表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天使に願いを (仮)  作者: タロ
春夏秋冬の半分(仮)
15/105

第零話 天使が煙草を吸っていた頃の話(中篇)

既に修正しましたが、前回の話のサブタイトルに若干の誤りがありました。あれは前篇です。そして、これはその続きです。長くなってしまったし、区切りをつける意味でも、今回は中篇です。


     椿 Ⅳ


「え?一級の資格を持っているのって、高橋さんなんじゃ?」

 俺は驚き、高橋さんに訊いた。この館内にいる〝天使の矢″一級の資格を持つ一人の天使とは、高橋さんのことだと思っていた。

「くくっ。おい、どうした?今日はいつも以上に、頭が腐っているな」

 腐っていると言われた頭を掻く。

「だって、柊が昨日…」

 そこまで言いかけ、俺は気付いた。

 昨日柊は、一級の矢を持つ天使について『アンタが知ってるようで実は全然知らない天使』だと言っていた。

 あの時、俺はクソ天使の事を知っているつもりで、あいつの持つ資格はテレパシーだけだと思い、真っ先に除外した。しかし、天使の持つ資格はテレパシーだけじゃなかった。それに、俺は高橋さんの話を聞くまで、実際はあいつの事を何も知らなかった。

 柊が言っていたのは、クソ天使のことだった。

「くくっ。気付いたみたいだな」

 俺の様子を見て、高橋さんが言った。

「じゃあ、高橋さんの資格は…?」

「くくっ。俺の持つ矢は二級だよ」言いながら、高橋さんは懐から銃、リボルバーというヤツだろう弾倉が回転式の銃を取り出した。「これが、俺の矢だ」

 それは昨日、高橋さんが俺と榎のピンチに駆け付けた時に持っていた銃だった。

「それが…矢?」

「ま、正確に言えば、これは弓だけどな」

 どう見ても、それは弓ではない。どっからどう見ても、紛う方ない、銃だ。

 俺が不審がって見ていると、高橋さんと五十嵐さんが笑いあっていた。

「くくっ。これはな、俺の持っていた弓を、五十嵐が改造した形だよ」

「は?」どこをどう改造すれば、弓が銃になるんだ?

「いやよぉ、高橋がな、持ち歩くのには弓はでかくて邪魔だっていうんだよ。で、俺に、小さい弓を作ってくれって頼みに来やがった。考えた結果、コレが一番小さくて、威力もあって、面白いと思って、で作った」

「は?」最終的に、面白いから?

「最初は、なんで銃なんだよって五十嵐に詰め寄ったがな。だが、くくっ。これはこれで、なかなかイイもんだ」

「へー」弓が銃に変わっても?

「そりゃそうだろ。弓と違って、連射できる。撃ち出す矢は、オメェが力を込めれば、無制限。実際に弾を入れて、その弾に資格の効果を付加することもできる。これ以上に完璧な矢は他にはないぞ」

「そっすか」矢じゃなく、銃すけどね。

「くくっ。他のヤツ等は全く受け入れないがな」

「そうなんすか」つーか、天使は弓矢派じゃなかったのかよ!

「まったく。この美学が分からないとはな」

「くくっ、だな」

 俺を無視して、仲の良いオッサン二人は笑いあっていた。



 高橋さんと五十嵐さんは、仲がイイ。

 しばし、俺を無視して、互いに酌をしながら話し合っていた。

 話題は、俺の知らない、興味もない過去のことだった。高橋さんの持つ銃のこと。二人でふざけてここの支部長にいたずらを仕掛けたこと。柊につまみを作らせて、呑んだこと。クソ天使と柊をからかって遊んだこと。

 どれも興味無い。つーか、俺はオッサン二人の思い出話を聞きに来たワケじゃない。

 二人の思い出話に咲いた花を摘み取るために、「そういえば、クソ天使は、柊が一歩間違えば犯罪者になるって言ってましたけど…?」と、本来訊きたかった話へレールを戻した。

 俺が訊くと、高橋さんは、初耳だと言うように、面食らっていた。

 そして、「そうか…」とアゴに手をやって何かを考え始めた。

「いいか、椿。柊は、悪魔の力を手に入れたから、ここを辞めることになった。だが、それは別に規律に抵触するからではない。というより、柊のようなケースは、元々規律に無い。例外中の例外だ。柊がここを辞めたのは、あくまでもモラルに反したからだ」

 規律とモラルの違いが良く分からなかった。それに、そもそも人間と天使では、それらが同じとは限らない。だから、俺は「つまり?」と結論を促した。

「楸が言うことも決して間違いじゃないが、あいつの本心としては、犯罪者に対するお前の反応を見たかったんだろう。柊っていう存在を自分に見立て、それにお前がどういう対応をしていくか。それを見たかったんだと思う」

「それは…あいつが犯罪者だから?」

「ま、そうなるな。柊に対し、嫌悪感を持って接するのか、それとも忌み嫌い避けるのか。お前の反応を見て、いつかの自分に対する反応を想定しておこうとしたんだろう」

 クソ天使が自分を試していたことに、腹が立った。しかし、怒りを何にぶつければいいか分からなかったので、頭をグシャグシャに掻いた。

「それで…俺の反応は、どうだったんですかね?」

 俺は高橋さんに訊いた。

「さあ?少なくとも、楸にとって最悪ではなかったと思う。ぶつかりはしたが、普通のヤツみたいに接していたからな」

 見ていたみたいに高橋さんは言う。実際、たまに千里眼を使って見ていたのだろう。

「ひひっ。そう言う話だと、規律で勤務中の飲酒は禁じられていない。だが、モラルで考えると、俺も高橋もアウトだ。なら、俺らも一歩間違えれば犯罪者、か?」

 と、楽しそうに五十嵐さんは言った。一応、モラルに反している自覚はあるようだ。

「つーか、五十嵐さんは、ここで呑んでていいんすか?」

「いいんすよ。酒がここにあるんだ。呑まないでどうする?それに俺ぁ、手前ぇのペースで仕事する。縛られたら、発明はできん」酔っ払いの持論は当てにならないから、聞き流そう。「てか、高橋」

