

「あんたは、その類稀なる運動神経で、その力から引き出される速力を巧くコントロール出来ている。結局、あんたの力だけで言うと『速力+跳躍力の向上』なんだが、その運動神経をプラスしてカッコ良く名付けるとしたら……『疾風』ってとこでどうだ?」

 石楠花に言われ、カイは「疾風かぁ。いいな」と満足そうに言った。そんなカイを見て、石楠花も満足そうに「ききっ。だろ?」と笑う。そんな二人を見て、力にカッコいい名前が付く事を羨ましく思った椿が、「それじゃあ、俺は?」と訊いた。

「あんたか…。あんたの力を見ると、確かにバランス良く力を発動させている。だから、確かにオールマイティと思うのも無理はない。だが、俺が思うに、あんたはネコ猿と違って最初の段階が長かっただけだ。その為にある程度はバランス良く力を使える。しかし、明らかに一点、突出した力がある」

「それは?」と椿は、期待の眼差しを向けた。

「それはな……盗みだ」

「は?盗み?」カイと違ってなんかカッコ悪い、そう思い、椿は不満げに訊き返す。

「ききっ。そうだ。細かく説明するからついてこいよ。盗むと言うと聞こえは悪いかもしれないが、あんたの力は『真似る力』でもあるんだ。他人の力を見て真似る、イメージした事を真似る、これらはいわば技術を盗むことだと言える。それにあんた言ったよな、具体的なイメージはマンガやアニメから得ていると。それがつまり、真似ている事、そのマンガやアニメのキャラクターがしたことの盗用と言える。それにあんた、手癖が悪そうだ」

 そう説明され、椿は不服そうに石楠花を睨む。だが、その椿の横で、楸は納得していた。

――確かに椿の力にはムラがある。出来ることと出来ない事の差だけじゃなく、出来ることでもシチュエーションが変わればパフォーマンスの質も変わる。明らかに不測の事態に対応する力が弱い。あれは、イメージするシーンが今まで椿の見てきたマンガやアニメにあるかどうかの差なのかもしれない。だから盗む対象となる技術が無ければ椿も力を出せない。それに盗みの技術だけで言えば、スリや万引きとかでその高さが証明されている

 石楠花の言う事を受け入れようとしない椿と違い、相棒の楸はそう納得していた。

 そして、椿と違い聡明な理解を示している楸を、石楠花は満足そうに見ていた。しかし、尚も納得しておらずごちゃごちゃ文句を言っている椿に視線を戻し、面倒そうに言う。

「だから、これはあくまで俺の推測だ。信じる必要はないが、自分の力の本質を掴んでおいたほうがいいかもしれないという程度で聞き入れろ」

「だけどよぉ…」

「わかったよ。あんたの力にも名前付ければいいんだろ?」と石楠花は椿の不服の原因を勝手に解釈し、「誰もンなこと言ってねぇよ」と声を荒げる椿を無視して続ける。「あんたの力は盗みだから、テキトーに横文字にして『スティール』もしくは『レンタル』でどうだ?……プッ!レンタルって、ビデオ屋かよ」

「自分で言って自分で笑うな!」

 椿は怒鳴った。が、石楠花は無視して笑い続ける。

 本人は納得していないようだが椿の力の説明は一通り終わった、そう察した楸は、話を切り替えるために「それで、榎ちゃんの力は?」と訊いた。

 楸がそう言うと、石楠花は笑いを止め、渋い顔になった。明らかに何か言うのを躊躇っている。椿が、「なんだよ?」と急かすと、石楠花は溜め息交じりに言う。

「パス」

 石楠花はそう言うと、そのまま立ち上がった。あまりに堂々とした「パス」宣言に呆気に取られている椿達を尻目に、カバンを持ち、帰るつもりだ。

「や、ちょっと待てよ!パスって何だよ!」

「試験などを通過する事。サッカーなどの球技に置いて味方にボールを渡す事。トランプで自分の順番を飛ばして次へ回す事。今俺が言ったパスは、三つ目の意味に近い」

「何意味の説明してんだ!そういうこと訊いてんじゃねぇよ!」

 椿の口うるさい抗議に嫌気がさし、石楠花はしぶしぶ腰を下ろす。

「俺も協力したんだから、ちゃんと教えてよ」と楸。

 そして、ここでやっと当人が口を開いた。

「あの…やっぱり私の力は信じられませんか?」

 と榎は、自信無く訊いた。

 なあなあで済ませるつもりだった石楠花も、榎の悲しそうな顔を見ると居心地悪くなり、自分の考えを話す事にした。

「あんたの力は信じる。回りくどいテストまでやって証明してもらったくらいだしな。だが、あんたの力っていうのは俺の全くの想定外なんだよ」

「想定外?」と榎は首をかしげる。

「ああ。あんた言っていたよな、浴衣のや白いのに教えてもらうまで自分に力がある事を自覚していなかったって。少なくとも、力に目覚めたらその自覚も芽生えるものなんだよ。それを無自覚でいるってことは、これはもはや体質と言った方が近い気さえする」

