番外編 風邪をひくのは人間だけとは限らない
仕事、ではなく遊ぶ約束をした日。
発案者である榎と楸は楽しみのウキウキで、後の二人、椿と柊を待ち合わせ場所の公園で待っていた。
「遅いね、あいつら」
「そうだね。椿君はいつも遅いけど、柊さんも珍しく遅いね」
榎は腕時計で時間を確認し、そう言った。
柊はいつも約束の時間の少し前には来ている。椿は、時間ギリギリ又は遅れて来るのが常だが、柊はそうではない。だから、約束の時間を過ぎても柊が来ていないことを、榎は不審に思っていた。
「おう、悪いな」
約束の時間を過ぎているのに急ぐマネすらせず、のんびりとした足取りで椿が来た。
「遅いよ」と楸。
「だから、悪いって。つーか、柊は?」
悪いと口では言っても悪いと欠片も思っていない椿は、自分のことは棚に上げ、柊が来ていない事を非難するような口調で言った。
「柊さんは、まだ。どうしたんだろう?」
柊が来ていない事を心配する榎は、柊が来ていないか辺りを見渡す。
しかし、何処にも柊の影は無い。
しばらく待っていて、約束の時間から十分ほど過ぎたところで、「つーか、電話すりゃいいだろ」と、待つことにしびれを切らした椿が言った。
賛成とも反対とも誰も何も言わないが、始めから二人の意見を聞くつもりもない椿は、ケータイを取り出す。
「あ、来た!」
椿がケータイを取り出してすぐ、榎が声を上げた。椿はブスっとして、何もせずにケータイをポケットに戻した。
遅れて来た事を咎めることなく、榎は柊が来た事を喜び、駆け寄った。
「おはよっ、柊さん」
「おはよ。……ゴメンね、ちょっと遅れた」
柊は笑顔で謝り、榎の頭に手を乗せた。
そのまま柊は椿達の方へと向かうのだが、榎が「ちょっと待って」と柊の手を掴み、呼び止めた。柊は言われた通りに止まり、「なぁに?」と榎の方を振り返る。
榎は、柊の様子がいつもと違い、色白の柊の顔がほんのりと赤みがかっていることに気付くと、「ちょっとゴメンね」と言って、柊の額に手を当てた。
突然の榎の行動に、柊は驚き、目を丸くしたが、じっと待つ。
榎は自分と柊の体温と比べ、柊の体温が高いことに気付く。
「もしかして柊さん、風邪ひいてる?」
榎がそう尋ねると、異変に気付いた椿と楸も近寄って来た。
「なに、柊 風邪?」楸が訊く。
「天使も風邪ひくんだな。でも、お前は関係ないだろ?」
と椿は、楸のことを指差した。
「楸さんは健康だからな」
「バカだからだよ」
椿がそう言うと、「椿の方がバカだろ。このウィルス泣かせ」と楸が言い返し、そのままケンカに発展してしまった。
「うるさい!」
榎に怒られ、一旦は落ち着くのだが「椿がバカすぎて、俺まで怒られた」「っせぇな。バカがバカって言うな、バカ」と、またケンカになる。
榎は、今度は無言でキッと二人を睨み、それだけで鎮めた。
「ハッ。さっきから聞いてりゃ…アタシが風邪ひくかよ」
柊は、そう強がるが、その声にはいつものような覇気が無い。
「でも、熱あるよ」と榎は心配の眼差しを柊に向ける。「無理しないで」
柊は、榎の気持ちを無下には出来ないので、「…ちょっとだけね」と答える。「でも大丈夫。動いてたら、そのうち治るよ」
しかし、フラフラの柊がそう言っても、榎は納得しない。
柊と、その柊を心配する榎から少し離れた位置で、椿と楸は話していた。
「ねぇ椿。なんで柊は風邪ひいたと思う?」
「俺が知るかよ。大方、腹でも出して寝てたんじゃねぇの?」
「違うな。たぶん、自分に似合う水着でも探してたんだよ。前にも水着 着たけど、柊って貧にゅ…」
聞こえないように小声で話していたが、楸の悪口は柊の耳に届いていた。そして、怒って更に顔を赤くした柊の投げた石が、楸の頭にヒットした。
楸は、頭から血を流して倒れる。
自業自得であり、血も僅かだから、誰も心配しない。それどころか、椿は自分の足元に転がっている楸を見て、嘲笑った。