 突然名指しし、五十嵐さんは、高橋さんを指差した。

「ん?」

「お前は、も少し部下を縛れよ。じゃないと、オメェが責任を取らされんだ。自由にやらせるのはいいが、ペチャ子ん時も、楸ん時も、お前があいつらの責任取ってんだろ?」

 何の話だか、俺には見えない。だがさっきと違って、全く関係の無い話ではなさそうだ。

「……少しだけどな」高橋さんは答えた。「それに、上司が部下のためにできることなんて、責任を取るくらいだ」

「ひひっ。お前は過保護か?」

「くくっ。そうか…俺は、過保護か…」

 そう言うと、高橋さんは自嘲気味に笑った。

 その笑いの真意を知りたく、訊こうと思ったのだが、「過保護ついでに、もっと強く止めてやれば良かったな」と高橋さんが言った。

「それってどういう…?」

「楸は、柊が辞めた頃から仕事に感情を持ち込まなくなった。一級の矢を取得してからは尚更に」

「それって、ダメなんですか?」

 仕事に実直に取り組む。仕事にストイック。それらは別に悪くない気がした。

「お前も半年やって分かっていると思うが、俺たちの天使の仕事ってのは、人を救う、人を裁く、そんな仕事だ。だから俺は、人に関心を失くしたら、心を失くしたら、ダメだと思っている」

 高橋さんの言っていることの意味が、何となくだが分かった。

 たぶん、機械的にやるような仕事ではない、そういうことだろう。

「だが、それはあくまでも俺の持論だ。俺がそう思っているだけで、強制はできない。そういう迷い、躊躇があったから、楸を止められなかった」

 後悔しているのだろう。高橋さんは眉根を寄せ、グラスの中を見つめたまま話した。

「あの…俺って、仕事に心を持って、取り組めてたすかね?」

 今訊くべきことではなかったかもしれないが、不安だったので、訊いてしまった。

 俺が訊くと、高橋さんは顔を上げた。

「くくっ。心は知らんが、時間は掛け過ぎだ。小さい件に、二、三日も掛けやがってよ。もう少し、効率を考えろ」

「…すんません」

「ま、その方が、俺はイイと思うがな」


     楸 Ⅳ


 柊が辞めてから、俺は〝天使の矢″一級を取得した。

 一級を得たことで、新たに得たのは『即死』の効果くらいだ。だが、一天使の判断で人間を殺してはいけない。もし、人間を殺すような時は、上司を含めた上の連中の許可が必要だ。そいつらが審理を重ねた結果、殺すことが止むを得ないとなった場合のみ、俺は一級の能力を使えることになる。

 今まで、許可が下りたことはない。だが、別に不満はない。

 一級を取得した事によって、二級・三級の能力も格段に上昇した。出来ることが別段変わったというより、質が高まった、そんな感じだ。今では、病気や怪我等、矢を刺した人間の身体を思いのままに苦しめる事が出来る。

 俺は人間を殺したいワケじゃない。悪い人間を裁きたい。

 だから、裁くための力が向上した事に満足している。

 そして、その力で俺は仕事をバリバリこなした。その当然の見返りとして、ライセンスの階級も順調に上がっていった。

 今では、俺のライセンスは上級だ。

 俺は、いつの間にか高橋さんも超えていた。高橋さんは何十年も中一級で足踏みしているのに、俺はその高橋さんを三十年そこらで超えていた。

 しかし、最近は自分のしていることが正しいのか、少し分からなくなってきた。

 俺は自分の判断で、自分のライセンスに見合って与えることができる罰を人間に課してきた。

 しかし、それはあくまでも俺の判断だ。

 もしかしたら自分の判断が間違っていたのでは、そう思うこともある。

 でも、それは考えないようにした。

 考えたら、柊の二の舞になる。

 柊は、無駄に考え過ぎて、悪魔の力に手を出した。俺はそんなことはしない。天使のままで、全てを救い、全てを裁く。

 そのためには、考えることは邪魔になる。考えた結果、もしどこかで間違っていたと思い、そこに後悔の念が生じれば、足を止めてしまう。仕事は常に前にある。後ろを振り返っていては、俺は自分の目標を達することなんてできない。

 だから、俺は考えず、目の前の仕事にだけ集中する。

 自分が正しいと信じて。



 ライセンスが上級になった頃から、高橋さんと衝突することが増えた。

「楸。矢に頼り切った仕事はするなと、何度も言っているだろ」

 今日も報告書を出しに行ったら、小言を言われた。

「何でですか?手っ取り早く解決するんですよ?問題ないじゃないですか」

 当然の主張として、俺は反論した。

「手っ取り早く解決する必要はないんだよ。ちゃんと人間と向き合って、解決にベストな方法を考えろ」

「そんなことしてたら、何にもできませんよ。俺は一件一件のんびりやる気はないんです」

 つい、熱くなって言い返した。

 熱くなった俺を、高橋さんは冷ややかな目を見て「楸は、全てを救うって言ってたよな。今のお前は、裁いてばかりじゃないか」と言った。

「それがなんです?悪い人間が減れば、それだけ救われる人も増えるはずですよ」

「確かにそうだが、お前はやり過ぎだ。小さい罪も見逃さず、お前は介入する。人間はほっといても自分で反省する。それで成長するんだ。考えようによっては、お前は人間の成長を妨げているんだぞ」

 高橋さんが言う事も解らないではない。けど…。

「……じゃあ、もしそいつが反省しなかったら?人間の方でも裁かれず、野放しにされて、さらに大きい罪を犯したら?それを未然に防ぐためにも、俺が裁いているんです」

「もし、だろ?そんな僅かな可能性のために、大きな成長の妨げはするな」

 俺は自分の考えを曲げる気はない。だけど、高橋さんも曲げる気はないようだ。

 俺は、高橋さんのことを睨んだ。だけど、高橋さんは熱くもならず、冷ややかな目のまま、俺を諭そうとしてくる。

 何でか、高橋さんのその態度に、腹が立った。

 だから、言わなくてもいいことを言ってしまったんだ。

「高橋さん」

「ん?」

「高橋さんのライセンスって何級ですか?」

「…中一級だが」

「でしょ?俺は上級のライセンスを持っているんです。高橋さんより上なんですよ」

「だから、何だ?」

 やめろよ、自分の中で聞こえた声を、俺は無視した。

「俺より下のヤツが、偉そうに指図すんなって言ってんだ」

「……くくっ。俺は、お前の下か…」

 俺がこんなに悪態をついても、高橋さんは笑っていた。

 何で、笑う?

