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天使に願いを (仮)  作者: タロ
(仮)
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第九話 天使と怒り(前篇)

注意。

おそらく今までで一番、状況描写が乏しくなります。しかし、それにはどうしようもできない事情があってのこととご理解ください。


     ○


 ある日、高橋は支部長に呼び出されていた。

「おい、何だよ?俺だって暇じゃねぇんだぞ」

 支部長室に入るなり、高橋は不満そうな声を出す。自分より地位は上である支部長に対し、決して物怖じしない無礼な態度をとり、高橋は来客用のソファーに腰掛けた。

 その高橋の態度に、支部長は怒りはしない。いつもの事だし、自分と高橋の仲でもあるからと、立場を気にせず、話しかける。

「ごめんね、高橋君。コーヒーでいい?」

 自分のデスクから立ち上がり、支部長が訊いた。支部長は返答を待たず、コーヒーの準備を始めようとする。

「おい、ちょっと待て」

 高橋は、支部長を止めた。

 支部長は手を止め、「何?」と訊ねる。

「コーヒーは遠慮する」

「何?まさか、お酒でも呑む気?」

 支部長は、怪訝そうな目で高橋を見た。

 今の時間は普通、仕事をしている時間、勤務時間だ。いくら天使の仕事が、時間に縛られずにノルマさえこなせばいいという自由裁量的部分が強いものとはいえ、まだ日も高い。こんな時間から酒を呑むのは、常識的に考えてもおかしい。

 どんな時間であれ常識的に考えると、職場で酒を呑んでいいはずはない。しかし、高橋は職場だとか、時間を気にせず酒を呑む。だから、酒を呑むなと注意はしないが、支部長は呆れるような目で高橋を見た。

「気にすんなって。酒は呑まねぇよ」

 支部長の考えを察したように、手を振り払いながら、高橋は言った。

「じゃあ何?日本茶?」

「いや、持参している物がある」

 そう言うと、高橋はジャケットの内ポケットから、水筒を取り出した。

「水筒?」

 と、支部長が不思議そうに、高橋の取り出した水筒を見る。

 高橋のジャケットの内ポケットは、楸の浴衣の袖口と同じで、高橋の持つ資格〝空間移動″の能力が付けられている。そのため、普通に考えれば入らないような物でも、ポケットの先が別の空間に繋がっているため、水筒だって入れる事が出来る。

「おう」

 そう応えながら、高橋は、水筒のふたを器にして、水筒の中身を注ぎ始めた。

 注ぐと、部屋の中にいい匂いが広がった。

「高橋君。それ、何?味噌汁?」

 味噌汁の匂いを敏感に察した支部長が、味噌汁の入った器を指差して訊く。

「ん。出汁がイイ」

 味噌汁を一口飲み、高橋が言った。

「ねぇ、ちゃんと答えてよ。それ、何?」

「あ?何って、シジミの味噌汁だよ」

 高橋は、器の中を見せるようにして言った。

 支部長は、その中を見た。確かに、シジミの貝殻のようなものが見える。

「何で水筒に味噌汁?」

 当然と思える疑問を、支部長は高橋にぶつけた。

「ま、話せば長くもなるんだが、聞きたいか?」

 そう言う事で支部長の興味を削ぐつもりだったのだが、支部長は「別にいいよ」と言った。そう言われてしまっては、高橋も説明するしかなくなる。

 高橋は、面倒だと思いながら、事の経緯を話し始める。

「実はな、この間の健康診断で、俺の肝臓の数値が良くないって文句を言われてな」

「それは文句じゃないと思うよ」

「文句だよ。雛罌粟ひなげしは、俺を苛めているんだ」

「ヒナちゃんは悪くないよ。絶対、高橋君が悪い」

 そう言われ、高橋は不満そうに支部長を睨んだ。しかし、支部長は気にすることなく、話の先を待つ。高橋も、睨んでも無駄だと察し、続きを話す。

「ま、そんなこんなで、俺の肝臓をいたわる為に、シジミの味噌汁を飲んでいるんだよ。なんでも、シジミに含まれるオルニチンって成分が、酒呑みにはいいらしくてな」

 いくらシジミの味噌汁を飲んでも、酒の量を減らさないと意味無いんじゃ。支部長はそう思いながら「じゃあ、その味噌汁は高橋君が作ったの?」と訊いた。

「いや、俺は料理なんてできねぇよ」

「え?じゃあ、インスタント?」

「違う。柊が作ってくれた」

「柊ちゃんが?」

 信じられず、思わず声が裏返った。支部長のイメージにある男勝りな柊が、料理をするとは思えなかった。

「ああ。雛罌粟が肝臓にいい料理の例として、シジミの味噌汁を挙げたんだよ。で、俺は当然作れねぇ。だから、柊が俺ん所に来た時に、作れねぇか訊いたんだ」

「それで、柊ちゃんは作れるって言ったの?」

「おう」

「それにしても、良く作ってくれたね」

 支部長は、柊の性格は大体知っているつもりだったので、高橋の話を聞いても、柊が料理をすることが信じられなかった。高橋の言う通りに料理が作れるとしても、素直に作ってくれるとも思えない。ひょっとしたら、にべも無く断られるんじゃないかとすら思う。

「お前、誤解してるぞ」

「え?」

「ああ見えて、柊は料理が上手なんだよ。しょっちゅう上手い物を作ってもらっている」

「へ~、そうなの」

 意外ではあったが、支部長は素直に感心する。

「ああ」高橋は、味噌汁を飲む。「俺は幸せだよ。反抗期を終えた年頃の娘に味噌汁を作ってもらってな。この幸せを、全国のお父さん方に分けてやりたいぜ」

 高橋は、しみじみと嬉しそうに言った。

 高橋は、自分の部下の事を、自分の子供の様に見ている。それは、自分の下を去った柊も例外ではない。柊が辞める時も、娘の自立の様に感じていた位だ。

 しかし、柊はそう思っていない。

 それは、高橋が嫌いだから、娘のように思われているのを快く思っていないと言うワケではない。

 むしろ、その逆だ。

 柊は、自分の上司の高橋に恋をしている。

 柊は昔、料理なんて全く出来なかった。だが、ある日、高橋に料理が出来るかと訊かれた時、つい、出来ると答えてしまった。その時から、高橋が喜んでくれる、それだけが嬉しくて、料理の腕を磨いていった。

