第十一話 天使も真っ青
これは、椿と楸が出会うよりも前。
人間も天使も知らない所で、一つの悲劇が起こっていた。
「や、やめてぇ!」
女は必死に抵抗するがその甲斐無く、無残に痛めつけられる。
逃げようと試みるも、すぐまた捕まり、逃げた事の罰としてそれまで以上の苦痛を与えられる。
女は、ただ耐えるしかなかった。
女は、色んなモノを奪われ、失う。
そして、身も心もボロボロになった女は、とある町の路上に捨てられた。
死にたくなる程辛い経験を乗り越え、女は生き続ける。何年もその容姿が変わらないことで気味悪がられるが、それでも人間社会の中で生きていた。少しずつでも変えられる所を変えながら。
しかし、どんなに変えようとも変えられないモノもある。辛い過去の経験や、自分の根底にある感情。そして、それは他にも―――。
それから十数年経ち、椿と楸は出会い、物語も現在へと戻る。
楸
「覚悟してください、五十嵐さん。あなたの負けです」
「ひひっ。覚悟すんのはお前だ、楸。勝つのはこの俺だ」
俺は今、真剣勝負の真っ最中だ。
場所は、開発部屋という仕事場にしては生活感が漂いまくっている、五十嵐さんの部屋。この部屋のテーブルの上が戦場と化している。
「てか、覚悟すんのぁ この黒ヒゲ野郎だけどな」
五十嵐さんが言った。冒頭の緊張感が台無しだ。
しかし、その言葉は俺の耳には入らない。俺は緊張感を保ち、この黒ヒゲをふっ飛ばさないよう、慎重に剣を刺す場所を選んでいる。黒ヒゲの入っている樽の残る穴は二か所。俺がこのターンを何事も無く無事に終える事が出来れば、五十嵐さんの負け、そして俺の勝利が決まる。
俺は短刀を摘まみながら、二者択一の勝利への道を見極めるべく、ジッと穴を睨む。
短刀を持つ手が震える。じんわり滲んだ汗が一滴、顎から垂れ落ちた。唾を飲み込む。
「どうした?このまま黒ヒゲを放置プレイする気か?」
五十嵐さんが急かす。俺の判断を鈍らせようと、次々ヤジを飛ばしてくる。
俺は一度目をつぶり、集中し直す。五十嵐さんの声に惑わされないよう、自分の世界に入り込む。
自分の中にあるかもしれない第六感が働くのを待った。
俺は眼を開く。
「ここだぁー!」
俺は、眼を開いた時に眼に飛び込んできた穴を短刀で思いっきり突き刺した。
黒ヒゲは、勢いよく飛び出した。
「あぁ!」
「ひひっ。やっぱり俺の勝ちだな」
飛び出した黒ヒゲを摘まみ上げ、五十嵐さんは勝ち誇った笑みを浮かべた。
およそ一時間にわたる激闘は、俺の敗北という悲しい結末で幕を閉じた。
俺の第六感は、全く機能しなかった。
俺と五十嵐さんは共に激闘を称え合い、負けた俺は黒ヒゲ達を片付けた。といっても、勝利の喜びを爆発させた五十嵐さんが散らかした短刀、それが全部揃っているかを確認して、元の箱に入れるだけだが。
片付けを終えると、五十嵐さんがコーヒーを淹れてくれていた。
「楸はたしか甘いの好きだったよな」
五十嵐さんはそう言って、俺の前にコーヒーカップを置いた。
「あ、はい」と俺は頷き、五十嵐さんが「まぁ飲めよ」と勧めるのでコーヒーを一口飲む。五十嵐さんに見られていたので、何だろうと思ったが、すぐにその答えは出た。「ぶっ!何ですかこれ、あんま!」
コーヒーのあまりの甘さに、俺はむせかえる。
「ひひっ。いつもより甘めにしといた」
「これ、砂糖どんだけ入れたんですか?」
「どんだけだったかなぁ?たしか、瓶に角砂糖が中途半端に残ってて、新しいヤツに変えようと思って全部入れたんだよ。だから、十個以上入れたかな」
「それのどこが中途半端だったんですか!」
俺が言うと、五十嵐さんは「ひひっ」と笑った。
明らかに確信犯の悪戯だった。
五十嵐さんの悪戯コーヒーは、慣れて来ると美味しかった。
俺が普通に飲むものだから、五十嵐さんは面白く思わなかったのだろう、「あんまり甘くなかったか?」と一口飲んだ。しかし、コーヒーは甘くないワケでは無い。五十嵐さんはすぐに噴き出した。
思いも寄らない所で五十嵐さんに一泡吹かせる事が出来た。
日頃の反撃が出来て嬉しく思っていたら、ケータイに着信あった。
「メールだ」
メールの送り主は椿だった。
最近は椿からの連絡も増えた。と言っても、それは仕事のことがほとんどで、どうでもいい雑談のようなメールは一切ない。そのこと自体は別に気にしないが、それはつまり、椿からメールが来た時は仕事関係だということを意味する。
今日は仕事をする気力が出ないし、さっきの敗北で傷ついてもいる。大体、気付けば三時前になっているじゃないか。おやつの時間に仕事をする気は無い。
が、メールの内容くらいはチェックするか。
『公園に来い』
ただそれだけの文だったが、それだけで十分に椿の横暴さを感じさせる内容だった。
モノには頼み方ってものがある。ちなみに椿の頼み方は0点どころかマイナスだ。
俺は動く気になれず、ケータイ折り畳んでテーブルの上に放った。
「いいのか?」
五十嵐さんがケータイに目をやり、そう言った。
「いいんですよ」
「わかった。じゃあ、高橋に楸が仕事サボっていたと言っておく」
「そんなこと言ったら、五十嵐さんだって仕事サボってるじゃないですか」
上司の高橋さんにそんなことを報告されたら、俺はまた怒られる。一応今朝 高橋さんの部屋に顔を出し、仕事をすると言って出てきた。まぁ、部屋を出てすぐヤル気を失くし、五十嵐さんの部屋に遊びに来たのだけど。
俺が慌てて止めるように頼むと、五十嵐さんは「ひひっ。どうすっかな?」と悪い顔で笑っていた。
俺が戸惑っていると、ケータイにまた着信があった。またメールで、こんな時にまた椿かよ、と思ったが、今度の送り主は榎ちゃんだった。
「榎ちゃんだ!」と、その名前を確認した俺は、飛びつく様にケータイを手にし、メールの内容を確認する。
『今 時間ありますか?もし大丈夫ならいつもの公園に来てちょうだい』
お辞儀する顔文字付きだった。
『すぐ行く。ちょっと待ってて』
俺は即返信した。
「五十嵐さん、俺 用事できました」
そう言って、俺は立ち上がる。メールを見て、公園に行く事を即決した。
「いきなりだな、オイ」
五十嵐さんは呆れていたが、俺は気にしない。
「じゃあ、また。ちなみに今から仕事ですから」
高橋さんへ密告しないように念のため釘をさし、俺は部屋を出た。
それでは、この移動の時間を利用して、俺が行く事を即決した理由を簡単に述べておこう。榎ちゃんの頼みだからだ。それだけで充分、俺が動く理由にはなる。ちなみに、榎ちゃんの頼み方は文句なしの満点だったことを付け足しておく。
では、何故俺が急いでいるか。それは、榎ちゃんを待たせてしまうという事もあるが、それ以上に、榎ちゃんが椿と一緒に居る可能性が高いからだ。
椿も公園に来いと言っていたという事は、二人は一緒に居て、何かしらあって椿がメールしたが、メールに返信が無いことで俺が無視している事に気付き、椿の指示で代わりに榎ちゃんがメールした、ってところだろう。
実に腹立たしい。
「俺抜きで、二人で何してんだ」
もしデートとかだったら、とてもじゃないが許せない。俺は朝からオッサンと遊んでいたというのに、椿は榎ちゃんと一緒に居る。とんでもない不公平だ。
椿への怒りが、俺を急がせている。
椿
公園のベンチに座って天使が来るのを待つ間、何でこんなことになってしまったのかと、俺は一連の出来事を振り返っていた。
思い返せば、隣に座る榎が全ての元凶に思えた。
たしか、一昨日だったか…。
『今度の休み、映画観に行こう』
榎からメールが来た。読んでいたマンガ本を置き、メールを読んですぐに返信する。
『やだ』
暫らくしたら、またメールが来た。
『ヒドイ(涙)。ちょっとくらい考えてくれても良いでしょ』
『じっくり考えたよ。で考えた結果、ヤダ。つーか、何の映画観るんだ?』
即返信した。
『ウソだ!絶対考えてくれてない。映画は、流行っているっていう恋愛映画。一人じゃ恥ずかしいから、もし暇なら一緒に行って欲しいの』
『ウソじゃない。それに、榎なら一人でも大丈夫だ。健闘を祈ってる』
そう返信し、俺はまたマンガを読む。
その後、十分くらいして、榎からまたメールが来た。どうせ怒っているだろうから面倒くさく感じ、放置することも考えたが、これでまた無視したとか言って怒られるのもバカ臭いと思ったので、嫌々ながらメールを開いた。
『ありがとぉ!じゃあ、今度の日曜空けといてね』そしてこの後に、待ち合わせの場所と時間が書いてあった。
俺は予想外のメールの内容に、面喰った。ひょっとして誤送信でもしたのかと思い、送信履歴をチェックした。しかし、履歴には先ほど打った内容が、ちゃんと榎宛てに送られている。だとしたら、ウィルス?それも考えたが、すぐに別の考えが浮かんだ。
もしかしたら、榎がバカになった?
