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天使に願いを (仮)  作者: タロ
(仮)
22/105

第十話 天使を含めた男四人で

時間の流れとか、そういうのは言いっこなしでお願いします。


     楸 Ⅰ


 五十嵐さんの部屋、正確に言うと五十嵐さんに割り当てられた開発室で、俺は今、ドラマを見ている。

 五十嵐さんの部屋は、生活感の溢れ方が尋常ではない。だから俺は、近所のおじさんの家に遊びに来ている気分だ。遊びに来た部屋で、ソファーに座ってポテチを食べながら、ハードディスクに録画しているドラマを見ている。部屋の主、五十嵐さんも俺の隣でポテチを食べながら一緒にドラマを鑑賞中。

「てか、何で五十嵐さん、石けんの良い匂いするんですか?」

 ドラマがCMに入って、リモコンを持つ五十嵐さんが早送りをする気も無さそうなので、暇つぶしに気になっていたことを訊いた。

「あ?ああ。今朝な、眠かったせいで手元がおぼつかなくて薬品をこぼしちまってな。ついでだし、風呂にでも入ってすっきりすっかなって思ってよ」

「ああ、それで白衣も新品なんですか」

 五十嵐さんはいつも白衣を着ているのだが、今 着ている白衣は、いつもの薄汚れてくたびれたヤツではなく、綺麗でピシッとしている。

「久々のおニューだ」

 五十嵐さんが嬉しそうに襟を持った。

 それにしても、薬品ってこぼしていいのだろうか?そして、こぼして白衣がダメになったのだとしたら、シャワー程度の処置でいいのだろうか?

 不思議に思い五十嵐さんを見ていたが、当の本人は気にするそぶりも無い。具合が悪いとかも言っていないから大丈夫だろう。

 CMが明けたので、ドラマに集中した。



 ドラマを見ていたらケータイに着信があった。着信音から察するにメールが来たようだ。

 一応今日は出勤日になっている。朝は上司の高橋さんの部屋に顔も出した。顔を出して、すぐに五十嵐さんの部屋に来てドラマを見ているワケなのだけど。

 もしかしたら、仕事のことで何かあったのかもしれない。急な呼び出しなんてことは無いだろうけど、一応仕事用のケータイの着信だから、要件は仕事関連だろう。まぁ、たまに榎ちゃんから遊びの誘いも入るけど。

 とにかく、後で確認することにして、今はドラマに集中した。



「いや~、アケミはこの後どうなるんでしょうね?」

「どうだろうな?ただ、手を上げちまった以上、もう後には引けねぇぞ」

 ドラマが終わって、五十嵐さんと感想、今後の展開の予想を話し合った。

 存分に語り合った後、ケータイを取り出した。

「てゆうか、楸よぉ。上映中はマナーモードが常識だろうが」

 やはり着信音には気付いていたようで、五十嵐さんから注意を受けた。

「すいません。でも、別に映画館じゃないし、常識云々言うなら、仕事中に職場でドラマ観賞しているだけで既に非常識でしょ」

「ひひっ。言いやがる」

 そう言うと、五十嵐さんは煙草に火を付けた。それにつられるように、俺は浴衣の袖口から棒付きのアメを取り出し、口に入れる。

 それ以上 五十嵐さんは何も言ってこないようなので、俺はメールの内容を確認した。

「えっと、なになに…おっ!」

 メールの送り主は、椿だった。椿からメールが来ることは珍しかったので、何かあったのではと身構えてしまう。

 しかし、メールの内容はシンプルで、『仕事しないのか?』の一文だけだった。

 相棒のまさかの勤勉さに戸惑いながら、何か心境に変化でもあったのではと不安に感じ『何で?』とメールを返した。

 ポテチを食べながら待つこと数分、メールが返ってきた。

 バレないように、五十嵐さんの白衣の裾で手の脂をぬぐい取り、ケータイを手に取った。しかし、五十嵐さんにはバレていた。仕返しに、ポテチを持った手でケータイの画面を触られた。

 仕方が無いので、自分の浴衣の袖で画面を拭いた。

『別に。俺はただ仕事しないのかと思って。つーか、カイが仕事はしないのかってうるさくてよ』

 綺麗にした画面には、そう書かれていた。

――何でカイが?

 一瞬そう思ったが、たしか椿が一緒の大学の学生だったと驚いていたことを、榎ちゃんに教えてもらったことを思い出した。カイの思惑とはさしずめ、俺達天使の仕事に単純に興味を持ったか、仕事をしていれば意中の柊に会えると思ったのか、そのどちらかだろう。それか、そのどちらもだろう。

 カイとは知らない仲ではないが、天使の仕事についてペラペラ喋っていいのか、そもそもマジで柊のどこに魅力を感じるのか等、様々な疑問があった。

 柊の魅力に関しては本人に直接確認すればいいとして、仕事については上司の高橋さんの確認と了承を得ないといけないので、とりあえず、高橋さんの部屋に戻ることにした。

「じゃ、俺は仕事行きます」

「おう。またなん…ごほぁっ!」

 俺が挨拶すると、五十嵐さんはポテチの袋に口を付けて、残りカスを吸っていた。カスが変な所に入ったのか、むせながら、手だけ上げていた。



 高橋さんの部屋に戻ると、高橋さんは来客用のソファーで寝ていた。俺を含めてだが、誰も仕事をしていないことに呆れつつ、高橋さんを起こすことにした。

「たっかはしさ~ん」

 小声で呼び掛け、頬を軽く叩いた。

 これだけでは起きないと思ったが、「うるせぇよ」と高橋さんは起き上がり、俺にデコピンした。

「何すんですか!」

 おでこを押さえながら、苦情を言った。

「くくっ。一発は一発だ。それに、俺の神聖な眠りを妨げやがってよぉ」

 そう言うと、高橋さんはあくびした。首筋をなでている。

 俺は目だけで抗議を続けたが、あっさりといなされ、「で、何か用か?」と訊かれた。

「俺の眠りを妨げるだけの用事なんだろうな?」

 高橋さんは立ち上がり、戸棚に向かった。

 何をするのかと思い見ていると、高橋さんはコーヒーを淹れだした。と言っても、インスタントなのだが。

 コーヒーの準備をする高橋さんに、本題からは逸れることは自覚した上で、「何でコーヒーなんですか?」と訊いた。「たしか、最近はシジミの味噌汁飲んでましたよね」

 電気ポットがお湯を沸かすのを待っている高橋さんは、苦い顔になった。

「それがよぉ、肝臓にいいからって飲んでたんだが、雛罌粟のヤツ、今度は塩分の採り過ぎだって怒りやがんだ。ったく自分で勧めといてよぉ、あの腐れ女。自分の発言には責任を持ってほしいな」

 医学に疎い俺でも分かる身勝手な理由で、高橋さんは不機嫌になっていた。

 もしかしたら、さっき寝ていたのも不貞寝かもしれない。



 高橋さんは、俺の分のコーヒーも淹れてくれていた。二人分のコーヒーを持って、高橋さんは来客用ソファーに腰掛ける。

 コーヒーを淹れてくれたことは嬉しいのだが、地味な嫌がらせに気付いた。

「これってブラックですよね?」

「くくっ。それが白く見えるかよ」

 俺は苦いのは苦手だと知っているはずなのに、高橋さんはブラックのコーヒーを入れ、ミルクも砂糖も持って来てくれない。

 仕方ないので自分でコーヒーを持って戸棚に行き、ミルクと多めの砂糖を投入し、席に戻った。

「で、要件は何だ?」

 ソファーに座ると、間髪入れずに、高橋さんに質問された。

「あ、はい。カイのことなんですけど…」

「あの腐れ小僧か。また何かやらかしたのか?」

「いえ。ただ、天使の仕事に興味を持ったらしく、その辺の事情っていうか、俺達天使のことを教えても大丈夫なのかなって確認しに来たんです」

 高橋さんはカップを置き、少し考え出した。

「そうだな…。あまり他言されるのはよろしくないが、あいつなら問題ないだろ」

「あいつなら? それってどういう意味ですか?」

「いやな、事後処理も兼ねてあいつの事を観察してたんだがよぉ、どうやらあいつ、友人がいないっぽいんだよ。だから、天使について他言したくても、話す相手がいない」

 高橋さんが可笑しそうに話す。

「だから、問題ない?」

「おう。俺が思うに、たぶんそれがあいつの力の副作用なのかもな」高橋さんの話が長くなりそうなので、余計なちゃちゃは入れず、コーヒーを飲みながら、黙って聞くことにした。「あの嬢ちゃんと似通っているが、たぶん間違いない。脚への多大な負担を除けば、あいつの副作用もまた、孤独だ。短気は損気とでも言うのか、力のことも相俟って、あいつは余計なことにもすぐ手を出す傾向がある。いじめとか泣いている人とか、そういうのは見ていてあいつがイライラするらしい。だが、そうやってすぐに手を上げると、敵は増えるが、しかし、理解者がいなかったら味方はいない。それで、運悪くとでも言えばいいのか、ずっと一人だ。お前らが嫌じゃないなら、あいつも仲間に加えたらどうだ?」

 そう言うと、高橋さんは最後に「くくっ」と笑った。

 どうやら、カイに事情を話しても問題ないということらしい。俺としてもカイは嫌いじゃないし、むしろ面白いヤツだと思う。別に、相棒を取られそうだとかっていうジェラシーも無い。だから、「じゃ、カイも仕事仲間にしちゃいますよ?」と高橋さんに確認した。