 だから、今高橋が飲んでいる味噌汁にしても、元から作れたかどうかは別として、高橋の期待に応えようと、相当美味しい出来に仕上がっている。

 そんな柊の思いには気付かず、単に娘の作ってくれた味噌汁だと思い、高橋は美味しく味わっている。

「高橋君さぁ、幸せに思うのはいいけど、僕たち天使の仕事って人間を幸せにすることでしょ。だったら、その幸せを分けて来なよ」

 柊の愛情がこもった味噌汁を美味しそうに飲む高橋に、呆れながら支部長は言った。

「ま、今度な」

 仕事への意欲を感じさせず、ヤル気のない返事を高橋はした。

 味噌汁を飲み干す。

「くぁ~。オルニチンが効くなぁ~」



 二杯目の味噌汁を器に注ぎ終わるのを待ち、高橋が水筒を置くと同時に、支部長は話を切り出した。

「で、本題に入りたいんだけど、いいかな?」

「ん。ていうか、本題に入ってくれないと、俺はここに味噌汁を飲みに来ただけになるぞ」

 味噌汁を飲み、そう言うと、高橋は「くくっ」と笑った。

「じゃあ、早速…」

「そうだ。お前も飲んでみろよ」

 支部長が話そうとすると、高橋が味噌汁の入った器を差し出した。明らかにわざと話の腰を折る高橋の態度にムッとしながらも、支部長は差し出された味噌汁を一口飲む。

「あっ!美味しいね、これ!」

 飲むと、支部長は目を丸くして驚いた。

「くくっ。だろ」

「でもさ、水筒に入れるのに、貝殻は邪魔じゃないかな?てか、良く出て来たね」

「んなことはどうでもいい。で、話って何だ?」

 支部長は親切心でアドバイスしたつもりだったのに、高橋は「どうでもいい」と一蹴した。

 高橋の自由気ままな態度に、支部長は怒らない。怒らないが、怒りたくなる。

 一応は真剣な話なので、支部長は気持ちを切り替える為に「ゴホンッ」と咳をした。そして、高橋を呼んだ要件を話し始める。

「あのさ、これは僕個人のお願いでもあるんだけど、いいかな?」

 高橋より地位は上とはいえ、私用の頼みと言うことで、遠慮がちに訊いた。

「いいぞ。いっつも世話になってるしな」

「ホント?ありがとう」

 支部長は喜んだ。

 この頼みが私用なだけに、もしかしたら断られるんじゃないか、そう思っていたが、その心配は無用だったらしい。

「ま、内容次第だがな」

 高橋はそう付け足すが、支部長は気にしない。なんだかんだ文句は言っても、高橋は力になってくれる人だと信じているから。

 高橋が引き受けてくれるということで、内容について話し始めた。

「あのね、ある人間を止めて欲しいんだ」

「止める?」

 高橋は、眉根を寄せた。支部長の言葉に違和感を覚えたからだ。

 高橋たち天使の仕事は、大きく分けて二つある。人間を助ける仕事と人間を裁く仕事。だから、高橋は支部長の頼みを不自然に感じた。仕事として頼むのであれば、助けるか裁くかのどちらかだと思ったからだ。

「止めるってのは、どういう意味だ?」

「そのまんまの意味だよ。ある人間を止めて欲しい」

 質問の答えになっていない、高橋はそう思ったが、自分の考えを察してくれていないのだと諦め、質問を変えようとした。

「じゃあ、よく分からんが、俺がその人間を止めてくればいいんだな?」

「いや、そうじゃないんだ」

「あ?俺がやるんじゃないのか?」

「うん。高橋君じゃなく、あの人間の子にやって欲しいんだ。楸君のパートナーの…」

 支部長が思い出そうと頭をひねっているので、高橋は「椿か?」と助け船を出した。

「そう、椿君!」天使の自分ではなく、人間の椿にやらせる意味が分からない。そう思いながら、高橋は黙って話の先を待つ。「実はさ、その人間がしようとしていることってのが悪い事なんだよね。でも、僕としては、その人間の気持ちも分からないでもない。だから、人間の警察に捕まって欲しくも無いし、見えない存在の僕らが天罰みたいな形で裁くのも良くないと思うの。もちろん、僕らが見えない力で阻止するのも違うと思う。だから、同じ人間の椿君に止めて欲しいんだ」

 話が見えず、高橋は頭を掻いた。取り敢えず、その人間がしようとしていることだけでも知っておきたいと思い、口を開く。

 しかし、高橋が訊くよりも先に「それに、どうやら椿君と同じ力を持っているみたいだし」と支部長が言った。

「ほぉ~。椿と同じ力、ねぇ」

 高橋は、自分の質問は飲み込み、支部長の言葉を冷静に聞き入れた。

 椿には妙な力がある。椿たちが〝願いを叶えやすくする力″と呼ぶそれは、イメージして、願ったことを可能にする力らしい。羽を生やすなど物理的に不可能なことはできず、肉体的な限界もある。また〝力″を使う人によって出せる力は異なり、その反動となる副作用も異なる。

 高橋も詳しくはないが、力についてそれとなくは知っていた。そして、その力が椿だけの物ではなく、多くはないが他の人間も持っていることも知っていた。だから、その人間が力を持っていても関心を示すが驚きはしない。

「ね?どうかな?」

 説明が不十分なのにも関わらず、支部長は了承を得ようとしてきた。

「くくっ。てことは、俺は伝言役ってことか?」

 皮肉のつもりで、高橋は言った。

「いや、あと監督もして欲しい。椿君って、何をしでかすか分からないし」

 支部長が苦笑いを浮かべて言う。それが可笑しくて、高橋は微笑した。

「くくっ。そうだな。あいつは、バカだからな」

「じゃあ、引き受けてくれる」

「何が『じゃあ』か分かんねぇが、じゃあ、引き受けよう」

 言うと、高橋は味噌汁を飲み干した。

「ありがとう、高橋君」

 支部長のお礼を適当に聞き流し、高橋は水筒を片付ける。

 水筒をジャケットの内ポケットに入れ、立ち上がった。

「そんじゃあ、日時、場所、その人間の特徴、できれば写真、諸々の情報をまとめて、後で俺の所に持って来な」

 とても自分より上の地位にいる者への言葉とは思えない言葉を残し、高橋は部屋を出て行こうとする。

「あ、ちょっと待って」

 出て行こうとする高橋を、支部長は呼び止めた。高橋は足を止め、首だけで振り向く。

「大体の場所なら、今でも分かるよ」

「どこだ?」

「東京。あとの細かい事は、早い内に調べておくから」

 そう言うと、支部長は手を合わせ、肩をすくめた。それがお願いのポーズなのか、ゴメンのポーズなのかは判断しかねる。が、高橋は手を上げて応える。

――東京かぁ。椿たちの住む街からだと遠いな

 東京で仕事をさせる口実を考えながら、高橋は部屋を出た。


     楸 Ⅰ


 今更ながら、俺、しゅう

 天使です。

 色々あったけど、今は正式に天使に戻ったし、椿やひさぎちゃんとも仲良くやっている。椿とは仲良くとはいえないかもしれないけど、まぁ、楽しく付き合っている。

 仕事もそれなりに充実している。高橋さんのノルマをしていた頃より、ノルマ自体は増えたけど、まぁ、高橋さんに怒られない程度になんとか頑張っている。

 そんで、今日もノルマを少しでも減らすため、仕事をしようと思う。



 仕事をする前、いつものように高橋さんの部屋に来た。

「おはようございます」

 部屋に入ると、味噌汁の良い匂いがした。朝食は取ってきたけど、なんか腹が減る。

「おう。おはよう」

 高橋さんが出迎えてくれた。

 高橋さんは自分のデスクにいた。そこで、朝食を取っている。近づいて見てみると、おにぎりに貝の入った味噌汁という、意外に質素な朝食だ。

「珍しいですね。高橋さんがここで朝飯食べるのって」

 俺が言うと、高橋さんは顔を上げ、指についた米粒を食べた。

「ん、まぁな。楸を待っていたから、席を外していると、アレだったからな」

 良く分からないが、俺を待っていたらしい。大量に指に付いたお米を食べながら、高橋さんが言った。

「何か用ですか?」

「ああ。ズズーッ。まぁな」

 高橋さんは、味噌汁を飲み干した。器に残った貝は、たぶんシジミだ。

 シジミの貝殻をおにぎりの入っていたタッパーに入れ、味噌汁の入っていた水筒を片付けながら、高橋さんは「楸は、東京って知っているか?」と質問してきた。

 もちろん、俺は東京くらい知っている。

「アレですよね、夢の国がある所」

 世界的に有名なネズミの支配する国を頭に思い浮かべ、答えた。

 高橋さんはデスクの上を片付け終え、今度はお茶を淹れようと戸棚に行った。

「くくっ。違ぇよ。そりゃ、千葉県だ」

 お湯を電気ポットに入れ、高橋さんが言った。

「え?だって、東京って付くじゃないですか」

「俺だって知らねえよ。なんでか、あの国は千葉県にあるのに、東京って言うんだよ」俺は驚いた。驚いて開いた口をふさぐ間に、高橋さんはお茶を淹れて、デスクに戻ってきた。