俺のメールの内容を、何をどう解釈したのかは分からないが、OKの返事だと受け取ったのかもしれない。
心配になったので、すぐに『頭大丈夫か?俺は行かないって言ったんだぞ』と送った。
しかし、それっきりメールは来ず、電話を掛けても留守番電話に繋がれた。
榎の家へ直接行く気にもならないので、その日は榎のことは忘れ、マンガを読み耽った。
そして、今日。榎の件が無ければ一日中家でゲームするつもりだった日曜日。
俺は、榎が一方的に指定した待ち合わせ場所に行った。
「遅いよ、椿君」
そこには、既に榎が来ていた。榎は、俺が遅れて来たことを非難する。たった十分遅れただけなのに。
「うるせぇよ。つーか、俺行くって言ってないよな?頭 大丈夫か?」
俺は文句とイヤミを言ったつもりだったが、榎は笑顔のまま言う。
「失礼な、頭は大丈夫だよ。それに椿君、ちゃんと来てくれたでしょ」
「は?」
「だって椿君、誘っても素っ気ない返事ばっかだから、それだったら強引に約束しちゃおうかなって。どう?」
榎は、悪戯っぽく笑い、首をかしげた。
つまり、俺は予定が無い事を見透かされた上で、榎の手の平の上で遊ばれていたことになるのか?遊ばれていなくても、結果榎の思い通りに事が運んだことになるよな?
そう思うと、腹が立った。
「……帰る」
「えっ?ちょっと待ってよ 椿君!せっかく来たんだから、せめて映画観て行こうよ」
帰ると言って踵を返した俺の手を引っ張って、榎は俺を止める。
「引っ張んな」
「じゃあ、映画観よ?」
「何でそうなんだよ…?」
理屈は分からなかったが、その後「仕方ねぇな」と映画を見ることを承諾すると、榎は手を離した。
笑顔で先を行く榎の後を、色々と納得できないことにイライラしながら俺はついて行く。だが、俺も映画館に着く頃には、まいっか、と映画を楽しむ方に気持ちを切り替えていた。
チケットを買う時、カップル割なるものがある事を知った。
学生証の提示を求められることのある学割と違い、特に証拠をみせる必要はないらしい。男女で行ってチケットを買い求める、それのみが条件のようだ。
列に並ぶのが嫌な俺は、榎に俺の分も買って来てもらおうとして、様々な映画予告の流れるモニターをぼんやり見ていたのだが、「男女で一緒に買いに行くだけでカップル割っていうのが使えるんだけど、どう?」と榎に呼ばれ、列に並ぶことにした。
少しでも安く映画が見られるなら、列に並ぶくらいはする。
もしかしたら、榎が柊じゃなく俺を誘ったのには、カップル割を利用しようという、そういう したたかな狙いがあったのでは、と勘の冴えわたる俺は気付いた。
榎が言っていた通り、映画の内容はガッツリ純愛モノだった。普段は観ることのないジャンルだが、むしろそのせいか、なかなかに楽しむ事が出来た。
あと、榎の言っていた事も劇場内で座席を探している時に理解した。確かに、この映画を観に来ている客のほとんどが恐らくカップルだろう男女のペアか女子のグループで、一人だけだと気まずいのかもしれない。お一人様で何でもする時代だとしても、榎のようにできないヤツだっているだろう。
まぁ俺だったら一人で映画位なら観に行ける。だから、この劇場中では少数派のお一人様の気持ちも分からないでもない。が、恋愛映画を一人で見たら寂しいんじゃないか、と若干の同情を禁じ得ない。
俺は、隣で涙を流しているヤツのおかげで寂しい思いをせず、映画を楽しむ事が出来た。
「どうだった?椿君。 良かったでしょ?」
映画が終わり劇場から出る時に、まだどこか眼が赤い榎に訊かれた。
「あぁ、面白かったよ」
俺は率直な感想を答えた。
しかし、榎は俺の感想なんて最初からどうでも良かったらしく、勝手に「はぁ~いいな~。ああいう恋愛してみたい」とうっとりしていた。
「カッ。傍から見りゃ美しくも映るだろうが、苦労ばっかじゃねぇかよ。ハッピーエンドが確約されてないリアルで、あれは辛いだろ」
「それでもいいの!」
「あっそ…」
榎はまだ映画の余韻を楽しんでいるようなので、気持ちを切り替えている俺は、手持無沙汰になった。だから、何の気なしに辺りを見渡してみた。
そこで俺は、自分の目を疑うようなモノを見かけた。
「お、おい、榎」
「なに?椿君」
「アレ見てみろ、アレ。真っ青だ」
俺が小声で指差す方を、榎は見る。気付いたようだ、口をポカンと開けて驚いている。
「スゴイね、あれ。一緒の映画観てたのかな?」
「じゃないか?今 出て来た客の一人だろ」
俺たちはヒソヒソ話しながら、遠ざかる真っ青な長い髪をした女の背中を見送った。
マンガとかアニメでは見るが、実際に青い髪というのは初めて見た。そして実際に見てみると青い髪はかなりの衝撃で、今見た映画よりも記憶に残りそうだった。
そんな衝撃の中、もう一つの衝撃がやってきた。
「おっ!椿と榎さんじゃねえかよ、おい」
俺達の後方から、聞き覚えのある声がした。
「カイ君?」
「何やってんだ?お前」
駆け寄ってくるカイを、俺たちは温かく迎えた。
「よお 御両人!何やってんだ、デートか?」
何故かテンションの高いカイを、鬱陶しく感じる。
「えっ…ち、ちが…」とテンパる榎。
「ちげぇよ。つーか、お前は何やってんだ?」
「俺か?俺は映画観に来たんだよ。当然だろ」
そりゃそうだ。同じ劇場から出て来たのだから、同じ映画を見たはずだ。しかし…。
「一人で?」
と榎が訊いた。
今 上映していた映画はカップル、もしくは女が一人で見るような内容だったはずだ。だが、カイは明らかに男で一人。そして、それを裏打ちするかのように「まぁな」とカイが言った。
「なんか話題の映画だって言うから観に来たんだよ。言うに違わず、結構面白かったな」
カイは言った。
「お前、一人で恥ずかしくなかったのか?」
「あ?ああ、最初はビビったよ。何か俺だけ男一人でアウェー感バリバリだったし。でも、いざ映画が始まると気になんねぇモンだな」
「あっそ。つーかお前、こういう映画が好きなのか?」
「…いや別に、あの…うん」
俺が訊くと、カイはどもった。もしやと思い、俺は「柊でも誘えば良かっただろ?」と言ってみた。すると、予想通りカイは黙ったまま赤くなった。大方、柊と来る時の予行演習、もしくは恋愛経験の無いヤツのお勉強とでも言ったところだろうが、しかし面白いくらいに真っ赤だ。榎も笑っている。が、カイが睨んだので、俺たちは笑い顔をやめた。
「な、榎。男一人で恋愛映画を観に行くヤツもいるんだぞ」
「そうだね。見習わなきゃ」
「お前ら、俺のことバカにしてるだろ」
「まさか。尊敬してるんだよ、色んな意味で」
「色んな意味にすんじゃねぇよ!」
そのまま、尊敬すべき男と一緒に映画館を出た。
映画館を出て、次の目的地も明確にしないまま歩いていた。
その間、俺の前を歩く二人は話をしている。といっても、一方的にカイが榎に相談を持ち掛けているといった感じだが。
「榎さんは、どういう感じで誘われたら嬉しいスか?てか、一緒に映画観に行っても良いかなって思えます?」