「でも…」

 榎が食い下がろうとしたら、石楠花が手を前に出してそれを止めた。

「これは俺の勝手な想像だから、肯定しなくてもいいしテキトーに聞き流してくれていい。もし、あんたのそれもニット帽達と同じ力だと仮定した場合の話だ。あんたも何らかのきっかけで力に目覚めた。この時の感情ってのが、そこのネコ猿と同じ、もしくはそれ以上に強いモノだった。だから、あんたも最初の段階を無視した可能性があり、その為に力の幅は狭く、今の力のみが現出している。それで、ここからが重要なんだが、力を使うのに無自覚ってことは俺の理論ではありえない事なんだよ。だから、ひょっとするとあんた、力が目覚めたきっかけの時の事、今でも心のどっかで常に感じているんじゃないか?」

 石楠花がそう言うと、その場が静寂に包まれた。


     榎の昔話


 榎は、幼いころに両親から虐待され、酷い孤独を味わっていた。その虐待の原因を幼かった榎は、自分が悪いのだと勘違いしていた。その結果、自分を責め続け、自分の殻にこもるようになった。それ故に友人も出来ず、寂しく幼少を過ごす。

 そんなある日、榎に転機が訪れる。一人寂しく過ごしていた榎が何の気なしに動物に話しかけると、その動物が言葉を返してくれた。動物の声が聞こえたのだ。

 これが、石楠花の言う『力に目覚めたきっかけ』、同時に『次の段階への進化』。

 動物相手でも話し相手が出来た。これを嬉しく思った榎は、いつしか人間よりも動物とばかり話すようになっていた。しかし、これが更なる孤独へと榎を追いやる。榎の周りの人は、榎のことを理解せず、変人としてしか扱わなかった。人間とは話さず、喋れるはずも無い動物とばかり話す、変な人。榎も周りの自分への対応を感じ取り、自分から距離を置いた。

 孤独を嫌い、力に目覚めた榎は、力のせいで更に辛い孤独を強いられることになった。

 それから暫らくして、もう一つの転機が訪れる。自身も周りからバカだと蔑まれていたが、そういう周囲の声を気にしない男がいた。その男が、一人ぼっちの榎に声を掛ける。

「つーか、あんた何してんだ?」

 榎にとってその男の初対面の印象は決していいモノではなかった。その男も、自分が動物と話せるという事を信じずバカにした。他の人と同じで、偏見を持って自分を見ていた。

 だけど、その男が他の人と違ったのは、自分を無視しなかった。自分のことをシカトしない。陰口を言わず、悪口は面と向かって言う。自分の目を見て話してくれる。

 初めて会った日から、男は良く声を掛けて来る。相変わらずバカにされるけど、男との会話は嫌ではなかった。それどころか、どんどん男に惹かれて行った。全然優しくないけど、何処か温かい男の言葉。実はその中にひっそり隠れていた優しさにも、次第に気付くようになる。冷たいけど、温かい。意地悪だけど、優しい。何より、自分と一緒に居てくれる。ただそれだけのことが、榎には嬉しかった。

 そして、榎は気付く。自分をバカにしている男も、なかなかのバカである事に。

 そして、榎は気付く。男に特別な感情を抱いている自分に。

 そして、榎は気付く。もし男が自分から離れて行ってしまった時、また自分は一人ぼっちに戻るのではないかと。

 今の榎は、椿との出会いによって自分の世界が全て変わったと思っている。だから、その自分の世界を変えてくれた椿がいなくなることに耐えられない。だけど、それは自分の我儘であり、いつかは椿と離れる日も来るであろうことは、ほんの少しだけ覚悟している。