「おう。しちゃえ」

 高橋さんの言葉に、俺は頷いた。

 高橋さんの了承も得た所で、椿に『じゃあ、今から仕事する?』とメールを打った。

 コーヒーを飲んで待っていると、『そんじゃあ、いつもの公園で待ってる』と椿からメールが返ってきた。

「それじゃあ高橋さん、今度こそ仕事に行ってきます。コーヒーご馳走様でした」

「おう。気ぃ付けてな」

 コーヒーカップをそのままにして、俺は部屋を出た。


     椿


 天使にメールを送った後、カイと一緒に公園に来た。

 いつも待ち合わせには喫茶店を使うが、今日は仕事をするという明確な目的を持って会うワケだから、いちいち喫茶店に行かなくてもいいだろう。

 俺はベンチに座って、どこから来るのか分からない天使を、たぶん可能性の高い空を見上げながら、待っている。

「なぁ、仕事って何すんだ?」

 カイに訊かれた。

 カイはベンチに座って待とうとはせず、立ったまま、時折ストレッチやモモ上げジャンプ、スクワットなどをしている。正直、鬱陶しい。

「うずうずしているトコ水を差して悪いが、身体動かすとは決まってないからな」

 質問には答えず、そう言うと、カイは顔をしかめた。

「はあ?じゃあ何すんだよ?カウンセリングか?」

 カイは嫌そうに舌を出す。

「そうじゃないけど、毎回バトル展開にはならないって言ってんだよ。つーか、お前の時みたいケースは特殊なんだ」

 天使の仕事に関して俺はカイよりも先輩になるので、知ったような口でも何でもきける。

「なんだよ…。ま、俺としてはバトルじゃなくてもいいぜ。てか、バトルで思い出したんだけどよぉ、俺のナイフ お前らに没収されたままなんだけど…」

 カイがバトル展開じゃなくてもいいと言ったので、俺はのんびり天使を待つことにした。

「無視すんな!」



 散々喚いていたヤツが、急に静かになった。どうしたのかと思って見てみると、顔を薄っすら赤くして「あのよぉ…柊さんも、来るのか?」と訊いてきた。

 たしかカイは柊が好きだったな、とどうでもいいことを思い出した。俺には分からないし、天使にも分からない、つーか誰にも分からないんじゃないかって思うような柊の魅力が、カイには分かるらしい。

 だからか、カイは顔を赤くしてソワソワし出した。

 忙しいヤツだな、とのんびり天使を待っている俺は呆れたが、カイの質問を無視することはしない。

「柊は、来ないんじゃないか」

「何でぇ?」

 俺が答えると、掴みかかってくるんじゃないかってくらいの勢いで、カイが言った。

「前にも言っただろ、あいつはいつも一緒にいないって。つーか、いない時のほうが多いくらいなんだよ」

「なんだぁ…つまんね」

 肩を落として落ち込むカイが可哀そうになった。別に面白い展開を期待してではなく、純粋な親切心から、「でも呼んだら来っかもな。呼ぼうか?」とケータイを取り出し、カイに訊いてみた。

 すると、カイが今度は慌て出した。

「いやっ、ちょっと待て!今日は、その…心の準備ってもんもあっし。あ、でも、別に呼ぶんだったら呼んでもいいって言うか、そりゃ会いたいけど…」

 十分に面白いモノが見れたので、満足した俺はケータイをしまった。

 無様に慌てふためいていたカイは、その後もしばらく一人で葛藤していた。



 バカはほっといてのんびりと待っていたら、「やあ」と手を上げて、天使が来た。

「ねぇ椿。カイはどうしちゃったの?」

 俺達の側に来ると、開口一番、天使は悶えているバカが気になったらしい。

「気にすんな。バカの発情期だ」

「へぇ~、そう」

 天使が不思議そうに見ていると、カイは天使の存在に気付いた。

「よお、楸!一人で来やがったのか」

 カイの妙に高いテンションにたじろぐ天使は、手を上げて答える。

「うん。……もしかして、柊も連れてきた方が良かった?」

「バッ、バカ言うなよ!んなこと期待してねぇよ」

 その後も、「仕事ってのは男がやるもんだ」とか、「でも、ムサい男だけってのも花がねぇよな」とか、カイは勝手に喋っていた。

「そういえば榎ちゃんは?」

 カイに触発されたのか、天使が辺りをキョロキョロと見渡した。

「ああ。榎なら今日はバイトだ。さっきメールしたら、今日は忙しいとよ」

 そう言うと、見るからに天使は落ち込んだ。

「うっわぁ~、今日は一段とヤル気出ないな。このメンバーで仕事?」

「っせぇよ。つーか、お前ら何だ?多感なお年頃か?」



 天使のヤル気云々はどうでも良く、折角集まったのだから仕事をする。つーか、仕事するって言って集まったのに、色恋沙汰が原因で仕事が出来ないなんて、そんなことが許されていいのだろうか?いや、良くない。最近覚えた文法の技術らしいモノを早速実践してみる俺の勤勉さをこいつらにも見習わせたい。

 兎にも角にも、仕事する。

「はいはい、やりゃいいんでしょ」

 元々天使の仕事はこいつのモノだというのに、天使はヤル気なさげに浴衣の袖口から人形を取り出した。

「じゃららっじゃら~ん、こ~れ~」

 何かのモノマネらしいダミ声で、天使は『天使を呼べ!叫べ!お前の気持ちをさらけ出しちゃいなよ、君 四号』を取り出した。名前コレで合ってたかな?

「なんだそれ?てか、楸もなんだそれ?なんかのモノマネか?」

 新人カイは、天使に疑問をぶつけた。新人らしい反応だが、いちいち面倒だ。

「これはね、天使の助けを必要としてくれる人間を捜してくれる人形ってトコ。てか椿もだけどさ、ホントに分かんないの?」

 天使はざっくりと人形の説明をした後、俺の方を見て訊いた。

「は?そのダミ声のモノマネか?知らん」

「うわぁ~、ジェネレーションギャップだわぁ」

 そう言って天を仰いだ天使は、なぜか俺達の事を見下すような、眉根を寄せた苦い顔をした。

「っせぇな。つーか、早くやれよ」

「はいはい」

「ん?やるって何をだ?」

 カイが興味津津に覗き込むので、新人に場所を譲ろうと、俺は少し離れた。

 天使は人形を地面に座らせて置き、起動方法であるデコピンを人形にかました。

 デコピンされた人形は倒れ、不屈の精神で起き上がると、大きく伸びをした。いつもならここで何らかの反応を示すはずなのだが、辺りをキョロキョロ見渡すと、また倒れてしまった。

「なんだこれ?おっもしれぇ!」と倒れた人形を持ち上げ、カイはいじくり回している。

「おい、どうしたんだ?コイツ。 二度寝か?」

 人形の不調を察した俺は、天使に訊いた。

「いや、たぶん設定したエリア内に天使の助けを必要とするような 困っている人がいないだけじゃないかな。探索範囲が狭過ぎたのかも」

 天使が答えた。

「だったら、エリアを広くしてもっかいやってみろよ」と俺が言うと、「命令されるのは好きじゃないなぁ」と愚痴りながら、天使は探索範囲を広くする為、カイから人形を返してもらい、人形の首を回した。

 これで仕事がみつかるはず、そう思ったのだが、起動させた人形は先ほどと全く同じ動作をして、寝てしまった。

「おい、職務放棄か?」

「焦るなって、椿。たぶん、もう少し広くすれば…」そう言いながら、天使はまた人形の首をひねる。「しかし平和だな。こんなに平和だったら俺たち天使もやることないし、あのおじさんも顔の焼き方忘れるんじゃない?」

「どのおじさんだよ」

「てか何?仕事は?」

 そろそろカイがしびれを切らして来たので、天使はすぐに人形を起動させた。

 今度こそ、その願いが通じたらしく、大きく伸びをした後に辺りをキョロキョロ見渡した人形は、ピンク色に変わった。ピンクに変色した人形は、顎に手を当てて小首を傾げ、悩むような仕草をする。

「おい、ピンクになったぞ!」

 興奮したカイが、俺の肩をバシバシ叩く。

「ってぇな!」

「え~っと…ピンク色は、愛情の証だったかな」

 天使が人形を摘まみ上げ、思い出すように言った。

「恋愛系?」とカイのテンションが上がる。「俺の恋の参考にしちゃえる系?」

「しゃーっ、行くぞテメェら!」

 行く先も何も知らない新人が、意気揚々と先陣を切った。

 俺と天使は人形が指し示す、カイとは逆の方向に歩き出した。

「ちょっと待て コラ!」

 そのままどっかに行って迷子にでもなれば面白かったのに、カイはすぐに俺達の進む方向へと引き返してきた。



 人形に導かれるままに移動している最中、ひょっとしたらカイの恋の悩みを解決するっていう仕事でも良かったんじゃないかってことに気付いた。

 俺と同じことに気付いたかどうかは定かでないが、怪訝そうな顔をした天使は、カイの横に並び「ねぇ、柊のどこがいいの?」と訊ねた。

 面白いことに、カイは耳まで真っ赤にした。

「まず、顔だろ」

 カイは照れながら答えた。

「マジ、顔?」

 天使は理解に苦しむといった表情だ。

「おお。美人で、きりっとしてて凛々しい感じするし、自分の意思を強く持ってるって感じするし…なんかいいじゃん」

「自分の意思って言うか、あいつは自己チューだぞ。気に食わないことがあると殴ってくるし」

「でさ、あの細い身体」

「あ、殴ってくるのはスルー?」

「なんかこう、抱きしめたら折れちまうような、包みこみたくなる感じ?」一際顔を赤くし、抱きしめる仕草をしたカイが気持ち悪く、俺と天使は若干距離を取った。「それにさ、あんま話も出来なかったけど、柊さん優しいだろ」