「え…?私は誘ってもらったこと無いから分からないけど、普通に『映画観に行こう』って言ってくれたら、それだけで嬉しいかな」
「なるほど。ちなみに、今日は何で椿と一緒に?」
「榎が無理矢理俺を巻き込んだ」
俺が言うと、榎が足を止め振り返った。
「ちょ、変なこと言わないでよ!ちゃんと一緒に行こうって誘ったでしょ」
「掻い摘んで言ったらそんな感じだろ?」
そう言うと、榎は「フンッ」と前を向いた。
「なんか…榎さんも大変そうスね」
「うん、そうなの」
何故か俺が悪者扱いされているので、悪者は「カッ」とそっぽを向いた。
そっぽを向いて歩いていたら、いつもの公園に珍妙なモノを見つけた。それは、本来 子供たちが遊ぶ為の遊具が設けられた公園には似つかわしくないモノだ。
さっきの映画館で見かけた真っ青な髪の女が、暗い顔をしてブランコに乗っていた。
その長く青い髪で顔を隠すようにうな垂れ、ブランコに揺られている。
その光景に目を奪われ足を止めていたら、前を歩く二人は俺が足を止めたことに気付き、戻ってきた。
「どうしたの?椿君」
「いや…あれ…」
俺が指を差す方を、二人は見た。
「うわっ、青っ!」と顔をしかめて驚くカイ。
「あ、さっきの人だ」と榎。
二人は気付いたようだ。
俺たちは離れた位置から、真っ青な髪の女を観察した。その異様な雰囲気が、俺達の目を惹きつけていた。
真っ青な髪の女は、ボソボソ何かを呟いているようで、それは耳を澄ませば「有り得ないでしょ」だの「気持ち悪っ」だの、すごくネガティブで暗いモノであることに気付く。青空よりも真っ青な髪をしているくせに、その思考は真っ暗だ。
「ああいう服って、なんて言うんだっけ?ロリコン?」とカイ
「それを言うならゴスロリだろ。つーか、黒いドレス風な服ってだけでゴスロリって決めつけるなよ」
俺とカイは、茂みに隠れて女を観察していた。しかし、すぐにこの場に一人足りないことに気付いた。
「あの、大丈夫ですか?」
特攻隊長よろしく、榎は、真っ青な髪の女に接触を試みていた。榎は、具合悪そうな女を心配して、声を掛けた。
「ぁんのバカ…」
俺とカイは茂みを出て、榎の後を追った。
榎に声を掛けられた青い髪の女は、生気の感じられない真っ青な顔で、怪訝そうに榎の顔を見上げていた。
青い髪の女は、見た目二十代前半といった感じで、伏し目がちな目は半開き、ひと目で相手に暗い印象を与える。
「なに?あなた…」
「あの…私、榎っていいます。それより、大丈夫ですか?具合悪そうですよ?」
「具合悪そうじゃなくて、具合悪いの。ちょっと…二日酔いでね」
「あの…それなら水か何か買って来ましょうか?」
「……悪いけど、お願いするわ」
俺とカイが駆け付けた時には、榎は自販機へと向かっていた。
青い髪の女は、後から来た俺達のことにも気がついた。
「あなたたち、さっきの娘のお友達?」
「ああ」俺は答える。
「いい子ね、あの娘。見ず知らずの私のことを心配してくれて、可愛いし肌ツヤも良い。それに男二人連れて歩いて、羨ましいわ」
青い髪の女はそう言うと、うな垂れた。
「何言ってんだ?こいつ」
「さあ?」
俺はカイにコソッと訊ねたが、カイは首をかしげる。
そうこうしている間に、五百ミリリットルのペットボトルのミネラルウォーターを買った榎が戻ってきた。
「はい、どうぞ」
「ありがと。ふふっ…やっぱりプニプニ」
青い女は、水を受け取るついでとでもいった感じで、榎の頬を摘まんだ。さすがの榎もそれには「ひゃっ」と驚き、俺の後ろに逃げ隠れた。
俺は、それを見て呆れた。
そして、このままこの場を去るのも色々と消化不良な事になりそうな気がして、水を飲んでいる青い女に話を聞くことにした。
「で、あんたは何なんだ?」
非常にざっくりした質問をしたせいか、俺を見上げる青い女の目は冷たい。
「人にモノを尋ねる時は自分からでしょうが…」
青い女は、消え入りそうな声でそれだけ言って、また目を伏せる。
「…俺は椿。で、アンタはなんなんだ?」
「なんなんだ、って何よ?抽象的すぎ。バカじゃないの?」そう言う青い女の上からな態度にイラッときたが、何とか堪える。「まぁいいわ。私の名前は、篝火。二日酔いで苦しんでいた所を、そっちのお嬢ちゃんに助けられましたとさ」
篝火は投げやりに言った。名前とは真逆の、青い髪で今にも消えそうな風前の灯のくせに。
「二日酔いって、偶然見かけたんだが、あんたもさっき映画館に居ただろ?そんな状態で映画観てたら具合悪くなって当然じゃねぇのか?」
俺が言うと、篝火は眉をピクッと動かし、不満そうに言う。
「別にいいでしょ。てゆうか、正確に言うとあのハッピーエンドで具合悪くなったのよ。あれが無かったら、ぴんぴんしてるわよ」
「なワケねぇだろ」と俺。
「なワケあんのよ。大体、二日酔いぐらいいつもだから屁でもないわよ。私、二日酔いがちだから」
「そんな『がち』聞いたことねぇよ」と呆れるカイ。
「あー、ピーピーうるさい。頭にガンガン響くから、ちょっと静かにして」
篝火は、頭を押さえて苦しみ出した。
「屁でも無くないな」
俺はボソッと漏らした。
俺たち三人は、苦しそうに「気持ち悪い」と呟きながらブランコに揺られている篝火から離れ、そんな篝火のことをベンチに座って見ていた。
「つーか、ほっときゃいんじゃね?」俺は言った。
「でも、心配だよ」
榎の言う事ももっともだ。実際今も、篝火は「あー気持ち悪い」と言って仰け反り、そのままブランコから落ちて背中を強く打った。あんな姿を見せられたら、誰だって心配になる。
「うわっ、バカだ。てか、中見えんぞ」
カイが言うので、俺は篝火を見た。しかし、滑稽な姿が映るだけで、そのドレスの中は見えない。それどころか、「どこ見てんの!」と榎に頭を叩かれた。
最近の榎は、柊の影響で暴力的になった。柊よりは大分軽いとはいえ、心配になる。だから、俺は「その柊みたいにすぐ手を上げるの、やめた方がいいぞ」と親切で注意してやったのに、榎は「フンッ」とそっぽを向いた。
そして、そっぽを向いた榎が、篝火の方に目を向けて神妙な顔して言う。
「それにしても、あの人…なんだろ?不思議な感じがする」
「不思議な感じ?」とカイ。
「おーおー、榎。髪が青いからって、それだけで変人扱いは失礼だろ」
髪の色に関して寛容な俺は、榎を非難した。
「変人扱いはしてないでしょ!不思議な感じがするって言ったの」
「それで、不思議ってのは?」とカイ。
「あ、うん。あでも…私自身よくわかんなくて…」
「ダメだな」
俺は言うと、すぐにキッと榎に睨まれた。
「良く分かんないけど、不思議な感じがする…?」
そう言ってカイは考え込むが、カイの頭で答えが出せるはず無い。
「なんだろ…?初めて柊さんにあった時と似てるかも」
「柊も髪白いもんな」と俺。
「だから髪の毛じゃないってば」
榎が、何故分からない、と訴えるように言った。
俺は考え、すぐに名案を出す。
「だったら、柊 呼べば何か分かんじゃね?つーかそれか、篝火に直接訊くか?」