「なんだよ。じゃあ、楸は東京を知らないんだな」

 情けないとでも言いたそうに、高橋さんは俺を見る。

「ちょっと間違っただけじゃないですか。知ってますよ、東京くらい」

「じゃあ、東京について、知っている事を言ってみ?」

 いきなり言われても困る。しかし、バカにされたままでは引き下がれないので、俺の知っている東京についての情報を頭の中からかき集めた。

「えーと……東京ドーム。東京湾。東京タワー…」

「くくっ。その程度だろ」

 まだ言えるのに、高橋さんに次を言うのを遮られた。俺はムッとしたが、それを気にする様子も無く、高橋さんはお茶をすする。

「そんなこと言うんなら、高橋さんは東京について、かなり詳しいんですか?」

「んなことはどうでもいい」

 俺の質問はどうでもいいと一蹴された。高橋さんは湯呑を勢いよくデスクに置く。

「偉そうなこと言ってホントは知らないんじゃないの」そう言ってやりたかったが、俺が口を開くと、すぐに高橋さんが話し始めた。

 仕方ないので、侮蔑するような視線だけを送る。

「なにも知らない東京に、社会科見学に行ってこないか?」

「は?」

 侮蔑するような視線は、高橋さんの言葉で吹き飛ばされた。今度は、意味が分かりません、そういう意味を込めた視線を送る。

「ま、社会科見学っていうか、旅行かな」

 まだ、視線を送り続ける。

「ていうか、仕事だ」

 まだまだ、視線を送る。しかし、目で訴えるだけでは高橋さんに気持ちが伝わりそうも無いので「意味が分かりません」と口で伝えた。

 ついに仕事だと打ち明けた高橋さんは、面倒くさそうに頭を掻く。

「いやな、支部長直々に頼まれた仕事で、その仕事は椿にやってくれってご指名まで出た。で、その仕事する場所が、東京なんだとよ」

 そう言われても、「なんだ、そうだったんだ」とは言えない。

「東京に行く理由はなんとなく分かりました。それで、支部長の頼みって何ですか?」

「ある人間を、止めてくれってよ」

 漠然とした内容に、首をかしげる。

「止めるって、ピタッて?」

「ピタだかベタだかは任せるが、とにかくその人間を止めるのが、今回の仕事だとさ」

 まるで他人事の様な言い方に、不安になる。

 さすがにこのまま仕事には行けないので、恐る恐る、「まとめてもらっていいですか?」と訊ねた。

 面倒だから嫌だと断られるかと思ったが、高橋さんは話をまとめるよう、しばしのシンキングタイムに入った。

「俺が支部長に仕事を頼まれた。その仕事は、ある人間を止めてくれって内容だった。で、その場所は東京。だから、仕事ついでに東京見物でもしてきたらどうだ?以上」

 まとめてもらうと、思った以上にシンプルな流れだった。

 まとめ終えると、高橋さんは「んでよぉ」と、補足してきた。

「椿と男二人旅じゃ味気ねぇだろ。せっかくだから、嬢ちゃんや柊にも声掛けてみたらどうだ?あれだったら送迎の面倒はみてやるし、小遣い銭も出すぞ」

「はい、ぜひ!」

 気前のいい提案を逃すワケが無い。それに、椿と二人より、榎ちゃんがいてくれた方が、万倍は楽しい。柊は、おまけ。

 早速みんなに連絡を取ろうと思い、踵を返した。しかし、高橋さんに「待てよ」と言われたので、更に踵を返した。気付いたら元通り。

 俺を呼び止めた高橋さんは、デスクの引き出しから、クリップで閉じられた紙の資料を取り出した。

「これが、日時、場所、諸々の情報だ。その人間の特徴や写真もある」

 渡された資料に軽く目を通した。一番上に書いてあるのが名前だと思うが、読み方が分からない。梅に花に皮、なんかの当て字なのだろうか。

 資料として渡された写真に写る人間は、椿と同じくらいの年齢、釣り目で睨むような目付きをしていて、背筋も丸まっている。見た印象だけで言うと、感じ悪い。

 一通り見た資料を、浴衣の袖口に入れた。

 今度こそ部屋を出て行こうと思ったが、その人間を見て、ふと、嫌な予感がした。

「もしかして、その人間を止めるのって、犯罪系から止めるってことですか?」

 俺が訊くと、高橋さんは「くくっ」と笑った。反応からして、止める理由について知っているようだ。

「知りたいか?」

 そう言うので、俺は頷いた。頷くと、高橋さんは手招きして、俺を近寄せた。何に警戒しているのか、「耳を貸せ」と言うので、耳を貸す。

「実はな、――――」

 高橋さんは、俺に耳打ちした。

「マジ…ですか?」

 俺は驚愕し、目を見開いた。高橋さんの言うことが信じられず、自分の聞き間違えなんじゃないかとすら思った。

「マジですよ」

 マジらしい。

 俺が驚いて何も言えずにいると、「嬢ちゃんと柊には話すなよ。余計な心配を掛ける。椿にも、時が来るまでは黙っとけ。折角の旅行を楽しめなくなる」と高橋さんが言った。

「あの…俺は?」

「だから、知りたいかって確認したろ」

 そう言った高橋さんは、明らかに俺の反応を見て楽しんでいる。

「ま、心配するな。少し凶暴かもしれんが、悪いヤツじゃない…はずだ」

 その人間がしようとしている事を知って、悪いヤツじゃないと言われても信じられない。その事も高橋さんは解っているようで、やはり笑みを浮かべている。



 不安を抱えたまま、高橋さんの部屋を出た。

 不安の中、これから三人に連絡を取るので、今日は仕事なんてしていられない。

『日帰りで旅行しませんか?』こんな感じのメールで大丈夫だろう。

「あ、そうだ!」

 メールを打ちながら、ある事に気付いた。

 今回の仕事を依頼した支部長は、椿をご指名だと言っていた。つまり、俺は椿のサポートだけでいいワケだ。てことは、俺はあの人間に接触するのも最小限でいいことになる。

 あんな危なそうなヤツ、椿に任せればいい。高橋さんがくれた資料によると、椿と同じ力も持っているらしいし。同じ力を持つ者同士、勝手にやってもらおう。

「じゃあ、俺も東京旅行、楽しんでいいよね?」

 誰もいないが、訊いてみた。

 そう思うと、その日が楽しみになり、待ち遠しくなった。

 メールに絵文字も加え、三人に送った。


     椿 Ⅰ


 天使に指定された日、俺は集合場所とされている喫茶店に足を運んでいる。

 先日、天使から『日帰りだけど、旅行しようよ』と言う内容の、絵文字をふんだんに使ったメールが送られてきた。そのメールには、日付と集合場所、その時間が書いてあったが、肝心の旅行先については明記されてなかった。

 俺の方から『どこに行くんだ?』というメールを送っても、その返信は『はい、椿は参加決定しました』と書いてあるだけだった。それ以降、何度メールを送っても、返事が無い。

