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天使に願いを (仮)  作者: タロ
(仮)
23/105

番外編 十六夜の部屋

アホな話となっています。


     椿


 今日は、天使の仕事が早く終わった。手を抜いたワケでは無く、ただ単に簡単な仕事を、優秀な俺がテキパキとこなしたからだ。今日は天使だけでは無くカイもいた。俺を含めたこの三人の面子で、仕事が早く終わることは珍しい。つーか、今日はいない榎や柊がいたところで、仕事が早く終わる事は珍しい。つまり、珍しい。

 珍しいからと言っても、ただ仕事が早く終わっただけで、祝うようなことではない。だから、天使が「祝勝会する?」と提案しても、すぐに却下した。つーか、別に何かに勝利したワケでは無いのに祝勝も何もないものだ。

「じゃあ、どうする?このまま解散って時間でもなくない?」天使が言った。

「どっかでメシって時間でもねぇしな」

 カイの言う通り、今の時刻は四時前という中途半端な時間で、三時のおやつのタイミングを逃してしまっている。おやつを食べるのに細かい時間は気にしないが、それでもタイミングは悪い。夕飯の時間にしては早過ぎる。

 別にこのまま解散してもいいような気はするが、解散しそうな雰囲気でもない。何かしたいのか、天使もカイも考え込んでいる。

「あっ、そういえば」

 俺は得に考える気は無かったのだが、あることを思い出した。

「どうした?椿」

 顔を上げた天使が訊く。カイも俺のことを見ている。

「いや、十六夜に用があったのを思い出した」

「十六夜ぉ?」と、明らかに嫌そうな顔をするカイ。

 マイペースで適当な発言ばかりする十六夜は、短気なカイと相性が悪い。初対面時よりも仲良くなってはいるが、それでも会えば、十六夜はカイを怒らせる。

「十六夜に何の用があるの?」

 十六夜に苦手意識を持たない天使が訊いた。

「ゲームのコントローラーの修理を頼んでてな、そろそろ出来る頃だから取りに来て、って連絡があったんだよ」

「あいつにンな事出来んのかよ?」とカイは、信じられないといった面持ちだ。

「意外にも出来るんだよ。つーか、十六夜は気分さえ乗れば大概のことは出来る、って自分で言ってた」

 俺がそう言うと、カイは「ぜってぇ嘘だ」と訝しそうな顔をした。

「でも、いんじゃない?どうせ他にやることないし、十六夜 面白いし」

「……まぁ、いいか」

 天使が言うと、しぶしぶと言った感じでカイも納得した。

「つーか、俺の用事だからお前らは来なくても良い」とは言わない。

 俺たちは、十六夜の家に向かった。



 十六夜の家に着くと、十六夜の母親が出迎えてくれた。

 今日は十六夜を外に連れ出すつもりで来たワケじゃないと正直に言っても、怒る事も落ち込む事もなく、俺達を快く迎え入れてくれた。

 十六夜の部屋の前まで来ると、部屋の扉に何か掛けられていることに気付いた。

「『この橋、渡るべからず』って、橋何処だよ?」

 掛け札を読んだカイは、怒りをぶつける様に掛け札を扉に叩き付けた。その衝撃で裏っ返った掛け札には、『ハシってのは端っこって意味で、真ん中を渡ればいいんだよ』とトンチの答えが書いてあった。