「どこが?もっと話してみなよ。全然優しくないから」

「俺にはわかんだよ。ぜってぇ柊さんは優しい」

 色恋話に混ざる気が無い俺は、ただ聞いているだけでよかったのだが、ふとあることに気付いた。

「つーか、歳の差はいいのか?」

 前に人間と天使の種族違いの恋だと教えてやっても、「俺の天使」と恍惚とした反応をみせたカイに、今度はかなりの歳の差恋愛だということを気付かせることにした。

「ああ見えて柊は百年以上生きてるはずだぞ。いいのか?」

「関係ない。むしろ俺、ガキよりも年上の方が良い」

 カイが親指を立てて言った。キメ顔が腹立つ。

「一世紀以上でもかよ…」と俺が呆れていると、天使が指折りしていた。

「ねぇ、そうなると、俺も榎ちゃんが好きってことは、半端ないロリコンってこと?」

 両手合わせてたった十本の指でどういう計算をしたのか知らないが、天使が慌てだした。

「そうなんじゃね?」

「……ま、いっか。俺、ハートは若いし」と天使は、あっけらかんと言った。

「そうだぜ。年齢なんて関係ねぇよ」

「だなっ」

 一世紀以上の歳の差をものともしない天使とカイは、肩を組んで高笑いした。

 笑い合う二人の後ろで、なんでか、俺はすごく帰りたくなった。



 途中離脱することなく歩いていると、良く知る風景になった。ここは俺の街だから良く知っているのは当たり前なのだが、それでも、何度も通ったことのある道だということに気付いた。

 俺が割と良く通る道。あいつに会う為に通る道。

 もしかしたらと嫌な予感がしたのだが、嫌な予感ほど良く当たるというのは何故だろう。

「おっ、ここだ」

 ある民家の前に来た所で、俺達を導くと言う役目を果たした人形は寝た。天使は「おつかれ」と労いの言葉を掛け、人形をしまう。

「立派な家だな、おい」

 カイが家の全景を見渡し、感想を漏らした。

「さて、どうする? やっぱしここは、俺が姿を消して中の様子を見て来る?」

 天使がこれからの動き方について訊いてきた。

「んな面倒なことしなくていいよ」

 天使は何か作戦でも立てようとしているのかもしれないが、今回は必要ないと俺は思う。思うというか、わかる。

「何で?」

 天使が首をかしげた。考える気もないくせに「何でだよ、椿」とカイも言ってきた。

「何でもクソも、今回の仕事の内容に察しがつくからだよ」

 俺はかぶっていたニット帽をクイッと上げると、インターフォンを押した。

「ちょ、椿!」

 無策のままに飛び込もうとする俺を止めようと、天使が俺の肩を掴んで来た。が、俺は「まぁ落ち着けって。俺に任せろ」と天使の手を振り払う。

 インターフォンを押してから少しして、この家の住人が出てきた。

「はぁ~い。…あら、椿君」

「こんちわ」

 出て来たおばさんに、俺は軽く会釈する。天使とカイは何も言わず、俺の後ろでただ黙って成り行きを見守っていた。

「あいつ、居ます?」

 俺が訊くと、おばさんは困った表情になる、そして、先ほど人形がとっていたような、顎に手を当てたポーズになった。やはり、人形はこの人の想いをキャッチしていたのだ。母親として、愛する我が子のことを悩んでいる気持ちを。

「居るわよ。今度はひと月近くも家から出てないの」おばさんは、言った。

「マジッすか?今回は長めっすね」

「そうなのよ」

「あの、丁度あいつに用もあったんで、もし可能だったら外に出してみますよ」

「そう?じゃ、お願いするわ」

「はい」

 家に上がる許可も得た所で、「おい、行くぞ」と天使たちに声をかけた。二人の事はおばさんには簡単に、「友達っす」と説明した。

 俺は何度かこの家に来ているので、俺達が玄関に入ってすぐ、案内が不要と察したおばさんは、「ゆっくりしていってね」と言って、いなくなった。

 用のある部屋は、この家の二階にある。

 その部屋に行く途中、状況が飲み込めていない天使に声を掛けられた。

「なぁ、椿。どういうこと?」

 質問はその一言だけだった。

 だが、俺は一言だけの質問に丁寧に答える。

「ここはな、俺の古くからの友達の家だ。だから、俺は何回か来ているし、今回の仕事についても察しがついた。人形は、さっきのおばさんの悩みをキャッチしたんだ」

「どういうこと?」と天使が俺に訊く。その傍ら、カイは「そんなら俺の恋愛の参考にはならないな…」と嘆いていた。

 カイの気持ちの切り替えには付き合わず、天使の質問に答える。

「まぁ簡単に言うと、今回の仕事は『今から会うヤツを外に連れ出すこと』ってとこだろう」

「おい、ちょっと待てよ。引きこもりとかってヤツなら、たとえダチでも素人が手を出すべきじゃねぇだろ」

 気持ちを切り替えたカイが、不安そうに言った。

 カイの言う事も分かる。ひきこもりの抱える問題については、専門家だとしても難しいと聞いた事がある。でも…。

「大丈夫だよ。別に引きこもりじゃねぇ。ただ、ちょっと外出嫌いなだけだ」

「…どう違うんだ?」

「会えば分かる。つーか先に言っとくけどな、今から会うヤツに対してキレんなよ」

 特に心配なカイを指差して言った。

「なんでだよ」と理解できない注意を受けたカイは、表情を歪ませる。

「別に悪いヤツじゃねぇけど、変わったヤツだ。マイペースっつーか…うん。だから、いちいち腹立てんな。疲れるのはコッチだ」

 そうやって注意事項を述べた所で、問題の部屋の前まで来た。

「ん?『しゃがめ』?」部屋の扉に掛けられている木製の札を、天使が読んだ。「しゃがまないと何か不味いのか?」

「いや、気にすんな。あいつ お手製の札ってだけで、意味は無い」そう教えて、俺はドアをノックする。「よお、俺だ」

 そう声を掛けると、部屋の中から「おや、椿君の声。ホントかね?」と声が返ってきた。

「ホントだよ」

「いや、疑わしい。暗号を言え!」

「知らねぇよ。つーか早く開けろ」

「オッケー」

 疑うような強い口調から一転、明るい声が返ってきた。

 いつものように無駄なやり取りをした後、ガチャッと部屋の鍵が開いた。

「つーか、今日は榎がいなくて良かった…」

「なんで?」

 俺の呟きに気付いた天使が言った。

「いや、こいつは、榎の教育に悪い」

「お父さんかっ」

 天使のツッコミは無視して、ドアノブに手を掛けた。



 鍵の開いたドアを開け、部屋に入った。

 相変わらず物が散乱している、カーテンを閉め切っているのに電気を付けていない薄暗い部屋の中に、男が一人、笑顔で座っている。

「やぁ、久しぶり?」

「疑問形にすんな。ふた月ぶりだ」

「あ、もうそんな経つ?」

 上下揃いのジャージを着た、ちょっとポッチャリした男が、この部屋の主だ。

「んだよ、暗ぇな。カーテンぐらい開けろよ」

 部屋に入ったカイが、不愉快そうにカーテンに手を掛けた。

 カーテンの隙間から、光が部屋へと入る。

「ぐわぁ、止めて!」

 男が顔を覆い、苦しみ出した。

「なんだ、ヤバかったのか?」

 途中までカーテンを開けたカイは、男の反応に驚いて手を止めた。

「僕の中の…ヴァンパイアの血がぁ…」

「……大丈夫だよ。お前は純度百パーセントで人間だ」

 俺がそう言うと、男は顔から手を離し、ケロッした表情で「なんだ、道理で」と笑いだした。

「だったらカーテン開けちゃって。ついでに窓も開けてよ。空気が悪いと健康に良くないでしょ」

「はぁ?」とカイは眉間に皺を作る。

「だから気にすんなって」

 怒り出しそうなカイを、すんでのところで止めた。

 カイは怒りを鎮め、しぶしぶと言った感じで男の言う通りに窓を開けた。

「いやぁ~、新鮮な空気だねぇ。こうやって新鮮な空気を浴びないと、人間も腐るよね」

 男は、大きく深呼吸をした。それを見たカイは、額に青筋を立てて今にも怒りそうだった。事前に注意したのに、たいして意味は無かったらしい。



 物や雑誌などで散らかった部屋で、どうすればいいのかと立ち往生している天使たちに、男は「適当にびゃーってやって座ってよ」と言った。びゃーという表現がイマイチ分からないが、各々適当に物をどかし、座った。