「はぁ…はぁ…ほら、今見た通り、アタシは元気だから」
肩で息をしていた柊が、榎に笑い掛ける。
「でも…」
榎が言うと、椿が「つーかよぉ」と口を挟んだ。
「元気有り余ってるようだから、少し落ち着いて休んだらどうだ?んなパワフルで動きまわったら、治るモンも治らねぇよ」
ぶっきらぼうだが、椿なりの気遣いに、榎も「そうしよっ?」と微笑んだ。
柊は、何も言わずに頷いた。
「うんっ!」と榎も頷く。
柊が休むことは決まったのだが、だからと言ってこのまま帰す事も出来ない。柊は一人で暮らしているらしいから、何かあった時に一人では心配だ。だから榎は、看病することを申し出ようとした。
しかし、榎が口を開く前に、復活した楸が近寄って来て、「なに、休むことにした?」と切り出す。
「じゃあどうする?ヒナさん呼んで看病してもらう?」と、楸はナースである雛罌粟を呼ぶ事を提案したが、すぐに「あ、でも俺、ヒナさんの連絡先知らないや」と付け足す。
「使えねぇな」
椿のその言葉にムッとする楸だが、「高橋さんに連絡すればいいだろ。あの人に頼んで、取り次いでもらえば」と言い返し、勝ち誇ったように口角をクイッと上げる。
「そうする?柊さん」
榎は柊に尋ねる。
しかし、柊は、意識が朦朧とし始めていて、楸の発言の「高橋さんに連絡すればいいだろ」という部分しか聞こえていなかった。
――高橋さんを呼ぶ?ってことは、高橋さんがアタシのことを看てくれるの?
そして、ぼんやりとした頭で、柊の少しの妄想が始まった。
ベッドで寝ている柊に、お盆を持った高橋が近寄る。
高橋は一旦お盆を傍らに置き片膝をついて、柊の顔を覗き込む。
「大丈夫か?柊」
「すいません、高橋さん」
高橋の質問には答えず、虚ろな目つきで柊は謝った。高橋は、質問を繰り返さず、ふぅと溜め息を一つつく。そして、高橋は「ちょっといいか?」と言うと、自分の額と柊の額をくっつけた。
熱を計る為にやっていることなのだが、好きな人の予想外の行動に柊は驚き、「ちょ、高橋さん…!」と逃げようとする。
「じっとしてろ」
高橋にそう言われ、柊はピタッと止まる。というより、高橋に頭を掴まれているので、逃げようにも逃げられない。
恥ずかしいけど嬉しい。このままでも…。そう思っていたが、高橋はすぐに額を離す。
「やっぱまだ熱あるな」
高橋はそう言うと、傍らに置いていたお盆に手を伸ばす。
「なんです、それ?」
高橋が手にした、黄色い液体の入ったコップを、柊は不思議そうに見つめる。
「たまご酒作った。飲めるか?」
「……はい」
風邪の時にたまご酒、高橋らしくて可笑しく思ったが、柊は何よりも高橋の自分を気遣っての行為が嬉しかった。
たまご酒を飲ませる為、高橋は寝ている柊を、抱きかかえるようにして起き上がらせる。
そして、たまご酒を一口飲む。
たまご酒の効果か、柊の身体は温まる。身体だけではなく、気分まで上気してきた。
そして、そのまま二人は唇を重ね合わせ……
「ダメーッ!」
クライマックス直前に妄想から我に帰った柊は、一層顔を赤くし、楸を殴り飛ばす。
「がふっ…!」
楸はふっ飛ばされ、そのまま倒れてしまったので、「なんでだよ…?」と代わりに呆れ顔の椿がつっこんだ。
しかし、そのつっこみは柊には届かない。最後の力を振り絞った一撃だったようで、柊も倒れてしまった。倒れる間際に椿が抱えたので、柊に怪我は無い。が、傷を負った楸が、早くも復活して戻ってきた。
「なんでだよ!」
「それ、俺がもうつっこんだ。つーか、結構頑丈だな」
意外にもピンピンしている楸に椿は驚いたが、すぐに柊が弱っていたからだな、と思い至る。
「どうしよう?椿君」
榎に訊かれ、自分の腕の中に居る柊に意識を戻す。
「柊ン家分かるか?」
椿は訊くが、楸は「さぁ?」と首を横に振った。
残された三人は、誰も柊の住処を知らない。それに、高橋を呼ぶ事も、柊が拒絶した理由を三人は知らないが、出来ない。