 それ故、榎の心の片隅には、椿への思いと一緒に、過去の『孤独の恐怖』が今も尚在り続ける。


     向き合う強さ


 静寂の中、榎は自分の心の中を覗いた。

 石楠花の言う通り、孤独に怯える自分が心の片隅に追いやられていた。隠したつもりでも、ちゃんとそこに居た。

 何も言わない榎を、心配そうに椿は見ている。

 椿は、榎の過去の事についてはほとんど知らない。榎は榎で、自分の目の前に居る榎が榎だから。そんなワケの分からない理屈を持っているので、榎の過去についてはボヤッとしか知らない。だが、辛い経験をした事は知っている。

 榎のことを気遣い、椿は無神経な物言いの石楠花にかみつく。

「お前なぁ、テキトーな事…!」

 しかし、すぐに榎が手をスッと出し、椿を止める。

「そうかもしれません」榎は、石楠花の目を見据えて言った。「私は、力が目覚めた時の感情を、ずっと引きずって、ずっと心の奥にしまいこんできたのかもしれません」

 榎が言うと、石楠花は頷いた。

 そして、考え、一つの結論を導き出す。椿達の時とは違い、穏やかな口調で言う。

「それなら、俺の理論に当てはまる。あんたの力も、ニット帽達と同じものだと言える。ちょっと普通と違うようだがな」

 石楠花が笑いかけると、榎は微笑を浮かべ「あの、それで名前は?」と訊いた。

 石楠花は呆気にとられた意外そうな顔をしたが、すぐに平静を装い、笑う。

「ききっ。名前なんてあのバカ共をその気にさせる為にテキトーに付けたんだが、あんたも必要か?なら……『感知パーセプション』ってところでどうだ?」

「はい。ありがとうございます」

 榎は、満足そうに言った。

「おい、なんで榎のもイイ感じにカッコいいんだよ?つーか、なんか俺だけ微妙過ぎねぇか?」

 椿は、文句を言った。


     ロマンの時間の終わり


「テキトーな名前付けるぐらいだったら説明なんて必要ないだろ。俺は今まで通り、〝願いを叶えやすくする力″として力を使うからな。つーか、俺の力もカッコいい名前付けろよ!」

 椿は尚も文句を言っている。榎やカイは、自身の力について石楠花という怪しい存在からではあるが、確信を衝いていそうな意見を聞けて満足していた。

 椿の追及にうんざりし、石楠花は言う。

「だから、俺は一つの可能性だと言っただろ。俺が今出せる結論としては、これが全てなんだよ」

「そんなんいいから、俺の力の名前をもっとカッコ良くしろよ」

「やだ!」と椿の申出を一蹴し、続ける。「断言しても良いが、俺が今日言った事が全てじゃないし、これからも俺の理論は変化する。それだけあんた達の力は奥が深い。まだまだ先があるかもしれない。ききっ、そそられるな。それを知る為にも、やはり人体実験か?」

「なっ…」

 椿をはじめとする一同は、石楠花の危険発言にたじろいだ。

 それを、嬉しそうに見て石楠花は「ききっ」と笑う。

「冗談だよ。前にも言っただろ、俺は理系じゃないから生物学や医学には疎い。そんな俺が人体実験なんて、ただ人間を解体ばらすだけになる」

 石楠花の笑えない冗談を、みんな聞き流す。

 気にせず、石楠花は続けた。

「最後に…」と石楠花が言うと、みんなは気持ちを切り替えて石楠花に注目する。「これだけは確実に言える。あんた達の力は、あんた達の思いの強さに比例する。何でも無い普通の感情が、とんでもない力を生み出せる。だから、怒れ、悲しめ、妬め、愛せ、欲せ、願え、自分の感情に蓋なんてするな。いつまでもクソガキみたいに素直な気持ちでいろ。あんた達の強く素直な感情が、その力の強さをも左右する」