「だから橋は何処だよ?」

 裏側も読んだカイは、怒りで声を荒げた。

「だから気にすんなって言ってんだろ」俺はカイをなだめ、ドアをノックした。「おい、俺だ」と、鍵の掛かった部屋の中に居る十六夜に声を掛ける。

「いや、怪しい。外からはカイ君の声がした。椿君のはずが無い」

 部屋の中から疑う声が聞こえた。

「だから、カイや天使と一緒に俺も来てるんだよ」

「あらら~の~ら?楸君の声は聞こえないけど…?」

 十六夜がそう言うと、俺の後ろに居る天使が、「俺もいるよ」と声を掛けた。

「お~や?楸君の声。ってことは………どういうこと?」

「しらねぇよ!さっさと開けろ!」

「まぁまぁ、椿君。そうカリカリしない。ちょっと落ち着こうよ」

「だったら鍵開けろよ。部屋入ってから落ち着くから」

「あ、鍵閉まってたんだ」十六夜の驚くような声の後、すぐに鍵が開き、扉も開いた。「びっくらしたよ。な~んで入ってこないんでしょ~おねって」

 悪びれる素振りもなく、十六夜は笑っていた。

 俺たちは呆れながら部屋に入るが、カイだけは怒っていて、十六夜の腹肉をつねった。

 痛がる十六夜を無視し、「だから暗ぇって」とカイはカーテンに手を掛ける。

「待って!」

 十六夜が止めるので、カイは数センチ開けただけで手を止めた。

「なんだよ?」と訝しそうな目つきのカイ。

「ぼ、僕の…ヴァンパイアの血…がぁ」

 そう言うと、十六夜は首を抑えて苦しみ出し、わざとらしく咳き込む。

「……だから、お前は純度百パーの人間だって」

 俺がそう言っても、十六夜はまだ苦しんでいる。いつもなら、これでケロッと笑いだすはずなのに。おかしいと思って見ていると、十六夜は苦しそうに語りだした。

「僕もそう信じてたんだけど、良く考えたら僕、トマトケチャップなら食べられるんだ」

「誰だって食えるわ」とカイ。

「でもさ、生のトマトやトマトジュースはダメなんだよ」

「だったら、尚更ヴァンパイアじゃないんじゃ?」と天使。

「でもさ、そっちの方が逆にリアルじゃない?トマトじゃダ~メよって方が。それに僕、指に出来たさかむけを抜いた時に血が出ると、ひゃはーってなるもん。限界まで絞って血を出したくなる。それがドーム状に大きくなって、それが崩れた瞬間と言ったら…ひゃあ~!」

 意味の分からないことに興奮し、恍惚して呆ける十六夜を無視し、俺たち三人は顔を見合わせる。言葉を交わすことなく「十六夜はヴァンパイアじゃない」という当然の答えを出した。

「どうだ?」

 カーテンを全開にしたカイは、意地悪そうに十六夜に訊いた。

 しかし、十六夜は少し目を細めるだけで、苦しまない。それが当然なのだが、カイは呆気に取られている。

「ひゃは~。今日はいい天気だ。ついでに空気も入れ換えようよ」

 十六夜は、そうカイに命令する。

「お前…ヴァンパイアの血は?」

「いや~良く考えたらさ、僕がヴァンパイアだったら、十字キー見て卒倒するよねってハナシ」

 そう言って、十六夜は笑った。

 カイは怒りの表情で窓を全開にし、十六夜の腹肉をつねり上げる。

「いたたたたぁ!引き千切れる。それか引き千切られる」

「一緒だろうがぁ!」

 仲良くじゃれ合うカイと十六夜を尻目に、俺と天使は戸棚の中から見つけたポテトチップスの袋を勝手に開け、食べる。



 カイの怒りも一旦収まり、全員座った。

 自分はヴァンパイアではなく人間だと気付いた十六夜は、「何か飲む?」と訊いて、俺達の返答を待つことなく部屋を出て行った。

 少しして戻ってきた十六夜は、お盆に四つのコップと飲むヨーグルトを乗せて来た。

「なんでよりによって飲むヨーグルト?」

 いち早く気付いた天使が、十六夜につっこんだ。その天使のつっこみで気付いたカイの表情は、みるみる強張っていく。

「あれ、前に言わなかったっけ?僕ってプリンよりヨーグルト派だって」

「聞いたわ!てか、ヨーグルト派はテメェだけだし、だとしても飲み物として飲むヨーグルト出すかフツー?」

「…………盲点だね」

 十六夜のその一言に、カイはキレた。即座に反応した天使は、カイを抑えつける。

「離せ、楸!」と、羽交い締めにされたカイは暴れる。

「ダ~メ。てか、今なんかしたら危ないでしょ」と天使。

「そうそう。僕、盆ひっくり返すよ。覆水盆に返らずってね」と十六夜。ひっくり返さないように、お盆を床に置いた。

「それ使い方あってるのか?」と俺。

「あってるんじゃない?盆って付くくらいだし」と十六夜。

「適当だな」と俺。

「もういいよね?」と天使。

 天使が言うや否や、カイが解き放たれた。

「い~ざ~よぉ~!」

「きゃーーー」

 わざとらしい高音で怯える十六夜の腹肉を、カイは引き千切ろうとしている。そんな様子を見ながら、俺と天使は飲むヨーグルトを飲んだ。

「これ意外とイケるな」と俺は、意外な発見をした気分だ。

「普通のヨーグルトをただかき混ぜてもこうはならないよね?」

「いや、かき混ぜねぇし。普通に食うよ」

「うっそ!イチゴジャムとか入れてさ、こうぐじゃぐじゃにかき混ぜない?それをスプーン使わないで、一気に流し込むの」

 そう言いながら、天使はエアーでやって見せてくれた。しかし、俺はそれを見ず、床に散らかっている一冊の雑誌に眼を落した。

「テメェ、適当な事ばっか言いやがって!」とカイ。

「そんなこと無いざ~んす。僕から真面目を取ったら、何かしか残らないよ」と十六夜。

「ちょっと椿、ちゃんと見てよ」と天使。

「っせぇよお前ら!」



 全員、特にカイがカルシウム不足だということで、みんな大人しく座って飲むヨーグルトを飲んでいる。先ほど俺も思ったのだが、飲んでみると意外に美味しく、カイも「結構美味いじゃねぇかよ」と笑って十六夜の腹肉を摘まんでいる。