 そんな疑問もあるが、「ねえ。何で高橋さんは上に行かないんですか?高橋さんなら、いつでも上を目指せるんじゃ…?」と、俺の中にあるモヤモヤを解消するのを優先した。

 高橋さんは考えていた。俺は、高橋さんの出す答えを待つ。

「何でだろうな?たぶん、あんまり高い場所に行くと、自分の足元を見るのも怖くなるからかな。ま、自分の足元なら見なくても、立てていればそれでいい。だから、それ以上に下の景色、楸や柊の事をちゃんと見てやれなくなりそうで、そうなるのが嫌で、かな」

 そう言うと、高橋さんは自嘲気味に笑った。

「ふざけんな!」俺は叫んだ。「俺は上にいるって言ってんだろ!あんたが足踏みしている理由に、俺を使うな!」

 俺は、高橋さんの答えに納得できなかった。

 そして、高橋さんに背を向けた。

「あんたが腑抜けている間に、俺は上に行く。俺の目標を実現するために」

 部屋を出て行こうとする俺に、高橋さんは「気ぃ付けてな」と言った。

 それに応えず、俺はドアを強く閉めた。



 俺が怒ったのは、別に、自分のことを下に見られたからじゃない…はずだ。

 たぶん、尊敬している上司の臆病風に吹かれたような答えが嫌だったんだと思う。普段はだらしないけど、でも、一応尊敬はしていた上司の、カッコ悪い姿が嫌だったんだ。

 いつでも俺たちを見てくれている、でかい存在だと思っていた。その存在が、急に小さくなった気がした。それが、気に入らなかったんだろう。

 後で考えたら、ちゃんと自分の気持ちは分かった。

 でも、この時は気付かず、俺は高橋さんから離れて行った。



 部屋を出て、仕事を探すために街に来た。

 最近は、高橋さんに貰った人形を使わなくなった。助けを求めている人間の近くに、必ずしも罪を犯した、俺が裁くべき対象がいるとは限らないから。

 経験から、人通りの少ない場所にならいると思い、路地裏を探した。

 探したら、いた。

 経緯は分からないが、一人の気弱そうな見た目 三十代前半の男が、ガラの悪い三人組の男に迫られていた。おそらく、ただのリンチか、カツアゲの類だろう。

 三人の脚の骨を折れば、あの男は逃げられる。面倒だったので、安直な方法を取ることにした。

 スーツの内ポッケから弓を出し、力を込めて矢を具現化する。矢には、先ほど考えた効果を付加した。取り敢えず、三人の中で一番ガタイのイイ男に狙いを定める。

「矢に頼り切った仕事はするな」

 弓を引くと、高橋さんの言葉が頭に響いた。

 余計なことを考えると、狙いが逸れる。無心にならなければと思い、頭の中の声を追い出したくて、頭を振った。

 集中し直し、三人組の背後から、矢を射る。

「ぐ、ぐぁああ!」

 狙い通り、命中した。

「おい、どうした?」

 脚の骨が折れた男を心配し、残りの二人が声を掛けている。男は、折れた脚をおさえ、のた打ち回っている。

 心配していた男二人にも、矢を当てた。

 三人組は苦しみ、倒れている。これで、あの男は逃げられるだろう。

 仕事は終わった。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 帰ろうと思ったら、声が聞こえた。

 自分には関係ないと思ったが、声のした方、俺が助けてやった男の方を向くと、男は俺を見ていた。羽を出して飛んでいる俺を、男は見ていた。

 すぐに気付いた。うっかり視覚防壁を張るのを忘れていた。本来ならうっかりで済む問題ではない。人間に姿は見せないのが原則で、天使として姿を見せる時も、慎重に、後々に起こり得る問題も考慮したりする必要がある。

 だが、見られたのなら仕方ない。矢の能力で人間の記憶を消すこともできる。取り敢えず、声を掛けられたのだから、降りて話をすることにした。

「あんた、何者だ?」

 地面に降り立った俺に、男は訊いた。

「俺は……天使だ」

「天使…?」

「ああ。話をしたかったら、場所を移すぞ」

 記憶を消すことを前提に、俺は自分の正体を教えた。当然驚いた男に、別の場所に移動するように言った。ここだと、三人組もいる。記憶を消すのは、この男だけでいい。

 先に歩き出した俺の後を、トランクケースを胸の前に抱えて、男が付いてきた。



 表通りに出た。

 ここなら人が多いから、さっきのヤツ等に仲間がいても、急に襲われるようなことはないだろう。まあ、人が多いから、俺も姿を消す必要がある。目の前の男にだけ見えるように、視覚防壁を張った。これで、俺の姿はコイツ以外には見えない。俺の姿が見えるコイツを周りの人間が不審がっても、俺には関係ない。

「どこか落ち着いて話せる場所に行きたい」

 と男が言った。

 帰る気分でもなかったので、男について行き、公園に来た。その公園のベンチに座る。

「あんたが天使だって言うのは、本当か?」

 ベンチに座ると、いきなり訊かれた。それが当然の反応なのかは分からないが、男は興奮している。

「ああ。俺は天使だ。信じる信じないは、あんたの勝手だけどな」

 俺は男の目を見ず、正面を向いたまま答えた。

 男は、不思議そうに俺を観察している。羽に興味津津といった感じだ。気持ち悪いから、さっさとコイツに矢を刺して帰りたくなってきた。

「信じるよ。羽も本物の様だし、さっきの不思議な力を見せられたら、信じるしかない」

「不思議な力…?」

「あの矢みたいな物だよ。てっきり射殺するのかと思ったが、あいつら、当たった場所とは関係の無い脚を痛めていただろ」

「…ああ」

 まさか〝天使の矢″も見られていたとは思わなかった。

 それにしても、と俺は不思議に思った。普通の一般人が、弓矢を持っていた俺を見て怖がらない。それに、『射殺』と普通に口にする。

 こいつ…何者だ?