「で、キミたちは誰なの?」

 男が訊いた。

「ああ、コイツらは俺の友達だよ」

 俺が自己紹介するように視線を送ると、「楸です」「梅花皮」と名乗った。

「なるほど、なるほど」

 と男は神妙な顔で頷いた。

 そのまま何も言い出す気配もなかったので、「お前も名乗れよ」と俺が指摘すると、男は「…だと思った」と笑った。

「僕の名前はね、十六夜って言うんだ。漢数字の十六に夜って書いて『いざよ』。だからそのまま『いざよい』って呼んでもいいし、『いざや』って呼んでもいいよ」

 十六夜は笑顔で自己紹介し、一人一人と握手した。何故か初対面ではない俺とまで。

 全員と握手を交わした後、「う~ん」と唸りながら、十六夜は何かを考えだした。

「どうした?」

 俺が訊くと、十六夜は「いや、彼の名前が気になって」とカイのことを指差した。

「珍しい名前だよね、『かいらぎ』って。ちょっと気にならない?関心が高まらない?」

 そう言うと、十六夜は何かを探すように、散らかった床を這った。

「どうしたの?」

 天使が訊いた。

「いやね、国語辞書はいずこに行ったのよってね」

 どうやら十六夜は国語辞典を探しているらしい。それを手伝うため、散らかった部屋を全員で捜索した。カイが名前の由来を話せば済むことなのだが、そのカイも「ちっ、面倒くせぇな」と散らかった床を探していた。

「楸君って言ったよね」

「ん?うん」

 本棚を見ている天使に、十六夜は顔を上げて声掛けた。

「辞書だからって本棚にあったら苦労しないよ」と言うその声には、呆れが滲んでいた。「もっと視野を広げて探してほしいな」

「いやでも…あったよ」

 そう言った天使の手には、確かに国語辞典が握られていた。

「わぁお!楸君って苦労知らずだね」と十六夜は、万歳した

「…誉められてる気がしないんだけど」

 天使が顔をしかめる。

「でもさ、出来れば電子辞書がいいな。紙の辞書は面倒じゃない?」

「あの…それも本棚にあったよ」

「わぁお!楸君って邪眼だね」

 納得いかないといった顔で、天使は十六夜に電子辞書を手渡した。

「ねぇ。あれって誉められたの?」

 天使が俺の横に来て、口に手をあてこっそり訊いてきた。

「ああ。たぶん、最上級の賛辞だと思う」

 俺が答えても、天使はまだ納得していない。

 そんな空気を気にも留めず、十六夜は「あった!」と声を上げた。

「ワ~ッツ…?サメの背中の皮?またはその皮で装飾された刀?ひゃはっ。カッコイイね」

 そう言うと、十六夜はキラキラした目線をカイに送った。

「おっ…おお、まぁな」

 カッコイイと言われ、カイもまんざらではなさそうに応える。

「でも呼び辛いね。カイ君でいい?」

「…おお」

 こうして、早くもマイペースな十六夜のペースに呑まれていった



 仕事のことについて切り出すタイミングを計っていたら、十六夜が口を開いた。

「そういえば、さっきから気になってたんだけど…」と天使を指差して言う。「ミスター楸君さ、悪いんだけどこの部屋は禁煙なのよね。火事とかブルブルだし」

 十六夜は自分の肩を抱いて震えだした。

「あ、これアメだよ」

 天使は棒付きのアメを口から出し、それを十六夜に見せた。

「あれま、ホントだ。道理で煙も出てないはずだよ」と驚く十六夜は、すぐに顔を戻し、「まぁ、煙草でも構わないけどね。禁煙ってのも嘘だし」と屈託なく笑った。

「あぁ、そう…」

 反応の仕方に困った天使は、一言だけ呟くように言って、アメを口に戻した。

「それじゃあ、楸君だけアメちゃん舐めてたらフェアじゃないね」とワケの分からない公平さを求め出した十六夜は、「お菓子でも出そうか」と言って、手をパンパンッと叩いた。

 全員の視線が、十六夜に集まる。

 しかし、何も出ない。

 天使とカイが頭の上にハテナマークを浮かべていると、「やっぱ無理か」と十六夜が落胆した。「やっぱり指パッチンの方がいい?」と言って指を鳴らそうとするも、音が出ない。悔しそうに自分の手を見つめ、「もういいよ。自分で出すから」と十六夜は怒った。

 十六夜は、戸棚の中からスナック菓子を取り出し、俺達の前に広げる。

「ささっ、たんとおあがり」

 十六夜が笑顔で勧めた。

 十六夜の奇行を訝りながら、天使たちはスナック菓子に手を伸ばす。

 スナック菓子を食べていると、十六夜がキョロキョロ辺りを気にし始めた。

「今度はどうした?」

 俺は訊いた。

「今日、ひーちゃんは?」

 十六夜が言うと、カイが「ひ、ひーちゃんだぁ?」と怒気を帯びた声を出した。

「落ち着けバカ」俺はすぐさまカイに言う。「柊のことじゃない。榎のことだ」

 そもそも、十六夜と柊は面識が無い。

「じゃあ、俺はイイよね?」天使が俺に確認するように言うと、先ほどのカイのマネをして「ひーちゃんだぁ?」と怒った。

「っせぇよ!」

 俺達のやり取りを、そもそもの原因を作った十六夜は「ひゃっひゃっひゃ」と手を叩いて笑っていた。

 面倒になってきたので、ふざけて怒っている天使のことは頭をバシッと一回叩いて済ませ、「榎は、今日はバイトだ」と十六夜に答えた。

 俺が答えると、十六夜は「なんだ…」とだけ言って納得した。

 これでこの話は終わりだと思ったら、「でもさ、ひーちゃん可愛くなったよね」と十六夜が言い出した。「昔は不思議っ子だってしか思わなかったけどさ、今はチャイナドレスとか着たら可愛いよね」

 十六夜の意味不明は話を聞き流していたら、天使が「椿、確かに榎ちゃん居なくて良かったかも」と嫌そうな顔で耳打ちしてきた。

「だろ」

「そんなことより、椿っちぃ~」

 勝手に話題をコロコロ変え続ける十六夜が、そんなことよりと言ってまた話題を変える。

「変な呼び方すんな」

 無駄だとは分かっていても、俺は一応注意した。

「サイコロが揃わないんだよ。僕の計算だと、三個のサイコロをいっぺんに振って一の目が揃う確率は、216分の1なんだよね。でもさ、もう五百回近く投げてるのに、全然揃わないんだ」

 そう言った十六夜の前には、たしかに不揃いのサイコロが三つ転がっていた。

「どんだけ無駄な時間過ごしてんだ、こいつ」

 カイが言った。

 会ってすぐ、十六夜が自分に合わない人間だとでも悟ったのか、十六夜に苦手意識でも感じているのか、会話に混ざらず床に落ちていた雑誌を興味もなさそうにペラペラめくっていたカイは、雑誌を閉じ、おもむろにサイコロを振った。

 すると、偶然にも一発で一の目が揃った。

「ひゃっはー!スゴイよ、カイ君。216分の1を一回で出すなんて、運命捻じ曲げまくりだよ。宝くじ買いなよ」

 カイの出したしょうもない奇跡に十六夜は感動し、カイの肩を揺すって喜んだ。

「お…おう!」

 自分のやったことに驚いていたカイは、またまんざらでもないように笑う。



 そろそろ仕事の話に入ろう。つーか、話題があっちこっち行くから疲れる。

「でよぉ…」

 俺がそう話を切り出そうとしたら、「そいやぁよぉ」とカイに遮られた。またしても、仕事の話に入れない。

「椿と十六夜はどういう仲なんだ?」

 カイが訊いた。

 俺は答えようと思ったのだが、十六夜が昔を思い出そうと頭を抱えたので、俺は引き下がる。

「え~っと…高校くらいから?」

 十六夜が言った。

「ちげぇよ」俺はすぐに訂正する。「小学生からだ」

 やはり十六夜に任せてはいけなかった、と反省する。

「あれっ、そうだっけ?あでも、中、高って同じ部活だったよね」

「そういう記憶があんなら、なんで高校からって思ったんだよ」

 俺が呆れていると、十六夜は「思い出すなぁ」としみじみ言う。「椿君が部長で僕が副部長、ひーちゃんは…なんだっけ?」

「マネージャーだよ」

「ああ、そうだった!」

 と、十六夜は手を叩いた。

「帰宅部のくせに、役職は揃ってるな…」天使がそう言うと、「帰宅部の話かよ」とカイが呆れた顔を見せた。

 運動部だとでも勘違いしていたのか、カイが非難するような目で見てくる。しかし、自分の部活に誇りを持っている俺は気にしない。気にしないっつーか、帰宅部の何がいけないんだと帰宅部員として正式に抗議をしたいくらいだ。

「まぁな。ちなみに、十六夜は十年に一人の逸材とまで言われてたんだぞ」

 俺が言うと、「えっへん」と口に出して、十六夜は胸を張った。

 それを、天使とカイは呆れて見ていた。

「ん?」そこで俺と榎、十六夜の共通点に気付いた天使が「じゃあさ、十六夜も椿達みたいな〝力″持ってるの?」と訊いた。

「ああ~、もしかして巷で噂のアレ?たしか椿君やひーちゃんも持ってるんだよね?」

「あ、俺もあるぞ」

 とカイが手を上げた。

「ひゃー。僕の周りはにぎやカーニバルだねぇ」

 十六夜が驚いて言う。

「で、どうなの?」

 天使がもう一度訊く。

 今 話に出た通り、俺と榎、ついでに言うならカイも同じような〝力″を持っている。それぞれ力の質は違うが、根っこは同じはずだ。だから、天使は俺の友達で、明らかに変り者の十六夜にも力があるのではないかと疑い、十六夜に訊ねた。