 仕方が無いので、旅行できる最低限の準備として、いつもより金額多めの財布を持って、集合場所の喫茶店に向かっている。



 俺が喫茶店に着くと、他の三人は既にいた。

 浴衣に下駄の天使が、俺の到着に気付き、手を振っている。その天使の動きを見て、天使の向かいに並んで座る榎と柊が振り返った。

「椿君、遅いよ」

 榎が言った。

「うるせぇよ。別に遅れたわけじゃねぇだろ」

「ハッ。遅れてなくても、アンタが最後で、アタシたちを待たせた事に変わりはないんだよ」

 高圧的な態度で柊が言った。

 文句ばかりの挨拶を聞きながら、俺は店のコにコーヒーを頼み、みんなのいる席に向かう。

 四人掛けの席に榎と柊が並んで座っているので、俺の席は必然的に天使の隣になる。

 席に着くと、今回呼び出された目的、旅行について話を切り出した。

「なぁ。旅行ってどこに行くんだよ?」俺が訊くと、前に座る榎と柊が意外そうな顔をした。「なんだよ?」

 別に変な事を訊いたつもりも無い。だから、二人が驚いている意味が分からない。

「椿君…どこに行くか聞いてないの?」

 榎が、嘘だろ、と言わんばかりに、言った。

「聞いてねぇけど」

 何かおかしい、そう感じたので、隣に座る天使を見る。

 天使は、明らかに笑いを堪えていた。

 俺の視線に気付くと、天使が「いや、ゴメン。椿には教えてなかった」と白状した。

「は?」

「特に理由はないんだけど、行き先を知らない方が面白いかなって思って」

「ぁんだ、それ?」

 ゴメンと言う割に、天使に反省の色は見られない。

 どうやら俺だけが行き先を知らないらしい。このまま知らないで行っても、俺は面白いとは思わないので「で、どこに行くんだよ?」と訊いた。

「東京」

 天使が言った。

「は?」

「だから、東京」

 また、天使が言った。

「わりぃ、もう一回。は?」

「そうだ、東京に行こう」

 やはり、天使がそう言った。俺の耳がいかれてなければ、今から東京に行くらしい。

 東京行きを今 知った俺を置いて、他の三人は、これからの東京にウキウキしている。

「私、東京に行くのって中学生以来かも」

 日本の首都、東京に行くからなのか、いつもよりめかし込んだ榎が、楽しそうに言う。

 何を考えているのか…。

「アタシも、特に用が無いから、東京には行かないね」

 榎とは違い、いつも通りの服装の柊だが、東京に行く事は楽しみらしい。ワクワク感が滲み出ている。

 何でワクワクだよ…。

「俺もさ、仕事の管轄がこの街周辺だから、東京にはめったに行かないんだよね。ていうか、行った記憶が無いよ」

 一番テンションが高いのは天使だ。浮かれて、棒付きのアメを二本同時に食べている。

 行った記憶が無いのは、お前がバカだからだろ。

「……どうした?椿」

 自分とは対照的に、テンションの低い俺に、天使が気付いた。

「お前ら、よく浮かれてられんな」眉をひそめたまま、俺は話す。その話を、みんなは不思議そうに聞く。「東京って言ったら、人は多い、空気は汚い、水は不味い、土地は高い、その他諸々、いいことなんて何もねぇだろ」

「でもさ、オシャレな建物やおいしい食べ物とか、楽しい事も色々あるよ」

 榎は、東京を擁護する。

「オシャレな建物って何だよ。つーか、人が多いだけで、オシャレだとか流行だとか、調子に乗んなっつーの」

「だが、実際に東京には色んな物が集まるって言うよ」

 柊までも、東京の味方か。

「色んなモノが集まるだけだったら、ゴミ集積所の方がいろんなモンが集まんぞ」

 俺は、決して東京に屈しない。そんな俺の姿勢に、みんなが不満そうな目を向ける。

「じゃあ、椿は留守番ね」

 柊が非情な決断を下した。

「いや、行かないとは言ってねぇだろ!つーか、東京じゃないとダメなのかよ?」

 東京は嫌だが、留守番も嫌な俺は、別の場所に変更はきかないのか、天使に訊いた。

 俺が訊くと、天使は何かを考え始めた。考えている間、二本のアメを口から出し、不規則に動かしていた。その動きは、頭の回転でも表しているのかもしれない。

 考え終え、アメを口に戻すと、「うん。無理」と天使があっさり言った。どうやら、行き先の変更は出来ないらしい。しかし、それに納得できない俺は、さらに抗議をしようとしたのだが、「てか、面倒だし、そろそろ高橋さんに来てもらうか」と天使が言った。

「は?高橋さん?」

 自分の上司を呼ぶと言った天使は、一本のアメを天に向け、まるでアメをアンテナにでもするかのように、「カモン、高橋さん」と言った。

 そんなんでくるワケ無いだろ、そう思ったが「くくっ。予定より早いな」と言う声が、店の入り口から聞こえた。声のした方を見ると、そこには確かに高橋さんがいた。

 高橋さんは俺たちのいる席に近付くと、手近の席から椅子を一脚借りて、それに座った。

 高橋さんが来たら、俺が文句を言っていた時は眉間に皺を寄せて不機嫌そうにしていた柊の顔が穏やかになり、大人しくなった。

 席に着くなり、高橋さんはジャケットの内ポケットから水筒を取り出した。喫茶店に飲み物を持ち込むなんて何を考えているんだ、そう思ったが口には出さない。

 高橋さんの水筒の中身は、シジミの味噌汁だった。本当に何を考えているんだ?

「話の流れは大体見ていたが…椿、お前の我儘は却下だ。東京に行け」

「は?」

 味噌汁をすすりながら、高橋さんが言った。

「あの…美味しくできてますか?」話の流れを無視して、柊が高橋さんに訊いた。

「ああ。すごく美味いぞ」

「ホントですか!」

 柊は、手を合わせて喜んだ。

 俺を無視して、高橋さんは柊と話している。話から察するに、高橋さんの今飲んでいる味噌汁は柊が作ったものらしい。まぁ、そんなの今はどうでもいい。

 味噌汁の事なんかより、「なんで俺が東京に行かないといけないんスか?」と、現状についての事を、高橋さんに訊ねる。

「ま、一言で言うと、仕事だからだ」

「……一言じゃなく言ってください」

 明らかに面倒そうに頭を掻いてから、高橋さんは口を開いた。開いた口に、シジミを入れる。そして、話し始める。

「支部長から依頼の仕事でな、椿、お前をご指名なんだよ。で、その仕事場所が東京だから、お前は絶対行かないとならない。だから、旅行ってのは、仕事のついでだよ」

「それにね、高橋さんがお小遣いくれるってよ」

 天使が横から口を挟むと、「そうだった」と、高橋さんは懐から財布を取り出した。

「ま、俺は気前がいいからな。いつも仕事ご苦労の意味も込めて、臨時ボーナスだ」

 そう言うと、高橋さんは一人一万円の臨時ボーナスをくれた。

「あの…私までいいんですか?」

 申し訳なさそうに、榎が訊く。

「ああ。嬢ちゃんにも世話になっているしな」

「私が?」

「おう。いつもバカ二人に付き合ってくれてありがとよ」

 そう言われ、榎は納得し、「ありがとうございます」と礼を言うと、臨時ボーナスの一万円を受け取った。それと同時に、バカ二人と言われた俺と天使は互いを指差す。一人だったら相手にバカの称号をなすりつけられるのだが、二人と言われてしまったので、指を差されている人数と合致してしまった。