「……直接はちょっと…」
ガラガラッとうがいした水をそのままゴクンと飲み込んだ篝火を見て、榎は、直接の質問を躊躇った。なので、柊に連絡を取ることにした。
榎がメールを打っている間、カイは「ちょっと待てよ、聞いてねぇよ」と焦り始めた。俺が、「今決まったから当たり前だろ」と言っても、カイは納得せず、ソワソワしている。
柊に連絡をするでもない、ワケの分からないことにソワソワするでもない、やる事のない俺は、極微力だとしても力になるかもしれないと考え、相棒の天使にメールを送った。
「柊さん、仕事中だから少し遅れるって」
榎が言った。
それを聞いたカイは、ホッとしたような残念のような複雑な顔をしている。
柊からメールが返ってくるだけの時間があり、その後も少し待った。しかし、俺のケータイは鳴かないし震えない。
無視しやがった、そう直感した。
「榎、念のため天使にも連絡しとけ」
「何で私?」
「俺が連絡しても、あいつは無視すんだよ」
そう言うと、榎は「しょうがないな」と呆れを含んだ微笑を浮かべて、天使にメールを打った。そして、俺の予想通り、榎のメールにはすぐ返事が来た。
「楸さん、すぐ来るって」
こういう経緯があって、俺は天使を待っている。
来た時、もし反省の色が全く見られないようだったら、久しぶりだが羽を引き千切ってやろうかと思う。まあ、実際にあいつの羽を引っ張れたのは最初の一回のみだが。
とにかく、俺はあのバカを待っている。怒りを爆発させないように抑え込みながら。
楸 Ⅱ
怒りを原動力に、俺は公園に来た。公園に来たと言っても、椿達に気付かれないように、まだみんなの上空にこっそりと。
それにしても、ホントに榎ちゃんと一緒に居やがった。なんでかカイもいるけど、そんなの関係ない。あそこでブランコに揺られる青髪に比べたら、カイがいることくらい自然なことでしょ。
「てか、あの青髪スゴイな…」
おっと。青髪に気を取られてしまったが、今は椿を罰する時だ。
上空から下駄を椿の頭めがけて落とす事も出来るが、それだと隣に座っている榎ちゃんにも危害が及ぶかもしれない。そんな危険が僅かでもある以上、この手は使えない。
だから俺は、こっそりと後ろから椿の後頭部を蹴り飛ばす作戦に出た。
許せん、許せんぞ 椿。俺がオッサンと遊んでいる間に、お前は榎ちゃんと一緒に居たというのか?いくら相棒とは言え、そんな抜け駆けはダメだ。
俺は、椿達の背後にゆっくり降りた。
そして、思いっきり足を振りかぶり、蹴る!
「甘いわ バカが!」
「なにぃ!」
俺の一撃は、当たると思われた瞬間に椿にかわされた。
椿がベンチから立ち上がり、こちらを向く。
「お前が背後からの奇襲を掛けて来ることくらい、予想できてんだよ。つーか、奇襲するなら姿くらい消して来いよ!」
椿が余裕の笑みで、俺を見下すように言った。
「うっさいなぁ!姿くらい消さなくても、椿くらい余裕だってぇの!」
「寝惚けんな!お前ごときが、俺を倒せるとでも思ったか。つーか、メールくらいちゃんと返せよ!」
「そっちこそ寝惚けんな!あんな横暴で礼儀知らずなメール、読まずに削除だよ!」
「バーカ。読んだから、そんな事言えんだろ?言ってる事めちゃくちゃなんだよ」
その椿の発言を引き金に、俺と椿のバトルが始まった。
ケンカしている俺が言うのも何だが、何故かソワソワしているカイはともかく、榎ちゃんも俺達のことを止める気は無いらしい。呆れ顔でずっと見ていた。たぶんだけど、いつものじゃれあいだとでも思っているのかもしれない。
そのまま、暫らく俺と椿のケンカは続いた。
「で、何の用で呼ばれたの?俺…」
互いにボロボロの両者引き分けということで、今回の俺と椿のケンカは幕を閉じた。
そして、一息ついた後、椿に訊いた。
「あ?あぁ。榎が、あそこの青い髪の女に、柊と会った時の様な不思議な感じがするとか言ってよぉ。で、柊にも連絡したんだが今は忙しいらしいから、念のためにお前にもと」
椿の言い方にカチンときたが、俺は我慢した。
「あそこの青髪、なんか変なの?」
と、俺は 今度は榎ちゃんに訊いた。
「うん。よく分からないけど、普通の人と違うっていうか…なんか…」
榎ちゃん自身、自分の感じている違和感の正体を掴めていないらしい。歯切れの悪いことだけ言って、悩んでしまった。
そして、どもってしまった榎ちゃんの言葉を、椿が継いだ。
「だから、柊に来てもらえば何か分かると思ったんだが…お前、何か心当たりあるか?」
「さぁ?楸さんも、あんな青いの見たことない」
俺が言うと、椿は「ハンッ」と鼻で笑った。
「やっぱ使えねぇな。役立たずは帰ったらどうだ?」
「なんだと?」
椿に食ってかかったら、今度はケンカになる前に榎ちゃんに「いい加減にしなさい!」と怒られた。
榎ちゃんに怒られたら、しょんぼりと俺は黙るしかない。
だが、俺の中にあるちっぽけなプライドがこのままではいけないと叫ぶので、俺は「だったら、俺が榎ちゃんの違和感を解決してやるよ」と言った。
怪訝そうな顔した椿が「はぁ?何言ってんだお前」と言うのをシカトして、俺は青髪の女に近寄る。
真っ青な髪にばかり目が行っていたが、よく見ると顔も青白い。
「あの、ちょっといいですか?」
俺は、ブランコに揺られる青髪の女に声を掛けた。
「なに?あなた…」
「あぁ。俺は、あっちにいるヤツ等の仲間の者で、楸って言います。で、いきなりの質問なんですけど、――――」
俺は、青髪の女と話をした。
榎ちゃんの気にしているだろう事、そして俺自身も気になる事を訊いた。
篝火という名の青髪の女と、和やかで実のある会話をした後、俺は椿達のいるベンチへと戻った。
「どうだった?楸さん」榎ちゃんが言った。
「あぁ。なんかね、前は金髪だったんだって。で、すごく悲しくて枕をビシャビシャに濡らした次の日、自暴自棄になって今の青い髪にしたんだって。なんか昔あったらしく、それを思い出すと今でも身を裂かれる様な辛い気持になるって言ってたよ」
聞いて来た話を、俺はみんなに伝えた。
しかし、折角聞いてきた話を教えているのに、三人の顔はおかしい。誰一人納得だとか、さすが楸さんだとか、俺への感謝が感じられない。呆れているようだ。
不審に思った俺が「あれ?」と首をかしげていると、「つーかお前、それを聞きに行ったのかよ?」と椿が言った。
そう言われても、それ以外に何を聞けばいいのか分からなかった俺は、椿の言いたい事が理解できない。だから、念のために「大丈夫。俺がちゃんと、どこのネコ型ロボットだよ、ってつっこんできたから」と補足した。
「ちげぇよ!榎は、あの青い髪じゃなく、あの女の雰囲気とかが不思議で気になるって言ってんだよ」と怒る椿。
「なんだ、椿も髪の事ばっか言うから理解してねぇのかと思ってたぜ」とカイ。
「ねぇ」と微笑む榎ちゃん。
「俺以下じゃん」と俺。
「なんでだよ。俺のはギャグだから、お前以上だよ」
俺以下の男が、何か言っていた。しかし、頭悪いヤツの幼稚な言葉は、俺の耳には届かない。僅かに入ってきた言葉も、幼稚過ぎて理解できない。