どうするかしばし考え、「つーか、腕しびれてきたんだけど…」と椿が愚痴った直後、榎が手を叩いた。
「そうだ!私の家はどうかな?」
「榎ちゃん家?」
「うん。私の家なら柊さん来たことあるし、家で少し休んでもらおう。……大丈夫だよね?」
柊が嫌がらないか、そういう意味での「大丈夫だよね?」だが、その答えを椿も楸も持っていない。一度柊が高橋を呼ぶ事を拒んだだけに、軽率な行動は控えたい。
しかし、悩んでいても仕方ない。それに椿の腕もしびれている。だから「いんじゃね?榎のトコなら、他よりは満足だろ」と椿が言った。
「そうだね」と楸も頷く。
二人の賛同を得て、榎は安心した。顔を明るくし、「じゃあ、早速行こっ」と先を急ぐ。そして、「楸さん、柊さんのこと運ぶのお願いしてイイ?」
「別にいいよ」
「おい、俺は?」
「椿君は買い出しして来て。スポーツドリンクみたいな飲み物やゼリーとか、栄養取れそうな物も買って来て」
「俺はパシリかよ?」と不満そうな椿。
「だって、私はついて行かないとだし、楸さんは私の家の場所分からないでしょ。だから椿君、お願い」
そう言って、榎は手を合わせる。
「お願い、椿」と、楸も榎と同じポーズをする。
「つーか、一回行ったことあるよな」
楸の態度も含め納得できない椿だが、榎を怒らせるのも面倒なので、しぶしぶ了承した。
椿は、柊を楸に渡し、買い出しに行く。
「じゃあ、私たちも行こ」
榎は言った。
榎は、柊の容体も心配だが、買い出しに行かせた椿も、ちゃんとした物を買って来るか、ちゃんと家まで来られるか、と若干バカにした心配をしていた。
楸は、柊のことをおぶり、榎の後に続く。
楸は、柊の容体も心配だが、本来ならば女の子を背負った時には感じるだろう柔らかな膨らみを背中に全く感じないことに、柊の胸のなさを心底心配した。
華奢な体格の柊は見た目通り軽く、体力の無い楸にも運ぶことが出来た。
榎の家に着くと、柊をベッドに寝かせ、椿が戻ってくるのを待つ。
待つこと十分弱、椿が来た。友達とは言え、女の子の部屋にあがるというのに、ノックも無しに入ってきた。
楸はその椿の態度を怪訝そうに見るが、榎は気にしていないようだ。榎はすぐに椿のもとへ駆け寄り、手渡された袋の中を確認する。
袋の中には二リットルのスポーツドリンクと栄養ドリンク、のどアメ、みかんゼリー、プリン、ポテチ、チョコレート、汗を拭く為の制汗ペーパーが入っていた。
制汗ペーパーは親切なのかもしれないが、女の子に対しては若干失礼でもある。榎は複雑な顔で見ていたが、当の椿は気にしていないようで「いいだろ、これで」と自信満々に言い、袋の中のポテチを取って行った。
「うん……ありがと」
榎も、一応の礼を言う。
ワンルームの部屋で腰を降ろした椿は、早速ポテチの袋を開け、食べた。すると、楸が口を開けて待っていた。椿は無視しようと思ったが、偶然手に取った小さい欠片を楸の口に投げ入れる。楸にあげたついでに、榎の口の中にもポテチを入れた椿は、食い意地の張った柊も寝ているけど近付けたら食べるのか、ふとそんな事を思った。
思ったら、やってみたくなる。
大きめのポテチを一つ摘まみ、柊の口に寄せた。しかし、当然寝ている柊は食べない。反応が無いことを面白く思わない椿は、柊の口にポテチをねじ込むように押し付けた。これなら食べるだろ、そう思ったが、柊は食べない。
「なにやってんの!」
柊の口にポテチを押し付けている椿に気付き、榎は椿の頭を叩いた。
「ってぇな」
「てぇな、じゃないでしょ。病気の人に何してるの」
椿は頭を掻き、柊に押し付けていたポテチを食べた。
それを見た榎は、ただ口に近付けたポテチを食べただけなのに、間接キスなのではと勘違いし、「バカぁ!」とまた椿の頭を叩いた。椿が突然叩いたことを咎めるような目で睨むと、榎は「あ、ほら。風邪移るでしょ」と取り繕い、「えへへ」と笑った。