「んじゃ、椿も受け取ったことだし、東京行きに文句はねぇな」

 文句はあるが、慢性的に金欠の俺には、一万円を差し出されて、受け取らないという選択肢が無かった。だから、しぶしぶ「…はい」と応えた。

「つーか、仕事の内容は何なんスか?」

 東京に仕事のために行くというのなら、その仕事の内容を知らないといけない。ただでさえ行きたくないのに、仕事の内容を知らずには行けない。

 しかし、高橋さんは「ま、仕事の内容については楸に言ってある。それに、動くのは夕方、そうだな…大体五時頃からでいい。それまでは、東京を楽しめよ」とはぐらかした。

 俺は、元から楽しめると思っていないので、「はい」と返事はせず「あぃ」と適当な返事をした。



 東京に行く事は決まった。つーか、既に決められていて、俺に行き先を変更する権利や拒否権なんて物は無かった。

 各々の飲み物も無くなり、「そろそろ行こっか」と天使が言った。

 天使の声に、榎だけが「そうだね」と応えた。高橋さんは味噌汁の入っていた水筒をジャケットの内ポケットにしまい、柊は椅子の背もたれに掛けていたコートを羽織った。

 みんな立ち上がるが、俺は最後の抵抗として座り続けた。

「ったく。しゃーねぇな」

 俺を見下ろし、天使が言った。そして、浴衣の袖口に手を突っ込んだ。

 天使が浴衣の袖口から右手を出すと、俺は立ち上がり、何かを取り出したその右手首をすぐさま掴んだ。

 天使の手には、紫色のボールが握られていた。

「おい。またコレで俺を眠らせる気か?」

「てへっ」と天使は舌を出す。

 天使が取り出したボールは、たしか『ねんねこ玉』とか言う、ぶつけた人間を眠らせる事が出来るボールだ。以前に数回、俺はこのボールを使って眠らされている。つーか、天使は「仕事で使う」とか言っておいて、今まで仕事とはほとんど関係ない所で、しかも俺にしか使っていない。俺が邪魔な時や俺を無理矢理移動させる時などが主な使用用途だ。

「だって、椿が愚痴ばっか言うから。ちなみに、これは、ねんねこ玉 ミニね」

「っせぇよ。こんなもん使わねぇでも、ちゃんと行くよ」

 そう言い、念のために、天使から『ねんねこ玉ミニ』を没収した。天使は「返せよ」とうるさかったが、コレが天使の手にあると、俺は不安で夜も眠れない。実際、ねんねこ玉を食らった日の夜は、なかなか寝付けない。

 奪ったボールは、上着のポケットに入れた。上着の腹の所にあるポケットはチャックも付いているので、不用意に奪い返されることも無いだろう。

「おい。グダグダしてんな。行くぞ」

 みんなは既に店の入り口前に移動していて、そこから高橋さんに声を掛けられた。

 テーブルの上を見ると、さっきまであった伝票が無かった。おそらく高橋さんが先に支払いを済ませてくれたのだろう。

 そういう、支払いをサラッと済ませてしまう高橋さんの大人としての振る舞いに感心しつつ、俺は天使と一緒に、みんなの所へ行く。

 俺たちが来たのを確認し、外へ出ようと、高橋さんがドアに手を掛けた。

「そういや、移動はどうすんだ?」先に外に出る三人に続きながら、隣にいる天使に訊いた。「東京までだと、どんなに早くても、二・三時間掛かるんじゃないか?」

「そうかもね」

 笑みを浮かべながら、天使が応える。

「そうかもねって、移動だけでくたびれんぞ、俺は」

「はい、到着」

 天使が言った。

 喫茶店の外は、いつもの見なれた光景ではなく、人がうじゃうじゃいる、気持ち悪くなりそうな場所だった。

「くくっ。相変わらずバカだな。んな移動時間を掛けない為にも、俺が来たんだろうが」

 高橋さんは、俺を見て嘲笑う。

 俺たちは、どうやら高橋さんの持つ資格〝空間移動″を使って、一瞬で東京に来たらしい。

 便利な能力のお陰で、俺は心の準備もないままの上京と、あいなった。

 しかし、東京とひと口に言っても、ここはどこなのだろう? 近くに駅がないから、自分が今いる場所が分からない。

 取り敢えず、東京はどこも物騒だから、尻ポケットの財布は上着のポケットに入れよう。ここならチャックが付いているから、尻よりは安全だ。右は既に入っていたので、左のポケットに入れた。


     楸 Ⅱ


 俺の頭の中の記憶には、『東京に来た』というものが無い。もしかしたら本当に来た事が無いのかもしれない。来たとしても、ずっと昔の事だろう。だから、今が初の東京ということでもいいのかな。いいよね。

 榎ちゃんも柊も、東京を興味津津といった感じで見渡している。

「なぁ椿。人がうじゃうじゃいるな。お祭りでもやってそうな勢いだよ、これ」

 はからずともテンションが上がってしまう。

 しかし、俺が話しかけた椿は、既に顔色が悪くなっていて、不満が顔中に表れている。

「祭りなんてやってねぇよ。どうせ、東京なんていつもこんな感じだろ」

「おいおい、テンション低いぞ。東京ガールはレベル高いぞ」

 周りを見ると、モデルみたいに可愛い子がわんさかいる。中には可愛いとは言えない人もいるけど、全体的にレベルが高い。榎ちゃんが普通に感じる。柊に至っては、存在自体が霞む。

「別に普通だろ。つーか、人酔いしそう」

 椿は、わざとらしく、舌を出した。

 椿のように不満そうというワケではないが、高橋さんもはしゃいでいる様子は見られない。たぶん、高橋さんは大人だから、俺達と違って東京に浮かれていないのだろう。

「くくっ。楽しい東京見物になるかは分からんが、ま、適当に楽しめよ」

 そう言うと、高橋さんは今 通ってきた扉に歩み寄った。

「え?高橋さん、帰るんですか?」

 俺が訊くと、高橋さんは振り返って、「おう」と答えた。

「今日の俺は、人ごみに流されそうなんだよ」

 良く分からないが、高橋さんも椿と同じで、東京が苦手らしい。

「え~?帰るんですか、高橋さん」

 今し方 俺がした質問を、柊が繰り返した。しかし、俺はただの疑問として訊いたのだが、柊の言い方には、引き止めようとする感じがある。そして実際、「一緒に東京見物しましょうよ。ノルマも溜まってないですよね?」と引き止めた。

「悪いな。今の俺に、東京のステージはまだ早い。ま、楸たちの仕事が終わったら、また迎えに来るからよ」

 またワケの分からない理由をつけた高橋さんは、引き止める柊を気にも留めず、空間移動の資格を用いて、扉をくぐり、そのまま帰った。

 高橋さんの前でのみ大人しく、物腰が柔らかくなる、猫かぶり柊は、ガクッと肩を落とした。そして、高橋さんの消えた扉を見つめている。

 そんな猫かぶりを、榎ちゃんが慰めている。

 折角の東京なのに、四人中二人の気分が沈んでいる。

 こんなことではダメだと気の利く俺は、空気を変えるために、「じゃ、どっか行こうよ」と提案した。

「そうだね。お昼までは時間あるし、どこか行かない?」

 榎ちゃんが言った。さすが榎ちゃん。空気を悪くするだけの二人とは違う。

 榎ちゃんの後押しもあり「そうだね」と、柊は気持ちを切り替えた。

 しかし、相変わらず椿のテンションは低い。だが、低いながらも「そうだな。まぁ、仕事までは時間を潰す必要もあるしな」と、一応は気持ちを切り替えてくれたらしい。



 全員の気持ちが東京見物に向いた所で、これから何をするか、毎度おなじみの作戦タイムとなった。ノープランで東京に来て、来てからすることを決めるのも、斬新だと思ってもらいたい。ちなみに、この作戦会議の会場は、近場のベンチとしました。