「だ~から言ったじゃない。てか、痛いよ」

 十六夜がそう言うと、カイは手を離した。しかし、今度は天使が手を出す。

「でも、柔らかくて気持ちいいよ。なんか面白い」

 天使は、カイと違って力入れてつねらず、突く様に触っている。

 俺とカイは筋肉質、天使はヒョロヒョロだから、天使にとって十六夜の体型は物珍しいようだ。言った通り、面白そうな顔で十六夜の腹肉を触っている。

 十六夜は、カイの時と違って無言だが、満更でもない顔をしている。そして、勝ち誇った笑みを浮かべ、カイを見た。それが、カイの神経を逆撫でしたらしい。カイは、また十六夜の腹肉をつねった。

「つーかお前ら、何してんだ?」

 男二人が寄って集って、男の腹肉を摘まんでいる。その異様且つ気持ち悪い光景を、俺は見せられている。

「椿君、この辺なら空いてるよ」

 十六夜が言った。

 しかし、迷惑でしかない親切で示してくれた場所も、すぐにカイにつねられ、埋まった。

 俺は、呆れたまま、「俺のコントローラーはどうなった?」と本題を切り出した。

 俺が訊くと、ここに来た目的を思い出したようで、天使とカイは十六夜の腹から手を離した。二人も、十六夜の顔を見ている。

「あぁ、あれ?直ったよ」

「サンキュー」

 俺が礼を言うのとほぼ同時に、カイが「マジかよ…」と驚いていた。

「スゴイな十六夜」と天使も感心している。

「うん、まぁね。……嘘だけど」

 十六夜が、最後に何かをボソッと付け足した。

「「「…は?」」」

「は?」

「いや、お前は『は?』じゃないだろ!」と俺。

「お前、今なんつったよ、おい!」と、早くも十六夜の腹肉をつねるカイ。

「痛い痛い!繰り返しますから、ちょっとタンマ。T、T」十六夜が必死にそう言うと、カイは手を離した。そして、改めて「うん、まぁね。……嘘だけど」と繰り返した。その顔は、反省など微塵も感じさせず、シレッとしている。

「ホントに繰り返してんじゃねぇよ!」

 カイが声を荒げる。

 本当に怒りたいのは俺なのだが、カイがあぁも怒っていると、気が引けてしまう。だから怒りはせず、「結局、どっちなんだ?」と溜め息交じりに訊く。

「うん。嘘ってのがホント」

「わかりにくいんだよ!」とカイ。

「だ~から~、まだ修理は終わってましぇん」

 十六夜は開き直った。

 カイは尚も怒って、十六夜の腹肉を引っ張っているが、俺は気にしない。なんとなく予想は出来ていたし、十六夜に過度な期待はしていない。

 だから、俺は怒らない。怒らないが、怒りたくなる。怒りを鎮める為に、コップの中の飲むヨーグルトを飲み干した。

 カルシウムが効くといいが…。



 コントローラーの修理が終わってないとなると、ここに用はない。理由もないままこの部屋に居たら、俺の胃に穴が空きかねない。

 日頃から健康に気を遣っている俺は、帰ろうと思い、腰を浮かした。

「まぁ折角来たんだし、もう少しゆっくりしていってよ」俺の動きに気付いた十六夜に呼び止められた。俺は浮かした腰を下ろす。「そうそう。これで帰ったら、ここにアタイのお腹の肉を摘まみに来ただけになるよ」