 俺も十六夜の力の有無については聞いたことが無かったので、興味を持ち、十六夜の答えを待つ。

「うん、持ってるよ」

 十六夜が平然として言った。

「マジ?」「やっぱり」「お前もかよ…」とそれぞれ反応は違うが、俺たちは三人とも驚いた。

 まさか十六夜にも、そう思っていると、「うん…嘘だけどね」と十六夜が笑った。

「「「は…?」」」

 一瞬で百八十度変わった回答に、俺たちはついて行けずに言葉を失う。

「いや、椿君が持っているのはスゴォいって思ったし、ひーちゃんも力を持っているって聞いて不思議っ子言動にも納得したよ。でも、僕は力を出そうとどんなに踏ん張っても、別の物しか出ないんだよね。ヨーグルト好きだから、お通じも良くて」

 そう言うと、十六夜は「ひゃっひゃっひゃ」と笑った。

「……結局、どっちなの?」

 十六夜が適当な事ばかり言うので、天使が結論を求めた。

「プリンよりヨーグルト派」

 十六夜が真剣な表情になって答えた。

「そっちじゃねぇよ!」俺はつっこむ。「力の有無についてだ」

「ああ、そっち?だから、僕は力なんて持ってないよ」

「本当か?」

 俺が念を押して訊くと「本当だよ」と十六夜は言う。「こんなことで嘘ついてどうするの?」

「いや、嘘ついたじゃねぇかよ」

 俺がそう怒ると、十六夜は「かもね」と笑った。

 カイに注意しといてアレだが、俺がキレそうになった。

 グッと拳を抑える。



 十六夜のペースで会話をしていたら胃に穴が開きそうなので、俺はもう仕事の話に入りたかった。

「でよぉ…」

 俺がそう話を切り出そうとしたら、「それでさぁ」と天使に遮られた。

「いい加減にしろよ!」

 ついに俺は声を荒げる。

「どうした?椿」

 そんな俺に一瞬驚いた天使が、落ち着いた対応をした。

「さっさと仕事の話に入れよ!無駄話ばっかしやがって!」

「だから、今からその話に入ろうとしたんじゃない」天使がさも当り前といった感じで言う。「それなのに、椿がキレてどうすんの?」

 天使にそう言われ、「……おあぁ…」と頷き、俺は黙った。

 俺は急に居心地悪く感じ、床に転がるサイコロを手にした。

「へっ。結局椿がキレんのな」とカイが意地悪く笑った。

 俺は、一の目を揃えることに没頭する。



「ん?仕事?」

 十六夜が訊いた。

 俺達がここに来た理由も聞かず、よく今まで平気だったな、と俺は呆れた。サイコロは揃わない。

 サイコロを振り続けている俺に代わり、天使が、十六夜に仕事のことについて話をする。

「ああ。俺はちょっとボランティアみたいな、人助け的な事を仕事にしてて、椿にも俺の仕事を手伝ってもらってるの。で、今日ここに来たのも一応仕事ってことなんだけど…」

 と、最後、天使は言葉を濁した。

 俺のことを見ているからたぶん、仕事の内容が『十六夜を外に連れ出すこと』で合っているのか気にしているのだろう。

 仕方が無いので、俺は手を動かしたまま、「お前のおふくろさんがな、心配してたんだよ。息子がひと月も家にこもってるってな」と言った。サイコロは全く揃わない。

「あらまぁ」

 十六夜が他人事のように驚く。

「で、そのおふくろさんに頼まれて、お前を外出させるってのが、今日の俺達の仕事だ」

 俺は言った。おしい、二つ揃った。

 十六夜は、そこで初めて自分に関わる問題だと気付いたらしく、自分のことを指差したまま、俺達の顔を見る。

 天使とカイは頷く。俺はサイコロを振る。が、揃わない。

 十六夜は、仕事だという天使の言葉を信じ 納得したらしく、「なるほどね。じゃ、頑張ろう」と両手を胸の前で握った。

 引きこもっているヤツを外に出そうとしている俺たちに、その引きこもっているヤツが「頑張ろう」と励ますという妙な展開に、天使とカイは戸惑った。俺も、四の目が揃った不吉さに戸惑った。

 戸惑いながらも仕事を進めようとする天使は、「そもそも、何で外出が嫌いなの?」と訊いた。

「おっ、原因の追及か?仕事っぽいな」

 カイも身を乗り出す。

 俺も、揃わないサイコロを放り捨て、仕事の方に気持ちを向ける。

 天使の質問に、「う~ん」と唸りながら考えている十六夜は、「しいて言うなら、外にはイイことが無いからかな…」と答えた。

「イイことが無いぃ?」

 カイが首をかしげる。

「うん」

 十六夜は、笑顔で頷く。

 当然、その程度の答えで天使たちは納得できるはずもないので、俺は十六夜の足りな過ぎる説明を補足する。

「たしか、何回か年下に絡まれてカツアゲされたり、いきなり因縁つけられて殴られたりしたんだっけか?」

 俺が確認するように十六夜を見ると、「うん、そうそう」と頷いた。

 そこで、カイが「はぁ?」と怒気を帯びた顔になる。「ってこたぁ、なんだ…そいつらをぶっ飛ばしゃあいいのか?」

 そう言うと、カイは拳の骨をバキバキと鳴らす。

 これだから短気のバカは困る。そう思って注意しようとしたら、俺よりも先に十六夜が声を発した。

「いやいや、そんな物騒なことしなくてイイよ」

 十六夜は手の平を高速で振って、カイの提案を断った。

「ぁんでだよ!」

 と、カイは食い下がる。

「復讐みたいなことは良くないし、やるなら僕がやるよ」十六夜のそのまさかの強気発言に、俺たちは驚いた。しかし、「僕の計算だと、二段ジャンプさえできればあんなヤツ等、けちょんけちょんだよ」とのバカ発言に、俺たちは安心して呆れる。

 二段ジャンプを夢見るバカは、「そういえば、ヤツら 言ってたよ」と続ける。

「何て?」天使が訊いた。

「なんかね、僕がムカつくほどニクイ男なんだってさ」

「いや、ニクイの意味が違うと思うよ。きっと憎らしいほどいい男って意味じゃない」

 そうやって、辛いはずの経験をケロッと言う十六夜を心配するように、天使が言う。

 しかし、十六夜は気にせずに「…だと思った 」と笑った。

 笑いを絶やさない十六夜の態度に、もしかしたら無理しているのでは、と感じた天使とカイは口を閉ざした。

 それに気付いているのか、恐らくは気付いていないのだろうが、「それにさ」となおも笑顔の十六夜は続ける。

「今は外に出なくても大概の物は手に入れられるし、お金だって稼げるよ」

「……どうやって?」

 天使が訊いた。

 天使に訊かれ、十六夜は「ふっふっふ」と不敵に笑い、強気の表情を浮かべる。

「今の時代、パソコンと努力と根気とアイディアと冷静と情熱の間と運と周りの理解と、その他諸々あれば何とかなるもんだよ」

「結構必要だな、おい。それに周りの理解って、お前の母ちゃん心配してたぞ」

 カイが呆れて言う。

「そうね。一か月近くも外に出てなかったってのには、さすがに僕もびっくらこいたよ」

 びっくらこいたと言うわりに、十六夜は平然としていた。

 十六夜は、精神的な傷を負って引きこもっているワケではない。辛い経験をして心に傷を負ったかもしれないが、それでも外出を全くしないワケでもない。本当に、外に出るとロクなことが無いからという理由だけで外出を拒んでいるだけなのだ。だから、もう一押しで、十六夜を外に連れ出し、仕事を完遂できると思う。思うのだが、当の十六夜は「でもなぁ…外出る理由もないなぁ」と渋っている。

