番外編 榎のお願い
ひとつ前の番外編とリンクする部分もあると個人的には思っています。
ある日の仕事終わり、椿、楸、榎の三人は帰り道を歩いていた。
そしてその道中、疲れたから休もうという楸の提案により、三人は公園に来てベンチに座っている。
「つーか、歩かないで浮いてるだけのくせに疲れんのかよ?」
「分かって無いなぁ。……分かって無い」
「なんも無いのかよ」
例え話を出せなかった楸に、椿はツッコミを入れた。
椿はいつものように不機嫌そうな顔をしている。そして、そんな椿とは対照的に、楸はどこか呑気さを感じさせる雰囲気だ。そんな二人のやり取りは、一見するとケンカのように見えなくもないが、なんだかんだで二人の仲はイイ。
だから、ケンカのような言い合いをしていても、榎は笑って見ていられる。
普段なら。
「おい、どうした?榎」
「えっ!なに?」
「榎ちゃん、今日なんか元気ないよ?」
「そんな事無いよ、楸さん。私はいつも通り元気だよ」
榎はそう言って笑う。しかし、すぐに顔を伏せた。
椿と楸は、榎の明らかな異変に気付いている。だから、お互いに顔を見合わせるが、それで答えを出せるようなことは無い。
二人は、頭にハテナマークを浮かべたまま、榎のことを気にしつつ、雑談を続ける。
――どうしよう。なんて言い出せばいいんだろう?
顔を伏せたまま、榎は、そんな事を考えて悶々としていた。
榎は今日、ある事を伝えたくて、二人の仕事に同行していた。正確に言えば、椿にあるお願いをしたくて、だ。
だが、仕事中はもちろん、今に至るまで切り出すタイミングを見つけられないでいた。
――変に意識しちゃうせいで、二人には迷惑掛けちゃったし
椿に話を切り出すどころか、今日のことを振り返り、ネガティブになる榎だった。
『なぁ。今日の榎ちゃん、どこかおかしくないか?』
楸は、榎にバレないようこっそり、椿とテレパシーを結んでいた。
『やっぱそう思うか?』
『うん。椿、何か変なことして怒らせたんじゃないの?』
『何で俺だよ。つーか、ただ単に二十八日周期のイライラじゃねぇのか?』
『椿…何か怒らせるようなこと言ったでしょ?』
楸は、椿のデリカシーの無い発言で、一層疑いを強めた。
このようにして二人も榎のことを心配しているが、この二人では解決の糸口も見付けられそうにない。
――やっぱ、椿君と二人っきりの時の方がいいのかな?でも、もし……。
榎の方も、解決へ辿り着けそうもない。が、少なくとも椿と楸のコンビよりは解決に近付いている。
榎の抱える問題において、楸の存在は厄介でもあるが救いでもある。何時どのタイミングでいなくなるかも分からない楸は、椿と二人になる機会を潰す存在でもあるが、もしもの時は助けにもなる。そういう事情も相俟って、榎は話を切り出すタイミングを逸していた。
――やっぱり、二人の時の方がお願いし易いかも
榎はそう思い、二人になれる時を待つことにした。
だか…。
「あれっ?榎ちゃん!とクズ二匹」
「柊さん?」
空を飛んでいた柊が、三人に気付いて降りて来た。
「誰がクズだよ」
「そうだよ。椿はまだしも…」
地面に降り立った柊に、椿と楸はギャーギャー文句を言った。しかし、柊の耳には届いていない。それどころか、二人で勝手にケンカをし始めた。
そんな二人を気にも留めず、柊は榎の前に立つ。
「どうしたの?榎ちゃん。このゴミ虫二匹と一緒ってことは、仕事終わり?」
「あ、うん」
その一回のやり取りだけで、柊は、榎の異変に気付いた。
「どうしたの?何かあった?」
「え、ううん、別に」
心配した柊は尋ねるが、榎も心配掛けまいと明るく振る舞う。
納得のいかない柊は、顔をしかめた。