「なあ」俺は、好奇心から男に話しかけた。「俺の事は教えた。次は、あんたの番だ。あんたは何者だ?堅気の人間には見えないが?」

 訊くと、男は悩み出した。たぶん、自分のことを話すのに躊躇しているのだろう。

 悩んだ末、男は「俺は、ある組織を抜け出して来たんだ」と、語り出した。

「組織?」なんか、どこかのマンガみたいになってきた。

「ああ。俺は、ついこの間まで悪い連中と付き合っていたんだ。だけど、それに嫌気が差して、まっとうに生きようと思い組織を抜けたんだ。でも連中は、足を洗いたいと言った俺に、執拗につきまとって来た」

「それが、さっきのヤツらか?」

「ああ。あれは下っ端だが、ついに強硬手段に出たんだ。組織を抜けた俺を、引き戻すためなのか、それとも消すのか…」

 男は、急に怯え出した。自分で口にして、置かれている状況に恐怖し出したのだろう。

 自分の横で、子犬のように震える男が、すごく鬱陶しく感じた。大の男が、自分のしたことのケツも拭かないで、ただ怯えている。目障りだ。見ているのも嫌になる。

 男の正体も知ったことだし、こいつの記憶を消して、もう帰ろう。そう思い、弓を出すために、懐に手を入れた。

 しかし、懐に入れた手を男に掴まれ、弓を出すことは出来なかった。

「なあ。俺を助けてくれ!」

 男は、俺の手を掴んだまま言った。

「放せ」

 男の手を振り払う。

 男は振り払われた手を抑え、なおも俺に懇願してくる。

「頼むよ。数日でいい。俺のボディガードになってくれ」

「嫌だ。俺は帰る」

 立ち上がろうとしたら、男に抑えつけられ、座らされた。

 男を睨んだら、男は素直に謝った。

「す、すまねぇ。でも、な、頼むよ」

「断ると言っているだろ」

「じゃあ、さっきは何で助けてくれたんだよ?」

 男は涙目で、俺を見ている。

 取り付く島も無いと諦めてくれればいいのに、情にでも訴える気か?そんなの、俺には関係ない。何故なら「仕事だからだよ」。

 俺は、仕事に感情は持ち込まない。だから、俺の情に訴えるのは無駄だ。

 それなのに、男はしつこく俺にすがり付く。

「なら、今度も仕事で助けてくれ」そこまで言うと、男は試すような目つきになった。「それとも、誰かの指示が無いと動けないのか?」

「は?」

「あんたは、誰かの操り人形なのかって訊いているんだ」

 男に言われ、何故か高橋さんの顔が浮かんだ。

「違う!俺は自分の意思で、自分の目標のために働いている」

 つい、感情的になってしまった。感情は持ち込まないと決めているから、落ち着くために、息を整える。

 さっきまで泣きそうな顔していたくせに、今の男は薄ら笑っている。それがまた、癇に障る。

「だったら、証明してみせてくれ。あんたが、自分の意思で動いているってことを」

 俺は考えた。このままだと、この男の思う壺のような気がして。だけど、それもどうでもいい。いざとなれば、男の記憶を消してしまえばいい。それに、ここまで言われて逃げるようなマネはできない。