 何かもう一押し、そう考えていたら、「あ、そうだ!」と悩んでいた十六夜は、急に物が散らかった床を漁りだした。

 何をしているのか分からないが黙って見守っていると、十六夜は「これこれ」とカメラを手にした。見たところ、インスタントのカメラだ。

「これ、写らないんです」十六夜が、カメラを俺たちに向けて言う。「フィルムが無くて」

 俺は、十六夜からカメラを受け取り、中を開いた。

 フィルムの残数とかではなく、フィルム自体が無い。

「買いに行こっかな。今日の日記に記念の写真貼りたいし」

「何でだ?日記に写真だったら、ケータイとかでいいんじゃねえのか?どうせブログとかってヤツなんだろ?」

 カイが顔をしかめて言う。

「違うよ、カイ君」すかさず十六夜が言う。「日記は日記帳に。そもそも僕、ブログの意味分かんないし。僕の思い出を綴った日記は、僕だけの物だよ」

 不貞腐れたように、十六夜は下唇をニュイっと出した。

 その理屈にカイは納得したのか、それ以上は何も言わなかった。

「それに、なにかに理由付けてでも外出ないと。親に心配かけてられないし」

 その事に気付くのも今更だとは思うが、余計な水は差さない。

 どうやら本当に外出することを決めたらしく、十六夜は重い腰を上げた。そして立ち上がると、「そういえば、みんなも付いて来てくれるの?」と俺達の顔色を窺った。

 俺たちは顔を見合わせる。

「もちろん」

 天使が言った。

 俺もカイも、異存ない。

「じゃ、安心だ」

 十六夜は笑った。



 十六夜の部屋を出て階段を下り、玄関で靴を履いていると、十六夜の母親が驚いた顔をして「どっか行くの?」と座って靴ひもを結ぶ息子の背中に訊いた。

「うん。ちょっとそこまで」

 十六夜は答え、そそくさと出ていく。

「……ありがとうね、みんな」

 十六夜の母親に礼を言われ、俺は黙って会釈し、天使は微笑を浮かべて「どういたしまして」と応えた。カイは、何も言わずに頭を掻きながら出て行った。



 インスタントカメラならコンビニにでも置いてある。だから、最寄りのコンビニに行ってインスタントカメラを買い、十六夜の家に戻れば、それで万事解決。なのだが…。

「あでも、このカメラで撮っても、出来上がるのは随分後だね」

 と、カメラを買ってコンビニを出た所で、十六夜が気付いた。

「だったらどうしたいんだ?」

 買ったばかりのピザまんを一口食べ、俺は訊いた。

 十六夜は、おでんの大根をシャムシャムと食べながら、考え出した。

 コンビニの前で俺はピザまん、天使はあんまん、カイはカレーまんを食べながら、十六夜の次の言葉を待つ。

「あ、そうだ」

 と十六夜は大根を置いた。

 やっと考えがまとまったようなので、俺たちは十六夜に注目する。

「プリクラを撮ろう」

 人差し指を立て、真剣な顔をして十六夜は言った。

 何を言い出すかと思ったらプリクラぁ? と俺たちはのけ反る。

「なんでそうなるの?」と不服そうな天使。

「頭おかしいんじゃね?」と今更なカイ。

「つーか、男同士でプリクラとかキモすぎんだろ」と俺。

 しかし、俺達の非難の声、非難の視線、俺の小突き、どれにも動じない十六夜は「いいじゃん」と笑う。

「なにもいくねぇよ」

 俺はもう一度小突く。

「でもさ椿君、考えてごらんなさぁい」気品さも色気の欠片もない十六夜が艶めかしく言うのがイラッと来るが、俺は堪える。「どうせプリの経験なんて無いんでしょ。そんなんじゃ、いつかイイ人とプリる時、恥かいちゃうんじゃないのかしら?」

 我慢できず、十六夜の頭を平手で叩いた。

「そんな理由で誰が行くかよ。さっさと帰んぞ」

 そう言い、俺は十六夜の家へと歩き出した。

 しかし、誰も付いて来ない。

「お前、イイ事言うな!」とカイ。「俺もいつか柊さんと…」とごにょごにょ言っている。

「お前、イイ事言うな!」と天使。「俺は榎ちゃんと」とニヤついて言う。

「僕イイ事言うでしょ!」と十六夜。「じゃあ、俺様について来ーい!」と拳を上げた。

 各々のゴミを捨て、俺以外のバカ共は、意気揚々とゲーセンへと向かった。

「…お約束みたいなボケしやがって……カッ!」

 俺も後を追う。



 ゲーセンへの道中、俺と天使の前を、カイと十六夜は並んで歩いていた。

「でよぉ、プリクラってたしか写真のシールだろ?どうやって作んだ?」カイが言った。

「さぁ?僕もやったこと無いから分かんない」

「はぁ!……まぁ、いいか。これで俺が覚えれば、柊さんとの時はリードできる」

「楽しみだね」

 カイと十六夜が喋っている。

 最初こそどうなるかと不安もあったが、この短時間で、思いの外 打ち解けたようだ。

 そんな二人も気になるのだが、隣を歩く天使が妙に大人しいことの方が気がかりで、俺は天使の顔を盗み見た。

 天使はどこかむすっとしていて、不機嫌そうだ。こころなしか、唇が曲がっている。

 さっきまでは、榎とプリクラ撮るとかはしゃいでいたくせに、変なヤツだ。

 不思議がって見ていたら、天使と目が合った。

「なに?」

 天使が訊いた。

 声から察するに、怒っているとか言うワケではないらしい。が、それで天使の気持ちを察することも出来ないので、「別に」とだけ答える。

「仲良さそうだね」

 天使が言った。

「そうだな」

 前を歩く二人のことなのだろうが、果たして一体全体、こいつは何が言いたいのだろうか?

 天使の気持ちは分からないが、このままにしてはおけない。

「お前が何考えてるか知らねぇが、仕事の時ぐらいしっかりしろよ。つーか、主人公の相棒が腑抜てたらハナシになんねぇだろ」

 俺は言った。

 すると、天使の顔が徐々に明るくなった。

「そうだな。楸さんは椿の相棒だから、俺がしっかりしないと椿が更にカッコ悪くなるな」

 天使が何で機嫌を直したのか、何で嬉しそうに笑うのか、理解できない。

 とりあえず、俺は天使の尻を蹴った。



 ゲーセンに着いた。

 男が四人、プリクラ目的でゲーセンに来ることは普通なのだろうか?

 プリクラは本来、俺の嫌いな女子高生をメインターゲットとした女子向けの物で、男だけで利用するものではない気がする。だから、俺は今の俺達の状況は異様なのではないか、その疑念が払拭できないでいる。

 だが、俺以外の三人は気にするそぶりもなく、四人の集団で固まったまま、ゲーセンを色々と物色している。

 俺は、「ま、いっか」というポジティブな思考を持ち、現状に無理矢理納得した。



 プリクラを撮りに来たと言っても、その目的に一直線では無いので、UFOキャッチャーの周辺をうろうろしていた。

「あわわ」

 俺の隣で、十六夜が言った。

「どうしたよ?ビビってもないくせに、あからさまにビビった反応して」

 俺は、無表情で驚く反応をした十六夜に訊く。

 十六夜は正面を向いたまま、俺に顔を近づけ「エネミー出現」と言った。

「エネミー?」

 俺が訊き返すと、十六夜は正面の少し離れた位置に居るガキ共を指差した。たぶん、高校生くらいのガキ共を。

「本当か?」

「うん。間違いない」

 十六夜の異変に気付いた天使は、聞き耳を立てていたようで、「敵ってまさか、十六夜をカツアゲしたってヤツ等?」と訊いた。

「うん」十六夜は頷く。「てか、僕をボッコボコにして、カツアゲしたヤツ等」

「ぶっ飛ばすか?」

 真剣な顔つきになったカイが、十六夜に訊いた。

「いいって。どうせあっちからは仕掛けて来ないんだから、何にもすることないよ。大丈夫だって」

 今にも怒りを爆発させそうなカイを、そう言って十六夜はなだめた。

 十六夜は笑っている。カイも怒りを納めた。天使は…何を考えているのかな?

 まぁ、みんなが何を思っているかは、俺には関係ない。

「良くわかんねぇけど、俺は納得しないから」

 俺は言った。

「何する気?」と天使が訊いた。

「いや…ちょっとな。教育でもしてやろうかと」俺はそう言ってから、「お前は何もするなよ。いきなりケンカふっかけて、問題起こすんじゃねぇぞ」とカイに釘を刺した。

「はぁ!」

 と、カイは突っ掛かってきたが、天使が抑えた。カイは「ちっ」と舌打ちし、しぶしぶといった感じで引き下がる。

「俺は、何かすればいい?」

 天使が俺に訊いた。

「特に何も。……ああでも、目をつぶってくれ」

「分かった」

 俺が言うと、天使は笑顔で頷いた。

 三人をその場に留め、俺はニット帽を少し上げ、ガキ共の方へと歩き出した。

 ガキの数は五人。UFOキャッチャーの性能にケチを付けながらも、ぬいぐるみのゲットに執念を燃やしている。

 俺はガキ共の一団へゆっくりと歩み寄る。

 歩きながら、俺は自分の力〝願いを叶えやすくする力″を使う為、イメージを固める。

 イメージが固まったら、願う。

――俺は、友達を傷つけたヤツを許さない

 すれ違いざま、俺はガキ集団の中の一人とぶつかる。

「あ、悪い」

 俺がぶつかったやつが、威嚇するような鋭い目付きで睨んで来るので、俺は謝った。

 そして、謝ってすぐ、俺は床に落ちている物を拾うマネをする。腰を曲げて足下に手を伸ばし、そのまま戻る。

「おい。コレ、お前らの誰かのか?」

 たった今すれ違いざまにスった財布を、ガキ共に見せた。

 俺がぶつかったガキは、自分の尻ポケットなどを探り、財布が無いことに気付いた。

「返せよ!」

 躾のなっていないガキは、俺から自分の財布を奪うように強引に取り返した。

 大人な俺はやれやれといった感じの余裕な表情で「ふぅ」と一息つくだけで、ガキの非礼には怒らない。

「そこに落ちてたんだ。気を付けないと、悪いヤツが拾っていたら盗まれるぞ」

 そんな俺の言葉には耳も貸さず、ガキは俺のことを、先程と違って怯えを滲ませた、警戒するような目で睨んでいる。

 俺はガキの視線を意にも介さず、「おい、早く来いよ」とみんなを呼んだ。

 天使は呆れた、カイは嬉しそうな、十六夜は戸惑った、それぞれの反応を示しながら、俺の方へと来る。

 ガキ共と早く離れるにこしたことはないので、俺たちはそのままプリクラ台のある方へと向かう。



「返したとはいえ、スリはダメだよ」

 プリクラ台の中に入ると、すぐさま笑顔の天使が俺を咎めた。

「だから目をつぶってくれって言っただろ」

 俺は天使に言う。

 カイからは「スゲェな、椿。俺には、いつ盗ったのか分かんなかったぜ」と称賛を頂いた。

 しかし、当の十六夜の顔は晴れない。

 俺は、十六夜に視線を向けた。

「別にイイって言ったのに…。これで椿君があいつらに恨まれたらどうするの?」十六夜は、俺を心配そうに見つめ、言う。「あーいうヤツ等はね、椿君やカイ君みたいな、明らかに強そうな人には自分からケンカ売らないんだよ。だから、大丈夫だって言ったのに…」