 俺のプラン

「アルタ前ってどこなんだ?俺、最近髪切ったよ」と俺。

「大して変わんねぇな。つーか、髪切ったからって、あのグラサンは一般人に、髪切ったか訊かねぇだろ」と椿。

「そういえば、アタシだって最近髪切ったよ」と柊。

「私は最近切ってないなぁ」と榎ちゃん。

「もう髪の毛はいいよ!」と椿。

 却下された。

 柊のプラン

「アタシさ、どっか服屋に行きたい。別に服にそこまで興味はないけど、アタシだって一応女だし、流行って物を見ておきたい」と柊。

「そうだな。柊も、一応女だしな」と椿。

「ちょっと!一応を強調するな」と柊。

「そうだな。柊も、辛うじて女だしな」と俺。

「辛うじて、ってどういう意味だ!」と柊。そして、俺を殴る。

「私も服見たい」と榎ちゃん。

 榎ちゃんのお陰で、有力候補となった。

 榎ちゃんのプラン

「えーと……私、特に行きたい場所はないから、みんなに任せるよ」と榎ちゃん。

「ホントに?どっかあるでしょ?」と俺。

「そうだよ。別にアタシたちに気を使う必要はないよ」と柊。

「でも、ホントに………あ、じゃあ、ハチ公前?」と榎ちゃん。

「それは待ち合わせ場所だろ。誰を待つんだよ、バーカ」と椿。柊に殴られる。

 俺はバカとは思わないが、榎ちゃんのプランは、断腸の思いで却下させてもらいます。

 椿のプラン

「俺?俺も、特に行きたい所はねぇよ」と椿。

「うっわぁ。つまんないヤツ」と柊。

「そうなの?てっきり、椿君は秋葉原とかに行きたいって言うのかと思った」と榎ちゃん。

「うん、俺も。椿ってアニメとかマンガ好きだろ?」と俺。

「分かってねえな。確かにそういうのは好きだけど、俺はオタクじゃねえんだ。コスプレしたり、フィギュアを見てニヤついたりはしねぇ。まぁ、筋骨隆々なキャラクターや、刀を持ったキャラクターは好きだけど、でも、決して美少女系フィギュアの趣味はねぇ。マンガにどっぷりハマるワケじゃねぇけど、好きは好き。だから、俺の好きはオタクのヤツらと比べると、綺麗な純愛って感じかな。だからって、別にオタクが全て悪いとも思わないが……」

 長くなったので、とりあえず却下。



 ベンチでの会議は白熱した。ていうか、勝手に椿がヒートアップした。いつにも増して饒舌で、自分はオタクではなくマンガ好きだということを語った。

 俺は面白可笑しく聞いていたし、榎ちゃんも愛想笑いを浮かべながら聞いていた。しかし、柊はそうはいかず、「うるさい、バカ」と、椿を黙らせた。

 椿が落ち着きを取り戻し、前の様に不機嫌になった後も、会議は続いた。しかし、意外とみんなの東京に関する知識は浅く、結局、柊が最初に提案した「服屋に行く」ことに決まった。

 決まったのはいいが、予想以上に時間が掛かったので、「服屋に行く前に、どっかで昼ごはん食べない?」と提案してみた。

「そうだね。今から食べる所探していたら、ちょうどいいかもね」

 ケータイの時計で時間を確認している榎ちゃんが、そう言った。

 榎ちゃんが言うと、柊も「そうね」と賛成の意思を示し、椿も「どっちでもいい」と言った。どっちでもいいという事は、お昼を食べたいという事だと、俺は解釈した。

「じゃあ何処行く?東京っていったら、何が美味しいの?」

 俺が訊いても、誰も答えない。

 今からお昼ご飯を食べに行く事に決まったのに、誰も答えてくれない。

 何で答えてくれないんだ、と悲しみを感じ始めていたら、椿が口を開いた。

「つーか、東京の名物的なモノって何なんだ?」

「………何だろ?」

 椿にそう言われ、俺も考え込んだ。

 大阪ならお好み焼やたこ焼き、名古屋なら味噌カツ、福岡なら豚骨ラーメンといった感じでイメージが湧くが、東京となると特定の物が思い浮かばなかった。

「もんじゃ焼きとかじゃないかな?」

 榎ちゃんが言った。

「それか、深川飯とか?」

 柊が言った。

「ふかがわめし?ってなにそれ?」

 聞き慣れない名前に、俺が首をかしげると、何故か椿が「アレだろ、アサリを煮込んだ物をかけた丼メシ」と教えてくれた。

「へぇ~」カペッリーニも知らないくせに、何で深川飯を知ってるだろ?

「つーか、もんじゃは昼飯って感じしなくね?それに、俺、あんまアサリ好きじゃない」

 女子二人が出した二つの候補を、椿はどっちも否定した。

 てっきり反論するかと思ったが、二人とも納得していた。

 もんじゃについては俺も椿と同意見だけど、深川飯については知らないので分からない。帰ったら調べてみようとだけ思い、次のお昼候補を考える。

 考えてみたけど、候補を挙げる事は出来なかった。テレビとかだとよく有名なお店を紹介しているが、そういう店が何処に在るか分からないし、そういう店って結構高く、俺らみたいなヤツには敷居が高い。

 誰も次の意見を出せないでいたら、「特にないんだったら、ファミレス行かね?」と椿が言った。

「東京に来てファミレスぅ~?」折角の東京なのに?

「いいだろ、別に。つーか、ファミレスっつってもアレだぞ、こっちの地元に出店してないチェーン店のだぞ」

「あ!もしかして、あそこ?」

 榎ちゃんが反応し、そのチェーン店の名前を出した。

「テレビでは見るけど、近くには無いもんね」と榎ちゃん。

「だろっ?」と椿。

「アタシはもう何処でもいいよ。てか、お腹空いてきた」と柊。

 俺としても、反対してまで通したい意見も無いので、椿の言うファミレスに行くことにした。



 椿の言うファミレスでお昼を食べることに決めたのだが、その店が何処にあるのか、俺たちは誰も知らない。ケータイで調べてみると椿は言ったが、ケータイを手にしてすぐ「………わからん」と諦めた。