「上等だ。俺は、お前みたいなちっぽけなヤツでも救ってみせる。どんな小さい罪でも裁く。……覚悟しとけ。俺は、お前を救った後に、お前の過去の罪も裁く」

 男は「よろしく」と言って、満足そうに微笑した。

 俺は、この男を救い、裁く。全てを救い、全てを裁くために。

 でも、この男は改心する気があるようだ。もしかしたら、高橋さんの言っていた反省と成長って、このことかもしれない。そんなことを少しだけ思った。

 けど、高橋さんの庇護はいらない。

 俺は、俺の力だけで…。



 公園を出て、男の後をついて歩いた。

 どこに行くのかと思っていたら、ビジネスホテルに着いた。

「お前、家は?」

「連中は、俺の家の場所くらいすぐに突き止めるさ。それより、早く中に入って」

 男は辺りを警戒しながら、ビジネスホテルの中に入って行った。俺の姿なんて他の人間には見えないのに、「早くしろよ」と、生意気にも俺に命令しやがった。

 フロントでチェックインを済ませ、部屋に入った。

 部屋は、当り前だが一人部屋で、内装もおしゃれと言うには程遠く、殺風景で味気ない部屋だった。ベッドとテレビ、机と椅子がワンセットあるだけだ。

 男は持っていたトランクをベッドに下にしまい、「適当にくつろいでくれ」と言った。

 そう言われても、くつろげるほど広くない。さすがにベッドの上に横になる気にはなれなかったので、一個だけある椅子に座った。

 座ってもやることが無い。取り敢えず、煙草に火を付けた。

「で、俺は何日間、ボディガードすりゃいい?」

 部屋に備え付けであった灰皿に灰を落とし、訊いた。

「そうだな。まあ、早ければ明日一日。長くても二、三日ってとこかな」

 二、三日か。それだったら、一度帰って荷物を持ってこようかな。

「どこに行くんだ?」

 立ち上がった俺を、男は慌てて引き止めた。

「どこって、一度帰るんだよ。着替えとか欲しいし」

「早けりゃ明日、長くてもたった数日だ。着替えなくてもいいだろ?」

「やだよ。俺は綺麗好きなの」

「だったら、下着だけでも買いに行こう。頼むから、俺から離れないでくれ」

 男は、俺を帰す気はないらしい。

 男の必死さに根負けした俺は、帰ることを諦め、椅子に戻った。まあ、数日くらい着替えなくても死にはしない。俺は、別に綺麗好きじゃなかった。

 必要な物は、明日買いに行く事にした。男は、できればどこにも行きたくないと言っていたが、食料とか、無いと困る物がある。買い物は必須だ。

 やることも無いので、煙草を吸った。吸ったら、無くなった。買い物リストに煙草を追加した。

 暇を持て余した俺に、「なあ。さっきの矢は何だったんだ?」と、男が話しかけてきた。

 俺はテーブルに組んだ足を乗せ、「別に。何でもいいだろ」と投げやりに答えた。

「あれって、天使の武器か、何かか?」

「…そんなとこだ」

「アレで、人を殺すことも出来るのか?」

「……ああ」

「そうか。いいなあ」

 男は、ボソッと言った。

 ただの相槌や社交辞令の様に言ったのではない事は、男の眼を見れば判った。

「人間風情が、天使の矢を欲しがるな」

 俺は、男に釘を刺し、テーブルから足を降ろした。

 起きていると、男の話し相手にされる。気が進まないが、椅子に座ったまま目を閉じた。



 翌朝。

 目を覚ますと、身体が痛かった。座ったまま寝たせいだと思う。立ち上がって、固まった筋肉をほぐした。

 男は、俺より先に起きていた。

「あんた、俺より先に寝て、俺より後に起きるんだな」

 朝一で小言を言われた。何が楽しくて椅子で寝て、起きてすぐおっさんに小言を言われなければならないんだ。頭を掻きながら、男を睨んだ。

「いや、別に文句を言いたいワケじゃない。そう睨むな」

「文句じゃなきゃ、何だよ?」

「いや、腹が減らないかなと思って」

 そう言われると、腹が空いた。思えば、昨日の昼から何も食べていない。

 男は、気が利かないから朝食を買って来ていないワケではなかった。ボディガードの俺がついてこないと不安だから、俺が起きるのを待っていたらしい。

 顔だけ洗って、男と一緒にホテルを出た。

 まだどこか薄暗い、こんな朝早くから開いている店があるのかと思ったが、思いの外 あった。人間の生活に触れる機会が少ないので、こういう発見は貴重だ。

 会計は男持ちだと言うので、煙草も頼んだ。

 寄り道はしたくないと男が言うので、すぐにホテルに戻った。

 買ってきたパンを食べながら「今日はどこかに行くのか?」と男に訊いた。

 男は口に物を入れたまま「ああ、少しな」と言った。汚らしい。

「どこだ?」

「いや、ちょっとな。あんたは知らなくてもいい」

 男の言い方がムカついたが、「そうだな」と納得することにした。俺にはコイツの予定は関係ない。ただ、仕事としてコイツを救えばいい。

 食事を終えて煙草を吸いながら、男の予定なんかよりも、報酬のことについて考えた。たしか柊は、こういうふうに人間を救い、直接交渉して報酬を貰っていると言っていた。本来の仕事ではないから、俺も報酬について交渉してみようと思う。現金は使い道がほとんどないから、何か物がいい。

 考えたが、欲しい物が無かった。



 昼過ぎには、煙草が切れた。朝の買い物で昼飯も買っていたから、外出はしない。朝のうちにもっと煙草を買い込んでおけば良かったと、今になって後悔した。

 男は、しきりに外の様子を気にして、落ち着かない。その動きが目障りで、煙草も切れたことも重なって、俺はイライラしていた。

 夕方になり、日もほとんど沈んだ頃、男は動き始めた。

「ん?どこか行くのか?」

 男は、ベッドの下にしまったトランクを持ち出し、外出の準備を始めた。

「ああ。あんたも来てくれよ」

 言われなくても、俺はついて行く。元々この男のボディガードを引き受けたのだから、ここで待っていたら、何をしているのか分からなくなる。それに、やっとの外出だ。これで、煙草を買いに行ける。

 外に出て、朝 買い物をした店で煙草を買ってもらった。男は寄り道している暇はないとグチグチ言っていたが、俺にとっては必要で、無いと仕事に支障が出ると言って説得した。

 やっと吸えた煙を、たっぷり肺に入れる。

「これでいいだろ。行くぞ」

 男は俺に命令する。主従関係があると勘違いしているのか?

 煙草を咥えながら、男の後ろを歩いた。

 学校帰りの学生や、これから一杯引っかけて帰るのだろうスーツを着た大人達とすれ違う。

 歩いていて、すぐに気付いた。

「おい。つけられてるぞ」

 小声で、男に教えた。俺の声に反応し、男はビクッと身体を震わせた。

 ホテルを出た時はいなかったはずだ。いや、どうだったかな?いつからいたっけ?とにかく、尾行されていることには気付いた。

 尾行に気付いたことにバレないよう細心の注意を払わせながら、尾行しているヤツ等に見覚えがあるかどうか、男に訊いた。男は、曲がり角を利用し、曲がる時に横目で確認した。

「ああ。組織のヤツだ。見たことある顔だ」

 男は言った。とたんに怯えを見せ、力を入れてトランクを大事そうに抱えた。

 ここは人目に着き過ぎる。そのお陰で相手も手荒なまねはしないが、そのせいで俺も矢を使えない。相手には俺の姿が見えていないから矢を射ること自体は可能なのだが、いきなり人間の脚が折れたら、少なからず騒ぎになるだろうから。

「おい。走れ」俺は男に言った。「走って、どこか人気の無い場所に行け」

「そんなことしたら、自分から殺してくれって言ってるようなもんじゃないか」

 男は小声だが、早口でまくしたてる。

「いいから行け。あいつらに俺の姿は見えない。人気の無い場所に行ったら、昨日の矢で追い払ってやるからよ」

 しぶしぶといった感じで、男は頷いた。

 そして、男は走った。それと同時に、俺は飛び上がる。

 尾行していたヤツ等は、男を追いかけた。見失わないようになのか、尾行がバレたと気付いたからなのか、それともその両方か、そいつらは必死の形相で、こそこそが基本の尾行からはかけ離れた様で、男を追う。