 そう言うと、十六夜は顔を伏せた。

 天使とカイは浮かれていたことを反省し、十六夜を見るが、俺は気にしない。

「…別にいいだろ。俺が気に食わなくてやったことだ。あとは、お前が二段ジャンプだろうが空中浮遊だろうが…好きに闘え」

 俺が言うと、十六夜は「…僕の計画だと、空中浮遊は要らないけどね」と苦笑いした。

 十六夜は、俺やカイと違って暴力を好まない。それこそ、自分が傷ついても、自分からは決してやり返さないくらいに。やり返す力が無いってのもあるかもしれないが、それでも暴力は拒む。

 俺の相棒もどちらかというとそういう性質だから、何となく分かる。

 だから、代わりに俺がやる。

 それが良いことなのか知らないが、俺は友達が傷ついて黙っていられるほどには大人じゃない。

「まぁ、椿が勝手にやったことだし、気にすること無いよ」十六夜を励ますように、天使は言った。「それよりさ、これってどうやるの?」

 天使が早くプリクラをやろうと水を向けると、十六夜は「…ここにお金を入れるんだと思うよ」といつもの笑顔で答える、

 十六夜が指差した場所には、「一回四百円」と書かれていた。

 丁度良く、ここには四人いる。四人で割り勘すれば、一人百円でいい。

 しかし、「あ、俺 百円玉無い」と自分の財布の中を見た天使が言うのを皮切りに、「俺もだ」「僕も、十円玉は十個以上あるんだけど…」と、カイと十六夜も言う。

 それじゃダメだ、諦めて出るしかない、俺がそう思っていると、三人は俺のことをジッと見ていた。

「なんだよ?」

 マズイ空気だと察し、俺は誰にでもなく訊いた。

「たしか椿…さっきピザまんを買った時、細かいの無いって言って千円札出したよね」

 天使が言った。

「ピザまんってたしか一個百円だから、千円出したらお釣りには百円玉四枚は来るな」

 カイが言った。

「椿君。代表で出してよ」

 前二人の遠回しな物言いを無視し、十六夜がストレートに言った。

「っざけんな。お前ら一回出て、崩して来いよ」

 俺は言ったのだが、「あとで払うよ。それに、あんまり時間かけてもいられないでしょ」と天使が言う。天使の言う通り、俺達の後には既に、順番を待つ女子のグループが控えている。

 仕方なく、俺は一旦全員分を支払った。

 金を入れると、その先は機械が誘導してくれた。そのおかげで、プリクラ初心者の俺たちは、撮影の段階まで難無く来れた。

「いざ撮るとなると、どういう顔すりゃいいんだ?」とカイ。

「まぁ、真顔で正面向いてたら、ただの証明写真だよな」と俺。

「やっぱアレじゃない?一+一は~、みたいに」と天使。

「一+一が、三にも四にもなった…」と十六夜。

 結局、一枚目は各々の不意打ちショットとなった。

「おい、終わっちまったぞ」とカイ。

「大丈夫だって、ほら。二枚目撮るってよ」と天使。

「つーか、一枚だけだったらフレーム選んだ意味ねぇだろ」と俺。

「あ、僕 寝ぐせ直してない」と十六夜。

 二枚目も、一枚目と大差ない物になった。

 その後も二回、計四回撮ったが、どれもこれもグダグダな仕上がりとなった。

「おい。今撮った写真にラクガキしろだとよ」とカイ。

「人の顔にラクガキって、神経疑うよね」と十六夜。

「うっわぁ~。椿、どの写真見ても不貞腐れてるよ」と天使。

「っせぇよ。つーかお前ら、俺の顔にばっかりスタンプ押すな!」と俺。

 こうやって、俺達のプリクラデビューは終わった。

 出来上がったプリクラを見ると、俺の顔だけ、原型が分からないくらいの落書きが施されていた。



 プリクラを撮り終え、ゲーセン側の親切で置かれているハサミを使い、出来上がったプリクラを四分割した。

 プリクラを撮り終えても、三人は俺に金を返さなかった。俺がいくら問い詰めても、「素敵な思い出、それでもう満足だろ」と天使が良い顔で言うと、あとの二人もそれに納得し、払わなかった。



 目的を全て果たし、十六夜のことも無事に家に送り届けた。

「今日はみんなのおかげで楽しかったよ。僕は基本的に家に居るから、暇な時は遠慮せずに来てね」

 別れ際、玄関前で十六夜が言った。

「うん。俺も楽しかった」と天使は言い、カイは「てか、も少し外出して、母ちゃんに心配かけんなよ」と注意した。俺も、「次来たら、桃鉄やらせろよ。あと、俺のコントローラーの修理も頼む」と言い、十六夜に背を向ける。

「ああ、アレなら終わっているよ」

 十六夜が言うので、俺は「マジかよ?」と、再び十六夜の方を振り向く。

「うん……嘘だけどね」

 そう言うと、十六夜は笑った。

 俺は、最後なのにキレそうになった。



 帰り道、と言っても、俺以外の天使やカイにとっても帰り道なのかは分からないが、とりあえず十六夜の家から離れている時、カイが口を開いた。

「お前らの仕事って、アレで良いのか?」

 カイは、怪訝そうに俺と天使を見る。

「いいんじゃねぇの?……なぁ」

 俺は天使にふった。

「うん。天使の仕事なんてこんなもんだよ。毎回充実感あるものでもないし、何やっているんだろうって悩む時もある。それでも、誰かの為に何かをした、誰か一人でも嬉しそうに笑ってくれた、そんなことを俺達が感じられたら、それは十分に達成感あることだよ。自己満足でも幸せを守れた、とりあえずそれで良いと俺は思ってる」

 天使は言った。

 カイは、納得いかないと言った顔をしていたが、「それで、お前らは満足なのか?」という質問に、「ああ。自己満足だとしても、間違っていたとしても、何もしないよりは良いと思っている。なぁ、椿」「まぁな。つーか、俺は自分のしたことを間違っているとは思わねぇけど」と俺達が言うと、「……やっぱり変なヤツ等だ」とカイは苦笑した。


     楸 Ⅱ


 仕事を終え、俺は高橋さんの部屋に戻った。

 カイも俺達の仕事を僅かながら理解してくれたようで、いつもよりは気分良く、俺は高橋さんに仕事の報告をした。

 俺の報告を聞き終えると、高橋さんは「くくっ」と微笑した。

 何だろう、俺の報告に変な所があったのか、と俺が首をかしげていると高橋さんは言う。

「相棒を取られなくて良かったな」

 高橋さんは、俺達の様子を見ていたらしい。

 全てを見透かされていて、俺は恥ずかしくなった。

「なんのことです?」

 俺はとぼけてみせた。

 高橋さんは「くくっ。別に」と言うだけで、それ以上は何も言ってこなかった。




 オマケ  みんなのモヤモヤ


     椿


 あの時、ゲーセンに向かっている最中、天使は何を考えていたんだ?

 俺は少しモヤモヤした気持ちを抱えたまま、サイコロを振る。

「椿君…。目的地が何処か分かってるの?稚内だよ、稚内。わっかんない?」

 たった二しか進めない俺を小バカにしたように、十六夜が言う。

「二つのサイコロを使って二しか進まないなんて、椿君は慎重派だね」

「っせぇよ」

 ワケの分からない天使のことなんかより、今は借金まみれの俺にボンビーと言う貧乏神がついて来る現状をどう打破しようか、それに集中した。


     榎


 椿君たちは、私がいない時にプリクラを撮ったらしい。

 私がバイトで居なかった日のことを椿君から教えてもらい、私はモヤモヤしている。

 椿君は写真が嫌いだから、冗談でカメラを向けても、全力で拒む。そのため、椿君が写っている写真は希少だ。だから、私は椿君の写っている写真を一枚も持っていない。

 でも…いや、だからこそ欲しい。

 できれば、私と一緒に写っている写真が。

「そういえば、恋人同士だとプリクラでチューした写真って、ホントに撮るのかな…?」

 考えていたら、顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなった。


     楸


 十六夜は、榎ちゃんのことを「ひーちゃん」と呼んでいた。

 俺は、榎ちゃんとの距離感のことでモヤモヤしている。

 榎ちゃんは俺のことを「楸さん」と呼んでくれるようになった。「天使さん」から「楸さん」に変わった理由は知らないけど、そう呼んでくれるようになった。

 もちろん、嬉しい。

「天使さん」と呼ばれた時よりも近くなった気がする。

 しかし、だからと言って、俺も「ひーちゃん」のような馴れ馴れしい呼び方に変えてもいいのだろうか?