俺は、首を傾げたままベンチに座る。
「おい、無視すんな」
時間が経てば柊も来るらしいし、あいつが来れば何か分かるかもしれない。
俺は、あの青い髪の謎を解いたのだから、お役御免でいいだろう。
「無視すんなってんだろ!」
はぁ~いい天気だ。俺は大きく伸びをした。
待つこと十数分、柊が文字通り飛んできた。
仕事で遅れると言っていただけあって、今日の柊は〝悪魔の剣″を背負っている。あの剣は、天使の能力である〝視覚防壁″で普通の人間には見えなくしているはずで、俺みたいな天使や特殊な力を持つ榎ちゃんは視覚防壁に関係なく視認出来る。柊が意図的に見せようと思えば、椿やカイのようなただの人間にも見る事はできる。さすがに篝火には見る事はできないだろうけど。
「ごめんね、榎ちゃん。待った?」
「ううん。私こそ、突然ごめんね」
俺達も居るというのに、柊は榎ちゃんにだけあいさつをする。まぁ、俺も椿もいつものことだと気にしないし、カイも緊張して固くなっているから、変に声を掛けない方がいいだろう。
柊は、俺達のことと辺り一面を見て、榎ちゃんに訊く。
「で、アタシに何か用だった?」
「うん。でも、用っていうか、私があそこの青い人に違和感っていうか、不思議な感じして、それが柊さんに初めて会った時と似てるから、それで…」
「アタシを呼んだと」
自分でも感じている違和感の正体が掴めず、説明を上手くまとめられない榎ちゃんの言葉を、柊が継いだ。
「うん」
榎ちゃんが頷くと、柊は了承したとでも言うように微笑んだ。相変わらず、榎ちゃんにだけ優しい。
「ふ~ん、不思議な感じねぇ。青いから?」と柊。
「ちげぇよ、バカ。色は関係ねぇ」と不機嫌そうに言う椿。
「うっさい、バカ!冗談でしょ」
と柊に睨まれ、椿黙る。
榎ちゃんに相談されてから、柊は、特に行動せずに思案顔で考えを巡らせていた。
柊が考えつくのを待っていたら、問題の青、篝火が「また増えてる」と呟いて、自分から俺達の方に来た。
「すごく白いわねぇ。髪も肌も。それに顔も良いし、羨ましいわ」
柊のことを見て、篝火が言った。そして、柊のことを品定めするように見ていたら、ある一点で目が止まった。
「なに?」と訝しそうな柊。
「ふふっ。胸は全くないのね」
篝火は、柊の弱みを見付け、嬉しそうに言った。
そしてその瞬間、俺たちは凍り付く。
柊は、プルプル小刻みに震え、顔を紅潮させた。そして、「胸があるから何なのよ?」と静かに言う。その静かさが、嵐の前の静けさのようで怖い。
「アンタ、たたっ斬るよ!」
柊は背中の剣の柄に手を掛け、怒鳴った。
柊は、榎ちゃんによって抑えられている。そのおかげで無事な、イマイチ状況が飲み込めていないようで危機感の薄い篝火に、椿が慌てて「おい、あんた!早く謝れ!」と言った。
「……あの、ごめんなさい。これから大きくなるかもよ?」
ただ謝るだけでいいのに、親切のつもりか篝火は余計な一言を付け足す。それは有り得ないってことくらい、百年近い付き合いのある俺でも分かる。本人なら痛いほど分かっているだろう。
しかし、尚も怒り続ける柊を気に掛けず、篝火は、柊のことを観察するように見ていた。自分が問題の火種だとも知らず、その様は呑気だ。
「なんかあなた、におうね」
篝火が言った。
「柊、臭いって」
俺は言った。
ただ場を和ませようとしただけなのに、怒りの柊に思いっきり蹴り飛ばされた。
みんなのいる場所から遥か彼方、でもないが十数メートル以上先まで飛ばされてしまった。これではモノローグが満足に続けられない。それに、なんとか意識を保つだけで精一杯だ。
だから椿…あと頼む…。
椿 Ⅱ
バカが余計な事を言って、柊にぶっ飛ばされた。生きているかどうかも危ういが、自業自得だ。あっ、気絶した。
「ばっ…!バカか 楸!柊さんが臭いワケ無いだろ。柊さんは…」
カイは擁護するつもりだったのかもしれないが、それが逆効果に働いた。カイも天使と同じように「アンタもうるさい!」と蹴り飛ばされた。
天使の上に重なるように飛ばされたカイは、そのまま倒れた。
これでまた一人、バカが消えた。
「アンタ、適当なこと言ってんじゃないよ!」
顔を真っ赤にした柊は、篝火に詰め寄った。胸倉を掴むから殴るのかと思ったが、言葉だけに留めた。
「違う、誤解よ。臭いとかじゃなく、雰囲気。あなた、悪魔と繋がりがあるんじゃないの?」
篝火のその言葉に、俺達は驚愕した。
「な、何でアンタそれを…?」
さすがの柊も驚いている。篝火から手を離し、怒りを忘れ、警戒するような目つきで篝火に訊いた。
「だって私、元悪魔だから」
「ハッ?」「な!」「えっ?」
篝火の発言に、俺達はまたまた驚愕した。
昔 サッカーをやっていた、それぐらい自然に言うものだから反応が一瞬遅れた。が、俺と柊は、榎を背中に隠すようにして篝火と距離を取る。
「そんな警戒しないでよ。『元』って言ってるでしょ」
俺達とは対照的に、篝火に動揺の色は無い。敵意も、今のところ感じられない。
篝火が言うので、俺達は警戒態勢を緩める。もし万が一襲ってくるようなことがあっても、力無く喋る二日酔いに俺と柊が負ける気はしないから、少しだけ警戒を緩くする。
「私ね、昔は悪魔やってたんだけど」と篝火は過去を思い出しながら語り始めた。「ある日仲間に裏切られたの。色々尽くしてあげたってのに『お前にもう用は無い』って。その上、私の持ってた少ない力を、自分のパワーアップの為に使うからよこせって言うのよ。酷い仕打ちだった。思い出すと、今でも震えが止まらない。で、命だけは助かったんだけど、力の全てを奪われた私は、路上に石ころみたいに捨てられてね。それから大変だったわ…」
その後も、篝火は身の上話を続けた。時折手で顔を覆い、泣き真似をしている。
「大変だったみたいだね」と同情の色を浮かべる榎。
「つーか、悪魔の話なのか、これ?なんかスレたOLみたいなんだけど…。いや、キャバ嬢か?」と呆れる俺。
「ハッ。どっちだっていいよ。それよりアンタ、悪魔だっていうなら羽や尻尾は?」
柊が訊いた。どうやら、その二つが悪魔を識別するための証拠らしい。
「羽はあるわよ、ボロボロだけど。このドレスで隠してるの。はぁ…そ~らもじゆうに、と~べないな~♪」
篝火は、嘆きながら歌う。
「そんな明るい唄、どんだけ暗いトーンで歌うのよ。…で、尻尾は?」
「尻尾は…あった」
「あった?」と柊は、怪訝そうに返す。
「尻尾も引き千切られてね。あの日から、満月見ても大猿にはなれない。ただ昔を思い出して涙を流すだけ。てゆうか、あの頃も大猿にはなれなかったんだけどね。ふふっ」
ドラ〇ンボールネタを挟み、篝火は自嘲するように笑った。
「少し短いけど、見る?」
篝火はそう言うと、尻を突き出すようにして、ドレスの裾をたくし上げた。
悪魔の尻尾を見られるのか、好奇心が疼いたその瞬間、何故か柊に蹴り飛ばされた。
理不尽すぎる、そう言ってやりたかったが出来そうにない。理由は、後ででも教えてもらえるのか?