 俺は、男を追う男たちを追った。

 俺の言いつけを守り、男は人通りの少ない方、少ない方へと走って行く。

 路地裏へ入り、表通りの喧騒が遠く聞こえる所まで来た。ここらで大丈夫だろう。というより、体力の無い男が追い詰められ、絶体絶命という感じだ。

 尾行していたヤツらは、最初は一人か二人だった気がするが、いつの間にか数を増やして、男を追い込んでいた。その数は、五人。昨日より二人多いが、問題無い。

 俺はスーツの内ポッケから、弓を取り出した。右手に力を込め、矢を具現化する。

 男にじりじりと詰め寄るヤツらの内、一番強そうなヤツに狙いを定めた。

「矢に頼り切った仕事はするな」

 また、高橋さんの声が聞こえた。鬱陶しい。あんたの声、今は耳障りだ。

 頭を振り、頭の中の声を追い出す。

 狙いを定め直し、弓を引いた。

 矢は外れた。初めてのことだった。「チッ」と舌打ちをして、もう一度矢を具現化する。

 窮地に追い込まれた男が、助けを求めて何か叫んでいる。耳障りだ。

 息を吐き出し、集中する。

 狙いを定め、弓を引く。

「ぐ…ぐぁあああ!」

 今度は、当たった。矢が命中したヤツは、足を押さえて苦しんでいる。連中の仲間は、突然苦しみ出したやつを心配していた。

「何しやがった!」

 連中の一人が、男に訊いた。男がやったと勘違いしているらしい。

 起死回生を感じてか、とりあえずの窮地を脱した男は、余裕を取り戻し、薄ら笑いを浮かべながら「へっ。俺に関わると、あんたら命を落とすぞ」と連中に脅しを掛けた。

「おい。俺は、殺しはしない」

 俺は空中から、男に言った。男は不満そうに俺を見上げたが、すぐに正面の連中に目線を戻す。

 次々と弓を引き、連中の脚を負傷させた。これでいいのか、そういう疑問が頭を過ったが、無視した。今それを気にしてしまったら、また狙いが狂う。

 連中の中で立っているのは、一人だけになった。他のヤツらは、気を失ってはいないが、地に伏している。

「クッソォ。なんとかブツだけでも回収しねぇと、失敗すりゃ 俺が消される」

 最後の一人が焦燥感を漂わせ、悔しそうにつぶやいた。

「え…?」

 そいつがつぶやいた言葉の「ブツ」というのが引っかかった。

 気にしない方がいい、そう思いたかったがダメだった。

 俺は視覚防壁を解いて、そいつの後ろに降り立つ。

 訊いたら嫌な答えが返ってくる予感はした。だけど、「おい。どういう意味だ、それ?」と、そいつの背中に訊いた。

 俺の声に、そいつは振り返った。

「誰だ、テメェ!」そいつは声を荒げる。

 いきなり現れた俺に驚き、状況把握ができていないようなので「どういう意味だって訊いてんだ!」と、もう一度訊いた。

 自分が元から置かれている状況、そして目の前に現れた俺。二つの恐怖に板挟みになったそいつは、しぶしぶといった感じで、語り出した。

「……どういう意味って…あいつが持ち逃げした組織の金と薬を回収しろって言われてんだよ。失敗すりゃ、俺が消される!」

「……そうか」

 俺は、右手に力を込めた。矢を具現化する。その矢を射る。

「ぐぁああ!」

 俺は、俺にボディガードを頼んだ男を撃った。

 右腕の骨を折られた男は、抱えていたトランクを落とした。

 俺は、そのトランクを拾う。

「あんたが回収するよう命じられてんのは、コレか?」

 俺は、状況が呑み込めず呆気に取られていた組織の男に、トランクを差し出した。

 そいつは中身を確認すると「あ、ああ、そうだ」と頷いた。

「悪かった。そいつら連れて、帰れ。脚の骨が折れているから、治療してやってくれ」

「ざけんなよ!ブツ取り返したからって、そのままで帰れっか」

 そいつは、叫び散らした。

 俺は、帰れって言ったよな?何で、コイツは帰らない?何で、俺に怒りをぶつけている?

「うっせぇえ。落とし前とかってやつなら、俺がつける。お前も怪我したくなかったら、とっとと消えろ」

 俺が言うと、そいつは怯えた顔で頷いた。

 やはりこういうヤツ等には脅して言うことを聞かせるに限る。俺は、具現化させた矢を射ることなく、消した。

 組織の連中ってのが消えるのを見届けた後、俺は、折れた右腕を押さえてうずくまる男に近付いた。

「どういう意味だ? あんた言ったよな。足を洗って、まっとうに生きるって」

 男を見下ろし、俺は言った。

「はぁ…はぁ…んなの、嘘に決まってんだろ」

 男は跪いたまま、俺を睨む。

「俺を、騙したのか…?」

「ああ。まさか、天使を利用できるとは思わなかったよ。あんたが単純なヤツで良かった」

 男が嘲るように言う。その薄ら笑い、目障りだ。

「…ざけんな」

「てか、あいつら、みんな生きてんのか?」

 男の声、耳障りだ。

「ふざけんな」

「折角強い武器持ってんだ。それじゃあ、宝の持ち腐れだろ。へへっ、俺にくれよ」

 男は、俺の弓に手を伸ばした。俺はその手を蹴り払う。

「ふざけんなぁ!」

「テメェこそ ふざけんな!人を救うとか言ってたくせによぉ!」

 人を救う?

 俺が救いたいと思っていた人間って、何だ?

 こんな男を、俺は救おうと思っていたのか?

 俺が今までしてきた事は何だったんだ?

 何でこの男は、俺を睨む?

「……そんなに欲しいんなら、くれてやるよ。お望み通り、人間を殺せる、一級の矢を…!」

 俺は手に力を込めた。初めて一級の、人を殺せる矢を具現化した。

「おい、何する気だ?」

 男は、怯えを見せた。どうせ、その怯えも嘘なんだろ?

 弓を引き、無様に逃げようとする男に、狙いを定めた。

「矢に頼り切った仕事はするなよ」

 また、高橋さんの声が聞こえた。今度は、耳障りに感じなかった。振り払わず、頭の中に残しておく。

 なあ、教えてくれよ 高橋さん。

 俺がしてきた事って何だったんだ?

 俺って、何だったんだ?

 ……ま、分かるワケねぇよな。

 大丈夫だよ、高橋さん。心配しなくていい。これは、仕事じゃない。

 ただの、人殺しだ…



 俺は、死体の前で立っていた。

 すぐに他の天使が来て、俺を拘束した。抵抗はしなかった。抵抗する理由が無い。

 手錠を掛けられた。

 全身の力が、すっと抜けた。


     椿 Ⅴ


「これが、楸の犯した罪だ」

 言うと、高橋さんは顔を伏せた。この話をしている間は、一口も酒を呑んでいなかった。

 あまりの事に、俺は何て言ったらいいか分からなかった。

「決して事故なんかじゃない。しょうがなかった、なんてこともない。自分の恨みを晴らす、それだけの理由で、楸は人間を殺したんだ」

 どう受け止めたらいいか分からなかった。頭を抱えた俺に、「ま、俺の監督不行届だ。そのせいで、楸は腐れ野郎の腐れ命を背負うことになってしまった」と高橋さんが顔を上げて言った。

「高橋さんは、あいつの事を擁護するんすね」

「まぁな。楸は可愛い腐れ部下だ。あいつに罪があるとはいえ、あいつを騙し、利用した腐れ野郎は、俺も許せない。死んでもいいと思っている。それに俺は、死ななきゃ分かんねぇヤツはいると思っている。死刑賛成派で、その範囲も広いんだよ」

 急に高橋さんが怖く感じ、距離を置きたいと思った。そういう目で見ていたら「くくっ。冗談だよ。殺しはダメだ」と高橋さんは微笑した。

 どこまで冗談だか、つーか本当に冗談か、全く高橋さんが分からない。


     楸 Ⅴ


 俺が殺した人間はその場に残し、俺は連行される形で天使の館に戻った。

 手錠をされたまま、天使の館の地下に連れて行かれた。

 その空間は、土がむき出しで、洞穴のような牢獄が二つあるだけだった。こんな場所があるなんて知らなかった。

 俺は、その牢獄に入れられた。



 どの位時間が経ったかな?