「んだよ、あのネギ。人のことをゴミ虫扱いしやがって。自分だってまな板のお化けみたいなモンだろうが」
楸がこっそり言い、それに椿もふき出す。
しかし、一瞬にして椿の顔は引きつった。楸が柊にぶっ飛ばされたからだ。
「なんか言った?」
「いえ…なにも」
発言、目付き、オーラ、柊の全てが椿を委縮させた。
遠くで伸びている楸を見て、椿は自分が生き残る為、命乞いをするかのように柊に言った。その目は、ライオンに睨まれた草食獣のように怯えている。
しかし、そんな中でも怯えていない者がいた。
榎だ。
と言っても、榎は、柊を怒らせるようなことは何もしていないので怯える必要は無い。が、それにしても榎の表情はおかしい。楸が死にかけているというのに、それを羨ましそうに見ている。ウキウキでソワソワだ。
――やっぱりいいな
榎はそんなことを考えていた。
「ん?」
そんな榎に、怒りを鎮めた柊は気付いた。
――わ、私も
榎は、一人静かに心を決めた。
「あのね、柊さん……」
「ハ?椿を引っ叩きたい?」
榎に耳打ちされ、柊は小声で聞き返す。
「うん。ほら、柊さん、よく楸さんを叩いたり蹴ったりするでしょ。それ見てたら、仲良さそうでなんか羨ましいなって」
「いや…アタシは別に仲イイから楸をぶっ飛ばしてるワケじゃないんだけど…」
榎の申出に最初は戸惑ったが、柊は、榎の頼みを断らなかった。
柊と復活した楸、二人がかりで椿を抑え込んだ。実際に椿を羽交い締めして抑える役目は楸で、柊は威嚇のみで抑え込んでいる。
楸は、意識を取り戻してすぐに柊から榎の頼みを聞き、二つ返事でOKを出した。もちろん、面白そうだからという理由だけで。
「何しやがんだ、こら!」と椿は当然暴れる。
「ごめんね、椿君。ちょっとビンタさせて」
ずっと言いたかった事を言い出せて、榎は少し肩の荷が下りた気分だ。
「ざけんな!なんで俺がビンタされんだよ!」
「暴れないでよ 椿。結構しんどいんだから」
椿を羽交い締めにしている楸が言った。
「離せ コラ!テメェら全員覚えてろよ!」
「ハッ!覚えてたら何だってんだ?」
「……すんませんっした!」
柊のあまりの迫力に、椿はつい謝った。
柊の脅しによって大人しくなったとはいえ、椿は眉間に皺を寄せた威嚇の表情で尚も榎を睨んでいる。しかし、榎は気にしない。それどころか、今から椿をビンタするということに興奮して、椿達の会話は耳に入らない。
「やってみろ コラ!ぜってぇ後悔させてやんぞ」と威嚇する椿。
「へぇ~。榎ちゃんに何かしたら、アタシがアンタを後悔させてやんよ」
柊の脅しを受け、柊の一撃よりも榎の百発の方がマシだな、と覚悟を決める椿だった。
「えいっ!」
バシッ!
榎は、椿をビンタした。
「結構思いっきりいいな」と椿。
「ほら、たたみかけな」と柊。
しかし、榎は一発のビンタで手を止めた。
怒り狂う椿を、楸は必死に抑えている。空中で。
そんな二人のことを意にも介さず、榎と柊は話をしていた。
「どうだった、榎ちゃん」
「うん。結構スッキリした。相手が椿君だからかな?」
そう言った榎は、言葉通り、晴れやかな顔をしている。
「そう。良かった」
「ありがと、柊さん」
「ううん。こんなことでよかったらいつでも頼って。アタシはいつでも、あのバカを引っ叩く手伝いくらいならするよ」
柊が言うと、榎は笑った。
暴れている椿と、それを抑えつけている楸の事なんか気にせず、榎と柊は笑った。
「じゃあ、またお願いするね」
「うん」
榎の想いを理解している柊は、もしかしたらまたすぐかも、そう思った。
番外編で仕事をしていると言っても、何をしているのか、そもそも本当にやっているのか、私も知りません。