 もし変えたとたん引かれたらどうしよう。それに、あの呼び方は十六夜だから許される気もする。

 とまぁ、一人で悶々としていても何も解決しないので、試しに呼んでみることにする。

 頭の中で榎ちゃんと会った時をシミュレーションしつつ、「ひーちゃん」と声に出してみた。

 いざ呼んでみると、柊とかぶってしまうことに気付き、吐き気がした。

 俺は「榎ちゃん」のままでいいや。そう思った。


     梅


 この前、椿達とプリクラを撮った。

 あの時は浮かれていたが、冷静に考えると、俺はモヤモヤしてしまう。

 十六夜に唆されるままにプリクラを撮ったが、家に帰って冷静に考えると、様々な疑問・問題が浮かんだ。

 まず一つ。そもそも、プリクラって男がリードするモノなのか?

 あの機械は、女子高生とか、女の人をメインターゲットとして作られているはずだ。だから当然、あの機械に対する主導権は女性側にある気がする。その機械を使用する時、男がリードするよりも、女の人がキャッキャしながら操作したほうが自然なのではないか?これが一つ目の疑問。

 二つ目。柊さんをどうやって誘えばイイ?

 楸から仕事用として渡されたケータイには、柊さんの連絡先も入っていた。登録されている名前を見た瞬間、ある意味 大学の合格発表で自分の番号を見つけた時よりも興奮し舞い上がった。しかし、登録されているからといって、俺から気軽に連絡を取っていいのだろうか?それに、柊さんは俺の見た感じだが、クールな印象が強い。俺の指が勝手に柊さんに連絡を取って、その流れで偶然にプリクラの話が出たとしても、柊さんは一緒にプリクラを撮ってくれるだろうか?口が滑って誘えたとしても、嫌がるかもしれない。これらが二つ目の問題。

 三つ目。万が一プリクラを一緒に撮れることになったとして、どういう顔をすればいい?

 男同士のプリクラでは、まともな写真が一枚もなかった。躊躇なく迫るカウントダウンのプレッシャーの中、どういう顔で、どういうポーズで写真を撮ればいいか考えつくはずが無い。ただでさえ半密室の空間で柊さんと二人っきりになったら、頼りない俺の頭脳はいつも以上に頼りなくなるだろう。だから事前に考えて行った方が良いと思うのだが、どうすればいいのか思い付かない。本当のことを言うと、二・三個候補は出たのだが、すぐに自分で却下した。柊さんが俺に抱きつくなんて、そりゃそうなれば嬉しいが、知り合ったばかりの今は、それは高望みのし過ぎだ。頼りない俺の頭脳が悪い妄想をしてしまった。知り合ったばかりの俺と柊さんが、適度な距離感で、自然なポーズとは何だろう?これが、三つ目の問題だ。

 以上三つ、細分化するならば十以上はある疑問・問題が俺を悩ませる。

 恋愛経験の全くない俺は、どうしたらいい?

 誰かに相談しようにも、楸はどこか軟派そうだし、椿や十六夜は論外。俺の周りには、相談できる男がいない。

 だから俺は今、唯一相談できそうな人物、榎さんに連絡を取ろうかどうか、ケータイを前に悩んでいる。

 そして小一時間ほど悩んだ結果、男なら自分でなんとかしようと決心した。

「でも…なぁ~」

 決心したはいいが、それでどうすればいいか、解決策が見つかったワケでは無い。

 取り敢えず、外でも走るか。


     柊


 いつもの高橋さんとの世間話の中で、楸たちの仕事の話を聞いた。

 その話を聞いて、アタシはモヤモヤした。

 まず何より、知らない単語があった。

 こういう時は、頼りになる人に電話する。

「あ、もしもし榎ちゃん。アタシ、柊。いきなりごめんね。でさぁ、早速なんだけど、プリクラって何?」

 榎ちゃんはいきなりの電話にも嫌な態度一つせず、懇切丁寧に教えてくれた。

 なにやら、プリクラとは写真シールを作る機械らしい。個室に入って、その中で機械を操作し、写真を撮る。その写真をどう加工すればいいのか分からないが、おそらく両面テープのようなものでノリ付けするなどして、写真シールにする。

 プリクラがどういう機械なのかは何となくわかった。

『あと、これは私の勝手な思い込みかもしれないけど、プリクラって仲の良い友達や好きな人と一緒に撮るみたいだよ』

 榎ちゃんが言った。

 てことは、それで写真を撮れば、アタシと高橋さんも…。

「きゃーっ!」とアタシは身悶えしながら、心の中で叫んだ。

『もしもし、柊さん?』

「んぁっ…!はい、何?」

 ついボケッとしていて、榎ちゃんの声で我に帰った。

 ボケッと妄想にふけっていてもしょうがない。とにもかくにも敵のことを知らなくてはなくては対応策が何も浮かばない。

 そう思っていたら、『もし良かったら、今度一緒に行かない?』と榎ちゃんに誘われた。

 アタシとしては渡りに船の願ってもない誘いだ、榎ちゃんとの写真も欲しい。だから、迷うことなく「うん。行く」と答えた。

『椿君たちも誘う?』

「え?プリクラって集合写真なの?」

『違うよ。でも、何人か一緒に撮れるから、みんなも誘ったらどうかなって?』

 恋に敏感なアタシは、榎ちゃんの声のトーンから、ある事を察した。

 もしかしたら、榎ちゃんは椿と一緒に撮りたいのかもしれない。

 あのバカのことだから、「写真なんて嫌だ」とか「めんどくせぇ」とか言いそうだ。だけど、みんなと一緒に誘えば、あのバカも来るかもしれない。実際仕事で行ったのだから、可能性が無くはない。

「そうだね。アイツらにも声掛けよっか」

『うん。じゃあ、私から聞いてみるね』

 そして、榎ちゃんと何時行くかなどを決め、電話を切った。

 アタシもいよいよプリクラデビューか。良く分かんないけど、女っぽいね。

 榎ちゃんその他バカ共との前哨戦も楽しみだけど、いつか高橋さんとも…。


     十六夜


 僕は、モヤモヤがすごくモヤモヤしている。そのモヤモヤをどうにかしないと、この先に進めない。進めないどころか、ここで終わる。

「……テトリスバーが来ない」

 せっかく綺麗に積み上げたのに、仕上げの長い棒が来ないと、このままじゃ…あぁ!

「つーか、もう少し地道に消すこともしろよ。四段消しに拘るから、すぐにゲームオーバーなんだよ」

「あぃや~。このロマンが分からないとは、椿君ももう終わりだね~」

「っせぇよ。つーか、その蔑むような目やめろ」

 借金地獄で泣いていた椿君が、八つ当たりでリセットボタンを押した。

「あぁ!僕の記録よりも記憶な記録がっ!」


     椿


 …また俺?

 実世界では借金もないから、俺はモヤモヤしてないんだけど……まぁ、しいて言うなら、この状況何?ってことくらいか。

「ほら椿。アンタはもちっと笑いな」と柊。

「っせぇな。つーか、何でまたプリクラだよ?」と俺。

「ちょ…押さないで柊さん」と榎。

「椿ぃ!榎ちゃんとくっつき過ぎ!……てか、カイはどうしたの?」と天使

「いや、予想外に早過ぎっていうか、心の準備っていうか、いろいろ…その」とカイ。

 突然榎に「プリクラを撮りに行きたい」って誘われ、俺は「勝手に一人で行け」と言ったはずだが、何故かプリクラを撮る運びとなった。ちなみに、十六夜はまた引きこもった。

 納得は出来ないが、二度も同じ失敗をしたくないという気持ちもある。

 だからか、この前よりは良い写真を撮れた。俺の顔もハッキリ分かるし。 


椿の幼馴染、十六夜くんの登場です。

この話は、カイの時の様に彼を中心としたものではありません。ありませんというか、そういうつもりで書きました。なので、補足。

十六夜は、ナチュラルに人を怒らせてしまいます。そのせいで、作中で触れた被害に遭うこともありました。でも、だからと言って、それでやり返すという選択は、彼の中にはありません。それで、他の人を巻き込むのもバカくさい。嫌なら近づかなければいいじゃん、その程度の感覚です。だから外出嫌いになったのですが、当人としては些細なことでも、周りは不安。そういうことで、今回の話になります。

一人で外に出るとろくなことがないから、いやだ。でも、みんなと一緒だと楽しいし、被害に遭う確率も減るだろうから、行きたい。彼の外出嫌いは、この程度のレベルです。


椿が高校生相手にやったことは、ただの憂さ晴らしです。

やらないと、ただの男四人でプリクラを撮る話になってしまうので、やらせました。



今回の話で一番書きたかった部分は、ゲーセンに移動中の楸です。

ジェラシーはないと言っていましたが、実際はあります。極端な話、椿がとられる、そんなふうに感じています。一緒の大学に通っているカイ、自分よりずっと付き合いの長い男の幼馴染の十六夜。そいつらの登場で、少し嫉妬している楸。

少し嫉妬しましたが、自分は椿の相棒だ、ということで満足できました。

楸の子供の部分を書けて、私も満足です。



長くなってすみません。最後に少しどうでもいい話を。

椿たちは、声優が変わる前のダミ声ドラさんを知りません。少し時代設定をぼかすという狙いの、小さなこだわりです。何気に最初の頃からやっているネタなのに、特に触れていなかったので、ここで。

時代設定も何も関係ない話ですが、なんとなく。

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