 千里眼で探す事はできないのか柊に訊こうと思ったが、空腹感を抱えた柊にそれをするだけの力はなさそうだと、諦めた。

 結局、宛ても無いまま歩いた。

「お腹が~空いた~♪」唄とおぼしき謎のモノを、柊が呟き始めた。「お腹が空いて~アイツの腹潰す~。お腹と背中で~フォーリン・ラブ♪」

 どうやら、事は一刻を争うことになりそうだ。手遅れになれば、俺か椿のお腹と背中がフォーリン・ラブする。

 危機感を抱き、必死に辺りを見回したら、十数メートル先に面白そうな店を見つけた。

「ねぇねぇ。もうあの店にしない?」

 先を歩く椿を呼び止め、その店を指差し、みんなに提案してみた。

「カレー屋、か?」

 俺が指差す店を確認し、椿が呟いた。

「うん。椿の言うファミレスも見つからないしさ、カレーだったらそこまでハズレも無いんじゃない?それに、ほらっ」

「ん?」

 お勧めする一番の理由を指差したのだが、今いる場所からだと、店先の看板が見えないらしい。椿は目を細めた。

 まだその店に決めたワケではないが、取り敢えず近付く。

「『二キロのカツカレー、十五分で完食したら食事代タダ』?」

 店先に来て、俺が指差し続けた看板を、榎ちゃんが読み上げた。

「つーか、良く見えたな…」

 さっきの場所からだと、ざっと十メートルちょっと離れていたし、看板の角度も悪かった。だけど、俺は目が良いから見えた。

「まぁね」

 あんまり誉められてる感は無かったけど、胸を張った。

「でさ、この店どうかな、榎ちゃん?」

「うん。私はイイと思うよ。どう、椿君?」

「ふ~ん。ま、いんじゃね」

「ハッ。アタシがコレを食べれば、アンタらの昼飯代もタダってこと?」

「そういうこと。よろしくね、柊」

 ということで、カレー屋に入った。完食出来なかったら二キロのカツカレーはだいぶ高くつくが、柊なら問題ないだろう。



 店に入ると、すぐに席を案内された。あまり時間をかけずに、注文した。

 柊は当然、二キロのカツカレー。俺は、普通のカレーにチーズをトッピングで。榎ちゃんは、目玉焼きの乗ったチキンカレー。椿は、カレーライス大盛り、辛さ二十倍。

「おい。何で俺のカレーだけ辛いんだよ?」

 椿は「俺、カレーの大盛り」とだけ榎ちゃんに言うと、トイレに行っていた。その時、俺は何にしようかまだ悩んでいたが、椿がいなくなると不思議とすぐ決まった。だから、トイレに行っていていない椿の分まで、俺が注文した。辛さを選べるということだったので、親切心から辛くしておいた。

 そのため、カレーが運ばれて来た時、椿が文句を言った。

「辛くしてくれなんて言ってねぇだろ」

「でも、辛くするなとも言って無かったよ。それに、椿って人生に刺激が欲しいって言ってなかったっけ?」

「言ってねぇよ!もし言ってたとしても、カレーの刺激は求めてねえ」

 とまぁ、なんだかんだ文句は言っても、カレーは出来てしまっているので、変更は出来ない。観念した椿が一口食べたら、「ん。ま、大した辛さじゃねぇな」と言い、水を飲んだ。

「はい、椿君」

 榎ちゃんが、水を一気飲みした椿のコップに、テーブルに備え付けの水を注いだ。

「ん、わりぃ」

「そんなに辛い?」

 自分の皿からスプーンを取り、椿の二十倍辛いカレーのルーを少しすくって食べてみた。

「ん。まぁまぁ辛いな」

 大した辛さじゃなかったけど、自分のカレーを美味しく食べる為に舌を洗って一度リセットするという意味で、水を飲んだ。辛くないけど、鼻の頭から汗が出て来た。

「はい、楸さん」

「ありがと、榎ちゃん」

 榎ちゃんは、俺の空になったコップにも水を注いでくれた。

「そんなに辛いってか?」

 そう言い、柊も椿のカレーを味見した。「私もイイ?」と、榎ちゃんも食べた。

「ん。結構辛いね」

「そう?私は大丈夫」

 柊は水も飲まず、しっかりとカレーを味わった。榎ちゃんに至っては辛さを感じていないらしい。

 たった一口で汗を滲ませた椿は、榎ちゃんを怪訝そうに見ながら、ニット帽を外した。飲食店に入ってもマナーを知らない為に取らなかった帽子を、外した。

 俺たちのカレーから少し遅れて、柊の二キロのカツカレーが来た。

「おっきいね~!」

 榎ちゃんのリアクションは当然正しい。そのカレーは、椿の有り得なく辛い大盛りカレーの三倍はあろうかと言うサイズだ。

「はい、じゃあ十五分ね」

 と、カレーを運んできた店員がストップウォッチを押した。

「じゃ、いただきます」

 時計がスタートしてから、柊は律義に手を合わせた。



 流石の柊でも、二キロのカレーは厳しいか。とか思う間もなく、柊は完食した。十分弱で完食した。

 細身の女が完食するとは思わなかったようで、店員は驚いていた。驚いたまま、食事代をタダにするように伝票に書いていた。

「ハッ。アレくらい余裕だね」店員がいなくなった後で、柊が言った。「てか、椿…アンタ遅くない?」

「っせぇよ。つーか、かれぇ!」

 痩せ我慢していた椿も、とうとう辛いと認めた。

 柊、俺、榎ちゃんの順で食べ終え、椿だけがまだ食べている。椿は一口食べる毎に水を飲む。そのため時間もかかるし、水だけで腹が膨れるんじゃないかとも思う。

「まぁ、ゆっくり食べろよ」

 俺が笑って言うと、椿が睨んできた。たぶん、「お前のせいだろうが!」とでも言いたいんだろうけど、辛さのあまりか、口数が少ない。



 椿がゆっくり食事を続けていると、「そういえば、楸たちの仕事ってどんな感じなの?」と柊が訊いてきた。大して興味があるワケではないだろうが、暇つぶしの話題にといったところだろう。そう察し、俺もやることないし、榎ちゃん達には隠すことだけ隠せばいいか、椿にも教えておかないといけないし、ということで話すことにした。

「んー、簡単に言うと、ある人を止める事なんだって」

「人を止める?」

 榎ちゃんが不思議そうに言う。椿も、喋りはしないが、目だけで会話に参加している。

「そ。その人間が間違った道に進みそうだからってことで、それを止めるよう言われてるの」

 俺が言うと、柊が眉をひそめた。やはり、この仕事の不自然さに気付いたらしい。

「何でそんな事をする?その人間が事を起こして、人間の社会で裁かれなかったら、その時にアタシたちで裁けばいい。そもそも東京は管轄外よ。てか、止めるって何?」

 柊の疑問はもっともだが、それに一つ一つ答えるのは面倒だ。しかし、適当にはぐらかしても柊が納得しないだろうし、適当な理由を見繕う方が面倒な気がした。

 だから、一つ一つ答える。

「なんかね、支部長たっての依頼らしいよ。〝先読み″して視た未来でその人間を見つけた支部長は、そいつがやる事が悪いことだと分かっていても、気持ちも理解できるってことで、止めるという選択をしたらしい。事を起こしてから警察に捕まったり、見えない存在の天使が天罰を下したりっていう形じゃなく、人間の椿が止めるっていう選択をね。それにさ、そいつ、椿や榎ちゃんと同じ力を持っているんだって」

 話を聞きくと柊は納得したが、今度は椿が「俺達と同じ力?」と食いついてきた。

「うん。詳しい事は分からないけど、そいつも相当の力を持っているってさ」

「ほぅ」

 椿は興味を持ったようだが、それ以上は訊いて来ずに、またカレーを食べ始めた。

「ねぇ。その人がしようとしている悪い事って何なの?」

 榎ちゃんが不安そうに訊いてきた。

 俺は、高橋さんから聞いてしまっているので、榎ちゃんの質問の答えを当然知っている。しかし、「さぁ。それは、本人に訊いてみないと分からない。俺も漠然と、悪い事ってしか聞いてないから」と答えた。

 本当の事を話せば、榎ちゃんは心配する。ただでさえ「悪い事をする」ってだけの情報で心配させてしまったのに、これ以上は教えられない。

「大丈夫だよ。高橋さんが言うには、悪いヤツではないってさ」

 この程度の言葉で榎ちゃんが安心するとは思えないが、一応言っておいた。

 榎ちゃんは尚も心配そうな顔をしている。だから俺は、話題を少しでも変えようと思い、「そうそう」と浴衣の袖口に手を入れ、高橋さんから貰っていた資料を取り出した。そして、その資料の一部を指差し「そういえばさ、コレって何て読むと思う?」と訊いた。