「……柊の影響か?よろしくないなぁ…」
榎が暴力的になってきたことを、椿はボソッと嘆いた。
一連の流れを笑って見ていた楸は、プリンを食べていた。
病人の周りで騒いではいけないと、三人はプリンを食べて一旦落ち着く。三個パックのプリンだけど、柊が知らなければ問題ない。椿の分のプリンを、柊のオデコの上でプッチンしようとしたヤツもいたが、榎が未然に防いだから、何の問題もない。
プリンを食べながら、榎は寝ている柊の様子を窺う。
「よく寝てるね」
静かに寝息を立てる柊を起こさないように、榎は小声で言った。
榎は元の位置に座り、三人で輪を作っている。
「そういえばさ、ネギを首に巻いたら風邪に効くってホントかな?」と榎。
「そんな屈辱受けるくらいなら、俺は風邪のままでいいな。つーか、ネギ臭くて寝れなくなんじゃねぇの?」と椿。
「ネギ女にネギ」と、過去に椿が言った柊の悪口を思い出し、笑う楸。
楸の発言で、椿は背筋が凍るような気がして、背後の柊を見る。柊が寝ていることを確認すると、楸の頭を叩いた。
「つーか、ネギよりもお粥か何か作った方がいいんじゃねぇか?ゼリーで栄養ってカブトムシじゃねぇんだから」
「椿君が買ってきたんでしょ」
「お前の指示で、な」
椿の皮肉を受け、榎はぷいと顔を背ける。そして顔を背けたまま、やっぱちゃんとした物食べないとダメだよね、と考えた。
「うん。私、お粥作る」榎は言った。「椿君と楸さんは、柊さんのこと見てて」
「ちょっと待て」
キッチンへ行こうとする榎を、椿が呼びとめた。
「なに?」
「俺も行く。榎だけじゃ不安だ」
「なっ…バカにしないでよ!お粥くらい、私でも作れるよ!」
無神経な椿の発言に女としてのプライドに傷を付けられ、榎はつい声を大きくした。
榎の迫力に椿は「わりぃ」と心なく謝り、「つーか、単に暇なだけだよ。寝ている柊のことくらい、天使一人で充分だろ」と言った。
「……なら、いいよ」
そう言うと、椿と榎はキッチンへと消えて行った。楸は「ちょ待てよぉ」と、某芸能人のモノマネをして引き止めようとするが、二人は気付かずに行ってしまった。
榎の部屋は、柊の寝ているリビングとキッチンが、一枚の戸で仕切られている。その扉が閉まっている今、楸は向こうの二人の様子が分からない。
「まずは、どうしよっか?」
「柊が食うんだから、やっぱ寸胴か?」
「病人なんだから、そんなに食べないでしょ。それに家にそんな大きな鍋はありません」
と仲良く作業する椿と榎のことも、楸は声でしか分からない。
椿の声は相変わらず低くて不機嫌そうだが、榎ちゃんは楽しそうだ。
そんなことを思いながら、楸は持参しているアメを舐めている。
楸は、寝ている柊のことを見ている役を与えられたが、柊は静かに寝ているだけなので、実質やる事はない。
やる事が無くて退屈していた楸は、柊がモゾッと動いたのを見た時、あることが頭をよぎった。
――これって、榎ちゃんが毎晩寝ているベッド、だよね…
それに気付くと、楸は生唾を飲んだ。
――今は柊が寝ていて価値が急落しているとはいえ、普段は榎ちゃんが…
楸はキッチンの方を見て、耳を澄ます。キッチンでは、玉子がどうしたとか、火加減がどうしたとか言っている。それを確認した楸は、二人が戻って来た時にすぐ戻れるように細心の注意を払いながら、ベッドに近付く。
榎のベッドの匂いを嗅ぎたい衝動に駆られた楸は、ベッドの上に手をつき、そぉ~っと顔を近付ける。
鼻がベッドに近付いた時、もう一度生唾を飲んだ。
しかし、目的を達する直前、手首を掴まれた。
「うわっ」と声を出すのをなんとか堪え、自分の手首を握った手を見る。
それは、柊の白い手だった。その手が、手首から手の平へと移る。
「ごめんね、榎ちゃん」
柊は、目を開けず、ゆっくりとした口調で言った。
――びっくりしたぁ。てかもしかして、俺と榎ちゃんを勘違いしてる?