 外の様子も分からないし、入れられてから何もしていない。時間の経過が全く分からない。

 いつまでここにいればいい、そう思っていたら、誰かが階段を下りてきた。

「おう。はじめまして、だな。俺は看守役を仰せつかったモンだ」

 看守だと言った天使は、俺の入れられている牢獄の前に立った。

 俺は、壁に背を付けて座ったまま、目線だけを上げてそいつを見た。

 看守の天使は、人間の社会から真似した看守服を着ている、オッサンだった。

 その姿だけ確認し、俺はまた目線を地面に戻した。

「まずは自己紹介したほうがイイのか? 俺は、神崎。神崎 守って名前だ。お前さんは、何て呼べばいい?」

「っせぇ」

 看守のオッサンが、何か言っていた。鬱陶しいヤツが来た。俺は自分の世界に入りたくて、看守のオッサンの言葉には耳を貸さなかった。

 でも、俺の世界って何だ?

 俺って、何をしてたんだっけ?

 入り込む世界すら、俺には無い。そうなると、看守のオッサンの声が、どうしても耳に入ってくる。

「あのよ…そう落ち込むな」

 看守のオッサンは、心配そうにこちらを見ていた。

「……落ち込んでねぇよ」

「おっ。やっとまともに口利いたな」

「あ~でも、落ち込んでるかも。この手錠さえなきゃ、俺は最後に自分を裁いて死ねるのに、って…」

 と俺は、手を上げ、看守のオッサンに手錠を見せた。

 この手錠のせいで、俺は天使の力の一切を封じられている。これが無かったら、矢を出せる。弓が無くても、矢を刺すくらいできる。

 顔を上げて土の天井を見たら、視界の隅に看守のオッサンがいた。オッサンは寂しそうな顔をしていた。

「死ぬなんて言うな。聞いた話だと、お前が殺した男は、『薬物所持』『薬物使用』『傷害』『強盗』他にも色々悪いことをやっていたヤツらしい」

「でも、人は殺してないんだろ?」

「…ん、まぁ」看守のオッサンは、口ごもった。「だけど、裁く理由はあった。お前さんには何かしらの罰が下されるだろうが、死罪はないだろう。だから…まあ、なんだ。元気出せよ」

 元気出せ?

 その言葉に違和感を覚え、俺は看守のオッサンを見た。

「どうした?」

「いや。あんた、変な人だな。看守って、言うなら俺みたいな囚人と対立する存在だろ?それが、元気出せって」

 看守のオッサンを嘲笑うように言った。それなのに、看守のオッサンは怒るどころか、驚いた風で「そうか?」と首をかしげた。

「看守ってのは、見守る存在だと、俺は思っていた。お前みたいなヤツを見守って、立ち直る支えになってやる存在だと」

 看守のオッサンは、最後に「違うのか?」と俺に訊いた。

「俺が知るワケないでしょ」

 この時は「ただの変なオッサン」で、目障りなヤツだと思った。

 だけど、後で思うと、この「変なオッサン」が看守で良かったと、心の中で看守さんに感謝した。



 看守のオッサンがいなくなった空間に、俺は残された。

 あんな変なオッサンでも、話している間は時間を感じられた。だから、看守のオッサンがいなくなると、また時間の経過が分からなくなる。

 何回か、寝た。どんなに寝てもすっきりしない。それどころか、気持ち悪くなる。悪夢にうなされるようなことは無いが、ずっと頭の重みがとれない。

 俺に時間を感じさせてくれるオッサンがきた。

 看守のオッサンは、俺の前に来て「お前さんの処分が決まった」と言った。

 俺は、看守のオッサンの目を見て、次の言葉を待つ。

「処分内容は、ライセンスの剥奪。以上だ」

「……それだけ?」

 俺は死罪も可能性に考えていただけに、少し拍子抜けした。

「ああ。因みに、ライセンスの剥奪はするが、除名処分ではないとのことだ」

「…どういう意味?」

「高橋が、お前さんを自分の部下のままにしてくれと嘆願したらしい。それで、この組織からの除名はなく、高橋の下についたまま。まぁ、自分の保護観察下に置くってことだろう。ったく…あいつの考える事は、俺には分からん」