 石楠花が言うと、椿たちは返事した。

「はい」「あぁ」「おぉ」「は~い」「いや、お前関係ないだろ」「いいでしょ。楸さん暇なの」

 そして、石楠花の言葉を、椿達は心に刻んだ。

 しかし、石楠花の言葉はまだ終わっていなかった。

「それじゃ、俺の好奇心の為に力を磨き続けろ」

「結局お前の為かよ!」

 椿のツッコミが河原に響く。そんな椿のツッコミは無視し、石楠花は宣言する。

「は~い。ロマンの時間は終わり」


     解散


 石楠花の説明を聞き終え、椿が言う。

「つーかさ、俺達って結局お前の実験に付き合った事になるんだろ?だったら、なんか見返り的なモノは無いのか?」

「あんた、力について解明してもらっておいて図々しいヤツだな」

 そう石楠花はぼやくが、何も見返りに当たる物を用意していなかったワケではない。椿達の興味が降り注ぐのを感じながら、カバンから取り出した物を椿達に渡す。

「なんだ、これ?」と椿。

「なにって、見れば分かるだろ?アメっこだよ」

 石楠花が椿達に渡した物は、一粒ずつ個包装されたアメだった。それを、一人二つずつ渡す。

「ざけんな!こちとら怪我までしてんのに、アメ玉二個で満足できるかぁ!」

 そう怒る椿の傍らで、榎と楸は渡されたアメを美味しそうに味わっている。

「そう怒るな。他にも欲しかったら、ほら」そう言って、石楠花はバッグの中から更に何かを取り出す。「アメ以外にも、酢ダコさんにワサビ太郎、ビッグカツなんて高価な物もあるぞ」

「全部駄菓子じゃねぇか!子供会か!」

 石楠花の取り出した物は、全て単価にして三十円以下の駄菓子だった。しかし、単価は安くても結構な量がある。

 石楠花は不満そうに言う。

「あんまりおじさんにたかるな」

「いや、おじさんって歳でもないでしょ」と楸。

「おじさんだよ。少なくとも、お前らよりは長生きだ。それに、俺にも家庭があるんだよ」

 石楠花のその発言に、その場にいた全員が驚いた。

「嘘ぉ!意外」と榎は、口を押さえて言う。

「お前みたいなのでも結婚できるのかよ」と開いた口がふさがらないカイ。

「奥さんどんな人?石楠花の世話してくれるくらいだから菩薩?」と興味津津の楸。

「つーか、お前ん家に前行った時、そんな感じなかったけど…」と疑う椿。

 様々な反応を示す椿達を、石楠花は愉快そうに見て言う。

「ききっ。何を勘違いしているのか知らないが、俺は今 一人暮らしだぞ」

 石楠花がそう言うと、それまで興味を示していた椿達は大人しくなった。皆一様に石楠花の家庭には複雑な事情があるのだと察し、気まずい空気となる。石楠花は自身の好奇心で動くような人間で、その好奇心から自殺を推し進めるようなことまでしていた。そんな石楠花に愛想を尽かしてもおかしくない。椿達の頭の中にはそのような事が浮かんでいた。

 しかし、当の石楠花は気にしていない。平然と言う。

「ききっ。俺はな、今は親元から自立して一人暮らしだ。そういう家庭が俺にはある。それに、なんかホームシックになってきたから今すぐ家に帰りたい」

 石楠花はそう言うと、呆気に取られている椿達を尻目に「じゃな」と言ってそそくさと帰った。大量の駄菓子をその場に残し。

「嘘つき!」「クソ野郎!」「テキトー人間」「私、かりん糖じゃなく榎です」「口先星人!」そんな罵詈雑言を心地好く背中に感じながら、石楠花は帰って行く。 


椿たちの力について、の話でした。

それぞれの力について、はっきりさせることだけが目的です。


椿:幅広い力を使えるが、その質は、盗む対象(真似る対象)の有無で変わる。ちなみに、実家が定食屋であり、椿の料理の腕前が高いことが、椿の力が『盗む』ものであることに少なからず関係している。

榎:感知する力。普通の人には見えないものでも、そこに在れば、榎は見える。普通の人には聞こえなくとも、動物が意思を伝えようとしていれば、榎は聞こえる。

カイ:速力と跳躍力が上昇する。『足が速い』=『キック力が高い』ではないため、『脚力すべての上昇』というのは誤り。椿と違い、迷っている(楸と出会う以前のこと)期間が短いため、力の幅は狭い。


まとめると、こんな感じです。名前は、ほぼテキトーです。いい名前があれば、あとで修正するかもしれません。



どうでもいい私のこだわり。石楠花の「ききっ」という笑い声について。

不気味さを優先した結果「甲高い笑い声にしよう」と思い、「き」という音を選びました。ですが、自分で実際にやってみて「ききっ」と笑うのは難しく、「きひひひひ」のような笑い方にしようか悩むことに。ですが、笑い声は短い方がいい、ということで「きひひひひ」は没に。だからと言って「きひっ」だと、なんかかわいい(?)感じがしていや。結局、実際に言うわけじゃないし不気味な気持ち悪さが伝わればいいか、ということで「ききっ」に落ち着きました。

普段から石楠花の声が高いわけではなく、笑う時だけ少し高くなると思ってください。



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