楸はそう察し、黙って話を聞くことにした。
「アタシも、楽しみにしてたんだけど、結局、迷惑掛けちゃった。また今度、遊ぼうね」
――てか、男の手を女の子の手と間違うか?フツー
楸は心の中で柊をバカにした。
そして、声は出せないので、空いているもう片方の手で、柊の頭を優しく撫でた。
「ありがと」
――どういたしまして
榎は、出来上がったお粥をお盆に乗せて持った。そして、戸を少し開け、部屋の中の様子を察し、すぐに閉じた。
「なにやってんだよ?」
榎の後ろから、椿は声を掛ける。
「しーっ」
榎は人差し指を口に当て、椿を黙らせる。椿が口だけで「は?」と言うので、榎はお盆を傍らに置き、椿を手招きで呼んだ。
そして、二人で部屋の中をこっそり覗く。
「なんか、二人がイイ雰囲気なの。柊さん、手握ってる」
榎が言うと、椿も目を凝らして見た。
「うわっ、マジだ」と若干引きながら驚く椿。
「やっぱさ、あの二人仲イイよね?悪口言ったり、暴力振るったりしてるけど、あれも仲イイからだよ」と嬉しそうな榎。
「…………あれ?」
――なんか忘れてる気が……何だったか…?
椿は何かが引っかかったが、どうせ下らないことだろうと、考えるのを止めた。
榎はしばらく嬉しそうな顔で見ていたが、椿の関心は薄かった。
「つーか、早く入ろうぜ。お粥も冷めんぞ」
椿が小声で言うと、「そだね」と榎も了承した。
いきなり入って雰囲気をブチ壊してしまっても良い、椿はそう思うが、榎は違う。わざとらしくゴホンと咳をして「入るよ」と声を掛けてから、少し間を開けて戸を開けた。
部屋に入ると、楸はチョコレートのパッケージを真剣に見ていた。
後日、榎の作った たまご粥の効果か、風邪薬の効果か、柊は回復した。
そして、また後日。
「ホンットォにありがと、榎ちゃん!」と榎に頭を下げている柊の呼び掛けで、あの時のメンバーが公園に集められていた。といっても、椿はまだ来ていない。
「ううん。でも、良かった。柊さんが元気になって」
榎が言うと、「俺と椿も看病したよ」と二人から少し離れた位置に居る楸が手を上げた。
「ハッ。アンタらなんて、どうせただ居ただけだろ」
榎の時と百八十度違う態度で、柊が言う。
そんな柊に、榎は余計な事を耳打ちする。
「でも柊さん、寝ている時に楸さんの手 握ってたよ」
「ハ?」
いくら意識が朦朧としていたとは言え、柊はその時のことを断片的にだが覚えている。
――たしか、あれは榎ちゃんだと…。だって榎ちゃんの香りしたし…
そう思いたかったが、手を握った相手の顔を、良く見ていなかったことに気付いた。
「きっと、楸さんの優しさが効いたんだね」と笑顔の榎。
榎のその一言がとどめとなり、柊の顔が一気に赤くなった。恥ずかしさが極限に達した柊は、「ぎゃー!」という悲鳴と共に、楸のことを殴り飛ばした。
「おっ。今日はちゃんと俺が最後だな。つーか、柊も元気になったみたいだな」
「そうね……。元気過ぎ…」
自分の足元まで飛んできた楸が気絶したのを見届け、椿は榎と柊の方へ行く。
榎の家の描写に関して、曖昧すぎることを謝罪します。
榎の家は、玄関を入ってすぐキッチンがあり、そのキッチンを通り過ぎると
六畳一間の部屋があります。風呂とトイレは別です。
椿は、遊びの約束では、わざと遅れていきます。ヒーローは遅れてくるから、というバカな理由です。ですが、予定が明確ではない等の不確定要素が多い場合、彼の行動は早くなります。