 そう言うと、看守のオッサンはポッケから鍵を取り出した。その鍵は、この牢獄の鍵だった。

 俺は、牢獄から出された。

 牢獄からは出されたが念のために手錠は付けておくと看守のオッサンに説明されながら、階段を上る。

「どこに連れて行くんですか?」

 俺は、自分の前を進む看守のオッサンに訊いた。

「高橋の部屋だ。後の事は、あいつに任せるらしい」



 看守のオッサンの後ろについて歩き、高橋さんの部屋に来た。

「おう。おかえり」

 高橋さんはいつものように俺を迎え入れた。

 部屋に入ると、高橋さんは「手錠も外していい」と看守のオッサンに言った。

「いや だが、万が一自害でも…」

「いい。外してやってくれ」

 看守のオッサンは渋ったが、俺の手錠を外した。手錠の外れた手を、俺は見た。てっきり力が湧くものだと思ったが、何も感じない。

「じゃあ、後はいいんだな?」

 看守のオッサンは高橋さんに訊き、高橋さんが頷くのを確認すると、部屋を出て行った。

 部屋には、俺と高橋さんの二人。

 たぶん、俺は高橋さんに守られた。だから、本当はお礼を言わないといけないのかもしれない。だけど、「どういう意味ですか?」と、俺は高橋さんのデスクに詰め寄った。

「あのオッサンは、高橋さんが口利きして、俺を保護観察下に置いたと言っていた。それは本当ですか?」

「ああ。本当だ」

 高橋さんの前に立つ。

「なんでそんなことした!勝手なマネすんなよ!」

 悔しくて、叫んだ。高橋さんから勝手に離れたのに、それでも守られていた自分がダサくて、それが悔しくて。

「テメェが、どうしようもねえ腐れ部下だからだよ」

「…くっ。ふざけんな!」言うと、俺は高橋さんを殴った。椅子から落ちた高橋さんを見下ろす。「俺が頼んだか?ああ!」

 高橋さんは、上半身だけ起こし、俺の目を見る。

「しゃーねぇだろ。楸は、俺の部下なんだ」

「だったら、こんな部下切り捨てろよ!迷惑ばっかかけて、今も上司を殴った。俺のことなんか捨てちまえよ!」

 俺が声を荒げて怒っているのに、高橋さんは怒りもせず、「くくっ」と笑った。

「お前、なんか勘違いしてねぇか?」

「は?」

「俺にとって部下ってのはな、お前や柊は、自分のガキみたいなもんなんだよ。だから、世話も焼いちまうし、心配もしちまう」

 そして、「よっこらせ」と高橋さんは立ち上がった。

「高橋さん…」

 高橋さんは、ゆっくりと俺に近付く。

 そして、俺の頭に手を乗せると、直後、俺を蹴り飛ばした。

「がぁっ…!」

 壁に叩きつけられた俺を見下ろし、「だから、腐れガキが親に手ぇあげんな」と高橋さんは言った。

「あんた…蹴ったじゃん…」

 何とかそれだけ言い、俺は意識を失った。

「くくっ。一発は一発だ」



「あ、気付きましたね」

 意識を取り戻すと、目の前にナースがいた。自分がどこにいるのか確認しようと、首を左右に振る。俺は、高橋さんの部屋の来客用ソファーで横になっていた。

「いてっ…」

 後頭部が痛かった。触ると、こぶができていた。

「軽い脳振とうです。もし痛みを感じたり、呼吸が苦しいと感じるようなことがあれば、すぐに医務室に来てください。もしかしたら肋骨が折れているかもしれません」

 ナースさんはテキパキと指示を出した。

「はい…」

 俺は、横になったまま返事する。

「ん?雛罌粟ひなげし。楸 起きたか?」

 高橋さんの声が聞こえたので、身体を起こす。高橋さんは、自分のデスクにいた。

「起きましたよ」

 ナースさんは、応えた。どうやら、ナースさんは雛罌粟という名前らしい。

「そうか。じゃ、お前は帰っていいぞ」

 高橋さんが、手でしっしと追い払う仕草をして言った。

「なんです、その態度。『やべぇ、やり過ぎちまった。早く来てくれ』って慌てて呼んだくせに」

 雛罌粟さんが怒った。正当な主張だ。

「だから、礼言ってんだろ」

「言われてませんよ」

「それに、俺だって殴られたんだぞ。痛かったぁ」

 そう言い、高橋さんは俺が殴った頬を撫でるが、高橋さんの顔は腫れてもいないし、口も切れておらず、傷一つない。俺は結構思いっきり殴ったはずなのに。

「高橋さんの身体は無駄に頑丈だからいいんですよ。あ、そういえば、健康診断受けてないの、また高橋さんと五十嵐さんの二人ですよ」

「いいんだよ。俺らは自分の健康くらい自分で分かっている」

「何言ってるのです。お酒ばっかり呑んで、絶対身体壊してます」

「んなこと言ったら、五十嵐は煙草も吸うぞ」

「だから来てって言っているのですよ。あの人も誘って、今度二人で来てください」

 俺のことをほったらかし、雛罌粟さんが高橋さんを叱っている。

「……ははっ」

 なんだよ。

 俺は、高橋さんにどんな幻想を抱いてたんだ。高橋さんは、そんなスゴイ人じゃない。

 俺の上司は、全然カッコ良くない。

 普通の親父だった。

「何笑ってんだ、楸」

 高橋さんが投げたグラスが、俺の額に当たった。

「何してるんですか!」

 雛罌粟さんが、俺の代わりにクソ親父を叩いた。



 雛罌粟さんは、グラスが当たって血が出た額の手当てをして、濡れタオルを乗せてくれた。

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

 雛罌粟さんは、ニコッと微笑んだ。

 やっぱり、ナースっていいな。優しいし。部下にグラスを投げて出血させたっていうのに、笑っている上司とは大違いだ。

「じゃ、私は医務室に帰りますね。また何かあったら言ってください」

 雛罌粟さんは、「それと、高橋さんは健康診断来てくださいね」と言い残し、部屋を出て行った。

「ったく、しゃーねぇ。五十嵐に言って、健康診断の数値を誤魔化す物を作らせるか」

 雛罌粟さんが出て行くと、椅子にふんぞり返って、高橋さんが言った。

「いや、ちゃんと行ってくださいよ」

「やだよ。どうすんだ。肝臓の数値が悪いとかイチャモン付けて、酒を禁止しやがったら」

「そしたら酒を控えてくださいよ」

「……やだよ」

 高橋さんは、拗ねてしまった。

 俺は立ち上がり、自分のデスクに向かった。デスクの引き出しから、ストックしている煙草を取り出す。デスクの上の灰皿を持ち、来客用のソファーに戻った。

「そこは楸の席じゃねぇぞ」

「いいじゃないですか。こっちの椅子の方が座り心地いいし」

 ふんぞり返って座る高橋さんの注意を受け流し、煙草に火を付けた。

「高橋さん」

「ん?」

「俺、これからどうすればいいんですか?」

「楸は、どうしたいんだ?」

「……分かりません。というより、今は何もしたくない」

 俺が言うと、高橋さんは「くくっ。だろうな」と笑った。

 煙草を灰皿に押し付け、揉み消す。

「なぁ楸」

「なんです?」

「これからの事、決めてないんだったら、俺の下で働け」

「は?」俺は立ち上がり、高橋さんの方を向いた。高橋さんはふんぞり返って天井を見たまま、動かない。「今までも高橋さんの下で働いていたじゃないですか?」

「あー違う。天使の仕事じゃなく、俺の仕事をしろ。俺の雑務全般を」

「はい?」

「ライセンスを失って、やることも決めてない。だったら、俺の仕事をやれよ。ちゃんと報酬は出すから」

「でも、それだと、高橋さん…」

「なんだ?俺の生活の心配でもする気か?」

「…はい」図星だった。

「くくっ。見くびんなよ。お前一人雇う位、ワケねぇよ。てか、んな心配する位だったら、ちゃんと働けよ。中途半端な仕事したら、報酬は出さねぇからな」

 高橋さんは椅子に深く座り、俺を見た。

「あ…はい。それなら……いいです、よ」

「くくっ。何様だ、お前。よろしくお願いします、だろ」

「……保留します」

 ソファーに座り、新しい煙草に火を付ける。

 煙を吐き出し、考えていると「あと二秒」と、無茶苦茶なカウントダウンが始まった。

「一、ぜ…」

「お願いします」

 俺は、座ったまま言った。

 考える間もなく、半ば強制的に決められた。だけど、それもいいなと思った。

「ねぇ、高橋さん。何で除名はしなかったんですか?」

「くくっ。柊がいなくなって、楸もいなくなったら、俺は一人になるだろ」

「まさか、寂しかったから?」

 意外だったので、高橋さんを嘲笑しようとした。

「いや。俺一人だと、この部屋が使えなくなる。班じゃないヤツは部屋貰えないから」

 高橋さんは言った。

 嘲笑するどころか、愕然し、何も言い返せなかった。


脇役に名前がないので「男」とか「そいつ」とか紛らわしくてすみません。


所々、状況描写が乏しくなっています。しかし、今回は楸の心理描写を優先したいので、こういう感じになっています。ということにさせてください。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