 訊いてから、問題の文字以外の部分が見えないよう、資料を折り畳んだ。個人情報はむやみに他人に教えてはいけない、という常識くらいは俺にもあるから。

 俺が指差した個所を、榎ちゃんは不思議そうに見る。

「梅、花、皮?」

「何コレ?名前なの?」

 柊も資料に目を向けた。椿も黙って見ている。

「うん。たぶん名前だと思うけど、読み方が分からないんだよね」

「当て字だろ。なんつーっけ、アレは…?」

 椿が悪い頭を働かせていると、「キラキラネーム?」と榎ちゃんが助け船を出した。

「そうそれ」

 そう言い、椿は榎ちゃんを指差す。

 のんびりとカレーを食べていた椿は、やっと完食し、スプーンを皿上に放り、紙ナプキンで口を拭いた。行儀悪く舌を出し、ひーひー言っている。

「結構多いんだろ?そういう読み方が分からない名前って」

「そうだとして、何て読むんだ?」

 椿に訊いたら、考える事を放棄したかのように目を逸らし、水を飲みだした。

 椿は役に立たないので、他三人で考える。

「うめはなひ?ばいかひ?」

 どれもしっくりこない。

「『うかび』とかかな?」

 榎ちゃんは言ったが、自分でもピンと来てないようで首をかしげる。

「梅を梅雨って書いた時の『つ』だとして、『つかひ』とか?」

 少しひねった案を柊が出した。しかし、やはり違う気がする。

「『うめはな』でいんじゃね。この際、皮は無視して」

 一番しっくりくる邪道な意見を、椿が出した。

 しかし、みんな、皮は無視できないので賛成とはいかない。

 椿の意見の後も、みんなで考えた。しかし、考えはするものの、これといって正解と思えるような名前を出す事は出来なかった。



 今回のターゲットとなる人間の名前が分からないモヤモヤを抱えたまま、カレー屋を出ることにした。この店は喫茶店のようにゆっくりするような雰囲気ではなく、待っている客もいるようだったので、用も無く長居は出来ない。

 柊の優れた功績に感謝しながら、一銭も払うことなく店を出た。

 店を出た後は、柊のやりたいプランであった、『服屋に行く』ことにした。この案には、榎ちゃんも賛成した。椿はやりたいことがないから、何でもいいと言っていた。俺としても、実はやりたい事がないし、服屋で榎ちゃんのファッションショーを見られれば、それ以上に愉しい事はない。だから、服屋に行く事に誰も異論ない。

 ということで、服屋に向かった。どこの服屋なのかは、榎ちゃんと柊が相談して決めていた。俺と椿は、黙って行き先を任せる。

 今度は榎ちゃんがケータイで場所を調べた。榎ちゃんも東京の地理には詳しくないはずだが、地図が表示されたケータイ画面を見ながら、俺たちを先導し、しっかりと目的地に辿り着いた。

「あっ!あの建物だよ!」

 そう言って、榎ちゃんはその建物を指差した。

「すごいな。同じ道具を持っていても、それを使う人によって、こうも違うとは」

 そう言って、隣にいる椿を見た。

 昼食前、ファミレスに行くといって椿もケータイで場所を調べたが、早々に「分からん」と諦めた。それなのに、榎ちゃんはスゴイ。てか、椿がダメ。

 だから俺は、バカにした視線を椿に送った。

「っせぇよ。つーか、こっちの建物の方がメジャーだろ」

 不服そうに、椿は、先を行く榎ちゃん達を追った。

 椿の言う通り、今から行く服屋はメジャーらしい。俺はてっきり服屋を何軒もハシゴしていくんだと思っていたけど、この建物の中には様々なブランドの服屋が集まっているから、この建物の中だけで色んな服屋を見られると、道すがら榎ちゃんに教えてもらった。

「それにしても、行きたかったファミレスってのはいっぱいあるんだから、やっぱり椿はダメだよね。てか、地図も読めない方向音痴なの」

 椿に聞こえないようにボソッと呟き、先を行くみんなを追った。



 建物に入ると、中は女の子の割合が圧倒的に多かった。男もいないワケではないが、居る男のほとんどが彼女連れで、男だけというのは僅かだ。

 女物の香水の匂いなのか、ハイカラな匂いが鼻に付く。具合が悪くなるほどではないが、長時間ここに居たら、おかしくなってしまいそうな気もする。

「あー臭ぇ」

 椿は、あからさまに嫌悪感を示していた。建物内に人が多いことも手伝ってか、椿の機嫌が徐々に悪くなっていく。

 服屋に来たがっていた柊は、予想を超える雰囲気に尻込みしているのか、「ハ…スゴイね…」と辺りをキョロキョロ見ている。口は笑っているが、目は明らかにビビっている。

「うん。スゴイね。私も初めてだから、どこに何があるんだろ?」

 榎ちゃんも柊の様に辺りをキョロキョロ見ているが、その顔は笑っていて、楽しそうだ。

 柊はあまりのことに戸惑っているが、服屋を見たいと言い出したのは柊なので「行こっ、柊さん」と榎ちゃんに手を引かれ、連れて行かれた。

 俺と椿も、自分たちの見たい物はないので、二人の後を追う。



「ねぇ、榎ちゃん。アタシがさ、こういう女の子全開の服を着たら変かな?」

「そんなこと無いよ。可愛いよ」

「あ…ありがと」

 女子組は、楽しそうに服を見ていた。

 柊は時折 適当な服を見繕って来ては、榎ちゃんのアドバイスを貰っていた。

「いや~。楽しそうだね。ていうか、榎ちゃんはあてがうだけで、試着とかはしないのかな?するんだったら、俺 見に行くのに」

「知るかよ。つーか、気持ちワリィ」

 俺達男子組は、ショップの外側にある休憩スペースとしては余り充実感の無いベンチに座っている。榎ちゃん達が服を見ている姿が見える場所で、俺たちは休憩中。椿は時折、吐き気を催していたが、俺は無視した。もしホントに吐いたら、即行姿を消せばいい。

「そういや、まだ写真も見せてなかったな」

 榎ちゃんが試着をする気配も無く、暇なので、仕事の話を持ち出してみた。

 先ほどは出さなかった資料の写真を取り出す。そして、それを椿に渡した。

 椿はベンチにだらけて座る格好のまま、写真を見た。

「なんか感じ悪いな」

 椿は率直な感想を口にした。

「椿が言うなよ」

「っせぇよ。俺はこんなに目つき悪くねぇよ」

「十分悪いと思うよ」

 そう言ったら、椿が睨んできた。

 椿が怒らないよう これ以上茶化すのは控え、仕事の話に戻す。

 それに、今なら榎ちゃんがいないから出来る話もある。

「でさ、さっきはその人間がすることについて知らないって言ったけど、ホントは知ってるんだよね」

「……で?」

 先程は榎ちゃんに気を遣ったことを、椿は察してくれたらしい。黙っていた事について咎めてくる事はなかった。

「実はね、――――だってさ」

 俺が言うと、椿は目を丸くして驚いた。

 何かを言いたそうに口をパクパクさせている。

「おっ!榎ちゃんが試着室の方に行ったぞ。じゃ、俺は行くな」

 椿を残し、俺は榎ちゃんの所へ急行した。

 椿はまだ驚いているが、問題ないでしょ。


続きます。

私が東京という場所に縁がないので、いろいろとぼやけた話になってしまいました。すみません。


椿の東京嫌いなどの性格のねじれは、もう直らないでしょう。東京にお住いの方、申し訳ございませんでした。

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