「俺は一回も触れてもいねぇ」

「じゃあ、カイ君が」

「何で俺だけだよ!」

 カイが怒ると、悪ノリした天使が「聞き捨てならねぇな。そぃじゃあ、おいらがやったとでも、あ、言いんすか?」と芝居がかった口調で言った。

 十六夜の言動には我慢できるが、天使のは我慢できない。

 俺は無言で天使の後頭部を引っ叩く。

「ったいなぁ!」

「っせぇんだよ、お前は」

「楸さんだってボケたいんだよ、たまには!」

「いっつもボケてんだろ」

 俺と天使の言い合いがヒートアップしてきた。すると、そこで突然「でぃやぁ~ん!」と十六夜が謎の奇声を上げた。

「「「……………」」」

「てことで…」

「「「じゃねぇだろ!何だ今の!」」」

 俺たち三人は、声を揃えて十六夜につっこんだ。しかし、のれんに腕押しと言った感じで、十六夜は全く気にしていない。俺達のつっこみを無視して、勝手に喋り続ける。

「三人寄れば文殊の知恵。じゃあ、四人寄れば…?はい、椿君」

「……………」

「そう、恋バナ」

「なんも言ってねぇよ!」

 俺は言うが、これも無視される。

「それじゃあ、エンジン全開でいこうぜぇ!俺のヒップでホップなこのビート。水平線の向こうまで、フルスロットルは止まらないぃやっはぁぅ!」

 十六夜のテンションは勝手に暴走し、俺たちは取り残された。地平線までどころか、スタートラインすら越えられない。

 結局、ただ四人いるからという理由 (?)と、一切の苦情を受け付けない十六夜の独断で、恋バナをすることになった。



「行くぜ ベイベー」

 十六夜は、何処からか取り出したサングラスを掛け、天使から貰った棒付きのアメを煙草に見立てて咥えた。十六夜にしか見えないバイクが、俺達の前にはあるらしい。

 しかし、二~三度スロットルを捻る真似をしただけで飽きたらしい。アメは咥えたままだが、サングラスを取って、いつもの緩い口調に戻った。

「じゃあ、まずは軽いジャブ的なアレのアレで、フェチの話しでもしちゃう?キャハッ」

 それでぶりっ子のようなポーズの一つでもすればただ殴るだけで済む。だが、十六夜は、言いながらTVゲームを起動させた。

「どっちだよ?ゲームすんのか?」

 俺は訊いた。

「いや~ゲームでもしながらの方がイイかなって。だってほら、シラフのままじゃ…ねぇ?」

「このゲームでどう酔いが回るんだよ」

 俺は呆れて言う。

 恋愛ゲームだったら、そこから話題を拾えるかもしれない。だが、十六夜がつけたゲームはバリバリの格闘ゲームだ。筋骨隆々の男たちが、路上で闘うヤツ。

「俺コッチ」

 天使が2Pのコントローラーをいち早く取った。やる気満々だ。

 十六夜は1Pを持ち、フェチ話そっちのけで第一ラウンドが始まった。

「ねぇ。俺のヤツ 腕伸びるだけ?なんか他ないの?」と天使。

「出来るよ。下、斜め左下、左で十字キーを動かしてパンチボタン押して。炎吐けるよ」と十六夜。

「下、斜め左下、左でパンチ?出ないよ」と天使。ただのパンチ。

「出るよ。こう一気にやれば…」と十六夜。波動拳。

「すっげぇ!」

 天使は目を輝かせるが、波動拳をモロに食らった。

 その後、天使の使用キャラは通常攻撃を繰り返し、たまにマグレで必殺技を出す。が、単発のヨガファイヤーが当たったとしても、それだけでは十六夜には勝てない。

 二本先取のバトルで、天使はストレート負けした。

「さて、じゃあまずは、カイ君いく?」

「なんでだよ!」

 ゲームをしていないカイが指名された。まぁ、ゲームをしても話の内容が盛り上がるワケでもないし、ゲームをしたこと自体、十六夜のいつもの気まぐれだろう。いくらカイが十六夜の腹肉をつねって抗議しても無意味だと、俺は静かに悟った。