そして、悪魔の尻尾を見ることなく、俺は先に逝ったバカ共のもとへと飛ばされた。
○
椿を蹴り飛ばした後、顔を赤くした柊は肩で息をしていた。
「アンタ!女だったら恥じらいや慎みってモンを持ちな!」
「恥じらいも、一緒に奪われちゃったのかしら…?」
怒鳴りつける柊だが、篝火は動じない。相変わらずの消えそうな声で、暢気な事を言う。
その場を取り繕うように、榎は「あははっ…」と乾いた笑いをした。
「で、どうするの?見る?見ない?」
篝火にそう言われ、榎と柊は顔を見合わせた。
「どうする?柊さん」
「折角だし、めったに無いことだから見とく?こいつ、害はあるけど危険は無さそうだし」
恥じらい云々言った柊も、実は悪魔の生態に興味を持っていた。
柊は、悪魔との接触は初めてではない。しかし、普段は悪魔側から仕掛けてこない限り手は出さないし、もし仕掛けて来ても力を奪うか ただ消滅させるかだから、今のように会話をすることは無かった。
篝火との数分のやり取りで篝火の危険性の無さを感じた柊は、篝火の提案を飲んだ。
まずは背中の羽を見た。ボロボロで、所々穴のあいている羽。
「なんか、コウモリみたい」と榎
「死にかけのコウモリだね」と柊。
「失礼ね」と篝火。
次に、尻尾を見た。篝火の言っていた通り、五十センチも無い位の短い尻尾。
「色はイメージしてた通り黒いけど、先っぽは三角じゃない」と榎。
「それは、千切られたからよ」と篝火。
「えっ、じゃあ元は三角だったんですか?」と目を輝かせる榎。
「いや、別に」と頬を赤く染める篝火。
「なに照れてんだ!」と怒る柊。
雑だが、これで榎と柊による、篝火が本当に悪魔かどうかチェックは終わった。
身なりを整え直し、篝火が言う。
「ところで、私のことばかり根掘り葉掘り聞いておいて、結局あなたは何者なの?」
「ハッ。ほとんどアンタが勝手に喋っただけでしょ」呆れてそう言うが、柊は自分のことを話した。「アタシは柊。アタシと、あっちの浴衣バカは天使よ。言ったら、アンタの敵」
そう言うと、柊は、試すような目を篝火に向けた。
篝火は一瞬目を見開いたが、すぐに元の暗い顔に戻り、「…元、でしょ」と言った。
「…まぁいい。それで、アタシは昔、ある悪魔から力を奪った。この剣とか、その後も色々」
そう言って、柊は〝悪魔の剣″を胸の前で持ち、篝火に見えるように視覚防壁を解いた。
「……すごいわね。悪魔でも、私みたいな下級には扱えないってのに」
篝火は、恨めしそうに柊の持つ剣を見た。そして、その篝火の嫉妬に勘付いた柊は、自信満々然とした感じで挑発するように「ハッ」と笑う。
「センスはあるみたいね。……胸は無いくせに」
悔しかった篝火は、柊の胸を見てボソッと付け足した。
「アンタ、斬られたいの?」
「ウソ、ウソ。冗談じゃない」
剣の切っ先を向けられ、柊の殺意を感じ取った篝火は、自分の非礼を素直に詫びた。
「ハッ、まぁいい」と柊は、剣を背中に収めた。「で、たぶん榎ちゃんの感じた違和感ってのは、悪魔の力を持つアタシと同じ雰囲気を、コイツの正体が悪魔と知らずに感じ取ったからじゃないかな?」
「そうなのかな?」
榎は、自信無さげに言った。柊の言う事が当たっていても、榎は自分に自信を持てない。無自覚の直観とは言え、篝火の正体を見抜けていたことに、自分自身が一番戸惑っていた。
「そうだよ、きっと」
と、柊に微笑みかけられ、榎はそうなのだと受け入れる。
一瞬だが取り残された気分を味わっていた篝火は、不意にまた気持ち悪くなった。
そして、その場にしゃがみ込み、「あ~、気持ち悪い」と呟いた。
楸 Ⅲ
柊にぶっ飛ばされた俺達は、意識を取り戻す。
いち早く、だいたい柊が剣を構えた時には起きていた俺は、篝火の正体が悪魔だという事を知った。予想は出来ていたけど、驚いた。
目覚めた二人に、「ねぇねぇ、篝火って悪魔らしいよ」と言うと、カイは「マジかよ?」と目を丸くして驚いてくれたが、椿は「さっき ぶっ飛ばされる前に本人から聞いた」と素っ気ない。
「つまんないの」と椿の反応に不満を持ったが、それは言わない。ここで変にアレコレ言うより、「あっそ」くらいの対応の方が余裕のある男みたいだから。
余裕のある男は、離れた場所の女子チームに目を向けた。
何故か篝火が座りこんでいて、女子二人がそれを背中をさすったりして介抱している。だから、俺たち三人も、座ったままで柊から受けたダメージを回復させることにした。
「つーか、なんで俺まで蹴られなきゃなんねぇんだよ」椿が愚痴った。「お前らは仕方ないとして、俺だけ完全な不可抗力だろ」
「そんなこと言ったら、俺だって…てか楸、柊さん臭くねぇぞ」
カイが怒りの矛先を俺に向けた。
「どっちでもいいよ。てゆうか、確認したワケじゃないでしょ?」
「いや、確認した」
「「はぁ?」」
俺と椿は、声を合わせて驚き、カイを見る。
「さっき蹴っ飛ばされっ時、蹴られる瞬間に一歩踏み込んだんだよ。そしたら…その…い、いい匂いがした」
カイは、耳まで真っ赤にし、顔を伏せた。
「攻撃の瞬間に衝撃を少なくする為に後ろに飛ぶってのは聞いたことあるけど…」
「つーか、ただのバカだろ。バカで変態だ」
俺と椿は呆れ、若干引いた。
「よぉ、腐れガキ共」
ずっと地べたに座って休んでいたら、背後から声を掛けられた。
「「高橋さん」」「もんじゃのおっさん」
高橋さんの名前を知らないカイだけ、無礼な呼び方をした。怒るのかなと思ったが、高橋さんは「くくっ」と笑うだけだった。
「そんなにボロボロになるまで働くなんて、全くご苦労だな」
「違いますぅ。これは柊にやられたんですぅ」
「くくっ。相変わらず仲良くヤンチャしてんな」
さっきまで気絶させられていたのに、それでもヤンチャなんて可愛い言葉で片付けて良いのだろうか?
