番外編 ある日の夕方
ある日の夕方、いつもの喫茶店に、椿、榎、楸、柊の四人が、たまに開かれる定例会議の為に集まっていた。
「たまに」と付く時点で定例ではないし、集まったからといって、そこでの話し合いが有益なモノとなることも、まずない。
だから言い直そう。
ある日の夕方、いつもの喫茶店に、椿、榎、楸、柊の四人が、何となく居る。
何となく居るといっても、本当にただ居るだけということもない。話くらいはする。
「つーかよぉ、パフェに刺さるポッキー一本で、俺はどんな満足感を得ればいいんだ?」
榎の注文したパフェからポッキーを奪い、それを食べながら椿が言った。
「私のポッキー食べといて、そんなこと言うなら返してよ」
椿の悪態に、榎は文句を言った。
「カッ。返して欲しかったら、返してやるよ。ほれっ」
そう言うと、椿は、僅かに残ったポッキーのチョコレートも何も付いていない部分を榎に向け、アゴを突き出した。
顔を赤くし、何も言えなくなっている榎に代わり、椿の隣に座る楸が「お行儀悪い」と、椿の顔に、ポッキーもろとも張り手した。
「ってぇな!」
椿は、楸の行為を非難して声を荒げた。しかし、当の楸は気にすることなく、自分のコーヒーの中に入れていたアメを口に入れ、味わう。
「ハッ。バカじゃないの」
一連の流れを見ていた柊は、呆れたように、そう一言だけ呟いた。
解散する気配もないままグダグダな会話をしていたら、外が暗くなった。窓側の席に座る椿と榎は、いち早くそのことに気付き、「雨降りそうだね」と榎が言った。
雨が降る心配をして間もなく、本当に雨が降り始めた。
雨脚が弱いうちに早く帰ろう、そう思う間もなく、雨の勢いは激しさを増していく。
「マジかよ…。傘持って来てねぇよ」と椿。
「あ、私折り畳みだったら持ってるよ」
榎が言った。
「じゃあ、いざとなったら榎、頼むわ」
「椿が風邪引かないよう、祈ってあげて。あでも、椿はバカだから風邪引かないか」
椿と榎が一つの傘で帰ることを快く思わない楸は、そう言った。すぐに椿に頭を叩かれた。
頭を叩いたことを文句言ってやろうと楸が口を開いた瞬間、雷が鳴った。
「「キャアッ!」」
突然の雷鳴に驚き恐怖する声が二つ、椿と楸の耳に聞こえた。
この喫茶店には客が少ないが、僅かにはいる。だから、その数少ない客の誰かが発した悲鳴だとも思えなくもないが、二つの悲鳴は、確かに椿と楸 二人の近くで聞こえた。
「びっくりしたぁ。結構近かったよね」
一つの悲鳴は、そう正直な感想を漏らした榎のものだろう、と二人は確信していた。
では、もう一つは?
椿と楸は見つめ合い、「まさかな」と互いに笑い合う。
笑い合っていたら、また雷が鳴った。
「キャアッ!」
椿と楸は、今度は悲鳴を上げた主を、確かに見ていた。
「……なにさ?」
二人の視線に気付いた柊は、強気な態度は崩さず、自分を見ている二人に言う。
「いや…え、柊?」
と、質問なのか確認なのか、曖昧なことを椿は言う。
「もしかして柊、雷が怖いの?」
そう確信を衝く楸は、いつも強気でいる柊のことを小バカにしたような目で見ていた。
「ハッ。アタシに怖いものなんてあるか…」そう言っていたらまた雷が鳴り、柊はビクッと身体を強張らせる。「……なにさ?」
決して強気の態度を崩さない柊だが、そんな柊を椿と楸が恐れるはずもない。それどころか榎でさえ、そんな強がる柊のことを可愛いと思って微笑む。
「榎ちゃん!」
「ごめん」
柊に咎められると、榎は笑うのを止めた。
榎が笑わなくなっても、椿と楸はそうはいかない。尚も笑い続ける二人を、恨めしそうに柊は睨む。しかし、また雷が鳴って、柊はビクッと身体を震わせる。そして、椿と楸は更に笑う。
雷が鳴り響く状況の下、完全に弱体化した柊を、椿と楸は恐れない。
しかし、だからといってこのままにしておくほど、二人は鬼では無い。
一旦笑いを鎮めてから、楸は言う。
「このままじゃ帰れないし、高橋さん呼んで迎えに来てもらう?」
楸は、柊にそう提案した。
しかし、柊は「絶対ダメ」と拒んだ。
「なんで?」
「こんな恥ずかしい姿、高橋さんにだけは見られたくない。もし呼んだら、殺す」
涙目で凄む柊を、椿たち三人は怖がらない。むしろ、呆れている。
「つーか柊、雷怖いのか?」
椿が悪戯っぽく、柊に訊いた。ここまでの柊の態度を見ていれば誰にでも分かりそうだが、椿はあえて訊く。
「ハッ。アタシに怖いものなんてあるかよ」
そこで素直に怖いと認めないのも柊らしいと言えば柊らしいのだが、榎だけは心配そうに柊を見ていた。
柊も強がってしまった手前、後には引けない。だからか、声を出して驚くことは無くなった。しかし相変わらず、雷が鳴ると、身体をビクッと震わせていた。
椿と楸は、そんな柊を声には出さずに笑っていた。
そうやって雷を怖がっていた柊だが、途中から、全く反応しなくなった。
雷を克服してしまったのかと思い、つまらないなぁと、椿と楸は思っていた。しかし、榎だけは違った。冷静に柊のことを見る。
「……柊さん…?」
榎は、柊の顔の前で手を振り、肩を叩き、名前を呼び掛けた。しかし、柊の反応は無い。どうしたのかと思い椿と楸が見ていると、「柊さん、気絶しちゃった」と榎が言った。
それを聞いた瞬間、椿と楸は声を出して笑った。
しかし、榎が非難するような目で睨むので、「ごめん、榎ちゃん」といち早く笑いを堪えた楸が言う。「こうなったらしゃーねぇ。柊は嫌がってたけど、高橋さん呼んで迎えに来てもらおう。あの人の部屋で少し休ませるよ」
楸の提案に、榎はしぶしぶ納得した。
そして言った通り、楸は高橋に電話を掛けて呼び出し、柊は高橋に背負われて帰った。
高橋達と一緒に楸も帰り、「じゃ、俺達も帰るか」と椿は榎に言った。
「椿君なんてびしょ濡れになっちゃえ」
柊のことを散々笑っていた椿に、榎は冷たい態度をとった。
しかし、椿が謝罪と懇願をし続けた結果、二人は一つの傘の下で肩を寄せ合い、帰った。
高橋の部屋でソファーに横になって寝ていた柊は、目を覚ましてすぐ、自分の置かれている状況を察し、恥ずかしくて消えたくなった。しかし、「雷が怖いなんて、可愛いところもあんな」という高橋の言葉に、うっすら頬を赤く染め、「可愛い」という言葉に静かに喜んだ。
よく吠える気の強い犬(柊のことじゃなく、本当に犬)も、雷には怯えていました。