 ちなみに、「フェチ話は内面以外のことで」と十六夜の指定が出た。

 どうでもいいが、こんな話、テンポ良くやってさっさと終わらせよう。



 カイのフェチ。

「カイはアレだろ?貧乳」と俺。

「そんな…僕のお腹は遊びだったの…?」とショック十六夜。

「気持ちワリィんだよ!」とカイ。十六夜を蹴る。

「で、どうなの?貧乳」と天使。

「お前ら最低だな。てかアレだぞ、俺は別に貧乳が好きなワケじゃねぇ。ただ、細身の人が好きなだけだ」と頬を赤く染めるカイ。

「なるほど。好きになった相手が、偶然胸まで削り落としたかのように細い奴だっただけってことね」と確かに最低な天使。

 何を想像したのか、カイは真っ赤になったまま黙ってしまった。



 十六夜のフェチ。

「僕?僕はイイよ」と手を振る十六夜。

「じゃ、次」と俺。

「ちょ、ちょっと待ってよ。嘘ぴょんじゃない。僕はね、チャイナ服が好き」と十六夜。

「それフェチじゃねぇだろ!」と、いつの間にか元に戻ったカイ。

「それで前、榎ちゃんに…」と納得の天使。



 天使のフェチ。

「特にないかな。俺は内面を見ているから。……まぁしいて言うなら、うなじかな?」と天使。

「がっつりあんじゃねぇか」と俺。

「うな~じ?ってどこだっけ?」と首をかしげる十六夜。

「ここだよ」と、十六夜の首根っこを強く掴むカイ。



 俺のフェチ。

「フェチねぇ……脇、かな?腕を上げた時の、この胸の横とか」と俺。

「なんかエロッ」と引くカイ。

「卑猥だわ」と脇を閉める十六夜。

「こんのド変態」と蔑む天使。

「なんで俺だけそんな感じだよ!ぶっ飛ばすぞ!」と俺。

 フェチ話終了。



 しかし、フェチ話が終了した直後、「じゃあ今度は好きな仕草、行ってみよぉ!」と十六夜が言い出した。てことで、まだこの下らない会話が続くワケだから、もっとテンポを上げていこう。

「美味しそうにご飯をいっぱい食べる」とカイ。

「チャイナ服でしゃがむ」と十六夜。

「髪を縛る」と天使。

「髪を縛る」と俺。

 俺と天使は被ってしまった。互いに嫌そうに相手を見たまま「椿が言うとエロいから変えてよ」「っせぇな、お前が変えろよ。つーか別にエロくはないだろ」と互いに譲らず、有耶無耶のままこの話題を終わらせた。



「じゃあ、次は恋愛経験でも話す?」

 飽きもせず、十六夜が言った。

「もういいだろ。つーか、この中にまともな恋愛経験あるヤツがいるとは思えねぇんだけど」

 俺が言うと、カイも天使も黙った。

 カイは、過去は知らないが、今は柊のことが好きなはずだ。だが、カイはそれすらも言わない。たぶん、いや、絶対恥ずかしがっているからだろう。耳まで真っ赤に染まっている。

 天使は、良く分からん。カイのように照れているワケではないが、何か言うつもりもないらしい。

 もちろん、と言うと泣けて来るが、俺もない。

 だから、この話は始まりもせず終わるはずなのだが、「なっさけないなぁ。何も無いなんて恥ずかしいよ」と十六夜が言った。

「じゃあお前あんのか?」

 挑発するような口調で、カイが言った。

 俺の知っている限り、十六夜にもそういう浮ついた話は無いはずなのだが、十六夜は「うん。あるよ」と言った。そして、俺達が目を丸くして驚いていると、「嘘だけどね」と付け足した。

「嘘かよ」とカイ。

「うん。でも聞いてよ」

「いや、聞く価値無いだろ」

 俺は言ったが、十六夜は「まぁ聞いて」と言って引かない。

「あれは、いつだったか……たしか、早朝」

「時期じゃなく時間なんだ」と天使。

「ある日の朝、遅刻ギリギリで僕が学校へ急いでいると、曲がり角でパンをくわえた女のコとぶつかったんだ」

「ベタだな。つーか、早朝っつっといてギリギリなんだな」と俺。

「で、僕 言ったのよ。『大丈夫?朝食がクロワッサンってオシャレだね』って」

「いや、そこ食パンでいいだろ」とカイ。

「で、女の子もクロワッサンがボロボロこぼれて大変だって言うから、僕は、じゃあ牛乳に付けて食べると良いよ、って教えてあげたんだ」

「……で?」と俺。

「そしたら、そうですね、って女の子が。でも、そもそも走りながらクロワッサン食べたらむせるから止めるべきだと僕は思うけど…」

「……これ、話の終着点どこ?」

 天使が危惧した通り、この話にはオチが無かった。

 十六夜のエンドレスに感じさせる嘘話は、クロワッサンの子が両親を殺した宿敵だったという所で、カイが強制終了させた。もっと早くても良かったと思う。



 帰り際、十六夜に呼び止められ、コントローラーを手渡された。さっき天使が使った2Pのコントローラーは、俺が修理を頼んだコントローラーだったらしい。なぜ嘘をついたのか尋ねると、「嘘じゃないよ。だって、あの時はまだ最終確認の前だったから。プロは中途半端な仕事が出来なくて」とのことだ。

 果てしない疲労を感じ、俺は礼を言うついでに十六夜の腹肉をつねった。


四人は、たまに集まって遊ぶようになりました。


十六夜の部屋の掛け札は、椿が来るたびに変わります。

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