気になるとこではあるが、それは置いておく。
「高橋さんはこんなトコで何してんですか?」俺は訊いた。
高橋さんも仕事でこっちに来る事もあるが、今日は違うはずだ。仕事の場合は、〝千里眼″を使ってすぐに対象の人間を見つけ、〝空間移動″を使って移動して、すぐに仕事をこなして帰る。地道に足で仕事を探すような人では無い。そして何より、コンビニの袋を持っている。
そのコンビニの袋に目線をやり、俺は訊いた。
「俺か?それを話すと長くなるが…」
「構いませんよ」
高橋さんの話は分かりづらくてもあまり長くはならない。説明するのが面倒な時とかによく使う手口だと知っていたので、俺は被せ気味に言った。
高橋さんは溜め息一つ、不貞腐れた顔をして話してくれた。
「五十嵐とな、ゲームやって負けたんだよ。ったくあの腐れ黒ヒゲ、もう少し根性見せろってな」
「高橋さんも遊んでたのかよ…」
どうやら、俺という遊び相手がいなくなった後、五十嵐さんは高橋さんと遊んでいたらしい。そして、俺の時と同じゲームをし、上司と部下揃って五十嵐さんに負けたようだ。
てことはもしかして、そう嫌な予感がした。そして、その予感は当たる。
「一ゲームに一時間掛ける楸ほどじゃねぇよ」やっぱり、俺が仕事をさぼってあそこで遊んでいた事は筒抜けになっていた。だが、自分も遊んでいたからか、お咎め無しのようだ。高橋さんは笑って「俺は五分で負けた」と言った。
「…それも微妙ですね。結局負けじゃないですか」
「くくっ。全くだ。で、事前に罰ゲームとして勝者の言う事を一つ聞くことにしていてな、あいつの命令で肉まんを買いに来たんだよ。だから、ついでにお前らにも差し入れしてやろうと思って来たんだが…」
高橋さんは、そこで一度言葉を切った。俺達の向こう側、榎ちゃん達のいる方を見ている。そして、眉間にしわを寄せ、目をパチパチさせた。
「あの青いのは何だ?」
不気味生物発見、そんな感じで言った。
高橋さんも、篝火のあの青い頭が気になるらしい。
「あの人は篝火って言って、前は金髪だったらしいんですけど、ある日 昔の辛い記憶がフラッシュバックした時に無茶苦茶泣いたらしいんですよ。で、その次の日に自暴自棄になって青くしてやれーって」
俺が説明すると、高橋さんは呆れるでも感心するでもなく、「くくっ」と笑った。
「泣いて青くなるって、どっかのネコ型ロボットみたいだな」
「あ、それ俺がつっこんでおきました」
「そうか、遅かったか」
「はい、遅いです」
俺は言い、高橋さんと二人で笑った。
その様子を傍らで見ていた椿が、「つーかよ」と不機嫌そうに割って入ってきた。
「重要な所が抜けてんだろ」
「あ、そうだ。高橋さん、篝火は元悪魔らしいです。なんか昔に仲間に力を奪われたとかで、今はただの人間として生活しているらしいんです。以上、補足です」
「くくっ。重要な補足だったな」
高橋さんはそう言うと、俺に強めのデコピンをした。
何をするんだ、と睨んだ眼で訴えると、高橋さんは「お前らは甘いんだよ」と言った。
「甘い?」
「あぁ。腐れ甘い」そう言うと、高橋さんはコンビニの袋を俺に預け、胸のポッケから薄い色のサングラスを取り出し、それを掛けた。「悪魔相手にそんなだと、いつか命落とすぞ。ちょっとついて来い」
サングラスを掛けて集中した高橋さんは、さっきまでの緩んでいた顔をキッと引き締めた。
高橋さんの迫力に一瞬たじろいだが、俺達は先を行く高橋さんの後に続いた。
高橋さんは、榎ちゃん達の居る所へ近寄り、「よぉ」と手を上げた。
「た、高橋さん…!」「あ、こんにちは」「………」
一気に動揺した柊。しっかりとあいさつをする榎ちゃん。誰コレ、と不思議そうな篝火。三者三様の反応だ。
「柊、嬢ちゃん、ちょっと離れてな」
高橋さんに言われ、二人は篝火から離れる。何事かと、榎ちゃんは心配しだした。
俺達も、高橋さんの背後で距離を置いて立っている。俺達五人は、対面している高橋さんと篝火の二人に注目し、状況を見守る。
高橋さんは、しゃがんでいる篝火に手を差し出し、立たせた。
「はじめまして。俺は高橋、あいつらの上司だ」
「あ、はい」
物腰は柔らかいが、高橋さんには有無を言わせぬ威圧感が漂っていた。篝火の目は怯えているが、しっかりと高橋さんの目を見て話している。
「話は楸から聞いた。篝火…あんた、悪魔なんだってな」
「元…ですけど」
「そうだ、元だったらしいな。いくつか質問だが、その時の属性は?」
「…弱い力だったし、今は奪われてないけど…火」
「そうか、火か。それじゃあ、あんたの業っていうのか?根っこの部分の感情は?」
「……嫉妬」
「嫉妬…なるほど。じゃあ最後、俺も楸や柊と一緒で天使なんだが、俺達とあんたらの対立関係くらい知ってるだろ?」
高橋さんがそう言うと、篝火は怯えを強くし、今までの消え入りそうな声から一転、「ちょっと待って!」と大きな声を出した。
「私は今は力が無い、ただの人間と一緒なのよ!」
「それは嘘かもしれない。あんたら悪魔お得意のダマシだ」
敵意を持った冷たい目で、高橋さんは言った。
それを聞き、高橋さんが甘いと言っていた理由が分かった。確かに、俺は、篝火の言う事を不用心に信じ過ぎていたのかもしれない。
俺が反省している間も、場面は動く。見逃さないよう、俺は前を見る。
高橋さんは、懐から銃を出した。そして、弾も。
「〝天使の矢″って知ってるよな。少し普通と違うが、これが俺の弓で、これが天使の矢だ」
高橋さんのしようとしていることに、察しがついた。椿とカイは、無抵抗の篝火に銃を向けることに反感し、高橋さんに詰め寄ろうとした。が、俺は、二人を抑える。
「ダメだ。高橋さんの邪魔するな」
見ると、向こうでも柊が榎ちゃんのことを説得していた。
椿は悲しそうに歪んだ顔で、しかし強い目で俺を睨む。俺は、それに黙って頷いて応えた。カイは「離せ コラ!あんなの、あんまりだろが!」としばし暴れていたが、椿が大人しくなると、諦めたように次第に大人しくなった。
榎ちゃんは顔を伏せていた。たぶんだが、柊が「大丈夫だから」と優しく声を掛けた。
高橋さんは、俺達五人が余計な行動に出ないことを確認し、再び篝火に視線を向ける。
「ガキ共も大人しくなったな。話を戻すが、天使の矢で打ち抜かれたら、悪魔なら死ぬよな?それは元悪魔も同じだ」
「なっ…ちょっと」
突然の命の危機に瀕し、反発する力も弱く 怯えるだけの篝火を尻目に、高橋さんは、銃に弾を込めた。
「悪いな、これも仕事なんだ。最期になんか言い残すことあるか?聞いといてやるよ」
篝火の額に銃口を向け、高橋さんは言った。
篝火は、何かを言おうと言葉の出ない口をパクパク動かしていたが、それをやめた。
「……私、あのネコ型ロボット、昔のダミ声の時の方が好きだった」
「……くくっ。俺もだ」
最後は怯えを失くし、篝火は笑顔を向けた。そして諦めたように静かに眼を閉じる。涙が零れた。
パァン!
辺り一面に銃声が響く。
篝火は倒れた。
「なんだよ、これ?」
椿が言った。
「何って、ドッキリだよ」
高橋さんの言う通り、これはドッキリだ。
銃声は鳴ったが、弾は出ない。変わりに紙吹雪が出た。
「くくっ。ただの紙吹雪とは芸が無いな。国旗か文字付の旗を出すくらいじゃないと、あいつもまだまだだ」
高橋さんは言った。そして、腰が抜けて倒れた篝火に手を貸して起こす。
「あの、これ…?」状況を飲み込めず、呆然とした篝火が言った。
「悪かったな」そう言った高橋さんの眼は、先程の敵意のこもった冷たいモノではなくなっていた。「俺達も一応命懸けの仕事だ。もしあんたが俺達を騙しているのであれば、ああやって追い詰めればボロを出すと思ったんだ。怖い思いをさせた、すまない」
「あ、いえ…」
「せめてもの詫びだ。あんた、肉まん食えるか?」
篝火は頷いた。
それを満足そうに見た高橋さんは、サングラスをしまい、「楸」と俺を呼んだ。
「いいんですか?ここにいる人数分しかないですよ」
コンビニの袋を手渡す際、念のために訊いた。
「くくっ。いいんだよ。五十嵐は買って来いって言っただけで、持って来いとは言って無い。俺は、確かに肉まんを買ったからな」
「なんです、その屁理屈?ガキじゃあるまいし。てか、何でカラシも入っているんですか?」
袋の中には、未開封のカラシのチューブの箱が入っていた。
「普通カラシ付けるだろ。それに、五十嵐のにはたっぷり入れてやろうと思ってな」
「……ホントにガキみたいですね」
よっぽど五十嵐さんに負けた事が悔しいらしい。俺が呆れている間に、高橋さんはみんなに肉まんを配っていた。そして、最後の一個を俺にくれた。
俺達は、ベンチに座って肉まんを食べる。
俺の肉まんの中には、カラシがたっぷり仕込まれていた。
「高橋さん!」
どうやら、五十嵐さんの分が、俺に渡ったらしい。
俺は、ヒリヒリする口であれこれ言うよりも、高橋さんを強く睨んだ。
「くくっ。上司にガキって言った罰だな」
口がヒリヒリするのを堪えながら、俺は、肉まんの中のカラシの除去作業をしている。除去したカラシは、椿の肉まんに付けた。椿は最初 怒ったが、食べてみると意外に合うとのことだ。ただし、少量なら。
「お前、気付いてたのか?」椿が言った。
「何が?」
「だから、高橋さんの撃った弾が偽物だって」
「あぁ、もちろん」口の中の肉まんを飲み込み、俺は続ける。「確かに銃は高橋さんの弓だけど、弾は矢じゃないってわかった。高橋さんはリロードする時、いつもは手をかざすだけでする。けど、さっきはわざわざ普通に弾を込めた。もちろん、そうやって弾を見せて脅したのかもしれないけど…」
俺がそこまで言うと、柊が次を継いだ。
「高橋さんは、これが天使の矢だ、とハッキリ言った。アレは矢じゃない、力もこもっていない、ただの弾。そして、高橋さんが使う弾は、いつも五十嵐の作品。アタシらからすれば色々と違和感あったから、何かあるって思うのは必然でしょ」
俺達が言うと、高橋さんは「くくっ」と笑った。当たりらしい。
「椿達の動揺で俺の本気を示すのはいいが、一方で邪魔が入らないよう椿達を抑える役が欲しくてな、ちゃんと伝わって良かったよ。さすがは俺の部下、ってところか」
高橋さんに誉められ、俺と柊は笑う。柊は照れ臭そうに笑っていた。
「あっそ」
椿は不満顔だが、納得はした。
これで解決。かと思いきや、どうやらまだなようだ。
「あの…私はこれでいいんですか?」
篝火が、その持ち前の辛気臭さを倍にして訊いた。どうやら、自分が悪魔であったことに負い目のようなものを感じているらしく、せっかく命があって肉まんもあるというのに、肉まんを一口も食べていない。
「何が?」俺は訊いた。
「何がって、私は生きてていいの?」
「知るかよ。生きてていいんじゃねぇの?つーか、死ぬ方がダメだろ」
椿が言った。相変わらずのぶっきらぼうな言い方だが、俺は嫌いじゃない。高橋さんも笑っている。
「くくっ。そうだな。人間として生きているんだ、死ぬ方がダメだな」
「でも…もし万が一、今の私も演技で、いつか力が戻って、人間やあなたたちを襲うかもしれない。……悪魔として」
篝火の言い方には、自分でも制御できない力に怯える様な、恐れがあった。
たしかに、悪魔として襲われたら、俺だって怖い。けど…。
「くくっ。そしたら、そん時 消してやるよ。だから今は勝手に生きろ。もし力が戻っても、あんたがあんたのままでいるのなら、消す前に考えてもいい」
高橋さんが脅しを交えて言った。
それを聞いて、篝火の顔が元の辛気臭いだけに戻った。若干の笑顔付きの。
「……はい。あの、ありがとう」
「くくっ。それより、さっさと食えよ。食わねぇんなら、カラシぶち込んで俺のダチに食わせるぞ」
そう言われ、篝火は焦って肉まんを食べた。
五十嵐さんは、全く自分の知らない所でカラシ入りの肉まんを回避できた。
その後、俺達は篝火と別れた。
篝火は、これからも人間社会で生きていくらしい。篝火から酒のにおいを敏感に嗅ぎとった高橋さんは、今度飲みに行く誘いをしていた。柊は、それを恨めしそうに見ていた。
今日、俺は何をしに来たのか分からないが、いくつかのことを学んだ。
悪魔には神経質になるぐらい注意しないと、足下をすくわれる可能性がある。それは、俺だけじゃなく榎ちゃんとか周りも危険にさらすかもしれない。自分の甘さを省みた。
あと、高橋さんからの差し入れは気を付けた方がイイ。
椿と榎ちゃん、カイと別れた後、俺たち天使組三人はコンビニに行った。
そこで、高橋さんは肉まんを買い直していた。そして、店を出てすぐに肉まんの底からカラシを注入していた。
わかっているけど恐る恐る「何をしているんですか?」と高橋さんに訊くと、「約束は守らないとな」と、なんとも律義なことだ。
天使の館に着いてすぐ、俺達は解散した。カラシ入りの肉まんがどうなったのかは知らないが、これだけは分かる。
高橋さんは、予想以上にガキで負けず嫌いだ。
悪魔の力に関することを少し。
篝火が自身の力を奪われたように、悪魔は仲間の力を奪う事がある。
そのやり方は、力を奪う対象となる悪魔の肉体を喰うことだ。
喰う部分は、特に問わない。が、大きな力を奪おうと思えば、それ相応の容量を身に収めなければならない。
篝火の持っていた力は非常に微弱だった為、その身の一部、主に羽と尻尾だけで、命を奪われるほどではなかった。
柊のやり方は違う。
〝悪魔の剣″に関しては、奪ってから力を磨いた。が、その他の能力は、また別だ。
まず、天使の館内にある図書館で文献を調べ、いくつか眼を付けておく。そして、仕事中などに偶然悪魔と遭遇した時、その悪魔を捕まえる。その悪魔からやり方やコツを聞き出し、その後は我流で磨く。
だから、悪魔から力を奪うと言っても、柊に限ってはその意味合いは異なる。
ちなみに、天使の資格や能力と、悪魔の能力の力の源は、大体一緒。
さらにちなみに、柊の大食いはこの辺に由来する。
元から食べるが、悪魔の力を手に入れてからは大食いに拍車が掛かった。
それは、本来の力と違うモノを取り入れ、それを扱う為に必要以上に力を使うから。ただ天使の力を使うより、圧倒的に燃費が悪い。
結構簡単にスタミナは底を着く。
だから大量に食べるのだが、高橋と居る時は半減。
普通に食べれば、二十人前くらいならペロリ。
その分、力も使い動くので、太ることはない。胸が大きくなる事もない。
最後に、この部分は本編に今後関係ない(と思う)。思い付いた事の記録として書いただけで、これと言った意味もない。変わる事もある。ただの気まぐれでした。
篝火さんの登場です。
悪魔の存在をチラつかせていて、いざ出した悪魔がこんな人でした。元、悪魔。
ちなみに、高橋さんが「属性は?」とか確認していましたが、深い意味はありません。ああいうことをすればそれっぽいかな、という思いつきなので、今後の話に影響しないはずです。
天使と同じで、長命の悪魔である篝火さんです。それは、今となっても変わりません。なので、見た目年齢よりも実年齢はかなり上。
楸は、悪魔を倒したことないようなニュアンスで「甘い」と反省していますが、あれは、今の楸としての反省です。昔はバリバリ倒しています。その辺も、いつか書きたいと思っています。
本編で書けなかったことが多くあり、長くなってしまいました。
ここではなく、本編でちゃんとできるよう、頑張ります。
そういえば、先ほど章の名前を変えました。
しっくりくるものを探しています。これからも度々変わると思います。
今のは、少しスベッタな、と思っているので長く続かないと思います。




